2026
2025
2024
2023
2022
2021
2020
全25件 (25件中 1-25件目)
1
【今日の情報 : 歳時記・催し・話題・出来事】★春秋二回の一斉放水で美山の風情を醸し出す府下南丹市美山町北の「かやぶきの里」(重要伝統的建造物群保存地区)で三十一日、「第十一回雪灯廊」が始まる。;「かやぶきの里 雪灯廊」イベントは、雪に覆われる冬の美山を代表する風物詩です。 集落の道に灯籠が並べられ、かやぶき屋根をライトアップ。厳寒の山里がほのぼのとした雰囲気に包まれ大勢の人たちが幻想的な光景を楽しんだ。 雪灯廊は電球の入った灯籠二五〇基を設置した。手作りの竹灯籠約七十基を置したほか、あんどん約一五〇基も飾った。ほかに、多くの観光客がバケツに雪を入れて固め、ろうそくを立てる穴をくり抜いて灯籠を作った。 日没とともに、柔らかい明かりに浮かぶかやぶき家を見ながら散策したり、写真を撮る人たちが目立った。 点灯は二月七日までの午後五時〜八時ごろ。雪の灯籠作りは無料。 一月三十一日(土)・二月七日(土)は打ち上げ花火もご観賞いただけます。 温かな明かりの中にかやぶき民家十八軒が浮かび上がり、多くの人がカメラを構えた。花火も打ち上げられ、観光客は屋台のキノコ汁やおでんやぜんざいで体を温めた。 住民団体などでつくる実行委員会が毎年開いている。観光客らが雪を固めて作った灯籠をはじめ、木や竹の灯籠など約八〇〇個を重要伝統的建造物群保存地区の集落内に並べ、火をともした
2015.01.31
コメント(0)
【今日の情報 : 歳時記・催し・話題・出来事】★左京区・一乗寺の狸谷山不動院で一月二十八日、「初不動」が営まれた。 「狸谷飲み放題」といわれるがん封じのご利益があるとされる笹酒が、参拝者にふるまわれる。 江戸時代中期に修行をしていた僧・木食上人が境内の滝の水を竹筒にくんで病人に飲ませたところ、たちまち病気が治ったという。この故事にちなんで、護摩の火で温めた笹酒が振る舞われるようになったとされる。 狸谷不動院は桓武天皇勅願の不動尊を安置したのがはじまり。 毎月二十八日が本尊の「不動明王」の縁日で一月は初不動として知られ、家内安全や商売繁盛を願って全国一円から参拝者が訪れ、本堂前では山伏姿の修験者から竹筒に入った酒が竹の杯に注がれ、無病息災を祈りながら飲み干していた。又、「狸谷さん」の愛称で交通安全の神社として、一年中車の祈祷で賑わっている。
2015.01.28
コメント(0)
【今日の情報 : 歳時記・催し・話題・出来事】 ★上京区・北野天満宮では、承和十二年(八四五)六月二十五日に生まれ、延喜三年(九〇三)二月二十五日に没した学問の神様・菅原道真を偲び、御縁日として、終日境内周辺に露店が所狭しと立ち並び、参拝者の人波が絶えない。「天神さん」として親しまれ、二十一日の東寺・「弘法さん」と共に毎月開かれる京都の二大縁日で、境内一円に露店が多数並ぶ。その一年最初の縁日を「初天神」と呼び、「終い天神」と共に例月よりも多くの人出で賑わう。この日は穏やかな天候に恵まれ、境内は授与される梅の枝を求める人や、合格祈願をする家族連れらでにぎわった早咲きの梅の花がほころび始めた境内には露店も例月以上に多く、約千軒の植木・骨董・古着・衣料品・食料品・雑貨などを商う店が新春の縁日の賑わいをみせる。又、この時期は受験生の合格祈願で境内は学生さんで溢れている。 ★厄年の女性の無事を願う「女人厄除(やくよけ)まつり」が二十五日、下京区の市比売神社で営まれた。 本厄の十九歳や、後厄などの女性たちが振り袖姿で祈とうを受け、豆まきをして平穏な一年を願った。女性の守り神とされる同神社が一九八八年から続ける神事。厄年に当たる「福女性(おんな)」四人が本殿にそろい、神職が厄よけの祈とうをささげた。四人は近くの五条大橋に移り、橋の上から「福は内」と声を上げながら鴨川に豆をまいた。
2015.01.26
コメント(0)
【今日の情報 : 歳時記・催し・話題・出来事】 ★京都十六社朱印めぐり市内十六社を年頭に新しい年もいい年でありますようにと・・・そんな願いを込めて参拝することで、一年間のあらゆる御利益が得られるそうです。 二月二十五日まで。 熊野 若王子神社 学業成就・商売繁盛熊野神社 縁結び・安産・病気平癒新熊野神社 健康長寿・病魔退散 特にお腹守護 (能楽隆昌発端の地)藤森神社 勝運と馬の神様市比賣神社 女人禁制 (京都唯一) わら天神 安産 (厄除・家内安全)今宮神社 健康長寿・良縁開運粟田神社 旅立ち守護・厄除六孫王神社 出世開運・家運隆昌の守護神上御霊神社 厄除・学業成就 (鎮霊の社)岡崎神社 子授け・安産・厄除西院 春日神社 病気厄除 (厄除・病気平癒・交通旅行安全)御香宮 安産・厄除・病気平癒吉祥院天満宮 受験合格・開運招福 (ちえと能力開発の神様)豊国神社 出世開運・厄除招福・良縁成就・商売繁盛長岡天満宮 合格祈願・厄除開運 (学問の神様)※ 期間中全ての朱印を受けると記念の干支置物がいただけます。
2015.01.23
コメント(0)
【今日の情報 : 歳時記・催し・話題・出来事】 ★南区・東寺は延暦十三年(七九四)の平安遷都の時に羅城門の東に開創して、西の西寺(現在は廃寺)とともに平安京の二大官寺の一つとされた。 弘仁十四年(八二三)に嵯峨天皇が弘法大師空海に下賜されて、真言密教の道場とされた。三月二十一日に没した弘法大師空海の遺徳を偲び、毎月命日の二十一日に大師堂で御影供法要が営まれる。参拝者は金堂や大師堂にお参りし、線香の煙を体に擦りつけて無病息災を祈った後、この日、境内一円に約千数百軒の種々雑多の露店が立ち並ぶ「弘法さん」として知られる市が開かれ、東大門から九条大路に面した南大門にかけては植木市、大門を入ると古道具類、金堂や大師堂周辺では食べ物や生活用品など、ジャンル別に並んでいます。その一年最初の縁日を「初弘法」と呼び、弘法大師・空海の命日にちなむ毎月二十一日の「縁日」の中でも、年末の終(しま)い弘法と並んで多くの人でにぎわう。金堂や大師堂では、参拝者が手を合わせて無病息災などを祈っていた。 ★京の三弘法めぐり 弘法大師ゆかりの三ヶ寺を、弘法さんの命日である二十一日に巡る習わし東寺では初弘法、神光院では、大師が厄除け修行をしたという境内で山伏による大護摩焚きと火渡りが行われ、仁和寺では三弘法めぐりの納めとして、裏山の御室八十八ヶ所霊場をめぐります。
2015.01.21
コメント(0)
【今日の情報 : 歳時記・催し・話題・出来事】 ★伏見区・城南宮で大寒の一月二十日、恒例の釜の湯をササの葉で散らして無病息災を祈る「湯立神楽」が営まれる。 年頭の恒例行事で、一八二三年「文政六年」の銘がある直径約七〇センチの大釜が置かれ、「天から下された」とされる水を湯立てて行われる。 江戸時代中期の元禄年間の大釜も残っており、神事は、少なくともそのころから行われていたと言われる拝殿では祓神楽、灼取りの儀、御幣舞、笹舞を四人の巫女が笛や太鼓の音色に合わせ、扇や鈴を手にのびやかな神楽を披露、悪霊退散、無病息災,願望成就を祈る. 続いて本殿前で、別の巫女一人が釜を塩で清め、湯気を立てる釜に米や神酒を注いだあと、両手に持った笹の束を湯に浸し、左右に勢いよく振りまいた。 周囲の参拝者は頭を垂れて無病息災へ沸き立つ願いを込めて湯がかかるのを待ち受けた。湯立が終わると、神事で用いた笹を持ち帰る人の列ができた。 ★京の骨正月 京都の一部地区で二十日を骨正月と呼んでいます。 昔は、お商売をしている家では年末に食料を買いだめしておき、注連(しめ)のうちは商いを休みました。その休みの間、鮭や鰤の切り身などを食べているうちに二十日頃になるとすっかり骨ぐらいしか残らなくなるので、そのあらでだしを取り、この日に大根を煮いたことから、こんな奇妙な名称が生まれたようです。
2015.01.20
コメント(0)
【今日の情報 : 歳時記・催し・話題・出来事】 ★東山区・八坂神社の境内に古くから疫病除けの神として崇敬され、疫神社(蘇民将来社)というお社がある。 毎年、一月十九日に「疫神祭」が行われる。この日の早朝に竹の芯の茅の輪を鳥居に据え、粟餅をお供えします。その由来は、八坂さんの祭神・素戔嗚尊(すさのおのみこと)が南海を旅していた際に、巨旦将来に一晩泊めてもらえないかと頼みましたが断られ、弟の蘇民将来に迎えられ、粟餅でもてなされました。みことは蘇民に対してのお礼に、悪疫が流行しても茅の輪を腰に下げれば悪疫除けになると告げました。そのため、蘇民一家は無事であったという故事によるものです。 ★煎茶道方円流の初煎会が十八日、中京区のホテルで開かれた。 各界の招待客と門人ら約三二〇人が、和やかにあいさつを交わしながら、すがすがしい春の茶を楽しんだ。初席には後藤典生・高台寺執事長らを迎えた。水口豊園家元の孫、瓜生開人さんが初めてお手前を披露、えとにちなんだ道具を使い、しなやかな手つきで煎茶を入れ、ふるまった。 初煎会の前に開かれた新年式典で、豊園家元は「ざわざわした時代だからこそ、煎茶道を通じて心豊かに安定感のある暮らしを伝えたい」と一年の目標を掲げた。
2015.01.19
コメント(0)
【今日の情報・歳時記・催し・話題・出来事] ★新成人らが弓道の上達を誓う新春恒例の「通し矢」が十八日、東山区の三十三間堂であり、晴れやかに着飾った男女約二〇〇〇人が気持ちを新たに矢を放った。慶長年間に始まったと伝えられ、「三十三間堂の通し矢」とも呼ばれています。江戸時代、武士が一二〇メートルある三十三間堂の軒下で弓の技術を競ったのが始まりとされる。弓引き初めは、かつて三十三間堂の端から端まで六十六間の距離を一昼夜で何本通せるかを競ったもの。戦後、京都府弓道連盟などが「三十三間堂大的(おおまと)全国大会」として主催し、今年で六十五回目。 底冷えがする境内の射場で、あでやかな振り袖姿の女性たちが六〇メートル先の的を狙った。静寂の中、かじかむ指先に神経を集中させながら弓を射ると、観光客たちがカメラのシャッターを切っていた。★楊弓★小弓の一種で、もともと主に楊で作られていました。 室町時代には公家や武家の遊びとして、江戸時代には庶民のスポーツとしても親しまれ、 祇園社や六角堂などの寺社付近に射場が設けられ、参詣者を集めたといいます。 ★同じ日「柳のお加持」が行われる。 正式には「楊枝浄水供」と呼ばれ、後白河天皇の病が浄水で治癒したことに由来します。天台宗密教の修法で加持祈祷した浄水(清水に柳の枝を浸す)を当日妙法院門跡が浄水に柳の枝を浸してその水を参拝者の頭上に振りかける秘儀で功徳が分け与えられる。 特に頭痛に効くという。古くは平安時代に行われ、それによって柳にまつわる伝説が数多く生まれた。この日堂内は無料で開放されます。
2015.01.18
コメント(0)
【今日の情報 : 歳時記・催し・話題・出来事】 ★北区・上賀茂神社で一月十六日、正月行事を締めくくる「武射神事」が行われる。 大的式弓射引初め神事(おおまとしききゅうしゃひきぞめしんじ)とも言われ、矢を射抜いて一年の豊作や、邪気をはらう平安時代に始まった神事。境内芝生の東側に射場が設けられ、直径約一.八メートルの的の裏に「鬼」と、大書された的が用意される。その的を一人二本ずつ射て悪鬼祓除し、その年の無病息災を祈願する。 烏帽子に狩衣姿の神職達が御幣殿前の芝にて、四十メートル離れた的を射るもので、迫力満点です。 武射とは「歩射」から転じたもので、馬上から矢を射る流鏑馬に対し、馬に乗らず地上から矢を射るのでこの名がつけられて、芝生に設けられた長さ約三十メートル射場で、烏帽子、狩衣姿の神職が順に矢を放った。弓術小笠原流近畿菱友会の射手七人が一列に並んで矢を次々と放つ「百手式」の奉納もあり、これだけ広大な場所での弓の神事はあまりないので、ゆっくり見物できるのが魅力。 ★妙心寺塔頭の東林院で十六日、「小豆粥で初春を祝う会」が始まった。 参拝者は、緑のコケに赤い実を付けたセンリョウなど庭園の風情を楽しみながら、素朴な粥を味わった。 祝う会は、小豆粥を小正月に食べると一年間の邪気を払い、万病を除くとされる風習に基づく。会に先立ち、小豆粥を境内の木々に供え、鳥や仏と分かち合う「散飯(さんはん)式」が営まれた。 参拝者は本堂で、梅干しと砂糖入りのさゆ、祝い菓子を食べた後、書院に移った。小豆粥が各自の前に運ばれると、庭園に来る鳥が食べる分を返した後、ひじきや昆布などと食した。 祝う会は三十一日まで(午前十一時~午後三時)。会費三七〇〇円で予約不要。
2015.01.16
コメント(0)
【今日の情報 : 歳時記・催し・話題・出来事】 ★下鴨神社で「初大黒えと祭」が行われ、菊と二葉葵の飾りの付いた五合桝に大国神像が授与されます。 半桝を「繁昌」に引っ掛け、下鴨の繁昌大国とも親しまれている縁日です。 大国さんは福徳円満・長寿・殖産興業にご利益のある神様とされていますが、干支も護って頂けます。 境内の各干支の神様にお参りして、お土産に干支守りを持って帰る。 ★右京区・平岡八幡宮で一月十五日、「左義長祭」が行われる。 「とんど」ともいい、注連縄、門松などで堆く燃やし、神前の鏡餅を焼いて食べながら一年の無病息災を祈ります。昔は正月遊戯に使う毬杖(ぎちょう)という長杖の槌を青竹と組んで焼いたので「三毬杖」とも呼びます。「吉書揚げ」といって、この火で書初めを燃やし、その燃えさしが高く舞い上がったら書の腕が上がるといいます。 ★上賀茂神社と下鴨神社で小正月の一月十五日、「御粥神事」が営まれる。 野菜果物とともに小豆粥と大豆粥をお供えし、五穀豊穣、国家国民の安泰を祈願します。由緒ある両神社での、ほのぼのとしたひと時です。☆ あずのおかいさん小豆粥を京都風に言うとこうなります。小正月と呼ぶこの日に小豆粥で祝い、邪気を払います。お粥の中に、それぞれ柔らかく煮いた小豆、餅を入れたもの。
2015.01.15
コメント(0)
【今日の情報 : 歳時記・催し・話題・出来事】★第四十九回「京の冬の旅」非公開文化財特別公開 頂妙寺 ~琳派の絵師・俵屋宗達ゆかりの寺~ 建仁寺 霊源院 ~五山文学の寺院に伝わる秘仏~ 六道珍皇寺 ~現世と冥界の境 地獄絵と伝説の井戸~ 清水寺 成就院 ~借景が作り出す美しい名勝「月の庭」~ 智積院 ~長谷川等伯と堂本印象の華麗な障壁画~ 東福寺 龍吟庵 ~重森三玲の庭園と日本最古の方丈建築~ 東福寺 勝林 ~琳派の祖・本阿弥光悦の菩提寺~寺 本法寺 ~琳派の祖・本阿弥光悦の菩提寺~ 妙顕寺 ~琳派を代表する 尾形光琳ゆかりの寺~ 仁和寺 金堂・経蔵 ~門跡寺院に残る宮殿建築と輪蔵~ 龍安寺 仏殿・西の庭 ~「石庭」で名高い龍安寺のもう一つの庭~ 妙心寺 三門 ~京都最大の禅刹 楼上の極彩色の空間~ 妙心寺 衡梅院 ~妙心寺四派の源流「四河一源」の庭~ 東寺 五重塔 ~京都の象徴(シンボル) 日本一高い五重塔 ★伏見区・日野の法界寺で一月十四日夜、寒中の伝統行事「修正会裸踊り」が行われた。厳しく冷え込んだ境内で、下帯姿になった男達が「ちょうらい(頂礼)、ちょうらい」と勇壮に叫んで体をぶつけ合う。元旦から二週間、薬師堂で五穀豊穣・天下太平を願って厳修してきた修正会の最終日の行事で、江戸時代中期から続くとされる。薬師堂(本堂)で僧侶たちの読経が厳かに響くなか、下帯姿の十六人の子供達や成人男六十名ほどが国宝・阿弥陀堂を駆け抜けて登場。寒の入りの一番寒い底冷えの時期だけに、その寒さを吹き飛ばす勇壮な踊りは、頭の上で力強く両手を打ち鳴らし、井戸水を浴びた男たちが激しくもみ合って踊ると、体からは白い湯気が上がり、境内は熱気に包まれた。日野薬師や乳薬師の呼称でも親しまれ、下帯は安産祈願の腹帯として信仰を集める。安産・授乳の神様で、裸踊りのふんどしは安産の腹帯として人気がある。裸踊り終了後まかれる「牛王札」も人気で、取り合いになります。
2015.01.14
コメント(0)
[今日の情報・歳時記・催し・話題・出来事] ★茶道武者小路千家の初釜が十二日、上京区の官休庵で始まった。 澄み切った青空のもと招待客が次々と訪れ、千宗守家元と新年のあいさつを交わした。茶室環翠園には、江戸中期に活躍した七代直斎筆の軸「洞中春月四時好(どうちゅうにしゅんげつしじにこのましく) 雲外渓聲一様寒(うんがいのけいせいはいちようにさむし)」や新春のしつらえ「綰柳(わんりゅう)」が調えられた。今年のえとをかたどった羊の香合や染付(そめつけ)水指のほか、今年の勅題「本」にちなんだ道具もあり、茶室全体が正月らしい華やいだ雰囲気に満ちた。 午前十時に始まった初席には、山田啓二京都府知事夫妻、伊吹文明前衆院議長ら二十五人が席入り。宗守家元が練った濃茶を服しつつ、語らいのひとときを楽しんだ。 十一~十四日の四日間で約八百二十人が訪れる。十七、十八日は東京でも開き、約四百人を招く。
2015.01.13
コメント(0)
[今日の情報・歳時記・催し・話題・出来事] ★冬の京都観光を盛り上げる「京の冬の旅」の「非公開文化財特別公開」のオープニングイベントが十日、京都市上京区の妙顕寺で行われた。市と市観光協会の主催で四十九回目。今年は、琳派ゆかりの庭園や絵画がある頂妙寺や本法寺、三門に圧巻の龍の天井画がある妙心寺など十四カ寺が参加した。 式典では、客殿前の「龍華飛翔(りゅうげひしょう)の庭」を背景にテープカット。 一部を除いて三月十八日まで。有料。 ★煎茶道二条流の初煎会が十一日、中京区のホテルで開かれた。 各界の招待客や門人ら約二〇〇人が、薫り高い新春の一煎をゆっくりと楽しんだ。青木謙整・臨済宗東福寺派前宗務総長らを招いた席では、二条雅英家元嗣がふくよかな玉露を丁寧に入れ、もてなした。席中、雅英家元が列席者と和やかに挨拶を交わした。 席には三輪晁勢の「朝陽」の軸やえとのヒツジの置物が飾られ、年の初めをことほいだ。 香煎席では梅と昆布の茶が振る舞われ、一年の幸を願った。 ★伏見区・伏見稲荷大社で一月十二日、新春恒例の邪気を払う御弓始め神事「奉射祭」が営まれ、五穀豊穣と家業繁栄を願って神職が神矢を放つ神事。 本殿での祭事に続き、神苑斎場で奉射の儀が営まれた 「お弓始め」とも呼ばれる同祭は、他でも弓の神事は行われますが、この神事ほどスケールの大きいものはあまりないようです。 副斎王が中央から四方に六本の神矢を放って場を清め、大蛇に見立てた長さ約十三メートルの注連縄の中央にある直径約一メートルの大的に向かって、まず神官二人が天地四方に矢を放ち斎場を清めたあと、約十八メートル離れた位置から計四本の矢を交互に放つ。かっては矢の当たり具合でその年の豊凶を占ったとされ、現在では邪気払いや景気も占うなどの神事となっている。参詣者には魔よけの矢を授与。 ★東山区・「御寺」(みてら)の通称がある皇室ゆかりの泉涌寺(真言宗泉涌寺派大本山)は毎年成人の日(今年は十二日)に「京都・泉涌寺七福神めぐり」で、福の神に一年の幸せを祈る新たな気持ちで一年を迎えた参拝者がさらに福を求めて訪れる。先着三千名にあずきばゆ・こぶ茶・甘酒の無料接待がある。 泉涌寺の山内には八つの頭塔があり、それぞれ本尊とは別に、七福神の像が祀られている。 番外として泉涌寺がまつる楊貴妃観音、新善光寺の愛染明王を加え、「久」に通じる九福と縁起を担ぎ、計九ヶ寺を参拝する。そして本山を巡拝するコースが七福神巡りです。一番札所・・・即成院の福禄寿 南極星の化身とも言われる。 二番札所・・・戒光寺の融通弁財天の社 「金銭の融通をして下さる」弁天様。像は伝教大師の作と言われる。 三番札所・・・観音寺の恵比須神 海の彼方から漂着した漁神。福の神としても信仰される。 四番札所・・・来迎院の布袋尊 弥勒の化身ともいわれ、中国の唐の時代に実存した禅僧。 五番札所・・・雲龍院の大黒天 元来はインドの神の別名。台所の守護神。姿から走り大黒ともいわれる。 六番札所・・・悲田院の毘沙門天 ヒンドゥー教の財宝の神の別名で仏教では四天王のひとつ。北方守護の武神。 七番札所・・・法音院の寿老人 長寿の神とされる。福禄寿と同一神ともいわれる。 番 外・・・新善光寺の愛染明王。 楊貴妃観音 京都の七福神めぐり京都の代表的な七福神めぐりは「都七福神まいり」、その他「京都七福神」、「京之七福神」、「京洛七福神」、「丹波七福神」、「丹波寿七福神」など多くの七福神めぐりがある。ほかにも「天龍寺七福神」という一つの寺の塔頭を回るコースもある。 ★京都市内の各地の社寺では、正月飾りや書き初めを燃やす小正月(十五日)の行事「左義長(とんど)祭」神事が行われる。 左義長とは小正月の十五日、松や青竹を組み立てて中に注連縄や門松を入れて燃やす火祭りの儀式で、「とんど」とも言われます。 東山区・新熊野神社では一月十三日、約六百年前の室町時代から左義長神事が行われたとされ、境内に高さ約五メートルの笹竹三本を立て、それにしめ縄を巻きつけて左義長を神火でたき上げ、勇壮に舞い上がる炎に、参拝者は無病息災などを祈った。 以前はやぐらが倒れた方向や炎の上がり具合でその年の吉凶が占われたが、安全面から今年の恵方の東北東に倒された。
2015.01.12
コメント(0)
[今日の情報・歳時記・催し・話題・出来事] ★一月十一日午後零時半、皇后杯「全国都道府県対抗女子駅伝競走大会」は西京極陸上競技場において三十三回目の号砲が鳴り、花火が上がってスタート。 今朝の京都は報道のヘリコプターが飛び交い、駅伝ムードは盛り上がり、冬の京都の素晴らしい情景です。 世界に、オリンピックに、羽ばたこうとするホープ達には、京の都大路は日本の女子マラソン界をはぐくんできた母なるロードだろう。 都大路は世界への滑走路。 「ふるさと制度」が変わったのに伴って、今年も全国から四百人を超える女性ランナーが京都にやってきた。 今大会も十三歳から三十四歳まで各年代のトップランナーが顔を揃えた。 次代を担う中高生、躍進著しい大学生、世界トップレベルの実業団のホープが続々と力走し、熱戦が期待される。 「選手にとっては、育ててくれたふるさとに恩返しできる意義深い大会」である。 京都から世界に羽ばたく地元郷土のヒロイン達に大きな声援を送って上げてください。 往復四十二.一九五キロのコースで今年もどのようなドラマが展開されるのか楽しみです。 ★新春気分もそのままに、九区間になどらえた“数え歌”のような短章でスタート。 一区・いつも輝くランナーの顔。見るものすべてに勇気をくれる。 二区・逃げるぞ追うぞ。駅伝の魅力は抜きつ抜かれつ。 三区・寒い冬にも熱い戦い。冬枯れの都大路が華やいでくる。 四区・呼んでいる。たすきを待つチームメートが見えたら、そらラストスパート。 五区・ゴールを目指す中盤の展開。ここらが勝負の胸突き八丁。 六区・ロードを埋める大声援。ふるさと選手との一体感 (レース直前の調整練習に励む選手達)が忘れられない。 七区・涙流した厳しい練習。苦しいときに思い出せばパワー全開。 八区・ハッとする、かわいい中学生の走りに無限の可能性が見えた。 九区・苦労を忘れるゴールの一瞬。 そこには四十七チームそれぞれに、順位を超えたドラマがある。 結 果42.195キロのコースを大阪が優勝を成し遂げた。 第一位 大 阪 2時間17分26秒 第二位 京 都 2時間17分27秒 第三位 兵 庫 2時間17分28秒 第四位 愛 知 2時間17分51秒 第五位 鹿児島 2時間17分52秒 第六位 群馬 : 第七位 埼玉 : 第八位 熊本
2015.01.11
コメント(0)
[今日の情報・歳時記・催し・話題・出来事] ★茶道表千家の初釜が十日朝、京都市上京区の不審菴(ふしんあん)で始まった寒中らしい冷え込みのもと招待を受けた政財界人や文化人が次々と訪れ、千宗左家元から濃茶のもてなしを受けた。午前十時ごろ、茶室残月亭とそれに続く九畳敷で始まった初席には、千宗室裏千家家元や千宗守武者小路千家家元ら二十一人が席入りした。 宗左家元がゆっくりと濃茶を練ると、招待客が一碗を順に服して新年のあいさつを交わした。 茶室の床には新年を祝う結柳(むすびやなぎ)が飾られたほか、宗左家元の喜寿祝いにと千家十職から昨年に贈られ家元自筆の銘「楽未央(らくみおう)」が鋳込まれた釜や、今年のえとをかたどった羊の水指などがしつらえられ、静けさの中にもめでたい雰囲気を添えた。 京都での初釜は十四日まで続き、約一五〇〇人を招く予定。十七日から東京でも始まり、約千人を招く。 ★平安時代から和歌の伝統を受け継ぐ歌道宗家・冷泉家の歌会始が十日、上京区の冷泉家住宅であり、門人約八十人が集い、今年の兼題「沢辺早蕨(さわべのさわらび)」を詠んだ歌を披講して、新春をことほいだ。歌会始は、平安-鎌倉期の歌人藤原俊成・定家を遠祖とする同家の新年恒例行事。障子越しに柔らかな光が差すなか、第二十五代当主の冷泉為人さんら狩衣(かりぎぬ)や袿袴(けいこ)姿の男女六人が独特の抑揚で詠み上げ、門人らも続いて唱和した。 披講したのは、当主夫人貴実子さんの「雪とけの水は沢面に波立ててさわらひ萌えよと岸辺訪ひ来る」と、全国から事前に寄せられた和歌約百三十首から選ばれた八首。続いて「朝雪(あしたのゆき)」を題に即興で歌を詠む当座詠も行われた。門人たちは初詠みを楽しみながら、和歌道の精進も誓っていた。
2015.01.11
コメント(0)
【今日の情報 : 歳時記・催し・話題・出来事】 ★下京区の浄土真宗本願寺派本山・西本願寺で九日、宗祖親鸞の遺徳をしのぶ「御正忌報恩講法要」が始まった。全国の門信徒や僧侶らが御影(ごえい)堂に集まり、念仏を唱える声が厳かに響いた。 午後二時から営まれた逮夜法要では、僧侶たちが雅楽を奏でる中、、昨年六月に就任した大谷光淳門主が親鸞の木像を収めた厨子(ずし)の扉を開き、父親の大谷光真前門が導師を務めた。堂内に詰めかけた大勢の門信徒や僧侶たちは、親鸞が信心の喜びを表した詩「念仏正信偈(しょうしんげ)」を節をつけて唱えた。 報恩講は同派最大の法要。新暦で親鸞の命日にあたる十六日まで法要や講演が行われ、約七万人の参拝を見込む。期間中は境内で、岩手、宮城、福島三県の物産展などを開く。 ★下京区の真宗大谷派本山・東本願寺で、阿弥陀(あみだ)堂の修復が進んでいる。 本尊を安置するお堂の中心空間「内陣本間」は天井から柱まで金箔(きんぱく)が押され、まばゆいばかりの黄金色に覆われている。 阿弥陀堂は一八九五(明治二十八)年に再建されたが、経年劣化もあり、約十万八千枚の屋根瓦のふき替えを中心に修復が進められている。内陣本間は約十メートル四方、床からの高さ約八メートル。二重折上(おりあげ)と呼ばれる構造の格(ごう)天井で、組み物や柱にも金箔が押された。天井部の修復が終わり次第、壁や柱の下部にも金箔が施される。 内陣は、本尊の阿弥陀如来立像を安置する場所で、経典に書かれている浄土の世界を表す。宗祖親鸞は阿弥陀如来の浄土を「無量光明土」と示し、限りない光に満ちあふれた世界だとした。大谷派では、内陣を全面金箔押しの空間にし、浄土の世界を表現している。 阿弥陀堂の工事は今年中に完了する。 ★祇園のえべっさん えべっさんが八坂神社に祀られるようになったのは平安時代。全国のえべっさんのなかでも歴史はかなり古く、珍しく北向きに社を構えていることから、「北向蛭子社」とも呼ばれています。現在の蛭子社は、正保三年(一六四六)に建造されたもの。三間四面、流造、杮葺きの社殿は、国の重要文化財に指定されています。祇園さんの蛭子社は「えべっさん」の原点。「商売繁昌で笹もってこい!」のかけ声でおなじみの「えびす信仰」は、日本各地に拡がっています。その「えべっさん」が、八坂神社の境内に祀られている。 全国的に名の知られた大阪の今宮戎神社のえべっさんは、八坂神社の氏子が今宮に移り住んだとき、祇園の「えべっさん」をその地にお祀りしたことに始まります。そのご縁から、今宮戎神社からは毎年、祇園祭の折りには幣帛を、大晦日には鯛をご奉納される。 八坂神社からは一月八日に、今宮戎神社の十日戎に先だっての献茶祭に神水を持参してお供えします。 九日の宵蛭子には七福神を乗せた「えびす船」が四条通石段下~烏丸間を巡行します。 ★今年一年の商売繁盛と家運隆昌を願う新春恒例の「初えびす」の宵えびす祭が九日、東山区の京都ゑびす神社であった。本格的な景気回復に期待を込め、縁起物のササに宝船や千両箱の飾りを付けた「吉兆ざさ」を求める参拝客で境内はにぎわった。 神社によると、福の神「えびすさま」の誕生日とされる一月十日にちなみ、同神社では九日から十一日深夜にかけて夜通し開門し、参拝者を受け付ける。門前には多くの露店が並
2015.01.10
コメント(0)
【今日の情報 : 歳時記・催し・話題・出来事】 ★天台宗派の修験道の総本山修験宗総本山の左京区・聖護院で八日、冬の風物詩となっている恒例の寒中托鉢修行が始まった。時折、小雨が降る中、山伏姿の僧侶たちがほら貝を響かせて市内を歩き、今年の平穏と無病息災などをを願った。 心身を鍛える冬場の修行として一九三六年に始まり、今年で七十四回目を数える。 聖護院や末寺の僧侶と信徒たち約百数十名が、十四日までに約五千軒を回る。 開白式では、宮城泰年門主が「寒行は気を引き締めて新年をスタートするのにふさわしい。精進してください」と挨拶し、托鉢に向かう僧侶や信徒たちを激励した。 午後一時、鈴懸(すずかけ)姿に頭巾(ときん)、結袈裟(ゆいげさ)をつけた山伏たちが、力強くほら貝を鳴らして聖護院を出発した。 一行はほら貝を吹き鳴らして歩き、般若心経を唱え、出迎えた信徒たちは手を合わせて家内安全や無病息災を願っていた。 托鉢で集めた浄財の一部は社会福祉事業に寄付する。 ★空海が開いた千百余年の伝統がある後七日御修法(ごしちにちみしほ)」が八日、南区の東寺で始まった。真言宗各派の高僧が結願(けちがん)の十四日までの七日間に二十一回の法要を営み、国家安泰や世界平和を祈願する。 後七日御修法は、真言宗の開祖・空海の進言で八三五年に始めた宮中の正月行事。明治初期の廃仏棄釈で途絶えたが、一八八三(明治十六)年に場所を東寺に移して再興した。 午前十一時半に宮内庁京都事務所から唐びつに納めた天皇の御衣を道場の潅頂院に届けられた後、、導師の大阿闍梨(だいあじゃり)を務める仁和寺(右京区)の立部祐道門跡跡ら十五人の高僧が、朱傘を差しかけられて厳かに境内を練り歩き、灌頂(かんじょう)院に入った。法要は非公開で営まれた。 御修法は非公開で計二十一座ある。結願(けちがん)の十四日午後〇時半から一時間のみ院内の参拝が可能。国宝の両界曼陀羅図などが見られる。
2015.01.09
コメント(0)
[今日の情報・歳時記・催し・話題・出来事] ★新春を祝う茶道裏千家の初釜式が七日、上京区の今日庵で始まった。穏やかな日差しのもと、招待を受けた京都の政財界人や文化人がらが次々と訪れ、千宗室家元から暖かい濃茶のもてなしを受けた。 初席には、千宗左表千家家元や千宗守武者小路千家家元、山田啓二京都府知事ら四十八人が出席。新年にふさわしい道具組みがしつらえられた茶室で、宗室家元は初削りの茶杓(ちゃしゃく)「未央柳(みおうりゅう)」などを用いて濃茶を練り、招待客と和やかにあいさつを交わした。 未央柳は「女性の美しい眉」との意で、宗室家元は「『美しい』には大きい羊という意味があるそうで、今年のえとにちなんでこの銘をつけた」とコメントした。 十二日までに約二二〇〇人を招待、十六日からは東京での初釜式があり、約二四〇〇人を招待する。 ★藪内家(下京区)の初釜(点初式)は、午後一時半に茶室「燕庵(えんなん)」(重要文化財)で始まった。初席には浄土真宗本願寺派の石上智康総長ら十五人が席入りした。 床には江戸時代中期に活躍した五代竹心の「心廣體胖春(こころひろくたいゆたかなはる)」の軸、紅梅や南天、福寿草を植え込んだ石菖(せきしょう)鉢、大蛤(はまぐり)の香合が飾られ、ほの明るい行灯(あんどん)の光に包まれた茶室に華やぎを添えた。 藪内紹由若宗匠が六代比老斎作の茶碗「門柱」と茶入「大黒柱」といった道具で濃茶を練り、主席者一椀を順に喫し、親睦を深め、午後のひとときを和やかに過ごした。 九日まで続き、約四二〇人が訪れる。 ★小川流(北区)の初釜(初煮会)は三清庵小川後楽堂で行われ、約二〇〇人をもてなした。第一席には宝蔵禅寺の西川秀敏住職ら二十二人を迎えた。 小川可楽家元嗣が「新春をことほぎ、一煎差し上げます」とえとの未などを描いた煎茶碗に清味豊かな一滴を入れて、もてなした。 床には煎茶道にも心を寄せた幕末の公家一条忠香と鷹司輔煕の鶴の画賛らが飾られ、めでたさを醸し出した。
2015.01.08
コメント(0)
【今日の情報 : 歳時記・催し・話題・出来事】 ★新春香る 底冷えの厳しい京都・花街で裾引きの正装、頭には稲穂のかんざしを挿した舞妓、芸妓が各歌舞練場に日本髪に黒紋付き姿で、あでやかに着飾って勢揃いして、今年一年の技芸向上を誓う恒例の「始業式」が一月七日、四花街(祇園甲部・祇園東・先斗町・宮川町)の各歌舞練場で行われた。祇園甲部では昨年の売花奨励賞や、技芸が優秀な舞芸妓、成績優良のお茶屋の表彰式が行われた。 式に続き、京舞井上流家元の五世八千代さんがお祝いの地唄「倭文」を舞い初めた。 「おめでとうさんどす」「おたのもうします」の挨拶が交わされ、決意を新たにし、お茶屋の女将さんからお神酒などをいただいて新年をことほいだ。 先斗町では「梅の栄」、宮川町ではその年の勅題に合わせた舞などを舞い初めとして披露される。(上七軒は一月九日に行われる。) ★北区・上賀茂神社で一月七日、正月に白馬を見ると邪気がはらわれるという故事にちなむ「白馬奉覧神事」が営まれる。 平安時代から宮中に伝えられた新春行事「白馬節会」に基づく神事です。 神職が神前に七草粥を供えて祝詞が奏上されると、白い神馬が現れる、これは祭神の御覧を仰ぐためで、神馬に大豆を与えて国家安泰や家内安全を祈願する神事。 古くは中国で正月七日に青馬を見ると年中の邪気を祓うといわれたためで、その青馬が、のち白馬に変わり、名称だけが残ったというわけです。白馬総覧は宮中で一月七日に行われていた白馬節会を模して神事化した。 普段は近くの京都産業大学の馬術部で飼育されている白馬「神山号」が、この日は境内の神馬舎で参拝者に公開される。 縁起の良い白馬を見るだけでも得した気分? ★ セリやナズナなど春の七草入りの「七草がゆ」の接待が七日、伏見区の御香宮神社であった。朝の冷気に包まれた境内で、厳しい寒さの中、集まった大勢の参拝者は境内に湧く名水「御香水」で炊いたかゆを食べ、一年の「年の無病息災を祈った。 同神社では江戸時代から正月の七日に七草を神前に供えてきた。徐々に入手が難しくなっていた七草を三十年ほど前に氏子から奉納してもらったことをきっかけに、参拝者に振る舞っている。 午前九時ごろから社務所前に長蛇の列ができ、七〇〇食分が用意された。心待ちにしていた人たちは碗(わん)を受け取り、湯気が立ちこめる熱々のかゆをすすって、冷えた体を温めていた。
2015.01.07
コメント(0)
[今日の情報・歳時記・催し・話題・出来事] ★華道家元池坊の新春行事「初生け式」が五日、中京区の六角堂のある家元道場と池坊会館であった。全国から集った八歳から九十六歳まで約一五〇〇人の門弟が、すがすがしい雰囲気のなか正月らしい松や梅、ロウバイといっためでたい花で、今年一年の精進を誓った。 厳しい冷え込みの中、午前八時すぎ、振り袖や羽織はかま、民族衣装姿の男女三十四人が隣接する六角堂に参拝したあと家元道場に入場。雪柳や千両といった実ものに白いカスミソウなど春を感じさせるユキヤナギやチューリップといった花を、一斉に生け込みを開始。花の姿を確かめ、はさみの音をパチン、パチン-と軽やかに響かせる様子を、池坊由紀次期家元が指導して見て回り、新年のあいさつを交わした。 池坊由紀次期家元は「一人一人が自らの役割を十二分に果たして飛躍する年になるように、「無垢(むく)でおおらかな心で挑み、可能性を広げる一年になるように」との願いを込めてロウバイやアカメヤナギで「拓(ひら)く」と題した作品を生けた。
2015.01.06
コメント(0)
【今日の情報 : 歳時記・催し・話題・出来事】 ★左京区修学院の赤山禅院で一月五日、今年一年の無事を祈る恒例の「八千枚大護摩供」が営まれた。全国から集まった信者が不動真言を唱える中、比叡山千日回峰行を達成した叡南俊照・上原行照両大阿闍梨が、雲母不動堂内の護摩壇で煩悩を滅却し、災いを除き、幸せを招くため参詣者の願いを込めたさまざまな護摩木八千枚を焚き、燃え上がる炎に投じた。 大護摩供は、災いを除き、幸福を招く清めの儀式で、毎年この日に行われる。 ★「大山祭」はもともとお稲荷さんの本社があったという稲荷山山上の旧蹟で神饌を供え、五穀豊穣・商売繁盛を祈願する神事です。 五日の早朝、稲荷山七神蹟の外玉垣に注連縄を張る別名「注連張り神事」が行われます。その昔、御膳谷に御饗殿と御竈殿があって、お祭りには御饌石と呼ばれる霊石の上に神饌をお供えしたという故事に基づいて、毎年正月五日にこのお祭りが行われます。 本殿祭のあと、宮司以下祭員・参列者は揃ってお山御膳谷に向かい、斎土器と呼ばれるかわらけに中汲酒を盛ったものを御饌石の上に供えて、五穀豊穣と家業繁栄を祈る祭りが行われます。 引き続いてその場で直会をし、一同若返りを表す日陰蔓「ひかげのかずら」を首にかけて七神蹟を巡拝しながら下りていきます。
2015.01.05
コメント(0)
【今日の情報 : 歳時記・催し・話題・出来事 ★左京区・下鴨神社では一月四日、新春恒例の「蹴鞠初め」が行われた。華やかな王朝装束をまとって古式ゆかしく白い鹿皮の鞠を蹴る蹴鞠は、中国・殷時代の雨乞い神事が起源とされ、国内では飛鳥時代に中国から伝わり、平安時代以降に宮中で流行、鎌倉時代には武士や庶民の遊戯として広まった。六名から八名が一座となって、相手が受けやすいように優雅に蹴り続ける。 神社本殿前に設けた約十五メートルの鞠庭に色鮮やかな水干や烏帽子姿の装束を身に付けた八人が輪になり、「アリ」「アヤ」「オウ」の掛け声と共に見事な足裁きで鞠を蹴り上げ、初蹴りを奉納する。 ※飛鳥井流、難波流などの流派がある。京都御所の小御所北側に、「蹴鞠の庭」がある。
2015.01.04
コメント(0)
【今日の情報 : 歳時記・催し・話題・出来事】 ★東山区の八坂神社で一月三日、新春恒例の「かるた始め」が行われ、古式ゆかしい王朝絵巻さながらの優雅な催しに大勢の参拝客が楽しんだ。八坂神社の祭神スサノオノミコトの詠んだ「八雲立つ 出雲八重垣 妻籠みに 八重垣作るその八重垣を」と日本で初めての和歌を詠み、和歌の神とされることにちなむ行事で、お正月気分を充分に満喫できます。 和歌の起こりとの伝承にちなみ、百人一首ができた京都でかるた文化の伝承をしようと催している。今年で四十五回目。 会場になった境内の能舞台には、初詣の雑踏が続く中、神前にかるたを奉納したあと、十二単におすべらかしの王朝装束に身を包み、 水干姿の童子、童女や、紅袴に子袿姿の古式ゆかしい衣装を纏ったかるた姫二十人が、二人ずつ向かい合い、百人一首の札を取り合う「初手合わせ」(歌の上の句を読み上げると、かるた姫らは「はいっ」と声をあげながら床に並べられた下の句の札を取り合う)を行った。 ★京都市大雪二十一センチ 観測史上四番目京都市内は一日に続き、二日夜も大雪に見舞われた。京都地方気象台によると、三日午前0時現在、積雪が二十一センチを記録し、六十一年ぶりに二十センチを超え、観測史上四番目の記録になった。 記録的な積雪を観測した元日から一夜明けた二日、金閣寺は純白の雪化粧に覆われた。一面の雪の中で、朝日に照らされた金色の舎利殿が鮮やかな輝きを放った。
2015.01.03
コメント(0)
2015年 1月 2日(金) 【今日の情報 : 歳時記・催し・話題・出来事】 ★正月の京都は各社寺への初詣から始まりますが、何と言っても伏見のお稲荷さん詣りです。全国に約四万あると言われる稲荷大社の総本社で、京都における最も古い神社の一つであり、古くから五穀豊穣、商売繁盛の神として朝野の崇敬を集め、参拝者は絶えることがなく、一年中全国から多くの参拝でに賑わいます。特に正月三ヶ日の伏見稲荷大社では初詣客が参道から本殿まで長い列を作り、昨年は大晦日から三日までの人出は伏見稲荷大社:約三百万人、全国で四位の人・人・人でひしめき合った。 【伏見稲荷大社について一言】 創建時代は不詳で定かではないが和銅四年に秦伊呂具が稲荷山の三ヵ峰に三社を創祀したという。 秦伊呂具が餅を的にして矢を射ったところ、その餅が白鳥になって山の峰に飛んで行き、そこに稲が生えたので、イナリの社名になったと伝わる。 平安遷都後、稲荷信仰の中心的存在となった。また、天長四年(八二七)空海が東寺の塔材用として、神材を伐ったことから真言宗と結びつき、益々繁盛した。 ★京都では、お正月の朝に汲む水を「若水」といわれ縁起がよく、東山区・六波羅密寺では正月三が日元旦に汲んだ水を沸かし、結び昆布と小粒梅を若水でいれた煎茶「皇服茶」(大福茶)を飲む習わしがあり毎年、振舞われる。平安時代開山である、空也上人が病人に薬茶をふるまって平癒させたという寺伝に基づいて始まった。村上天皇も服したことから「皇服茶」の名称が付いた。 京都では「大福茶」と言って、各家庭でも行われている。 先着三千名に稲穂が無料授与されます。 ★元旦より、新年の縁結び開運招福を願い、東山区・地主神社では、初大国祭が行わる。 古代縄文より伝わる石笛を奏し、新年のご利益のある神さまをお呼び申し上げます。 厄除け開運お祓いのあと、縁結び良縁達成の祝詞(のりと)を読み上げます。お祭りに参加された方には「開運こづち」を無料授与。 片方の石からもう一方の石へと目を閉じたまま歩いて無事にたどり着けると恋の願いが叶うという、本殿前の「恋占いの石」のお祓いが行われます。また恋占いおみくじやえんむすびお守り、新年エト絵馬、破魔矢を求める参拝者で例年最高の人出となります。新春のえんむすび祈願の受付もしている。 ★山科区日の岡・日向大神宮で清和天皇の貞観年間に疫病が流行した際、勅願が行われました。「この宮地に湧きいづる清水の水を汲んで万民に与えよ」との神のお告げがあり、その通りを菅原の船津卿に命じて行わしめられたところ、たちまち疫病がおさまりましたのでこの泉を朝日泉と名づけ給うたと伝えられています。この霊泉は、京の名泉の一つで、古儀にならい毎年元旦に若水を汲み神饌を調理し、両本宮に献供して世界平和、国家安泰、家運繁栄、無病息災の祈願祭が巌修されます。 元旦の朝に汲む水を「若水」といわれ、縁起が良く正月三が日に参詣者に授与されます。 大きな水がめにたっぷり入っているので、水筒などを持参して、お雑煮に、大福茶に使ってみましょう。一年始まりの朝の、清々しい神事です。 2015年 1月 2日(金) 【今日の情報 : 歳時記・催し・話題・出来事】 ★右京区・広隆寺で一月二日に「釿始め」(ちょうなはじめ)が行われる。 建築関係者の一年の無事を願う古式ゆかしい仕事始めの儀式です。「わ、き、ず、え、よぃ~と~」。響き渡る木遣り音頭は労働の喜びと施主の誇りを託したもの。音頭の流れる中、狩衣をつけた職人さんが宮大工さながらに古式にのっとり、木材の運搬・計測・荒削りといった所作を演じていきます。 番匠が行う斧始めは、奈良時代に起源を持つもの。一般の番匠の家でも昭和初期まで行われていましたが、まもなく消滅。番匠保存会が昭和五十六年に年頭儀式として釿始めを復興しました。儀式用の宮大工の道具が興味深い。 ★初詣に混ざって親に付き添われた子供の姿が目に付く北野天満宮。 「筆始祭」で神事のあと、子供達が書き初めを行う。真剣な表情がかわいらしい、新春の風景です。三日間で約二千点の作品が奉納される。 天神書きともよばれる子供達の書は一月中旬頃から、境内に張り出されます。 書家としても知られる道真公遺愛の硯や角盥などを神前に供え、書道上達を願います。 ★洛北大原・来迎院は慈覚大師・円仁が創建した天台宗古刹。一月二日に「修正会」が行われる。大師が中国で学んだ声明を日本に初めて伝えた地とされています。その声明が唱えられる中、来迎院町の青年達が本堂に集まり、時を見て鉦・太鼓を打ちならし、一斉にササラをすりながら堂内を円座をなして回り、声明のじゃまをします。ついには法力で堂外に追い出され、邪気を祓い無病息災を祈願するというもの。午王宝印が無料で授与されます。
2015.01.02
コメント(0)
2015年1月 1日(木) おいないの年賀状 今年も京都を愛する京都人「"おいない"の京都最新情報」のタイトルで、私の拙い今日の情報・歳時記・催し・話題・出来事をお知らせしますので、京都に興味・関心のある方はご笑読ください。
2015.01.01
コメント(0)
全25件 (25件中 1-25件目)
1


