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2008.11.20
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中世の迷信
ジャン=クロード・シュミット(松村剛訳)『中世の迷信』
(Jean-Claude Schmitt, "Les ≪Superstitions≫", dans Jacques Le Goff et Rene Remond dir., Histoire de la France religieuse , tome 1, Des dieux de la Gaule a la papaute d'Avignon (des origines au XIVe siecle) , Paris, Seuil, 1988, pp. 417-551)
~白水社、1998年~

 原著情報が長くなりましたが、本書は、ある一冊の本の邦訳ではなく、大部の本『宗教的フランス史』第1巻の一章分の邦訳です。原著の現物は一部コピーするためにちょっと見たことがあるだけなのですが、きれいな装丁の本です。第1巻は、ここに邦訳されたシュミットの論考も含め、4つの章からなっています。
 この『中世の迷信』は、他の国でも訳が出ていて、かなり人気の(有名な)著作のようです。
 なお、著者ジャン=クロード・シュミットの簡単な紹介については、その論文 「中世の自殺」 の記事をご参照ください。すでに記事を書いたその他の著作としては、 『中世歴史人類学試論―身体・祭儀・夢幻・時間』 があります。
 今回、枕元の友にして、数年ぶりに通読しました。
 さて、前書きが長くなりましたが、本書の構成は以下の通りです。


日本語版に寄せて

序文

第一章 ローマとラテン教父における<迷信>概念の基礎
第二章 異境から<迷信>へ
 異教徒の改宗―ひとつの模範
 <迷信>―キリスト教化の副産物
第三章 中世初期の魔術師と占い師
 自然の災難―人間・動物・収穫
 死者たち
 時間と占い
 夢と悪魔

 中世文化の新しい軸
 <老女たちの信心>
 公式的な儀式の濫用
 同化不可能な<残滓>―死者の軍勢とアボンド夫人
第五章 中世末期の魔女のサバトとシャリバリ


参考文献
索引
ーーー

 まず、シュミットは、<迷信superstition(s)>という言葉をカッコ付きで使うことを強調します。現代の<迷信>と、中世において<迷信>という言葉がもった意味は異なるため、中世の意味で<迷信>という言葉を用いるために、ということです。なお、『中世歴史人類学試論』所収の論考「中世宗教史は成立可能か」でも、漠然と言葉を使うことによる時代錯誤の危険性を説き、カッコを使うよう強調しています。
 さて、後は、興味をもったところ、面白いところについて、いろいろと書いておきたいと思います。

 初期中世において、聖人たちは<異教>の神殿・信仰の対象物を破壊するという役割を持っていました。面白い記述を引いておきます。「 聖マルティヌスは神殿を燃やすのに熱心だったあまり、周辺の家屋への延焼を防ぐために奇蹟を起こさねばならないほどであった! 」(46頁)
 しかし同時に、キリスト教はうまく土着の信仰と妥協していこうともします。パリでドラゴンと戦った聖マルセルが、ドラゴンを殺すのではなく服従させたということを、この観点から説明していて、興味深かったです(ル・ゴフも聖マルセルとドラゴンについて論文[ 『もうひとつの中世のために』 所収]を書いていますが、あんまり考えずに読んでいたので印象に残っていません…)。

 次は、興味深かった記述を。「 教会が与える罰とは…罪の軽重と教会内での罪人の社会的地位に応じて異なっていた。聖職者の方が非聖職者よりも厳しく罰せられた 」(62頁)。
 この方面についてはほとんど勉強していないので、さっぱりなのですが、ふと、日本をしょって立っている(はずの)国会議員さんたちは、なぜか非国会議員たる一般国民よりもそうとう優遇されているなぁ、と思いました。国会議員は、国会期間中は、基本的に逮捕されないという特権がありますが、しかしそもそも国会議員が逮捕されるようなことをすることがおかしいのであって、変な制度だなぁと思います。上の引用を見習っていただきたいですね。

 第三章の、「時間と占い」の節が、今回読んだなかでは一番興味深く読みました。時間のキリスト教化について論じる部分です。
 たとえば、曜日の話。ルーナ(lundi,月曜日)、マルス(mardi,火曜日)、メルクリウス(mercredi,水曜日)、ユピテル(jeudi)、ウェヌス(vendredi,金曜日)、サトゥルヌス(samedi,Saturday,土曜日)と、それぞれ曜日には神々あるいは神格化された天体の名前がつけられています。しかも、木曜日にはユピテルのために休むという、聖職者には許せない慣行もあったとか(アルルのカエサリウスの説教)。これに対して教会は、神が6日働き、七日目に休んだということで、<神の日>(dies domini)こそが特別なのだと説きます。
 たしか最初に本書を読んだ頃でしょうか、そういえば現代フランス語では日曜日はdimancheといって、英語のSundayと違い太陽のイメージがないように感じるのですが、これはなぜかと考えたことがあります。考えただけで調べてないので、いまだに答えは知らないのですが…。あえて上で曜日を列挙したときは現代フランス語を例として付記したのですが、日曜日dimancheだけは「~di」のかたちになっていませんし、やっぱり気になります。私はイタリア語が分からないのですが、あるいはラテン語圏では日曜日だけ特殊な言い方なのでしょうか。
 曜日の話が長くなりましたが、あるいは一月一日の話。一月(英January)の名前のもとになっているヤヌスは前と後ろに顔があるので、これが年から年への移行を意味していたため、ローマでは一月一日に重要性がありました。ところが、この日はキリスト教にとってはべつだん大した意味はないのですね。そこで、一月一日に行われる祭事を告発することとなります。また、1564年にフランス王シャルル9世が1月1日を一年のはじまりとして決定するあたりの話も書かれていて、面白かったです。

 第四章はいろいろな<迷信>の話が紹介されていて面白いです。他のジャン=クロード・シュミットの研究もいくつか読んできたなかでの再読なので、あらためて理解が深まる部分もあり、良かったです。

 魔女の話は、中世西洋史に関心をもち始めていたころは興味をもっていましたが、莫大な先行研究もあるでしょうし、チャレンジするのがためらわれる領域ですね…。
 ある共同体の女性がほかの共同体の男や寡夫と結婚すると、その共同体の若者たちがお付き合いできるはずだった女性の数が必然的に一人減ってしまうという事情もあり、そういった新婚夫婦のもとで若者たちが大騒ぎするというシャリヴァリの話は、もう少し関連文献を読んでみたいと思っています。こちらも思いながら、なかなか手をつけていませんが…。

 …と、まとまりにない紹介になりましたが、このあたりで。
(2008/11/17読了)





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Last updated  2008.11.20 07:15:58
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『中世の迷信』  
hirsakaki さん
中世最大の迷信は、魔女裁判でしょうかねえ。
最近、'80年代ドイツのフォークロアを集めた本を読んでまして、「都市伝説」や「迷信」がどんな風に生成されるか興味を持っていました。
シュミットによれば、中世の迷信とはキリスト教と土着の宗教との摩擦で生じるものがあるようですね。わかるような気がします
(2008.11.20 23:30:16)

Re:『中世の迷信』(11/20)  
のぽねこ  さん
hirsakakiさん
コメントありがとうございます。
じっくり勉強できていませんが、魔女裁判はまさにルネッサンスの、いわゆる合理的思考の進展がめざましかった時期に起こった現象ということで、興味深いです。「魔女」を糺弾する人々―合理的なはずの聖職者たちが、逆に「迷信」にとらわれていたという…。
「都市伝説」も興味深いですね。 (2008.11.21 07:08:13)

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