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6月24日20時03分、我が家にガキが産まれた。2994グラム、身長は47センチとのこと。名前は「田口壮+鈴木一朗=壮一朗」で確定。来週からは、いよいよ夜泣きとの闘いが始まる。それにしても、出産というのは大変なものだ。拘束時間が長く、体力と精神力がいる。特に今回の場合は、寝不足と空腹が辛かった。助産婦さんも、なかなか来てくれなかったし……。そんな中、この世に生まれてきた壮一朗。予定日よりも9日も早かったわけだが、元気一杯である。ただ、1点だけ無念だったことがある。以前、この日記でも取り上げた予定日企画。ここでは、7月3日に産まれることを前提に、いろいろと資料集めをしたのだが、それが全くの徒労に終わってしまった……。仕方がないので、今回は6月24日生まれのアスリートなどを洗い直していこうと思う。まずは、この日がどんな日であるかをリサーチ。○ UFOの日(1947年、空飛ぶ円盤が初目撃された日)○ 林檎忌(1989年、美空ひばりが没した日)○ 全国さくらんぼの種吹き飛ばし大会(山形県寒河江市)○ 1783年、水が化合物であることを発見(何だ、そりゃ)続いて、この日に生まれた有名人はどうか。○ 中村俊輔(1978年) = 日本が誇る黄金の左足ジーコジャパンの心臓と言っても過言ではない。先日のコンフェデ杯ブラジル戦でも、25メートルのミドルシュートや大黒の同点弾を導き出したFKなど、獅子奮迅の働きを見せた。マリノスに入団した当初はオタクみたいな風貌だったのに。○ ファン・ロマン・リケルメ(1978年) = 2001年南米年間最優秀選手その俊輔と生年月日がまるで同じなのが、このリケルメ。「王様」タイプという意味では、プレーの系統も一緒である。2000年のボカ在籍時には、トヨタ杯にもやって来た。レアルとの対決で、何故かパレルモが大爆発。懐かしい。バルサで散々飼い殺されていたが、今季はビジャレアルで活躍。○ ルイス・ガルシア(1978年) = CL優勝リバプールの背番号10そして、こちらも1978年生まれのサッカー選手。スピードとダイレクトプレーが持ち味のMFである。今季は、オーウェンから引き継いだ背番号10を背負い、リバプールにビッグイヤーをもたらしている。コイツもリケルメと同様、バルサでは不遇だった。○ ケビン・ホッジス(1973年) = 2002年セ・リーグ最多勝投手さて、野球界からはこの人。楽天のホッジス。ヤクルトを解雇された後、実は韓国で投げていた。三星ライオンズなので、コーチには宣銅烈がいたはず。弟のトレイは阪神にも在籍。メジャーでは、「マダックスの後継右腕」と称されていたそうな。○ トッド・ベッツ(1973年) = 元ヤクルトのダメ外国人そのホッジスと生年月日がまるで同じというのが、この男。ヤクルトは補強の基準に星占いでも取り入れているのだろうか? エピソードといえば、来日直後の成田空港で、ベッツの偽者が現れたことくらい。どこかの新聞では「ベッツ人(別人)」とか書いてあった。○ ジョージ・ブコビッチ(1956年) = 常勝・西武の日本シリーズ限定スラッガー打率.256、32本塁打と2年間の通算成績は、今ひとつパッとしなかったものの、日本シリーズでは印象的な活躍を見せた。何とも不思議な外国人助っ人だった。現在は、シアトルで運転手をしているとの噂あり。○ 与那嶺要(1926年) = 読売のV9を阻んだ中日の監督野球界の6月24日生まれは、外国人ばかりなのか。ウォーリーは、読売の選手として1951年6月6日にデビューした。相手は、奇しくも中日。彼は代打で出場した来日初打席をバント安打で飾っている。そして、彼といえば「現代流スライディングの元祖」として有名だ。○ 野口寿浩(1971年) = ミスター控え捕手・第2の男かつて、野村監督から「自分をアピールしないと、自己主張の強いB型には負けるぞ」と言われたA型。確かに、古田敦也とカツノリはB型だった。しかし、実松一成や高橋信二はA型、矢野輝弘はO型である。それでも、誰かの陰に隠れてしまうのは何故なのだろう。○ ジャック・デンプシー(1895年) = 近代ボクシングにおける拳聖講談社『はじめの一歩』の主人公・幕之内一歩が得意とする「デンプシー・ロール」を開発したボクサーである。もともとは酒場の賭けボクシング出身。プロでも圧倒的な強さを誇った。ただ、相手を完膚なきまでに叩き潰す残虐なスタイルは、観客に嫌われた。○ 上甲正典(1947年) = 愛媛高校野球界屈指の名将宇和島東で長く栄光を築いてきた高校野球界の名将である。済美を率いた昨年は、同校を初の甲子園へと導き、春・夏共に決勝まで駒を進めた。まさに愛媛が誇る匠。「上甲スマイル」という言葉があるように、優しげな笑顔が特徴的な監督である。○ 小嶺忠敏(1945年) = 高校サッカー屈指の名門・国見の総監督ここ5年間は、無冠の年なし。特に2000年は、大久保嘉人、松橋章太、徳永悠平らを中心に三冠を達成した。因みに、三浦淳宏や平山相太も、国見出身の選手。定年後、校長の職は退いたものの、総監督として指揮は執り続けている。……。9日も早く生まれたものの、蟹座は変わらず。知り合いの占い師によると、家庭的な男の子になるそうな。そんな壮一朗くんが、コチラ(↓)。小林宏之みたいに「幸せにします」なんて言いません。幸せになってくだサイ。あと、幸せにしてくだサイ(笑)出産後、職場の恒例ボウリング大会に合流したのだが、集中力プッツン。優勝トロフィーを逃した。あァ、優勝候補筆頭だったのに。 Please crick here !!
2005.06.26

この最悪の流れを断ち切るためには、もはや自ら球場に足を運ぶしか道はない――。そう勝手に思い立ち、本日はひとり所沢へ。見事、連敗脱出をプロデュースしてきた(思い込み)。ということで、今宵は久しぶりの生観戦記である。Bs 000 400 200 6L 021 101 000 5何ともオリッ鉄らしい勝ちっぷり。今日の試合、最初の分水嶺となったのは、5回の継投だろう。川越を早々に諦め、菊地原を投入ッ!!これは仰木さん、ナイス決断である。川越に任せていたら、勝敗は間違いなく逆だった。それほど、彼の出来は酷かった。1回:先頭の栗山、バットの先ながら中前打。(裏)続く大島を平野の超美技で併殺に打ち取るも、 和田に被安打。不安な立ち上がり。2回:お約束の捕逸が絡んで先制点を献上。(裏)中島と細川に打たれたタイムリーは、 何れも外角低めのコースを突いていたのに、 簡単に弾き返されてしまった。これは、 完全に川越の球威不足が原因である。3回:スライダーが甘く入ったところを和田にガツン。(裏)前2試合と同様、またも序盤から先発が 崩れてしまう展開に。4回:味方が逆転してくれた直後、おかわり君に被弾。(裏)カウント2-1と追い込んでおきながら、 ど真ん中に放る神経が信じられない。そんな不甲斐ない川越に代わって、試合を作ってくれたのが菊地原である。5回:先頭・栗山 ⇒ 中前打(裏)代打・赤田 ⇒ 投ゴロ併殺打 3番・和田 ⇒ 空振り三振 先頭打者を出塁させた後、西武はチームでも数少ないバントの達人を代打に送ってきたが、菊地原は冷静だった。カウント0-1から低めのストレートで空振り×2ッ!!3バントを嫌い、強攻してきたところを投ゴロ併殺打ッ!!!本当に見事な投球である。ここから、試合の流れは徐々に傾いていく。ところが……、6回:先頭・カブレラ ⇒ 右二塁打(裏)首位打者・石井 ⇒ 空振り三振 おかわり・中村 ⇒ 三ゴロ フェルナンデス ⇒ 敬遠四球 先制打・中島 ⇒ 左二塁打 2点目・細川 ⇒ 空振り三振この回、その菊地原が勝ち越し打を許してしまう。しかし、1点ならば致命傷にはならないと思えた。7回表の打順の巡りに期待が持てたからだ。まァ、敢えて苦言を呈するならば、フェルナンデスへの敬遠は余計だったということ。あとは、中島への初球の入り方。それでも、風向きはまだこちら側。投の殊勲は、間違いなく菊地原だった。そして案の定、次の分水嶺は7回に訪れた。7回:村松、平野があっさり凡退した後、(表)谷が二塁打で出塁。ここで、西武は星野を投入したが、 ガルシアが中前打でまず同点(魔術×1ッ!!)、 さらに北川が右前打で続き、代打・水口。 代わった小野寺から逆転打を放つ(魔術×2ッ!!!)。ここ数日、谷はボールがよく見えている。今日も、安打はこの1本だけだったが、投手に対するプレッシャーは強かった。打ちそうな気配があった。状態は上向きだ。そして、2つの仰木マジック。左キラーの星野に、ガルシアをそのままぶつけたこと。それと、水口の起用。まさに、シビれる采配だった。ということで、今日のヒーロー(↓)。なんか、インタビュアーに説教しているみたい(笑)その他、球場で気になったことを諸々。○ 調子が悪かったからなのだろうか。 初回、出塁した栗山に対して、川越が執拗な牽制。 はっきり言って、まるで意味がない。 むしろ、タイミングを計られてしまう恐れがある。 牽制は、過剰に行うべき行為ではない。○ 北川の走塁意識が低過ぎる。足が遅いのは仕方ないが、 ふと緩慢さが目立つことがある。注意されたし。○ 3回、この日の初打席で阿部真が粘りの打撃。 結果的に遊ゴロには倒れたものの、 ベンチへの帰り際、村松と平野に何やら ゴニョゴニョと話をしていた。こうした意識が、 次の回の逆転劇へと繋がっていったのでは?○ その4回、逆転のホームを踏んだのは 日高だったのだが、三塁を回ったときは、 明らかに暴走だと思った。三塁コーチの松山、 あのタイミングでよくぞ腕を回したものだ。○ 終盤で逆転できたことに価値がある。 何しろ、オリッ鉄は終盤3イニングでの打率が.248。 これは日本ハム、楽天に次いでワースト3位の数値だ。○ ブランボーの不振ぶりがかなり深刻だ。 さして厳しくもないインコースのストライクに やたら腰を引いてみたり、審判の判定に対して 頻りに首を傾げてみたり。暫くの間は、 サーパスに落とした方がいいかもしれない。○ 赤田のテーマ曲って『He's A Pirate』なのね。 映画『パイレーツ・オブ・カリビアン』で ジョニー・デップの登場シーンにかかっているヤツ。 因みに、我がPHSの着メロはコレ。○ テーマ曲繋がりでもう1つ。おかわり君ってば、 テレ朝野球中継のメインテーマをそのまま 使っているようだ。一体、何の意図が……?○ しばらく見ない間に、レオとライナの背番号が スウィッシュ・マーク(ナイキ)になっていた。 あれって、いつからだったのか。○ 河原を降板させた後に出てきた宮越という投手。 球速は140km/h前後と決して速くないものの、 110km/hくらいの緩いカーブを織り交ぜつつ、 上手くこちらの攻撃を受け流した。 制球力がもっと身に付けば、怖い存在になるかも。○ 観客がいない。発表では、8279人。 まさに、何羽もの閑古鳥が鳴いている状態である。 際立って寂しかったのが、此方(↓)。○ で、この球場にいたオリッ鉄ファンはというと、 実はこんなもんだったらしい(↓)。……。とりあえず、これで生観戦3勝3敗。西武ドームで勝ったのを見るなんて、何年ぶりだろう? Please crick here !!
2005.06.23

仕事に忙殺されているうち、西武戦が始まってしまった。なので、急ぎ足で交流戦総括の後半を書いていく。■ ロッテ(1位)前回、多くのスペースを割いてやったので、今回はサラっと書いておく。まず、小林宏の打撃センスが光っていた。入団3年目、平野二軍監督(当時)から野手転向を勧められたという逸話も頷ける。そして、5月27日の横浜戦で諸積が見せた超美技。金城の右中間への当たりをダイビングキャッチ。このプレーに、先発の清水直も最敬礼していた。顔から着地というのも、非常に彼らしかった。■ ソフトバンク(2位)ロッテの快進撃ばかりが話題になっているが、これに匹敵するほどの強さを見せた。とにかく、選手層が厚い。新垣や三瀬がダメになっても、しっかりと穴を埋めてくる。セの球団と比べても、そのチーム力は抜きん出ていた。印象に残ったのは、斉藤と小久保の一騎打ち。オール直球勝負。これは最初から決めていたようだ。まるで、オールスターのようではないか。それと、いつだったか城島がベンチで選手名鑑を見ていたシーンがあった。これも、交流戦ならではの光景である。■ 阪神(3位)集客力という点で、他を圧倒していたのが、ここ。主催試合における観客数は、のべ74万7867人。なんと、1試合での平均は4万1548人にもなる。興味深かったのは、あるファンのコメントである。「巨人ファンから日ハムファンに転向した北海道民はたくさんいますが、阪神ファンはひたすら阪神です」なるほど、不思議と納得できてしまう。一体、これは何故なのだろう。対戦してみての感想というと、打では金本と今岡。投の方では藤川、ウィリアムスが厄介に思えた。それと、杉山の急成長ぶりが予想以上だった。■ 読売(4位)ゴタゴタは多かったが、結局4位でフィニッシュ。まったく、よくわからん球団である。エースの上原が、6度の登板で2勝3敗。つまり、借金1。それなのに、チームの貯金は4……。謎としか思えない。その上原、5月11日のオリッ鉄戦では、なんと、投手のJPに本塁打を打たれている。リアクションがちょっと面白かった。対戦して脅威だったのは、小久保でもローズでもなく、阿部慎だったように思う。あの対応力は、やはり目を瞠るものがあった。■ ヤクルト(5位)一時は交流戦首位に立ちながら、ズルズルと後退。古田出場時の勝率が7割というデータが示す通り、鍵は捕手が握っていたようだ。この球団、打線の迫力は今ひとつだが、投手陣がよく整備されていた。中でも、藤井と川島。打たれそうな気配が、ほとんどなかった。破壊力不足の打線の中で、目を引いたのは青木である。長打力はないものの、安打を打つのが巧い。足も速く、宮本より1番に適していると思う。番外としては、古田と小宮山の同い年対決が良かった。シェイクもキッチリ見られたし。■ 横浜(6位)“ハマのスペランカー”多村が大爆発。しかし、交流戦が終わった途端、自宅で靴を履こうとしてぎっくり腰に。……流石である。種田と渡辺俊の変てこフォーム対決は、ヴィジュアル的に素敵だった。結果は、7打数3安打と種田に軍配。試合前の名物、佐伯のジャイアント・スイング。今季から整形した日本ハムのマスコット・B・Bも、その餌食になったのだという。これもまた、交流戦ならではの光景か。投手では、クルーンばかりが世間を騒がせたが、実のところ、木塚を覚えた人も多かったのでは。何と言っても、あのオーバーアクション。セットポジションの時、妙に落ち着きがないのも特徴だ。■ オリックス(7位)打撃陣の効率が悪く、勝ちきれない試合も度々あったが、貯金1は上出来といえる。期間中、新戦力が定着してきたことが、その原動力となった。最も大きいのは、大久保の復活だろう。仰木さんも、彼が入ったことで投手陣に相乗効果が生まれたことを認めている。実際、加藤と菊地原は守護神が固定されたことで、セットアッパーとしての役割が明確になった。「隠れた逸材」ということで、他球団からの評価も上々だ。それと、パーラの穴を埋めるべく昇格してきた吉井。「テレビを見ていた人は“このおっさん、まだ投げとんか”と思ったでしょうが、まだ頑張っています」……とは、古巣・ヤクルト戦で白星を挙げた時のコメント。以降、彼は効率の良い投球で3勝をマークしている。打の方では、後藤と平野が完全にスタメン定着。生え抜きの活躍は、何とも嬉しいものだ。また、鈴木のリードは、我が軍に新風を吹き込んだ。後半はスタメンマスクを日高に譲ったものの、ここ一番での守備固めとして、信頼を勝ち取っている。■ 西武(8位)何と言っても、交流戦最大の発見は中村であろう。小学館『帯をギュッとね!』の来留間センパイを思い起こさせる、身軽で柔らかいデブ。人々は彼を“おかわり君”と呼ぶ。その他、世代交代が上手く進んでいることをこの球団は世間にアピールできたと思う。中村はもちろん、栗山、石井義、片岡など、伸び盛りの若手が台頭してきている。忘れられないシーンといえば、西口のあの表情。自身2度目のノーヒットノーラン未遂。使い古された表現だが、記録よりも記憶に残る名場面だった。西口が快調に勝ち星を重ねていく一方、松坂は苦しんだ。援護のない登板が続き、1勝3敗。これまで無敗だった甲子園でも負けた。彼は今季、9つも完投しているのに、早くも8敗目を喫している。投球のテンポが悪いせいなのだろうか。■ 中日(9位)開幕のオリッ鉄戦で出鼻を挫かれたのか、前半、チームは地獄を彷徨い続けた。やはり、ウッズの不在は大きかったか。不思議だったのは、エース・川上である。何故か、オリッ鉄戦だけで2敗を喫している。これは、一体どういうことなのだろう。干されていた野口が後半で2勝を挙げたのも、印象的だった。因みにこの男、戦前のライバル宣言では、「オリックスの中では礒部と対決してみたい」と、トンチンカンなことを答えていた。■ 日本ハム(10位)ダース・ベイダー始球式、特殊メイクマスク、投げ捨てたバットが村田善を直撃など、SHINJOの見せ場はチラホラとあったのだが、チームとしては結果を残すことができなかった。中でも、散々だったのが、泥沼の10連敗。まったく、昨年の勢いはどこへやら、である。あと、5月21日の試合で小久保に本塁打を食らい、グラブを叩き付けて悔しがった江尻が、意外においしかったかもしれない。■ 広島(11位)対戦した感じでは、間違いなくセ界最弱だった。黒田はよく頑張っていたが、その他はあまり……。打線も、あれだけの駒が揃っているのだから、もっと脅威を感じてもよさそうなものだが、不思議と威圧感は小さかった。理想的な1番である尾形の離脱は、痛恨の極み。以来、遊撃手不足が深刻化しており、菊地原の交換相手である山崎までもが、出番を貰う状況になった。■ 楽天(12位)中日相手に勝ち越したというのは、前出の通り。それ以外でも、実はヤクルトと3勝3敗。楽天としては、大健闘ではなかろうか。期間中は、渡邊や朝井が初勝利を挙げたものの、新戦力と呼ぶには、まだまだ頼りない。今後も、苦戦は続いていくだろう。あと、明るい話題というと、山崎の4戦連発くらい?あれも、確変みたいなものだから、一瞬だけだと思う……。 Please crick here !!
2005.06.22

日本列島を揺るがした球界再編から、丸1年――。プロ野球では、史上空前の「夢の対決」が遂に実現した。それが、日本生命セ・パ交流戦。ファンも、そして選手も燃えた熱戦の数々。そんな交流戦も、いよいよ終幕に近付いている。そこで、今回と次回は、この1ヶ月半の間に起こったことを総括していきたいと思う。■ 呪いなんてクソくらえ!今回、圧倒的な強さで初代王者に輝いたのは、ロッテである。打ってよし、守ってよし、走ってよし。本当に強かった。これに伴い、各地を埋め尽くす黒い軍団も全国区の知名度を得た。その勢い、もはや球界トップクラス。そんなロッテだが、かつては忌まわしいジンクスがあった。球場で選手の個人名がついた弁当を売り出すたびに、その選手に次々と災厄が降りかかるという……、「弁当の呪い」1996年 伊 良 部 ⇒ 退団&太ったヒキガエル事件1998年 河本・成本 ⇒ 揃って故障&放出1998年 フランコ ⇒ 不振で帰国2000年 石 井 ⇒ 戦線離脱&退団&離婚2001~02年 黒 木 ⇒ 長期離脱2001~02年 小 坂 ⇒ 殺人スライディングの餌食に2002年 ロ ー ズ ⇒ 発売を検討した途端に退団2004年 李 ⇒ 不振で二軍落ち2005年 ボ ビ ー ⇒ 土壇場でプレーオフ争い脱落その犠牲者は多数……。一説によると、かつて、福浦は自らの弁当が製作されそうになった時、断固としてこれを拒否したという逸話もある。なんと縁起の悪いジンクスか。しかし、今年のロッテは一味違った。な、なんと、交流戦の期間中、セ・リーグ球団の名前を入れた弁当を発売したところ、相手チームがことごとく失速してしまったのだ。まさに、呪いのお裾分け(笑)5月には、ベニー弁当を出したにもかかわらず、悪影響を微塵も感じさせていない。勢いに乗ったロッテ、挙句には、こんな挑戦的なポスターまで張り出してきた。セ・リーグファンの皆様へため息をつく時は、フラボノガムを忘れずにね。マリーンズの選手たちへ「交流」ってたしか「打ち負かす」って意味だよね。マスコミの皆様へ今なら人気でも、セに勝てるんじゃない?にわかメジャーファンの皆様へ本物のベースボールを、私たちがお見せしよう。マスコミの皆様へ注目されるのって、やっぱ気分がイーネ!セ・リーグファンの皆様へマリーンズ・ファンクラブのお申し込みは、駅前のマリーンズ・ボールパークにて。待ってるよ。……ここまで調子に乗ってやがるとは。悔しいが、何か「やられた」気分である。■ 勝ち負けよりもゴタゴタが印象的一方、読売はというと、交流戦5位と奮闘しながらも、どうも波に乗り切れていなかった印象がある。その主たる原因となったのが、ゴタゴタの数々。オリッ鉄戦(5月11日)は、清原が山口から危険球。直後、ヘルメットを叩き付け「謝らんかい!」とマウンドへ怒鳴り込んでいった。西武戦(5月13、14日)では、西武と遺恨勃発。連夜に及ぶ死球合戦で、険悪なムードに。怒り心頭の両軍、試合後は互いを徹底的に非難した。再びオリックス戦(5月29日)は、ローズが金やんの記録を上回る通算9度目の退場。香月の内角直球を見逃し、これが「ストライク」とコールされると、両手を虚空に向け、暴言を吐き捨てた。この日以外でも、読売の選手がやたら判定に首を捻っていた姿が印象的だった。はっきり言って、感じが悪い。世の中、ジャンパイアばかりではないだろう。ロッテ戦(6月8日)は、警告&提訴試合に。7回、厳しい内角攻めにイラついた清水が、炎の一発を放つ。すると、一塁を回ったところで、咆哮&ガッツポーズ。これを見たフランコが激高した。そして、9回。今度は犠打を放った矢野が捕手と交錯すると、ボビーが守備妨害をアピールして猛抗議。そのため、試合は提訴試合となった。この読売、ロッテにはボコボコにやられた。対戦成績1勝5敗。これでは、どちらが球界の盟主なのか、全くわからない。時代は変わろうとしている。……。さて、結局はロッテと読売のことしか書けなかったが、続きは次回にたっぷりと。それでは、あでゅ~。 Please crick here !!
2005.06.19

ジーコジャパンが世界に先駆けてW杯出場を決めた。ここまで、様々な紆余曲折はありながらも、結局は「無風」だったアジア最終予選。個人的には、何とも感情移入のしにくい戦いであった。ドーハの時やジョホールバルの時は、もっともっと熱くなったというのに。まァ、それでも、おめでたいことではあるので、今回は記念としてサッカー選手の特集をしようと思う。……そう、以前にもあった1976年企画!自分と同い年のアスリートをリストアップし、独断と偏見に満ちたベストイレブンを選び出す。さて、まずは各球団に散らばる1976年生まれを羅列していくとしよう。鈴木隆行(鹿島)、イリアン・ストヤノフ(市原)、波戸康広(柏)、リカルジーニョ(柏)、安永聡太郎(柏)、金沢浄(東京)、米山篤志(東京V)、箕輪義信(川崎)、山根巌(川崎)、松田直樹(横浜)、久保竜彦(横浜)、清水範久(横浜)、萩村滋則(新潟)、宮沢克行(新潟)、高橋直樹(新潟)、山西尊裕(清水)久保山由清(清水)、佐藤由起彦(清水)、茶野隆行(磐田)、ロドリゴ・グラウ(磐田)、福西崇史(磐田)、楢崎正剛(名古屋)、大森征之(名古屋)、宮本恒靖(G大阪)、ブルーノ・クアドロス(C大阪)、西澤明訓(C大阪)、菅原智(神戸)、薮田光敏(神戸)、盛田剛平(広島)梅田高志(大分)、吉田孝行(大分)、吉村光示(大分)、有村光史(大分)、シルビーニョ(仙台)、財前宣之(仙台)、阿江孝一(山形)、斉藤乙(水戸)、重田征紀(横浜F)、富永英明(横浜F)、リカルド(京都)、鈴木和裕(京都)、筒井紀章(徳島)、大場啓(徳島)、喜名哲裕(福岡)、村主博正(鳥栖)総勢45名。これに中田英寿を加えた46名が、今、現役として活躍中の日本人サッカー選手である。流石に、小野伸二や高原直泰、稲本潤一らを擁する1979年組には及ばないかもしれないが、なかなかに好素材がひしめく世代に見える。では、さっそくベストイレブンを組んでみよう。フォーメーションは、日本得意の3-5-2。それと、右側のスペースを埋める意味で、今季、欧州を席捲した4-3-3も採用してみた。<3-5-2> <4-3-3>GK 楢崎 正剛 GK 楢崎 正剛DF 松田 直樹 DF 山西 尊裕DF 宮本 恒靖 DF 松田 直樹DF 茶野 隆行 DF 宮本 恒靖MF リカルジーニョ DF 波戸 康広MF 福西 崇史 MF 福西 崇史MF 宮沢 克行 MF 中田 英寿MF 中田 英寿 MF 財前 宣之MF 佐藤由起彦 FW 鈴木 隆行FW 久保 竜彦 FW 久保 竜彦FW 鈴木 隆行 FW グ ラ ウ……んんん、DFの人材は結構いるのに、その他のポジションは少牌気味。『キャプテン翼』を見て育った世代だけに、もっと中盤の選手が多くても良さそうなものだが。……。オリッ鉄の勢いが確実に落ちている。阪神との関西ダービーで3連敗、横浜戦では何とか勝ち越しはしたものの、吉井の投球以外は内容が良くなかった。その最大の原因は、打線の低調にある。本来、3割を打ってもおかしくない打者が、軒並み2割5分以下という現状が、非常に心苦しい。投手陣にも、疲労の色が見え始めている。併せて、捕手のポカも多くなってきた。この状況を打破するためには、そろそろ、新しい血を注ぎ込むべきなのでは?塩谷、迎、松村、町……。オープン戦でチャンスを与えられた選手は、まだまだサーパスで眠っている。 Please crick here !!
2005.06.12

先日、カブレラが190メートル(自己申告だが)の本塁打を放ったという。記事を読んでみると、西武ドームの天井に直撃したのだそうだ。まァ、190メートルは大袈裟にしても、かなりぶっ飛んだことは間違いない。この一発は、球史に残る本塁打となるだろう。しかし、3日経った今、ふと思うことがある。……あの瞬間、マウンドに誰が立っていたかなんて、数年後には、みんな忘れちまうんだろうなァ。突然だが、ここで問題を出してみよう。皆さんは、以下の3本のアーチが誰から放たれたか、即座に答えられることができるだろうか?1)1990年6月6日、ブライアント(近鉄) 東京ドームの天井スピーカー直撃弾!2)1988年7月13日、ブーマー(阪急) 日本最長(当時)162メートル弾!3)1991年5月29日、シュルジー(オリックス) DH制導入後初となる投手の本塁打!……………………………………………………、……………………………………………………、……………………………………………………、……………………………………………………、…………………………(シンキングタイム終了)。3問ともわかってしまった貴方、周囲の人からは変人だと思われているので、勘違いしないよう注意されたし。では、日本中に溢れる一般的野球ファンのために、さっそく解答編に移るとしよう。1)角(日本ハム)そもそも、東京ドームはアストロドームを参考に作られており、天井にぶら下がっているスピーカーも打球が当たらないように高さ44.5メートルの位置に設計されていた。ただ、恐るべきはブライアントのパワーである。推定飛距離は、なんと170メートル!「エエ感じで振れ、手応えも十分やったけど、あれに当たるとは、自分でも信じられないわ。パワーの秘密? 生まれつきなんかなァ」んんむ、随分とアバウトな。一方で、打たれた角のコメントはというと……。「外のスライダー。飛ぶところだけど、あそこに当たるかなァ。変なところに名前が残る」……大丈夫。多くの人間にとって、打たれた相手のことなんて全く関心ないから。余談だが、この試合で近鉄の先発を務めたのは、現オリッ鉄の吉井。監督はもちろん仰木さんだった。試合の方は、5-8で近鉄が負けている。因みに、ブライアントはこの前日にも天井に打球を当てている。判定は、二飛だった。2)渡辺久(西武)打球の発見者は、西宮球場のレフト後方にある「田代町ハイツ」というマンションの住人だった。彼らは、ちょうど試合をテレビ観戦していたらしく、「絶対に近くまで来ていると思って探し」たのだとか。で、落下地点を聞いた阪急の球団職員が、メジャーを持ってエッチラオッチラと実測してみたら、日本最長記録を更新していたというわけ。「ブーマーの場外ホームランは、雲の中へ消えていった感じやった」(上田監督)さて、試合の方はどうだったのかというと……、なんと、両軍合わせて10本塁打!何とも大味で派手な内容だったのだ。渡辺久(5本=パ・タイ記録)、山田(3本)、そして、オマケに山根(1本)。「前半で6、7点取られては野球にならん。全員にホームランを打たれんで良かった」(森監督)……福良と松永が一発を放っていれば、先発全員本塁打になるところだったのだが。3)赤堀(近鉄)現在は、オリッ鉄の投手コーチを務める赤堀。今年の交流戦で、JPが上原から一発を放ったとき、彼は一体どんな心境だっただろうか。シュルジーの一発は、偶然の産物だった。試合経過を簡単に書くとこうなる。⇒ 9回表、高橋智の3ランでオリックスが勝ち越し。⇒ その裏、土井監督は抑えのシュルジー投入。 さらに、石嶺(DH)の代走・飯塚を一塁に起用。 結果、シュルジーは6番を打つことに。⇒ ところが、そのシュルジーが救援失敗。 鈴木の同点タイムリーが飛び出し、試合は延長へ。⇒ そして延長11回表、シュルジーの打球は、 日生球場の照明を直撃する特大アーチとなった。まさに、アンビリーバボー。パ・リーグの投手による本塁打は、1974年9月29日に米田(阪急)が近鉄戦で打って以来。DH制が導入された1975年以降では、安打さえも出ていなかった。因みに、この伝説には続きがある。翌日の試合、シュルジーは一転して戦犯になっているのだ。なぜか? 延長10回、今度は自分がサヨナラ弾を食らってしまったのだ。打たれた相手は、前日にも同点打を放っている鈴木であった。ちゃんちゃん。……あァ、そうそう。冒頭で、カブレラに特大アーチをお見舞いされたのは、“ハマの番長”三浦である。努々忘れなきよう……。 Please crick here !!
2005.06.08

とんだ「運命の最終章」である。あまりの退屈さに、途中で寝てしまった。バーレーンvs.日本。仮にも、一国を代表する精鋭たちが、あんなにも酷い試合を衆目に曝してもよいものか。試合開始のホイッスルが鳴ってから30分もの間、シュートなしというクソな展開を……。「絶対に負けられない戦いがそこにはある」昨日の試合、そんな緊迫感あったっけ?このフレーズ、むしろ我が球団にこそ相応しいわ。……。そのオリッ鉄、借金を2まで減らしておきながら、案の定、ヤクルトに3タテを食らってしまった。で、その後の広島戦――。<6月3日> 観衆:6258人Bs 101 020 000 4C 000 030 000 3<6月4日> 観衆:12658人Bs 010 002 000 3C 000 000 010 1絶不調の谷、北川がまるで戦力にならない中、早めの継投で2連勝をもぎ取った。まァ、広島相手に吉井とJPを立てて勝てないようでは、とても3位は望めまい。問題は、明日先発予定のケビン。それこそ「絶対に負けられない」一戦である。……。元ヤクルトの青島健太が総監督を務め、メンバーの殆どを豪州人が占めるという異色のクラブチーム「ウェルネス魚沼」が、都市対抗の1次予選で姿を消したそうだ。そこで思い出した人物がいる。チーム唯一の日本人、青木智史(元広島)。青木は1979年9月10日、神奈川県真鶴町の出身。進学校として知られる小田原高校では、俊足強打の外野手として活躍していたようだ。しかし、彼は1997年のドラフトで広島から6位で指名されるまでは、全くの無名選手だった。無理もない。所詮は弱小校の素材である。「打撃練習なんて2週間に1回しかなかった」という練習時間では、如何に有能なスカウトでも発掘するのは難しかっただろう。そんな彼がプロの世界に入れたのは、日刊スポーツのある記事のおかげだった。それは、無名の高校生を特集した記事。当初は、同僚の投手を取り上げる予定だったのだが、記者の判断で、青木に差し替えたのだそうだ。これが契機となり、プロへの道が開けた。まさに、1本の記事が生み出したプロ野球選手だ。ところが、彼の現役時代はとても短かった。たったの3年。1軍出場はなし。解雇された後、広島からは「頭が良いから」と、球団職員になるよう勧められたのだが、現役への未練は断ち切れなかった。一念発起し、ドミニカへ。チェコ、ソリアーノ、ペレスらを輩出した、カープアカデミーに入学するためである。そこでの修行を経て、青木はメジャーへの挑戦を始めたのだ。紆余曲折あって、2003年にはマリナーズとマイナー契約。100メートル11秒台の俊足は、本場でも大きな武器になると思われた。……が、いつの間にやら帰国。気付いたら、ウェルネス魚沼の一員になっていた。ここで、我が脳に素朴な疑問が浮かんだ。「豪州人の中に日本人が1人って、 一体どういうわけなんだ?」あまりにも気になったので、もう1度よく経歴を調べてみた。――特技はピアノ? 小学校1年から6年まで習っていた。クラシックからポップスまで弾く本格派。人呼んで“球界の小室哲哉”?……イヤ、あらゆる意味で違う。――もう1つの特技は英会話?中学2年生の時、豪州にホームステイし、シドニー五輪に向けて盛り上がる雰囲気に触れ、野球への興味が一層増した。これだ!なるほど、ご当地に縁のある人だったのか。もしかして、マイケル中村なんかは、彼の中でヒーローになっていたりして。……話は戻ってウェルネス魚沼。これだけ豪州人ばかりだと、新潟県内でも「絶対に負けられない」相手として他チームから敵視されているのではないだろうか。そんなことを、ふと考えてしまった。 Please crick here !!
2005.06.04
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