仙台・宮城・東北を考える おだずまジャーナル

2006.08.16
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テーマ: ニュース(95869)
カテゴリ: 東北
何とも残念で不愉快だ。靖国問題や歴史認識に関係していることは明らかだが、人様の建物に放火する愚かさ。言論の自由とかの洗練されたコトバで批判しても良いが、もっと単純に、人に迷惑をかける行為をする人間が許せない。

靖国参拝問題については、わたしも一定の考えは一応ある。現時点で参拝を憲法上許されるかどうか、という問題にとどまるものではない。戦争に関与し(関与させられ)た国民の意識と靖国に寄せる感情をどう扱うかが基本で、その後に、講和後の戦犯の扱い、さらにその後に近隣諸国への配慮いかん、という整理だと思っている。

どうも近隣諸国の反応から発想する風潮が強すぎるように感じる。自分たちの戦争をどう反省するかが先の筈だが。

憲法問題と位置づけて攻撃する論調に対しては、今になって何を評論家気取りか、と思う。戦後に靖国が宗教法人になって、合祀がともかくもなされて、首相参拝がされてから周辺国が問題視し始めた。これを憲法を持ち出して批判して見せるのだが、その経緯と国際関係対処が問題となっているのに、何の解決にもならない。

しかしながら、哀悼の意を表するのにとやかく言われるべきでない、という小泉氏の断固とした態度も、状況をふまえた「政治家としての」姿勢とはいいにくい。片面的な方向にあえて持って行っている。とやかく言う方が悪い、という言い方は、1つの見解の吐露にはなるけれど、置かれた状況を舵取りする政治最高責任者の対応としては、淋しい。

国際関係問題としても、非常に難しい。例えば米国大統領の靖国参拝は、その気になって頼めば簡単に実現しそうな話だ。相手国の戦没者を敬い追悼する気持ちはどこの国でも同じで、日本を訪問した国家元首が、日本の追悼施設で手を合わせたいと考えるのは明快で当然のことだ。だが、わが政府はそれは困る、というだろう。ここに、複雑さがある。

複雑にしたのは中韓でしょ、というのが小泉首相。そういう面はある。しかし、複雑にさせられたニッポンをどうしますか、それは総理が示さないと。憲法に反するから、とただ批判だけする論者と、これでは五十歩百歩じゃないか。あとは次期総理に委ねるという本心か。

少し飛躍するが、戦後61年、この問題が解決するどころか、まさに火種となる状況だ。政府には、見解の表明合戦の一当事者ではなく、責任ある舵取りを求めたい。





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最終更新日  2006.08.16 05:47:19
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