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笹ヶ峰でのキャンプを終えて車でゆっくりと晴れた牧場脇の道を走っていると、自転車の人を見かけた。もしかして、と思い、停車して振り返るとやはり京大ヒュッテさんだった。いつも妙高高原駅から笹ヶ峰まで自転車で行かれていると聞いてはいたが、車輪の小さな自転車だとは知らなかったので驚く。つい「乗っていかれますか」などという愚問を発してしまう。この日はヒュッテにお泊りなので必要ないことを知る。開け放った窓越しにおしゃべりをする。笹ヶ峰で雉や野うさぎ、山鳥を見たこと。杉野澤でモモンガを見たことなど、いろいろ。梅雨があけたのか。久しぶりに見る青空だ。1300mの空気は澄んで爽やかだった。
Jul 30, 2006
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キャンプの夜は大きな焚き火を囲んで音楽会の予定だったが、生憎の雨のため室内になる。しかし、殺風景なホールも世界中の民族楽器や間接照明で別世界のステージに変わっていた。旅の音楽家 丸山祐一郎さんとこやまはるこさんの演奏会は、ただ演奏を聴くだけではない。聴衆も民族楽器や音の出るものを持って一緒に参加するのだ。アフリカの森からブラジルの森へ。最後には日本の森へと物語は続く。森の中で聞こえる鳥のさえずりや川のせせらぎ、蛙の鳴き声、風の音を子どもたちが「演奏」する。途中、きれいな虹が出る。丸山さん手作りのにじの楽器だ。目の前にうっそうとした森が見えてくる。大海原を渡って次の森へ。サンバのリズムは全員が笑顔で手拍子を打つ。丸山さんの詩の朗読が挟み込まれる。最後は日本の歌「ふるさと」。音楽は世界共通の言葉であること。ふるさとを大事に思う心は世界共通の心であること。そういうことを参加者皆が思い起こす時間でもあった。ホールを出ると満天の星空。言葉を失う。
Jul 29, 2006
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7月30日(日)朝日新聞社会面に「子どもを守る・夏休みの海・山」記事にて、negioyaのインタビューと顔写真が掲載される予定です。negioyaは山・森林部分を担当しました。知識と充分な準備をして、夏休みを安全に楽しく過ごしてください。negioyaは明日から標高1300mの笹ヶ峰でキャンプです。60人で食べるカレーと、星空の下大きな焚き火を囲んでのコンサートが今から楽しみです。
Jul 28, 2006
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スズメバチは町中でも見かけますから、特に野外だけで注意するというものではありません。刺されるととても痛いですし、ハチのアレルギーがある人はショックを起こして死に至ることもあります。しかしスズメバチは礼儀正しいということをまず知ってください。ハチの巣の近くやテリトリーに人間が侵入したら、まず警戒音を出してこちらに知らせます。カチカチという音です。それを無視して侵入するとハチが自分たちを守るために攻撃をしてくるのです。最悪の対応は人間が大騒ぎをすることです。ハチが飛んできたらキャーキャーと叫び、両手を振ってハチを払いのけようとする行動は、かえってハチを怯えさせ、攻撃されていると認識させてしまいます。したがってハチが飛んできたら騒がずに、静かにその場から退去してください。そうすれば攻撃されることもなく、お互い安心して活動することができるのです。蜂の巣は家の軒先や木の洞、土の中などにあります。初めて行く場所では無闇に薮の中には入らないこと。歩けるようにしてある道を行きましょう。【10%OFF】インセクト ポイズンリムーバー自然学校の救急箱の中にはハチに刺された時のために「ポイズンリムーバー」という吸引道具が7つ入っています。活動場所毎に指導者に持ってもらうため複数あります。刺されたらこれを使って毒を吸い出すのですが、幸いまだ一度も使ったことがありません。適した身支度とハチに対して礼儀正しい行動を取っているためだと思います。またハチの数を減らすために活動場所にはハチの罠も設置しています。作り方は過去の日記を参考にしてください。
Jul 27, 2006
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夏というと半袖に短パン、サンダル履きで肌を多く露出していますね。上半身裸、という人もよく見かけます。しかし、山や森で遊ぶには全くダメな服装です。肌の露出を少なくすること。これが基本です。自然学校に来る方たちにお願いしている身支度は次のものです。皆さんにお渡しする案内地図に記載しているものをそのまま書きます。・長袖、長ズボン(白っぽいものがよい。ハチから守るため)・運動靴または軽登山靴(ファッション性の高い厚底靴やサンダルなどはだめ)・雨具(レインジャケットやポンチョなど)・帽子(白っぽいものがよい。ハチから守るため)・軍手肌の露出を避けるのは強い日差しから皮膚を守ること、害虫などに刺されるリスクを少なくすること、枝などでの擦過傷を避けることがその理由です。白っぽい色がいいのは、熱を吸収しにくいことと、ハチが黒い色を認識して寄って来るのを避けるためです。黒い頭髪も帽子をかぶって保護しておきましょう。足元は訪れる場所にふさわしいものを選ぶこと。しっかりとした靴を履くことで疲れにくくなりますし、捻挫なども防止できます。雨具に傘が書いてありません。理由は手がふさがるからです。両手は常にあけておくようにしましょう。軍手の装着は適宜でいいですが、リュックの中には入れておきましょう。もう一つ大事なこと。野外で遊ぶ時には香水、化粧品、整髪料などの匂いの強いものをつけないこと。スズメバチなど虫はにおいの強いものに寄ってくる習性があります。特にスズメバチの巣の近くでこのようなアルコール系の匂いを発していると、大変好かれる事にもなります。果物の発酵したような匂いが大好きですから、食べ残したバナナを捨てるということもしないように。勿論ゴミを捨てるなどは論外ですが。最後に。服装は天候に応じて脱ぎ着をして体温調節を自分でしてください。肌の露出をしないこと、というとものすごい厚着をして汗をだらだら流したままの人がたまにいます。これは熱中症になります。このようなことがあったと聞きました。夏の登山でのこと。晴天にもかかわらず雨具持参と書いてあったので、荷物に入れず着たまま登り始めました。当然暑くなります。しかし脱ぐことをしません。とうとう具合が悪くなってしまいました。自分で下山する体力ももうありません。なんとヘリコプターで搬送されてしまいました。自分の体の調子を自分で調節できない人がいるのです。誰かに「脱ぎなさい」と言われないと脱ぐことができない。これは問題です。知識を持ち、準備をして事故のない活動をしてください。
Jul 27, 2006
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夏休みがはじまりお子さんを連れて海や山へ遊びに出る機会も多いことでしょう。出かける前にちょっとした心得をいくつかご紹介しますので参考にしてください。もし外で怪我などをした場合、応急処置をすることができますか。またそれに必要なものを準備していますか。・出血を止めること。・呼吸をしていなかったら蘇生させること。・骨折の疑いがある時の処置の仕方。などなど、医療機関へ渡すまでの間に応急処置をすることで、その後の快復に大きな差が出てきます。大量の出血、長時間の呼吸停止は命にも関わります。止血方法は傷と出血部分、量によって変わりますが、傷口を直接バンダナ等でおさえて止める方法と、体のあちこちにある止血点という場所を強く抑えて出血を止める方法があります。呼吸が停止していたら首に損傷がなければ「気道確保」をします。顎を上に突き出すように頭を下げ、気管をまっすぐにし、舌が気管をふさがないための姿勢です。これは事前に講習をうけるなどして方法を体得しておくとよいでしょう。骨折、ねんざなど整形外科的な傷害の場合はICEの法則というのがあります。Iはアイス・・冷やすこと。湿布、氷などで患部を冷やします。Cはコンプレッション・・圧迫すること。包帯、バンテージ、バンダナなどで押さえます。Eはエレベーション・・高く上げること。心臓よりも患部が高くなるようにしましょう。明らかに骨が折れているとわかる場合は、患部が動かないように副木をして固定も必要です。副木は雑誌や新聞紙でも代用ができます。患部が動かないためにはその上下の関節までの長さの副木がいります。これらの応急処置をして医療機関に運ぶわけですが、近くの病院などの場所と電話番号をあらかじめ調べておくことも必要でしょう。搬送する前に電話をかけて対応できる医師がその日いるかどうかもチェックしましょう。病院によってはきまった日にしか専門医がいないということもあります。もし救急車を呼ぶならば、あなたがいる場所を的確に教えなければなりませんから、住所や目印となるものを予めチェックしておきましょう。2次災害を防ぐために。怪我をした子どもの処置におわれ、他の子どもに眼が届かずまた事故が起こるという可能性もあります。事故が起こったら、他の子どもたちを誰が面倒をみるのか、誰が連絡を取るのか、誰が応急処置をするのかなど役割分担もしておきましょう。日赤の救急法の講習は市町村や消防署が主催しています。積極的に参加し、いざというときに備えてください。また講習を以前受けたことがあっても実際に事故に遭遇した時に使えなければ意味がありません。講習は重ねて受講し、自分でも日頃から練習をすることが大事です。私は長く水泳部だったので日赤の救急法のほかに水上安全法の講習も毎年受講していました。溺れた人を発見したら見失わないような方法で水へ飛び込み、泳ぎながら運び、岸に上げ、安全な場所まで運搬して人工呼吸をするなど、実際に海で訓練をしていました。大学生の頃、学校のプール開放の監視のバイトの時に幼児が溺れてしまいました。溺れた幼児は保護者同伴でしたが、ちょっと目を放した隙の事故でした。3人のバイト生がいましたが、一人が発見して飛び込んでプールサイドにあげ、もう一人が人工呼吸、もう一人が職員室へ連絡(日直の先生が救急車へ連絡)という役割分担で対処しました。溺れてからすぐに救助したので2回息を吹き込んだら水を吐き出し事なきを得ました。3人とも同じ水泳部で同じ訓練を受けていましたから、チームワークよく対処できました。けれど実際の事故に遭遇して冷静を保つのは大変なことでした。その後訓練に精を出したのは言うまでもありません。ご自分のお子さんの命が大切なら、応急処置ができることは最低限必要なことです。
Jul 27, 2006
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市内中山間地の平丸(ひらまる)という地区では、すげを使った民芸品作りが50年ほど前から行われている。このすげ細工は日本でもここだけで、大変珍しいもの。豪雪に閉ざされる冬の間、男衆は出稼ぎに行き、留守をあずかるお年寄りと女衆が炉端を囲みながら十二支の動物やすげござ、みのなどを作り、里の人に売っていた。そこで得たお金は子どもの教育費の糧になっていたという。昭和33年に平丸の岩崎さんという方が馬の民芸品を作ったのがきっかけで、その後集落の人たちで民芸品作りを研究開発され、昭和30年代は230人もの作り手がいた。その作り手も今は8人。何とか途絶えないようにと学校などを訪問して作り方を伝えている名人、石田さんにお会いした。ご自宅の一角にある作業場には材料のすげが同じ長さに切られて整然とある。これは馬の民芸品つくりの材料で、子どもたちへの指導のために準備されたもの。馬の顔の部分は小さい子どもでは難しいので子どもの人数分あらかじめ作ってある。その他に装飾のための糸やリボン、布。石田さん手書きの製図のコピーがある。すげと木の皮で作った十二支の寅が4体あった。寅の縞模様はしなの木の皮で表現されている。子どもたちに十二支の動物の民芸品を見せてあげようと以前作ったものを集めたが、寅だけがたりなかった。それで作り始めたのだが、さすがに12年に1度の制作なので名人といえども作り方を忘れてしまう。昔作った寅を解体して作り方を思い出しつつ新たに寅を生み出しておられた。未(ひつじ)や卯(うさぎ)、酉(にわとり)、戌(いぬ)、申(さる)、子(ネズミ)はすげを割いてたわしのようにして柔らかそうな毛を表現している。うさぎの白、ひつじの薄茶色、ネズミの灰色、猿の濃い灰色といった微妙な毛の色の違いは、使うすげの部分を変えている。辰と巳(へび)はすげを編んで長いからだを表現、波打つ辰ととぐろを巻いた巳は迫力がある。丑(うし)と午(うま)は地区の人たちの農業にはなくてはならない存在だったので、すげ細工が始まった当初に作られた。どちらも荷物を背に載せ労働の担い手だったことを忍ばせている。亥(いのしし)はしなの木の茶色い皮で疾走している風だ。昭和46年の年賀切手の図案に、石田さん作成のものが採用されている。子どもたちに教えている中で驚愕することがあるという。それは「結べない」こと。作業の中で糸ですげを結わくのだが、それができない。きめ細かく教えてようやくできても、しっかりとした結び目にはならずぐらぐらする。10人に教えていて2人できるかできないかという現状だという。「自分が子どもの頃、農業の手伝いの中には紐で結わく作業がたくさんあった。普段の生活でも些細な場面で結わくことがあった。家庭教育というのが大事だね。些細なことを毎日することで身についていくのだから。」生活が昔とは違うのだから仕方がない面もあるが、便利になって失ったものを長い人生の中でつぶさに見てこられた石田さんの言葉は重い。「平丸地域の人たちで伝えてきた民芸すげ細工の火を絶やさないようにしたい。」全ての作り方、製図を書き記し、後継者育成に力を注ぐ石田さんであった。
Jul 23, 2006
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4日続けての雨。今日は一度もやむことなく降っていました。週の後半にはせめて小降りになって欲しい。そう願わずにはいられません。降りしきる雨の中を雨合羽上下を着込み、森の中を1時間ばかり歩いてきました。アケビの蔓をさがしたり、薮の中に入ってきれいな唐松の実を集めます。草は雨に濡れて鮮やかな緑色。雨なのに鳥のさえずりが聞こえてきます。ふと見上げると桑の実が。赤いものはまだ酸っぱいですが、口の中がさっぱりとします。手を伸ばして高い枝についている黒い実をふたつみっつ。雨合羽は濡れてからだに張り付いていましたが、雨の中にいることが気持ちよくなっていました。
Jul 18, 2006
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人様とお話しすると私は物を知らないなぁとつくづく思います。特に歴史。まぁ歴史だけじゃありませんが。私大入試は日本史を選択したはずでしたが、結局暗記しただけだったので繋がりも何もさっぱりと言う状態。歴史好きな方とお話しすると無知が露見し、たびたびあきれられています。例えば超歴史好きなカナダ人の義弟は、私の実家のある長岡を訪れるにあたり「山本五十六」について本を読んできます。現地でも記念館に足を運び勉強に余念がありません。そして彼のクイズタイムが始まります。山本五十六について私が知っていることと言ったら、実家から歩いて7分のところに生家があり「山本公園」と名づけられ子供の頃遊んだこと。海軍の軍人で日米開戦に最後まで反対していたことと、亡くなったのが4月18日で私の誕生日と一緒だという、はっきり言って何も知らないと言った方がいい状態なのであります。ですから、義弟のクイズタイムはとても苦痛。一問一問に「えー、こんなことも知らないのですか」と言われる始末。郷土史研究をやっておられる杉野沢のTさん宅へお邪魔したとき、「長岡出身ならば○○の名前くらい知っているだろう」と言われ、知らないと言うと「それはしっかり勉強しなければならないな」と諭されました。○○と言う名前をちゃんとノートにメモしたはずなのに、すでに記憶にはなくノートもどこへ行ったのか。埼玉に住む友人から「以前幕末の頃の新潟について調べたが、新潟は中央に反対する歴史があったのだが、それはどういうことからと思うか」と聞かれました。何となく戊辰戦争のことを思いましたが、詳しくはわかりません。ですから会話はそこで終わってしまいました。あーー情けない。そういうわけで幕末から始めてみようと思いました。長岡の郷土史研究で知られる稲川明雄さんの本を4冊取り寄せました。これが終わったら山本五十六です。義弟のクイズタイムを避けてばかりはいられませんから。○○の名前が書かれたノートも探し出さねば。でもしばらくは質問をしないで下さい。長岡城燃ゆ長岡城奪還
Jul 15, 2006
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朝7時ごろは日が差していたというのに、だんだん雲行きが怪しくなり雨足が強くなる。8時の段階で森の中で予定していた活動は無理と判断。屋内のプログラムに変更する。指導にあたっていただいたYさんには、ご苦労をかけてしまった。しかし1日中激しい降りとは限らないので、予定していた森でのランチの準備は進める。雨の音を聞きながらタマネギを大量に切ってカレー作り。昼ごろには雨もやみ、明るくなってきたので、森に来ていただいてランチ。たくさんおかわりをしてくれたので、大鍋のカレーはきれいになくなった。その後、子どもたちはブランコなどで遊ぶ。小学3年生の女の子が3歳の女の子を負ぶって虫探しをしている。姉妹なのかと聞くとそうではないという。子ども会で来ているので、町内の子供なのだろう。きっと普段もああやって遊んでいるのだろうと想像する。あるお母さんが自分のお子さんの言葉使いを強く叱る場面があった。すると他のお母さんが「そんなに強くいわなくてもいいじゃない」とやんわりたしなめる。叱ったお母さんは「でも、あの口の利き方はないでしょう」と言い表情がかたい。近所の者同士でお互いの子育てに意見し合う姿を最近めったに見ることがなくなったので、地域社会がちゃんと機能している所にお住まいなのだなぁと感じた。ご飯をよそいながら叱ったお母さんに声をかける。「お子さんは何年生なのですか? 女の子ですか、男の子ですか?」「5年生の女の子です」「人生で一番生意気なお年頃ですね」そのお母さんはちょっと笑ってくれた。夕方よりまた雨が激しくなってきた。
Jul 15, 2006
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この夏、沢登りをやってみようと思いそれ用の靴を探しにいく。山道具屋が近くにないので、釣り道具屋へ。靴底がフェルトのものはカバーオールみたいなズボンについたものしかなかった。勿論わらじもなし。交換用のフェルトだけは売っていたが、今回は見合わせた。遠くの山道具屋へ行ってみよう。釣り道具屋は2年ぶり。釣りはしないのであるが、色々な道具を見て歩くのは楽しい。長靴がセールだった。雪国暮らしには長靴は必需品、しかも消耗品。雪のない季節も森の作業には長靴が最適なのである。特に夏は暑いので丈の短い長靴(というのも変であるが)が重宝する。3年前に買った厳冬期用でない長靴にひびが入ってきて、水がしみ込むようになっていたことを思い出す。買い替え時だなぁ。お手ごろ価格だし。色も赤くてしゃれてるし。本来の目的ではなかった赤い長靴を買って帰ってきた。
Jul 14, 2006
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ずっと雨模様だったのが今日はやみました。これからは天気予報とにらめっこの日が続きそうです。明日は森にお客様をお迎えするので、雨が降らないことを祈るばかりです。昼前から山を下り、買出しに半日を費やしました。下界はとにかく暑かった。暑いというだけで全身がだるくなり、気持ちも荒々しくなってしまいます。エアコンの室外機のそばを歩く時の不快感といったらありません。木陰で休みたくとも樹木が見当たらない。冷房の効いた場所で座り込んでしまいました。こうやって涼んでいる間中、外に熱気を放出しているということを考えるとむなしくもなります。けれど外にいればぐったり。アスファルトをはがして、壁に緑を這わせたら少しはましになるのじゃないかしら。板橋の「緑のカーテン」は効果を上げているでしょうか。ああ、エンジンを切らずに駐車しているおバカさんが…。
Jul 14, 2006
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今日は蒸し暑い。室温27度。犬を走らせるのも暑くてすぐにボールを追うのをやめてしまうので、裏の小川で遊ばせた。それだとエンドレスだ。川の中にボールを落とすと、水に入ってくわえてくる。短い足が隠れるほどの水量なので、怖がることもない。川の奥に広がる雑木林からジージーという蝉の声が聞こえてきた。
Jul 10, 2006
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リブランの森に行くとどくだみの白い花が咲き始めていた。これはグッドタイミング。以前何かの本で「花が咲いた時が一番薬効がある」というのを読んだことがある。だから毎年どくだみ摘みは花の咲く頃と決めている。ここからは我流。持ち帰ったどくだみをざっと洗ったら水を切る。そしていくつか束ねて風通しのいいところにつるして陰干し。私は手で葉を握ったら粉々になるくらいまで乾燥させる。その方がカビの心配もないし保存が楽だからだ。使い道は私の場合2つ。煎じてお茶として飲むことと、ホワイトリカーにつけて化粧水を作ること。今までお茶は乾燥したものを煎じていたが、今日Aさんから炒ったほうがおいしいと教えてもらった。今年はそうしてみよう。化粧水は美白効果があるのだが、日焼けする頻度の方が高いので私は目に見える効果が薄い。しかしうちの母親の場合、効果絶大であった。また、虫刺されなどにもいいと思う。これから次々と花が咲くであろう。楽しみである。
Jul 8, 2006
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犬を飼っていらっしゃる方に質問です。1日に何度おしっこをするものなのですか。私が飼っている犬ではないのですが、事務所にいる間コーギーのラムというメス犬がいます。朝、散歩をしてもらってから事務所に来るのですが、夜私が帰るまでの間、何度となくおしっこをさせろと要求してきます。クンクンと鼻を鳴らし、前足を私にかけてしつこく外へ出せと言うのです。外へ連れ出すと裏庭へダッシュ。テニスボールをくわえて投げろと言います。「おしっこじゃなかったの?」と思うのですが、3度ほどボール投げを楽しんだ後、おもむろに用を足します。これが大体2時間おきくらい。11時、13時、15時、17時、19時といった具合。朝の散歩でも用を足しているはずですから、1日に少なくとも6回はしているのです。実家で飼っていた犬は朝と夕方の散歩の時以外はしなかったと記憶しています。年をとってからはトイレに自分で行って何回かしていたようですが、ラムほど頻繁ではなかったような気がします。ラムを見ていると、おしめの取れたばかりの子供が「おかあさん、おしっこ」といっているように感じます。多すぎないでしょうか。それとも私はラムになめられているのでしょうか。今日は霧。
Jul 7, 2006
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今日は個人的な思い出を書いておきたい。ある夏の日。東京の友達が長岡まで訪ねて来てくれた。その年の3月に16年暮らした東京の生活を引き払って実家に戻っていたので、彼女に会うのは約半年振りであった。美大で版画をやっていた人で卒業後も精力的に作品を制作していた。訪ねて来たのは私をモデルに個展用の作品を作りたい、そのデッサンをするためだった。私が実家に帰った一番の理由は父の病気だった。脳梗塞で倒れ半身がうまく動かなくなっていた。それでもゆっくりと歩いたり、庭をいじったりするくらいには快復していた。しかし仕事はもうできなくなっていた。その夏の日も父は1階の自室で飼い犬を傍らにしたがえ、テレビを見て過ごしていた。母は留守にしていた。私たちは朝から「仕事」。2階の暑い部屋で汗を流しながら私はポーズをとる。彼女は鉛筆を動かす。休憩を入れながら日が暮れるまでそれは続いた。翌日も同様。仕事を終えて、夕飯作りのために階下の台所へ行く。するとテーブルの上に二皿のいなり寿司が置いてあった。一皿にいなり寿司が4つ。もう一皿には2つ。作業台には油揚げの中に半分ほどご飯をつめたものがそのままになっており、床にはご飯粒が散乱していた。父を探すと自室で横になっている。お客好きな父が彼なりのもてなしをしようと、いなり寿司を作ってくれていたのだった。しかしよく動かない手でご飯をつめるのは大変だったのだろう。そして6個のいなり寿司を作ったら疲れ果ててしまったのだ。なぜいなり寿司か。それは父の好物でもあった。ありがたかった。作りかけのいなり寿司を完成させ、不恰好なそれを私たちはちょっとしんみりしながら頬張った。いなり寿司を作る時、あの夏の日のことを必ず思い出す。今日はその父の命日であった。
Jul 5, 2006
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4月に初飛来を見かけたツバメ。結局、我が家の古巣を使うことなく時は過ぎていった。しかし6月下旬頃から、おそらく別のツガイのツバメがベランダに登場。夜は軒下の釘に止まって休んでいた。そしてやや壊れかけていた古巣の修復に取り掛かり始めたのだ。1羽が藁をくわえて巣を作っていると、物干し竿にもう1羽がとまってうるさいくらいに啼く。よく聞いているとパターンがある。ピーピーヒョロヒョロと長く歌った後に、必ずくちばしを大きく開けてジーともグーともつかないおかしな声をひとつ。それを延々と繰り返す。朝から夕方にかけてこの調子で歌い続けるのだ。いつ産卵するのか。まだ巣の修復を続けるのか。毎日彼らを観察するのが楽しい。
Jul 4, 2006
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