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【最 近 の 話 題 ・ 出 来 事】小倉百人一首をテーマにした京都・嵐山の文化発信や観光の拠点施設「時雨殿」が一月二七日、渡月橋西側(料亭・吉兆の隣り、嵐亭の向かい)にオープンした。和風の外観の鉄筋コンクリート造り二階建て、延べ床面積は約千三百平方メートル。総工費約二十一億円。一階の体験施設は床面に四十五センチの液晶パネル七十台(縦六.六メートル、横七.五メートル)を敷き詰め、百人一首かるたの絵札を表示。、ゲームメーカー・任天堂の協力で携帯型ゲーム機を改良した専用端末機でデジタル映像や無線通信による絵札画面を探し歩いて、かるたとりゲームを楽しめるほか、紫式部はじめ歌人の映像と仮想対戦も出来る。床面パネルには京都市中心部の航空写真や夜景も表示でき、画面上を空中散歩したり、画像を拡大しながら史跡や名所などを探すことも出来る。二階は競技かるた大会も出来る百二十畳の大広間を備える。開館時間 午前十時~午後五時 (月曜休館):入場料 高校生以上 八百円、以下 五百円【京 の 歳 時 記】左京区・一乗寺の狸谷山不動院で一月二十八日、初不動が営まれた。「狸谷飲み放題」といわれるがん封じのご利益があるとされる笹酒が、参拝者にふるまわれる。江戸時代中期に修行をしていた僧・木食上人が境内の滝の水を竹筒にくんで病人に飲ませたところ、たちまち病気が治ったという。この故事にちなんで、護摩の火で温めた笹酒が振る舞われるようになったとされる。毎月二十八日が本尊の「不動明王」の縁日で一月は初不動として知られ、家内安全や商売繁盛を願って全国一円から参拝者が訪れ、本堂前では山伏姿の修験者から竹筒に入った酒が竹の杯に注がれ、無病息災を祈りながら飲み干していた。又、狸谷さんの愛称で交通安全の神社として、一年中車の祈祷で賑わっている。
2006.01.28
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【京 の 歳 時 記】 南区・東寺は延暦十三年(七九四)の平安遷都の時に羅城門の東に開創して、西の西寺(現在は廃寺)とともに平安京の二大官寺の一つとされた。 弘仁十四年(八二三)に嵯峨天皇が弘法大師空海に下賜されて、真言密教の道場となった。 三月二十一日に没した弘法大師空海の遺徳を偲び、毎月命日の二十一日に御影供法要が営まれる。 この日、境内一円に種々雑多の多数の露店が並び「弘法さん」として知られる市が開かれる。その一年最初の縁日を新春の風物詩「初弘法」と呼び、師走の「終い弘法」と並んで例月よりも多くの人出で賑わう。
2006.01.21
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【京 の 歳 時 記】 伏見区・城南宮で大寒の一月二十日、恒例の釜の湯をササの葉で散らして無病息災を祈る「湯立神楽」が営まれた。 年頭の恒例行事で、「文政六年」(1823年)の銘がある直径約七〇センチの釜が置かれ、「天から下された」とされる水を湯立て用いる。 拝殿では四人の巫女が笛や太鼓の音色に合わせ、扇や鈴を手にのびやかな神楽を披露した。 本殿前で、巫女が湯気を立てる釜に米や酒を注いだあと、両手に持った笹の束を湯に浸し、左右に勢いよく振りまいた。 周囲の参拝者は頭を垂れて無病息災へ沸き立つ願いを込めて湯がかかるのを待ち受けた。湯立が終わると、神事で用いた笹を持ち帰る人の列ができた。
2006.01.20
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【京 の 歳 時 記】 浄土真宗本願寺派・西本願寺の報恩講で一月十五日、念仏に対する喜びの気持ちをうたった和歌を詠む「御法楽献詠」が行われた。 和歌の家で知られる冷泉家当主らが狩衣、袿袴に身を包み、親鸞の前で古式ゆかしい作法で歌を披露をした。 「御法楽献詠」は、古くから宗祖親鸞や本願寺中興の祖蓮如の遠忌法要などで行われていたが、江戸時代後半に途絶えたが、伝統文化の見直しで一昨年約百年ぶりに復活した。 今年の題は「早梅」で念仏の喜びと自然の恵みなどをうたった七首の和歌が選ばれて、語尾を伸ばす冷泉流伝統の節回しで、阿弥陀堂の親鸞像の前で朗詠され、約千五百人の門信徒らが聞き入った。
2006.01.16
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【京 の 歳 時 記】 ★京都市内の各地の社寺では一月十五日、正月飾りや書き初めを燃やす小正月の行事「左義長(とんど)祭」神事が行われる。 東山区・新熊野神社では、約六百年前の室町時代から左義長神事が行われたとされ、竹三本を立て、しめ縄を巻きつけて高さ約五メートルの左義長がたき上げられ、舞い上がる炎に、参拝者は無病息災などを祈った。 ★東山区の妙法院三十三間堂で一月十五日、新成人らが弓道の上達を誓う新春恒例の「通し矢」の弓の引き初めが行われた。 江戸時代に武士が百二十メートル(普通の距離の二倍の長さ)の長い廊下に矢を射通し、腕を競ったのが始まりとされ、京都府弓道連盟と妙法院(三十三間堂)が成人の日の時期に毎年開いている。今年は新成人の男女と一般の部を合わせ、約二千人が参加した。 三十三間堂の西側に特設された射場で、振り袖に袴姿の女性達が、横一列に並んで六十メートル先の的(直径五十センチ~一メートル)を狙って、ゆっくりとした動作で矢をゆがえ、冬の冷気を切り裂くような鋭い矢を二本づつ放った。 ★同じ日「柳のお加持」が行われる。正式には「楊枝浄水供」と呼ばれ、浄水に柳の枝を浸してその水を参拝者の頭上に振りかける秘儀で功徳が分け与えられる。 特に頭痛に効くという。古くは平安時代に行われ、それによって柳にまつわる伝説が数多く生まれた。 【最 近 の 話 題 ・ 出 来 事】一月十五日午後零時半、スタートを告げる全国都道府県対抗女子駅伝は西京極陸上競技場において二十四回目の号砲が鳴り、花火があがった。 世界に、オリンピックに、羽ばたこうとするホープ達には、京の都大路は日本の女子マラソン界をはぐくんできた母なるロードだろう。 ★新春気分もそのままに、九区間になどらえた“数え歌”のような短章でスタート。 一区・いつも輝くランナーの顔。見るものすべてに勇気をくれる。 二区・逃げるぞ追うぞ。駅伝の魅力は抜きつ抜かれつ。 三区・寒い冬にも熱い戦い。冬枯れの都大路が華やいでくる。 四区・呼んでいる。たすきを待つチームメートが見えたら、そらラストスパート。 五区・ゴールを目指す中盤の展開。ここらが勝負の胸突き八丁。 六区・ロードを埋める大声援。ふるさと選手との一体感 (レース直前の調整練習に励む選手達)が忘れられない。 七区・涙流した厳しい練習。苦しいときに思い出せばパワー全開。 八区・ハッとする、かわいい中学生の走りに無限の可能性が見えた。 九区・苦労を忘れるゴールの一瞬。 そこには四十七チームそれぞれに、順位を超えたドラマがあった。 我が京都が42.195メートルのコースを幾多の記録を更新して首位を守り2時間15分25秒で昨年に続き10回目の優勝を果たした。 第一位 京都 2時間15分25秒 第二位 埼玉 2時間16分36秒 第三位 長崎 2時間16分48秒 第四位 岡山 2時間17分43秒 第五位 兵庫 2時間18分40秒
2006.01.15
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【京 の 歳 時 記】伏見区・日野の法界寺で一月十四日夜、寒中の伝統行事「修正会裸踊り」が行われた。厳しく冷え込んだ境内で、下帯姿になった男達が「ちょうらい(頂礼)、ちょうらい」と勇壮に叫んで体をぶつけ合う。五穀豊穣や平穏無事を祈って毎年元旦から営まれている修正会の結願日に行われ、江戸時代中期から続くとされる。薬師堂で厳かに法要が続くなか、下帯姿の子供達や成人男六十名ほどが国宝・阿弥陀堂を駆け抜けて登場。頭の上で力強く両手を打ち鳴らし、井戸水を浴びた男たちが激しくもみ合って踊ると、体からは白い湯気が上がり、境内は熱気に包まれた。
2006.01.14
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【京 の 歳 時 記】 伏見区・伏見稲荷大社で一月十二日、新春恒例の邪気を払う奉射祭が営まれ、五穀豊穣と家業繁栄を願って神職が神矢を放つ神事。 本殿での祭事に続き、神苑斎場で奉射の儀が営まれた。 「お弓始め」とも呼ばれる同祭は、副斎王が中央から四方に六本の神矢を放って場を清め、大蛇に見立てた長さ約十三メートルの注連縄の中央にある直径約一メートルの的に向かって、神職二人が約十八メートル離れた位置から計四本の矢を交互に放つ。かっては矢の当たり具合でその年の豊凶を占ったとされ、現在では邪気払いなどの神事となっている。
2006.01.13
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【最 近 の 話 題 ・ 出 来 事】 ★茶道表千家の初釜が十日朝、上京区の不審庵で始まった。 京都の各界の招待客、約二百人が千宗左家元の練った濃茶をいただき、和やかに新春の気分を味わった。 初釜席となった「残月亭」の床には、千家再興の基とされる「少庵召出状」が掛けられ、続く九畳敷には「春入千林処々鶯」の軸や結柳などが飾られ、千宗左家元が今年の歌会始の御題「笑」と干支・戌にちなんだ水差しを取り合わせた道具で濃茶を練り、もてなした。十四日までの五日間に約千五百人が招待されている。 ★お正月のお茶の間TV風物詩として全国から注目される、新春の都大路を舞台に繰り広げられる全国四十七都道府県の選りすぐりの女子ランナーが熱走する「第二十四回全国都道府県対抗女子駅伝競走大会」が来る十五日(日)午後0時半にスタート。 京都から世界に羽ばたく地元郷土のヒロインたちに大きな声援を送って上げてください。往復42.195キロのコースで今年もどのようなドラマが展開されるのか楽しみです。 NHK総合テレビ・ハイビジョンで午後0時15分より実況生中継。 十日には北海道チームがトップを切って到着、各代表チームも順次入洛して、街中での練習風景にも気迫が見られ、駅伝ムードが漂っています。 ★洛西・長岡京市神足(コウタリ)にある「神足神社」は、桓武天皇が天から降り立つ輝く神の足を夢で見て建てさせ、神足神社と名付けたという伝説がある。 「足の神様」としてスポーツ選手の信仰が厚く、多くの参拝者は「お守り」を授受。 女子駅伝京都府代表チームも優勝を祈願したお守りをつけて一番でゴールできるよう、そのご利益に勇気づけられている
2006.01.11
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【最 近 の 話 題 ・ 出 来 事】 ★一年の商売繁盛を願う「初えびす」が一月八日から十二日まで東山区の恵美須神社で始まる。 「初えびす」を前に九日、神事をすませた東映太秦映画村の芸妓姿の女優二人が松竹梅で飾った紅白の「宝恵かご」に乗り込んで、市内のホテルや大手企業や百貨店を巡り、景気回復の願いを込めて縁起物の吉兆福ざさやくま手を配り、法被姿の男性にかつがれ「宝恵かご、ホイ」と元気良く掛け声を上げて練り歩いた。宝恵かご巡行は十日も行われる。 えびす祭が始まった江戸時代、西陣や室町の呉服関連のだんな衆がひいきの芸者を連れて社参したのが起源と言われている。 九日の宵えびす・十日のえびす大祭と残りえびすの十二日まで境内で福ざさ授与がある ★東山区・粟田神社で九日、摂社の出世恵比須社の祭礼で、出世えびす祭が始まった。祭りの期間中のみ神像が公開される。 座高約六十三センチの寄せ木作り。ほっそりとした体形と、釣り上げた鯛を胸元に持つ姿が特徴で、室町時代以前に制作されたとされる。恵比須社は、幼少期の源義経が奥州に向かう際、源氏再興を祈願したとされることから、家運隆盛や商売繁盛を願う祭りが毎年この時期に催されている。十一日まで。 ★京都泉涌寺七福神巡り 東山区・泉涌寺山内一帯で九日、福の神に一年の幸せを祈る「七福神めぐり」が行われた。山内の塔頭寺院に奉られている七福神に順番に参り、福を授かる行事として戦後すぐに始まったという。 番外として泉涌寺がまつる楊貴妃観音、新善光寺の愛染明王を加え、「久」に通じる九福と縁起を担ぎ、計九ヶ寺を参拝する。 総門側で、一番「福禄寿」をまつっている即成院から出発。 二番「弁財天」戒光寺→→番外「愛染明王」新善光寺→→三番「恵比須神」観音寺→→四番「布袋尊」来迎院→→五番「大黒天」雲龍院→→ 番外「楊貴妃観音」本坊楊貴妃観音堂→→六番「毘沙門天」悲田院→→七番「寿老人」法音院 の順で巡る。
2006.01.10
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【最 近 の 話 題 ・ 出 来 事】 平安~鎌倉時代の歌人藤原俊成・定家からの伝統を受け継ぐ歌道の宗家・冷泉家(上京区)で一月八日、新年恒例の「歌会始」が古式ゆかしくとり行われた。 歌会始は、八百年ほど続く冷泉家の伝統行事。 狩衣姿の冷泉家第二十五代当主と袿袴姿の女性門人が公家住宅(重要文化財)の座敷の和歌浦の絵の軸を掛けた床の前で「兼題」(今年は早春浦)に寄せられた百種近くの和歌から十首を選び、独特の仰揚でゆったりと朗詠、続いて同家で和歌を学ぶ「玉緒会」の華やかなきもの姿の門人らが即興の当座題に移り、全員が即興で初詠みし、和歌の道の精進を誓い、初春の情緒にひたった。
2006.01.09
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【最 近 の 話 題 ・ 出 来 事】新春香る 京都・花街の芸・舞妓が全員黒紋付き姿で、今年一年の技芸向上を誓う恒例の「始業式」が一月七日、四花街(祇園甲部・祇園東・先斗町・宮川町)の各歌舞練場で行われた。 (上七軒は一月九日に行われる。) 祇園甲部では師匠の五世八千代さんがお祝いの地唄「倭文」を舞い初めた。 「おめでとうさんどす」「おたのもうします」の挨拶が交わされ、決意を新たにし、お茶屋の女将さんからお神酒などを受けた。 今年の売花奨励賞は芸妓 豆千鶴さんが受賞。
2006.01.08
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【京 の 歳 時 記】 北区・上賀茂神社で一月七日、正月に白馬を見ると邪気がはらわれるという故事にちなむ「白馬奉覧神事」が営まれ、神馬を前に健康や家内安全を祈った。 白馬総覧は宮中で一月七日に行われていた白馬節会を模して神事化した。普段は近くの京都産業大学の馬術部で飼育されている白馬「神山号」が、この日は境内の神馬舎で参拝者に公開される。 神事は神職が神前に七草がゆを供えて祝詞をあげた後、「神山号」が本殿前に進み、差し出された大豆を食べる神事。 ※今年は朝からの大雪で馬が参加できず、「主役」不在の神事となった。 【最 近 の 話 題 ・ 出 来 事】 上京区・茶道裏千家「今日庵」で一月七日午前より、「初釜式」が始まった。 茶室「咄々斎」(重文)では、正親町天皇の「松の歌」の掛け軸と結柳が飾られた床の前で、千宗室家元が濃茶を練り、招待客をもてなした。 裏千家の初釜には十三日までの七日間で約三千百人が招待されている。
2006.01.07
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【京 の 歳 時 記】 左京区修学院の赤山禅院で一月五日、今年一年の無事を祈る恒例の「八千枚大護摩供」が営まれた。 全国から集まった信者が不動真言を唱える中、比叡山千日回峰行を達成した大阿闍梨らが、雲母不動堂内の護摩壇でさまざまな願いの書かれた護摩木を燃え上がる炎に投じた。 大護摩供は、災いを除き、幸福を招く清めの儀式で、毎年この日に行われる。 【最 近 の 話 題 ・ 出 来 事】 ★東山区・清水寺で、本堂東側にある奥の院の舞台(重要文化財)の解体修理も終わり、ほぼ全ての床板や柱を取り替えたほか、地盤を含めた耐震補強も行い、美観に安心が加わって真新しくなった。 奥の院は一六三三(寛永十)年の再建で、本堂と同様に山の斜面に建てられた寄せ棟造り。 ★華道家元池坊は一月五日、初春を祝う「初生け式」が六角堂のある家元道場や池坊本館で催された。 全国から門弟約千五百人が集まり、専永家元と由紀次期家元の指導を受けながら、緊張した面持ちで伝統の正月の花を生け、今年一年の華道の精進を誓った。
2006.01.06
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【京 の 歳 時 記】 左京区・下鴨神社では一月四日、新春恒例の「蹴鞠初め」が行われた。王朝装束をまとって古式ゆかしく白い鹿皮の鞠を蹴る蹴鞠は、中国・殷時代の雨乞い神事が起源とされ、国内では平安時代以降に宮中で流行、鎌倉時代には武士や庶民の遊戯として広まった。 六名から八名が一座となって、相手が受けやすいように優雅に蹴り続ける。 神社本殿前に設けた約十五メートルの鞠庭に色鮮やかな水干や烏帽子姿の装束を身に付けた八人が輪になり、「アリ」「アヤ」「オウ」の掛け声と共に見事な足裁きで鞠を蹴り上げ、初蹴りを奉納する。 ※飛鳥井流、難波流などの流派がある。京都御所の小御所北側に、「蹴鞠の庭」がある。
2006.01.04
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謹賀新年 京都は穏やかな陽気に包まれ、新春を迎える事が出来ました。 伏見稲荷大社では初詣客が参道から本殿まで長い列を作り、人・ 人・人でひしめき合った。 大晦日から2日の夕までの人出は推定で二百六万人とのこと。 二条城でも「お正月公開」が明日(四日)まで行われています。 今年も私の拙い京都情報をご笑読頂ければ幸甚に存じます。 【京 の 歳 時 記】 東山区の八坂神社で一月三日、新春恒例の「かるた始め」が行われ、古式ゆかしい王朝絵巻さながらの優雅な催しに大勢の参拝客が楽しんでた。 会場になった境内の能舞台には、水干姿の童子、童女や、紅袴に子袿姿の古式ゆかしい衣装を纏ったかるた姫が、二人ずつ向かい合い、百人一首の札を取り合う「初手合わせ」(歌の上の句を読み上げると、かるた姫らは「はいっ」と声をあげながら床に並べられた下の句の札を取り合う)を行った。
2006.01.03
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【最 近 の 話 題 ・ 出 来 事】 明けましておめでとうさんどす、本年もよろしゅうおたの申します。 今年も「京都を愛する京都人より京都の最新情報発信・不定期便」のタイトルで私の拙い情報を投稿しますので、京都に興味・関心のある方はご一読下さい。 正月の京都は各社寺への初詣から始まりますが、何と言っても伏見のお稲荷さん詣りです。(私は月詣りをしております)。 一月中は全国から多くの参拝で月中賑わいます。 【伏見稲荷大社について一言】 全国に約四万あると言われる稲荷神社の総本社で、京都における最も古い神社の一つであり、古くから五穀豊穣、商売繁盛の神として朝野の崇敬を集め、参拝者は絶えることがない。 創建時代は不詳でもとは稲荷山の三カ所に三社鎮座していたが、平安遷都後、稲荷信仰の中心的存在となった。また、天長三年(827)空海が東寺の塔材用として、神材を伐ったことから真言宗と結びつき、益々繁盛した。 本殿…五間社流造り、檜皮葺きで明応三年(1494)の建築で、唐獅子牡丹唐草などの桃山風彫刻が施されている。 御茶屋…御水尾天皇から下賜された茶室で仙洞御所から移された。屋根は入り母屋造り、桟瓦葺き、書院造りの建物。 (※以上私の自費出版本“京都に関する参考資料”より
2006.01.01
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