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10人もの女性と同居していた「一夫多妻」の男の話を聞いて、内心うらやましいと思いながら、人倫に反したヤツだと叫んだ。しかも、「呪文」を唱えたら、女性から寄ってきたと嘯く、あの男は女性を働かせてヒモのような生活をしているという。警察の捜索が入ると、催眠術入門などというハウツゥものの本がわんさか出てきたという。真っ暗な部屋に女性を入れて、催眠術をかけて不埒なことをしていたのだろうか。けしからんと言うよりない。だが、一人ならば分かるとしても、10人もの同性が「喜んで」同棲しているというのは、どう考えても「呪文」の所為としか思えない。テレビのインタビューを受けている、その男は女性たちを侍らせて、ソファに横たわってしゃべっている。それを見たとき、私はあの麻原教祖を思い出した。あれは汚らしい長髪と髭面だったが、呪文男のほうはスキンヘッドの中年男だ。自衛隊の幹部だとか、占い師だとか言っているらしいが、あやしいヤツが多い昨今、際立ってヘンなおっさんである。むかし、数名の女性と共同生活をしていた千石イエスと箱舟の事件があった。この「イエスの箱舟事件」はライフスペースや法の華やオウムなどよりも以前の事件であり、いわば日本カルトスキャンダルの先駆けとも言える事件だった。今度の呪文男は、宗教ではなさそうだが、一種のカルトであろう。それにしても、女性のほうから寄ってくるという呪文を知りたいものだと言うと、「その年では、呪文を唱えてもダメだ」と言われた。
2006年01月28日
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前人未到の八連続優勝の夢を打ち砕いたのは大関・栃東だった。あの無敵の横綱がモンゴル出身の白鵬や安馬に敗れたころから、おかしくなった。これまでに見られなった弱気を感じられた。そして、千秋楽の結びの一番で、あんな負け方をした横綱を見たことがないほどの負けを喫した。栃東は、今場所「角番」だった。過去二度も大関から陥落し、二度も返り咲きをしたという経歴の持ち主だ。早く日本人横綱を、という夢に希望を持たせてくれた今場所の成績だ。あとの二人の大関はなんとも不甲斐ない休場だった。おそらく栃東のような復活は望めないと思う。今場所、新大関の琴欧州も、意外にもろかった。強いときはめっぽう強いのだが、白鵬あたりとくらべて「もろさ」があった。あの長身を活かしての力強さがほしい。関脇・白鳳は準優勝。彼は風貌からしても近々大関は間違いない。けれども、これまたモンゴル力士だ。日本人力士の次のホープは、いったい誰なのか。琴光喜は体躯には申し分ないが、いかにも弱い。根性がないのか。昔の栃若とは言わないまでも、柏鵬、若貴のような日本人力士は、もう出ないのだろうか。今年一年の土俵に注目していきたい。
2006年01月23日
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東京は天気予報が的中し、今朝から雪が積もった。5年ぶりの積雪である。北海道や日本海側の豪雪とは比べ物にならぬほどの積雪だが、センター試験の受験日と重なり、交通機関にも支障がって、混乱している。ことしの異常な寒冷化現象は世界的らしい。ロシア、シベリアは零下30℃、40℃という。半端なことではない。今年の冬は「暖冬」という長期予報は、いったいどうなったのだろうか? 温度のことだけではない。昨年は各地に暴風雨の被害、大地震や大津波の被害もあり、異常気象だけでは片付けられないことが連発した。東京の雪も午後からは回復に向かうということだが、雪見酒を楽しめる程度になってくれればいいが、窓から見る雪に怯えている老人は、身も心も、懐も寒い。
2006年01月21日
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4月、琴平・金丸座公演に海老蔵出演が決まった。久方ぶりの歌舞伎公演である。仮名手本忠臣蔵の五・六段目の「早野勘平」である。以前、斧定九郎で際立った演技で好評だったが、勘平は初役である。山崎街道、与市兵衛住家で見事な勘平を観せてもらいたい。特に六段目は世話物として一番見応えのある段。勘平の演出は三代目・五代目菊五郎がの演出が基本となっている。観客はすべてを知っているのに舞台の人物は事実を知らずに物語が運ばれていくという構成に特色がある。勘平は薄幸な二枚目の典型。切腹した後の「色にふけったばっかりに・・・」という名台詞は義太夫にはなく、歌舞伎に移されてから付け加えられた「入れ事」である。次は、浮世柄比翼稲妻の「鞘当」が出される。これは鶴屋南北の通し狂言だが、「鈴ケ森」とか「鞘当(其俤対網笠)」として出されることが多い。今回は不破伴左衛門を演じる。三津五郎との渡り台詞が見所である。色彩間苅豆(いろもようちょっとかりまめ)で、亀治郎とのコンビで、初役の与右衛門を演じる。「かさね」として、成田屋の舞踊劇である。
2006年01月18日
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お正月といえば、歌舞伎十八番の「暫」で始まってほしいと願うのは私だけではありますまい。しかし、十二代も、まだ完全復帰という状態でなく、十一代海老蔵は「信長」を演っている。だから、希望通りにはならない。そこで、イメージを膨らませて「暫」を観ることにしたい。舞台一面は朱塗りの回廊、そこは鎌倉の鶴ケ岡八幡宮の社前。そこに展開されるドラマは、悪が栄え、ヴァイオレンスで善を圧殺しようとしている。いったい、どうなるのだろうと観客をハラハラさせる。やりたい放題の悪人どもによって、今や善人がやっつけられるかとする、そのとき、花道の奥、揚幕の彼方から「暫く、暫く」の声が聞こえる。それは図太い声であり、天地に響くような声である。舞台の役者も、ハラハラしている観客もみな、一斉にその声のするほうを見る。そのとき、揚幕から奇妙な出で立ちでズッシズッシと現れるのが、声の主である。「♪かかるところへ、鎌倉の権五郎景政。素襖の袖も時を得て、今日ぞ昔へ帰り花、名に大江戸の顔見世月、目覚しいかりける次第なり」と、主人公の登場である。この「暫く」の声は、江戸役者の典型、「宗家」と称えられる市川團十郎でなければ出せない声であり、役者冥利に尽きると申しても過言ではない。歌舞伎十八番の一つである「暫」の鎌倉の権五郎景政が、力紙をつけ、顔に隈取、大太刀を三本も差して現れる。「暫く、暫く」の大音声によって、悪と不正が徹底的に追及され、善と正義が蘇る。観客は、それまでやきもきしていた気持ちをすっきりとさせられる。それにしてもスーパーパワーを発揮する「暫」の出現で、勧善懲悪のドラマは展開し、観客は理屈ぬきで楽しめる。早く、成田屋の「暫」を観てみたいものである。
2006年01月02日
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