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昨日、東京渋谷のあるスタジオに担当のトーク番組の打ち合わせのために訪問しました、予定より早くついた僕は、その打ち合わせの相手、カリスマウォーキングドクターという異質の肩書きを持つ50歳の男性を待つことになりました。テレビや雑誌で見る彼は、かなり変わり者を思わせる風貌であることから少しばかりの緊張の中で時間を過ごすことになりました。予定時間の5分前に彼はエレベータから登場しました。背筋をぴんと伸ばしたスタイル抜群のその紳士は、僕の目をしっかり見ながら、「打ち合わせの方ですよね、よろしく」といってスマートに右手を前に差し出したのです。名刺を出そうと内ポケットに手を入れていた僕は、しどろもどろになりながらもその手を握り返しました。おそらくそのシーンを客観的に見ると、彼の胸を張った姿勢が猫背で中途半端な姿勢の僕をより自信無げに映っていた事でしょう。ウォーキングアドバイザーとして一世風靡し、今、美しくなりたい女性のカリスマ的存在である彼の全身には自信がみなぎっていました。歩き方と姿勢がそう見せるのか、今、輝いている人間の自信がそう見せるのかはわかりませんが、確かに男の僕が見てもかっこいいと思えるオーラに包まれていたのです。僕も仕事柄、色んな有名人と会う機会があるのですが、その印象は様々です、どんなに男前であったり、綺麗であっても自分自身なんのひけめも感じない人もいれば、完全に人間的に服従してしまいそうになるオーラを持つ人もいます。今回の打ち合わせの相手は紛れも無く後者でした。トーク内容の打ち合わせに関しても、彼は何も飾らず、自信満々に自己破産になりそうなくらい借金を抱えた時の話を語りはじめました。昔の栄光を語る人間で今輝いている人はあまり居ません。失敗談を語る人ほど今に自信を持っている人です。彼との40分ほどの打ち合わせが終わり、大阪に向かう新幹線の中でいろいろなことを考えました。人をひきつける魅力、ワンランク上の人間とはどういう人のことなのかと・・・・彼から感じる魅力は間違いなく自信から来るものだということはわかりましたが、それが果たして自信が彼を成功に導いたのか、ある程度成功を収めたからこそそこに自信が感じられるのかまでは分析することは出来ませんでした。ただ彼の語録の中に、「胸を張って背筋をしゃんとして歩いているとパワーがみなぎってくるものだ」というものがありました。正解かどうかはわかりませんが、彼の魅力がもしかするとそういうところから来るのであれば、それを実行してみる価値はあると・・・そう思えてきました。確かに人は調子のいいときは自然と胸を張り、うまくいかないときは首をかしげながら、うつむいて歩いているものです。逆の発想で言えば、胸を張って歩けば自信が沸いてくるという彼の理論はあながち抽象的なものではないような気もするのです。自信を持つために、まず形から入る、背筋を伸ばして堂々と歩く・・・・新大阪駅のホームで堂々といい姿勢を意識して歩いてみると不思議なもので、少し元気になれたような気がしました。人に会うたびに、元気や生きるヒントをもらえる僕の仕事は本当にラッキーだと・・・そう思います。
Jul 10, 2004
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昨日、信号待ちのタクシーの窓から何気なく町の人並みを眺めていたとき、仲良く歩く親子連れに目が留まりました。子供は小学校の低学年くらいの可愛い女の子、その横を歩くジーンズののよく似合う30代半ばの女性・・・・「あっ」思わず、タクシーの運転手が驚くほど、大きな声を出してしまいました。その母親はまぎれもなく、僕が学生時代にお付き合いしていた女性、美帆ちゃんだったのです。僕にとって初めて本格的に出来た彼女、お互いの20歳になる瞬間を一緒に迎えた忘れることの出来ない女性のうちの一人・・・・タクシーを降りて声をかけようと思ったのですが、もう一人の自分がその衝動にストップをかけました。「相手の子供が変に思うかもしれない」という遠慮と過去の幻想を現実の世界のものとして見たくないいう感情が15年の時を超えた再会を阻んだのです。おばさんになっていなかったといううれしい気持ちと、僕とは違う世界で人生を生きている過去の恋人への切ない思いが僕の胸をいっぱいにしました。人は人生の中で恋と言う幻想を何度も見て、そこに笑い、泣き、胸を熱くするものですが、その幻想の中では生き続けることは出来ません、生きる場所は現実なのです。たとえ、大恋愛の末結ばれ、甘い幻想の中で結婚を決めたカップルであったとしても、いずれ現実の世界で生きることになります。それは決して悪いことではありません。現実をしっかりと生きてこそ社会生活を送っているといえるのです。ただ幻想の世界は、現実の世界よりも生きている実感を感じさせてくれます。壮士の「胡蝶の夢」という言葉を思い出しました。自分が蝶になりひらひらと舞い飛ぶ夢を見て、目が覚めたとき、はたして人間の自分が蝶になった夢を見たのか、蝶が今、人間になっている夢を見ているのか・・・ふと考えるという内容なのですが、幻想を見ている自分と、現実を生きている自分のどちらが本当なのかということを、僕も考えてしまいそうになりました。おそらく恋はどんなに激しいものでもそれは幻想にしか過ぎません、だからこそ熱く、切ないのです。不倫を成就させて色々な人を傷つけて一緒になったとしてもいつかは現実に引き戻されます。おそらく、その女性とは、恋と言う甘い段階でピリオドを打ったからこそ、幻想として素晴らしい記憶に残っているのだと思います。その彼女と別れた後も何度も幻想を見、現実を知り、泣き、笑い、胸を痛めてきました。おそらくこれからも幻想は見続けていくことだと思います。若いときは、幻想と現実はリンクしていますが、年を取るごとに人は、それは切り離して考えるようになります。うまく幻想に酔うことが出来てくるのかも知れません。幻想を楽しめる、いい大人になっていきたいものです
Jul 3, 2004
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