仙台・宮城・東北を考える おだずまジャーナル

2005.09.22
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カテゴリ: 雑感
養老孟司さんの文章に書いていました。冠詞は西欧語には勿論あるが、実は日本語にも実質的にはある。助詞がその機能を果たしており、「昔むかしお爺さんとお婆さんがいました。お爺さんは山へ芝刈りに...」という場合に最初の「(お爺さん)が」は不定冠詞、次の「(お爺さん)は」は定冠詞なのだ。不定冠詞と定冠詞によって、概念的なるものと、個別的で感覚的に把握すべきものとを意識的に分けることができる。冠詞や助詞がない中国は、概念世界と感覚世界の区別がない。例えば日本(人)に対する観念も一括りにしてきた。10億以上の人がいながら硬直的画一的思考で、今まで人のせいにしてきた。極論すれば中国や日本の区別だってどうでもいい。未来の中国の最大の問題は環境で、日中が足並みをそろえるべきだ。という論旨です(多少私が色づけして要約)。昨日帰りの電車で読んだ中央公論10月号p.166-。

 言語がスピーカーの思考や文化を規定するという事には興味があります。逆に、民族の生活や文化が言語に反映しているという説明もあるでしょう(稲作にかんする語彙の多様性とか)。この関係は切っても切れないものだと思います。

 さて、中国語と言えば「対日新思考」「小日本」「新浪網」しか知らない私です。また、中国の文化社会を論じるにはもとより勉強不足。しかし、1つ言えると思うことがありますので、それを記します。

 養老さんがいう「定冠詞」の文化、すなわち個別的で感覚的な理解という意味では、私は中国からの留学生をはじめとした訪日者が、日本と日本人のありのままを直接感じ取ってもらうことが一番重要だと思います。
 ことに我が仙台は従来から留学生数が多いです。データを見ますと、宮城県内の留学生は約1850人(平成16年度)、うち中国約1000人。全国では11万7千人(過去最高)、うち中国は3分の2の7万8千人で前年から1割も増加。都道府県別では、宮城県の1800人台は、首都圏1都4県、愛知県、関西2府1県、広島県、福岡県、大分県に次ぐ。大分は立命館APUの影響だろう。
 なお、宮城県の留学生の構成比は、中国54%、韓国15%で、全国と比較すると中国人の割合は少なめと言えます。東北大学(1000人以上)が、他のアジアアフリカ諸国や欧米諸国からも広く受け入れているためでしょう。いずれにしても中国から多数の留学生が仙台に来ているわけです。

 この方々が、仙台で学び、「定冠詞」レベルで仙台を知り日本を知り日本人を知ることは、計り知れない財産です。双方にとって。
 できればグランディ21の活用方法をアジアレベルで考えられたら... ま、それはいいとして。

 これからも国際交流のまち仙台であってほしいです。





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最終更新日  2005.09.22 18:59:22
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