2026
2025
2024
2023
2022
2021
2020
2019
2018
2017
2016
2015
2014
2013
全2件 (2件中 1-2件目)
1
平成18年上半期を送る。この半年間、同世代の知人友人を見送った。これまでも自分の死を考えなかったわけではないが、この半年間は切実に「わが死」を身近に考えさせられたことはなかった。人間は「生」も自分の計画通りではないが、「死」もまた、自分のいのちでありながら、自分の思い通りにはできない。いつ死ぬか、どう死ぬか、どこで死ぬかなど、何一つ思い通りにいかない。一切「あなたまかせ」である。自分の、自分だけのいのちだから、いろいろの夢があってもいいはずなのに、思い通りに「はい、さようなら」と言えないのが、人の世の常である。かねてから。私は「晩節を汚したくない」と思っている。その人の人生が、いくらすばらしかっても、晩節を飾れないとすれば、何のための人生だったのかということになる。いつ訪れるかも分からない死を前にして悔いのない残務整理がしたと思う。さらにこれまでの歩みに花を添えるような晩節でありたい。この半年間に逝った友人知人たちのほとんどが「いま、死にたくない」と思って、あの世に旅立ってしまったと思う。あれもこれも「やり残し」て、再び帰らぬことになったことを思い、74歳の私は「残されている余生」を充実させたいと、正直なところ焦っている。私の人生のなかで大切な一年の半分をしめくくろうとする今日、充実した時間を過ごし、悔いの残らない残務整理をしたと思う。
2006年06月30日
コメント(2)
シンドラーって、ネーミングがよくない。いろいろなイマジネーションが脳裏を駆け巡る。それにしても、エレベーターを使わずに生活ができない。でも、利用の度に「大丈夫かな?」と思うなんて、考えられないことである。もう20数年も前のことだが、ある高層ビルのエレベーターが途中で突然ストップしてしまって、およそ10分間閉じ込められた体験がある。あの密室に7,8名の見ず知らずの他人様同志が「運命共同体」となって、しばらくは沈黙の恐怖感に襲われた。非常連絡用のボタンを押すが、うんともすんとも反応がない。「このまま、墜落でもするのか」という絶望感に襲われた。10分後、急にガタンと動き出した。ほんの何秒かの後、ある階に着いた。長い沈黙に続いて、キャーという悲鳴‥。そして、それが「何階か」を確かめる余裕もなく、全員がエレベーターの箱から外へ飛び出した。「助かった!」という安堵感と、ほんの短い間ではあったが、運命共同体の体験をした者同士の奇妙な親近感が互いにあったのは不思議であった。それにしても、現代科学技術の粋を集めたエレベーターを無条件に信用していた自分が突然の事故?によって、科学万能教の信者から脱会した一瞬だった。
2006年06月08日
コメント(4)
全2件 (2件中 1-2件目)
1