2026
2025
2024
2023
2022
2021
2020
2019
2018
2017
2016
2015
2014
2013
2012
2011
2010
2009
2008
2007
2006
全8件 (8件中 1-8件目)
1
僕が思うに、誰かを祝うこと、誰かに祝われること、そういう事実があるだけで十分に幸せであると。何時の時代からか、誕生日にプレゼントを用意することが暗黙の了解のようになってきている節があって、誕生日が近付いてきた友人同士、更には恋人同士になると『プレゼント何がいいだろう?でも驚かせたいから聞くのもアレだしな…』といった変な探りあいが始まります。これが、更に更に親ともなって、自分の子供の誕生日が近付くと、『プレゼントを買わなくてはいけない』という脅迫観念の元、子供から欲しい物をリサーチし買い与えるという作業が、どこの家庭でも行われているのです。そこに大切なことを忘れていませんか?子供に買い与えるのは義務じゃないんです。あくまで、お祝い。年に一度、生まれてきたことを、そして、元気に生きている事を祝福する日なのです。プレゼントはあくまで、祝福の気持ちを形で表したもの。『まぁまぁ、今日は誕生日だから』と甘やかすのはちょーーーっとばかり違う。そういった意味では、子供から親への誕生日や母の日・父の日のプレゼントなんかいい感じだと思う訳で。『肩たたき券』なんて、感謝の気持ちを見事に体現した物だと思います。実際使われるのはその場限りの場合が殆んどですけど。それを踏まえて。『母さん、誕生日おめでとう』といった内容のメールを母親に送った訳です。先日。これだけ書くと、親想いの息子を連想させそうですがいや、そう思って頂いて結構なんですが、実の事を言うと、僕は母親の誕生日を正確に覚えていません。家庭崩壊している訳では無いですが、現代の希薄な家族関係を体現するかのように余りコミュニケーションをしっかり取っているとは言い難く。それ故、家族の誕生日も覚えようとしない訳です。それが、なぜ、メールを送れる?種明かしをすると、父親からメールが来た訳です。父親ともほとんど会話した記憶はありませんが、そんな父親から。『明日は、母さんの誕生日だから』と一文だけのメールが。誰かを祝うこと、誰かに祝われること、そういう事実があるだけで十分に幸せであると。父はそれをよく知っている。そう思いました。父が僕にメールをした事を、母は知る由も無い。しかし、母は息子からメールが来た、それだけで十分に嬉しく思うことだろうと彼は思ったのです。あの父が母に何かプレゼントを渡すとは思えず、つまり、これが彼から彼女へのプレゼント。そして、お祝いの気持ち。形有るものだけがプレゼントではなく、こういう心遣いが、むしろ形ばかりのプレゼントより価値があると思う。実際、後日に母から返信が届き、数行の文面は最後にこう、括られていました。『自分は幸せ者である』と。人を幸せにすることは、形あるものじゃない。それは誰にでも分かっていることだと思います。それを実際にすることは簡単なようで難しい。でも、誰にでも出来ること。それを教えてもらった気がします。僕が言うのも何ですが、いい話でした。ただ一点。一点だけ。父が母の誕生日を間違えていた事を、除けば。
Apr 26, 2005
コメント(4)
(或る一室。沈黙と静寂)A「矢張り、尻込みしてる自分を認めずにはいられない」B「そう、か」A「正直、ここまでとは思わなかったよ、自分の臆病さが」B「ならば、止めるかね?」A「あんたは」B「なんだね?」A「アンタは何とも思わないのか、罪悪感とか」B「罪悪感?なぜ」A「ココがどういう場だかは、ガキだって知ってる」B「そう、だろうね」A「アンタがやってる事はつまり・・・」B「私は自ら選んでココに居る」A「・・・」B「自らの選択により、ココに居る事に罪悪感など」A「俺は、俺は違う」B「何が、だね?」A「俺は、その、意志など何も無く・・・」B「ならば君は自ら望んで此処に来た訳ではないと?」A「望んで?或いはそうかも知れない。」B「或いは?」A「望んだのは確固たる意思ではなくて… なんと無く、との表現が当てはまるのかも知れない」B「それは正当化しているのかね?君自身を」A「正当化なのかどうなのか。しかし俺はあんたとは違う」B「しかし、君が此処にいるのは紛れも無く君自身の中に眠る 衝動に拠って、だよ」A「衝動・・・」B「理論では、無い。衝動だよ」B「そしてそれは、他の誰のものでもない。 君の、ものだ」A「・・・単なる欲望だよ。衝動なんてモンじゃない」B「しかし、君を此処まで連れてきた」A「大層なモンじゃないよ、こんな衝動」B「君は何故、迷う?躊躇する?」A「何故?決まってるだろ。此処は夢やお話の世界じゃない!」B「・・・」A「何度も幾度と無く頭には思い浮かべていた! 話だってどれほども聞いた!」A「しかし、全て現実じゃなかったんだ!けれど此処は!」B「現実」A「・・・そう、だよ」(沈黙)B「どうするかは、君が決める事だ」A「・・・」B「私は、罪悪感など感じた事は無いよ」A「・・・クズが」B「そう思っていれば良い。構わんよ」B「しかし」B「直に君も。同じだ」A「俺は!」B「違う、かね?」B「しかし、此処に来た時点で一緒だ」B「今引き返そうが、近いうちにまた、戻ってくる」B「私が、そうだった」A「・・・」B「無駄だよ。一度此処に来た人間は」B「また、来る」B「何も此処だけじゃなくても、いくらでも、な」B「世界中に、溢れている」B「逃れられんよ、君は」A「・・・なんで・・・なんでこんな事に・・・」B「君が、いや、君の衝動に拠って、だよ」A「俺は!」B「すまないが、私はもう、行くよ」A「・・・アンタはこれからどうなるんだ・・・」B「君も来れば分かる。即ち、直に分かるということだ」B「・・・引き返すか?と聞いたが、君はもう、引き返せんよ」A「・・・」B「君が思う以上に此処は素晴らしい場所だ」B「では、また」A「ま、待ってくれ! アンタにはまだ聞きたいことがあるんだ」B「答えは扉の向こうに全てある」B「私が言うまでも無く、な」(扉が閉まる)-----------------------------------------10:38 PM新宿 ファションヘルス 「ピンクルーム」にて-----------------------------------------※フィクションです。
Apr 21, 2005
コメント(10)
またやってしまった。またやってしまった訳です。僕はアレか。学習能力が無いんですか。サル以下ですか。そうですか。何かと言うと、『禁煙』をしてしまった訳で。そこで、普通なら、『えー。いいじゃーん』となる訳だけど僕の場合、こと、禁煙に於いては無駄な行動であることがハッキリしている訳です。だって、無理だもん。マジで。なら、何で禁煙すんねん、と。禁煙宣言なんかする意味が無かろうと。そう、自分でも思うわけです。が。タバコ吸いすぎて気持ち悪いんだよコノヤロウ。という状態なのです。今。僕は自他共に認めるヘビースモーカーでして、住んで1年の部屋の壁もまっ黄色になってますし、ハッキリ言って肺なんてどえらい事になってるはずです。でも、そんなこと言われてもタバコは吸いますし、『肺ガンになるよ?』と言われても『だから?』と返しますし、たとえ、手元に500円しかなくて、それで1週間生きるしかなくても迷わずタバコを買うんです。嫌煙家の方からしたら、ホント信じられないでしょうけど、そんなモンなんです。ところが、そんな僕にもタバコが嫌いになる時がありまして。それが今の状態な訳です。吸いすぎて気持ち悪い。たまーにこういう状態が来まして。その度に『禁煙』を誓うのです。だって、喫煙が『百害あって一利無し』であることは重々承知なんですもの。で、今まで『禁煙』を、かれこれ20回はしたのですが、というよりも20回してる時点で禁煙出来てないんですが、未だに、完全に辞めてないのが現状です。だから「またやってしまった」と。けれど、今回こそは。今回こそはと思う訳で。今までは『ペナルティ』を己に課してなかったのですよ。「やめよっかなー」くらいのノリだった訳ですよ。それじゃすぐに断念するって話。ペナルティが怖いから、というネガティブな我慢はあまり気乗りしませんがプレッシャーをかけないとやらないタイプですのでこの際、仕方ない。いろいろ考えましたよ。『タバコを吸ったらその火で自分に根性焼き』とか『タバコを吸ったらそのままタバコを食べなきゃいけない』とか『タバコを吸ったらおっぱいは吸わない』とか。でも、ともかくいいアイディアが浮かばない。『タバコを吸ったら…こんな事になっちゃうの!? それは絶対イヤだ!!』と言うのじゃなきゃ、ダメなんです。でも、何だかまとまらないので、いまタバコ吸いながらゆっくり考えてます。
Apr 14, 2005
コメント(12)
おっぱいを揉みたい。という衝動に駆られています。誤解の無いように言っておくと、僕自身、乳房に対するフェティシズムは一般の人のそれと比べ、非常に程度の低い物だと前置きしておきます。例えを挙げるならば、僕の今までお付き合いをしてきた女性は大変俗な言い方で恐縮ですが、貧乳でした。乳房の大きいことで、女性に特異な魅力を感じることは ほとんど無い、そう言っても過言では無いでしょう。…言い過ぎました。やっぱり胸の大きい女性には目がいきます。それはそれとして。女性の方が非常に乳房の大きさを気にされているその現状に対して、僕はそこまでのコダワリを持ち合わせていない。それは断言できますし今までの人生はその様にして生きてきた。それが、今、何故?要求不満なのか。確かに、それはあるかも知れません。なんぼ僕が最近性欲無いからと言っても、そして彼女が居ないからと言っても、生物である以上、ムラムラせざるを得ません。僕のせいじゃない。DNAのせいなんだ、それは。けれど、今回は違う。ムラムラしてない。おっぱいを純粋に揉みたいだけなのです。ただ、揉むだけでいいのです。さて、これは?この要求は一体、何?ヒトの乳房が発達したのは、二足歩行に進化した際にそれまでの性的アピールをしていたでん部が下の位置になり、視界に入らなくなったために新たな性的アピールをするためのパーツとなるべくして発達したという説があります。只の脂肪の塊とも言えるおっぱいは本能的に性的なものを感じるように出来ている。けれど、おっぱいてそれだけか?母親の胸に抱かれて眠る赤子を考えてみよう。或いは授乳している時の赤子でもいい。彼らのなんと幸せそうなことか。泣き喚く赤子も、胸に抱かれた時には安らかなになるのだ。そう、おっぱいは究極の癒しツールなのである。現代社会にはあまりに余裕がなさ過ぎる。特にこの時期は、新しい環境に放りこまれ、新しい季節に胸躍らせながらも誰もが見えないストレスを感じているのだと思います。そして、ここ数年『癒し』は一つのブームになっています。それだけみんな、心が身体が疲れているのです。のらりくらりと暮らす僕の中にもそういった見えないストレスが、実は存在しているのかも知れません。だからこそ、無意識のうちに『癒し』を、すなわちおっぱいを揉むことを求めているのだと思います。ギスギスした、社会に一服の清涼剤を。おっぱい。それは、全ての人の心に安息をもたらす天が授けた尊いものだと、僕は信じたい。だから、おっぱいを。女性はおっぱいを周りの人に揉ませるといいと思うんです。それだけで、確実に社会は今より余裕が生まれ、みんなの顔も柔らかくなるのです。まさに、乳房のように。だから、俺におっぱいを揉ませろ。今すぐ。
Apr 11, 2005
コメント(10)
微笑んだ先に、例え、君が居なくても。それでも微笑んで行こうと思った。宙に向けて微笑む姿は警察呼ばれるかも、病院送りにされるかも、それでも微笑んだ。それを、きっと望んでいると思ったから。それを、知る由は無くとも。宙に微笑んだ。自転車を漕ぎながら微笑んだ。何も無くとも。微笑んだ先に、何も無くとも。君が居なくとも。涙が、頬を伝おうとも。
Apr 8, 2005
コメント(2)
最近、「死ね」ってよく言われます。あと、2回ほど言われたら 死ぬかも知れない。日常的に「死ね」だの「死ぬ」だの「殺す」だのそういう言葉が溢れている昨今。比較的に安易に使用されてはいるけれども、非日常的な「死」という概念に対しデフォルメされた「死」の概念が浸透しています。要は、「死ね」と簡単に口にはしているが「死」というものに対し「責任」というかその本質を無視した形で「死」という言葉を使用しているということ。誰も、そうだと思いますが「死ね」と言ったからといってその相手が死ぬ事は望んでいない訳です。「殺す」も同様に、相手に対し殺意を抱いたという訳ではなくて、いわゆる、「怒ってるんだぞ!」というアピールにしか過ぎない訳です。(実際に「殺すぞ!」と言ってホントに殺しちゃう中学生とかいますが。)こういった、デフォルメされた言葉は割と蔓延していて、コミュニケーションには欠かせないツールとなっています。ところが、僕自身もよくよく使用していた この「死」に関するデフォルメにはどうにも違和感を感じてきました。「死」は「誕生」に次ぐ、人生における最大のイベントである、そう、最近思っていまして。僕はちなみに『遺書』を書いているんですが(遺書に関してはまた書くときがあるかも知れません。)「どう、死ぬか」は僕にとって、相当に重要なことなのです。そう考えたときに、「死ね」だの「死ぬ」だの「殺す」だの、安易に自分が使うことに抵抗を感じた訳です。しょっちゅう「死ぬ」って言ってた僕ですが、今日を限りに使うのを止めようと思います。次に「死ぬ」て使うときは、本当に死ぬときですし、「殺す」って言ったときは本当に殺しますし、「死ね」って言われたら本当に死にます。あ。
Apr 8, 2005
コメント(8)
昨晩、二度 職務質問を受ける。二件とも警官の切り出しが「最近、変質者が出没してまして…」だから、何だ。春の、訪れを感じます。
Apr 2, 2005
コメント(12)
話のオチとして、「と言うのはウソでした。だって今日はエイプリルフールだもん★」みたいなブログがある方に500円。ええ!?ソフト・オン・デマンドが解散!? ⇒ ■この世界ウソばっかりだ!!もうイヤだ!!と叫んでみても、そんなこと微塵にも思ってないので結局ウソです。別にウソが良い悪いはどうでもいいのですが、天邪鬼な僕からすれば、こんな日にウソをつくのも真っ平御免ですので、嘘偽りの無い、ある休日の出来事でも書いてみようかと思います。全く面白くも無いですけど。10:00 起床10:05 就寝11:00 再び起床12:30 ふらりと出掛ける。玄関先で靴紐が切れる。12:45 電車に乗る。横に座ったEGOISTの店員のような女性(20代前半)が横山光輝の三国志を読んでおり、ドキリとする。(こういうアンバランスさは時に人を惹きつけて止まないものである。)14:00渋谷でウロウロする。(不審者ごっこ)突然、見知らぬ若者(♂)に声を掛けられる。向こうは僕を知ってるようだったのでああ、きっと何かの合コンで同席した男なんだろなと適当に話を合わせる。が、どうにも気持ちが悪いので、「ところで、キミ、誰だっけ?」と尋ねると、「それ、俺も聞こうとしてた。」と返される。どうやら、向こうも誰か分かっていなかった。折角なので電話番号を交換しておく。(かなりのイケメンだった。)17:30過ぎ友人の女性(巨乳。ただし、足が尋常じゃなく太い)からTEL。暇だから遊ぼう、と。呼び寄せる。第一声が「わたし、ホワイトデーもらってないよ??」俺もお前からバレンタイン貰っとらん。というか、今年は誰からも貰ってない。今年、とか言ってますが、ココ5年くらい貰ってない。(彼女からも貰えなかった時がある。)18:00くらいメシを食いに行く。「おごって?」と言われたので、「てめぇの足でも食ってろ」と返す。メシを食いながら最近の恋愛事情について彼女が話す。(ちなみに、僕と彼女は 「人類が滅亡してこの世界に二人きりになってもお前とは交わらん」 という契約を交わしている。)何時の間にやら僕の好みの女性話になる。「ところであんたは、どんな子が好みなの?」「もう、どんなんでもイイよ」「じゃあウチのママは?」「そしたらお前は俺のことをパパと呼べよ」「うん。パパ、バッグ買って~?」「黙れ」という、どうでもいい会話をする。21:00帰る。もうすぐ春とは言え、夜は寒い。駅の喫煙スペースに居た浮浪者が、ガタガタ震えて毛布にくるまっていたので「大変に失礼な質問ですが」と前置きし、「どうしてそこまでして生きようとするのですか?」と質問する。「死んでないから」と答えられたのでそれが、全てだ。と思う。23:00帰宅。家の前で猫の死体を見る。10:00という、夢を見て目が覚める。一日得した気分になり、チョット浮かれながら出掛ける。靴紐が、切れる。あれ?予知夢?その他は何も無く一日は終わる。吉野家でご飯食べてサイフに50円しかない事に気付き、狼狽したくらいです。くだらん。
Apr 1, 2005
コメント(7)
全8件 (8件中 1-8件目)
1

