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今日は快晴。子ども教室でリブランの森へハイキングへ行った。片道約1時間。昨年はこの行程を歩かせるのが一苦労であった。ところが今年はパーティーの歩く速度が格段に上がった。ひとりだけぽつんと離れて、歩きたくない光線を送っていた子が先頭でどんどんと歩いている。成長したなぁ。途中ゲレンデ上級者コースよりも斜度のある坂で、全員がジャンプや直滑降で遊ぶ。下から見ているとそれほどにも感じないが、私は尻込みする斜度を1年生も次々と滑り降りる。大したものだ。その後雪合戦が始まり、誰かの「もうおなかすいたから、早く出発しようよ」という声でいつもの炭焼き小屋へと向かう。体力以上に頑張っていたK君の元気がない。空腹もあり足元はふらついている。目の前の急坂を登って行かないと、小屋へはたどり着かない。1年生のT君が大声で言う。「こういうときは皆で順番に歌を歌ったらいいんじゃない?」「どんな歌?」「こいうた!!」「えっ? 何それ。こいうたって恋の歌ってこと?」「そうだよ、皆で恋歌歌おうよ」「やだー!!」と全員。「恋歌はいいのになぁ、どうして恋歌じゃだめなのかなぁ、ブツブツブツ・・・」そうやって何だかみんな元気になってきつい坂を登っていった。いったいTくんはどんな「恋歌」を歌いたかったんだろうか。それにしてもおませな1年生である。
Jan 29, 2006
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昨晩事務所から自宅までの帰り道、車のライトの照らす道路脇を走る小動物がいた。小さくて白いものが真っ直ぐに走っている。猫かと思ったが走り方が違う。ウサギのようだ。しかし細身だ。というよりかなり痩せている。どうも私がウサギを怯えさせているようで必死に走っている。両脇は森で、そこへ逃げ込みたいのだが雪の壁が高く乗り越えられそうもないと思ったのか、右へ転じた視線をまた前へ戻して走る。時速は30キロ。どのくらいの速度で走るのかと思いアクセルを踏んでみる。時速40キロ。その速度にあわせるように疾走する。この道唯一の建物の前が外灯で煌々と照らされている。その手前でウサギは急にUターン。赤い両目がこちらに向く。思わずブレーキを踏む。外気温を示す表示はマイナス3度。ウサギは暗闇の中に消えていった。この道ではタヌキときつねに出会ったことがあったがウサギは初めてだった。
Jan 27, 2006
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あるブログで知ったのだけれど、こんな事を言う保護者がいるという。~(引用)~「毎日新聞」(1月21日朝刊)で、聞き捨てならない話に出合った。TBSラジオの永六輔の番組に、リスナーから次のような手紙が寄せられたというのだ。ある小学校で母親が申し入れをしました。「給食の時間に、うちの子には『いただきます』と言わせないでほしい。給食費をちゃんと払っているんだから、言わなくていいではないか」と。この手紙に対して番組には数十通の反響があり、多くは申し入れに否定的だったものの、一方ではこうした考え方は珍しくないことを示す経験談も寄せられたという。~(引用終わり)~開いた口がふさがらないとはこういうことを言う。「いただきます」は目の前の食べ物への感謝、それを作ってくれた生産者や料理してくれた人への感謝だろう。日々の食事は他の生き物の命をいただく行為。その命をいただいて自らの細胞を作り生きているのに、金を払ったからいいではないかとは何事だろう。教育関係者から最近耳にするのは「子どもの教育の前に親の教育をしなければならない」ということだが、この母親には何から教えたらいいのかと途方にくれる。自然学校を始めるまでは、「いただきます」の言葉は専ら作ってくれた人への感謝の気持ちが大きかったが、自然の循環の中で生活し始めると田畑で成長する作物の時間とかその生命力の強さを、獣を解体して肉をいただくことで感じる他の生き物の命というものへの感謝の気持ちが大きくなった。食べ物を残すということへの罪悪感というものもより強くなったように思う。自然と切り離されて生活している都市住民ならではの発想、そう言い切ってしまうのも短絡的かもしれないが、想像力がなさ過ぎやしないか。
Jan 26, 2006
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今日は快晴。上旬まですごい勢いだった雪も今は小康状態。出勤時の車の雪降ろしはものの2分で終わってしまう。ありがたいことだ。妙高市の補正予算を見る機会があったのだが、除雪費に驚愕した。今回約13億8千万円が追加されたのだが、その支出のほとんどが除雪費。土木関連の除雪費だけで11億円だ。そのほかに消雪パイプの修繕費やらそれを動かす電気料、学校や市の施設の除雪費が加算される。当初の除雪の予算額は2億7千万円だったというからその跳ね上がりぶりに12月からの豪雪のすごさをあらためて感じる。春になれば消えてしまう雪に13億8千万だ。これだけあれば色々な事ができるはず。このことは一般の事業所や家庭にもいえる。目に見える金額だけでなく除雪に費やす時間も積み重ねれば相当なものだ。除雪している時間にできたことなど考えても仕方がないけれど、滞っている書類の山を見ると雪のせいだと言ってみたくもなる。
Jan 26, 2006
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みかんが好きで毎日食べている。最近は箱で買う。先日Mさんが「きなりみかんがおいしい」と話していた。もともとMさんはかんきつ類が好きではなかったのだが、私が毎日のように食べているので触発されたか、あるいは手軽に食べられるものがみかんしかなかったから手を出したかわからないが、そういう人の言うおいしい「きなりみかん」とやらは食べてみたくなる。一番近いスーパーにはそれはなくて、次に近いところにそれはあった。「木熟みかん」と表示されたそれは、他のものよりお値段も高い。木になったままで熟したみかんという説明書きがある。「きなり」と読むのかどうかはわからない。味は歴然と違った。濃いのだ。そして甘い。それまでのものが水のように感じる、まぁ水代わりに食べていた節もあるのだが。「おいしい。おいしい。」と言って貪り食べたのは言うまでもない。大変おいしいのだが日本の今あるみかんには実は不満を持っている。もっと酸っぱさが欲しい。皮に指を入れたときに匂いの粒が空中に広がり、鼻腔をくすぐるような物であって欲しい。子供の頃に食べたみかんにはそれがあったような記憶があるのだが。ネパールでトレッキングをしていた時に、アンナプルナの山郷の村々の道中で10歳くらいの子どもが緑色したみかんを売っていた。一日にどれだけの人がその道を通過するのかわからないが、私の前後には人はいなかったからそれほどの通行量とも思えない。どこからともなく現れ、両手いっぱいにみかんを持って買わないかと交渉してくる。相手が子どもでもあるし、法外な値段でもないので旅の間行っていた値引き交渉もせずにそれを買った。小ぶりで緑色のみかんはこれぞかんきつ類という芳香を放っていた。皮をむく指にもその香りがうつる。例えばバスの中で誰かがみかんの皮に指を入れれば、たちまちのうちにその香りが車中に広がり誰かがみかんを食べようとしている事が知れるのだ。たしか「スンタラ」といった。秋に歩いた村の庭先にみかんの木があり、たわわに生っていたことを思い出す。スンタラのようなみかんを食べたい。無性に食べたい。
Jan 16, 2006
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今日は快晴。春を思わせる陽気だ。気分も浮き立つってものだが、体のあちこちが痛い。子ども教室で昨日は一日ゲレンデに子ども達といた。初心者の小学1年生が一人いたので午前中はその子につきっきり。転んで起きる事とボーゲン、そして止まり方さえできれば他の子どもと一緒にリフトに乗って滑る事ができる。先日の子どものスキー指導で横田さんがやっていらした事を思い出し、「三角」とか「手は膝」などと後ろ向きのボーゲンをしながら「指導」したが、なかなかこれが大変だった。何が大変かというと自分の体力低下である。午後はさらにそれを思い知らされる事になった。全員がリフトの乗り降りをして滑り降りる事ができるようになったので、午後はもっぱらスキーに慣れるためにもたくさん滑ったのだが、その速さと言ったらないのだ。リフト1本分の距離を途中で休憩することもなく一気に滑り降りる。参加者は小学1年生から3年生までの低学年ばかりだったが、さすが雪国の子どもだと関心する。初心者の1年生も、途中で転びながらも休憩することなく滑り降りる。リフト乗り場の手前で、少し休むかと聞いても首を横に振る。お陰で途中から筋肉が悲鳴をいい始めた。他の指導者たちも皆へとへとの顔をしている。子ども達には言わないが、子ども教室終了の午後3時をどれだけ心待ちにしたことか。終わって迎えの親御さんたちに引き渡す時の子ども達の満足しきった顔、体力を使い果たしよろける子どももいた。この日、アウトドアショップのイベントがあり大人のテレマークスキーヤーが大勢ゲレンデにいた。こどもでテレマークスキーを履いているのは、この子ども達だけ。知り合いに出会ったとき、つい自慢げに言ってしまう。「こどもテレマーカーですよ」なんて。「おおすごい、かっこいいですねぇ」という言葉は予想通り。大人たちはゲレンデでテレマークターンという片足の膝を折り曲げる格好を決めているが、子ども達はボーゲンや直滑降。テレマークターンなど教えてもいない。それは私たちの方針でもあって、結局スキーの技術は道具が異なっても同じだということなのだ。なぜテレマークターンをするかというと、かかとが離れる道具のため前倒する危険性のある雪面や斜面で身体を支えるためなのだ。それはゲレンデのように雪を踏み固めた整地では、必要のない技術。そして前提条件として、斜滑降やボーゲンなどアルペンスキー技術と言われるものが出来なければならない。基礎技術ができないのにいくらテレマークターンを習っても、習得する事はできないと私たちは考えている。かかとが自由で、アルペンスキーより不安定である道具に慣れることが一番。その意味では子ども達は自分の足のようにスキーを使いこなせている。ゲレンデが目的地ではない。森や峠道へ行きたい私たちにとってテレマークスキーは最適な道具と思っている。
Jan 16, 2006
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今日は雨。気温も高い。昨日の南風で屋根や枝の上にたまっていた雪の塊がすっかり落ちた。雪のない屋根を見るのは久しぶりだ。お隣の奥さんがやってきて、木の上の雪がなくなったことを嬉しそうに話す。ちょうど駐車場の上に枝が広がっていて、お客様の車の上に落ちたら大変な事になると先日話していたばかりだった。実際スタッフの車2台が落雪でへこんだりガラスにひびが入ってしまった。本当は駐車場にある木は冬の安全のために切ってしまいたい所だが、国立公園内に立地するのもあってなかなか簡単には切り倒せない。それに景観も損ねてしまう。せめて枝の剪定をしなくてはと話すも、素人ではなかなか難しそうだ。電線もあるし。Fさんに相談してみよう。妙高高原の雪はさらさらとして軽いのが特徴。しかし今年の雪は少し違う。見た目は真っ白く粉雪のように見えるのに、スコップで持ち上げてみると重いのだ。たいした量ではないと思っていても、落下するとけっこうな重さがかかる。車と窓ガラスに被害が出たけれど、幸い誰も怪我をしていないのが救いだ。
Jan 14, 2006
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ものすごい音と揺れ、そして窓ガラスが割れた。一瞬中越地震を思い出したが、それは屋根からの落雪だった。Mさんはいまだ修理が終わらない除雪機の代わりに来たもので、朝から1日中屋敷の周囲の除雪作業だ。着ているスキーウェアはすぐにびしょぬれになる。2着のウェアを交互に乾かしながら、手袋に至っては3つを履き替えている。ほぼ1週間除雪作業が滞っていたため、仕事量は果てしなく多い。毎日少しずつでも雪を掘り取り除かないと、次から次へと降る雪に追われてしまう。昨日締め切りだった仕事をすっかり忘れていた。12月初めから除雪が頭からはなれず、年明けに2つ続いた団体様の受け入れで飛んでしまったのだ。今朝謝りのメールを送った。ほどなくして先方からお電話が入る。この豪雪を心配してくださる言葉はとても温かかった。13日に予定されていた市内校長会の会合も豪雪の理由で延期になった。取引先の印刷会社との打ち合わせをお願いしたく電話をすると、雪は大丈夫ですかと聞かれた。天候や道路の除雪状況によっては来訪を考えてしまうのだろう。理解できる。国道も県道も大丈夫ですからと来ていただいた。日常生活はこんな風に影響を受けている。2月の頭にいらっしゃる先生からお電話がある。妙高でリフレッシュしたいのと、この記録的な豪雪をこの目で見たいとのこと。ありがたいと思う。テレビで映し出される豪雪を肌で感じていただきたい。どれほどの量なのか、スキーやそり遊びをしながら見ていただきたい。なんと言っても何十年ぶりの豪雪なのだから、見なければ損。半年振りにお会いできるのがとても楽しみだ。ご一緒の時は私も観光客の目になろう。
Jan 11, 2006
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この猛烈な雪で家屋が倒壊したり亡くなった方、怪我をされた方が相次いでいる。妙高市でも先日お年寄りの住んでいた家が雪の重さでつぶれたと報道されていた。不幸中の幸いで、その方は危険だからと隣の市のホテルに避難されていたのでお怪我はないが、帰る家がないというのはどんなに辛い事か。今日私は実家の母へ雪下ろしを頼む電話をしたかと、4度目の電話をした。連休だから明日連絡すると言っていた。年寄り(といったら憤慨するだろうが)のひとり住まいなので民生委員の人が訪ねてきてくださり、雪下ろしを頼むようにと忠告されたという。けして自分で屋根など登るなと口をすっぱくしていった。女が(それも年寄りが)一人でできる仕事ではない。お金がいくらかかろうが、家がつぶれる前に人に頼んでやってもらってくれ。それでなくても中越地震で土台が少々ずれているのだから。12月の中旬はスキー場が予定通りオープンできると関係する人たちは喜んでいたが、今となってはリフトのハンキが埋まるほどの積雪で営業を遅らせている状況だ。わが事務所も雪ですっぽりと覆われ、窓からは積もった雪の壁しか見えない。これには原因がある。ピーターという除雪機が連日の除雪作業で故障し、修理に出したものの未だ返ってこないからなのだ。部品をメーカーに取り寄せているのだが、運送上の問題なのか修理屋に届いていないらしい。国土交通省が対策本部を設置するという事態なのだから、メーカーも緊急体制で対応してもらいたいものだ。こちらはいつ窓ガラスが割れるのかと毎日ヒヤヒヤして暮らしているのだから。それにしても水害、大地震、この大雪と度重なる自然災害が毎年新潟県を襲うのはなぜなんだ。何か悪いことでもしましたか?忍耐強い新潟県人もさすがに疲れきっておりますよ。
Jan 9, 2006
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大阪吹田市の「冒険こどもクラブ」との交流会でもあった先日の森のハイキングで、地元の子ども達の変化に気がついた。まず3年生のAちゃん。片道1時間弱の歩きで昨年はいつも最後尾。前と離れようがかまわずマイペースで、もう歩きたくないと言うメッセージを大人たちに送り続ける。身体が小さいので体力的に難しいのか、とにかく休み休み、だましだまし目的地まで歩かせた。ある時は全く歩こうとせず、仕方がないのでそりに乗せて引っ張った事もあった。それが今回は先頭集団で黙々と歩く。下級生に歩き方のアドバイスまでしている。私は最後尾を歩いていたが、行きも帰りもAちゃんの姿を見ることはなかった。1年生のKくん。昨年年長の時から参加していた。小山からのジャンプ遊びが大好きで帰る時間になると、もっと遊んでいたいと言って地面に仰向けになり手足をばたつかせて泣き叫んでいた。今回帰り際、冒険こどもクラブの子ども達より数多くジャンプをしていたので順番を譲るように言った。するとうなずいて遊びをやめ、自分の荷物の撤収を始めた。1年生のTくん。夏休みのツリーハウスキャンプでは常にマイペース。大人の目の届かないところでちょっとした悪さをする。その子がハイキングでは身長の半分ほどの長さのスコップを自ら運び、小屋への階段を作り、冒険こどもクラブとの雪合戦に自分から参加して楽しんでいた。2年生のKくんはとにかく甘えん坊で、子どもといるより大人のそばにいるほうが好き。リュックが開けられない、手袋がはめられないと、人にやってもらうのが当たり前の態度で大人の前に立つのが常だった。一度だけリュックが開けられないと言って来たが、「ああ、そう。」と手を出さないでいたら自分でやり、それ以降大人に甘える事はなかった。どこにいるのかわからないほど、子どもたちの中に溶け込んで遊んでいた。今年初めて森のハイキングに参加した子どもたちも、いつものメンバー以外の子供たちが大勢いたので随分と頑張っていた。1年生があの寒い中よく歩いたと思う。迎えに来た家族の顔をみて、ほっとした笑顔を見せたのが忘れられない。妙高の子供たちが通う学校は小規模であるし、保育園から中学までずっと変わらない面子だ。どちらかというと初めての人には人見知りをする傾向がある。今回のように大きな町にすむ小中学生、それも妙高の学校ひとクラスの人数より多い子ども達と一緒に遊んだのは、いい刺激だったと思う。
Jan 9, 2006
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↑ 本日の駐車場光景。年明けすぐから続いた仕事も一段落。今日は久しぶりに青空が広がっている。用具の片付けや残務処理を終えたら、じっくりと本でも読みたい気分だ。先日読んだ「そんなに読んで、どうするの?」で読書熱、それも小説への渇望が強くなっているのだ。この書評は読みたい気持ちを増幅させる。以前は新聞の書評を参考に次の読書を考えていた。日曜版に3ページほどさかれた書評に印をつけ、後日切り取って図書館で借りた。中には自分の好みには合わないものや、評しているほどではないと感じるものもあったりした。最近は新聞の書評欄を全く見なくなってしまった。書評ブログや、読書の傾向が似ている人のブログを参考にしている。先の本もある方のブログで見つけたもの。ブログのよさは出版社等との利害関係がないので掲載媒体に合わせた評はなく、思ったことを直裁に書いてあることだ。参考にするブログは、まず記事一覧で既読のものを探す。それをどのように感じておられるのかを読み、その他取り上げられている本の傾向を拝見する。文章のうまい方は大概間違いなく参考になる。そうやって折々に買い求めたものの読まずに積まれている本を今日あたりから手に取ろうと思う。リンク先であるnostalgieさんのブログにあった「漫画原論」四方田犬彦著(小説ではないけれど)、「エコたび」のやまなかさんご推薦の「告白」町田康著。今はなくなってしまった元リンク先で紹介されていた「下山事件」柴田哲孝著(小説ではないけれど)、「半島を出よ」村上龍著、「新リア王」高村薫著は埃を払わなければならない。最近旅人さんが感想を書かれている「パレード」川上弘美著も興味あるところ。ブログではないけれどNさんが5度も読んだと言う「死霊」埴谷雄高著もこの冬読めたらいい。
Jan 9, 2006
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森のハイキングの帰り道、一箇所急な下り坂があった。今回生まれて初めてスキーをした子どもは、坂の手前で躊躇する。坂の途中と降りきったところにインストラクターがいて励ましの言葉をかけるのだが、なかなか最初の一歩が前に出ない。「ぼくできへん。ぜったい無理や。こける。いややなぁ。」という子どもに声をかけた。「さっきのジャンプ台、滑ったでしょ。」森の中の小山を利用して小さなジャンプ台を作り、滑って飛ぶ遊びをしたのだ。「あれができたんなら問題なくできるよ。あの坂が延長したと思えばいい。」そういうと彼は言った。「自己暗示やな。」そうして「よし」と自分で掛け声をかけて、難なく滑り降りて行った。下で止まると上を振り仰いでニカッと笑い、両手を挙げて喜びを表した。次に待つ子も不安を口にし、目からは涙が溢れている。身体が小刻みに震えているのは寒さからではない。小さい声で「いやや、こわい。不安、できない」を繰り返している。「できないと自分で思っていると、本当にできないんだよ。不安、不安と言っていると頭の中がそれだけになって、昨日習ったことなど思い出せないの。昨日できたんだから、今日もできると思ってごらん。そうしたら習ったことをちゃんと身体がやってしまうから。」そうしたら「三角、三角」と唱えながら、インストラクターに習ったプルークボーゲンで滑って行ってしまった。途中で一回転んでしまったが上出来だ。子どもはすごいね。
Jan 9, 2006
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7日と8日は寒波のピークという予報どおり、朝から前が見えないほどの降り方。しかし、関西からの団体様の雪国体験は予定通り行った。今日はゲレンデでかかとの上がるテレマークスキーをつけてのスキーレッスン。明らかに氷点下、しかも前は見えないほどの雪だが、子どもというのは元気である。初めてスキーを履く子も泣き言一つ言わずうまくなりたい一心でインストラクターについていく。斜面で転び起き上がることが最初の難関。平地でスキーを履かずに起きるやり方ではいつまでたっても起き上がれない。ちょっとした手順とコツでできるのだが、今までの身体の動きが先行してなかなかできない。しかし、何度もやっていくうちに自力で立ち上がれたとき、やったという笑顔が彼らの顔に表れる。こういったひとつひとつが自信になっていく。やればできる。大人の力を借りなくても自分でできる。そんな積み重ねで子どもは成長していくんだなぁなどと、降りしきる雪の中で思ったのだった。あすはリブランの森を片道1時間ほど歩いて秘密の場所まで行く。そこで雪まみれになって遊び、あったかい豚汁を作って食べる。地元の子どもたちとも交流する。おそらく身長の倍以上の雪の壁をよじ登ったり、深い雪を踏みしめてのハイキングとなるだろう。動物の足跡が見つけられるだろうか。ウサギやリスが見られるといいのだけれど。テレビのニュースで雪崩を心配しておられる親御さんへ。平坦な森の中では雪崩は発生しませんのでご安心ください。今日のゲレンデ講習でも一人も怪我をせず、楽しく終えました。
Jan 7, 2006
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全く踏み固められていない雪の中で、都会からやってきた中学生男子と雪遊びをした。足を踏み入れるとモモまで埋まる積雪。スノーシューという西洋かんじきをつければすいすいと歩ける。それがないと四つんばいになって、出来るだけ雪への接地面積を増やして進むより他ない。アルミのスコップ5本とそり3つ。遊び道具といえるものはそれだけ。穴を掘り出した。かまくらのような穴を掘るもの、地面に落とし穴のようなものを掘るもの。とにかく黙々と作業する。かといえば、坂から雪まみれになってそりで滑り降りるものたち。穴はトンネルになり、最後にはものの見事に崩れた。そり遊びに加わるものたち。そりは3つしかないので、待ちきれずごろごろと坂を転がり落ちるもの。雪玉を投げ合ってはしゃぐもの。まるで仔犬のようにからだ中を真っ白にして遊びまわっていた。何もない雪の中で、自分達で遊びを見つけ出しこんなにもおおはしゃぎをするとは予想外だった。都会の中学生も雪国の子ども達とおんなじだった。
Jan 5, 2006
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昭和20年以来だという。12月からこれほどの雪が積もるのを知っている人はお年寄りだけだ。年が明けて少しは落ち着いてくれるのかと思いきや、更に積雪を更新し続けている。除雪車が道路わきに飛ばす雪の壁は、4mを越えている所もある。昨日などは1時間に10センチの積雪で、午前中除雪の入った自宅前青空駐車場には、帰宅時車を停める事はできなかった。玄関までたどり着くのもやっと。スキーウェアを着ていなかったらどうなっていたことやら。人が生活する場所でこれほどの豪雪は見られないだろう。このすごい雪の量を是非見に来て欲しい。きっと生きているうちで一番の雪の量だろうから。あけましておめでとうございます。今年もよろしくお願いします。
Jan 4, 2006
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