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私がこちら(私の実家)に帰省して、入院している間のことでした。私が知ったのは、亡くなった翌日。退院の報告をママ(義母)にメールした折、返信メールで教えてくれました。すでに火葬を終えたところでした。元々拾われた子犬だったのを、譲り受けたのだそうです。推定16歳。晩年は脳梗塞で半身が不自由になり、よたよたとしていましたが。それでも一時は回復し、家族を追いかけて来るようにまでなっていました。幸せな一生を送ったと思います。現在は、動物の合同墓地に埋葬されているそうです。安らかな最後であったことを願い、静かに眠っていることを祈ります。
2006年07月27日
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妊娠状況は、現在13週目です。妊娠4ヶ月です。まだまだ、つわりは続いております。実家に戻ってから4日間ほど入院生活を送っておりましたが、現在はそこまで体調を崩すことなく暮らしています。入院しても、前回と同じように「ブドウ糖」と「電解質輸液」の点滴と、3度の食事だけの治療です。地元でも評判の良い、そこそこ大きな産婦人科です。予約なしで飛び込み分娩が可能なので、患者は絶えないそうです。いまどき珍しい、貴重な産科ですね。部屋数もけっこうあるので、いつでも入院できる様子でしたよ。(愛知県です。この病院を知りたいという方がもしいらっしゃるなら、私書箱へ遠慮なくメールください。)あれで、食事が美味しかったら完璧なのになあ プラス3千円の負担で、付き添い人用のベッド付(同じシングルベッドが二つある)の個室が借りられて、快適に生活できました。アトピー肌の私のとって、自分に合せてエアコンの調節ができることは大変ありがたい!!丁度、熱帯夜の続いたときに入院していたので、涼しくすごせて良かったです。実家はめったなことではクーラー使わないんです。母は一番暑い時間帯にお見舞い(洗濯物回収)に来て、涼しい個室で昼寝してから帰るのが日課になっていました。回復も早かったので予定より早い退院になったのですが、もっと入院しててよーなんて言われちゃったりして(笑)前回の病院は大部屋だったので、エアコンを自分の都合には合せられないですからねえ。退院するときには顔の皮膚が切れそうなほどごわごわになっちゃってましたよ。現在の肌は、首から下はまあまあ平気。以前のアトピー治療をしていた時と比べたら、天国のような良い状態です。顔は、化粧水をおそるおそるつけているので乾燥してしまって。一部は極薄いウロコのように、ぼろぼろと剥がれ落ちてくることもあります。でも、この状態の対処にも慣れました。現在の肌の状態・手入れについては、また次の機会に詳しく書き記そうと思います。妊娠4ヶ月に入ったあたりから、嘔吐の回数が増えてきました。毎日というわけでもないんですけどね。精神的な影響が一番大きいみたい。過労で母が倒れたときが、一番多く吐いたからなあ。母の負担を減らすために再入院も考えましたが、母も持病なのでさっさと対処し、回復も早かったので入院にはいたりませんでした。でも、自分が周りの人の負担になっているという意識は、つわりの状態に大きく影響しました。特に、世の男性諸君、妊婦には毎日優しい言葉をかけてあげてくださいな。(ホントは夫に言いたい)気にかけてもらっている・心配してくれていると思う気持ちが、つらい時期を乗り越えさせてくれます。まるで体調が違うのです。これには私も驚きました。めがねをかけると頭がグラグラとして気分が悪くなるので、時々様子を見てちょびっとだけパソコンに向かうようにしています。まだパソコンに慣れない両親にちょこちょこっと教えることがほとんどですね。コメントにはちょっとずつお返事をつけていきますね 皆さんの励ましが、なによりうれしいです。みなさま、いつもありがとうございます。
2006年07月25日
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しばらく、実家で静養することになりまして。実家で母の料理を食べながら体を休めております。少しずつ、退院時の調子が戻ってきました。実は、夫に実家に帰らないかと言われましてでも、良かったと思います。あのままでは、私はあと1日~2日で入院生活に逆戻りしていただろうし、家事と仕事に追われる夫の体力がもちません。病院食は、栄養もつわりの時の食べやすさも考えられたすばらしいお料理でした。自宅ではなかなかそういうわけにはいかず。退院してから、日毎に食が細り便秘が復活し、体力がおちていきました。気分の悪さが夫の雑用を増やし、仕事で帰宅が遅い夫はいらいらも募り。前回(入院前日)と同じように、日曜の夜になってさじを投げる発言をしました。実家に帰れと言われて、寂しい気持ちもありますが…応援を要請するのならば、計画的に行って欲しかったというのが最初の感想です。すぐに私は実家へ電話しました。実家に帰るように言われたから、迎えに来て欲しいと頼みました。息切れしている状態での電話だったので、親は戸惑った様子でした。でもはっきりとしゃべる力もありませんでした。父はすぐに職場の同僚に連絡を取り、皆様の協力で火曜日に休暇をいただけることになりました。月曜の仕事が終わってから、夜中に車を走らせ、私を迎えに来てくれました。こうなる前に、私が実家に連絡し、実家で静養する計画を立てるべきだったのだと思います。夫が私の両親に言いづらいのは当たり前です。車に乗ることで気分が悪くなるので、病院へ行くタクシーでさえ我慢して移動していたので。実家までの移動が心配だったのです。でも、夫の体力と精神力を考慮し、早くに実家で静養する選択をすべきでした。アパートから実家まで、東名を走らせて5時間。乗り心地の良い父の車に助けられ、一度も嘔吐すること無く到着することができました。そのうち私に会いに行くだろうからと、最近になってETCまでつけてくれていました。私は初めて通るETCゲート体験にわくわくし、父はココまで来る間すごく緊張していたと柄にもないことを話し始め、心配をかけたなあと思いつつ、うれしい気持ちで一杯でした。夫は遅くまで仕事をして帰宅したにもかかわらず、深夜到着になる父を寝ずに待っていてくれました。空腹になると強い吐き気に襲われる私のために、出かける直前に食べられるよう果物等いろいろと食べやすいものを用意して、食べさせてくれました。移動途中で食べられるようにさくらんぼやプチトマトなども用意してくれていました。冷たいほうが食べやすいだろうと、クーラーボックスに氷を詰めて、でも買いすぎて入りきらないけどどうしようとか(笑)できる限りの準備をしてくれていました。本当にうれしかった。おかげで、安心感一杯で移動を終えることができました。実家は居心地がいいです。久しぶりに会う祖母も喜んでくれています。数ヶ月か、出産後まで続くか分かりませんが、しばらく実家で静養します。
2006年07月06日
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