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近頃の我が家のごはんは、なんとなく秋っぽくなってきた。たとえば昨日は、しめじの炊き込みごはん、茶碗蒸し、つみれ汁、胡瓜のぬかづけ、白菜のキムチ風、ルッコラのサラダ、それに栗とぶどう。今日はだんなさんが畑でとれたコリアンダーを使ってとびきりおいしいトムヤムクンと2種類のギョーザをつくってくれました。豚肉とバジルのギョーザが絶品!でした。だんなさん、おいしいごはんをありがとうね。最近発見したすごい料理の本。佐藤雅子さんという人の、「私の洋風料理ノート」図書館で検索して借りてきたんだけど、もー、ほんとすごい。感動。元祖カリスマ主婦ってだけのことはある。もちろん、レシピもすごいんだけど、ところどころに書いてあるコラムみたいのが、すごくいい。じーんとくる。おすすめです。他にも、「私の保存食ノート」「季節のうた」という本があるらしい。サンタさんに今からリクエストしとかないとなー。
September 29, 2006
カブ太郎が死んだ。たぶん、チビにはわかっていたんだとおもう。カブ太郎の死ぬ2日前から急に、「ぼく、カブ太郎みる!!」と、一時間おきに言うようになったのだ。それまでは、一日に1回、昆虫ゼリーをあげるときにしかカブ太郎~~と言わなかったのに。今朝も起きてすぐ、パパを起こして「早く、一緒にカブ太郎みようよ~~」と玄関へ。私はキッチンで背中越しに2人の会話を聞こうとおもっていると、「…………。」「カブ太郎、死んでる。」チビはパパに必死に「ねえ、カブ太郎どうやったら動く?」「カブ太郎動いて欲しい!!」「カブ太郎!動いて!」「パパ、カブ太郎に電池入れて。そしたら動くんじゃない??」…と。カブ太郎は電池じゃないよ、もう遠いところに行っちゃったんだよ。チビはそれ以上何もいわなかった。雨の中、パパと2人でカブ太郎を庭の隅に埋めた。タナゴのたなちゃんの隣。墓標代わりに飼育ケースの中の朽木を立てた。カブ太郎の死は、チビにとって相当、大きな衝撃だったみたいだ。いつもは夕方お隣さんに会うと、その日の出来事を機関銃のように報告するチビだが、カブ太郎が死んだことは、お隣さんにも、近所のお友達にも誰にも話そうとしない。この子は今、カブ太郎がいなくなったことを、小さいなりに自分の中で必死に理解しようとしているんじゃないか。そんなチビをみていると、ああ、カブ太郎の死は無駄じゃなかったんだな…、という気がした。
September 18, 2006
5日間のだんなさんの夏休みもあっという間におわり、またチビとの静かな生活が戻ってきた。だんなさんのお休みには、プールに行ったり、お隣さんたちとバーベキューしたり、チビ憧れのディズニーランドにもいったし、私にも1人でおでかけする時間ももらえて毎日とっても楽しく過ごした。1人の時間に「人間国宝 三輪壽雪の世界」という鬼萩(萩焼)の展覧会を見に行った。本物はやっぱりすごかった…。でも1人でみるより、うちのだんなさんにもみせてあげたかったな。前に育児の本で「親が自分の感性を磨く努力をしていれば、子どもの感性は自然と磨かれる」みたいなことが書いてあったのをふと思い出した。きっと、そうなんだろうなー。そうであってほしいな…というかそれを理由にこれからも色々、でかけようっと。その帰りにうちの弟とデートもした。ふたりともおいしいケーキに目がないので、結局1人2個ずつケーキを注文して、食べた。そのあとチビとだんなさんと合流したら、チビはちゃっかり「トイレでうんちできた記念」に前から欲しがっていた、トミカの「ハイパーレスキュー1号」を買ってもらっていた。「ハイパーレスキュー2号」は以前うちの妹に買ってもらったので、これでついに、1号と2号が連結するのだ。…チビの粘り勝ち。ちなみに、それ以降トイレでウンチしてません。どうなってんだ~!?
September 15, 2006
たまたま、育児の講演会に行った。抽選で保育つきだったのが当たったので、講演自体はそんなに興味なかったんだけど、チビを預けてちょっとした息抜きというか、ちょっと仮眠というか…、申し訳ないけどそんな期待していったわけではなかった。けど。その弁護士さんの講演が予想外によかったのだ。その話をすべてここに書ききることは出来ないけど、とにかく私の人生がこれから大きく変わるかもしれない、それくらいすごい話だった。その弁護士さんは、児童相談所に相談に来る子供達の話をきいたり、少年犯罪の裁かれる現場に数多くかかわる中でたくさんの子供達が虐待・いじめ・暴力・性犯罪ありとあらゆる想像を絶する苦しみの中にいることを知り、子供達を保護したり代理人になり交渉したりする活動を行っているという話だった。彼女の話の中で幾つもの事例が紹介され、そのどれもが衝撃的な話だった。どの子どもの話も、毎日一緒に暮らしてきたはずの親が全く気づかなかったというのだ。親が鈍感だったわけじゃないのだ。子どもが、一生懸命隠すのだそうだ。自分がこんなに苦しいのを親が気づいたらどんなに悲しいだろう、そう思って子どもは親の前では元気に明るく振舞い続けるんだそうだ。自分の命を絶つしかなくなる、苦しみの限界まで。誰にもわかってもらえない苦しみ。親には話せない。その苦しみを他人がわかってあげることは出来ない。簡単に解決することもできない。けれど、その子の心に寄り添って、ともに悩んでくれる誰かの存在が必要なのだという。たったそれだけで、子供達の心は自分の力で再び立ち上がり、生きていくことができるんだと、その弁護士さんは話していた。子育てっていうのは、自分の子どものことだけ育てていくのも子育てなんだけど、この社会の中で生きていく大人として、じぶんの周りにはもっとたくさんの子供達がいて、その子供達をまわりにいるみんなで見守り育てていく、そういう子育てもあるっていう意識が自分の中にはなかったなーって。自分の子ども以外の子どもたちのために、力を尽くして戦ってる人がいるなんて。私なんかに何ができるだろう?でも何かはできるはず。私は、チビのことで頭がいっぱいで、こどもイコール3歳だったけれど、子育ては一瞬じゃなくて、チビもいつかは小学生になったり、思春期を迎えるんだよなー。そういう未来を見据えたというか大きな眼をもって子育てしないといけないんじゃいか、って本気で思った。何をどうすればいいかわからないけど、とにかく、何らかの一歩を踏み出せる自分でありたい。
September 8, 2006
とうとう9月。のんびり構えていたチビの幼稚園問題もどこにするのか、それとも2年保育にするのか?現実的に考え、我が家の方針を決めないといけなくなってきた。うちから徒歩20秒の△▲幼稚園。入るのはかなり難しい、人気の園だ。(入園は抽選)先日、未就園児と年長さんが遊べる日があり、行ってきた。約一時間、ママは少し離れた待機場所で見ていなくてはならない。最初の説明で、先生が「初めてのことに警戒心をもつのは、悪いことじゃないのでお子さんがもしみんなの遊ぶほうに行きたくないというなら無理に送り出さないでくださいね。」と言い、年長さんが1人に1人ずつ、手をつないで子供達を遊びに誘って連れて行った。チビは、普段ここの幼稚園が大好きなのに、どうしたわけかいきなり「嫌だ~~~~!おうち帰る!!」と言い出した。そんなだだこねてるのはうちともう1人だけ。他の子はすんごい楽しそうにおにいちゃんたちと遊んでいる。「じゃ、行かなくていいよ。ママとここでいよう。」といってもチビの涙は止まらない。「おうち帰りたいの~~~~~…帰る~~~」しかし、幼稚園の門は閉まっていて、さっき来たばかりで、私は今帰るのは無理だとチビにいった。あまりに泣き止まないので、先生が遊びに誘いにきた。チビは本当は園庭の滑り台で遊びたかったのだ。しかし、ママが一緒にきてくれないと嫌だといってまた泣く。「じゃ、ママ一緒に行くよ。」というと、先生が「お母さんはここで待っててくださいね。ここから先は、子どもと先生の遊ぶところですから、それがルールです。」とぴしゃりといわれてしまった。そしてちょっと強引にチビをつれていってしまった。結局、チビはずっと先生と遊んで年長さんとは全く話したがらなかった。帰り際におみやげといって配られた、年長さんの手作りの双眼鏡も「いらない!」といって地面にたたきつけた。なんで?それをみた年長さんのお兄ちゃんは、とっても悲しそうだった…そして今日、自転車で5分くらいのところの、幼稚園類似施設の公開保育。しかも屋外遊び。近くのちょっとした農場(牛とダチョウがいる!)にみんなで歩いて行き、そこでお弁当を食べる。ここの園庭解放は以前チビがすごく楽しそうにしていた。全員、裸足でどろんこになるのだ。このあいだの幼稚園の日とは大違いで、チビはすぐにみんなの中に溶け込んでいった。「せんせい、うしさんとらくださんはどっちつよいとおもう?」「せんせい、ぼくね、だちょうさんのせなかにのってみたい」自分から先生のところにくっついていく。皆に受け入れられたのはチビだけじゃない、私もだった。初めて会うのに、こどもたちはみんな私にどんどん話しかけてくる。「ねえ、おともだちのお母さん。僕の捕まえた虫、みて!」「俺も虫つかまえたいんだけど、一緒に探そうよ!」「僕のリュックどこにいったかわからないよ~~~」なんだろう?この違い…みんな、牛を見るのに、錆びた柵の一番上によじのぼってみている。先生も、「だめだよ、危ないから!おりなさい!」なんていわない。全員、柵にのぼって牛を見る。気持ちいい!縦割り保育なので、年長の子は隙間に小さい子を割り込ませてあげる。お弁当は草むらに全員で大きな円になって、食べる。でもなかなか「いただきます」にならない。数人、トイレに行ってる子がいたのだ。お腹がペコペコなのに、ちゃんと、戻ってくるまで全員で、待つ。みんなの中に、とっても温かいものが流れている。みんなの虫カゴも牛乳パックでつくった、園児のお母さんたちの手作り。思いやりって、こういう時間をたくさん経験することで育つんじゃないだろうか…そんなことをおもった。少なくとも、兄弟がいないチビにとって、縦割り保育はかなり意味があると思う。家に帰って、チビに「△▲幼稚園と、今日遊んだお友達のとこと、どっちに行きたいかな?」ときくと、「今日遊んだとこにいきたい!△▲幼稚園いかなくてもいい!」といい、お隣さんにも「今日ね、すごく楽しかったんだよ~~!」と報告していた。一応、今日は屋外だったので、来週再度一日体験入園があるのでそれに参加してみようとはおもう。それでもやっぱりチビがイキイキしてたら、もう迷うことはないかな…。チビが「たいよう」になれる場所にいさせてあげたい。
September 7, 2006
近所の野菜の直売所に、ついに栗が。500グラム以上入って、300円!安い。さっそく買ってきて、ゆでた。あまりにおいしかったので、また買いに行った。パンを焼くときに、栗もいれてみた。形はほとんどなくなって、練りこまれた感じになったけど、味はおいしい!チビもたくさん食べた。はちみつをつけて。栗とはちみつって、合うワー。今夜のごはんは、ゴーヤのおかか和え・畑のトマト2種・胡瓜のぬかづけ・梅にんにく・鶏団子と小松菜のさっと煮・ひじきとしらす入りおにぎり・焼き唐辛子と焼きなす・ふきの土佐煮・野菜のポタージュ(人参・じゃが・玉葱・パプリカ・豆入り)色んなものをすこしずつ食べて、すごく健康的な食卓になった。野菜大好きのだんなさんも大喜び。ところで、このあいだぱまちゃんに借りた江原さんの本に書いてあったように、チビにたずねてみた。夜、寝る前に布団の中で聞いた。「チビは、何をする為にうまれてきたの?」チビは少しのあいだ考えて、こう言った。「…太陽。」???????少し質問を変えて聞いてみた。「チビは将来、何がしたいのかな。」沈黙のあと、チビの答えはやっぱり同じだった。「太陽!!」一体、どういうことなんだろう。
September 5, 2006
先日、お友達のぱまちゃんとこの姫ちゃんを、何時間かだけど、数人で預かる機会があった。ぱまちゃんはよく、姫ちゃんが扱いにくいといって嘆いているんだけど、私達の前では姫ちゃんはものすごくしっかり者で素直でかわいらしい女の子だった。だけどやっぱりそれはよそいきで、ママの前ではかなり困ったちゃんになってしまうらしい。う~ん、そうなのかな?こんなにかわいいのに…?この歳でもう、自分を使い分けているのかな。だとすると、それって、すごいとおもった。小さくても、心の中はものすごく成長していて複雑なんだろうな。男の子と女の子の違いなんだろうか、チビはどこでも、わりと変わらずなように思う。これから先、子どもが男の子だと、異性ゆえに分かり合えない苦しみがでてくるんだろうけど、逆に女同士だとわかるからこそ反発する気持ちとかも生まれてくるんだろうな…。どっちにしろ、悩みはつきない感じだな。ぱまちゃんと姫ちゃんとの関係も、スムーズになっていったらいいな。今はお互いにしんどいときもたくさんあるだろうけど、それを乗り切ったら2人の絆ってものすごく強くて深くなる気がする。自分が2歳くらいのころって一体どんな気持ちだったんだろう?って考えてみても、思い出せないしわからないんだけど、自分の子どもをみていると、これってなんだか自分の小さい頃の様子をそのまま再現してるんじゃないか、とか思ったりする。子ども時代をもう一度生きているような気持ち。
September 1, 2006
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