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特定危険指定・県議会は、福岡県。反社も←ココが凄いよ福岡県💦議員になるにも金、議員になったら海外旅行で放蕩三昧(=税金)福岡は、裏も表もスゴかばい❢❢福岡出身の私としては、情けなかぁ~💦
2026年07月24日
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前回の記事の補足です。🔶井上選手(Sバンタム級4団体統一王者)がフェザー級ではどうか?とはいっても元々彼はライトフライ級から4階級上げているので、それだけでも驚異的。ちなみにパッキャオもデビューはライトフライ級。それからSウエルター級まで制覇。🔶「バンタム級クラスで10億以上の報酬は以前は考えられなかった」から一言。1990年代、バンタム級の人気王者だった辰吉さんが当時、「1試合1億は欲しい」と願望を語ってた。日本人対決となった薬師寺戦では辰吉さんは1億7千万、薬師寺さんは2億以上の報酬を得ました。テレビ視聴率(平均)、薬師寺の地元(中部地区)は52,2%、辰吉の地元(関西)43,8%、関東で39,4%。🔶名トレーナーのエマニュエル・スチュアートは、トーマス・ハーンズやジェラルド・マクラレンを育てました。マクラレンの最後の試合になってしまったナイジェル・ベン戦は違うマネージャー&トレーナーだった。(スチュアートと袂を分かつ)第1Rと8Rにダウンを奪ったマクラレンだったが、試合会場の地元でもあるベンの驚異的な粘りにマクラレンは劣勢。(ポイントではマクラレンがリード)しかも、ベンの(後頭部への)反則パンチも不運を招く結果になりました。さらにレフェリーが注意をしなかった不手際もあって、10Rに精魂尽きたマクラレンは自ら片膝をついてそのまま試合終了。その後、意識不明になった彼は担架で運ばれて車椅子生活&失明という悲劇になって、それはボクシング界の多大なる損失だと語り継がれています。ジェラルド・マクラレン(34戦31勝29KO3敗で1R・KOが20回)対ベン戦。🔶1981 年のレナードvsハーンズ第一戦は、2015年のメイウェザーvsパッキャオ(最終的に両者合わせて600億の報酬)より、価値は高い。名勝負という意味で。試合後、勝ったレナードは網膜剥離で一度引退。レナードvsハーンズ第2戦、引分け。個人的には、メイウエザーよりレナードが有利だと思います。元々、Sフェザー級から上げてきたメイは、やはりウエルター級では打ち合いを避けていた。相手のパンチをもらう危険性もあるし、相手もタフだから。簡単には倒せない。試合内容も判定逃げ切りがほとんどで、ボクシングの巧さで試合をコントロールし勝利していた。事実、シェーン・モズリー戦では2度グラつきました。メイウエザーvsモズリー(61戦49勝11敗1分)※モズリーはデラホーヤに2度の勝利。モズリー戦では、もう一度腰砕けになるシーンがあります。観客が総立ち。ボクシングの駆け引きになるメイウエザーvsレナード戦ですが、アグレッシブさという点ではレナードが上でしょう。だから実力では上だったハーンズに逆転KO勝ちできた。
2026年07月21日
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スペイン優勝で終わった今大会。(このレベルの試合を観ると点を取ることより、いかに防御できるかがもっと大事。単にディフェンスというより攻守が一体となって、防御から攻めに転じるカウンターなど)私も普段はJリーグ観ないくせにWカップだけは観戦します。しかも、この時だけは涙腺がゆるくなって……。(Jリーグも会場で観戦すれば熱くなるんでしょうけど、いろいろ忙しくて)ブラジル戦で点を入れたときは涙が出てしまった。(この鬼瓦が)しかし面白いのは、点を取った時の(選手じゃなくて)観客の騒ぎ方。狂喜乱舞する表情や熱狂する騒ぎ方のほうが、面白いし思わず笑ってしまいます。それとは別に今大会も主催国側であるトランプ大統領のエゴが垣間見えて、さらに胡散臭く見えました。(トランプにしてみればビジネスになるし、自らの権力もアピールできる格好の舞台)戦争の相手国であるイランに対する扱い方(政治とスポーツは分けるべき)、レッドカードを受けた米国の選手が本来は1年の出場停止になるところを猶予になって次戦では出場。それでも試合の内容&結果までは関与できなかったために決勝トーナメント1回戦でベルギーに敗退。「ざまぁ見ろ、トランプ❢❢」(誰だ?)しかし日本は、この国の大統領と会談することが一番の課題・難題という現実。高市首相がトランプとの首脳会談後に、(成果はなくてもトラブルがなかっただけで)一人でガッツポーズを取っていたことからも日本の立場を知らされます。(写真を撮られていたとも知らず) Jリーグが1991年発足する以前は、ワールドカップを日本人のほとんどは観なかったし、知らなかった。ドイツも1990年10月に東西統一する前は西と東でした。テレビも深夜放送のみ。
2026年07月21日
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・今年は猛暑になる時期が遅かったので、それだけでも楽なのかもしれません。(去年は6月の初旬に梅雨明けで、猛暑は6月7日から。今年の東京は7月2日に初猛暑)しかし9月いっぱいは、猛暑が続くと予想されます。昨今の猛暑&酷暑、そして台風&大雨など地球温暖化による異常気象は日本が温帯地方から亜熱帯地方へとスライドしている結果だと思われます。ちなみに、気象庁が発表する気温は日陰の温度です。直射日光が当たらない装置の中で測定されているのがその理由です。気象庁が知りたいのは「大気の温度」であって「日なたの体感」ではありません。ですが、芝生の上・風通しのいい場所という条件も追加されており、コンクリートの上や直射日光下では、気象庁発表の気温より体感で5~10度以上高く感じられます。その暑さ対策として、以下の甘酒&ヨーグルトが有効です。 ~甘酒~・甘酒の原料は米麹で、飲む点滴といわれる。ノンアルコールであるため、子供でも飲用可能&熱中症対策に有効。甘酒=ブドウ糖・ビタミンB群・アミノ酸など。商品によって微量の食塩を加えているので熱中症対策に有効。甘酒は2種類あります。【米麹】(美容&健康目的)アルコールゼロ。砂糖不使用なものを選びましょう。【酒粕】(ダイエット目的)微量のアルコール含む。 ~ヨーグルト~・ヨーグルトに含まれる乳たんぱく質を摂取することで、スポーツドリンクより体内の水分を長くキープできる。 ~その他~・水は一度に大量の摂取ではなく、小まめな水分補給。・大量の汗をかくときは水だけでなく塩分・ミネラルが入ったスポーツドリンクや経口補水液が有効。・アルコールやカフェインの多い飲料は利尿作用があるため、水分補給にはならない。・首&脇下&そけい部(太ももの付根)などの太い血管が通る部分を冷やすと効果的。・めまい&立ち眩み&筋肉の痙攣&頭痛&吐き気&意識がぼんやりするなどが出たら、涼しい場所に移動し、体を冷やし、水分&塩分を補給してください。・睡眠の量や質を上げるには、寝れないからと焦るのではなく静かに横になっているだけでも体は休息できています。アイスノンなどで頭を冷やすことも有効です。そうするほうが眠りにつきやすいです。(個人的にはスーパーの刺身などに付いている保冷剤を、こめかみや首に充てて有用) ・1980年代の日焼けブームは、リゾート人気・アウトドアブーム・日焼けマシーン流行が背景にありました。日焼け=健康的&リッチの象徴。ところが、1992年にWHOが皮膚がんなど、太陽光の健康リスクを公表しました。私(61歳)は22歳の頃にシティホテルのプール・スナックで働いていて、お酒やソフトドリンク&軽食などを配膳していました。お客さんはやはりリッチな方が多く、30歳前後のマダムな女性も多かったです。みなさん褐色に日焼けしていていましたが、やはり近くで見るとシミ&ソバカスが目立って、それを隠すためにまた日焼けを重ねるという悪循環。今の女性の多くは、その教訓を知ってか、日焼けNGで過ごしていますね。
2026年07月21日
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ボクシングの井上王者(4団体王者)はS・バンタム級では無敵とはいえ、フェザーではどうでしょうか?世界的にステイタスがあるのはフェザー級から。そういう背景もあって全階級のクラスで、一階級で一番差があるのはS・バンタムとフェザー。昔と違いバンタムのような軽量級でもSNSの影響で試合が公開されるために、強い王者になれば注目され報酬もアップ、さらにPPV(有料放送)の歩合も加算されます。(現在、彼の試合は民放では観られない)バンタムクラスで10億円以上の報酬は、以前は考えられなかった。元々井上王者は、肉体的にフェザーでは小さいと言われています。ただ、彼は日本ボクシング界・史上最高傑作であることは間違いない。(それまで日本人の世界王者がPFP=パウンド・フォー・パウンド。全階級の王者が同じ体重と仮定した際、誰が強いのか? で1位に選ばれるなどあり得なかった) 英国に「ナジーム・ハメド」(92年4月デビュー、36勝31KO1敗)という名王者がいました。スタイルは前例のない型破り&自由奔放なスタイルで、しかも左右のスイッチ・ヒッター。ノーガードどころか、ダンスをしながらのボクシング。(前例のない非常識スタイルでも、世界の一流王者たちのパンチが当たらないのだから笑うしかない)WBO世界フェザー級王者として「サイド・ラワル」との初防衛戦では、3発のパンチで3度のダウンを奪い1R・KO勝ち。そんな彼は、ほとんど減量をしていなかった。しかし、ハメドの指導者で名トレーナーのエマニュエル・スチュワートが「もし、ハメドと※レノックス・ルイスが同階級なら、ハメドのほうがパンチ力は上」※身長196・リーチ213、全盛期111キロ。44戦41勝(32KO)2敗1分。負けた相手には再戦でKO勝ちしている文字通りのパーフェクト・レコード。タイソンも全盛期ではなかったとはいえ、互角だったのは2Rまで。3R以降は一方的で8R・KO勝ち。(年齢は1つルイスが上)この試合は個人的に観たくない。それほどタイソンは酷かった。どうやらタイソンは、ルイスをナメていた。(小泉さん)「後編」史上最強のヘビー級ボクサーは?(夏希ヒョウ)で検索してください。(1Pで9千以上のアクセス) 「なぜ下のクラスで試合をしないのか?」と、ハメドが記者に聞かれたとき「フェザー級でないと高額マネーを得られない」(ハメド)当時の彼は4億の報酬だった。「同級の他の王者の20試合分」(小泉さん)その後から、軽量級のボクシング王国で「メキシコの英雄」と呼ばれる王者たちが鎬(しのぎ)を削り名声を得て、ラスベガスでパッキャオが彼らと死闘を演じました。 以下、パッキャオの変遷……。95年1月にライト・フライ級(48,99キロ)でプロデビューしたパッキャオは98年12月、WBC世界フライ級王者を戴冠するも99年9月の2度目の防衛戦で3R・KO負け(試合前に、体重超過による王座剥奪)それから3か月後、(3階級上げて)S・バンタム級のWBCインターナショナル(=準王座)獲得。(5度防衛)2001年6月、同級のIBF世界王座を獲得。相手は当時、同級最強の王者。「まさかパッキャオが勝つとは思わなかった」(小泉さん)それから4度防衛。2003年11月、フェザー級王者でメキシコの英雄で当時・同級最強の「バレラ」を11R・TKOで勝利。(リング上で号泣するも、マイナー団体だったために6階級制覇には入っていない)ここから彼の異次元の快進撃が始まり、フェザー級のステイタスが、さらにアップ。パッキャオの最後の雄姿は、S・ウエルター級(69,8キロ)王者のマルガリートを圧倒的な強さでボコボコにして判定勝ちして6階級制覇。(2011年11月)……以上。 78年6月、ラリー・ホームズがケン・ノートンとの王座決定戦で判定勝ちし、それからホームズ時代が到来しました。しかし、彼は「アリのコピー」と不人気だった。80年10月、ホームズが老雄のモハメッド・アリを10R終了・TKO。「関係者は全員逮捕されるべき。これは試合ではない事件だ」と酷評された。勝ったホームズも控室で号泣。「彼はアリ戦を望んでいなかった」(トレーナー)そのアリの次戦は81年12月、バービック戦を最後に(アリが)引退。そんなヘビー級のカオス時代、ボクシング史上初めてヘビー級以外の中量級に注目が集まりました。レナードvsデュランの2試合がプロローグとなって、1981年9月にレナードvsハーンズがウエルター級でスーパー・ファイトを戦いました。二転、三転するシーソー・ゲームの末にレナードが逆転KO勝ち。(ポイントではハーンズが勝っていた)ボクシング史上屈指の名勝負と言われる伝説、レナードの報酬は1200万ドル=最低保証。(当時1ドル=220~249円、大学初任給が11万円)レナードvsデュランの初戦はデュランの判定勝ちでパナマ国民は大熱狂、当時の大統領が専用機でデュランを迎え入れました。そして急きょ、この日は(パナマでは)「デュランの日」という祝日になった。(後に廃止)再戦では、レナードが雪辱してリベンジしました。その頃でもウエルター級より下のクラスは、ビッグファイトとは蚊帳の外。それを考えたら、現在は軽量級のボクサーたちにとっても夢のある競技になったと思います。(ちなみにウエルター級は、ミドル級以下で未だに日本人が奪取していない唯一のクラス)
2026年07月04日
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