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三ヶ月間限定とは言え、夫の懐柔策を受け入れた桜子は宴席での非礼を源太の両親に詫びることでその体裁としたが、それは桜子を更なる窮地に追い込むこととなった。つまり、島に踏みとどまるという事は再教育される事と同義であったのだ。無論、再教育担当の講師陣は源太方の家族親族である。例えば桜子はバランスのとれた食事とする為に料理には肉類や油ものを抑え目にして野菜をふんだんに使うのだが、非礼事件の翌週のこと源太が風邪をこじらせて熱を出した折に源太の母が言うのである。「桜子さん、あなたが野菜ばかり食べさせるから源太の熱がなかなか下がらないのよ。あの子、最近いつも疲れた顔をしてるでしょ。何でだと思う?肉を食べてないからなの。源太にはもっと肉を食べさせて頂戴。野菜ばっかりじゃ駄目。ゼッタイ駄目。死んでも駄目。大袈裟だと思われるかも知れないけど大事なことだからちゃんと言っておくけどね、人間にはね、肉が大事なの。元気の源は肉なの。ね、桜子さん。これからは食事にもっと気をつけて頂戴。ね、ただ野菜だけ食べてればいいわけじゃないの。都会の人は野菜を食べていればそれで健康だと思ってるみたいだけど違うのよ。ね、桜子さん。くれぐれもお願いしたわよ」 都会で生まれ育った桜子には確かに初耳だった。初めて知る健康指針だった。肉食健康法とでも名付けてやろうかと思ったが、採用するつもりには到底なれないので桜子は最初から聞かなかったことにしたのである。 そして又、宿酔いなんかで源太の調子が悪そうだと今度はお義父さんから電話がかかってくる。それも早朝に掛かってくるのである。「桜子さんはどうやら嫁の役目というものをまだわかっていないみたいだな。な。そうだろ。昨夜、源太の様子を見てわしは驚いたよ。な。そうだろ。夫があんなに調子悪そうな顔をしてるのを、桜子さん、あんたは放っておいているんだよ。な。そうだろ。夫に元気で働いてもらってこそ嫁の本分なんじゃないか。桜子さん、あんたはそこんとこをちゃんとわかっているのか。考えているのかな。どうみても考えてないな。うん。考えてない。考えているといいたいのかも知れないが、わしに言わせれば桜子さん、あんたはまだ考え足らずだよ。な。そうだろ。嫁とは何かと言うことをもう一度ちゃんと考えてみなさい。な」 朝の六時に掛かってくるそんな電話を切ってから桜子は思うのである。三ヶ月間がんばるなんて無理。ゼッタイ無理。死んでも無理と。 (to be continued)小説を連載してからアクセスが増えたようです。好評なのか怖いもの見たさなのか何なのかよくは判りませんが、当ブログに訪れてくれる方が更に増えるよう書き続けますので今後もお付き合いのほどよろしくお願いします。ついでにブログランキングへも投票もしていただけると幸いです。下記の文字列をクリックしていただけると幸いです。人気blogランキングへ
2006.03.31
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二人帰り、一人たちあがり、まもなく男たちは皆帰ってしまった。片付けは明日に改めてやろうねと言い残し女たちまで帰った。かつてこれほどまでにしらけた宴は誰も知らなかった。残ったのは、帰るわけにはいかぬ宴会場の主と、その息子の源太だけだったのである。 一族の恥とまで罵倒された。女一人も教育できぬ馬鹿者未熟者と罵られた。嫁の好き勝手を許す大戯(おおたわ)けと誹謗され、両親それぞれから二時間あまり、都合五時間もの間ひたすらに説教を受け続けた源太が解放されたのは新聞販売店に朝刊が運び込まれる頃だった。 「石垣島を出ようよ。東京に帰ろうよ。ね、源太。そうしようよ」 家に戻ってきた源太に桜子はそう切り出した。それは提案というのではなく、これ以上はもう堪えられないので帰京以外に選択肢はないとも主張して頑なところをみせたのである。しかしここで嫁をお里に帰しては自分の両親や親族ばかりではなく桜子の両親や親族からも責め苦を受ける羽目になるではないかと源太もまた全力で桜子の翻意に努めるしかなかった。 夫は嫁をなだめすかし、又時折怒ったり笑ったり涙を流したりしながらありとあらゆる懐柔策を用い、そしてその甲斐あって嫁はあと三ヶ月、三ヶ月間だけ石垣島で頑張ってみるということにあいなったのである。もちろん、三ヶ月間頑張ってみても島に馴染めなければその時は問答無用で帰京するとの確約を夫はするしかなかったのだが。 夫と妻が未来を見つめて固い約束を交わしたのは既に新聞少年が朝刊の配達を終えている頃であり、夫は一睡もできぬまま憔悴しきった体をひきずるように職場へと向かったのである。 (to be continued)小説を連載してからアクセスが増えたようです。好評なのか怖いもの見たさなのか何なのかよくは判りませんが、当ブログに訪れてくれる方が更に増えるよう書き続けますので今後もお付き合いのほどよろしくお願いします。ついでにブログランキングへも投票もしていただけると幸いです。下記の文字列をクリックしていただけると幸いです。人気blogランキングへ
2006.03.30
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桜子が飛び出ていったあと入れ替わるように夫の源太が庭先から居間へと戻った。源太は島へと帰ってからというもの地元の友人らと携帯電話で長時間の与太話に興じるのが毎晩の日課であり、この夜も宴席などそっちのけで一時間近くもこんな具合にやっていたのである。「隣のクラスにいたラチュー覚えてるだろ。え?ラチュー覚えてないば?高校の入学式でウンコもらしたラチューだぞ。そう。そうそう。わかるだろ。そのラチューさ。あれよ、入学式でウンコもらしたくせによ、さっき見掛けたらナイチャーの女を連れて歩いてたさ。ウンコもらした奴には身分不相応なイイ女だったさ。まじにイイ女。まじだって。ホントだって。知ってるか?ラチューの月給9万6千円だってよ。9万6千円でナイチャーの彼女なんか作るのは問題だろ。大問題だろ。あれは一回死なさんといかん。な。そうだろ。な」 とか何とかほとんど内容らしき内容のない空虚な話で一頻り(ひとしきり)盛り上がったのちに気を良くした源太は友人ら他二名に同じテーマで電話をかけ、それは携帯電話のバッテリーが切れるまで延々と続けられたのだ。 都合三名の友人と合計60分あまりにも及ぶユンタク(おしゃべり)をした後に戻った実家の居間の、そのあまりに硬直した空気は友人らとの楽しいお喋りですっかり弛緩しきっていた源太にさえ容易に感知できたのである。 ん?これは何かあったみたい…だね。何か、とんでもなくヤバイことがあった筈…だね。あれ?桜子がいない。え?もしかして桜子?桜子が何かやったわけ…うそ… 居間や台所にいる家族親族らが自分へと向けた視線には明らかに批難の色が混じっていたし、それに気づいた源太も又、すぐに硬直する。新妻桜子が一体なにをしでかしたのか。誰かに教えてほしかったが、誰も口を開こうとはしない。そこにいる者たちは皆一様に硬い表情で佇むばかりだったのである。 (to be continued)小説を連載してからアクセスが増えたようです。好評なのか怖いもの見たさなのか何なのかよくは判りませんが、当ブログに訪れてくれる方が更に増えるよう書き続けますので今後もお付き合いのほどよろしくお願いします。ついでにブログランキングへも投票もしていただけると幸いです。下記の文字列をクリックしていただけると幸いです。人気blogランキングへ
2006.03.29
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「桜子さんも島に嫁に来たからには、島の味をちゃんと覚えんとな。なんだったらワシが手取り足取り教えてもいいぞ。なんてな。ワハハハハ。ウヒャヒャヒャヒャヒャヒャ」「ホントにそうだよ桜子さん。内地の味も結構だけど、これからは考えを改めないと。な。頭を切り替えて、気持ちも切り替えて、郷に入れば郷に従って、な、桜子さんも島の嫁として頑張らんと。僕らもみんなで応援してるから。な。ガハハハハハハ。がんばれがんばれ桜子、がんばれがんばれ桜子。バチバチバチバチ」 アホか、おまえら。 桜子は心の中でそう毒づいた。味付けが気に入らないと言うこの料理は私が作ったんじゃありません。残念ですがお母さんが作ったんです。何が島の味だって。ろくに味もわからないくらいタバコばっか吸っといて、どこが島の味だって。手取り足取りだと?親戚の嫁に下ネタ振るんじゃないよ。誰が島に嫁に来たって。源太に嫁いだら島に来ることになっただけで、島へ嫁に来たわけじゃないんです。そこんとこ誤解しないように。応援もありがた迷惑です。以上。 なんてことを胸のうちで反芻しているところに「ベランダの戸を開けてごらん」と義父の追い討ちがかかったもんだから桜子のなかで三ヶ月間鬱積し続けてきた可燃性の廃棄物に遂に火がついたのである。 ベランダの戸は御自分でお開けになったら如何でしょうか。お父様のすぐ後ろにベランダがございませんか。私にはそう見えるのですが。それとも私の目にベランダと映っているものは実は別のもので、私は幻覚でも見ているのでしょうか。そうなのでしょうか。 などと慇懃無礼に切り出した桜子はそこから先は、もう誰に二の句も継げさせないほどの剣幕となったのである。 三ヶ月間黙って聞いてりゃ好き勝手言いやがって我慢にもほどがある。私は奴隷でも女中でも介護士なければましてやホステスでもない。なんでドアの開け閉めまで命令されなくちゃならないのか。ふざけろ。馬鹿にすんな。ベランダの前に座ってる奴がベランダ開けりゃいいだろ。女だと思ってなめてんのかよ。石垣島になんかもう住みたくない。最初から私は嫌だったんだ。なんでアンタたちは時代に逆行するのか。一体なにを守ろうとしているのか。プライドか。伝統か。なんだそりゃ。男は女より偉いと思ってんなら大間違いだからな。慣習とか伝統とかそんなもの糞喰らえだ。捨ててしまえ、そんなもの。私は東京で生まれ東京で育ったから島の慣習や伝統に縛られるなんてまっぴらごめんだ。もう二度と私に命令するな。誰の命令も私は聞かない。聞くつもりもない。私は明日東京に帰ります。さようなら。 隣近所はおろか町内二区画分ほどに響き渡ったであろう大声で取り乱すだけ取り乱した桜子は泣きながら実家を飛び出すと歩いて2分の家へと帰ってしまったのである。 (to be continued)小説を連載してからアクセスが増えたようです。好評なのか怖いもの見たさなのか何なのかよくは判りませんが、当ブログに訪れてくれる方が更に増えるよう書き続けますので今後もお付き合いのほどよろしくお願いします。ついでにブログランキングへも投票もしていただけると幸いです。下記の文字列をクリックしていただけると幸いです。人気blogランキングへ
2006.03.28
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そんな桜子がついにブチ切れる日が来た。源太と共に島へ来てから三ヶ月目のことだった。その日、実家で催されたとある宴席において源太の父が発した一言が引き金となり、桜子は暴走列車の如き勢いで嫁という名のレールを飛び出し、文化・習慣という名のプラットホームに激突し、様々な立場の人やモノが乗っている客車も貨車も引きちぎってそして『八重山の大家族』の看板を掲げた駅舎の一角をなぎ倒したあたりでやっと停車したのである。「この部屋、なんだか煙いよなあ。なあ、煙いよなあ。桜子さん、煙いだろ。そこのベランダの戸、あけてごらん」 この一言が桜子をこと切れさせたのである。 源太の父がそう言ったのは、居間に集まった男性十数名が一斉にふかす煙草のせいで部屋の空気が白濁していたからであり、桜子へ対する指示そのものに特に問題はない。煙った部屋の空気を入れ替えようではないかと言う提案であるからだ。勿論、ニュアンスとしては提案というよりは限りなく命令に近いものであったわけだが、桜子は命ぜられたから反発したのではなく、開けろと命ぜられたべランダの戸が、それを命じた父の背中越し30cmのところにある戸だったからだ。つまり父は少しだけ、ほんの少しだけ後ろに振り返れば手や背を伸ばすまでもなく容易にべランダの戸を開けられたのであり、一方そう命ぜられた桜子はベランダからは随分と離れた台所周辺で酒の肴を用意させられている最中だった。 更に言えば、用意していた酒の肴もそもそもは源太の父が味付けを気に入らないと不満をもらすから桜子が醤油や胡麻油なんぞで追加調味していたのだし、その際に周囲の男どもが言い放った諭し調の言説も桜子を少なからず刺激したのである。 (to be continued)小説を連載してからアクセスが増えたようです。好評なのか怖いもの見たさなのか何なのかよくは判りませんが、当ブログに訪れてくれる方が更に増えるよう書き続けますので今後もお付き合いのほどよろしくお願いします。ついでにブログランキングへも投票もしていただけると幸いです。下記の文字列をクリックしていただけると幸いです。人気blogランキングへ
2006.03.27
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疎ましく喧しく何がなんだかよくわからない。桜子は初めての八重山の夜をそんなふうに感じたのであるが、しばらく後になって彼女はそんな歓迎の宴が幸せな時間だったことを知る。つまり、以後折々の場面で執り行われる各種宴席において桜子はもはや主賓ではなく、あくまでも祝う側として席につかねばならなかったのだ。いや、より正確に言うなら桜子はそれらの宴会中に席に着くことなど許されない。ひたすらに食材や備品の買出し、料理、配膳、給仕、片付け等々に追われる羽目となったのだ。 東京での桜子は、男性社会の牙城を崩すべくキャリアウーマンとしての一翼を担っていたから間違っても各種宴席において男性社員にお酌なんてしなかったし、そしてそれは相手が同僚であろうと先輩であろうと上司であろうと経営者であろうと、何人(なんぴと)に対しても彼女は自立した女性であり続けたのである。 それがどうだ。此処八重山では家や親族関係の行事であろうとも職場の酒席であろうとも桜子をはじめとしてそこに居合わす全ての参加女性は配膳及び給仕係で在らねばならなかった。男性陣の求めに応じて泡盛の水割りをつくり、笑顔でお酌をさせられ、料理を運び、取り皿や箸や灰皿まで交換し、まるで何処かのスナックのホステス並みだ。そして最後は、男どもが散々飲み散らかし、食い散らかしていった宴の残骸を片付け終えるまで撤収することも許されないのである。まさに屈辱的である。侮辱的でさえある。前近代的と言い換えてもいい。男女平等の崇高なる理念を根底から覆す暴挙だ。時代に逆行する悪しき習慣だ。とにかく桜子には宴会に纏わる全てのことが信じられなかった。 (to be continued)小説を連載してからアクセスが増えたようです。好評なのか怖いもの見たさなのか何なのかよくは判りませんが、当ブログに訪れてくれる方が更に増えるよう書き続けますので今後もお付き合いのほどよろしくお願いします。ついでにブログランキングへも投票もしていただけると幸いです。下記の文字列をクリックしていただけると幸いです。人気blogランキングへ
2006.03.26
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島へ着いたその夜、極近しい身内だけが実家に集まった。勿論、二人の歓迎の宴を催すためであり、近しい身内だけの筈なのに会場となった実家の居間には老若男女三十名以上が集合するから桜子は驚愕した。源太の両親、兄夫婦と三名の子供、妹と妹の子供が二名、ちなみに妹は離婚したばかりだ。それに弟と弟の彼女。ちなみに弟は来月結婚予定であり、そういう理由からかそれとも他に理由があるのか桜子には不明であるが何故か弟の彼女のお母さんという人まで来ていたし、更には兄弟同然という従兄弟が三名。うち二人は結婚していてそれぞれ妻子を引きつれてのご来場だ。従兄弟がいるわけだから当然のこと伯父や伯母だって来ていた。八重山の古典舞踊の師範だという父方の祖母も宴の席にて師範としてのそのご健在ぶりを大いに御披露せしめてくれ、祖父は既に故人であったが、隣に住んでいるという祖父の弟と弟の子供、つまり源太の父の従兄弟までいて桜子にはもうほとんど何が何だか誰が誰だかも到底覚えきれる筈がなく、子供の泣き叫ぶ声と馬鹿笑い、時折の怒声、しきりに咳き込む者、説教と反論と叱咤激励、自己紹介に親族紹介、つきっぱなしのテレビではバラエティ番組、かと思うと三味線、ダメ押しで聞かされる事になったのは従兄弟がギターを担当しているという地元ロックバンドの演奏だった。彼らのバンドは再来月に沖縄本島で開催される音楽祭への主演が決まっているらしく、プロデビューをも視野に入れているのだと教えてくれたのは本人ではなくその母親だった。音楽にさして興味のない桜子には演奏の印象は殆ど残らなかったが、母親のその大そうないれ込みぶりばかりがその夜の宴会を象徴するものとして深く深く脳裏に刻み付けられた。 その夜まで三十年と七ヶ月を生きてきた桜子にとって人生で最も疲れた宴会として記憶されることになったのは言うまでもない。 (to be continued)小説を連載してからアクセスが増えたようです。好評なのか怖いもの見たさなのか何なのかよくは判りませんが、当ブログに訪れてくれる方が更に増えるよう書き続けますので今後もお付き合いのほどよろしくお願いします。ついでにブログランキングへも投票もしていただけると幸いです。下記の文字列をクリックしていただけると幸いです。人気blogランキングへ
2006.03.25
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空港で待っていた夫の両親はとても元気そうだった。特に母親のほうは肌の色艶も良くて、どのあたりに入院の必要があるのか桜子には全然わからなかったのである。だから、つい「お母さん、ご病気の体なのにわざわざ出迎えに来て頂いて申しわけありません。絶対に、ご無理はなさらないで下さいね。私たちはお母さんのお体のことが心配で心配で、それで石垣島に帰って来たんですから」などと嫌味まじりに言ってしまったのであるが、息子の帰島に感極まる母は嫁の言葉など聞いちゃいなかった。 二人が住む新居は源太の実家から歩いて二分のところにある新築アパートだ。間取りや広さに特に問題はないのだが、実家に近すぎるのが桜子は気に入らない。石垣島の市街地など端から端まで4~5kmってところであるから桜子にとって何処に住もうと実家の近所であることに違いはないのだが、歩いて二分はあまりに近すぎた。窓から手を振れば見える距離である。 だから周囲にたいして高い建物もない住宅街のことであるから、アパートの三階にある新居のリビングルームからは実家が丸見えだった。と言うことはつまり、実家のほうからも新居が丸見えということに他ならず、源太の従兄弟に任せたという今回の新居選定において母親の介入があったことはこの事実を以ってして明白であり、桜子はそこに悪意すら感じ取ったのである。 はめられたかも… そう呟いて、桜子は三度(みたび)うなだれた。 (to be continued)小説を連載してからアクセスが増えたようです。好評なのか怖いもの見たさなのか何なのかよくは判りませんが、当ブログに訪れてくれる方が更に増えるよう書き続けますので今後もお付き合いのほどよろしくお願いします。ついでにブログランキングへも投票もしていただけると幸いです。下記の文字列をクリックしていただけると幸いです。人気blogランキングへ
2006.03.23
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東京で出逢い東京で結婚したのだからずっと東京で暮らすものとばかり思っていた。それなのに、嗚呼それなのに。 最近の風潮なのか、都会の象徴である東京を悪くいうのに田舎者は得意顔したり顔だが、東京に生まれ東京に育った桜子にとってそこに論うべき違和感などある筈もなく、結婚して三ヶ月足らずのうちに「石垣島で暮らそうか」なんて言い出した夫に桜子は憤った。反則だし卑怯だし、詐欺同然じゃないだろうか。そうだ、私は騙されたのだ。いや、実を言えば結婚が目前と迫った頃から「母親の体調がすぐれないんだ」とか「検査の結果が悪かったようなんだ」とか「入院の必要があるかも知れないって電話で言ってたよ…。どうしたらいいのかなぁ」なんて源太が独り言のように言い始めたあたりで、近い将来こういう日が来るのかも知れないと諦めにも似たものを覚えたりして、それが悪かったのかも知れない。夫を責める一方で桜子はそう自分を責めたのである。 人は誰しも思い描いた自分になるもの。 それが学生時代より桜子の人生哲学であり、諦めた時点でつまりは石垣島で夫・源太の親の面倒をみている自分を思い描いてしまったらしく、桜子はそんな我が身の不覚にうなだれつつ着陸間際の飛行機の窓から生まれて初めて石垣島を垣間見る。畑ばかりだった。そして桜子は又うなだれた。 (to be continued)小説を連載してからアクセスが増えたようです。好評なのか怖いもの見たさなのか何なのかよくは判りませんが、当ブログに訪れてくれる方が更に増えるよう書き続けますので今後もお付き合いのほどよろしくお願いします。ついでにブログランキングへも投票もしていただけると幸いです。下記の文字列をクリックしていただけると幸いです。人気blogランキングへ
2006.03.22
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ちょっと怖い話である。島ではしばしば自殺があるが、公的に重要なポストにでもない限りはほとんどの場合それが各種ローカルメディアに記事として載ることはなく、基本的には人知れず死んでいくこととなるわけであるが、島は口コミ社会ゆえ2~3週間もすれば大抵の方は自殺に纏わるあれこれは了解済みとなる。了解とは、つまりその人が自殺した理由とか、死ぬ前にどういうひどい目に遭ったのかとか、ひどい事をした悪い奴とは誰なのかとか、そういうことを皆が知っているのである。 でも皆「何も知らないよ」との素振りが基本形であるから島外の方々がその自殺に纏わるあれこれを知る機会はほとんどなく、例えば観光客に人気の、とある店舗において自殺事件があっても観光客はそれと気付かず、自殺現場の真横のテーブルなんかで泡盛酌み交わしゴーヤチャンプル食って喜んでいるわけである。 勿論、地元の方々は誰もその店にいかない。自殺に至る経緯が随分とひどいものだったからであり、繁盛店において経営者に対して死をもって抗議しなければならなかった者への憐れみと同情、そして穢れをとても忌み嫌う島の人の気質ゆえなのであろう。 酒を飲ます店で、繁盛もしているのに、それなのに何故かそこに島の方々の姿がなかったら…観光客の方々も、島ナイチャーの方々も注意して下さいね。ちょっと怖い話でした。小説を連載してからアクセスが増えたようです。好評なのか怖いもの見たさなのか何なのかよくは判りませんが、当ブログに訪れてくれる方が更に増えるよう書き続けますので今後もお付き合いのほどよろしくお願いします。ついでにブログランキングへも投票もしていただけると幸いです。下記の文字列をクリックしていただけると幸いです。人気blogランキングへ
2006.03.21
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以前アップした『便所の神様』の中で、インドを旅行中に俺の前方を歩いていた爺様が唐突に大便をしてくれちゃった事をネタにしたが、過日、島の女性たちとユンタク(お喋り)をしている際に大便ネタが出たので俺は軽い笑いを誘うべくインドの爺様の話を振ってみたわけであるが、彼女らの一人から意外なリアクションが返ってきたのである。曰(イワ)く。「え~、石垣島にもいるんだよ、道で大きいほうやってる人。ブリブリってやってるの見ちゃって、もうビックリしたんだから。え、ウソでしょ。って感じで、ホント驚いちゃった」 ちなみにそのリアクションを返してくれたのは俺より若干年上の方だったので、俺はこう尋ね返した。「それってずいぶん以前のことでしょ。もちろん最近の話じゃないよね」「え~、最近も最近。去年の話だよ」「うそ?!去年なの。去年って2005年だよね。そうだよね。で、でも、大きいのやってたのはやっぱり爺さんでしょ」「え~、若い人だったよ。ね、やってる事がやってる事だからそんなにじっくり顔見たりは出来なかったけど、多分、三十代とかじゃないかなぁ」「うそ。三十代…なの。あ、そう。でも夜だったんだよね、それって」「ううん。お昼もお昼。天気のいい明るい日だったわね。だからもう丸見えって感じでね」「昼なんだ…あ、そう。でも何処かの農道のすみあたりで目立たないようにやってたんだよね。違うの?え、街中で。え、歩道の真ん中で。ワオ!インドの爺様も昼間の街中だったけど、所詮は爺様だったからな。若いぶん、石垣島のほうが凄いかも」 何が凄いかよくわからないが、とにかく石垣島の勝ちである。俺はその時そう思った。小説を連載してからアクセスが増えたようです。好評なのか怖いもの見たさなのか何なのかよくは判りませんが、当ブログに訪れてくれる方が更に増えるよう書き続けますので今後もお付き合いのほどよろしくお願いします。ついでにブログランキングへも投票もしていただけると幸いです。下記の文字列をクリックしていただけると幸いです。人気blogランキングへ
2006.03.20
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移住ブームとあいまってか昨今の石垣島はカフェブームである。新築やら改装やら色々とパターンはあるのだが、はっきり言って何処の店も入ってみる気が起きてこない大同小異の店構えであり、これでもかっ、と言うぐらいに似た雰囲気の店ばかりが建ち並ばれると興ざめの観すら漂い始めるのである。 ちょっと欧米調。白い壁。ちょっとレンガ。白いサンゴ。ちょっとウッディ。窓からはエメラルドブルーの海。ロケーション最高。でも本人もしくは友人あたりがパソコンで作ったメニューのレイアウトはちょっと下手くそ、みたいな感じで大抵の店が統一されているのである。で、少々躊躇われるものを感じるのであるがはっきり言えばそれらの店の料理は押しなべておいしくない。一見おいしそうに盛り付けられてはいるが食べてみるとやっぱり美味しくない。カフェっちゅうくらいで、供しているのは所詮軽食であるから特別なものは求めていないし、どこぞの五つ星レストランみたいな味やサービスなんて初めから期待していないし、形から入るのもありだとは思うが、形だけで終始してもらっては困るのである。それで終わっても許されるのは一般家庭の料理であり、お客様からお金をもらった上で供す料理であれば不味ければ不味いなりの批判も甘んじて受けなければならないだろう。 店構えも、調度品も、供し方も、何もかも格好が良いし、それ相応のお金も掛けているのは誰が見ても明らかなのであるが、最重要ポイントとも言える肝心のお味のほうが都心駅前ビルの地下にある喫茶店なみでは全部ぶち壊しである。 でも、観光客はそういう店にこぞって入るからそれらの店はそう容易くつぶれたりはしない。観光客の多くは一回きりのお客様であり、料理がうまくてもまずくてもどうせ一度なのだから外見や体裁さえきちんとしておけばOKなのだろう。 実際のところ、外見さえお洒落にしておけば不味い料理もおいしく思えてしまう方々は俺の周りにも結構いるし、普段はそうでなくても南の島に観光旅行に来た時点から雰囲気に流されやすくなったり暗示にかかりやすくなったりするものなのかも知れない。でもやっぱり、料理を供す側は日々精進して下さい。よろしくお願いします。小説を連載してからアクセスが増えたようです。好評なのか怖いもの見たさなのか何なのかよくは判りませんが、当ブログに訪れてくれる方が更に増えるよう書き続けますので今後もお付き合いのほどよろしくお願いします。ついでにブログランキングへも投票もしていただけると幸いです。下記の文字列をクリックしていただけると幸いです。人気blogランキングへ
2006.03.19
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今回は短編というよりは中編になってしまいました。ホントはあれもこれも書きたいのに、出来る限り短めにまとめたいのに、そう心掛けたのにやっぱり結構長いです。と言うのも亜紀子さんのモデルは単独ではなく、複数の物件を分解し再構成したのでエピソードやパーソナリティの書き込みがいくらでも可能だからで、と言うか書き込みやすかったからです。でもそこをぐっと堪えつつ、シンプルな話の流れを維持しつつ、八重山ネガティブ・フルーツをたわわに実らせようと努力してみました、と言ったところでしょうか。 なぜネガティブ・フルーツかと言えば、この小説を書いた目的が、本土の方々の八重山方面への移住阻止にあるからです。こちら来るとこんなに変なことばかり起きるんですよ。ヤバイところですよ。もうホント大変なんっスから、毎日。みたいな印象を植え付けることで一人でも多くの移住希望者の方が御当地への移住に及び腰になってくれたなら本望です。でも実際のところはどうでしょう。現実の一郎や一郎の母にはもっと救いがあるだろうし、亜紀子を支えてくれたり慰めてくれる人たちだっているでしょう。でも特異性を際立たせるために敢えてそこらへんは割愛したのです。 でもこれに近い話が一杯あるのも又事実かな。小説を連載してからアクセスが増えたようです。好評なのか怖いもの見たさなのか何なのかよくは判りませんが、当ブログに訪れてくれる方が更に増えるよう書き続けますので今後もお付き合いのほどよろしくお願いします。ついでにブログランキングへも投票もしていただけると幸いです。下記の文字列をクリックしていただけると幸いです。人気blogランキングへ
2006.03.18
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一郎が唐突な復縁を持ち出したのは言うまでもなく新しい彼女に捨てられたからであり、本土出身の若い彼女にとって不倫相手の妻が妊娠・出産の最中であり、ましてや不倫相手の母親の非常識な言動を知るに至ってはお付き合いの継続は困難と言わざるを得ず、ましてや結婚など論外であるから一郎に愛想を尽かすのは必然と言えばあまりに必然だった。そう。亜紀子との離婚が決定的となった時点で一郎はそれまで濁していたそれらの状況を彼女に明かしてしまったのであり、愚かと呼ぶにもあまりに幼稚であり、彼女からの愛想尽かしの言葉にうろたえ慌てふためく一郎の姿を想像して亜紀子は一人苦笑する。 自分はそのように情けない男に恋をし、恋だけならまだしも周囲の勢いにのせられて結婚妊娠出産、そして僅か一年で離婚までしてしまった。自分も又情けない女なのだろうか。きっとそうなのだろうと亜紀子は思った。一郎と出逢った時から出鱈目の渦は回り始め、次々と出鱈目に色々な事が起こり、あやうくもその渦を回し続けようとしていた自分がいた。でも今や亜紀子は冷静の極みに立っている。眼下で回り続ける渦の中に誰かが亜紀子を突き落とそうとしても彼女はもう二度と容易く落ちたりはしない。いまや彼女の両手には絶対に落とせないものが抱えられているからだ。 次の日の昼の便で亜紀子と息子は本土へと帰って行ったが、石垣空港に一郎は現れなかった。離婚だ結婚だと騒ぎ立てた挙句にどちらからも捨てられた男にやさしげな言葉をかけてくれる女性はもはや母親だけである。仕事もテニスサークルもやめてしまった男は元妻と息子が島から出て行くのに空港へ見送りにも行かず、実家にある自室に篭り、暇にあかせてひたすらに手紙などしたため続けていた。勿論、元妻へ復縁を迫る手紙を、である。 島嫁の憂鬱~亜紀子の場合【了】小説を連載してからアクセスが増えたようです。好評なのか怖いもの見たさなのか何なのかよくは判りませんが、当ブログに訪れてくれる方が更に増えるよう書き続けますので今後もお付き合いのほどよろしくお願いします。ついでにブログランキングへも投票もしていただけると幸いです。下記の文字列をクリックしていただけると幸いです。人気blogランキングへ
2006.03.17
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いざ行動に移してみると離婚にまつわるもろもろの手配にそう多くの時間は掛からなかった。最初にやった手配は、以前に一郎の母親から無理矢理に渡されていた離婚届に判を押すことだった。勿論その書類には一郎の判が押されていた。その紙に自分の判子も押せば終わりだなんてなんと簡単な手続きなのだろう。学生時代の彼氏と別れる時のほうが余程面倒な思いをした気がする。亜紀子はそう思ったし、そういう直接的な手続きの他にも自分の両親への正式な報告や友達やお世話になった方々への挨拶、引越しの段取りなど少々面倒な思いはしなければならないが結婚にまつわるもろもろの手配の煩雑さに比べればどれもこれもいかほどの事でもない。だからみんな簡単に離婚するのだ。亜紀子はそうも思った。 あらかた片付けた亜紀子は十日あまりをかけて八重山の幾つかの離島へと足をのばした。生後三ヶ月の子供連れであるからハードな日程やディープな行程とはなり得ないが、亜紀子は初めて八重山の自然や文化を楽しんでいる実感と手ごたえを感じて、やっぱり離婚は正解だったとの確信を得た。これから息子と二人、母子家庭となろうとも頑張ってやっていける筈だ。幸せにだってなれる筈だと自信を深めた離島巡りとなったのである。 八重山を堪能してから亜紀子は一郎の家へと出向いた。申し立てられていた離婚の承諾と、養育費の交渉をしなければならなかったからだが、一郎も一郎の母親も何やら様子がおかしく、離婚の話はなかったことに、などと言い出すから亜紀子は面食らうのだった。 やり直せるよ。うん。やり直せるだろ、俺たち。浮気に走ったりしたけど水に流してくれるだろ。うん。俺が馬鹿だったよ。うん。うん。ホント馬鹿だよ、俺は。うん。馬鹿馬鹿。心配かけて悪かったな。うん。悪かった。今まで心配かけた分も取り返すくらい亜紀子を幸せにするさ。うん。うん。あっ、そうそう。あの女とはちゃんと別れたし。もう何も心配することはないから。もう大丈夫さ。何も心配はいらないから。うん。うん。ほんとに。うん。 一郎がそんなふうに後悔の念を表明し、懐柔しようとした亜紀子は既にデブではなかった。妊娠中、亜紀子は僅か三ヶ月で無残なほどに太ったが、痩せるのも又僅かに三ヶ月だったのである。しかし痩身の亜紀子には、百年も前から心が離れていたかのように一郎の言葉は何ひとつ届かなかった。白々しい。ただそうとしか思わなかった。 離婚届は既に役所に受理されていることと、養育費の一切は貰うつもりがないほどに呆れ返っていることを告げ、亜紀子は一郎の実家をあとにした。一郎の母親には特に丁寧な挨拶などしつつである。 (to be continued)小説を連載してからアクセスが増えたようです。好評なのか怖いもの見たさなのか何なのかよくは判りませんが、当ブログに訪れてくれる方が更に増えるよう書き続けますので今後もお付き合いのほどよろしくお願いします。ついでにブログランキングへも投票もしていただけると幸いです。下記の文字列をクリックしていただけると幸いです。人気blogランキングへ
2006.03.16
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だが亜紀子の状況はそう甘くはない。次の結婚まで考えていると夫から聞かされた翌日には、今度は姑が次なる攻め手を繰り出してきたのである。曰く。息子と離婚したあと母子家庭とさせるには忍びない。亜紀子さん、あなたはまだ若く、今後のこともあるだろうから生まれてきた男の子は私どもが引き取るので、どうぞ子供はおいて行ってくださいな。そうしないさい。ね、悪いこと言わないから子供は渡しなさいよ。ね、それがアンタの為だよと。 あまりに人を食った提案に亜紀子は怒りを飛び越え思わずして馬鹿笑いする。イヒヒヒヒヒヒ。アハハハハハ。何をバカな事を言ってるんですか、お母さん。離婚は絶対しませんって何度も言ってるし、もし仮に離婚したところで何でお母さんに子供を引き取ってもらわなきゃならないんですか。ウヒャヒャヒャヒャヒャ。それって可笑しくないですか。オホホホホホホ。絶対可笑しいですよ。だって、この子は私が産んだ子なんですよ。そうでしょ。もしかして、それって私から子供を奪い取ろうって魂胆なんですか。ウハハハハハハ。そんなこと絶対、絶対、絶対させませんから。はい。出産後九日目に離婚してくれで次は離婚して子供も手放せとはあまりにも人を馬鹿にしすぎではないでしょうか。私はあなたたちの下僕ですか?奴隷ですか?出産マシーンですか?断じて言っておきますが違いますから。もう少し考えてからモノを言ってくださいね、おかあさん。 それからも亜紀子は抗い続けた。おさな子の如き夫の身勝手さに抗い、姑の不遜極まりない主張に抗い、そのような連中に関わらねばならない我が運命に抗った。ここで離婚したら両親にも友達にも会わせる顔がないではないか。みんな石垣島までわざわざ結婚式に来てくれて、涙を流して祝福してくれたのだ。両親への花束贈呈の際には、一郎と二人で幸せになります!とか言っちゃったのに生後まもない子供を連れて実家へと戻れる筈がない。それよりも何よりも生まれてきたこの子はどうすればいいのか。私一人じゃ育てられない。生まれて九日で母子家庭なんて可哀想すぎる。 そうして抗い続けたある日のことである。生後三ヶ月を迎えた我が子はその日、朝からとても機嫌がよかった。首もすっかり据わったようで頭を左右に振っては見るものすべてが面白いとでも言いたげに笑い転げているのだ。 それを見ているうち、亜紀子には決心がついた。まったく突然の決心だったが揺らぎはなかった。 別れよう。そう決めた亜紀子の行動は迅速だった。 (to be continued)小説を連載してからアクセスが増えたようです。好評なのか怖いもの見たさなのか何なのかよくは判りませんが、当ブログに訪れてくれる方が更に増えるよう書き続けますので今後もお付き合いのほどよろしくお願いします。ついでにブログランキングへも投票もしていただけると幸いです。下記の文字列をクリックしていただけると幸いです。人気blogランキングへ
2006.03.15
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女だった。やっぱり女だったのだ。 一郎が一方的に離婚を申し立てたその理由である。半ば予期はしていたものの、一郎と出会ってまだ一年、出産後九日目にして告げられた離婚の理由が新しい女とは24歳の新妻・亜紀子にしてすっかり呆れ果てるしかなかった。 女は一郎が週に二度通っているテニスサークルに半年前に新規入会したメンバーだった。亜紀子同様本土出身者であり、年齢は亜紀子より若く、まだ二十歳。亜紀子が妊娠五ヶ月のころ、軽い浮気のつもりで、そう、言わばセックスフレンドのような関係だった筈なのだが逢瀬を重ねるうちいつの間にか本気で惚れてしまった。きみと離婚としたら直ちに結婚するつもりだ。俺は真剣に考えてそうすることに決めたんだと夫は真顔で語ってくれたから亜紀子の全身には怒りからくる震えが走ったし、そのようなふざけた説明を聞かされて、亜紀子の胸のうちには一つの疑念が沸き起こった。 こやつ、もしや世間で言うところのナイチャー食いなのではないのか。 という疑念である。無論、世間と言ってもあまり広い範囲の世間ではなく、石垣島界隈の、それも比較的若い世代を指すところの世間である。 ナイチャー食い。言い換えればナイチャーマニアである。本土出身者の女性に対して特に強い興味を示し、意識的に作為的に本土の女性ばかりを狙う島の男性が存在することは以前に誰からか聞いていたのだが、まさか自分の夫がその手の男だとは思ってもみなかったし、思いたくもなかった。ましてや自分は本土からわざわざ嫁いできて、夫が望むまま妊娠出産までしたのに一年足らずで次の女を物色していたとは許せない。中学生や高校生の恋愛ごっことは訳が違うのだ。あっという間に結婚したが、あっという間に離婚なんて断じて認めない。だいたい生まれてきた子供はどうするのだ。結婚離婚また結婚だと。ふざけるな。徹底抗戦だ。それしかない。夫から離婚申し立ての理由を聞かされた亜紀子はそのように心に堅く誓ったのである。 (to be continued)最近、転職しました。カオスの極みみたいな職場からの脱却を図り、ついに安寧の日々を取り戻すことが出来そうです。わかんないけど。なんにせよ執筆がんばりますので今後ともお付き合いのほどよろしくお願いします。ついでにブログランキングの投票もよろしくお願いします。下記の文字列をクリックしていただけると幸いです。人気blogランキングへ
2006.03.14
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一郎の唐突なる離婚話を以って不運と呼ぶにはひどく無理があるし、息子を溺愛すればこそ口をついて出てしまった母の言いわけでしかないわけだが、古来より島では男どもの不条理で、不愉快で、恥知らずと言っても過言ではないこの手の横暴かつ身勝手な振舞いに堪え忍ばねば島の女は生きていけなかったのであり、祖母も母親もそうしてきたように自分も又そうして女の道を歩んできた一郎の母親は、嫁の亜紀子にもそれは甘受するより他に術なきものと勧告したのであるが、内地から嫁いできた亜紀子はそれを拒絶したのである。 本土の暮らしの中でも男女同権や男女平等なんぞまだまだ不安定で、雑な解釈がまかり通る幼稚なスローガンに過ぎないが、なんであれ建前としては一人前の顔をしているし、そうすることを許されてもいる。だから亜紀子にとって男の身勝手な振舞いは断じて受け入れてはならぬものであり、抗うべき世の不条理であり、争うべき権利闘争なのだ。 初日は母親の攻勢に押される形で一時撤退を余儀なくされたが、亜紀子は乳飲み子を伴って連日一郎の実家へと赴き、離婚拒否の姿勢を貫き通すべく奮闘する。だが敵の守りも相当に堅く、母親は相変わらずの鉄面皮だったし、夫の一郎も仕事を理由に不在が続いた。 そうして心身共にキツイ日々を送るうちに亜紀子の肉体には一つの変化が起きていた。南部アメリカあたりのビッグママの如きパンッと張り詰めた肥満体型が今や崩れだし、着実に元のボディラインに近付いて行ったのである。それでも変化の速度は飽くまでもゆっくりであるから他人の目にその変貌が変貌として映るまでにはもうしばしの時が必要であり、そんな変身半ばにして遂に一郎の口から離婚の理由が語られる日がやってきた。出産から45日目、離婚を一方的に告げられてから36日目のことだった。 (to be continued)最近、転職しました。カオスの極みみたいな職場からの脱却を図り、ついに安寧の日々を取り戻すことが出来そうです。わかんないけど。なんにせよ執筆がんばりますので今後ともお付き合いのほどよろしくお願いします。ついでにブログランキングの投票もよろしくお願いします。下記の文字列をクリックしていただけると幸いです。人気blogランキングへ
2006.03.13
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九ヵ月間の後に亜紀子は妊娠中毒症の危機をも乗り越え無事に男の子を産み、出産から九日間の後にデブ嫌いの夫・一郎から理由も告げられずに突然の離婚話を切り出され、あまりに信じがたいタイミングで我が身にふりかかった災難のそのあまりの青天の霹靂ぶりに彼女は絶句し、男としてと言うよりもむしろ人間として最悪としか断じ得ない我が夫に対してコメントすべき言葉すら失い、島嫁亜紀子は不覚にも三日間ばかり寝込む羽目となったのである。 四日目に病床から這いあがった亜紀子は生後二週間にも満たない我が子を抱いて一郎の実家へと乗り込んだ。そこには一方的に離婚を告げた後に実家へと戻っていた夫と夫の両親とが三名でチームを組んで亜紀子が来るのを今か遅しと待ち受けていたのである。だから亜紀子が離婚の理由を夫に問いただしても、夫はひたすらに無言であり、ひたすらに無言を通そうとするの我が息子を擁護すべく両親は亜紀子を非難した。無論、息子一郎擁護の先鋒に立つのは母親である。 「うちの子が離婚の理由は言いたくないって言うんだ からそれ以上どうしようもないんじゃないのかい。ね、 亜紀子さん。だからもううちの子を責めないで頂戴。 理由なんか聞いたって聞かなくたって関係ないでしょ。 そりゃあ、亜紀子さんにとっては不運でしょうが、でも 離婚したいって一郎が言うんだからそれ以上どうしよ うもないわよね。違うかしら?」 亜紀子は思わず「違うっ!」と叫び、その声のあまりの大きさに抱かれていた赤ちゃんが驚いて泣き出す。それまで生きてきた24年間で覚えたことがないくらいの苛烈なまでの怒りが彼女の脳天から足先までを貫き通していたのである。然るに今や生ける般若の如き面構えとなった亜紀子がいくらあやそうとも、もはや赤ちゃんは泣き止まない。あやせばあやすほど赤ちゃんは泣き叫ぶのだ。そして、叫べば叫ぶほどに亜紀子の怒りは膨れ上がり、目の前に座る夫ら三名の姿は彼女の目にはもはや人ではなかった。 (to be continued)最近、転職しました。カオスの極みみたいな職場からの脱却を図り、ついに安寧の日々を取り戻すことが出来そうです。わかんないけど。なんにせよ執筆がんばりますので今後ともお付き合いのほどよろしくお願いします。ついでにブログランキングの投票もよろしくお願いします。下記の文字列をクリックしていただけると幸いです。人気blogランキングへ
2006.03.12
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類型的。もしくは紋切り調。またはステレオタイプ。なんでもいいのだが要はお約束的に過ぎており、予想に違わぬ至極つまらなく、想像力の喚起などあり得ないものやことを意味している。例えば、北海道と言えばジンギスカン・毛ガニ・松山千春の三点セットとか、インドならカレー、中国なら四千年の歴史ときたり、驚いたりショックを受けたりする度に手に持っているグラスを床に落として砕け散ったりするドラマのワンシーンなどがまさに類型的で紋切り調でステレオタイプなんであり、大抵は実情や実際と結構違っていたりする。考えてみればわかるが北海道の人がみんなジンギスカンや毛ガニや松山千春を支持しているわけではないし、インドにカレーしか食いものがないわけでもなく、ショックを受ける人が必ずその手にグラスを持っているというのもひどく不自然なことである。 しかしこれが沖縄だとちょっと事情が違う。沖縄を語る場合の類型は三味線・ゴーヤ・シーサー・エメラルドグリーンの海なんかだと思うが、実情や実際もそのままであり、類型も紋切りもステレオタイプも事実上成立しないのである。 つまり、沖縄の人は三味線弾いて唄ったり踊ったりするし、いつでもゴーヤーチャンプルを喰っているからだ。島の方々と居酒屋に行くと99%の割合で誰かしらがゴーヤーチャンプルを注文する。必ずや注文する。そして、この店のゴーヤーチャンプルはイマイチだとか「マル、マーサンドゥ(すげっえ、美味いじゃん)」などと寸評の交換をするんである。 で、先日のことなんであるが、石垣島某所でテレビ取材があり、その中のワンシーンで島の青年が三味線を弾きつつ一曲ご披露せしめるとそこに集った島のオバァたちが踊りだすという演出が施されていた。その番組はドキュメンタリーでもなんでもなく、カテゴリーとしてはエンターテイメントと言う括りになるようだから演出の一つや二つ別に問題はないのであるが、実際の話、三味線が聞こえるたびに踊ってしまう島のオバァもそういないだろう。でも演出であれ何であれテレビ局側の意図するところをくみ特に臆するわけでもなく、楽しげに、そしてさも普通のことのように一曲踊りきってしまう島のオバァたちを見ていて俺は感慨を深くしたのである。沖縄はやっぱり三味線にゴーヤーなんだなぁと。 ちなみに俺もそこでオバァたちと一緒に踊ったのだが、ちょっとばかり臆するものを自覚しつつ『嗚呼、やっぱり俺は松山千春寄りの人間なのかも知れない』とそれはそれで改めて感慨を深くしたのである。最近、転職しました。カオスの極みみたいな職場からの脱却を図り、ついに安寧の日々を取り戻すことが出来そうです。わかんないけど。なんにせよ執筆がんばりますので今後ともお付き合いのほどよろしくお願いします。ついでにブログランキングの投票もよろしくお願いします。下記の文字列をクリックしていただけると幸いです。人気blogランキングへ
2006.03.10
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そう。確かに辛く、苦しく、泣きたくなるような日々ではあったのだけれど、でもやる事はやっていたので亜紀子はほどなく妊娠した。二人の出逢いから半年後、結婚式から数えて四ヵ月目のことである。 若くて、初婚で、初産で、子供嫌いを自認している亜紀子の人生設計には元より妊娠も出産も育児もなく、然るべくしてそれらに対しての満足な知識も情報も持っているわけがなくて、亜紀子としては妊娠も出産も育児も出来るものならば未来永劫避けて通りたかったのであるが、一郎サイドがそんな甘っちょろい流れを許すわけがなかった。核家族化が進んだ社会に暮らしている現代的な方々は知らないかもしれないので注釈しておくが、妊娠出産育児が夫婦の責任において為される夫婦のための行為だと思ったら大間違いである。これはあくまで子孫繁栄のための行為であれば、そこに夫婦の両親、特に夫側の両親や親族が強い発言力と干渉力を有するは太古の昔よりの必然なのだ。ことに石垣島あたりじゃ核家族化がある程度進んだとは言え、親と子供と親族はそれぞれ目と鼻の先に住んでいるのだからその多大なる影響力と干渉度は核家族社会のそれではない。そして一郎は名前のとおり長男である。それも本家の長男であるからその嫁さんが妊娠したとなると一郎の両親も兄弟も親戚も、それに近所の爺さまや婆さまに至るまで放っておかないのが島の島たるゆえんだ。まだしも亜紀子が三男か四男の嫁ならば今少し干渉の度合いは多少なりとも減じたのだろうが、長男の嫁ともなれば話はそう気楽ではない。島の生活慣習においては長男偏重の傾向著しく、長男が長男を生むことこそが一族郎党の最大の関心事であればこそ亜紀子の人生初の妊娠は、人生の諸先輩方の助言とアドバイスと暇つぶしの格好の餌食…もとい、格好の的となったのである。「あれ食え」「これを食うべき」「それを飲みなさい」あたりから始まって、「あれしちゃいけない」「これしちゃ駄目だ」と来て、挙句には「あそこに行ってはダメだ。なぜって方向が悪いからさ」となって次第にアドバイスの多くが「御本尊様に手を合わせろ」だの「墓参りしろ」だの「ご先祖様にお祈りしろ」などのスピリチュアル色を強めていく場合も少なくない。そんなわけで核家族の象徴みたいな家庭で生まれ育った亜紀子は、様々に飛び交う指示中で激しくも戸惑うことになった。何故みんなで寄ってたかってあれこれと言うのか。妙な指示を出してくるのか。人をバカにしているのかと妊娠初期の不安定期とも相まって亜紀子の混乱は妊娠三ヶ月目にして頂点を迎え、産婦人科にとどまらず一度ならずも八重山病院・こころ科へも通ったし、あれ食えこれ食えの指示が功を奏したのか妊娠六ヶ月目を迎える頃には亜紀子の肥満はピークに達しようとしていた。妊娠六ヶ月目。担当の産婦人科医から妊娠中毒症の危険を強く諭されるほどに深刻な肥満が亜紀子の肉体を蝕んでいたのである。妊娠前の体型が華奢だっただけに外見のそのあまりの変貌ぶりに連想するのは周囲の誰もが同じだった。お相撲さん――関取衆である。それも小錦とか曙とか引退前の武蔵丸みたいなオーバーウェイトも甚だしい関取衆が引き合いに出されるくらいであれば、そうなると今度は新郎一郎の心と肉体が新妻亜紀子から離れるのではないかと誰もが心配をしたし、それは時間の問題に思えた。なぜならば一郎は自他共に認めるデブちゃん嫌いであるのだ。 (to be continued)
2006.03.09
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亜紀子はそれまで沖縄に住む人々のことを美しい珊瑚礁の海に囲まれた島々で暮らしている牧歌的カントリー・サイダーだと頑なに信じていたのである。だが、どうやらそういうことではないのだと結婚後の亜紀子は気付きかけていた。いや、実はとっくの昔に気付いているのだが、なかなかそれを容認および受容できないでいたと言ったほうが適切だった。しかしながら世の中の全ての問題は時間の問題でしかなくて、亜紀子にしてもそれを完全に受容容認するまでにそう多くの時は掛からなかったのである。島の暮らしには神事や行事、各種お祝い事などが次々と執り行われ、その度ごとに各家の御婦人がたは各種行事神事のための下働きに駆り出され、買物、各種連絡、清掃掃除、調理、給仕、お酌、宴会の後片付けなど、もうそれこそ溜息をつく間もないくらいのハードワークをこなさねばならないのであるが、本土都心部でマンション暮らしをする会社員宅の一人娘として生まれ育った亜紀子にはそれらすべての下働きが文字通り『身に覚えのない』苦労だったのである。料理と掃除こそ未経験ではないものの、数十人分の料理などホテルや居酒屋の宴会ぐらいでしか見たことがなかったし、マンションサイズの掃除しか知らぬ亜紀子にとって敷地が300坪もある旦那の実家は何処から掃除を始めればいいのかも判らなかったのである。斯くも多きハードワークの中でも亜紀子にとっての極めつけは『保育』だった。と言うのも各種行事は親戚縁戚中の幼子が一堂に会する機会でもあるのでそこはまさに保育園の如き様相を呈することとなり、行事の段取や調理の場ではさほどの戦力にもなり得ない亜紀子のような若い嫁にこそ保母さんの役割が回ってくるのである。ましてや亜紀子は子供嫌いを自認していただけに一軒の民家宅に集まる数十名の乳幼児の面倒をみるなんて悪夢以外のなにものでもなく、いたずらや悪ふざけを繰り返すクソガキを諌めた挙句に「うるせー、この糞ババア」とか悪態をつかれた日には24歳の新妻である亜紀子はブチ切れそうになること数知れず、嫁に入るまで堅く信じていた牧歌的暮らしとは対極の過剰なまでのストレスにさらされた辛く苦しく泣きたくなるような日常がそこにあったのである。 (to be continued)
2006.03.08
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結婚式の喧騒が過ぎ去ったとき亜紀子は胸のうちに釈然としないものがあることに気が付いたが多分それは結婚式の招待客が新郎側だけで二百人以上にもなり挨拶を交わすだけでもひどく慌しかったのと、普段ほとんど付き合いがなく縁戚も不明であるような遠い親戚まで集めた新郎側には如何なる思惑があったのかと少々訝しく感じたせいなのだ。そうだ。ただそれだけだ。別に釈然としないわけではない。ただ訝しく思っただけなのだ。そんなことはこれから始まる二人の薔薇色の新婚生活にはなんら関係ないのだ。そうだ。そうに違いない、などと亜紀子は自分を納得させることに成功したし、その成功は確かに二ヶ月ほどは続いたわけであるが、新婚生活三ヶ月目に突入したあたりで今度は違和感とも言うべきものが胸のうちに巣食っていることに気が付いて亜紀子は愕然となったのである。 結婚から三ヶ月目を迎えた穏やかな春の日、それまで仕事を終えるとまっすぐに家へと帰って来ていた一郎が電話の一本もよこさぬまま深夜となってもなかなか帰って来なかった。 亜紀子は最初、仕事で遅くなっているのだろうと思ったのだが、深夜零時を回り、午前一時を回ったあたりで仕事ではないことに遂に気付いて少なからず焦燥感に駆られたのである。駆られたついでに一郎の母親に電話を掛けて一郎より何か聞いてはいまいか尋ねようとも思ったがさすがに深夜の他人宅への電話は事が大きくなりすぎるかも知れないと寸でのところで思いとどまり、何かの事件になど巻き込まれてはいまいかと結婚したばかりの夫の安否を気遣いつつ祈るような面持ちで待ち続けたのである。 午前二時を回ったところで亜紀子はちょっと泣いた。そして午前三時。泥酔した夫が帰ってきたのである。亜紀子は安堵するより先にその泥酔の様子に少なからず驚いたのである。まるでテレビドラマに出てくる悪者の酔っ払いみたいに呂律も回らず、立ち上がることも出来ず、頭の狂った人みたいにわけのわからぬことを口走りながらズボンのベルトをはずして陰部のあたりをぼりぼりとかきむしる一郎の姿に動揺さえしたのだ。 それでも亜紀子は気を取り直し、玄関でそのまま寝ようとする一郎の肩を起こして問い正してもみたのであるが、勿論無駄だった。 翌朝なかなか起きてこない夫の様子に再び動揺を覚えるも昼前になってやっと目を覚ました夫のどんよりと曇った表情を見るに亜紀子は怒りさえ覚えて昨夜のあらましを問い詰めたのだった。しかし夫は悪びれるでもなく、島の男同士の付き合いに酒宴は欠かせぬものである。オマエも島の嫁となったからにはそのぐらいは察しが付かなくてどうすると逆に説教される始末であり、妻の話をはねのけるかのような高飛車で強引な態度一辺倒の夫の様子に新妻亜紀子は激怒したが怒りをぶつける先もなく、昼過ぎにのろのろと出勤していく夫の背中を無言で見送ったのである。 それでも亜紀子は自分の母に相談するのは思いとどまった。遠く離れた母に心配を掛けるのはよくないと思ったからである。それで亜紀子は一郎の母親に電話をした。昨夜このようなことがあったと報告し今朝の一郎の様子が少々心配であると訴えてみたのだ。 一郎の母は笑い飛ばすだけだった。そのような心配など心配に足るものではないと一笑に付されてしまったのである。亜紀子は愕然となったが、そんな亜紀子に味方する者は誰もなくて、一郎の父親も、一郎の兄弟も、兄弟の嫁も、そして一郎の親戚一族郎党のほとんどが亜紀子を諌めるべく画策するに及ぶことなり、亜紀子は遂に島に住む者たちと自分の価値観が異なっていることに気付いたのだった。 (to be continued)
2006.03.07
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亜紀子が恋をした石垣島の青年『東恩納一郎(ひがしおんないちろう)』はまだ若干二十五歳の青年ながら家督の農業を継ぎ、一家の大黒柱としての役割を担っていたし、更には東恩納家・本家の長男として嫁を娶る日が来るのを親族一同に七年も前から切望されていたのである。ちなみに七年前とは一郎が高校を卒業した年である。一家の大黒柱たる長男ともなると早期の結婚、早期の嫡男誕生を周囲より求められるのは石垣島に生まれ育ち、そして暮らして行こうと決めた者なら誰もが背負う定めであり、一郎もまた亜紀子と付き合ったその瞬間から彼女のことを嫁としか認識していなかったのである。何も知らず無邪気に恋愛を楽しむつもりでいたのは亜紀子だけだったのだ。亜紀子は、初めて一郎の両親と顔を会わせたその折に父親の口から発せられた言葉をもっと真剣に考えるべきだったのだ。「ほう。あなたが亜紀子さんね。こんにちは。本土の方なんだって。よろしくお願いしますよ。で、式は来月でいいんだろ。え?何って、この場合、式って言ったら始球式や表彰式じゃないだろ。やっぱり結婚式しかないでしょう。でも来月はさすがに早すぎか。今からじゃ式場を押さえられないなあ。うんうん。じゃ、再来月でいいね。全日空ホテルに私の同級生がいるから大丈夫。うん、私に任せておけば大丈夫だから。うんうん。大丈夫」 そんなことを言われても亜紀子は一郎の父親がふざけて言っているとしか思っていなかった。相手の親と初めて会ったその瞬間に結婚を決められるなんてそんな馬鹿げた話は聞いたことがなかったし、馬鹿げた話を隣で聞いていて母親のほうはこうも言っていたのだ。「お父さん、気が早すぎますよ。ねえ亜紀子さん。二人は一昨日に出逢ったばかりなんでしょう。最近の若い人は結婚なんてまだまだ考えないでしょう。ねえ亜紀子さん。結婚はもっと先の話よねえ。ねえ亜紀子さん。そうよねえ」 などと言って父親の気の早いのを諌めていたぐらいであるから、亜紀子は曖昧に笑って受け流してその場を済ませたのである。 しかし、それがいけなかった。曖昧に笑うだけで、結婚の二文字を否定しようしない亜紀子を見て一郎の母親は『この娘は簡単におとせる。うん。間違いない』と断定したのだった。 (to be continued)最近、転職しました。カオスの極みみたいな職場からの脱却を図り、ついに安寧の日々を取り戻すことが出来そうです。わかんないけど。なんにせよ執筆がんばりますので今後ともお付き合いのほどよろしくお願いします。ついでにブログランキングの投票もよろしくお願いします。下記の文字列をクリックしていただけると幸いです。人気blogランキングへ
2006.03.06
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亜紀子はただ恋をしたかった。旅先で出逢った素敵な青年との恋である。だから亜紀子には大いなる打算も用いなければ、小賢しげな芝居も無用だった。ただ、純粋に恋をしたかった。ただそれだけなのに…。 ただそれだけだった筈なのに旅先で恋に落ちた亜紀子はその三ヵ月後に結婚していた。一般的に言うところのできちゃった結婚ではない。ただ早く結婚しただけだ。いいや、より正確に言うなら早く結婚させられたと言うべきだろうか。 もしくは早くも結婚に追い込まれた。又は、結婚という選択肢しか与えられなかった、と言うことになるかも知れない。 結婚式のその日まで怒涛という名の濁流が亜紀子を飲み込み、逡巡とか困惑とか動揺などの迷いと言うカテゴリーに属する思索の一切を禁じられでもしたかのように亜紀子を取り囲むものの全てが結婚という名の海を目指して、海だけを目指して全速力で突き進んだのである。然るべくエンジンは幾度も焼け付きかけたが、その度に回転数を落としたり、速度を下げたり、はたまた乗員を振り落として重量負荷を軽くしたりしながら故障を回避し続けたのである。ちなみに振り落とされた乗員というのは亜紀子が恋をした青年の叔父であり、その叔父こそがゴリゴリの八重山ナショナリストであり、要するに伝統とか格式とか体裁とか名誉とかそういう重たげなものをこよなく愛する保守派であったから本家の長男たる青年がナイチャー(本土出身者)を嫁にするなんぞ言語道断ではないか。そんな馬鹿げている上に本家の名前に泥を塗るような縁談は断じて認めんぞ。と、強行なまでに結婚反対を表明し、周囲の結婚推進派や容認派から総スカンを喰らう羽目になったのである。結婚式が終わり、亜紀子側の親族らが本土へ帰るまでの間、ナイチャー嫌いの叔父が得意とする保守的言論の一切は結婚推進派の手によって封じ込められたのだ。 (to be continued)最近、転職しました。カオスの極みみたいな職場からの脱却を図り、ついに安寧の日々を取り戻すことが出来そうです。わかんないけど。なんにせよ執筆がんばりますので今後ともお付き合いのほどよろしくお願いします。ついでにブログランキングの投票もよろしくお願いします。下記の文字列をクリックしていただけると幸いです。人気blogランキングへ
2006.03.05
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不浄なスリーパーは小便池のなかに頭を突っ込むだけでは飽き足らずに時折寝返りもうってしまうからもう大変である。横顔を池のなかに漬けていたりすると助けてやる気にもなれず、かと言って黙って見ていると言うのも罪悪感が募るのでそういう場合は見て見ぬ振りをして立ち去るのである。仮に助けてやろうにも往々にしてスリーパー諸氏は起こされたり声を掛けられたりすると非常に不機嫌な素振りを見せ、なかには逆ギレして暴れる馬鹿もいたりするから仏心は無用なのである。勝手に小便池の中で転がり回ってりゃいいさ。と言ったところだろうか。ま、区分2を寝床とする彼らは言うなれば破滅型であり、財布は抜かれるは、小便漬けにはなるは、縁石を枕にしてるとたまに車に轢かれるは眠りこけたおかげで散々な目に遭うのがこのタイプの特徴である。 で、もっとも偏執的なのが第三区分で眠る連中である。その第三区分とは何処かというと、それは他人の家である。泥酔して倒れこむのが何故か他人の家の玄関や台所であり、たいていの場合は他人も他人、友達とか後輩とか親戚の家とかではなく本当の赤の他人の家らしい。 他人の家であるから当然のこと彼らはほどなくして家の住人に発見されることとなり、然るべくしてちょっとした騒ぎを家にもたらすのである。第一発見者はトイレに行こうとした中学生の息女だったりする。「きゃーっ!おかあさん、おかあさん、おかあさん、見て見て見て見て見て、見たことない人が台所で寝ているよ。キモ~イ。コワ~イ。誰、こいつ?なんでうちで寝てるの。ね、なんで?ね、なんで?どうして?なんで?どうして?なんでよ?」 そんな具合に家人に叩き起こされて慌てふためいた彼らの何割かは庭へとまろび出て行くし、まろび出たら次はやっぱり塀やら生垣やらを飛び越えたり飛び越えられずに転んだりしながら何処かに逃げていくのである。そう。彼ら第三区分に寝るスリーパーはそうして逃亡者となるのである。 逃亡者にもなりきれず勝手に寝込んだ家の主(あるじ)の前に引き出され、酔いも冷めちゃったりしてうなだれることしかできないスリーパーはどうなるかというと、それはやっぱり家宅不法侵入者か、もしくは単なる変質者として断罪されることになるのである。 寝たいところに寝る【了】また病に倒れておりました。身体弱くてスイマセン。アクセス数も若干ながら増えてきてるのに情けないです。少しでも多くの方に読んでもらえるようこれからも命の続く限り(?)書いて書いて書き続けますのでこれからもどうぞよろしく。あと当ブログへの一票もどうぞよろしく。下の文字列をクリックしてくださればOKです。人気blogランキングへ
2006.03.04
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本土各地ではどちらかと言えばレアケースに当たるものと思われるが、石垣島の男性諸氏の中には飲酒後そのまま路上で寝込んでしまう方が少なからずいたりする。少なからずと言うより多いと言ったほうが適切かも知れない。 石垣島情報にアンテナを立てている方なら御存知の筈の石垣島の象徴的事象であり、早朝の島の繁華街周辺を歩いたことがあるなら寝込んでいる男性諸氏の二人や三人や四人や五人くらいは見ちゃったかも知れないが、目が醒めた後の彼らを知っている方はそう多くないと思うのでレポートしてみたい。 まず寝込む場所にも幾つかの区分があり、その区分によっても覚醒後の処遇なり顛末なりが違ってくるので、ここでは各区分ごとの類型パターンを考察してみよう。 まず店の軒下で寝込む方。 軒下を寝床とする方は基本的に堅実派であり守備重視のタイプである。飲酒直後にそのまま寝込んでしまう方をつかまえて堅実も守備重視もへったくれもないだろうと思われるかも知れないが、さにあらん、彼らは意識を失った後のことまで無意識下だろうが考慮しているからこそ店の軒下を寝場所に選ぶのである。軒下とはつまり屋根状の構造物の下であるから不意の降雨があっても濡れる心配をしなくて済む。それに店の軒下とは大抵の場合往来に面しているので常に他人の目がある場所であるわけだから不埒な輩が財布や携帯電話などを盗もうとしてもなかなかどうしてこれが難しいのである。だからと言って俺が実際に盗もうとしたり色々と画策したわけではないので誤解なきよう断っておく。 金品を盗まれやすいのは区分変わって路上で寝込んでしまう方やどこぞのベンチをベッド代わりにする方のようである。つまり区分2は本当の路上や市街地のなかに設置されたベンチなどであり、同じ路上でも人通りの多い道や大きな通りは比較的安全なのであるが、これが裏路地なんかで寝てしまうと悲惨な結末を迎えることとなるのである。まず、路地裏は多くの男性諸氏にとって立小便に最適な場所であるから然るべくして島の路地裏のあちこちには小便溜りが出来ている。一晩に五人も六人も七人も八人もするような場所は小便が乾く暇がないので金魚でも飼えそうなくらいの小さな池が出来てしまうわけであり、ここまで書けば事の成り行きは想像できると思うが、その想像通りに幾人かの路上スリーパーが頭をその池に突っ込んでいるのを俺は目撃しているのである。たいへんに不浄なことである。(to be continued)また病に倒れておりました。身体弱くてスイマセン。アクセス数も若干ながら増えてきてるのに情けないです。少しでも多くの方に読んでもらえるようこれからも命の続く限り(?)書いて書いて書き続けますのでこれからもどうぞよろしく。あと当ブログへの一票もどうぞよろしく。下の文字列をクリックしてくださればOKです。人気blogランキングへ
2006.03.03
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たいていの田舎では同様だと思うが八重山在住の 男性諸氏の多くは何処ででも小便をする。一般的に 言うところの立小便であるわけだが、何処にでもする と言っても普通はちょっと影に隠れてするとか往来に 背を向けるとか何らかの『恥じらい』もしくは『他者への 気遣い』といった措置を講じるものだが、八重山の方 は基本的にそういう措置を講じるのを好まないのであ る。前を歩いているオヤジが矢庭に立ち止まり、そして 壁のほうへと向き直るや否やジャーッとやるのである。 壁のほうに向き直るからと言って他者へ気遣いをし ているわけではない。おそらくは、ただ単に本能的な 行動様式である。何故って、彼の後を歩いてきた俺に は彼と彼のムスコの横顔が丸見えだからである。 ま、男同士で考える分には特に気遣い無用でも丸見 えでも構わないと思うが、女性の視線があるところでも 彼らの行動様式に大きな変化は認められず、潔癖な 性格の女性諸氏の中には多少の不快感を覚えている 方もいるようである。ただし潔癖な性格の女性諸氏と いうのは概ね内地出身者のことを指している。何故なら 島で生まれ育った女性諸氏には潔癖と思われる方は 皆無だからである。島では男性も女性も潔癖なんて 煩わしい根性を抱え込んだままでは生きていく上で大 きなハンディキャップとなってしまうので成長過程に おいて矯正されてしまうのだろう、おそらくは。 であるから島の女性の方は目の前でどこぞのオヤジ がジャーッとやろうとも殆ど無視である。ジャーッとやる オヤジの姿なんぞまるで視界には映っていないかの 如く彼女らは振舞うので、一緒にいるこちらが彼女らに 気を遣っているつもりの半端なフェミニスト気分で見知ら ぬオヤジの傍若無人な振舞い(丸見えの立小便)にいち いち批判的なコメントを出したりすると、コメントの効果は 意図したものとは全然違う効果をその場にもたらす事に なるので俺などはそういう場面においては、基本的に何も 見ておりませんでした。え?今、誰か立小便しておりまし たか?ボクはまるで気付きませんでした。はい。という 態度で臨むことにしているのである。はい。 (to be continued) また病に倒れておりました。身体弱くてスイマセ ン。 アクセス数も若干ながら増えてきてるのに情けないです。 少しでも多くの方に読んでもらえるようこれからも命の 続く限り(嘘)書いて書いて書き続けますのでこれからも どうぞよろしく。あと当ブログへの一票もどうぞよろしく。 下の文字列をクリックしてくださればOKです。 人気blogランキングへ
2006.03.02
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読んでいて意味がわかりづらいと思うが、書いてるほうもだんだん意味がわからなくなっている。つまり、それほどまでに指示の変更や追加だらけなのである。ま、東川平さんの場合はかなりハードな部類だと思うが、たいていの石垣島の職場ではこのような調子で日々の業務が進んでいると理解して頂いて構わないと思う。 二回三回の変更や追加指示ならまだまともなほうで、四回目五回目六回目の変更や修正があり、なかには二日三日にまたがり段取りや指示が変更されていくことも決して稀ではない。もっと言うと段取りや指示が変更されても変更の指示や連絡がないという滅茶苦茶ハードなものだってある。これって意味がよくわからないと思うが、説明するとこういうことである。段取役が自分の中だけで段取や指示を変更してしまい、関係各位にそれを伝えようとしないので結果的にそういう不条理と言うか意味不明なこととなってしまうのである。それも意味不明な事態はしばしば起こるのである。 しかしである。一番問題なのは段取そのものが滅茶苦茶なことではなく、滅茶苦茶な段取りをしている人が高い評価を受けてしまうという事のほうがはるかに大きな問題であり、ただ単に矢継ぎ早に喋るというだけで周囲の方々は「ハア~、あの人は頭の回転が速くて、仕事のできる方だねぇ。すごいねぇ~」となってしまうから怖いのである。俺個人としては、斯様にも変更・追加が頻発する段取りはレベルの低いものですよ~、皆さん喋りの勢いだけに騙されちゃいけませんよ~と島の方々を啓蒙するべく日夜奮闘しているのであるが、努力なりの成果とはなかなかならないのが現状である。 ま、しかしながら、段取りがないに等しいのにも関わらず、八重山の社会は回っている。何不自由なく、ってわけではないが、まぁそれなりに回っている。右往左往しながらも回っている。無駄も多いがやっぱり回っている。回っているのをいいことに、なんか最近、俺も段取りを等閑(なおざり)にしてるような気がする…。 石垣島の仕事のできる奴【了】また病に倒れておりました。身体弱くてスイマセン。アクセス数も若干ながら増えてきてるのに情けないです。少しでも多くの方に読んでもらえるようこれからも命の続く限り(?)書いて書いて書き続けますのでこれからもどうぞよろしく。あと当ブログへの一票もどうぞよろしく。下の文字列をクリックしてくださればOKです。人気blogランキングへ
2006.03.01
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