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東川平玄生(ヒガシカビラ・ゲンショウ)は課内でも切れ者、当代きっての仕切り屋と評され、無論、本人もそれを自認していた。彼の仕切りぶりは誠に強権的極まりなく、別の言いかたをすれば脅迫的とも言えないこともないわけであるが、ともかくもその仕切りぶりは会社の内外でもつとに有名であり、三年前に執り行われた彼自身の結婚式でそれは伝説の域にまで達することとなった。 八重山の一般的な形として同級生を中心とした友人たちが幹事となり結婚式披露宴の現場を仕切るのであるが、言うまでもなく友人幹事らの大半は段取りが苦手なわけで、式当日になってもアレがない、コレがまだ、アイツに至急連絡とれ、どうして確認しておかないんだよ馬鹿野郎、などとある意味悠長にやっている幹事らの姿にブチ切れた新郎東川平玄生はタキシード姿のまま自ら陣頭指揮を執り行うべく新郎新婦控室を飛び出したのである。 バックグラウンドミュージックの調達から式場の裏方さんたちとの進行打ち合わせから余興担当者らの時間調整から支度部屋のドリンク・料理の用意から引き出物の数量確認から何から何まで口を出し始めて遂には引き際不明となり、新郎新婦入場の三分前まで携帯電話片手に指示出しまくりとなったその雄姿は裏方さんでなくとも、つまりは一般招待客の皆々様が目に出来たわけで、自らが段取り・指示した式で自らが歓喜するその姿に誰もが圧倒されるものを覚えることになったのである。 結婚式では多少の抑制があったらしいが仕事ではその仕切り屋ぶりに更なる拍車がかかる。段取りならオレに任せておけ。というわけで、他者への指示、特に部下や新人への指示命令が矢継ぎ早に繰りだされるのだ。「××は○○商会に五分以内に発注しておけよ」「△△建設の部長さんには三時半でアポイント取っておけ」「このデーターはCDにコピーして◇◇センターへ発送しておけ。わかったな、すぐにやれよ」となるわけだが、その数々の指示は又矢継ぎ早に変更されていくのである。「○○商会は高いからやめて、◎◎商事に変えてくれ。なに、もう○○商会に発注しただと。うるさい。関係ない。いいからキャンセルしろ。経費節減が優先事項だろ」「△△建設の部長さんには四時半で約束したよな。なに?三時半だと?言ってないよ、そんなこと。さっき四時半って言っただろ。ちゃんと聞いとけよ、バカ」「さっきのデーター、MOにコピーして送っておいてくれたよな。なに?CDだと。オレ、CDって言ったか。そうだな。たまには勘違いすることもあるさ。さすがのオレでもな。ま、いい。もう一回MOにコピーし直して送っておいてくれ。頼んだぞ」その十五分後。「○○商会にキャンセルはキャンセルだって連絡しておけな。だから◎◎商事にはキャンセルいれるんだぞ。なに、意味がわからないだと。キャンセルするのはキャンセルしますってことだよ。わからねぇか。キャンセルがキャンセル。でもってキャンセルじゃなかったのをキャンセルするんだよ。◎◎商事はさっき納入済ましちゃいましただと。いいよ、それ、返品しろ。うるさい。部長が○○商会使えって言うんだから仕方ないんだよ。いいから早く連絡すりゃいいんだよ。口ごたえしてる暇あったら早くキャンセルの連絡いれろよ、バカ」「さっき、四時半って言ったけど、やっぱりスケジュール的にちょっと無理あるな。うん、無理だよ、どう考えても。そうだな。だからよ、部長さんのほうに明日にしましょうってことで話しておいてくれよ。頼んだぞ。なに?もう三度も変更してるから無理?いいから変更しろ。時間的に無理なんだから仕方ないだろうが。自分でやってくれ?うるさい!時間的に無理だからオマエに頼んでるんだよ。いいから早く連絡しろよ。△△建設の部長さん来てもオレ、会えないからな」「そういえば、さっきのMO、ちゃんと速達で出しておいてくれたよな。え、普通郵便で出したって。おいおいおい、急ぎなんだから速達だってわかるだろうよ。自分の頭で考えろよ。な。いちいち言わなきゃわかんないかな。ほんとにアホだよな、おまえ。いいからもう一枚MOコピーして速達で出しておけな。なに?さっきのが無駄になるだと。関係ないんだよ。経費なんかよりスピードが大事だろ。経費は使うためにあんだよ。バカッ」(to be continued)※この話は飽くまでもフィクションですが、事実を再構成して 作っております。また病に倒れておりました。身体弱くてスイマセン。アクセス数も若干ながら増えてきてるのに情けないです。少しでも多くの方に読んでもらえるようこれからも命の続く限り(嘘)書いて書いて書き続けますのでこれからもどうぞよろしく。あと当ブログへの一票もどうぞよろしく。下の文字列をクリックしてくださればOKです。人気blogランキングへ
2006.02.28
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待ち合わせの時刻を随分と過ぎてから外出の準備に取り掛かる八重山タイムや、酒盛りの翌日には出来るだけ通常勤務とならないよう心掛け、昼過ぎまで積極的な休息(睡眠)をとることで深酒による肉体的ダメージの回復を最小限に抑えようとする古来からの生活習慣や、自宅兼店舗の自営業者でなくとも自宅と職場が基本的に至近距離となるからなのか公私の別を明確にしようとはしない労働姿勢などが象徴するように八重山では仕事に対する捉え方が本土のそれとは異なる部分が少なくない。少なくないと言うよりは、はっきり言えば多い。かなり多い。でも、それら異なる要素の何から何まで論(あげつら)うのは相当に面倒であるし、何から何まで論うと単なる中傷に終始してしまうかも知れないのでこの稿では異なる要素の最大のものと思われる【段取り】についての考察を試みるものである。 仕事の成否は段取りで決まる。仕事とは、つまり段取りである。俺は三十年に及んだ本土の暮らしの中で諸先輩からそう教わってきたし、基本的には今もそういうものだと強く確信している。そして、それ故に八重山で執り行われている全ての仕事、業務、使役、労働の中に【段取り】というものが存在していないことに驚愕を覚えたのである。勿論、「存在していない」とは敢えて端的に言い表したのであり、実際に一切の段取りが行われていないわけではないのは当然であり、もし一切の段取りがないのであれば八重山のホテルはダブルやトリプルのブッキングだらけに、お土産屋の棚には売れないものばかりが並び続け、病院や役所は混雑を捌くすべを知らないので日常業務もままならず、結婚式も葬式も各種会合も時間押しまくりということになってしまう。当然そんなことにはなっていないのだ、と言いたいところだが列挙してみてびっくりである。八重山ではまさにそれが常態なのだ。やはり段取りがないのである。あったところで無いに等しい脆弱極まりない段取りである。敢えて称号を冠するならば段取レス社会八重山。大抵はこんなふうである。 東川平玄生(ヒガシカビラ・ゲンショウ)は課内でも切れ者、当代きっての仕切り屋と評され、無論、本人もそれを自認していた。(to be continued)ブログランキングが50位以内に入ってきました。皆さんありがとうございます。アクセス数も若干ながら増えてきてるようで、少しでも多くの方に読んでもらえると単純に嬉しいと言うか張りあいがあっていいもんです。という事で当ブログへの一票を今後ともどうぞよろしく。下の文字列をクリックしてくださればOKです。人気blogランキングへ
2006.02.27
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わたくし、感動商事株式会社 営業部長の五輪(イツワ)と申します。この度は当社の主力商品『感動一番』がリコールの対象となってしまいましたことをまずは深くお詫び申し上げます。わが社としましても『応援してくださる方々に感動を与えたい』をモットーにこれまで商品開発、企画販売をしてまいりましたが、この度は感動を与える以前の問題となってしまい、当社といたしましても誠に遺憾と申しますか、慙愧に堪えないわけでございます。慙愧~の意味でございますか?深く恥じ入るとの意味にございます。ええ。それはもう、全社をあげて深く恥じ入ってる次第です。だってそれはそうでございましょう。感動を与える与えると言うだけで実際に感動を与えられないんじゃまるで感動詐欺ですから。はい。えっ?いえいえ、決して居直っているわけじゃございません。感動一番だって確かにリコールとなってはしまいましたが、商品開発のコンセプトや開発の方向は決して間違ってはいないと自信はもっておるのでございます。はい。方向そのものは間違っていないのですがただちょっと商品に力が足りなかったと言うか、運が悪かったと言いますか…。いえいえ、決して運のせいにして終わらせるつもりなど毛頭ございません。こういう事態となりましたからにはわが社といたしましは、もうそれこそ経営トップから末端の社員の一人に至りますまで深く深く反省をば致しまして、ええ、もうそれはそれは深い反省でございます。海よりも深い反省でございます。えっ?次世代商品の『大口一番』は大丈夫かと?はい。それは勿論大丈夫ですと胸を張ってお約束したいところなのですが…『感動一番』同様に結果が出ませんでしたので現時点ではなんとも言えませんというのが正直なところでございます。ええ。わが社は正直がモットーでございますから。大口を叩くと言うのも実を申しますと溢れる才能と実力の発露からくるものではございませんで、単に不安の裏返しだったり、さほど意味のないポジティブシンキングの変形なのでございます。ですからある意味正直なのでございます。やっぱり正直がモットーでございますから。はい。しかしながら正直ばかりでは皆様にご迷惑をかけるばかりでございますので、『負けて冑の緒を締めよ』じゃございませんが、わが社もこの度の失敗を肥しといたしまして更なる強力商品をば4年後をめどに開発致しますことを、感動商事株式会社 営業本部長の、この五輪冬樹が皆様に固く、かたく、固くお約束いたします。はい。また病に倒れておりました。身体弱くてスイマセン。アクセス数も若干ながら増えてきてるのに情けないです。少しでも多くの方に読んでもらえるようこれからも命の続く限り(嘘)書いて書いて書き続けますのでこれからもどうぞよろしく。あと当ブログへの一票もどうぞよろしく。下の文字列をクリックしてくださればOKです。人気blogランキングへ
2006.02.26
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南の島々へ憧れ、南海の男との出逢いを求め、そしてめでたくも結婚とあいなり、島へと嫁いでくる本土の女性が後を絶たない。 結婚して初めて知る南海の男とは? 南の島の文化と生活習慣を彼女らは知っていたのか? 姑や姑、兄弟、親戚、友人、知人たちによって厚く包囲された本土からの嫁の運命は? 幸せ一杯の暮らしを彼女たちは見つけられたのだろうか… 仮題『内地嫁の憂鬱』 短編小説仕立てによる島リポート第二弾、期待されたし。 近日掲載ブログランキングが50位以内に入ってきました。皆さんありがとうございます。アクセス数も若干ながら増えてきてるようで、少しでも多くの方に読んでもらえると単純に嬉しいと言うか張りあいがあっていいもんです。という事で当ブログへの一票を今後ともどうぞよろしく。下の文字列をクリックしてくださればOKです。人気blogランキングへ
2006.02.24
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前新城盛栄は言うまでもなく架空の人物であるが、石垣島モデルケースである。こちらの多くの家庭ではスナック菓子なんか無制限で与えっぱなしだし、ジュースの類も飲み放題状態とくるから俺などは頭を抱えることもしばしばである。 我が子を連れてそういう家庭へ行くと当然ながら我が子へもスナック菓子だのジュースだの次から次へと用意してくれるからありがた迷惑と言うか、頼むから止めてくださいと懇願したくなると言うか、うちの子は豚にするつもりはありませんとでも言うのか、ともかくも俺は頭を抱えてしまうのである。 で、こういう傾向は島の家庭にありがちなのかなと当初は思っていたのだが、内地出身者の家庭でもあまり事情は変わらないようであるから現代的な風潮なのであろうか。昨今いろんな場面でさまざまなメディアがスナック菓子やジュース類の弊害を説いている筈なのにそういう話を見たり聞いたりしたことはないのだろうかと俺などは非常に訝しく感ずるのであるが、おそらくはそういう話を見たり聞いたりしても無関係無頓着、もしくは敢えて無視ということらしい。でもそれで面倒くさい思いして高い金払って歯医者通いしてりゃ世話ないぜと思ってしまうのは俺だけなのだろうか。 ちなみに沖縄県は子供の虫歯率で全国ワースト1位である。その沖縄の中でも石垣市がダントツで最悪であり、もし石垣市がなかったら沖縄県がワースト1位にならずに済んだ筈であり、他にも石垣市は沖縄県のデーターに数々の汚名をきせていて、自転車盗難台数が大都市那覇と同数であるとか、離婚率全国1位の沖縄県の中でもやっぱり石垣市の離婚率が県内で最も高いとか実はこの島、結構な汚名メーカーなんである。ま、虫歯に話を戻すと、人口4万強にして高い出生率を誇る子沢山の町・石垣市にあっては何処の家庭もスナック菓子やジュースにまったくの無配慮であるから虫歯率をも全国ワーストに押し上げるなんざ必然でしかなく、現在の歯科医院数22だって実は完全に足りないのである。どこの歯科医院も予約制なのに予約制というシステムが機能していないのではと疑われるほどに混雑している。歯科医院はあと10や20増えても大丈夫だ。俺が保証する。ま、俺の保証など何の役にも立たないが。 歯科医院開業を考えている方は是非石垣島での開業を御考慮ください。大繁盛間違いなしですから。ブログランキングが50位以内に入ってきました。皆さんありがとうございます。アクセス数も若干ながら増えてきてるようで、少しでも多くの方に読んでもらえると単純に嬉しいと言うか張りあいがあっていいもんです。という事で当ブログへの一票を今後ともどうぞよろしく。下の文字列をクリックしてくださればOKです。人気blogランキングへ
2006.02.23
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午後五時三十分。市役所でパート勤務をしている淳尚の母親が帰ってきたところで散々食い散らかし飲み散らかしたパーティーが終わり、淳尚の母親がキレる前に皆一斉に撤収となる。あとに残ったものは大量のスナック菓子の空き袋と飲みかけのペットボトルばかりである。 そんな時刻まで飲み食いしてるから盛栄は夕食をあまり食べられない。大抵はおかずの肉類だけを選んで少し、稀に半分も食べられると多いほうなのであるが、盛栄の両親は特にそれを意に介すわけでもなかった。食べ盛りの年頃にでもなれば食事の量が自然と増えていくものと高をくくっていたし、食事を摂らない理由がスナック菓子やジュースの摂取過多にあるなんてこれっぽっちも考えなかったのである。 そんな母も就寝前の歯磨きチェックだけはかなり口うるさい。無論、盛栄は歯磨きが大嫌いである。なにより面倒くさい。バイ菌うんぬんと大人は言うが口の中に変な生き物がいるのを見たことがなかったし、父親だって歯磨きなんかせず酔っ払ってそのまま寝てしまうではないか。何故に殊更自分ばかりが磨かなければならないのか盛栄にはさっぱりわからないのだ。 だが、母のチェックも所詮は口だけだった。磨いたの?磨いた?早く磨きなさい。早くやりなさい!磨けって言ってるだろっ!と次第にエスカレートしていくものの話題のテレビドラマなんかのあとに必ずや掛かってくる友達からの電話に興じてしまうともう無頓着である。その夜は二度とチェックが入らなかったし、大抵は電話での会話が一時間以上と長引くので電話を終えた頃には盛栄は茶の間に転がって既に眠っていた。勿論、歯磨きなんてしないまま。 前新城盛栄の憂鬱【了】ブログランキングが50位以内に入ってきました。皆さんありがとうございます。アクセス数も若干ながら増えてきてるようで、少しでも多くの方に読んでもらえると単純に嬉しいと言うか張りあいがあっていいもんです。という事で当ブログへの一票を今後ともどうぞよろしく。下の文字列をクリックしてくださればOKです。人気blogランキングへ
2006.02.22
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石垣島の人は成功者に思いっきりなびき、宮古島の人は成功者を引きずり下ろそうとするそうである。これ、それぞれの島の社長さんの言葉である。 周りを見るにその通りであるようだ。例えば、石垣島の某土産屋の社長さんは若い頃ずいぶんと不義理をやってきたらしく、借金を踏み倒した話だの、世話になった人の奥さんを手篭めにした話だの、飲み屋で大立ち回りを演じて警察のお世話になった話だの色々と周囲の方々から聞かされたのは数年前のことであるが、ここ数年でその土産屋はすっかり大きくなり、沖縄本島にも店舗を拡大するまでになると事情は変わるのである。不義理だのエロおやじだの色々と批判していた筈の周囲の方々は今では某社長さんをヨイショしまくりである。「先生、僕はなにがあっても一生先生についていきますよ!本当です。先生、今後ともよろしくお願い致します」ってな感じだ。 これが宮古島だと逆なんだそうだ。宮古島の事情に関してはあまり詳しくないので宮古島の社長さんの話そのままを書くが、宮古島の方々は誰かが事業を始めたりするとその起業家を皆で一生懸命応援し、協力し、バックアップしてくれるのだが、事業も軌道に乗り、多くの収益を上げ、その起業家が成功した途端に足を引っ張りにかかるのだと言う。ホントかウソかは知らない。でも体験談であるから一面の真実ではあるのだろう。 どっちもどっちもであるが、石垣島の方のほうが単純で解り易いかもしれない。 また風邪を引いて高熱を出しており、解熱剤がきいてるうちに小ネタを書いてみました。今はこれが精一杯です。早く治したいと思います。ではまた明日。ブログランキングが50位以内に入ってきました。皆さんありがとうございます。アクセス数も若干ながら増えてきてるようで、少しでも多くの方に読んでもらえると単純に嬉しいと言うか張りあいがあっていいもんです。という事で当ブログへの一票を今後ともどうぞよろしく。下の文字列をクリックしてくださればOKです。人気blogランキングへ
2006.02.21
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未開封のままのスナック菓子を鷲掴みに盛栄は、近所に住む幼稚園仲間の慶田盛淳尚(ケダモリ・ジュンショウ)の家へと向かった。幼稚園生であるのが勿体なくさえ感ぜられる大義ある名前であるが、淳尚もまた盛栄の同級生であり、更に言えば生まれたときから同じ部落内に住み、産まれた病院も同じなら誕生日もたったの三日違い。父親同士も同級生なら、母親同士は遠い親戚だと言うのだから何かにつけ二人がつるむのは言うなれば運命付けられていたわけである。 そんな淳尚の家は、隠居暮らしの祖父母が隣には住んではいたが、両親共働きで、零歳と一歳になる年子の二人の弟は保育園に終日預けられていたから、幼稚園が終わってから夕方までの数時間、彼の家はさながら解放区と化し、未開封のスナック菓子であろうと飴玉一袋全部だろうとアイスクリームの詰合せ一箱丸ごとだろうと、はたまた紅茶花伝2リットル・ペットボトル一本だろうと盛栄や淳尚やその仲間たちが勝手きままに飲み食いし散らかし放題やるのを咎める者は誰一人いなかったのである。時折、隣家の祖母が子供らの様子を伺いに来るものの彼女が咎めるとしたらそれは危険行為のみであるから盛栄らが抑制という行為を覚えるのはまだしばらく先のことのように思えた。 盛栄の母親にしろ咎めるのは汚すという行為に対してであり、スナック菓子をむさぼり食うことに関してはほぼノーチェックであったし、むしろ盛栄や淳尚の親たちは、間食としてのスナック菓子等の無制限な飲食を懸念するどころか奨励さえしていたのである。理由は単純である。食べているあいだは基本的に子供らが騒がないからである。 同じ理由からビデオやテレビゲームも大量に買い与えた。幼い連中みなでまとめてテレビゲームに興じてもらい、アニメやロボットものを鑑賞させつつ食べ切れないほどのスナック菓子さえ与えておけば少なくとも一時間半から二時間という時が大過なく過ぎて行くのだ。だから毎日のように淳尚の家に集まってくる子供らは皆それぞれスナック菓子やら缶ジュース持参であり、さながら料理持ち寄りのミニパーティーでも始まろうという風情である。(つづく)ブログランキングが50位以内に入ってきました。皆さんありがとうございます。アクセス数も若干ながら増えてきてるようで、少しでも多くの方に読んでもらえると単純に嬉しいと言うか張りあいがあっていいもんです。という事で当ブログへの一票を今後ともどうぞよろしく。下の文字列をクリックしてくださればOKです。人気blogランキングへ
2006.02.20
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前新城盛栄(マエアラシロ・セイエイ)は幼稚園から戻ると、食卓に載っていたスナック菓子の袋をつかみあげて落胆した。未開封だったからである。 名前こそ偉そうではあるが盛栄は齢まだ若干五歳であり、それも先週木曜日に満五歳を迎えたばかりであるから言うなれば限りなく四歳に近い五歳児だからして未開封のスナック菓子の袋を独力で開けるには少々ちから及ばず、稀にうまく開けられるモノもあるにはあるのだが、どのような袋でも必ず開封させるまでに彼の技量は達してはいなかった。袋の持ち方も、力の入れ具合もまだ拙く、はっきり言えば盛栄は母親譲りの癇癪もちであるから努力の継続という行為が大変苦手であり、その短く僅かばかりの努力の多くは大抵徒労に終わったし、まぐれで開いてもしばしば開け口があらぬ方向に裂けたりするので袋の中身が床の上へとばらまかれる事になった。 盛栄にとってはスナック菓子の置かれた場所が食卓の上であろうと床の上であったとしても、それが如何に広範囲に放散されようともなんら気に留めるところではなかったが、母親は必ずやそれを見咎め烈火の如く怒鳴り散らし叱りつけるから彼はいつも陰鬱な気持ちになるのだ。 だから盛栄は未開封のスナック菓子を見つめてため息などをついてみせた。さてどうしたものかと考え、盛栄は袋の真ん中あたりを両手で握りしめ、その手をちから任せに動かそうとしてやっぱり思いとどまった。突然玄関のドアが開き、その顔に般若面を深く刻みつけた母親が現れるような気がしてならなかったし、以前も似たような状況下に置かれ時、立ちこめる黒い煙の如き悪い予感を軽んじたばかりに心と頭頂部付近に痛手を負う羽目となったことを若干五歳の盛栄は思い出したのである。痛手を負わせたのは無論、彼の母親である。(つづく)ブログランキングが50位以内に入ってきました。皆さんありがとうございます。アクセス数も若干ながら増えてきてるようで、少しでも多くの方に読んでもらえると単純に嬉しいと言うか張りあいがあっていいもんです。という事で当ブログへの一票を今後ともどうぞよろしく。下の文字列をクリックしてくださればOKです。人気blogランキングへ
2006.02.19
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石垣の市街地には、放し飼いの大型犬や、躾(しつけ)なんぞはこれっぽっちも受けていない騒々しいだけのバカづら下げた犬どもが所狭しと溢れ返っていたのである。 放し飼いと言っても所詮は愛玩犬ではないか。たかがペットごときにそこまで言うなんて大人げないと思われる向きもあるやも知れないが、島で放し飼いされている犬の中には闘犬や猟犬までいたのだから全然洒落にならないのである。 一度なんかは、体重50~60kgはあると思われる黒い大型犬が住宅街の狭い路地に立ちふさがり、俺に向かって唸り声をあげるから立ち往生してしまったことがあった。正面切って突破すべきか後退すべきか、奴に近づいていくのは自殺行為だろうし、かと言って後退すれば弱みに付け込まれて散々追いかけられそうだし、大いに逡巡した挙げ句に俺は結局正面突破に出たのである。どうせ噛みつかれるなら背後からやられるよりは正面から襲われたほうがまだましだと思ったからだ。 結局、奴は唸るだけで噛みついてはこなかったが、奴が立ち塞がったくれたその道は、俺のバイト先への近道であるが故に翌日から俺は、来るべき奴との戦いに備えて刃渡り10cmのアウトドア用のナイフをポケットに忍ばせることとなったのである。奴が唸るたびに俺はポケットの中でナイフケースの留め金を外し、それをいつでも取り出せるよう身構え、そして片足を奴のほうへと突き出してみせたりするのである。 『ほら噛めよ。噛みつけよ!噛んでみろよ!!噛んだ次の 瞬間おまえの首にはこのナイフが突き刺さってるぜ。ほら、 ほら、どうした!噛めって言ってんだろうがっ!』 俺は心の中でそんな具合に奴を挑発したのであるが、今考えるとちょっと危ない人みたいである。奴が噛みつかないでくれたおかげで俺は二重の意味で助かったのかも知れないが、それはさておく。 犬やら猫やら放し飼いにするのが動物愛護のように主張する方が昨今少なくないが、要はずぼら性なんである。散歩に連れていったり、躾をちゃんとしたり、犬の体格や気質に見合った適正な飼育環境を整えるのが難儀だと感じている自分自身に気づかず、又は気付かないふりをしつつ、聞こえが良くて体裁がいい理由付けをしているだけなのではなかろうか。 しかし、制約を与えないことが愛護では断じてない。人は犬に制約を課し、犬は制約に甘んじ、そうして両者は古来より共存してきたのである。制約を受け入れない犬は単なる狼である。犬を犬として飼うならば人の社会が持つ制約や規範を彼らに課し、それを身につけさせるしかないのである。 市街地からは野良犬や放し飼いの犬がすっかり減った昨今の石垣島であるが、今度は市街地の外で犬の事件が多数起きているのである。市街地を追われた連中が野犬化し、家畜である牛や山羊を襲うようになったのだ。まとめて数頭殺された例すらあるから誰もたかが犬とか、たかがペットとは言えない。言わせない。だって連中はもはや狼なのだ。ブログランキングが50位以内に入ってきました。皆さんありがとうございます。アクセス数も若干ながら増えてきてるようで、少しでも多くの方に読んでもらえると単純に嬉しいと言うか張りあいがあっていいもんです。という事で当ブログへの一票を今後ともどうぞよろしく。下の文字列をクリックしてくださればOKです。人気blogランキングへ
2006.02.18
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この島は野良犬天国だな。十年前、石垣島に初めて来た俺はそう思った。当時の早朝の繁華街には徒党を成した野良犬どもがたいへん活発に徘徊していたからである。連中のうちの体躯のでかい数頭が争うようにゴミ箱へと顔を突っ込み、居酒屋の残飯で膨れ上がったゴミ袋を引きずり回し、大事な食料を奪われるとでも思うのか人が近寄ると生意気に唸り声なんぞをあげ、まぁそれはそれはそれは目つきも毛並も悪い畜生どもだったのだが、その翌年から彼らの数は目に見えて減ったし、ここ数年に至っては野良犬の類を市街地で見掛けるのはかなり稀である。 カミングアウトすると俺は基本的に犬が苦手である。嫌いとまでは言わないが、可能な限り近づかないことを心掛けている。何故かと言えば実にありがちな理由であり、苦手のわけを殊更に主張するつもりもないが、幼稚園生の時分に俺の身長よりもはるかにでかいコリー犬の野郎に手首までズボッと噛まれたことがそもそもの原因なのである。牙の痕が手と手首に深く穿(うが)たれ、紅葉の如き幼き小さな掌から血がだらだらと滴り落ちるのを見て以来、野良だろうと愛玩犬だろうと名犬だろうと犬と名の付くモノのすべてが恐怖と憎悪の対象であり続けたである。 だから石垣島の繁華街で連中に出くわした時も随分と緊張感を漲らせたりしながら、でもそれを奴らに悟られないよう演技までしながら対峙せねばならなかったのである。旅で疲れた身に、連中は左様にも無用な負荷を強いるから俺は余計に連中への憎悪を滾(たぎ)らせねばならなかったのだが、前述したように翌年から野良犬の数が減っていったのに連れ、旅の果てに少し大人になったりした俺は無用な緊張や警戒を解くことを覚え、南の島の陽気にまかせ身も心も徐々に弛緩していったのである。 しかし此処は石垣島であるからそう簡単に物事が解決したりしないのである。三十年に及んだ本土の暮らしの中で俺が身につけた常識も良識も規範もあまり役に立たない地であり島であるのだ。つまり、俺を脅かす犬は野良犬ばかりではなかったのである。(to be continued)ブログランキングが50位以内に入ってきました。皆さんありがとうございます。アクセス数も若干ながら増えてきてるようで、少しでも多くの方に読んでもらえると単純に嬉しいと言うか張りあいがあっていいもんです。という事で当ブログへの一票を今後ともどうぞよろしく。下の文字列をクリックしてくださればOKです。人気blogランキングへ
2006.02.17
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タイトルの比率は石垣島の人口と歯科医院の対比である。およそ人口2200人に対して一軒の割合である。よその街の比率を知らないので何とも言い難いのだが、もう二度と歯医者に通うこともない歯のない爺婆の人口比が高い石垣島にして2200人に一軒は多すぎる気がするのは俺だけだろうか。 石垣島・歯医者天国の背景にあるものとは!次回掲載を待て!COMING SOON! SEE YOU!ブログランキングが50位以内に入ってきました。皆さんありがとうございます。アクセス数も若干ながら増えてきてるようで、少しでも多くの方に読んでもらえると単純に嬉しいと言うか張りあいがあっていいもんです。という事で当ブログへの一票を今後ともどうぞよろしく。下の文字列をクリックしてくださればOKです。人気blogランキングへ
2006.02.16
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彼らこそが日本の華僑である。郷土愛なんかクソ食らえ、飽くなき商魂と興味本位のフロンティアスピリットと享楽的人生観なんかをもてあまし気味に西へ東へ、北へ南へと渡り歩き、ついには石垣島上陸とあい成った。軽食、カフェ、バー、マッサージなんかの比較的低予算で開業できる商売をかわきりに雑貨や衣類へと取扱い範囲を拡大し、ダイビングショップやマリンレジャー開業への高額投資だってものともせず、動産から不動産から転売できるモノはすべて買い尽くさんと欲している超巨大勢力こそが日本の華僑と呼ばれる関西グループなのである。 その内訳をみてみよう。大阪がやはりその最大勢力であるが、京都奈良と言った守旧派も大阪陣営に肉薄する勢いである。次いで兵庫和歌山が地味ながらも脇を固め、滋賀は弱小派閥に過ぎない。断っておくが超巨大勢力である関西グループに喧嘩を売るつもりは毛頭ない。このような俺の不遜な発言も北海道の田舎もんの戯れ言と聞き流していただけるなら幸いであるし、またそうあるように心より願っている。 石垣島に住んで十年以上になるが、はっきり言って関西弁のイントネーションを耳にしない日はない。観光客をそれに数えなくともあり得ない。唯一あるとしたらインフルエンザに罹り41°の高熱で苦しみ抜き寝込んでいた数日間くらいのものだろう。俺たちはそれほどに関西グループに取り囲まれるように石垣島で生活しているのである。であるから、地元のナイチャー警戒論者の方々がその動向を真に注視すべくは関西グループなのであり、北海道や東北・九州や四国などの超弱小勢力なんぞは、穿り損ねた鼻糞ほどにも気にかけないでいただければ幸いなのである。 ことほど左様に脅威的パワーを有する関西グループではあるが、警戒論者の方々が恐れていることの一つである政治勢力の台頭は関西グループからは興らないだろう。彼らは基本的にノンポリティカルであるのだ。興味本位で享楽的で儲かりまっかの人たちがポリティカルである筈がない。 おそらくは政治勢力が興るとしたなら関東グループが要注意だ。彼らは一見柔和な物腰と言葉づかいで立ち居振る舞うが、自らの出自が真のインテリジェンスに裏打ちされているとの強烈な自覚があるので始末が悪い。いやいや始末が悪いとは失礼である。ま、端的に言えば自分こそが正しいと思っているので他人の言うことをちゃんと聞けない方が多いと言うのか、頭でっかちと言うのか、ま、そんなところである。なれば関西も恐いが関東も又なかなかどうして怖いのである。やっぱ、ぼけほけしてるのは北海道くらいか。などと自分を貶めたところで以上としておく。ブログランキングが50位以内に入ってきました。皆さんありがとうございます。アクセス数も若干ながら増えてきてるようで、少しでも多くの方に読んでもらえると単純に嬉しいと言うか張りあいがあっていいもんですね。という事で当ブログへの一票を今後ともどうぞよろしく。人気blogランキングへ
2006.02.16
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島では居酒屋の開店が続いている。ラッシュである。これでもか、というぐらい居酒屋が出来る。石を投げれば居酒屋に当たるっちゅうくらい居酒屋が開店しているのである。 もちろんその開店ラッシュの影で閉店に追い込まれる居酒屋も又あるわけだが、でもやっぱり開店するほうが圧倒的に多い。で、居酒屋という業種の限界なのかも知れないが、それらの店のメニューおよび料理の内容はほとんど同じである。コピーしたのかって言うくらい同じである。実際の味に美味い不味いの差があるのは当然であるが、メニューおよび料理の体裁は酷似している。 島に訪れる観光客は右肩上がりで増え続けているのがその背景にあるのは当然で、居酒屋だけでなくホテルや民宿、カフェなんていう業態も同様に増加し続け、理由は今ひとつわからないが歯医者も増え続けている。 ま、なんにせよ増加は結構だろう。繁栄ってやつであるから。だが増殖ならばどうだろう。増加でなく増殖。同じ形態を持ち、同じ特徴を有し、同じ弱点を抱えている個体が増殖した結果、繁栄も一緒なら滅びるときも一緒とはならないのだろうか。 多様化という道を閉ざしていく社会という意味においては島人・内地出身者を問わず石垣島の方々も又、立派に日本国家の一員として行動しているのであり、同質で同様で同色な社会と人間が形成されていくような気がして、同じ顔をした店が開店するのを目にするたびに俺は少し暗い気分になるのである。ブログランキングって何なのでしょう。登録して一ヶ月あまりが過ぎましたが、効果のほどが見えないもんで、そのような根源的な疑問が時折頭をもたげます。でも、とりあえずは投票していただけると助かります。あなたの清き一票を当ブログへ。人気blogランキングへ
2006.02.15
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これまでも何度か取り上げてきたように昨今石垣島では、このままでは島はナイチャーに乗っ取られてしまうぞという強迫観念に駆られた方々の発言をたまに耳にしたりする。しかしナイチャー、内地出身者と言っても北海道から鹿児島までひと括りにしては石垣島の現況を語れないのである。 俺は北海道出身であるわけだが、はっきり言って同郷者は島に少ない。完全なマイノリティである。東北六県まで含めても北日本から流入してくる人の数なんてたかが知れているのである。 次いで少ないのが四国の人間だろうか、となるわけだがここで一つ断っておくと、多い少ないという数量を推し量っているのは飽くまで俺の感覚である。統計資料や住民台帳があっての話ではないのでそのつもりで読み進めて頂きたい。 距離的に本土の中では最も沖縄・八重山と近いのに九州出身者もそう多くはない。福岡や熊本の人をちらほら見掛ける程度だ。北海道の人は内弁慶だし北海道が一番だと思っているので外に出たがらず、東北や四国、九州の人は土着性の文化と生活観を有しているので余所者の土地に自分のほうから入っていくことを良しとしないのかも知れない。 数量的には上記の地方とあまり変わらないと思われるが、実態が今ひとつ把握できないのは山陰山陽界隈の方々だ。俺の周辺にいる山陰山陽界隈出身者と言えば広島と島根、山口ぐらいであるのだが、数量を推し量っている筈の俺の能力の限界としてその界隈の方々の言葉やイントネーションの聞き分けが出来ていないので実態がつかめていないだけなのかも知れない。ま、そう言ってしまえば北陸や甲信越も同様の理由で今ひとつ把握出来ていないのであるが。 そして次にランクされるのは関東一円となる。次は次だが、圧倒的な数量でこれまで列記した地方を突き放しての位置である。関東一円とは言わずと知れた東京、埼玉、神奈川、千葉なんかであり、島に居住滞在するナイチャーと呼ばれる方々の三割から三割五分は関東グループだろう。野球の喩えになるが打率三割以上のバッターは敵チームにとって警戒すべき危険なバッターであり、石垣島へも三人に一人が関東一円から流入しているとなるとナイチャー警戒論者にとってこれはもう脅威を覚えて然るべき一大勢力であるわけだ。 しかしである。関東も所詮は三割台だ。十人のうちの七人は関東出身者ではない。そしてその七人のうちの六人が何者かと言えば、それは間違いなく関西出身者であるのだ。いや、七人のうちの八人や九人が関西勢かも知れない。数量の辻褄が合っていないが無視していただきたい。とにかくも関東勢を遙かに凌駕する超巨大勢力、それこそが関西なのである。(to be continued)ブログランキングって何なのでしょう。登録して一ヶ月あまりが過ぎましたが、効果のほどが見えないもんで、そのような根源的な疑問が時折頭をもたげます。でも、とりあえずは投票していただけると助かります。あなたの清き一票を当ブログへ。人気blogランキングへ
2006.02.15
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おそらくは当ブログを読む限りにおいて、筆者である仁科某の身には実生活でも旅でも困難ばかりが降り懸かり、この人の人生に良いことって起きた例(ためし)があるのだろうかと訝る方もいるやも知れないが、ちゃんと良いことも善いことも、又、好いことも起きているので訝るには及ばない。ただ俺はそういう事柄を基本的に書かないし、取り扱わないよう心掛けているのである。心掛けているだけだから稀にテーマを間違ってしまい、ポジティブで真面目で正義感に溢れたモノを書いてしまうこともあるかも知れないが、それは飽くまでミステークであるからそういうポジティブで真面目で正義感に溢れている文章を以って仁科某の人間性を推し量るような事は断じてやってはならないのである。 島の風物文化慣習生活人間等々を取り扱ったモノであろうと、旅に関するモノであろうと基本的には良いネタは書かないし、書きたくないし、書かずに済むよう文章構成を練っているのである。なぜなら良い話は自分だけで楽しむべきモノだと考えているからであり、自分の身に起きた良い話を以って随筆のネタとするなんざ読み手の皆様に対して大変失礼なことではないかと懸念するからである。 やはり一般的には皆様が読みたい知りたい聞いてみたいのは他人の身に起きた幸せな話よりも、他人の身に降りかかった辛く苦しい話や大失敗談やちょっとばかり不幸なネタではなかろうか。いや訊くだけ野暮だ。そうに決まっているのだから。 少なくとも俺はそうだ。人様のよい話を見たり聞いたり読んだりしても「ふ~ん。そうなんだ。よかったじゃん。ふ~ん」という具合にすぐ完結してしまうが、他人の身に降り懸かった辛く苦しい話には興味津々だ。「えっー、そんなのってありぃ!ひっでえ!まじスか?同情しちゃうよ。次はいいことあるって。ほら、苦あれば楽ありって言うじゃない。ね。水戸黄門のオープニングでそう歌ってるじゃん。知らないの?こんど見てみなよ。きっと励まされるからさ」 よい話や幸福一杯な話を100本聞かされたり読まされたりするのはひどく退屈な作業だが、辛く苦しい話は一本でも結構楽しめるのではないか。単純に面白いし、色々と考えさせられ、又、有意義であり、当事者たちの人間性の深淵に触れることが出来るのである。それこそがまさに文学だ。 で、あるから当ブログはろくでもない話ばかりを収録し、筆者は不遜極まりない姿勢で今日もPCに向かうのである。ブログランキングって何なのでしょう。登録して一ヶ月あまりが過ぎましたが、効果のほどが見えないもんで、そのような根源的な疑問が時折頭をもたげます。でも、とりあえずは投票していただけると助かります。あなたの清き一票を当ブログへ。人気blogランキングへ
2006.02.14
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あまりに辛いときは中華に逃げたりもした。中華料理は日本国内でも幼少の頃より慣れ親しんだ味であり、紙ナプキンの入手も叶わぬまま獣脂に疲弊していく我が内臓の不憫さを思うと中華に救いを求めるよりほか俺に術はなかった。幸いなことに中華を食える店というのは世界中にある。いわゆるチャイナタウンだ。その規模の大小はあるが都市と名のつくところで中国人が住んでいないところなんて世界の何処にもないんじゃないだろうか。華僑はホントに凄いのである。ま、もっとも俺が知っている国なんてそう多くはないが。 しかし幸いじゃないのは中華の店というのは現地相場に鑑みるとやはり値段の高い部類であるわけで、二十万円程度の所持金でユーラシアの西方を目指している俺なんぞにはやはり敷居の高い店であるのである。敷居が高いという表現が難しければ分不相応と言い換えてもいいが、要するにどれほど獣脂カレーに食傷しようとも俺はそれを食べ続けるしかなかったのである。 そしてそれはインドの西の隣国パキスタンに入っても同様だった。更にその西の隣国イランに入るまで俺にとっての食の受難は続いたのである。確かに結果としてはイランでそれは断ち切られることになったわけだが、ガイドブックのひとつも持たぬまま旅を続けていた俺には食事等の基本的な情報すらなかったから、印度より始まった食の受難は俺にとっていつ終わるとも知れない無間地獄とさえ感ぜられたのである。旅ハード~インドで俺を悩ませたもの~【了】ブログランキングって何なのでしょう。登録して一ヶ月あまりが過ぎましたが、効果のほどが見えないもんで、そのような根源的な疑問が時折頭をもたげます。でも、とりあえずは投票していただけると助かります。あなたの清き一票を当ブログへ。人気blogランキングへ
2006.02.13
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紙ナプキンによる油攻略案は確かに功を奏し、その成果は俺にとって満足の行くものだった。油に塗(まみれ)れて著しい機能低下を起こしていた俺の内臓はしばしの休息を得ることで日毎に回復し、泥水の如き大便はその形を取り戻していったのである。 しかし紙ナプキン作戦も所詮は急仕掛けな対処法でしかなく、四件目で手に入れた一掴みの紙ナプキンが底を尽くのに幾日も掛からなかった。日本国内でこそ紙ナプキンなんぞは集めようと思えば一日でダンボールひとつ分でも集められるかも知れないが、処はインドである。紙ナプキンを設置してある店なんて極めて稀なのであり、高級店にでも入れたなら補充も可能であるが、俺が行くような下層民御用達の店ではまずもって置いてないわけであり、紙ナプキンを手に入れた四件目の店というのも貧乏人が行くことのできないミドルクラスの店だったのである。一度だけ、ものは試しと入ってみたわけだが、LOWクラスの店の5~6倍はするその料金設定では俺にも二度目はなかった。ましてや大都市部では珍しくないミドルクラス以上の店も、田舎のほうへと行ってしまうと食堂は村に二件だけ、みたいな世界であるから二件ともに紙ナプキン設置がありえない少々うらぶれた店であったりすると選択肢など何処にもないのである。紙ナプキンを手に入れることが実は困難な作業であることを思い知らされ、俺は再び食の路頭をさまよい歩く事になった。(to be continued) ブログランキングって何なのでしょう。登録して一ヶ月あまりが過ぎましたが、効果のほどが見えないもんで、そのような根源的な疑問が時折頭をもたげます。でも、とりあえずは投票していただけると助かります。あなたの清き一票を当ブログへ。人気blogランキングへ
2006.02.12
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石垣の方々は白色蛍光灯がお好みである。家の灯りは白色蛍光灯とでも決めているかの如く白色一本なのである。と言うのも我が家は電球もしくは電球色の蛍光灯を使用しているのだが、近所の方が言うには、こんな灯りじゃ『物置』か『飲み屋』ではないかと。だから『白色蛍光灯』にしなさいと。悪いこと言わないから『白色』がやっぱりいいよと。 白色蛍光灯は寒々しいし、文字通り白々しい感じがして好みではないのだと反論を試みても無駄である。『白色が明るくていいだろ。そうだろ。な、白色に変えたほうがいいって。家の灯りは白色蛍光灯に決まっているだろ。おかしな考えは捨てて白色にしたらいいさ』と。 変人と思われようと、おかしな考えの持ち主と言われようとも俺は白色蛍光灯にするつもりはない。でも電球色の灯りが物置か飲屋って喩えはなかなか面白くて気に入ってしまったのである。喩えにこそ人の頭の中が透けて見えるのだ。人生が見えると言ってもいいかも知れない。物置と飲屋はその方の生活にピタッと寄り添った馴染みの深い薄暗い場所なのである。おそらくは。ブログランキングって何なのでしょう。登録して一ヶ月あまりが過ぎましたが、効果のほどが見えないもんで、そのような根源的な疑問が時折頭をもたげます。でも、とりあえずは投票していただけると助かります。あなたの清き一票を当ブログへ。人気blogランキングへ
2006.02.11
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それからも二軒目三軒目四件目と、要するに至る所で油カレーが目の前にその姿を現すに至って、俺は全面的にインド*カレー事情を受け入れざるを得なかったのである。もう逃げ場は何処にもない。これからは油との全面戦争だ。そう決意した俺は四軒目の店に置いてあった紙ナプキンを一掴みズボンのポケットにねじりこんだのだ。 紙ナプキンとは、例の、あの、お口のまわりや手指などが汚れた際にふきふきする紙製のナプキンのことである。あまり説明になっていないが、要はそれが油との闘いには欠くことの出来ないアイテムなのである。インドのカレー中に含有される油分はあまりに多量の為に、その大半がカレー本体と分離してしまい、当然の如くカレー本体よりも比重が軽いのでカレー本体の上部に油層を形成するのであり、その特性こそがインドのカレーをインドのカレーたらしめているのと同時に、インドのカレーの弱点でもあるのである。 四軒の店のカレーを完食したところで胸やけを通り越してもう既に内臓がやばいと言って差しつかえない状態にあった俺に一刻の猶予もあろうはずがなく、予行演習の機会もないままに俺は四件目の店で得た紙ナプキンを五件目の店に実戦投入したのである。 説明の要もなく、そこで出てきたカレーにも分厚い油層が確認できたわけであり、それは直径にしておよそ120ミリ、厚さにして15ミリ以上、つまるところカップ一杯分はゆうにあろうかという大量の油なのであり、俺は紙ナプキンを数枚取り出し、それぞれを四つ折にして一枚ずつゆっくりと油の上に重ねていったのである。一連の作業は油の層を壊さないよう極めて慎重に執り行われ、隣席のインド人などは容赦のない怪訝な視線を俺に向けたのである。だが、俺はそんな視線にも怯むことなく、初の実戦投入を見事成功へと導いた。油をたっぷりと吸い込んだ紙ナプキンを皿から取りあげると、その下からピュアなカレー本体が現れたのである。 油層はほぼ完全に除去され、俺は五件目にして遂に極少量の獣脂しか含まれていない食べやすく内臓に優しいカレーを手に入れたのだ。(to be continued) ブログランキングって何なのでしょう。登録して一ヶ月あまりが過ぎましたが、効果のほどが見えないもんで、そのような根源的な疑問が時折頭をもたげます。でも、とりあえずは投票していただけると助かります。あなたの清き一票を当ブログへ。人気blogランキングへ
2006.02.11
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八重山・石垣あたりの地元経営者なんかにありがちな傾向なんであるが、彼らは人を育てる気がない。毛頭ない。これっぽっちもない。会社や店がうまく行ってるのは経営者たる己の手腕が優れているからであり、従業員などは鼻糞か目糞ほどにしか思っていないのである。 島の某雑貨店で店長をしてる友人などは店長であるから当然の如く仕入れから在庫管理からスタッフのシフト調整からディスプレイからレジから何か何までやっているし、友人が店長として働いてからの数年で店は売上も伸ばしているし、島の雑貨店としてはそれなりのポジションも得たのであるが、友人の給与は何年経っても時給なのである。それも安い。安いというくらいだから当然1000円には全然届かない。仕入れから在庫管理からスタッフのシフト調整からディスプレイからレジから何か何までやっているのに1000円は遥か遠くなのである。売上も利益も右肩上がりなのに1000円の呼び声はまったく聞こえないのである。 要するに人を育てる気も、大事にする気も店の経営者にはないわけであり、売上や利益が伸びようとそれは店長やスタッフの働きのおかげではなく、あくまでも経営者たる己の手腕だと思い込んでいるのだろう。でも、その敏腕で辣腕で有能な経営者が店でやることは一日に数分顔を出して売上を回収していくだけである。旅行なんかにも頻繁に行くらしいし、行っちゃうと当然店にも現れないわけで、俺なんかにはどのへんが敏腕で辣腕で有能なのかまるで解らないのだが経営者にその自覚はない。 で、最近その友人は辞めさせてくれと経営者に願い出たのであるが、辞職願いを聞かされてその経営者は初めて顔色を変えたそうである。その顔、能面の如くなり、無言のまま店から退出したとのこと。 数年間も搾取しっぱなしなんだから、誰だっていい加減嫌気がさしますって。ほんとに。それが嫌ならちゃんと人を育てりゃいいんだから。まじに。焦る前に人を大事にしなさいって。 移住しようと思ってる方々はよく知っておいてください。この界隈に経営者が10人いたら5~6人、いや、7人は間違いなくこのタイプですから。島で働くのって決して楽じゃないんですよ(脅し)。ブログランキングって何なのでしょう。登録して一ヶ月あまりが過ぎましたが、効果のほどが見えないもんで、そのような根源的な疑問が時折頭をもたげます。でも、とりあえずは投票していただけると助かります。あなたの清き一票を当ブログへ。人気blogランキングへ
2006.02.10
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インドの食の何がきついって、それはやっぱり油である。脂と言い換えてもいいし、膏でもいいかも知れない。しつこいな。でもとにかくインド行程の全期間を通してその油で俺は悩まされ続けたのである。 俺は旅行中あまり高いお店には入れなかったから…いや、入るべきではなかったから中クラスもしくは下クラスの食堂以外は知らないのであるが、注文した皿がテーブルに置かれた瞬間に俺は萎えるしかなかった。皿の下半分がカレー、上半分が油なのである。 でも最初にそれを見たときは上半分を満たしているものが何なのかわからなかった。『このテラテラと光っている液体はいったい何なのだろう?油?いやいや、こんなに油が入っているわけがない。油を注文したわけじゃないんだから。じゃ、何よこれ?ま、いい。まずは食べてみよう』 と言うわけで、光る液体をスプーンですくって口に入れた瞬間に戻しそうになった。言うまでもなく、やっぱり油だったのである。それも獣脂である。獣脂はエグさがあってサラダ油のようにすんなりとは食道に流れていかないのだ。で、ちょっと焦って周りを見回してみたわけだが、誰が食べているカレーも油が満タンであるから俺は諦めるしかないことをすぐに悟ったのである。ここの料理はこういう料理なんだと。 そこでは、俺はたいそう腹が減っていたので獣脂もろとも一皿平らげたわけであるが、食後半日に渡って胸ヤケに悩まされることになるのである。翌日も勿論腹がへるから別の店に行く。はっきり言ってインド料理たるものは基本的にすべてカレーである。カレーと一口に言っても色々種類も呼び名もあるのだが、俺のような至極庶民的な日本人からすればそれは全てカレーでしかないので胸ヤケの翌日もやはりカレーを食うのである。で、別の店だけどやっぱり皿の中では獣脂が踊っているのである。たっぷん、たっぷんと音を立てて。(to be continued) ブログランキングって何なのでしょう。登録して一ヶ月あまりが過ぎましたが、効果のほどが見えないもんで、そのような根源的な疑問が時折頭をもたげます。でも、とりあえずは投票していただけると助かります。あなたの清き一票を当ブログへ。人気blogランキングへ
2006.02.10
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イラクで人質になった今井さんのところには誹謗中傷の手紙やらメールやら一杯きたそうで、その9割が匿名だそうだ。卑劣である。誹謗中傷するなら本名を名乗りたまえ。もしくは反論する余地を相手に与え給え。どちらもなしで、ただ言いたいことだけ言って、あとは耳を塞ぐんじゃガキの喧嘩である。相手がいるのに自分だけ気持ちよくなってんだからオナニー野郎のそしりは免れまい。 論争も出来ない。対話も出来ない。ただヒステリックに喚き散らして逃げるだけ。何事につけ昨今の世論の趨勢はそういう調子であり、凶悪犯人を見れば死刑だ死刑だと合唱し、学校や公園で怪我をしたら行政の責任だ安全対策がなってないと大合唱。とにかく誰かを悪者にしないと皆さん気が済まないようだ。皆、自分は悪くないと思っているようだ。だから匿名で、反論もさせずに罵詈雑言を投げつけられるのだろう。 でも、どうだろう。なんらかの志はあるにせよ無為無策に等しい状態で紛争地域に分け入った今井氏らに責められて然るべき点はあるかも知れないが、何もせず何も考えていないくせに人質になった青年らを影から誹謗中傷するだけの人は悪くないのだろうか。その人たちは善なのか。彼らはザ・ルールなのか。法なのか。いや、連中は己の行動に多少なりとも恥というものを自覚してるからこそ誹謗中傷の手紙(メール)に本名も住所も書けないし、反論の手段も与えないのだろう。 俺も中東の地で銃口を向けられた者として今井氏らに多少なりとも同情する部分はあるし、興味本位であれ、志であれ、彼らは遠い異国の地で何かを為そうとしていたのだ。ただそれだけでも、影から誹謗中傷することしか出来ない連中より七千倍ぐらいましである。ちなみに、七千倍という数字の根拠はない。それくらい両者の意識には差があるように思っただけである。ブログランキングって何なのでしょう。登録して一ヶ月あまりが過ぎましたが、効果のほどが見えないもんで、そのような根源的な疑問が時折頭をもたげます。でも、とりあえずは投票していただけると助かります。あなたの清き一票を当ブログへ。人気blogランキングへ
2006.02.09
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八重山の某ローカル紙の編集長はナイチャー嫌いらしい。らしい、と言うか市内の酒場でナイチャーと散々言い争い、挙句の捨て台詞が「(島に住んでいる)ナイチャーは帰れ!」との連呼であり、酔っているせいかどうか知らないが、そんな無思考な台詞を繰り返すことしか出来なかったのである。島の知識人を気取る某ローカル紙・編集長においてあまりに情けない言葉であるが、『ナイチャー・ゴー・ホーム』こそが島のインテリゲンチャ-の本音なのかも知れない。 オレたちこそが島の文化をリードし、未来への礎を築いているのである。オレたちはナイチャーなんぞには負けない頭脳と知識を持っているのである。ナイチャーの世話になんぞなるつもりはないから早いとこ本土へ帰っちまいな。しっしっ。ってな感じなのか。 言い争った末の売り言葉に買い言葉ということもあるやも知れず、「ナイチャーは帰れ」という短いスローガンが彼の胸のうちの全てを言い表しているわけではなかろうが、彼はこうも語ったのである。 「旅行で来て、お金をいっぱい落としていってくれるナイチャー がサイコー。で、一年に何回も島へ来て、何回もお金落として くれるのが上等なナイチャーだ。上等なナイチャー歓迎! 上等じゃないナイチャーは帰れ」 ま、結局のところ、島の知識人を気取っても預金額や資産額で人を語ってしまうわけで、彼の持っているはずの知識が彼の思考に反映されていないところがなんとも虚しい。小学校高学年より上なら誰にでも考えつくようなこのような台詞を彼が吐くべきではないのだ。 よその土地の人間に偉そうなことを言われるのは確かに面白くないだろう。売り言葉に買い言葉、うるせーこの野郎、となることもあるだろう。現実に本土の人と文化に侵食されているのだから危機感もあるだろう。しかし彼の立場にあって幼稚な反発をやってみせたり、むやみに反駁を煽るような言動をとるのは慎むべきである。ガキの喧嘩みたいに帰れ帰れとわめいたところで島に住むナイチャーを本土に帰せるわけでもなく、幼子のように嫌だ嫌だ、帰れ帰れとやってしまえば『島』と『内地』という二極化もしくは二分化がそこに生じ得るのであり、そうなった時の問題の大きさや弊害の意味をきちんと考えられるなら前述のような無思考型の台詞とはならない筈である。偉そうなことを言うようだが、例え酒場でもあっても己の立場を知った上での論争であってほしい。それが出来ないなら他人の耳がある酒場でなんぞ酒を飲まず、自宅や親戚の家でやってくれ。幼稚で偏狭なナショナリズムを語ってしか酒を飲めないなら家から出ないのが島の為というものだろう。インフルエンザ休みこそありましたが、よくもまあ毎日毎日更新するよなぁと我ながら感心すると言うか呆れてます。エッセイなど毎日書いて何がそんなに楽しいのでしょうか。日常生活では明るく振舞っていますが、きっと性根は内向的なんでしょうね。好き好んで文筆に走る人なんて大抵そうです。そんな病める魂に救いを与え給え。ブログランキングへの投票どうぞよろしく。人気blogランキングへ
2006.02.08
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ジャッキーチェンあたりの香港系映画ではしばしば新旧中国人の暮らしぶりとして駅や市場などの大変な混雑ぶりが描かれているが、あれにあまり誇張はないのである。少なくとも俺が体験した中国の都市生活に鑑みれば香港映画で描写されるバイタリティ溢れる中国は現実でも同様なのである。 人と人とがあちこちでぶつかり合い、互いに指差して怒鳴りあい、横入りや順番抜かしは日常茶飯事。駅の改札を強引に駆け抜け、人の頭の上を飛び越え、開いてる列車の窓から車内へ飛び込むみたいな映画の描写に相当近いものを俺は見てきたし、体験してきたのであり、中国・列車の旅はまさしくブラックコメディみたいな出来事だった。あれから十余年の月日が経ち、数年後にはオリンピック開催だとか言ってるくらいだから、もうあんな支離滅裂で出鱈目な切符の買い方をしなくても済むのだろう。是非済んで欲しい。頼むから済むと言ってくれ。あんな肉弾戦は二度とごめんだ。いや、次に肉弾戦があったら『二度と』どころか四度目なのである。心身ともに三度が限界である。 体験上、移動に関しては相当にハードなお国であることは間違いないと思うが、それに反比例?するように食に関しては最上かつ最良かつ最高である。どんな場末の食堂に入っても驚くほど美味いものが出てきて、ユーラシアをぎりぎりの旅費でもって巡ってきて痩せ衰えた俺の身体は中国・北京において完全復活を遂げたわけであり、逆説的に言うならば肉体的な充実が図れるからこそあの理不尽極まりない肉弾戦に耐えられたのである。さすが中国。奥が深い。深くない?いや、深いのである。経験者が言うのだから間違いない。 次回はその『食』がハードだった国をエッセイしてみたい。 旅ハード~中国・列車の旅【 了 】 インフルエンザ休みこそありましたが、よくもまあ毎日毎日更新するよなぁと我ながら感心すると言うか呆れてます。エッセイなど毎日書いて何がそんなに楽しいのでしょうか。日常生活では明るく振舞っていますが、きっと性根は内向的なんでしょうね。好き好んで文筆に走る人なんて大抵そうです。そんな病める魂に救いを与え給え。ブログランキングへの投票どうぞよろしく。人気blogランキングへ
2006.02.07
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座席券を買い求めようとプラットホームで肉弾戦を演じていた俺の同胞らが発車のベルを聞いてどうしたかと言うと、座席券の購入を諦め、開いてる乗車口目掛けて殺到し、切符あらための車掌を蹴散らして一気に強行突破に出たのである。力ずくでの乗車である。 俺は何が起こったのかしばし解らず、同胞らに遅れはとったが最後尾から強行突破の群れへと加わり、車内へと雪崩れ込んだ。俺が雪崩れ込むのとほぼ同時にドアが閉まった。これぞ間一髪というものである。 見ると車両内通路に溢れ返った同胞らは車両後方を目指して再び突き進み始めている。その流れの先にあるものを確認して又しても俺は愕然となった。 車両最後尾を陣取った車掌がそこで座席券を販売していたのである。金を握り締めた同胞らがその車掌を取り囲み、本日もう何度目になるかすっかり判らなくなってしまった肉弾戦をやっていた。俺も此処まで来るとうんざりもやけくそも超越して無思考だ。何も考えず、何も感じず、一切の疑問も持たず、肯定も否定もせず、ただ座席券目掛けて突進するのみである。 数十分の後、俺は遂に、やっと、どうにかこうにか、念願の座席券と乗車券を手にしたのであるが、それを手に入れたとき既に座席は満席であり、車両連結部の通路の片隅に抜け殻の如きありさまで座り込む日本人旅行者の切符を検める車掌はなく、いったい俺は何のために肉弾戦を強いられねばならなかったのか大いなる疑問だけが残った中国・列車の旅だったのである。(to be continued)インフルエンザ休みこそありましたが、よくもまあ毎日毎日更新するよなぁと我ながら感心すると言うか呆れてます。エッセイなど毎日書いて何がそんなに楽しいのでしょうか。日常生活では明るく振舞っていますが、きっと性根は内向的なんでしょうね。好き好んで文筆に走る人なんて大抵そうです。そんな病める魂に救いを与え給え。ブログランキングへの投票どうぞよろしく。人気blogランキングへ
2006.02.06
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肉弾戦がまだ続くのかと、これを読んでいる方はうんざりしているかも知れないが、実際にこの果てしない肉弾戦の連戦に臨んだ俺はうんざりを通り越すより他に術がなかったし、こうして思い出して書いているだけでもうんざりした気持ちとなっているわけだが、朝食から戻った北京駅で俺を待ち受けていたのは又も肉弾戦だったのである。 ホームに入ってきた天津行きの列車に乗り込もうとすると車掌が入り口で切符をあらため、おまえが持っているのは乗車券だけだけなので乗せられないと言うのである。更に車掌が言うには、あそこで座席券を買い求めよ。さすれば乗せてやろうと言いつつ、彼が指差した先を見ると、やっていたのである。肉弾戦を。 別の車掌が後部車両の窓の一つを開け、そこからプラットホームにいる乗客らへ座席券を販売しており、その臨時販売窓口めがけて俺同様に座席券を持っていない連中数十名が殺到。さきほどの光景となんら変わらない阿鼻叫喚の騒ぎとなっていたのである。 車掌に言われるまま俺は半泣きでアタックをかけた。やけくそだった。やけくそになってやけくそな特攻をかけ続けていると俺は誰かに突き飛ばされた。俺はプラットホームの片隅とごろごろと転がっていき、「畜生!やりやがったな!」と突き飛ばした奴を見上げるとそこに立っていたの人民解放軍の兵士だった。この国では人の大勢集まる場所には必ず人民解放軍がいるのだ。俺を突き飛ばした兵士は俺に向って更に何事かを怒鳴るが無論それは中国語であり、俺にはさっぱり意味が通じないし、既に相当のやけくそ状態となっていたから俺も怒鳴り返した。勿論、日本語である。「うるせー!この野郎。兵隊だからっていい気になってんじゃねぇぞ、この野郎!俺は完全にブチ切れてんだよ。切符だ座席券だって何度も何度もこんなことやらせやがって。だいたいなんで窓口が一つしかないんだよ。だから混雑するんだろ。二箇所三箇所で売れよ!馬鹿野郎この野郎!ふざけんなよ!」 中国語と日本語によるまったく噛み合わない怒鳴りあいの末、いい加減俺にうんざりしたのか兵隊さんは別のやけくそさんに狙いを変え、俺の周囲の連中をやにわに突き飛ばし始めたのだが、やはり誰一人として兵隊さんに恭順を示すものはいなかった。みんな兵隊さんに何事か怒鳴り返すのである。 俺はこの光景に思った。そうなのだ。敵は兵隊や駅員や車掌なのであり、けっして肉弾戦のメンバーたちではない。キチガイじみた肉弾戦をみんな好き好んでやっているわけではなく、官のやり方が効率が悪くて要領が悪くて出鱈目ばっかりだから、だからみんな怒っているのだ。 しかし、そんなことをつらつらと考えているうちに発車のベルが鳴り響くから座席券買えずじまいの俺は焦ったのである。(to be continued)インフルエンザ休みこそありましたが、よくもまあ毎日毎日更新するよなぁと我ながら感心すると言うか呆れてます。エッセイなど毎日書いて何がそんなに楽しいのでしょうか。日常生活では明るく振舞っていますが、きっと性根は内向的なんでしょうね。好き好んで文筆に走る人なんて大抵そうです。そんな病める魂に救いを与え給え。ブログランキングへの投票どうぞよろしく。人気blogランキングへ
2006.02.05
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「スポーツやる日本の子供たち凄いね。プロみたいだね。 勉強なんかしないで、ただスポーツだけやる。プロ選手と 同じね。土曜も日曜も放課後もずっと練習。ずっと試合。 あ、そうそう、朝も練習してるね。なんで?親もみんな練習 させるの賛成。なんで?ま、でも、ホント、プロみたい」 そう語るのは沖縄本島在住のドイツ人である。彼には妻子がいる。子供は学校で部活漬けだと言う。勉強以外の時間の大半をスポーツに費やすことを奨励し疑問を持たない日本の社会全体に彼は疑問と驚きを覚えている。 石垣島の子供たち、特に野球をやっている子供たちも全く同様で、午前4時のコンビニエンス・ストアーの店内では朝練前の少年たちが弁当を物色し、店の前に停車している高級セダンやワンボックスカーの中では母親たちが大あくびをかましているのである。親子で朝練体制であり、それこそ放課後も週末も関係なく朝から晩まで練習である。更には年に数十万円(一人当たり)の費用をかけて島外への遠征を続け、大人顔負けの高額な用具を買い与え、OBだの有志の会だの親戚一同だの様々な形で大人たちが野球部をバックアップし、親子で野球漬けどころか実態は島社会全体が野球漬けと言っても過言ではないと思う。そう。少年たちはまるでプロみたいだ。 昨今石垣島では、八重山の県立高校が春の甲子園出場を決めたことに大騒ぎなのであるが、この県立高校野球部の子供らは、まさにそういう環境の中で育成されてきた純粋な野球選手なのであり、それだけのことをやってきたのだから甲子園出場は殊更に驚くことではないのである。当たり前なのだと思う。なにせ彼らはプロみたいなんだから。 良いとも悪いとも俺は断じない。ドイツ人の彼同様、俺も驚いているだけなのだ。ただ一つ危惧するのは、プロ選手でも育成するかの如き激しい練習を幼き身体に課すがゆえに我が国のスポーツ選手たちが一様に早熟で散ってしまうという事実である。小学生や中学生の未熟な身体にそのような練習量が本当に必要なのだろうか。そこは大いに疑問である。インフルエンザ休みこそありましたが、よくもまあ毎日毎日更新するよなぁと我ながら感心すると言うか呆れてます。エッセイなど毎日書いて何がそんなに楽しいのでしょうか。日常生活では明るく振舞っていますが、きっと性根は内向的なんでしょうね。好き好んで文筆に走る人なんて大抵そうです。そんな病める魂に救いを与え給え。ブログランキングへの投票どうぞよろしく。人気blogランキングへ
2006.02.04
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プレイバックだった。早朝の北京駅に俺が見たのは前日の昼間となんら変わらない肉弾戦の図だったのである。思わず俺は萎えそうになった。朝六時に北京駅に入るために四時過ぎに起床し、三十分で荷物をまとめると闇の中でタクシーを待って立ち尽くし、寒さに震え眠気に耐えながらも早朝ならば容易に切符を購入できるものと信じて、そう信じ切って北京駅へとやってきたのに…。 そんなふうに萎えかける俺の前ではバイタルに満ち溢れる中国…いや、溢れると言うよりも既に溢れ返っている中国人数十名が半狂乱とも言える様で切符を買い求めんとしていた。 負けるわけにはいかなかった。日本男児の威信に掛けても一歩足りと引くわけには行かず、というのは嘘で、此処で切符を変えないとなると延泊必至であり、滞在が伸びると言うことは滞在費がかさむという事に他ならず、この日で既に帰国費用のリミットを破っている可能性すらあった俺に延泊の自由などあろう筈もなく、俺は一切の疑問も躊躇も戸惑いも、それら全てを振り払ってただ真っ直ぐに肉弾戦の最後尾へと突撃したのである。「ウオォォォォォ!」と雄叫びなど上げつつ。 そこからは正直な話、筆舌に尽くし難いものが待っていた。通勤ラッシュの山手線や千代田線などの混雑が幼稚なものに思えるほど苛烈を極める戦いだった。誰もが自分より前に行こうとする者を排除しようとする。それはもはや圧力と呼べるものではなく限りなく打撃に近い直接攻撃であり、肩を掴みそこねると首筋に爪を立て、首からも手が離れると髪の毛を引っ張る。肘打ちを両サイドの者に見舞い、後ろから来る奴の足を踏みつけ、耳元で怒鳴り声を張りあげる。だが、俺も負けじとやり返した。観れば周りにいるのは殆どが俺より年を食った連中ばかりだ。なかには数名のオバサンまでいるから俺はひたすらに馬鹿みたいに猪突猛進を繰り返した。10センチずつ踏み込み、強引に体を捻り込んでいったのである。 一つしかない切符販売窓口に俺の手が入るまでどれくらいの時間が掛かったのかは不明だが、とにかく俺は勝ったのだ。いや買ったのだ。切符を手にした者は肉弾からはじき出され、力感なくひょろひょろと喧騒の外へと現れたし、俺もまた切符を手にした達成感と戦い終えた虚脱感で一杯一杯になり駅構内にへたり込んでしまったのである。服のボタンが二つなくなり、長く伸ばした髪をしばっていたゴムも見当たらず、シャツの裾がズボンから全部引き出されていた。履いていたスニーカーも足跡だらけだったし、腕には引っかき傷が何本も浮き上がっていた。でも俺はとにかく切符を手に入れことに安堵し、気を取り直して朝飯など食いに駅の外へと出たわけであるが、列車に乗るべく再び北京駅に戻ってきた俺を待っていたのは信じ難くも…(to be continued)インフルエンザ休みこそありましたが、よくもまあ毎日毎日更新するよなぁと我ながら感心すると言うか呆れてます。エッセイなど毎日書いて何がそんなに楽しいのでしょうか。日常生活では明るく振舞っていますが、きっと性根は内向的なんでしょうね。好き好んで文筆に走る人なんて大抵そうです。そんな病める魂に救いを与え給え。ブログランキングへの投票どうぞよろしく。人気blogランキングへ
2006.02.04
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シベリア鉄道は一万キロも走るだけあって他にも色々とあったのだが、本稿の主題から外れることは自分の中で許されないので、それらは又別の機会としておこう。 北京で滞在中の十日あまりの間に死ぬほど美味いものを喰い散らかし、食的にはかつて知らないほど大きな満足感を得たのちに一路日本へと向うべく天津(テンシン)行きの列車に乗ろうとした俺に再び悲劇が襲いかかった。弱肉強食の本当の意味を知らずにいたことを俺は北京駅で嫌というほど思い知らされることになったのである。 列車に乗る前日。先に切符を購入するべく昼どきの北京駅へと出向いたのであるが、そこにあったものは俺が知っている駅の光景ではなかった。そこはもはや駅とは呼べないほどに無秩序と無法が充満した空間であり、目を覆いたくなるような激しくも卑怯極まりない肉弾戦が切符販売窓口の前で繰り広げられていたのである。 まさにクレイジーステーションと言うべき驚愕の光景だった。俺自身は実際に見たことがないのだが日本のテレビニュースなどでよく取上げられている開店と同時にバーゲン会場へと殺到突撃していくオバさんたちの如き様であり、より正確を期すならば日本の突撃おばさんなど可愛く見えるくらいの大狂乱が北京駅で展開されていたのである。 狂乱しているのは勿論切符購入希望者である。あまりにも激しく狂乱しているので人数は把握できかねたが、確実に三十名以上、おそらくは五十名は参戦していたように思われた。押し合い、引っ張り合い、他人の髪の毛や衣服をつかんで引き倒し、肘打ちを食らわせ、怒鳴りあい、金を握り締めた手を我先にと切符販売窓口へ突っ込み合っているのだ。窓口は一つしかないから突っ込まれた手の後方では数十名の中国人らが他人よりも僅かに数センチでも窓口に近付くべく激闘を繰り広げる。 切符を買おうとしていた俺は、その光景を遠巻きに見ているうちにインドはカルカッタの駅でのことを思い出した。無論このような阿鼻叫喚の如き騒ぎではなかったがカルカッタの駅でも昼間は死ぬほど混雑していたから俺は女性専用窓口での切符購入を画策し、翌日早朝に女装して駅へと出向いた時の事を思い出したのだ。なのに女装までして行った朝のカルカッタの駅には誰一人窓口に並んでいなかったと言うあの肩透かしの記憶が甦り、女装はともかく、やはりここ北京駅でも翌朝に出直すのが得策であろうと判断し、俺は乗車前日の切符購入を諦めたのである。 そして翌日。午前六時の駅で俺が見たものは…(to be continued)インフルエンザ休みをはさみましてから下降の一途を辿あっておりましたブログランキングも上昇に転じ始めました。BLOGREADERの皆さんありがとうございます。今後も更なるREADERを獲得すべく更に上のランキングを目指しておりますので今後とも皆様のご尽力を賜りますようお願い申し上げます。よろしくどうぞ。人気blogランキングへ
2006.02.03
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白煙を噴出し続けた彼らだったが、実は良い人たちである。飯の調達方法もろくに考えず、乗車二日目からひもじい思いでいた俺に三度三度の飯を食わせてくれたからだ。 彼らは列車の中で米を炊く。実際に炊くのは中国人専用車両専任の中国人車掌であるが、米や漬物なんかを中国人乗客らが持ち寄り、それを車掌が石炭ストーブに火をおこして調理してくれるのである。だが中国人専用車両に調理専用のコンパートメントなどはなくて、この火を使った一連の調理がどこで行われるのかと言うと当然それは車掌室である。 飯が炊き上がると手招きで呼ばれ、熱い飯が盛られた椀を差し出される。飯の上には見たことのない漬物が一握り分のっている。それだけである。実に質素な飯であるわけだが、皆でストーブを囲み、この漬物丼とも言うべきご飯をいただくとこれが滅茶苦茶美味いのである。ちょっと信じられないぐらい美味い。はっきり言えばただの漬物ご飯であるのだが、シベリア鉄道の車掌室で炊いた御飯は只の御飯ではないのだ。 ここまでなら結構良い話だと思う。車掌室で火をおこすのは現代日本なら反則だろうが、シベリア鉄道の、それも中国人専用車両においては如何ほどのことでもないので、やはり概ね良い話と言えると思う。 だがしかし、本稿のテーマはハードな旅であり、ここは煙害の項なのであるから、勿論、この漬物丼のくだりも又そういう展開へと突き進むことになる。 そう。彼らは飯を食いながらでも喫煙する。一人だけ例外的に喫煙するとかではない。飯を喰っている最中に皆で煙草をふかすのだ。半分ほど漬物丼をかき込んだあたりで箸を置き、おもむろに煙草に火をつける。一度火を付けたからにはやはりフィルターが燃える寸前まで吸う。働き盛りの青年たちの飯を食う速度にさほど個人差はなく、だいたい揃って吸い始め、談笑し、だいたい揃って吸い終わり、そしてまた残りの半分の飯をいただくのである。 だが俺は極めて良識的で模範的生活規範に則(のっと)って生きてきた日本人であるから飯を食いながら煙草に火をつけたりはしないし、ニコチンタールにまみれた舌で飯を食うのはどう考えても合理的ではない。それに飯を食うときぐらい白煙から解放されてもいいだろうに、俺にはそんな些細な願いすら叶えられないのだ。せっかくの美味い飯なのにやっぱり充満した煙草の煙にまみれて喰うより他なかったのである。(to be continued)インフルエンザ休みをはさみましてから下降の一途を辿あっておりましたブログランキングも上昇に転じ始めました。BLOGREADERの皆さんありがとうございます。今後も更なるREADERを獲得すべく更に上のランキングを目指しておりますので今後とも皆様のご尽力を賜りますようお願い申し上げます。よろしくどうぞ。人気blogランキングへ
2006.02.02
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俺が巡った国々はユーラシア大陸だけに限定されるし、その数もそうたいした数ではないが、その国々の中で移動に伴う苦労及び疲弊度が最も高かったのは中国である。 中国国内で用いた移動手段は主に列車と路線バスの二系統であり、チベット方面に向かった方々などからバス移動に伴う厳しさを伺ったりもしているが、個人的にきつかったのはやはり列車なのであり、なにがきついって朝から晩までひたすらニコチンタールの煙にまみれ五泊六日の間を唯ひたすらに耐え続けなければならないまるで苦行のような旅だったのである。 俺は、モスクワから北京を目指してシベリア鉄道・二等寝台に乗り込んだのであるが、シベリア鉄道には外国人専用車両というのがあって、おそらくは優雅な鉄道の旅など楽しんでいる方々などはその外国人専用車両に乗り込むのであり、料金だって外国人専用価格であるから高目に設定されているし、そのぶん多少なりとも快適な旅を約束されているのかも知れないが、伸るか反るかの所持金で旅を続けていた当時の俺に車両選択の余地などあるわけがなく、最低運賃であることのみが約束されている中国人専用車両でもって五泊六日の荒行へと突入するより他に術が無かったのである。無論、乗り込む前はそのような事態に陥るとは寸毫とて予想していなかった。 俺は一番乗りでシベリア鉄道のコンパートメントに滑り込み、後からどやどやと集まってくる中国人青年らに目礼などくれつつ「よろしくな。俺、日本人だから。中国語はできないけど英語なら多少は話せるし、ま、筆談なんかもOKだしさ、とにかくよろしく頼むわ」みたいに余裕をぶっこいていたのだが、もうまもなく発車という段になってから俺はすこぶる慌てる羽目となったのである。 何が慌てるって、見えないのである。何も見えないのである。立ち昇る白煙が俺の視界を奪い、何事につけ慎重で臆病な俺は列車火災の発生を一瞬疑ったほどの大量の煙が狭いコンパートメントに充満していた。二段ベッドの上段を占有していた俺はただちに階下の中国人青年らに声を掛けた。 「What's going on?いったい何事なんだ。この煙は何だ。ど うしたんだ。え?英語も日本語わからないだと。なんでもい いから排煙してくれ。排煙だよ、排煙。排煙!わかりますか?」 コンパートメント階下に集まっていた三人の同室の中国人青年らが煙の向こうで行っていたのは喫煙行為だったのである。おぼろげながらも煙の向こうに確認できた彼らの顔は笑っていた。楽しそうに何事かを語りながらチェーンスモークなひと時を彼らは過ごしていたのであり、向き合う彼らの真ん中には灰皿代わりのバケツが置いてあって、そのバケツ灰皿の中には既に数十本の吸殻が確認できたし、その吸殻は完全にフィルターだけになっていて、フィルター接合部に近い僅かな葉っぱすら余すことなく彼らは吸い切り、そのようにして延々と彼ら三名はチェーンスモーキングし、俺を煙の中に閉じ込めたのだ。 想像してみ欲しい。狭いアパートサイズの四畳半にも満たない狭っ苦しいコンパートメントの中で青年三名がフィルターすら燃やす勢いでそれぞれが五本六本七本の煙草を延々とふかすということはどれほどの量の煙が充満するか想像できるだろうか。俺はそれまでそのような状況を想像したことがなかったし、もし友人などの部屋にあがりこんで複数で煙草をふかすような場合は部屋の窓を開けたし、換気扇を全開で稼動させたりするのだがシベリア鉄道・中国人専用車両内ではその一切の措置がとられない。季節は初冬。それもロシア。窓を開けると寒風が吹き込むのである。だから誰も窓を開けない。でも野郎三人でチェーンスモークはする。尋常じゃない量の煙が充満する。そういうことである。 それが中国へ向う列車の旅の始まりである。名称こそシベリア鉄道であるが、実態は中国人との列車の旅だったのである。(to be continued)インフルエンザ休みをはさみましてから下降の一途を辿っておりましたブログランキングも上昇に転じ始めました。BLOGREADERの皆さんありがとうございます。今後も更なるREADERを獲得すべく更に上のランキングを目指しておりますので今後とも皆様のご尽力を賜りますようお願い申し上げます。よろしくどうぞ。人気blogランキングへ
2006.02.01
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