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大して忙しくも無いくせにどうにも仕事が長引き、サッカーのバーレーン戦を見ることが出来ませんでした。非国民とか言われるんだろうなぁ。とは、言いつつも、ナショナリズムや愛国心という概念はどうにも僕の中にあまり無いらしく、『日本人としての誇りを!!』とか言われても、「確かに日本家屋ってホコリが沢山出ますよね。 ハウスシックになるよりマシか。」とくらいしか思わないんで、もうすぐ右翼に刺されると思います。さて置き。殆んど喋った記憶の無い僕の弟(18歳)が明日からカナダへ1年か2年行くそうです。つい、最近知ったんですけど。僕の母は、僕以上に愛国心の欠片も無いらしく「日本はダメだ!海外へ行け!」「亜米利加の方が文化が進んでいる!!」と妄信的にアメリカというか、欧米文化を崇拝していまして、僕も何度と無く、渡米を勧められたものですが日本語もうまく喋れない僕が、他言語を操れるとは到底思えなく、(ちなみに彼女はネイティブ並に英語が堪能で、どっちかと言うと 日本語より堪能に喋ります。)(逆に言うと彼女は日本語がとても下手です。)彼女の言う『腐った国』でダラダラと人生を終えようとしてる訳です。弟君がそんな彼女に触発されたかどうかは、彼との連絡手段も無いため知る由も無いのですが、どうにも、「就職難だから」という理由が強いそうです。(彼はワーキングホリデーという名目でカナダ入りします。)僕の家族不仲をぐだぐだ綴ってもしょうがないのでこの辺りにしておきますが、なるほど確かに、異文化を肌で感じることは有益かも知れません。かく言う僕も、渡米経験はありまして、あの脂臭い風土を直に肌で感じたのですが、ダウンタウンにポルノ雑誌が落ちていて、(当然の様に)拾い上げ目を通すと、まぁ墨消しやモザイクの類は一切無く、ははぁ、やはりアメリカはおおらかな国だなと感心した記憶があります。ただ大らかなのは気質だけでなく、体も、でして、極度の肥満体を見る度に、別に日本人でいいなと思い、現在に至ります。そうは言っても、機会と時間があれば、いつか東南アジアをふらりと漂いたいなと思っています。特に理由は無いのですが、いつかブラウン管越しに見たタイの街並みの風景が僕の脳裏に焼きついてましてあの街並みを直に見たいな、という要求がある訳で。そういった話をタイに行ったという知人にすると、「タイはいいよ!○○ってとこでは、 物凄いカワイイ子がたくさん居て、しかも安いんだ!!」と堂々と自身の買春談を披露。タイへ行く=買春の図式が成り立つ日本人男性。 何だか日本人でいるのも少し嫌になりました。まぁ、僕みたいなモンはどこの国に生まれようと結局ぶちぶち文句を垂れると思うので、これでいいか、と思いながらニュースで、バーレーンの自殺点のシーンを見てました。たまには徒然なるままに。弟君が、有意義なカナダ生活を送る事を願いつつ。
Mar 30, 2005
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やっぱり反転するんだ。そんなことは さて置き、隠されているもの、分からない謎を解き明かしたいと思うのは人に備わった本能のようなもので。だからこそ、ミステリー小説が売れたりだとか探偵業が儲かったりする訳で。『怪しいもの』『隠しごと』『誰かのひみつ』を知りたい知りたいと思うことはしょうがないのかも知れません。『誰のことが好き?』という話題で盛り上がった記憶は誰にでもあると思います。この歳になると恥ずかしいもへったくれも無くなるものですが何故か思春期を迎える頃から、ハタチくらいまでの頃は『好きな人』を隠したがるものです。恥ずかしくて。ですので、その『秘密』を知りたがったり、知った時には何かしら『快感』に近い感情を得るものです。誰かの好きな人を知った所で、その実 自分にとって何かのメリットがある訳でもないのです。(それをダシにして、取引を行うこともありましたが)ところが、知りたがる。とても不思議なものでした。恥ずかしい、と言う感情は実の所、その感情が相手に伝わることにより、相手が今までと同じ様に接してくれなくなる可能性を恐れている訳で。確かに、その気が無い異性に特殊な感情を持たれることは困惑と言う感情が生まれる一つのファクターです。好意を持たれてるのなら無碍にも扱えないし…でも、自分はその気が無いんだよねぇ…この状態。自分も相手もツライ。だからこそ『好きな子』を隠したがる、と。じゃあですね。こうしたら良いんです。もう、ハッキリ表明するんです。最初から好意を持ちそうな相手に『ヤバイ、好きになりそうです』と事前に告げておく。そうすることにより、相手にも心の準備が出来る訳ですし、何より、好意を持たれることで悪い思いをする人は居ません。僕はこの方法を常に取るようにしている。そして、最近知り合った女性に、大変に魅力的な女性がいらっしゃいまして。早速、『惚れるかも知れないです』とお伝えしました。「アウト オブ 眼中。」即答。まぁ、そんなモンです。悪い気はしないどころか、何の気も持たれなかったようです。僕は、アレか。男として扱って貰えてないのか。と言うか、いまどき「アウト オブ 眼中。」とか のたまう女はコチラから願い下げじゃ。と、自分を慰めた。こんな男、『好きになりそう』にも無いだろな。誰も。
Mar 29, 2005
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こんばんは。ミドレンジャーです。体育教師では、無い。僕の生まれる前のずーっと昔から、いわゆる戦隊モノと呼ばれる特撮ヒーローものがやっておりまして、幼少の時分には誰でも熱中して見ていたと思います。内容と言えば、殆んど世界制服を狙う悪役を選ばれた正義の味方が退治する、勧善懲悪を絵に描いたもんです。これも、一つのメディアが生み出した洗脳のカタチなのでしょうか。誰しもが、世界には絶対の正義と、絶対の悪が在ると信じていたと思います。最初は。正義の味方が悪役を殺す。この場合の殺人は、正義の名の下に容認される訳で。『殺人は悪い』と言った基本的倫理観はとても薄くなってしまう。僕は何も、メディアが子供に悪影響与えるから、人殺しの映像を流すなとまでは思いません。人殺しは、悪い。それを伝えるなら、別に人を殺す映像が流れてもいい訳で。問題は、世の中に絶対的な正義が悪があると子供に思い込ませること。未だに、戦争に悪い国、いい国があるようにメディアは報じています。ある国が悪。だから攻撃する。正義の名の下に。戦争にいい国も悪い国もあるか。残念ながら戦争がこの先無くなることは無いと思います。こんな事を言うと、徹底的に叩かれそうですがあくまで僕の持論と言うことで。人が生きる以上、そして、様々な思想とそれに対する圧迫がある以上、摩擦が起きる事は必至だと、残念ながら思う訳です。昔に、機動戦士ガンダムというアニメがやっておりまして。僕と同じ世代の男性の方は皆さんご存知だと思いますが大変に人気のあるアニメでした。アニメの内容は、まぁ、遠い未来に起こる宇宙戦争な訳ですが、この劇中にはモビルスーツと呼ばれる人型の大型ロボット兵器がそれはもう、無数に登場する訳でして、(それは明らかに商業目的なのですが)僕らは、目を輝かせ、胸躍らせながらオモチャを買い漁り、アニメを見たものです。そして、当時の友人達と、どのモビルスーツが好きか言い合うのですが、大概が主人公が搭乗するガンダムというロボットでして。その中で僕は『量産型ザク』というロボットのデザインが非常に秀逸だと思っておりましてそう答える訳です。それに対する返答がこれ。「えーだって、ザクって悪モンじゃん!!」そう。既に、戦争における善と悪という概念は彼の中に刷り込まれていた。僕は、初めてそこで、善と悪なるものに対し、疑問を覚えた訳です。この世に、完全なる正義、完全なる悪は存在しない。そう、思っている。で。前述の『戦争は無くならない』という話をすると、「お前みたいなヤツが居るから無くならないんだ!」と言われ、『機動戦士ガンダム』の話で善と悪に対する疑問を覚えた、と話すと、「ふーん。ヲタク話はいいよ」と、あたかもヲタクが悪であるかの様な発言。完全な悪は無いと言いつつも、どうやら僕が悪だったようです。なぁんだ。
Mar 28, 2005
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それが正しいか間違っているかはさて置き、現代社会に於いては、実に大量の『情報』が飛び交っており、これらの情報を如何に手に入れ、そして使うかが大変重要に思われる節があるようです。確かに、『情報』を手に入れることにより、ビジネスの世界に於いては、競合社よりも一歩リードできる可能性が高くなりますし、全くのプライベートな世界に於いても、他者とひとつの『情報』を共有することにより、親密なコミュニケーションを可能にしたりと利点は多くあるように思われます。僕にとっても、多くの『情報』を得たり、はたまたそれらを自分のものとして『知識』と扱うことは、より積極的に行いたいなと思っていますので『知りたい』という欲求は中々に強い物だと自負しております。ですので、『知らないモノ』が現われた時に、どうにかして それを知りたいと思うのですが往々にして誰かに『尋ねる』ことはエネルギーを多分に使うものなのです。『聞くは一時の恥、聞かぬは一生の恥』との格言にも現われるように、『聞く』ことは恥ずかしいものであると多くの方は思ってらっしゃると思いますし、『そんな事も知らないの?』と思われるのは僕のような矮小な人間であってもプライドだとかいう妙ちくりんな概念が邪魔をするのか、あまり気持ちの良いものではありません。したがって、会話の中に自分の『知らないモノ』が含まれていたとき、本来、僕の持っている『情報』に対する姿勢としては、「なにそれ?」と聞くのが正しいところ、「ああ、○○ね」と知ったかぶりをしたくなるのが本音なのです。知ったかぶり。この言葉はあまり良い意味を孕んでいるとは思えません。何故ならば、『知らないモノ』、すなわち未知の『情報』を自分の中に『知識』として取り入れる機会を失うばかりか、会話相手に対し嘘を吐くことになる。それは、やもすると悪印象を与える一端になるかもしれない危険性を孕んでいるからです。しかし、ですよ。僕は、あえてココで『知ったかぶり』を使ったろうと。良くないもの、と自分で断っておいた物を敢えて使ったろうと思った訳です。先にも挙げたように、『知ったかぶり』に於けるよろしくない点としては、・未知の『情報』を得る機会を失う。・会話相手に悪印象を与える恐れがある。の2つがありますが、これらを払拭する『知ったかぶり』の方法を編み出したのです。それは、『あり得ない知ったかぶり』でして、すなわち明らかに、間違っている知ったかぶりに対し「そんなことあるか!○○はそんなんじゃ無くて△△やろ!」というツッコミを期待する『ボケの知ったかぶり』です。具体例を挙げると、相手「わたし、クイニーアマン大好きなの!」僕 「ああ、クイニーアマンいいよね!キレイだよね! 今度、なんかの映画に出るんだったっけ?」相手「やだー何言ってんのよ。 クイニーアマンは菓子パンじゃない! ホントに702君ておもしろーい!あはは!」コレよ。僕の言いたいことが分かります?つまるところ、『あり得ない知ったかぶり』をすることによって、相手に情報の詳細を言わせることができ、尚且つ、高感度もあげることができる。更に言うと、相手に対し『聞く』訳では無いので、気恥ずかしい思いをすることも無いのです。僕はこの発想に大層 満足致しまして、積極的に実行に移そうと思った訳であります。そして、その結果、僕は手に入れました。「アホか」の一言と冷ややかな目線を。結論:やっぱり『知ったかぶり』は良くない。
Mar 26, 2005
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真に無意味なもの、とは一体何か。世の中に0%や100%は無い、ということと『意味』の捕らえ方は個々に違う、ということを前提にして、僕にとって、限りなく『無意味』に近いものを挙げてみました。(★:無意味度)・通販のダイエット器具 ★★★★★・虫歯に正露丸★★★★★★★★・2人が付き合い出した記念日★★・女性が来ない合コン★★★★★★★★★★★★★★★・おもいっきり生電話★★★★・みかんの周りについてる白いやつ★★★・古館伊知郎のリアクション★★・熱いものを触ったときに耳たぶを触る★★★★★・まな・かなの区別が出来る能力★★★★★★★・ホワイトデー★★★★★★★★★★★★・ファミコンのカセットに「フーッ!」と息をかける★・プレステのソフトに「フーッ!」と息をかける★★★★★★★★★★・「へぇ」と言うときに、右手が動く★★★・意地でも「試してガッテン」が元祖だと言い張る★★★★★★★★・「コンソメ派」か「うすしお派」かの争い★★★★・争ってる最中に「俺、のりしお派!」と言い出すヤツ★★★★★★★★・ピンクレディーの振り付けが完璧★・メロン記念日の振り付けが完璧★★★★★★★★★★・こんな事を考えてる時間★★★★★★★★★★★★★★★★★★みんなも、自分の思う『無意味なもの』を挙げてみよう!!(それこそ本当に無意味である。)
Mar 15, 2005
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哲学者は『意味』を求めた。そしてこれからも求め続けるだろう。今まで、幾度と無く言及してきたことですが、人は、分からないこと、不可思議なこと、見えないものに対し畏怖の念を抱きます。それはストレスとなり、襲い掛かってきます。発達した脳と思考は、『不明』を恐れ、それを解明しようと躍起になっていますが哲学者達のそれは、決して明確な唯一の『答え』ではなく、『自分はこう、思う』という思想にしか過ぎません。『答え』や『意味』なんてものは幾つにも存在しうるものですが、『コレはこういうものである』といった、物事を1対1の関係性で結びつける思考は明らかに世の中に蔓延しています。『明確』では無いことを嫌う人種には事象、存在、行動、全てに於いて『意味』を見出さずにはいられないのです。『意味』を求めることは『無意味』だ、とも言えますが、こういったことを考える時点で"『意味』を求めることは『無意味』だ"ということを証明する『意味』を求めることになり、ジレンマが生まれます。『意味』って、何だろう。『答え』って?全ての事に言えること。生きることに何の意味があるの?と尋ねられた。何のために生きている?生きるのに理由が必要?無数に存在する『生きる意味』。別にいいじゃない。それを言うなら、死ぬことにも意味は無い。死んだら楽になるんだって。なんじゃそら。聞いたこと無いよ。知り合いに一回死んだって人が居ないしね。生きることはツライから、意味が無いなら死ぬんだって。それを言うなら、死ぬ意味を教えて欲しかった。アイツは一体、誰から『死んだら楽になる』って聞いたんだ?哲学者は『意味』を求めた。そしてこれからも求め続けるだろう。僕が書いたこの文、意味があると思いますか?無意味だと思いますか?そんなことはきっとどうでもいいんだ。『意味』がどうとか、どうでもいいんだ。ココに居ること。ココにあること。それで、全てなのかも知れない。そんな僕はそうやって、『意味』付けをしている。
Mar 15, 2005
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昔、昔の話。逃げることが得意だった。嫌なこと、怖いこと、痛いこと、大変なこと、ツライこと。それらから全て逃げるのが得意だった。何の自慢にもならない。臆病者。ただの臆病者。けれど、そのお陰で傷ついたり、悲しんだり、苦しんだりすることは少なかった。ほとんど無かった。だからかも知れない。とても、とても打たれ弱かった。如何しても逃げることが出来ないとき、信じられないくらいに強く、傷ついたり、悲しんだり、苦しんだ。だから、余計に逃げた。身体の震えが止まらないんだ。どうしたって。怒られる。嫌われる。罵られる。それらがとても怖かった。ありえない位。いつしか、仮面を被る事を覚えた。仮面を被っていれば、逃げなくても大丈夫。だってそれは自分じゃ無い。自分じゃ無い他の誰か。と言っても何のことは無い。新しい逃げ道を知っただけ。新しい逃げ方を知っただけ。ますます、逃げ方が上手くなった。そんな折に彼女と会った。相変わらず仮面を被った自分と。何のことは無い、普通の女の子だと思った。バイト先の女の子。食事に行こうと彼女を誘った。彼女はそれを受けて、そして、それを聞いて自分に気があるんじゃないかと思った。そして、彼女と付き合った。仮面を着けたまま。何もかもが順調だった。デートしたり、いろんな事を喋ったり、そして身体も重ね合った。幸せだと、思っていた。彼女はある時、プレゼントを渡した。クリスマスだったかと思う。正直な話、そのプレゼントは気に入らなかった。でも、仮面を被ったまま、笑って言った。ありがとう、と。彼女は次の瞬間、泣いた。訳が分からなかった。なんで?どうして?嫌だ。泣かれるのは嫌だ。逃げたい逃げたい逃げたい逃げたい逃げたい。衝動が襲い掛かる。どうして、本心を言ってくれないのと彼女は泣いた。気に入らなかったプレゼント。彼女はわざと送りつけた。気に入らないであろう、プレゼントを。彼女には全てお見通しだった。仮面を被っていること。嫌なこと、怖いこと、痛いこと、大変なこと、ツライことそれらから逃げていること。そして。本当の自分から逃げていること。逃げてばかりの時、泣くことなんて無かった。逃げているから、当然だろう。でも、その時。信じられないくらい涙が出た。信じられないくらい大声で泣いた。信じられないくらい、全てを曝け出して子供のように泣きじゃくった。彼女は。誰も知らなかった自分を、自分さえ知らなかった自分を見ていた。見つけてくれた。まるで赤子のように無きじゃくる姿を見て、彼女は微笑んだ。やっと、やっと逃げなかったね。ホントにホントの姿を見せてくれたね、と。ホントの姿を知ってくれたのは彼女が初めてだった。親さえ知らないホントの姿。仮面を被っていない自分の姿。逃げなかった自分の姿。そして。そんな丸裸になった男を愛してくれた。それが嬉しくて、嬉しくて、申し訳なくて、申し訳なくて、恥ずかしくて、恥ずかしくて、泣き続けた。今まで泣けなかった分、泣き続けた。逃げることは、もう、お終い。もう、逃げたくない。傷ついたり、悲しんだり、苦しんだりすることはたくさん、ある。震えだって止まらない。けれど、もう逃げない。逃げられない。逃げてしまえばいいことだってあるって誰かが言うかもしれない。自分でもそう、思う。なにも、傷だらけになってまで逃げない必要は無い。けれど、もう、逃げないんだよ。逃げられないんだ。彼女と約束したんだ。だから、彼女が去るときも、逃げなかった。ウソの笑いなんか見透かされるから大声で泣いてやった。力いっぱい抱き締めてやった。そして、大声で叫んでやった。ありがとう、って。心から叫んでやった。いまでも、逃げてないよ。傷だらけになってるけど。ブッ壊れそうになってるけど。それでも逃げない。逃げたくない。逃げられたらどんなに楽だろうと、思うこともある。正直な自分と逃げずに向き合い、そう思ったこともある。けどね。やっぱり心の奥から出るのは逃げるな!って言葉。逃げたら、自分じゃなくなる!だから、逃げない。逃げられない。昔、昔の話。逃げ方を知ってた昔の話。
Mar 7, 2005
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先日の話。僕の高校時代の後輩の女の子からメールが来た。彼女は現在、大学4年生で、今年の春から新社会人としてのスタートを切る。彼女が就職活動をしているときから何度かアドバイスを求められ、僕は彼女にアドバイスと言うか自分の実体験を話していた。そんな彼女は無事に就職先も決まり卒業論文の提出も終え、残された学生生活を満喫しているようである。彼女から来たメールは次のようなものだった。------------------------------仕事って、働くって何だろう?四月から働く実感が無いよ。------------------------------さて、僕はこのメールの回答として模範的な、いわゆる世の中に溢れている面白くも何とも無い回答を、した。------------------------------仕事をする、社会人になるって「自立する」ってことだよ。自分でお金を稼ぎ、自分で食っていく。そして誰も自分の代わりに責任を取ってくれない。「自立」すると同時に「責任」が加わる。そういうものじゃないかな?------------------------------この回答が彼女にとって求めていた答えなのかどうかは分からないのだが、僕が今から言いたいことは僕の回答が正しいかどうかの是非を求めている訳ではない。僕が働く理由。企業に勤める理由をこのとき考えてみた。勿論、いつまでも親の脛をかじる訳にもいかないので自立し、稼いで食っていく為に勤めている訳だがそれだけでは、無い。仕事のやりがい、充実感を得るため?それもある。そして僕は今まで、自分が働く理由をそういったことからである、と自分自身にも言い聞かせてきた。ただ、僕の根底にはそれだけでは無い、「何か」がある。その「何か」は「必要とされること」である。僕は、「誰かに必要とされたい」がために働いている。そういう部分も間違いなく、存在するのである。仕事に於いてのみでは、無い。僕は様々なことに於いて、「必要とされること」を求めている。それは、どんな形でもいい。友人として、恋人として、先輩として、部下として。利用されるだけでもいい。それでも良いから、必要とされることを望んでいる。「必要とされなくなること」。自分の存在が否定される事を僕はとにかく恐れる。原因は分かっている。とてつもなく強烈な恐怖を、僕は感じた。それは僕が1歳半の冬の出来事である。物心がつくかつかないか、と言った年齢であるが僕はそのときの光景を今でもはっきりと記憶している。僕には弟が2人居て、上の弟は僕と年子である。僕は長男としてこの世に生を受けた。当然、生まれた時の記憶は無い。ただ、大事に大事に育てられ、皆の視線と関心と愛情を一身に受けて育てられた「感覚」は残っている。それは、弟が生まれた冬のある日まで続いた。その頃の僕に「弟が生まれる」といったことが理解できていたかは分からない。僕の記憶は、僕を抱えた父親がタクシーに乗り込み、祖父と祖母も一緒に病院に向かっている場面から始まる。街の光が時折差し込む、暗いタクシーの車内。祖父は助手席に座り、父親に抱えられた僕の隣で祖母は僕に甘いビスケットをくれた。小さい、個人の産婦人科。古びてくすんだ白い建物。その中に入っていく。病室のベッド。母が居る。その瞬間。皆の視線は母の隣の小さな物体にうつった。そして。誰も、僕のことを見ていなかった。今まで自分を抱いていた父親も僕を車内でずっと構っていた祖母も大きな手で、ぐしゃぐしゃと僕を撫でていた祖父も誰も僕を見ていなかった。母親でさえ。僕はその瞬間の恐怖を、今でも鮮明に覚えている。自分はココに必要ない。居ない。自分はココに居ない存在。誰も、誰も見ていない。誰にも見えていない。そんな恐怖だったと思う。嫌だ。僕はココにいる。構って欲しい。見て欲しい。でも、その術をそのときの僕が知る由も無い。その恐怖で、僕の記憶はぷっつり途切れる。次に覚えている記憶は「兄」としての役割、「子供」としての役割を必死に果たそうとしている僕の姿。ほら、僕はココにいる。必要とされている。そう必死にアピールするように。もう、二度とあの恐怖を感じたくないがために。必要以上に弟の世話を焼いた。幼いながらにも。必要以上に、子供らしく振舞った。幼いながらにも。求められているものに対して必死で応えようとした。それが僕の幼少時代。そんな自分に嫌気が差して必要以上に「自分を必要としてもらう」のを止めてしまおうと、思春期の自分は思う。逆に、必要の無い子であろうとした。素行も悪くなっていったが、その話は別にどうでもいい。問題なのは、「必要とされること」を止めたはずの『今の自分』の中に、まだ「必要とされたい」と思う感情があること。今でも僕は誰かに「必要とされること」を求めていると気付いた。後輩からのメールによって。その後輩の悩みに付き合ってあげたのも彼女のためでなく、自分のためだったのかも知れない。自分を『必要』とされたいがための行動だったのかも知れない。僕に必要なのは「必要とされること」。その人がどういう人であるかは問題ではなくて、その人が「自分を必要としているかどうか」が問題である。友人であれ、恋人であれ、後輩であれ、上司であれ。自分を利用しようとする人であれ。それが正しいとは思わないし、到底思えない。けれど、この呪縛から完全に抜け出ることは、きっと無い。あのときの恐怖。今でも鮮明に映し出される恐怖。それが僕を縛り付ける。いつまでも。反転してもオチなんか無いですから。
Mar 4, 2005
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人間関係が希薄になりつつある昨今、知らない人に声を掛けるなどありえにゃーい、という方がほとんどでして、まぁそれについてとやかく言うこともありませんが僕はナンパ含め知らない人に声を掛けることを屁とも思っていません。むしろ糞とも思っていません。それを踏まえつつ。今朝の出来事をお話しようと思います。最近、分煙化、というかあちこちで『禁煙』になっています。僕みたいなヘビースモーカー(蛇みたいにしつこいストーカーでは無い)にとっては、まことにキツイものではありますが喫煙者に人権を!!と声高に叫ぼうとも思わないので、むしろ、喫煙者は端っこの方で細々と申し訳なさそうにタバコを吸うべきだと思っていますので、当然大人しく従う訳です。イライラしながら。そして、まぁ、僕は電車通勤をしている訳で。駅のホームで電車を待つ事は毎朝の日課なんです。そのときに女子高生をチェックするのも毎朝の日課なんです。そして、そんな駅のホームは禁煙なのです。で。そんないつもの朝の風景。電車を待つ僕の横で時計を気にする彼女でも居ればいいのですが、大概、僕の横にはおっさんがおる訳です。8割方はオッサンなのです。よく見たら僕もオッサンなので気にしません。しかし今朝の僕の横にいたオッサンは気になった。タバコ吸っていやがる。僕は迷わず言いました。ええ。冒頭にも書きましたが知らない人に声を掛けるのは屁とも思わないのです。なので迷わず言いました。「ここ、禁煙ですよ」と。別に正義感持って言った訳じゃないのです。俺が我慢してんだからテメェも我慢しやがれ、そんな感情なんです。なので、僕をカッコいいとか思った人は勘違いです。でも、勘違いでもいい。ソコから生まれる恋もあるじゃない。ラブレター、待ってます。話が逸れました。で、僕は「ここ、禁煙ですよ」と言ったのです。そのオッサンに。で、オッサンは持っていた携帯灰皿にタバコを捨てたんです。ああ、良かった良かった。分かってくれた。ここで全てが終われば良かったんです。「んんんんなんだよっぉぉおぉぉ!?おまぇええええ!! ばかやろぉぉぉぉおお!?おれをばばばばばかにしてんのかぁぁああ!??」もっそい大声がホームに響いたんです。そりゃもう、ホームに居た人全員がこっち見ました。当然僕も見ました。そのオッサンを。僕の方を見ずに、あさっての方を目を剥いて見ながら、大声で叫び続けるオッサンを。うーわ。やっべぇ。やっちまいました。オッサン、アレな人でした。あっち側の人でした。よく考えたら、要素満点じゃないか、アレの。辞書ほど分厚いゲームの攻略本を目から5センチくらいの距離で読みつつCONVERSEのベンチコートを着てよく分からんリュックを背負ったハゲなのに長髪のメガネを掛けた30代後半のデブ。あああ。コイツ、確実に家で少女を監禁してる。もしくは、猫を解体してる。そういう訳で、電車に乗り込むまでの数分間、オッサンは罵声を叫び続けました。どもりながら。僕を見ず、あさっての方を向いて。なので、僕は近々、コイツに刺されます。今日の帰りにでも刺されます。ああ、現代社会って恐ろしい。人に声掛けただけで殺されるんだもの。ココの更新が途絶えたらそういうことです。先に言っときます。よろしくお願いします。
Mar 2, 2005
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ヘッドフォン ボリュームアップ。目を閉じろ。外界シャットダウン。都会の喧騒とかすぐ慣れる。すぐ慣れるけれども好きかどうかは別の話。だから、閉じるんだわ。見えないように、聞こえないように。ヘッドフォン ボリュームアップ。目を閉じろ。外界シャットダウン。東京の空は冬の方が晴れるのだ。俺は山ん中の田舎生まれの田舎育ちだから知らなかった。冬の空は曇るもんなのだ。そう思って生きとったわ。アスファルトに寝っ転がるとすぐにクラクションが耳をつんざく。空が見えやしねぇ。折角晴れてんだ。ゆっくり見せろ。折角晴れてんだ。見れないんなら気付かんようにする。クラクションがうるせぇから気付かんようにする。ヘッドフォン ボリュームアップ。目を閉じろ。外界シャットダウン。そんでも匂いは感じる訳よ。あと、空気の感触。目と耳が使えん分だけ敏感になる訳よ。お。おおお。これ、この感じ。俺、知っとるわ。デジャブとかじゃねぇ。知ってんだ。この感じ。春が来る。ああああ。春が来るわ。もっと匂いを嗅ぎたいからもっと空気を触りたいから閉じるんだわ。ヘッドフォン ボリュームアップ。目を閉じろ。外界シャットダウン。だからクラクションは聞こえなかった。ヘッドライトの光も見えんかった。
Mar 1, 2005
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