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せっかく盛り上がった初場所直後、相撲協会を揺るがせた「若麒麟 大麻所持で逮捕」というニュースだった。かてて加えて、横綱の土俵上のガッツポーズで、また横綱の品格が問われている。相撲協会の法人格も取り消しにされるのではないかとのスポーツ新聞の記事を見ました。以前から、相撲を愛好してきた私にとって「麒麟児」という四股名は懐かしい。元気のいい相撲だった。親方になって、テレビの相撲解説もなかなか評判だ。その「尾車部屋」の期待株でもあった若麒麟で、初場所の成績では大阪場所で入幕の候補でもあった。それなのに‥。もう何をか言わん、である。当人は、当然「解雇」ということになるだろうが、親方は、どうなるのだろうか。相撲は国技というが、いまや国際色というよりも、日本人力士の影が薄いのが現状である。モンゴルばかりでなく、まさにインターナショナルである。彼らに「国技」の品格を云々しても、ちょっとどうかと思う。いっそのこと、この際、相撲協会の解体的出直しをするチャンスなのではなかろうか? もし、それができないのなら、外国人力士を完全に排除して、日本人だけにするとか、そういう抜本的な方策が必要であろう。そして、あの「JUDO」のように、完全に国際化してしまうというのも、一つの手である。そうなると、「天皇賜杯」も無くなる。それくらいの「外科手術」が必要であろう。相撲愛好者のご高見をお聞きしたい。
2009年01月31日
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私の「さるのちえ」のサイトに、性懲りもなく、かきこみをしてくる人がある。こんな「ぐうたら」なサイトをご贔屓にしてくださるお友達が「まじめに」書き込んでくださるのは、嬉しくありがたいのですが、なにを思ってかきこんでくるのかが分からない「ヘンなかきこみ」がある。五月蝿と書いて、「うるさい」と読むが、まさに「五月蝿」ほど執拗にかきこんでくるメールには、ほとほと手を焼いている。あるお方に、そんなグチをこぼすと、「そんなものを、いちいち気にしていてはいけない」と教えてくれたのですが、削除しても削除しても、たかってくる「五月の蝿」はなくならない。こちらも暇な老人だから、一つ一つ丁寧に削除を繰り返している。それにしても、よくまあ、こんなクダラナイメールを送り続けるお方とは、どんな人であろうか‥と思う。「なんとか、なりまへんか?!」と、言いたい。
2009年01月25日
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今月の新橋演舞場の歌舞伎は、海老さま贔屓にとっては、見逃せない。ちょっと出し物を覗くと、昼の部は、五穀豊穣を願う舞踊『二人三番叟』、新年のご挨拶を申し上げる『寿初春 口上』と、海老さまの「にらみ」がある。これは歌舞伎贔屓でないお方も、インフルエンザ流行の昨今、また百年に一度の経済不況の折柄、「一つ、にらんでご覧にいれまする」と、あの「目玉千両」と言われる眼力を貰うことができる。まさに初春にふさわしい幕開けを飾り、初役、大役で取り組む義太夫狂言の名作『義経千本桜』の「木の実」「小金吾討死」「すし屋」を堪能できる。華やかに『お祭り』で昼の打ち出しとなります。 夜の部は、「歌舞伎十八番」の中より上演が途絶えているものを、海老蔵が新たに復活する注目の舞台『七つ面』。次いで近松門左衛門の『冥途の飛脚』を改作した上方歌舞伎の名作『封印切』、誰もが耳にしたことがある、また「おうむ石」ご自慢のお方は、だれもが一度はお風呂の中で海老さま気取りでやった「知らざぁ言って聞かせやしょう‥」の名セリフをふくめて、黙阿弥の七五調の台詞満載の狂言『弁天娘女男白浪』が夜の部をしめくくる。海老さまも、もう三十歳を目の前にして、だれもが「Xデー」はいつか、と待っている。いい奥さんを得て、十三代目團十郎を目指す役者になってもらいたいと希っているのは、老ざるだけではありますまい。残念ながら、演舞場まで観劇に行く元気がない。観て来たお方の「観劇談」をブログで探すほかはないのは、情けない。思い起こせば、現・團十郎襲名のときには、およそ半年間、昼夜ともに「追っかけ」をしていたのである。やはり、若いころの馬力は計り知れない。あの十二代目襲名の記念の手拭、扇子、袱紗等はもとより、番付、ブロマイド、サイン等、いまも大事に保管してあるが、私が死ねば「ゴミ」扱いにされるでしょう。大事な「さるコレ」も同様であろう。いいんです、それで。自分さえ楽しんでおれば、結構満足しているのですから。
2009年01月19日
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今日、1月7日の朝、一年の無事息災を祈って「七草粥」をいただくという習慣は、いつの時代からのことであろうか。「せり、なずな、ごぎょう、はこべら、ほとけのざ、すずな、すずしろ」の七種の野菜を刻んでお粥を食べる。ある人の説では、この七草には、ちゃんとした効能があるというのである。すなわち‥●せり……消化を助け黄疸をなくす●なずな……視力、五臓に効果●ごきょう……吐き気、痰、解熱に効果●はこべら……歯ぐき、排尿に良い●ほとめのざ……歯痛に効く●すずな……消化促進、しもやけ、そばかす●すずしろ……胃健、咳き止め、神経痛昔の人の生活の知恵とでも言えばいいのか。せりとは「芹」 セリ科 なずなとは「薺」(ぺんぺん草) アブラナ科 ごぎょうとは「母子草」(ははこぐさ) キク科 はこべらとは「繁縷」(はこべ) ナデシコ科 ほとけのざとは「小鬼田平子」(こおにたびらこ) キク科 すずなとは「蕪」(かぶ) アブラナ科 すずしろとは「大根」(だいこん) アブラナ科この7種の野菜を刻んで入れた粥(かゆ)を七種粥(七草粥)といい、邪気を払い万病を除く占いとして食べる。呪術的な意味ばかりでなく、御節料理で疲れた胃を休め、野菜が乏しい冬場に不足しがちな栄養素を補うという効能もある。七種は、前日の夜に俎に乗せて囃し歌を歌いながら包丁で叩き、当日の朝に粥に入れる。囃し歌は鳥追い歌に由来するものであり、これは七種粥の行事と、豊作を祈る行事が結び付いたものと考えられている。歌の歌詞は「七草なずな 唐土の鳥が、日本の土地に、渡らぬ先に、合わせて、バタクサバタクサ」など地方により多少の違いがある。 (ウィキペディアより)
2009年01月07日
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年のはじめの 例(ためし)とて終はりなき世の 目出たさを松竹立てて 門(かど)ごとに祝ふけふこそ 樂しけれ初日の光 さし出でて四方(よも)に輝く 今朝の空君が御影(みかげ)に 比(たぐ)へつゝ仰ぎ見るこそ 尊けれ むろん「旧仮名遣い」です。一番の「祝ふ けふこそ」なんぞは、今の人たちは「祝う今日こそ」とは唄えないでしょう。そりゃ、この歌は、明治26年作曲ということですから、百年以上も前の歌です。2009年の新春、世界中は昨年から引き続いて、真っ暗闇から抜け出すことができず、暗中模索のうちに幕が開いたというわけです。経済もさることながら、政治も低迷と混乱の様相を呈しています。「何を信じたらいいんか。だれを信じたらいいのか」分かりません。昨年、50年前の5年分の厚生年金が見つかり、今年春ごろから支給されるらしいのです。暗いなかにも一条の光明です。5年分だけですから、「雀の涙」にもならぬお金ですが、年金生活者にとっては、有り難いことです。「年のはじめの 例(ためし)とて終はりなき世の 目出たさを‥」と、ひとりで、直立不動はしませんでしたが、唄いました。ちょうど、その後、天皇陛下の「一般参賀」の中継を見ました。今年も、よろしくお願いいたします。
2009年01月02日
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