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♪ 出逢いは スローモーション 軽いめまい 誘うほどに 出逢いは スローモーション 瞳の中 映るひと~ 出逢いは、ブーマー・Wだった。今も目を閉じれば浮かんでくる、あの後頭部。まるで、ザビエルを髣髴とさせるような神々しさ。幼心に稲妻のような衝撃が走った。そして、虜になってしまった。“輝く頭皮”ハゲ。オフということもあって、長谷川滋利をよく見かける。昨年は、中継ぎとしてチームから絶大なる信頼を勝ち取り、オールスターにも初めて出場した。その秘密は、ツーシームによる右打者対策、そして、超クイック投法の導入にあったという。やはり、長谷川は頭がいい。メジャー屈指の頭脳は、トークをも器用にこなす。当然、ブラウン管には彼のアップが何度となく映る。すると、どうしても気になってしまうのだ。危うげな、額が。思えば、20代後半の頃から、あそこのゾーンは際どかった。ある年のビールかけでのことだ。びしょ濡れのまま、長谷川ははしゃぎ倒していた。あァ、何と無防備な……。彼の背後には、不吉な影が忍び寄っていたというのに。刹那、無礼講という名の魔手が、前髪をペロン!あまりにも悲しい、オールバックである。!!!?(絶句)言葉を失いながらも、必死の形相で前髪を元に戻す。まさに一瞬の出来事。しかし、その衝撃的な映像は、確実に全国のお茶の間へと送り届けられたのだった。危うげな頭皮といえば、この男も外せない。“サッカー大国”オランダが輩出した稀代のファンタジスタ――、デニス・ベルカンプ。彼の前頭部は最近、どうしようもないほどの過疎化に悩まされている。その様は、まるでムー大陸沈没後のイースター島を思わせる。そんなベルカンプ、大の飛行機嫌いである。故に極力、空路での移動には帯同しないようにしている。……思わず『特攻野郎Aチーム』のコングが頭を過ぎる。まあ、それはいいとして、あれは欧州選手権だったか、それともW杯だっただろうか。何気ない一場面なのだが、我が心を大きく揺るがす大事件があった。問題のシーンは、意外にも得点直後に訪れた。ゴールを決めたベルカンプにイレブンが群がる。そして、カメラはオレンジの中心を捉えた!あァ、めっちゃ頭を掻きむしられとる!ベルカンプ本人、薄くなった前頭部を守りたいのだが、もみくちゃの中で身動きが取れない。ををを、見ているこっちがハラハラしてしまった。NBAからもエントリー願おう。“神”なだけに“髪”のネタも持つ男、マイケル・ジョーダン。誰もが見たことがあるだろう。あの超人的なフリースローラインからのダンクを。当時の写真を見てみると、頭には髪の毛が。これは一体?一説によると、ジョーダンは生え際が後退したため、スキンヘッドにしたというのだ。その噂を聞きつけたのが、レジー・ミラーである。トラッシュトークが大好きなこの宇宙人は、試合中、畏れ多くも禁断の話題を仕掛けていったのだった。度重なる口撃。やがて“神”が“人の子”と化した。もう、場内は大乱闘である。……あァ、痛いところを突かれたんだな。アスリートの頭皮を巡るエトセトラ。皆さんは、その脳裏に誰を思い浮かべるのだろうか?
2004.01.31
脳内に地震警報が鳴り響いている。あァ、ちぶるがやむん(沖縄方言で「頭が痛い」の意)。ってなことで、本日の日記は構成など微塵も考えず、思うままに書き綴っていこうと思う。高熱のせいで話題がバシルーラの如く無作為に飛んでしまうかもしれないが、ご容赦頂きたい。……まあ、いつも構成など考えていないし、話題もよく無作為に飛んでしまうけど。まずは、何となしに読んでいたサッカーの記事からこんなコメントをどうぞ。「サッカーの世界に向いてないと感じていたんです。本当に、今までの人生で一番暗い時期でした」発言の主は、セリエAで首位を快走するローマのGK、カルロ・ゾッティである。彼は先のサンプドリア戦で、欠場中のイヴァン・ペリッツォーリの代役として十二分の働きを見せた。だが、そこまでの道のりは長かったようで、3年前には真剣にサッカーを辞めようかと悩んでいたという。「ボクは音楽が好きでギターを弾くんですけど、その時はサッカーを辞めてバンド活動に専念しようかと思ってたんです。ギターですか? 今でも弾いてますよ。好きなジャンル? ロックですね。ハード系の」このコメントだけを読むと、どうもゾッティという選手が苦節○年のベテランのように思えてくる。ところが、それは大きな勘違いなのである。だって、ゾッティってば1982年生まれなんだもの。さて、ここで「ギター」という単語が出てきたが、皆さんは誰を連想しただろうか?リッチー・ブラックモア? イングヴェイ・マルムスティーン? スティーブ・ヴァイ?……まあ、本職を思い浮かべた人は論外として。あとは、バーニー・ウィリアムズとか?確かにバーニーはギターの名手で、CDも出している。が、それだけで連想を終わってしまっては普通の人。マニアならば、彼がADD(注意欠陥障害)で、集中力が散漫になったり、神経が尖ってきたのを感じたりした時にギターを弾いているという薀蓄を付け加えたいところだ。※ ADD(注意欠陥障害)集中力に欠け、行動が衝動的で落ち着きがない。社会生活の中では「問題児」として見られがちだが、どこかの分野で特別な才能を発揮する場合も多い。話を脱線させるなら、ここでデニス・ロッドマンを思い浮かべるのがいいかもしれない。彼もまた、ADDなのである。となると……、ギター ⇒ バーニー ⇒ ADD ⇒ ロッドマン⇒ 田臥勇太と同僚 ⇒ ロングビーチ・ジャム⇒ 新潟アルビレックスが出資 ⇒ JBL⇒ アイシンがオールジャパン3連覇 ⇒ 佐古賢一⇒ PG ⇒ 司令塔 ⇒ レジスタ ⇒ ……などという転がり方も考えられるわけだ。しかし、今回は敢えて「ギター」から「李尚勲」へ飛んでみよう。李尚勲(イ・サンフン)――。日本では、サムソン・リーと呼ばれていた。まるで落武者を髣髴とさせるようなロン毛とヒゲ面。中日を退団した後は、レッドソックスで一軍半の投手を見事に演じきった。そして、韓国球界には2002年から復帰していたのだが……。実は先日、趣味のギター演奏が災いして、球団を追い出されやがった!キッカケとなったのは、LGの新監督が言い放った、この一言だった。「ロッカールームでギターを弾くな!」※ なんか、ウチの母校で生徒指導をやっていた、 ある先生の名語録を思い出してしまった。 「安高前のセブンイレブンにサンダルで行くな!」 彼の必殺技は「君たちは今、人生の岐路に 立っている!」である。ゴメン、内輪ネタだ。これに対して、徹底抗戦の姿勢で応じるのが、サムソンのチャームポイント。迷うことなく「じゃ、トレードして」と返してしまうあたり、何とも羨ましい神経である。かくして、落武者の姿をしたロック・スターは、SKへと放出されたのだった。……一応、弁護しておくと、サムソンは決して「ジャイアン・リサイタル」を開いていたわけではない。なぜなら、彼はオフ中にプロのアーティスト並の活動を行えるほどの腕前なのだから。そういえば、中日時代のチームメイトに新井峰秀という選手がいたはずだ。彼もまたサムソンと同じ高麗大出身で趣味は「ギター演奏」だった気がする。これは単なる偶然なのだろうか。
2004.01.24
1896年以来、108年ぶりにアテネへと帰ってきた五輪。本日は、その端緒となった大会を振り返ってみよう。今から2500年前のペルシャ戦争――。自軍の勝利を伝えようと、マラトンからアテネまでを走り抜き、絶命した兵士がいた。その故事に因み、考案されたのが「マラソン」である。では、記念すべき第1回大会のマラソンとは、どのようなものだったのか?レースには、5ヶ国25名の選手がエントリー。だが、この中で専門的な練習を積んでいた者はいなかった。参加の動機は、足に自信のある者、好奇心につられた者などさまざま。当時の五輪は男子であれば、誰もが参加することができたのだ。裏を返せば、女人禁制。しかし、中には密かに出走した女子選手もいた。名前はメルポルネ。4時間半近くかかってしまったため、ゴールのパナシナイコ競技場は既に閉まっていたが、見事に完走したという。この頃のコースは42.195kmではなく、36.75kmしかなかった。現在の距離になったのは、第4回ロンドン大会の時のことだ。そんな中、ゴールテープを最初に切ったのは、地元ギリシャのスピリドン・ルイスという青年だった。彼は友人からこの競技のことを聞き、急遽出場を決めたという。それには、理由があった。ルイスは貧しい羊飼いだったのだが、名家の娘と恋に落ちてしまった。家柄の違う2人の恋は、猛烈な反対にあってしまう。そこで、彼は優勝して結婚を認めてもらおうと思ったのだ。レース前日、ルイスは断食を行い、神に祈りを捧げた。そして、走っている最中にはレストランへと立ち寄り、給水代わりにワインを一杯ひっかけた。……無謀。とはいえ、スタートから2時間58分20秒、ルイスは先頭でゴールに飛び込んだのだった。開催国ながら、大会終盤まで芳しい結果を残せずにいたギリシャで、彼は大きな賛辞を受けることとなる。一生涯無料散髪券、靴磨き券、料理1年分の申し出などが続出したという。王室からも多くの褒章が用意された。が、ルイスは馬を1頭貰っただけで、あとは全て断った。彼にとっては、結婚という最大のプレゼントを勝ち取れただけで満足であった。因みにこの種目、ギリシャ人が考案したと思っていたら、フランス・ソルボンヌ大学の教授が提案したのだとか。五輪において、ギリシャ人が生み出した種目といえば、陸上の円盤投げである。当時は2m50cmのサークルではなく、3m54cmの正方形の中からノーステップ、ノーターンで投げていた。第1回大会で行われた8競技43種目には、首を傾げたくなるようなものも含まれている。例えば、なぜか体操の中に「綱登り」や「片手重量挙げ」があったり、水泳の中に「100m潜水」があったり。水泳といえば、この頃は全て海で泳いでいたらしい。ルールが現在と異なるものもある。テニスのダブルスは、他国の選手とペアを組んでも良かった。実際、優勝チームはイギリス人とドイツ人のペアである。因みに、シングルスとの二冠を達成したボーランド(英)は、ギリシャに遊びに来ていた旅行者だった。出場にあたり、急いでテニス用具を買い揃えたが、シューズだけは手に入らなかったので、革靴のままプレーしたという。レスリングも体重制限はなく、スタイルもグレコローマンのみ。優勝したシューマンは163cmの小兵だったが、決勝で巨漢の相手と2日にわたる死闘を繰り広げ、見事に勝利を収めたのだという。……只今、ミステリオとビッグ・ショーの対決を連想中。さて、ここで五輪の象徴たる金メダルと聖火についても触れておくことにしよう。第1回大会には、金メダルがなかった。当時の優勝者には銀メダルが、2位には銅メダルが贈られ、3位への表彰はなかったとされる。金・銀・銅のメダルが贈られるようになったのは、第4回ロンドン大会から。また、試合後の表彰式が行われるようになったのは、第10回ロサンゼルス大会からである。聖火もまた、存在しなかった。これは、第9回アムステルダム大会で行われた芸術競技の建築部門で金メダルを獲得した作品がモデルとなっている。※ 1912~52年まで実施された競技で、建築、彫刻、絵画、 音楽、文学の5部門がある。参加者は何らかの形で スポーツと関係を持つ者に限られた。日本人でも、 この競技でメダルを貰った人がいる。受賞作品は、主競技場とそれに付帯する諸施設。そのとき「マラソン塔」なるものを設計し、会期中そこで火を燃やし続けたのが聖火台のはじまりだ。考案したのは、ジャン・ウィルスという男だった。……さあ、五輪にまつわる雑学。堪能して頂けただろうか?最後に1つ、最もどうでもいいネタを提供しておこう。集英社『こちら葛飾区亀有公園前派出所』で、五輪の年に必ず登場する“日暮熟睡男”は、一度だけ4年を待たずに起きてしまったことがある。へえ~。
2004.01.20
近鉄が“いてまえ打線”の看板を下ろす?記事によると、グァムで復活を期す中村紀洋が、新打線のニックネームを募っているとのこと。「新しい打線の名前が欲しいですね。ビッグバン打線、ブルーサンダー打線とかカッコイイよね。品のある名前がいいですね」……おっと、この単語を目にしてしまっては、取り上げずにはいられまい。かつて、パ・リーグを席捲した伝説のラインアップ――、ブルーサンダー打線。では、さっそく当時の打線を振り返ってみよう。数字は、お馴染みの「得点創造能力」である。※ 130試合(140試合:162試合)<1989年>702.2(758.4:877.8)1(5) 松永 浩美 100.0(108.0:125.0)2(4) 福良 淳一 52.8(57.0:66.0)3(3) ブーマー・W 118.9(128.4:148.6)4(DH) 門田 博光 101.6(109.7:127.0)5(7) 石嶺 和彦 76.2(82.3:95.3)6(9) 藤井 康雄 93.5(101.0:116.9)7(8) 本西 厚博 45.7(49.4:57.1)8(2) 中嶋 聡 32.3(34.9:40.4)9(6) 小川 博文 34.6(37.4:43.3)この年、我が球団にとって激アツのトレードが成立した。40歳にして二冠王に輝いた門田の獲得である。1988年の得点創造能力は、123.7(133.6:154.6)。彼は、例の脱臼事件(助っ人(2)を参照のこと)が起こるまで、33本の本塁打を放った。緊張感を持続させるためなのか、試合中、味方が守備につくと自分もベンチで仁王立ちしていた姿をよく覚えている。この門田の加入で、3番から1番へ移ったのが松永だ。人呼んで(ってか、勝手に命名)“辛口ホットコーナー”。投手がピンチを迎えたとき、心臓の止まるような一言で発破をかけるという男である。「ここで打たれたら、オマエは二軍落ちや」1985年には、阪急の伝統的タイトルである盗塁王を獲得。バットの方でも、1988年はロッテの高沢秀昭と最後まで首位打者を争った。……11打席連続四球(日本記録)というロッテの卑劣な罠にはまり、1厘差で逃してしまったが。門田の前後を固めるは、ブーマーと石嶺という大砲2人。この年、ブーマーは二冠王を獲得し、石嶺も慣れない左翼の守備をこなしながら、20本塁打を放った。ブーマーのことはさておき、石嶺で思い出すのは、“サッサ”というニックネームである。名前の由来は、「塁上の走者をサッサと片付ける」から。……一体、誰がこの呼び名を使っていたのだろう?そして、石嶺は誰よりもキレイなスイングを持っていた。翌年には37本塁打を放ち、打点王のタイトルも獲得。意外なことに、この年は守備面でも数字を残している。14捕殺はリーグ最多だった。忘れてはいけないのが、藤井である。1989年は、同じ左打者の門田に触発され、30発ものアーチを描いた。実はこの男、前年のドラフトで西武が清原和博のクジを引けなかった場合は、外れ1位として予定していたというほどの素材だったのである。そういえば、当時の雑誌記事で面白いコメントが載っていた。大熊忠義野手総合コーチ曰く、「ウチの外野では安定度ナンバー1」とのこと。……まあ、ただのリップサービスなんだけど。なぜなら、オリックスの外野には、藤井以上の守備力を誇る人材が揃っていたからである。本西をはじめ、山森雅文、南牟礼豊蔵、柴原実、熊野輝光etc。個人的に印象深かったのは、南牟礼だろうか。選手名鑑を見ると、趣味は「塀登り」となっている。まったく、根っからの外野手というか……。と、思っていたのだが、マスターズ・リーグ元年、彼は何故か遊撃手としてベストナインに選ばれたのだった。内野にも、いぶし銀の匠たちがいた。福良、弓岡敬二郎、山越吉洋、福原峰夫etc。ルーキーの小川は、守備よりも打撃で意外性を発揮した。捕手には、若い中嶋とベテランの藤田浩雅とが併用された。勢いと強肩か、経験と気配りか。藤田といえば、まだ阪急のユニフォームを着ていた頃、よくアニマル・レスリーに殴られていたなあ。あァ、なんと濃い面子であることか。大好きだ――ッ!だが“蒼き稲妻”が閃いたのは、ほんの一瞬だけだった。期間にして、1989~90年の僅か2年。門田、ブーマーが相次いでダイエーへ、松永と石嶺も阪神へと放出されたのだ。神戸への移転、土井正三の監督就任が、その理由だった。そして“暗黒期”という名の過渡期を経て、オリックスの打線は生まれ変わるのである。そう、仰木マジックによる“猫の目打線”である。<1996年>610.1(658.9:762.6)1(7) 田口 壮 60.1(64.9:75.1)2(4) 大島 公一 43.9(47.4:54.9)3(9) イチロー 113.7(122.8:142.1)4(DH) T・ニール 90.7(98.0:113.4)5(3) 藤井 康雄 60.3(65.1:75.4)6(6) 小川 博文 44.8(48.4:56.0)7(8) 本西 厚博 20.9(22.6:26.1)8(2) 高田 誠 14.8(16.0:18.5)9(5) 馬場 敏史 27.1(29.3:33.9)(外) 高橋 智 38.3(41.4:47.9)(外) D・J 33.3(36.0:41.6)こうして見ると、四條稔や勝呂寿統らの守備固めも含めて、守備力はブルーサンダーの頃を大きく上回っている。が、打線の核となる人材が寂しい。これでも、日本一を勝ち取った打線なのだが。さらに時が経ち、イチローや田口を失って、打力どころか守備力まで最低ランクになってしまった打線がこちらである。<2002年>435.7(469.0:544.0)1(6) 塩崎 真 20.3(21.9:25.4)2(4) 大島 公一 29.2(31.4:36.4)3(8) 谷 佳知 77.7(83.6:97.0)4(3) S・シェルドン 65.2(70.2:81.4)5(9) 葛城 育郎 16.1(17.3:20.1)6(DH) F・セギノール 37.7(40.6:47.1)7(7) 塩谷 和彦 23.8(25.6:29.7)8(2) 日高 剛 28.4(30.6:35.5)9(5) 進藤 達哉 26.8(28.8:33.4)この年、オリックスは防御率1位(金田政彦)と2位(具臺晟)を擁しながら、ぶっち切りの最下位へと転げ落ちたのだった。金田4勝、具5勝って……。長くなってしまった。イヤ、あまりに懐かしかったもので。最後に、話を冒頭まで戻すとしよう。近鉄の新打線名、ノリのご希望は?「僕は……、水鉄砲打線かな。理由? 何となく。それでファンは水鉄砲を持って応援するとか(笑)」……(タメ2秒)、カッコいいのが良かったのではなかったか?
2004.01.17
シドニーで味わった、初めての屈辱。神話の国で繰り広げられるは、日本プロ野球界の威信を賭けた戦い。真夏のアテネで長嶋ジャパンよ、日の丸を頂点に――。いよいよ今夏に控えた五輪本大会。米国、韓国というメダル候補が出場権を逃している中、日本は「メダル逸」の汚名を雪ぐことができるか。そこで、シリーズ第4弾となる今回は、日本代表の打線について考える。まずは、昨秋に行われたアジア野球選手権に出場した、代表選手たちの得点創造能力から見てみよう。なお、日本における得点創造能力120は、メジャーに置き換えると140に相当する。この違いは、試合数の差によるものである。※ 140÷162 = 0.864<捕手>谷繁 元信(D) = 58.8城島 健司(H) = 127.2城島が健在な限り、捕手選びで悩むことはなかろう。来季、谷繁が本調子を取り戻せないならば、矢野(83.7)か古田(85.3)を使えばよい。<内野手>二岡 智宏(G) = 93.8宮本 慎也(S) = 65.1井端 弘和(D) = 41.8松井稼頭央(L) = 117.4小笠原道大(F) = 135.9問題なのは、ここから松井稼が抜けてしまうこと。だが、その穴は簡単に埋められるだろう。そもそも、この時のメンバーは、遊撃手を集め過ぎなのだ。井口(126.7)、今岡(89.5)ら二塁手を選べばよい。また、予選では小笠原を一塁手として使っていたが、彼は三塁の守備も一流である。彼を三塁で使って松中(118.6)、福浦(102.7)ら一塁手を選ぶのも手か。中村ノリ(62.6)、岩村(35.0)が復活を果たせたならば、小笠原=一塁、ノリ、岩村=三塁という布陣も考えられる。外野の布陣を考えると、内野では大技系と小技系の選手をバランスよく揃えることが望ましい。そういう意味では、宮本のようなタイプは貴重である。小坂(57.9)などを選択肢に加えてもよい。<外野手>高橋 由伸(G) = 95.6福留 孝介(D) = 127.9赤星 憲広(T) = 75.0木村 拓也(C) = 63.3和田 一浩(L) = 126.4谷 佳知 (BW) = 120.2走攻守の3拍子を兼ね備えた選手を揃えており、非常にバランスが取れている。村松(82.8)、大村(90.7)、金城(82.7)、緒方(98.7)、金本(94.5)などなど、候補はいくらでもいる。ところで、ミスターは一体どういう考えでキムタクを代表に選んだのだろうか。まさか、本当に第3捕手要員?小笠原や和田に任せればいいものを。今、球界では1球団で選手の派遣を何人までにするかで揉めている。だが、そこに議論の余地はあるだろうか?アテネへは、日本球界の総力を注ぎ込むべきである。イチロー、松井、佐々木、野茂らが参加できない現状で、国内の選手まで出し渋るような真似は許せない。さて、4年に1度の祭典で彼らの胸に輝くは、何色のメダルか。はたして、シドニーで流した涙は、報われるのだろうか。
2004.01.11
同一テーマ第3弾は、伝説の『かませ犬』以来……。突然だが、想像して頂きたい。もしも、貴方がロマン・アブラモビッチ級の超絶富豪になって、メジャーの球団を買収したとしたら?一体、どのような打者を揃えるだろうか。※ チェルシー(英国)の新オーナー。 ロシアの石油王で、豊富な資金力を誇る。 テリー、ランパード、コール、ブリッジら自国の 若手を重用する一方、クレスポ、ヴェロン、 ムトゥ、マケレレといった大物も買い漁った。 ラウールやロナウドなど特上VIP選手に対して、 気軽にオファーができるという稀有な存在。前回に出した結論を参考にするならば、理想に近いのは、ボストンとアトランタの打線である。※ 数字は得点創造能力。打順は適当。<BOSTON REDSOX>1(8) J・デーモン 85.22(5) B・ミラー 111.63(6) N・ガルシアパーラ 117.34(7) M・ラミレス 141.45(3) K・ミラー 89.46(DH) D・オーティズ 97.97(9) T・ニクソン 100.88(2) J・バリテク 80.19(4) T・ウォーカー 84.6<ATLANTA BRAVES>1(6) R・ファーカル 103.12(4) M・ジャイルズ 110.83(9) G・シェフィールド 145.14(7) C・ジョーンズ 116.35(8) A・ジョーンズ 102.66(3) R・フィック 57.67(2) J・ロペス 117.38(5) V・カスティーヤ 77.5因みに、世界一に輝いたフロリダの打線は、こんな感じ。得点創造能力ランクは、ナ・リーグの9位だった。<FLORIDA MARLINS>1(8) J・ピエール 89.22(4) L・カスティーヨ 89.73(2) I・ロドリゲス 88.54(7) J・コナイン 90.05(9) J・エンカーナシオン 83.66(3) D・リー 102.37(5) M・キャブレラ 47.38(6) A・ゴンザレス 70.1(5) M・ローウェル 91.4そして、我らがイチローを擁するシアトルの打線。得点創造能力ランクは、ア・リーグの8位だった。1(9) イチロー 102.72(7) R・ウィン 86.73(4) B・ブーン 121.14(DH) E・マルチネス 98.25(3) J・オルルド 77.26(8) M・キャメロン 78.17(5) C・ギーエン 55.38(6) M・マクレモア 30.79(2) D・ウィルソン 29.4途方に暮れるほど計算を繰り返してきて、気付いたことがある。リーグ最強の2球団(紅球団)とリーグ中位の2球団(海球団)とでは、何が異なるのか。決定的に違っているのは、爆発的な破壊力と確実性を兼備した中軸打者を擁しているか否か。紅球団には、ラミレスやシェフィールドといった得点創造能力140超の超ポイントゲッターがいるが、海球団にはそれがいない。アブラモビッチとして最初に手を付けるのは、まさにここ。超ポイントゲッターの獲得である。では、誰にオファーを出すべきか。候補は、以下の通り。◆ V・ゲレーロ(MON⇒?)97.6今季は、椎間板ヘルニアのために2ヶ月も戦列を離れたが、復活を果たせば、十分に140超えは可能である。打撃はもちろん、足も速く、肩も強い。但し、片言の英語しか話せないので、コミュニケーション面での問題をどうクリアするか。◆ J・トーメイ(PHI)127.3インディアンスから移籍1年目で初の本塁打王を獲得。過去2年も連続で2位と、長打力は計算できる。但し、三振を減らさないことには140超えは難しい。◆ C・デルガド(TOR)139.9145打点でア・リーグの打点王を獲得。得点圏打率、満塁打率でもリーグ1位の成績を残した。元捕手ということで、小笠原を連想させる。◆ A・ロドリゲス(TEX)140.6ア・リーグのMVPで、3年連続の本塁打王。近年は遊撃手としてGグラブにも選ばれるようになった。28歳という年齢も魅力。問題は、天文学的な額の年俸だけ。◆ B・ボンズ(SF)152.5シーズン73本塁打の化け物である。不惑を間近に控えているが、その打棒はまだまだ健在だ。安打数より四球の数が多いという珍しい男。◆ T・ヘルトン(COR)169.23000打数以上の現役選手の中で、通算打率(.336)と長打率(.615)でトップの成績を誇る。守備も一流。“打者天国”クアーズフィールドを出ると、打率にして1割も差が出てしまうのが玉にキズ。◆ A・プホルス(STL)171.11980年1月16日生まれだから、まだ24歳。今、メジャーで最も三冠王に近い打者である。手首の使い方が絶妙で、広角に打てる。走れず、守れないが、メジャー1年目から平均147.3(ボンズでさえ126.1)という数字を叩き出してきた打棒は、非常に魅力的。あとは、その脇を固める布陣の顔ぶれだ。長打力、確実性、機動力という3要素の平均値が、高い数値を示す選手をどれだけ揃えているか。換言するならば、選手層である。その点で、松井秀喜の95.6という数字は上出来といえよう。数字以外の部分では、Point GetterとChance Makerのバランスも大事だと思う。やはり、本塁打だけでは試合の流れは作れない。キザっちい例えをするなら、薔薇の花束に、霞草は不可欠なのである。イチローやファーカルのように、一発はなくとも得点創造能力100を超える選手もいる。もちろん、故障に強く、年間を通して働ける選手がよい。どんなに素晴らしいポテンシャルを秘めていようが、試合に出れなくては、数字は残せないのだ。そういう意味では、K・グリフィー、J・ゴンザレスらは失格である。さあ、理想の打線は思い描けただろうか?
2004.01.10
「最強の打線」とは、何だろう――?来季、読売はシーズン最多本塁打記録を持つ打者を7番に置くという、ふざけた打線を組むようだが、果たして、それは「最強」と呼べるものなのか。個人的な意見を書くなら、答えはノーである。理由は、精神衛生上よくないから。外様の大砲ばかりで、非常に腹立たしい。ローズ、小久保、清原、ペタジーニ、江藤……。“暴君”ナベツネの横暴に寛容なファンでさえも、今回の補強には不快感を露わにしている。生え抜きにしても、読売が育てたという印象は薄い。悪しきドラフト制度下で、完成品を搾取しまくっただけだ。ドリームチームを作りたいのはわかるのだが、あまりに不健康な方法ではないだろうか。バランスが悪いのもマイナスである。桑田は言った。ゴルフをするのに、20万円のドライバーを14本持ってくる人は誰もいない、と。……まあ、プロゴルファー猿は例外なのだろうが。とはいえ、前回で紹介した「得点創造能力」の観点から言えば、塁打数の多い打者を補強するのは理に適っていたりする。とりあえず、2003年のセ・リーグ各球団の得点創造能力ランキングを見てみよう。2003年阪神打線 = 725.32003年ヤクルト打線 = 697.72003年読売打線 = 649.92003年中日打線 = 632.92003年横浜打線 = 606.82003年広島打線 = 589.0阪神は、本塁打こそリーグ5位だったが、安打、二塁打、三塁打、四球で1位となったため、このような結果となった。セ・リーグでは、投手が打席に立つ分、値が低くなるわけだが、阪神の場合は、ムーアの打棒が貢献しているかもしれない(笑)一方、毎晩のように花火を打ち上げまくり、リーグ1位の205本塁打を記録した横浜だったが、意外と数値は低い。これは安打の総数と四球の少なさが原因していると思われる。で、問題の読売打線だが、昨季はリーグ3位の数字を残している。そして、来季はここにシーズン平均108.3のローズと73.9の小久保の加入するわけだ。それに伴い、清水、斉藤、江藤、元木らの出番は激減するだろう。だが、故障者の回復を計算に入れれば、最大750~800もの得点創造能力が期待できる。この数字は、DH制がないセ・リーグの球団としては、最強と言わざるを得ない。では、海の彼方――メジャーリーグではどうか。この際だから、全球団を網羅してみよう。2003年、はたして地球上で最強を誇った打線とは、一体どこだったのか? いざ、計算タ~イム。(心の葛藤)うををを、面倒だ~。なにィ、30球団も計算するのか?マジで? しかし、自分で書き出したことだしなあ。にゃろう、140試合分に換算しなくてはならんのか。ぶつぶつぶつぶつ……。ち~ん。ハイ、できました。それでは、結果発表~(パチパチパチ)。チーム打率順に得点創造能力を見ていくとしよう。因みに、カッコの中は140試合分に換算した値である。<ア・リーグ> <ナ・リーグ>BOS = 1013.3(875.5) ATL = 933.9(806.9)TOR = 881.3(761.4) STL = 889.3(768.3)MIN = 822.6(710.7) PIT = 776.0(670.5)K C = 787.7(680.6) COL = 837.5(723.6)SEA = 777.7(672.0) FLA = 759.4(656.1)NYY = 889.3(768.4) S F = 779.4(673.4)ANA = 740.3(639.6) A Z = 759.8(656.4)BAL = 733.6(633.9) HOU = 793.1(685.2)TEX = 832.7(719.4) PHI = 787.9(680.7)T B = 723.0(624.7) S D = 706.9(610.7) CWS = 799.9(691.1) CHC = 734.8(634.9)OAK = 739.6(639.0) MON = 704.6(608.8)CLE = 695.5(600.9) MIL = 751.5(649.3) DET = 608.9(526.1) NYM = 619.2(535.0) CIN = 675.6(583.7) L A = 594.6(513.7)ということで、BOSとATLが驚異的な値を示した。まあ、この2球団に関しては言うことなしである。長打力もあり、出塁率も良い。一方で、シーズン最多敗戦の記録に迫ったDET、大型補強が空振りに終わり、不振を極めたNYM、貧打で野茂や石井を泣かせまくったLAなどは、打線の構成に再考の余地ありといえる。さあ、入れ替わりの激しいメジャーリーグ。来季はこの構図がどのように変化するのか。次回に続く。
2004.01.06
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