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【今日の情報 : 歳時記・催し・話題・出来事】 ★「女性の守り神」で知られる下京区の市比売(いちひめ)神社で二十九日、女性の厄を落とす「女人厄除まつり」が営まれ、着物姿の女性たちが境内で一年の幸せを祈願した後、小雪舞う寒空の下、近くの五条大橋で豆まきをした。女性の厄よけは平安時代からの風習という。同まつりは女性の無病息災を祈るとともに着物振興も図ろうと、一九八八年から行われている。女性の守り神として知られる同神社の恒例行事。境内でおはらいを受けた参拝者が、矢羽を神前に供えた。厄年の女性ら九人が着物姿で神社近くの五条大橋から鴨川に向け、「福は内」と声をそろえて豆をまいた。 ★府下八幡市八幡の石清水八幡宮で二十九日、恒例の厄祓い神事「鬼やらい」が行われた。大勢の参拝者が本殿前に詰めかけ、まかれた福豆を懸命につかんで一年の無病息災を祈った。宮中で行われていた「追儺式」にのっとった神事で、最初に、本殿前で狩衣姿の「鬼やらい人」が、掛け声とともに四方と今年の恵方の北北西に向けて矢をはじき、桃の枝を振って邪気を払った。続いて四体の赤鬼と青鬼が登場し、参拝者に叫び声を上げて脅した。神職や年男、年女らが「鬼やろう」と唱えながら豆をまいて退散させた。
2012.01.30
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【今日の情報 : 歳時記・催し・話題・出来事】 ★春秋二回の一斉放水で美山の風情を醸し出す府下南丹市美山町北の「かやぶきの里」(重要伝統的建造物群保存地区)で二十八日、「第八回雪灯廊」が始まった。集落の道に灯籠が並べられ、かやぶき屋根をライトアップ。厳寒の山里がほのぼのとした雰囲気に包まれた。雪灯廊は電球の入った灯籠三〇〇基を設置した。ほかに、多くの観光客がバケツに雪を入れて固め、ろうそくを立てる穴をくり抜いて灯籠を作った。日没とともに、柔らかい明かりに浮かぶかやぶき家を見ながら散策したり、写真を撮る人たちが目立った。点灯は二月四日までの午後五時~八時ごろ。雪の灯籠作りは無料。雪の降り積もったかやぶき屋根の一部はライトアップされ、写真愛好者らが一斉にカメラを向けていた。会期中は午後二時から、キノコ汁やおでんなどの温かい食べ物の屋台も出る。
2012.01.29
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【今日の情報 : 歳時記・催し・話題・出来事】 ★左京区・一乗寺の狸谷山不動院で一月二十八日、「初不動」が営まれた。「狸谷飲み放題」といわれるがん封じのご利益があるとされる笹酒が、参拝者にふるまわれる。江戸時代中期に修行をしていた僧・木食上人が境内の滝の水を竹筒にくんで病人に飲ませたところ、たちまち病気が治ったという。この故事にちなんで、護摩の火で温めた笹酒が振る舞われるようになったとされる。狸谷不動院は桓武天皇勅願の不動尊を安置したのがはじまり。毎月二十八日が本尊の「不動明王」の縁日で一月は初不動として知られ、家内安全や商売繁盛を願って全国一円から参拝者が訪れ、本堂前では山伏姿の修験者から竹筒に入った酒が竹の杯に注がれ、無病息災を祈りながら飲み干していた。又、「狸谷さん」の愛称で交通安全の神社として、一年中車の祈祷で賑わっている。 今日のブログ記事の関連参考画像は下記URLより ヤフーのおいないブログ(京都最新情報)へとお進みくださいhttp://web.kyoto-inet.or.jp/people/oinai/(画像の多いヤフーおいないブログへ直行)必見http://blogs.yahoo.co.jp/oinaijp/folder/279901.html
2012.01.28
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【今日の情報 : 歳時記・催し・話題・出来事】★上京区・北野天満宮では、承和十二年(八四五)六月二十五日に生まれ、延喜三年(九〇三)二月二十五日に没した学問の神様・菅原道真を偲び、御縁日として、終日境内周辺に露店が所狭しと立ち並び、参拝者の人波が絶えない。今冬一番の最低気温を記録、京都市内も一.〇度と冷え込んだが、境内は大勢の参拝者や買い物客でにぎわった。「天神さん」として親しまれ、二十一日の東寺・「弘法さん」と共に毎月開かれる京都の二大縁日で、境内一円に露店が多数並ぶ。その一年最初の縁日を「初天神」と呼び、「終い天神」と共に例月よりも多くの人出で賑わう。梅の花が咲き始めた境内には露店も例月以上に多く、約千数百軒の植木・骨董・古着・衣料品・食料品・雑貨などを商う店が新春の縁日の賑わいをみせる。又、この時期は受験生の合格祈願で境内は学生さんで溢れている。 今日のブログ記事の関連参考画像は下記URLより ヤフーのおいないブログ(京都最新情報)へとお進みくださいhttp://web.kyoto-inet.or.jp/people/oinai/(画像の多いヤフーおいないブログへ直行)必見http://blogs.yahoo.co.jp/oinaijp/folder/279901.html
2012.01.25
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【今日の情報 : 歳時記・催し・話題・出来事】 ★十六社朱印めぐり市内十六社を年頭に新しい年もいい年でありますようにと・・・そんな願いを込めて参拝することで、一年間のあらゆる御利益が得られるそうです。 二月二十五日まで。 熊野 若王子神社 学業成就・商売繁盛熊野神社 縁結び・安産・病気平癒新熊野神社 健康長寿・病魔退散 特にお腹守護 (能楽隆昌発端の地)藤森神社 勝運と馬の神様西院 春日神社 病気厄除 (厄除・病気平癒・交通旅行安全)市比賣神社 女人禁制 (京都唯一)わら天神 安産 (厄除・家内安全)今宮神社 健康長寿・良縁開運粟田神社 旅立ち守護・厄除六孫王神社 出世開運・家運隆昌の守護神上御霊神社 厄除・学業成就 (鎮霊の社)岡崎神社 子授け・安産・厄除御香宮 安産・厄除・病気平癒吉祥院天満宮 受験合格・開運招福 (ちえと能力開発の神様)豊国神社 出世開運・厄除招福・良縁成就・商売繁盛長岡天満宮 合格祈願・厄除開運 (学問の神様)※ 期間中全ての朱印を受けると記念の干支置物がいただけます。
2012.01.23
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【今日の情報 : 歳時記・催し・話題・出来事】 ★南区・東寺は延暦十三年(七九四)の平安遷都の時に羅城門の東に開創して、西の西寺(現在は廃寺)とともに平安京の二大官寺の一つとされた。弘仁十四年(八二三)に嵯峨天皇が弘法大師空海に下賜されて、真言密教の道場とされた。三月二十一日に没した弘法大師空海の遺徳を偲び、毎月命日の二十一日に大師堂で御影供法要が営まれる。今年は大寒に入った京都市内の最低気温は六.四度と平年に比べて五.四度も高く、雨上がりの境内に朝早くから多くの参拝者が訪れた。参拝者は金堂や大師堂にお参りし、線香の煙を体に擦りつけて無病息災を祈った後、この日、境内一円に約千数百軒の種々雑多の露店が立ち並ぶ「弘法さん」として知られる市が開かれ、東大門から九条大路に面した南大門にかけては植木市、大門を入ると古道具類、金堂や大師堂周辺では食べ物や生活用品など、ジャンル別に並んでいます。その一年最初の縁日を「初弘法」と呼び、弘法大師・空海の命日にちなむ毎月二十一日の「縁日」の中でも、年末の終(しま)い弘法と並んで多くの人でにぎわう。金堂や大師堂では、参拝者が手を合わせて無病息災などを祈っていた。 ★京の三弘法めぐり 弘法大師ゆかりの三ヶ寺を、弘法さんの命日である二十一日に巡る習わし。東寺では初弘法、神光院では、大師が厄除け修行をしたという境内で山伏による大護摩焚きと火渡りが行われ、仁和寺では三弘法めぐりの納めとして、裏山の御室八十八ヶ所霊場をめぐります。
2012.01.22
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2012年 1月 16日(月)【今日の情報 : 歳時記・催し・話題・出来事】 ★浄土真宗本願寺派本山・西本願寺で、親鸞の命日に当たる十六日、昨年四月から続いた宗祖親鸞七五〇回遠忌法要が最終日を迎えた。約五千人の熱心な門信徒が御影堂を埋め、念仏を響かせた。午前十時前、僧侶や門信徒らが列をなして御影堂に入って着座した。雅楽が鳴り響く中、大谷光真門主と光淳新門が、親鸞の木像「御真影(ごしんねい)」が収まる厨子の裏から現れると、参拝者たちが手を合わせて念仏を唱え、読経した。法要の後、大谷門主は、門信徒への書簡「御消息(ごしょうそく)」を読み上げた。東日本大震災に伴う東京電力の福島第一原発事故を「肥大した人間の欲望のもたらした」と表現し、親鸞の教えについては「本願念仏のご法義は、時代が変わり、社会が変わっても、変わることはありません」と話した。本願寺派によると、昨年四月から計六十五日間、一一五回の法要があり、西本願寺や門前町などを延べ約百四十万人が訪れた。また、十一月までに親鸞の遠忌を営んだ真宗大谷派(本山・東本願寺、下京区)には延べ約六十万人が参拝した。この日の本願寺派で、市内に四つある浄土真宗の本山の遠忌が全て終わった 2012年 1月 19日(木)【今日の情報 : 歳時記・催し・話題・出来事】 ★東山区・八坂神社の境内に古くから疫病除けの神として崇敬され、疫神社(蘇民将来社)というお社がある。毎年、一月十九日に「疫神祭」が行われる。この日の早朝に竹の芯の茅の輪を鳥居に据え、粟餅をお供えします。その由来は、八坂さんの祭神・素戔嗚尊(すさのおのみこと)が南海を旅していた際に、巨旦将来に一晩泊めてもらえないかと頼みましたが断られ、弟の蘇民将来に迎えられ、粟餅でもてなされました。みことは蘇民に対してのお礼に、悪疫が流行しても茅の輪を腰に下げれば悪疫除けになると告げました。そのため、蘇民一家は無事であったという故事によるものです。 2012年 1月 20日(金)【今日の情報 : 歳時記・催し・話題・出来事】 ★伏見区・城南宮で大寒の一月二十日、恒例の釜の湯をササの葉で散らして無病息災を祈る「湯立神楽」が営まれる。 年頭の恒例行事で、一八二三年「文政六年」の銘がある直径約七〇センチの大釜が置かれ、「天から下された」とされる水を湯立てて行われる。江戸時代中期の元禄年間の大釜も残っており、神事は、少なくともそのころから行われていたと言われる拝殿では祓神楽、灼取りの儀、御幣舞、笹舞を四人の巫女が笛や太鼓の音色に合わせ、扇や鈴を手にのびやかな神楽を披露、悪霊退散、無病息災,願望成就を祈る.続いて本殿前で、別の巫女一人が釜を塩で清め、湯気を立てる釜に米や神酒を注いだあと、両手に持った笹の束を湯に浸し、左右に勢いよく振りまいた。 周囲の参拝者は頭を垂れて無病息災へ沸き立つ願いを込めて湯がかかるのを待ち受けた。湯立が終わると、神事で用いた笹を持ち帰る人の列ができた。 ★京の骨正月 京都の一部地区でこの日を骨正月と呼んでいます。昔は、お商売をしている家では年末に食料を買いだめしておき、注連(しめ)のうちは商いを休みました。その休みの間、鮭や鰤の切り身などを食べているうちに二十日頃になるとすっかり骨ぐらいしか残らなくなるので、そのあらでだしを取り、この日に大根を煮いたことから、こんな奇妙な名称が生まれたようです。
2012.01.21
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【今日の情報 : 歳時記・催し・話題・出来事】★宗祖親鸞の遺徳をしのぶ五十年に一度の大法要「遠忌(おんき)」が営まれている西本願寺(浄土真宗本願寺派本山)、の阿弥陀堂で十五日、親鸞の教えに触れた喜びを和歌に詠む「御法楽献詠(ごほうらくけんえい)」が催された。宮中装束に身を包んだ冷泉家の冷泉為人当主ら計7人が仏前に着座。「親鸞さま」を題に応募のあった一〇一首から入選した五首を古式ゆかしい作法で詠み上げた。 ★妙心寺塔頭の東林院で十五日、「小豆粥(あずきがゆ)で初春を祝う会」が始まった。参拝者は、赤い実を付けたセンリョウなど庭園の風情を楽しみながら、素朴な粥を味わった。祝う会は、小豆粥を小正月に食べると一年間の邪気を払い、万病を除くとされる風習に基づく。会に先立ち、小豆粥を境内の木々に供える「散飯(さんはん)式」が営まれた。参拝者は本堂で、梅干しと砂糖入りのさゆ、祝い菓子を食べた後、書院に移った。小豆粥が各自の前に運ばれると、庭園に来る鳥が食べる分を返した後、ひじきや昆布などと食した。 祝う会は三十一日まで(午前十一時~午後三時)。会費三七〇〇円で予約不要。★煎茶道方円流の初煎会が十五日、中京区のホテルで開かれた。各界の招待客や晴れ着姿の門弟ら約三七〇人が集い、年始のあいさつを交わすとともに、新春の茶を味わって一年の幸を祈った。家元席は「双龍(そうりゅう)図」の軸に柳と水仙がしつらえられ、水口小園家元嗣(いえもとし)がお手前をした。えとの龍にちなんだ道具で香り高い茶を入れ、ふるまった。このほか、紅茶席なども設けられ、列席者は和やかな席を楽しんだ。 ★北区・上賀茂神社で一月十六日、正月行事を締めくくる「武射神事」が行われる。 大的式弓射引初め神事(おおまとしききゅうしゃひきぞめしんじ)とも言われ、矢を射抜いて一年の豊作や、邪気をはらう平安時代に始まった神事。境内芝生の東側に射場が設けられ、直径約一.八メートルの的の裏に「鬼」と、大書された的が用意される。その的を一人二本ずつ射て悪鬼祓除し、その年の無病息災を祈願する。烏帽子に狩衣姿の神職達が御幣殿前の芝にて、四十メートル離れた的を射るもので、迫力満点です。武射とは「歩射」から転じたもので、馬上から矢を射る流鏑馬に対し、馬に乗らず地上から矢を射るのでこの名がつけられて、芝生に設けられた長さ約三十メートル射場で、烏帽子、狩衣姿の神職が順に矢を放った。弓術小笠原流近畿菱友会の射手七人が一列に並んで矢を次々と放つ「百手式」の奉納もあり、これだけ広大な場所での弓の神事はあまりないので、ゆっくり見物できるのが魅力。 今日のブログ記事の関連参考画像は下記URLより ヤフーのおいないブログ(京都最新情報)へとお進みくださいhttp://web.kyoto-inet.or.jp/people/oinai/(画像の多いヤフーおいないブログへ直行)必見http://blogs.yahoo.co.jp/oinaijp/folder/279901.html
2012.01.16
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【今日の情報 : 歳時記・催し・話題・出来事】 ★右京区・平岡八幡宮で一月十五日、「左義長祭」が行われる。「とんど」ともいい、注連縄、門松などで堆く燃やし、神前の鏡餅を焼いて食べながら一年の無病息災を祈ります。昔は正月遊戯に使う毬杖(ぎちょう)という長杖の槌を青竹と組んで焼いたので「三毬杖」とも呼びます。「吉書揚げ」といって、この火で書初めを燃やし、その燃えさしが高く舞い上がったら書の腕が上がるといいます。 ★上賀茂神社と下鴨神社で小正月の一月十五日、「御粥神事」が営まれる。野菜果物とともに小豆粥と大豆粥をお供えし、五穀豊穣、国家国民の安泰を祈願します。由緒ある両神社での、ほのぼのとしたひと時です。☆ あずのおかいさん小豆粥を京都風に言うとこうなります。小正月と呼ぶこの日に小豆粥で祝い、邪気を払います。お粥の中に、それぞれ柔らかく煮いた小豆、餅を入れたもの ★新成人としての成長を誓って弓を引く弓引き初め「通し矢」十五日、東山区の三十三間堂であった。風雪が吹き抜ける射場で、振り袖やはかま姿の新成人約一九〇〇人が気持ちを新たに矢を放った。通し矢は、江戸時代に武士が三十三間堂で弓の技術を競ったことに由来する。京都府弓道連盟などが「三十三間堂大的全国大会」として主催し、今年で六十二回目。 境内で、新成人が六十メートル先の的に狙った。射場では、かじかむ指に白い息を吹きかける姿も目立っていた。 ★同じ日「柳のお加持」が行われる。正式には「楊枝浄水供」と呼ばれ、後白河天皇の病が浄水で治癒したことに由来します。天台宗密教の修法で加持祈祷した浄水(清水に柳の枝を浸す)を当日妙法院門跡が浄水に柳の枝を浸してその水を参拝者の頭上に振りかける秘儀で功徳が分け与えられる。特に頭痛に効くという。古くは平安時代に行われ、それによって柳にまつわる伝説が数多く生まれた。 この日堂内は無料で開放されます。今日のブログ記事の関連参考画像は下記URLより ヤフーのおいないブログ(京都最新情報)へとお進みくださいhttp://web.kyoto-inet.or.jp/people/oinai/(画像の多いヤフーおいないブログへ直行)必見http://blogs.yahoo.co.jp/oinaijp/folder/279901.html
2012.01.15
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【今日の情報 : 歳時記・催し・話題・出来事】 ★一月十五日午後零時半、皇后杯「全国都道府県対抗女子駅伝競走大会」は西京極陸上競技場において三十回目の号砲が鳴り、花火が上がってスタート。 今朝の京都は報道のヘリコプターが飛び交い、駅伝ムードは盛り上がり、冬の京都の素晴らしい情景です。世界に、オリンピックに、羽ばたこうとするホープ達には、京の都大路は日本の女子マラソン界をはぐくんできた母なるロードだろう。 都大路は世界への滑走路。「ふるさと制度」が変わったのに伴って、今年も全国から六百人を超える女性ランナーが京都にやってきた。今大会も十三歳から三十歳まで各年代のトップランナーが顔を揃えた。次代を担う中高生、躍進著しい大学生、世界トップレベルの実業団のホープが続々と力走し、熱戦が期待される。「選手にとっては、育ててくれたふるさとに恩返しできる意義深い大会」である。京都から世界に羽ばたく地元郷土のヒロイン達に大きな声援を送って上げてください。往復四十二.一九五キロのコースで今年もどのようなドラマが展開されるのか楽しみです。 ★新春気分もそのままに、九区間になどらえた"数え歌"のような短章でスタート。 一区・いつも輝くランナーの顔。見るものすべてに勇気をくれる。 二区・逃げるぞ追うぞ。駅伝の魅力は抜きつ抜かれつ。 三区・寒い冬にも熱い戦い。冬枯れの都大路が華やいでくる。 四区・呼んでいる。たすきを待つチームメートが見えたら、そらラストスパート。 五区・ゴールを目指す中盤の展開。ここらが勝負の胸突き八丁。 六区・ロードを埋める大声援。ふるさと選手との一体感 (レース直前の調整練習に励む選手達)が忘れられない。 七区・涙流した厳しい練習。苦しいときに思い出せばパワー全開。 八区・ハッとする、かわいい中学生の走りに無限の可能性が見えた。 九区・苦労を忘れるゴールの一瞬。 そこには四十七チームそれぞれに、順位を超えたドラマがある。 結 果我が京都は六連覇ならず、42.195キロのコースを、大阪が第11回より19年ぶりに2度目の優勝を成し遂げた。 第一位 大阪 2時間16分37秒 第二位 京都 2時間17分33秒 第三位 千葉 2時間17分49秒 第四位 兵庫 2時間18分53秒 第五位 福岡 2時間18分55秒 第六位 愛知 : 第七位 静岡 : 第八位 岡山
2012.01.15
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【今日の情報 : 歳時記・催し・話題・出来事】 ★北区・上賀茂神社で一月十四日、「御棚会神事」が行わる。三段で一畳程の棚に、山海の珍味を盛り、神様に捧げます。四人の白丁(はくてい)が棚を担ぎ、玉橋~楼門~中門~斎庭と移動して運び,神事を行い、その後境内の各摂社に献饌してまわります。 ★伏見区・日野の法界寺で一月十四日夜、寒中の伝統行事「修正会裸踊り」が行われる。厳しく冷え込んだ境内で、下帯姿になった男達が「ちょうらい(頂礼)、ちょうらい」と勇壮に叫んで体をぶつけ合う。元旦から二週間、薬師堂で五穀豊穣・天下太平を願って厳修してきた修正会の最終日の行事で、江戸時代中期から続くとされる。薬師堂で厳かに法要が続くなか、下帯姿の子供達や成人男六十名ほどが国宝・阿弥陀堂を駆け抜けて登場。寒の入りの一番寒い底冷えの時期だけに、その寒さを吹き飛ばす勇壮な踊りは、頭の上で力強く両手を打ち鳴らし、井戸水を浴びた男たちが激しくもみ合って踊ると、体からは白い湯気が上がり、境内は熱気に包まれた。乳薬師と親しまれる安産・授乳の神様で、裸踊りのふんどしは安産の腹帯として人気がある。裸踊り終了後まかれる「牛王札」も人気で、取り合いになります。 今日のブログ記事の関連参考画像は下記URLより ヤフーのおいないブログ(京都最新情報)へとお進みくださいhttp://web.kyoto-inet.or.jp/people/oinai/(画像の多いヤフーおいないブログへ直行)必見http://blogs.yahoo.co.jp/oinaijp/folder/279901.html
2012.01.14
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【今日の情報 : 歳時記・催し・話題・出来事】★伏見区・伏見稲荷大社で一月十二日、新春恒例の邪気を払う「奉射祭」が営まれ、五穀豊穣と家業繁栄を願って神職が神矢を放つ神事。 本殿での祭事に続き、神苑斎場で奉射の儀が営まれた。 「お弓始め」とも呼ばれる同祭は、他でも弓の神事は行われますが、この神事ほどスケールの大きいものはあまりないようです。副斎王が中央から四方に六本の神矢を放って場を清め、大蛇に見立てた長さ約十三メートルの注連縄の中央にある直径約一メートルの大的に向かって、まず神官二人が天地四方に矢を放ち斎場を清めたあと、約十八メートル離れた位置から計四本の矢を交互に放つ。かっては矢の当たり具合でその年の豊凶を占ったとされ、現在では邪気払いや景気も占うなどの神事となっている。参詣者には魔よけの矢を授与。★茶道武者小路千家の初釜が十二日朝、上京区の官休庵で始まった。寒の内らしい冷え込みの中、招待客が香り高い濃茶で心身を温めた。東日本大震災直後に被災地を訪れ、泥に埋もれた茶碗などを目の当たりにした千宗守家元の意向で、華やぎを抑え、落ち着いた風情の茶室環翠園(かんすいえん)に濃茶席が設けられた。初席には山田啓二京都府知事夫妻ら二十二人が席入りした。枝を垂らした「綰柳(わんりゅう)」、七代直斎筆の軸「枯木裡龍吟(こぼくりりゅうぎん)」といった床のしつらえが調えられ、きりりとした雰囲気。木地の棚やその上に生けられた紅梅と白玉椿が温かみを添え、宗守家元が一碗を練り上げた。深みのある味わいを順に堪能した招待客は年始のあいさつを交わし、穏やかなひとときを過ごした。京都での初釜は十五日まで続き、約八〇〇人が出席する。今日のブログ記事の関連参考画像は下記URLより ヤフーのおいないブログ(京都最新情報)へとお進みくださいhttp://web.kyoto-inet.or.jp/people/oinai/(画像の多いヤフーおいないブログへ直行)必見http://blogs.yahoo.co.jp/oinaijp/folder/279901.html
2012.01.12
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【今日の情報 : 歳時記・催し・話題・出来事】 ★茶道表千家の初釜が十日朝、上京区の不審菴で始まった。すがすがしく晴れ渡った空のもと招待客が次々と訪れ、一碗の茶をともに服し、新春の喜びに心を寄せた。午前十時、千宗室裏千家家元や千宗守武者小路千家家元、山田啓二京都府知事ら二十一人を茶室残月亭と九畳敷の初席に迎え、千宗左家元が濃茶を練った。室内には、今年のえとにちなみ、龍(りゅう)の爪をあしらった水指や火箸、鐶付(かんつき)に龍の顔をかたどった釜などが調えられ、床には、千家再興の基となった徳川家康と蒲生氏郷の連署状「少庵召出状」と、元伯宗旦筆の「春入千林処々鶯」の軸が掛けられた。新たな一年の始まりにふさわしい雰囲気に満ちた中、招待客は濃茶を順に味わい、和やかに新年のあいさつを交わした。京都の初釜は十四日まで続き、一五〇〇人が出席する。東京でも十七日から開く。
2012.01.11
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【今日の情報 : 歳時記・催し・話題・出来事】 ★浄土真宗本願寺派の本山・西本願寺で九日、宗祖親鸞の遺徳をしのぶ「親鸞聖人七五〇回大遠忌法要御正当(ごしょうとう)」が始まった。昨年四月から営まれてきた遠忌法要の締めくくりで、親鸞の命日に当たる十六日までの期間中、八万人が参拝するという。午後二時、御影堂で法要が始まり、大谷光真門主が、親鸞の座像「御真影(ごしんねい)」が収まる厨子(ずし)の扉を丁寧に開けた。次期門主の光淳新門が導師を務め、約四千人の門信徒が手を合わせて読経した。 法要の後、僧侶らが信仰を告白して批判を仰ぐ重要な儀式「改悔(がいけ)批判」があった。三十一年ぶりに大谷門主が臨み、門信徒を前に、親鸞の主著で浄土真宗の根本経典「教行信証」についての理解を披歴した。この日は、華道家元池坊の池坊由紀次期家元が、初めて西本願寺に花を献じた。いけばな発祥の地とされ、自らが副住職を務める六角堂(頂法寺)で、鎌倉時代、二十九歳の親鸞がこもって夢のお告げを受けたという故事を縁に、池坊が歴史に登場して今年で五百五十年に当たることを記念して行った。 ★東山区の八坂神社で九日、えびす祭「祇園のえべっさん」が始まった。七福神を乗せたえびす船の巡行などがあり、福を求める多くの市民らでにぎわった。境内の末社・蛭子(えびす)社の祭り。えびす船は一九九九年に地元商店街などの協力で復興し、商店主らがえびすや大黒天のにこやかな面を付けて乗船した。午後三時に神社を出発したえびす船は、福娘に続いて沿道の人たちに手を振りながら四条通を烏丸通まで往復した。十日も福笹や縁起物の授与や三社詣朱印の押印があり、午後三時から蛭子社で商売繁盛や家内安全の祈願祭が営まれる。
2012.01.10
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【今日の情報 : 歳時記・催し・話題・出来事】 ★京都市内の各地の社寺では、正月飾りや書き初めを燃やす小正月(十五日)の行事「左義長(とんど)祭」神事が行われる。 左義長とは小正月の十五日、松や青竹を組み立てて中に注連縄や門松を入れて燃やす火祭りの儀式で、「とんど」とも言われます。東山区・新熊野神社では一月九日、約六百年前の室町時代から左義長神事が行われたとされ、境内に高さ約五メートルの笹竹三本を立て、それにしめ縄を巻きつけて左義長を神火でたき上げ、勇壮に舞い上がる炎に、参拝者は無病息災などを祈った。 ★東山区・「御寺」(みてら)の通称がある皇室ゆかりの泉涌寺(真言宗泉涌寺派大本山)は毎年成人の日(今年は九日)に「京都・泉涌寺七福神めぐり」で、福の神に一年の幸せを祈る新たな気持ちで一年を迎えた参拝者がさらに福を求めて訪れる。泉涌寺の山内には八つの頭塔があり、それぞれ本尊とは別に、七福神の像が祀られている。番外として泉涌寺がまつる楊貴妃観音、新善光寺の愛染明王を加え、「久」に通じる九福と縁起を担ぎ、計九ヶ寺を参拝する。そして本山を巡拝するコースが七福神巡りです。一番札所・・・即成院の福禄寿 南極星の化身とも言われる。二番札所・・・戒光寺の融通弁財天の社 「金銭の融通をして下さる」弁天様。像は伝教大師の作と言われる。三番札所・・・観音寺の恵比須神 海の彼方から漂着した漁神。福の神としても信仰される。四番札所・・・来迎院の布袋尊 弥勒の化身ともいわれ、中国の唐の時代に実存した禅僧。五番札所・・・雲龍院の大黒天 元来はインドの神の別名。台所の守護神。姿から走り大黒ともいわれる。六番札所・・・悲田院の毘沙門天 ヒンドゥー教の財宝の神の別名で仏教では四天王のひとつ。北方守護の武神。七番札所・・・法音院の寿老人 長寿の神とされる。福禄寿と同一神ともいわれる。番 外・・・新善光寺の愛染明王。 楊貴妃観音 京都の七福神めぐり京都の代表的な七福神めぐりは「都七福神まいり」、その他「京都七福神」、「京之七福神」、「京洛七福神」、「丹波七福神」、「丹波寿七福神」など多くの七福神めぐりがある。ほかにも「天龍寺七福神」という一つの寺の塔頭を回るコースもある。
2012.01.09
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【今日の情報 : 歳時記・催し・話題・出来事】 ★空海が開いた真言宗で最高の儀式「後七日御修法(ごしちにちみしほ)」が八日、南区の東寺で始まった。真言宗各派の高僧が結願(けちがん)の十四日までの七日間に二十一回の法要を営み、国家安泰や世界平和を祈願する。 後七日御修法は、真言宗の開祖・空海の進言で八三四年に始めた宮中の正月行事。明治初期の廃仏棄釈で途絶えたが、一八八三(明治十六)年に場所を東寺に移して再興した。午前十一時半に宮内庁京都事務所から天皇の御衣が届けられた後、導師の大阿闍梨(だいあじゃり)を務める善通寺(香川県)の樫原禅澄法主をはじめ、仁和寺の南揚道門跡や醍醐寺の仲田順和座主ら十五人が本坊を出発。朱傘を差しかけられて厳かに練り歩き、灌頂(かんじょう)院に入った。法要は非公開で営まれた。★初春の華やぎ喫す 京の煎茶道二流派の茶会和やかな雰囲気で新年を祝った煎茶道二條流の初煎会(京都ホテルオークラ)、煎茶道・皇風煎茶禮式宗家(森下眞翠家元)の「初茶式」が八日、新年を祝う茶会をそれぞれ開いた。着物姿の招待客や門人らが、華やいだ雰囲気の中で、さわやかな茶の味と香りを楽しんだ。 ☆煎茶道二條流(二條雅荘家元)は、初煎会が八日、中京区のホテルであった。各界の招待客や門人約二〇〇人が集い、初春をことほぐ香り高い茶を楽しんだ。家元席では赤と黒の漆を塗り分け、うそ偽りのない心を表す「赤心棚」の立礼(りゅうれい)卓を初使い。二條雅荘家元が年男ということもあり、えとにちなんだ龍の道具類も多く用いて席を開いた。 列席者は雅荘家元と年始のあいさつを交わし、雅英若宗匠が一煎ずつ丁寧に入れた茶をゆっくりと味わった。香煎席も設けられ、一年の幸を願う梅と昆布の茶がふるまわれた。 ☆煎茶道・皇風煎茶禮(れい)式宗家の初茶式が八日、北区大宮玄琢南町の清風苑道場であった。門下生約三六〇人が全国から集まり、森下眞翠家元の手前で一年の無病息災を願う大福(おおぶく)茶を味わった。大福茶は梅や昆布、塩が入ったお茶。伊勢神宮の神水を用い、厳かかつ流麗な手前で振る舞われた。えとの辰にちなみ、森下家元は「昇龍は素晴らしい喜びを呼ぶといわれる。さらなる精進を重ねて豊かな心を育てよう」とあいさつした。江戸時代後期の武士で画家でもある椿椿山(つばき ちんざん)の水墨画「海鶴郡翔(かいかくぐんしょう)」が床の間に掛けられ、新年の一服にさらなる趣を添えた。
2012.01.09
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【今日の情報 : 歳時記・催し・話題・出来事】★下鴨神社で菊と二葉葵の飾りの付いた五合桝に大国神像が授与されます。半桝を「繁昌」に引っ掛け、下鴨の繁昌大国とも親しまれている縁日です。大国さんは福徳円満・長寿・殖産興業にご利益のある神様とされていますが、干支も護って頂けます。境内の各干支の神様にお参りして、お土産に干支守りを持って帰る。★天台宗派の修験道の総本山修験宗総本山の左京区・聖護院で八日、冬の風物詩となっている恒例の寒中托鉢修行が始まった。山伏姿の僧侶たちがほら貝を響かせて市内を歩き、今年の平穏を願った。心身を鍛える冬場の修行として一九三六年に始まり、今年で七十二回目を数える。聖護院や末寺の僧侶と信徒たち約百数十名が、十四日までに約七千軒を回る。 開白式では、宮城泰年門主が「ひたすらに祈ることが施主の願いが成就するもとになる。心を一つにして精進してほしい」と激励した。 午後一時、鈴懸(すずかけ)姿に頭巾(ときん)、結袈裟(ゆいげさ)をつけた山伏たちが、力強くほら貝を鳴らして聖護院を出発した。民家や店舗の前で般若心経を唱えると、出迎えた信徒たちは手を合わせて家内安全や無病息災を願っていた。托鉢で集めた浄財の一部は社会福祉事業に寄付する。★一年の商売繁盛と家運隆盛を願う「初えびす」が一月八日から十二日まで東山区の恵美須神社で始まった。 「十日えびす」を前に、恵美須神社の「宝恵(ほえ)かご社参」が八日、行われ、芸妓らにふんした一行が商売繁盛を祈願して京都市内の商店などを巡行した。東映女優が芸妓姿で神社に参拝。その後、ちょんまげ姿の男性が担いだ紅白に装飾されたかごに乗り込んだ。一行は「ほえかご、ほい」の掛け声とともに街中へ繰り出し、デパートや和菓子店などに吉兆笹を配った。九日の「宵ゑびす」は笛や太鼓の囃子が流れる境内では、千両箱や米俵などで飾った縁起物の吉兆ざさや福をかき集めるという熊手などを買い求める人でにぎわう。福の神「えべっさん」の誕生日の一月十日に、福をあやかろうとする庶民の願いで、ゑびす祭が始まった江戸時代、西陣や室町の呉服関連のだんな衆がひいきの芸者を連れて社参したのが起源と言われている。 九日の「宵ゑびす」・十日の「ゑびす大祭」と残りゑびすの十二日「残り福」まで夜通しで境内を開門、縁起物の吉兆福ざさなどが授与される。 今日のブログ記事の関連参考画像は下記URLより ヤフーのおいないブログ(京都最新情報)へとお進みくださいhttp://web.kyoto-inet.or.jp/people/oinai/(画像の多いヤフーおいないブログへ直行)必見http://blogs.yahoo.co.jp/oinaijp/folder/279901.html
2012.01.08
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【今日の情報 : 歳時記・催し・話題・出来事】 ★茶道裏千家の初釜式が七日朝、上京区の裏千家今日庵で始まった。招待を受けた京都の政財界人や文化人が訪れ、千宗室家元から濃茶のもてなしを受けた。穏やかな初春の日差しのなか、午前9時に茶室「咄々斎(とつとつさい)」(重要文化財)で始まった一席目には、千宗左表千家家元や千宗守武者小路千家家元、山田啓二京都府知事ら二十六人が席入りした。床の間には「結柳(むすびやなぎ)」や今年のえとにちなむ元伯宗旦の「龍虎」の軸が整えられた。菱松葉絵の炉縁など正月らしいしつらえが華やかな雰囲気を醸すなか、出席者はほどよく練られた濃茶を順に服し、今年一年の息災を互いに祈った。元旦に初削りした茶杓「龍吐明珠」を用いた宗室家元は、「苦しんで宝を吐く龍のように、自分に対して厳しい気持ちで臨む一年にしたい」と語った。十三日までに約三千人を招待、十六日からは東京道場でも催す。★古儀茶道藪内家の点初(たてぞめ)式と小川流煎茶の初煮会が七日、和やかに心新たに 京の各家元初茶会が市内の各家元で始まった。招待客らがすがすがしい新春の香り豊かな茶を味わい、年始のあいさつを交わした。 ☆古儀藪内家の「点初式」は午後二時から始まり、浄土真宗本願寺派の橘正信総長ら十六人が席入り。昨年末、かやぶき屋根の修理を終えたばかりの茶室「燕庵(えんなん)」(重要文化財)で藪内紹由若宗匠が濃茶を練ってもてなした。床には「心廣體胖春(こころひろくたいゆたかなはる)」の軸や六代比老斎好みの香合が飾られた。また、国宝「飛雲閣」の茶室「憶昔(いくじゃく)」の席開きの際の茶入(ちゃいれ)「因幡堂」も用いるなど心づくしの席が調えられ、出席者は穏やかなひとときを過ごした。九日まで続き、約三百五十人が出席する。 ☆小川流煎茶の「初煮会」は午前十一時から、北区の三清庵小川後楽堂で始まった。茶席の床には江戸後期の南画家田能村竹田の「梅渓詩客図」をかけ、香り高いロウバイやツバキなど春の花が招待客を迎えた。小川後楽家元が年男とあって、茶器などは龍(りゅう)づくしに。可楽若宗匠が落ち着いた手つきで甘露をふるまうかたわら、後楽家元と列席者が談笑した。八日も催し、約二百五十人を招く。 ★武家や皇族に好まれた鷹狩の技「放鷹術」が七日、二条城緑の園で披露された。鷹匠の巧みな技で勇壮に舞うタカの姿が、訪れた大勢の観光客を魅了した。二条城を造営した徳川家康もたしなんだ技にふれてもらおうと、毎年秋と冬に実演会を催している。諏訪流放鷹術を継承する鷹匠ら十一人は、離れて立つ鷹匠の腕から腕えとタカを飛ばす「振替」や、ハトなどに見立てた疑似餌を捕獲させる「振鳩」などの高度な技を順に見せた。優雅に羽を広げ、抵抗飛行するタカが俊敏な動きで獲物を狙ったり、木々に飛び移る姿に観光客たちは大きな歓声を上げていた。今日のブログ記事の関連参考画像は下記URLより ヤフーのおいないブログ(京都最新情報)へとお進みくださいhttp://web.kyoto-inet.or.jp/people/oinai/(画像の多いヤフーおいないブログへ直行)必見http://blogs.yahoo.co.jp/oinaijp/folder/279901.html
2012.01.08
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【今日の情報 : 歳時記・催し・話題・出来事】 ★新春香る 底冷えの厳しい京都・花街で裾引きの正装、頭には稲穂のかんざしを挿した舞妓、芸妓が各歌舞練場に日本髪に黒紋付き姿で、あでやかに着飾って勢揃いして、今年一年の技芸向上を誓う恒例の「始業式」が一月七日、四花街(祇園甲部・祇園東・先斗町・宮川町)の各歌舞練場で行われた祇園甲部では昨年の売花奨励賞や、技芸が優秀な舞芸妓、成績優良のお茶屋の表彰式が行われた。式に続き、京舞井上流家元の五世八千代さんがお祝いの地唄「倭文」を舞い初めた。 「おめでとうさんどす」「おたのもうします」の挨拶が交わされ、決意を新たにし、お茶屋の女将さんからお神酒などをいただいて新年をことほいだ。先斗町では「梅の栄」、宮川町ではその年の勅題に合わせた舞などを舞い初めとして披露される。(上七軒は一月九日に行われる。) ★北区・上賀茂神社で一月七日、正月に白馬を見ると邪気がはらわれるという故事にちなむ「白馬奉覧神事」が営まれる。平安時代から宮中に伝えられた新春行事「白馬節会」に基づく神事です。神職が神前に七草粥を供えて祝詞が奏上されると、白い神馬が現れる、これは祭神の御覧を仰ぐためで、神馬に大豆を与えて国家安泰や家内安全を祈願する神事。古くは中国で正月七日に青馬を見ると年中の邪気を祓うといわれたためで、その青馬が、のち白馬に変わり、名称だけが残ったというわけです。白馬総覧は宮中で一月七日に行われていた白馬節会を模して神事化した。普段は近くの京都産業大学の馬術部で飼育されている白馬「神山号」が、この日は境内の神馬舎で参拝者に公開される。縁起の良い白馬を見るだけでも得した気分? ★伏見区・御香宮神社で境内で栽培したり、氏子らが集めてきたセリやナズナなど春の七草と境内に湧く名水「御香水」とで炊いた「七草かゆ」が参拝者に振る舞われた。江戸時代より、七草を神前に供える"七種神事"が営まれ、毎年、無病息災を願う多くの人々で行列ができるほどの人気です。 今日のブログ記事の関連参考画像は下記URLより ヤフーのおいないブログ(京都最新情報)へとお進みくださいhttp://web.kyoto-inet.or.jp/people/oinai/(画像の多いヤフーおいないブログへ直行)必見http://blogs.yahoo.co.jp/oinaijp/folder/279901.html
2012.01.07
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【今日の情報 : 歳時記・催し・話題・出来事】 ★華道家元池坊の新春行事「初生け式」が五日、中京区の六角堂のある家元道場と池坊会館であった。全国の門弟約一五〇〇人が参加、すがすがしい雰囲気のなか正月らしい花を生け、今年一年の稽古への精進を誓った。雪が舞い散る午前八時すぎ、振り袖や羽織はかま、民族衣装姿の男女五十人が隣接する六角堂に参拝したあと家元道場に入場。雪柳や千両などを手に、一斉に生け込みを開始。花の姿を確かめ、はさみの音をパチン、パチン-と軽やかに響かせる様子を、池坊由紀次期家元が指導して見て回り、新年のあいさつを交わした。由紀次期家元は若松と白梅、バラで、純粋さや清新さを託した「夜明け」と題する作品を生け、門弟と新年のあいさつを交わした。
2012.01.06
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【今日の情報 : 歳時記・催し・話題・出来事】 ★左京区修学院の赤山禅院で一月五日、今年一年の無事を祈る恒例の「八千枚大護摩供」が営まれた。全国から集まった信者が不動真言を唱える中、比叡山千日回峰行を達成した大阿闍梨らが、雲母不動堂内の護摩壇で煩悩を滅却し、災いを除き、幸せを招くため参詣者の願いを込めたさまざまな護摩木八千枚を焚き、燃え上がる炎に投じた。大護摩供は、災いを除き、幸福を招く清めの儀式で、毎年この日に行われる。 ★正月元日から伏見区にある御香宮神社、藤森神社、長建寺、大黒寺、乃木神社の五社寺を巡り、朱印と福を集める「伏見五福めぐり」が、十五日まで実施されている。 五社寺では、えとの辰を描いた色紙に朱印一つを押し、千円で販売。残りは一回押すごとに三百円で、五つ集めると辰の土鈴が授与される。
2012.01.05
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【今日の情報 : 歳時記・催し・話題・出来事】 ★左京区・下鴨神社では一月四日、新春恒例の「蹴鞠初め」が行われた。華やかな王朝装束をまとって古式ゆかしく白い鹿皮の鞠を蹴る蹴鞠は、中国・殷時代の雨乞い神事が起源とされ、国内では飛鳥時代に中国から伝わり、平安時代以降に宮中で流行、鎌倉時代には武士や庶民の遊戯として広まった。 六名から八名が一座となって、相手が受けやすいように優雅に蹴り続ける。 神社本殿前に設けた約十五メートルの鞠庭に色鮮やかな水干や烏帽子姿の装束を身に付けた八人が輪になり、「アリ」「アヤ」「オウ」の掛け声と共に見事な足裁きで鞠を蹴り上げ、初蹴りを奉納する。 ※飛鳥井流、難波流などの流派がある。京都御所の小御所北側には、「蹴鞠の庭」がある。【今日のブログ記事の関連参考画像は下記URLより ヤフーのおいないブログ(京都最新情報)へとお進みくださいhttp://web.kyoto-inet.or.jp/people/oinai/(画像の多いヤフーおいないブログへ直行)必見http://blogs.yahoo.co.jp/oinaijp/folder/279901.html
2012.01.04
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【今日の情報 : 歳時記・催し・話題・出来事】 ★東山区の八坂神社で一月三日、新春恒例の「かるた始め」が行われ、古式ゆかしい王朝絵巻さながらの優雅な催しに大勢の参拝客が楽しんだ。八坂神社の祭神スサノオノミコトの詠んだ「八雲立つ 出雲八重垣 妻籠みに 八重垣作るその八重垣を」と日本で初めての和歌を詠み、和歌の神とされることにちなむ行事で、お正月気分を充分に満喫できます。和歌の起こりとの伝承にちなみ、百人一首ができた京都でかるた文化の伝承をしようと催している。今年で四十二回目。 会場になった境内の能舞台には、初詣の雑踏が続く中、神前にかるたを奉納したあと、十二単におすべらかしの王朝装束に身を包んだ水干姿の童子、童女や、紅袴に子袿姿の古式ゆかしい衣装を纏ったかるた姫が二十四が、二人ずつ向かい合い、百人一首の札を取り合う「初手合わせ」(歌の上の句を読み上げると、かるた姫らは「はいっ」と声をあげながら床に並べられた下の句の札を取り合う)を行った。
2012.01.03
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【今日の情報 : 歳時記・催し・話題・出来事】 ★初詣に混ざって親に付き添われた子供の姿が目に付く北野天満宮。「筆始祭」で神事のあと、子供達が書き初めを行う。真剣な表情がかわいらしい、新春の風景です。三日間で約二千点の作品が奉納される。天満書きともよばれる子供達の書は一月中旬頃から、境内に張り出されます。書家としても知られる道真公遺愛の硯や角盥などを神前に供え、書道上達を願います。 ★洛北大原・来迎院は慈覚大師・円仁が創建した天台宗古刹。一月二日に「修正会」が行われる。大師が中国で学んだ声明を日本に初めて伝えた地とされています。その声明が唱えられる中、来迎院町の青年達が本堂に集まり、時を見て鉦・太鼓を打ちならし、一斉にササラをすりながら堂内を円座をなして回り、声明のじゃまをします。ついには法力で堂外に追い出され、邪気を祓い無病息災を祈願するというもの。午王宝印が無料で授与されます。 ★右京区・広隆寺で一月二日に「釿始め」(ちょうなはじめ)が行われる。 建築関係者の一年の無事を願う古式ゆかしい仕事始めの儀式です。「わ、き、ず、え、よぃ~と~」。響き渡る木遣り音頭は労働の喜びと施主の誇りを託したもの。音頭の流れる中、狩衣をつけた職人さんが宮大工さながらに古式にのっとり、木材の運搬・計測・荒削りといった所作を演じていきます。番匠が行う斧始めは、奈良時代に起源を持つもの。一般の番匠の家でも昭和初期まで行われていましたが、まもなく消滅。番匠保存会が昭和五十六年に年頭儀式として釿始めを復興しました。儀式用の宮大工の道具が興味深い。 今日のブログ記事の関連参考画像は下記URLより ヤフーのおいないブログ(京都最新情報)へとお進みくださいhttp://web.kyoto-inet.or.jp/people/oinai/(画像の多いヤフーおいないブログへ直行)必見http://blogs.yahoo.co.jp/oinaijp/folder/279901.html
2012.01.02
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近年めっきり雪降りも少なくなりましたが、今朝の京都は厳しい冷え込みにもかかわらず穏やかな陽気に包まれ、新春を迎える事が出来ました。 今年一年も京都を愛する京都人より京都の最新情報・不定期便、私の拙い「おいないの京都最新情報」を配信いたします、ご笑読頂ければ幸甚に存じます。【今日の情報 : 歳時記・催し・話題・出来事】★正月の京都は各社寺への初詣から始まりますが、何と言っても伏見のお稲荷さん詣りです。全国に約四万あると言われる稲荷大社の総本社で、京都における最も古い神社の一つであり、古くから五穀豊穣、商売繁盛の神として朝野の崇敬を集め、参拝者は絶えることがなく、一年中全国から多くの参拝でに賑わいます。特に正月三ヶ日の伏見稲荷大社では初詣客が参道から本殿まで長い列を作り、昨年は大晦日から三日までの人出は伏見稲荷大社:約三百万人、全国で四位の人・人・人でひしめき合った。 【伏見稲荷大社について一言】 創建時代は不詳で定かではないが和銅四年に秦伊呂具が稲荷山の三ヵ峰に三社を創祀したという。秦伊呂具が餅を的にして矢を射ったところ、その餅が白鳥になって山の峰に飛んで行き、そこに稲が生えたので、イナリの社名になったと伝わる。平安遷都後、稲荷信仰の中心的存在となった。また、天長四年(八二七)空海が東寺の塔材用として、神材を伐ったことから真言宗と結びつき、益々繁盛した。 ★京都では、お正月の朝に汲む水を「若水」といわれ縁起がよく、東山区・六波羅密寺では正月三が日元旦に汲んだ水を沸かし、結び昆布と小粒梅を若水でいれた煎茶「皇服茶」(大福茶)を飲む習わしがあり毎年、振舞われる。平安時代開山である、空也上人が病人に薬茶をふるまって平癒させたという寺伝に基づいて始まった。村上天皇も服したことから「皇服茶」の名称が付いた。京都では「大福茶」と言って、各家庭でも行われている。先着三千名に稲穂が無料授与されます。 ★元旦より、新年の縁結び開運招福を願い、東山区・地主神社では、初大国祭がとり行わる。古代縄文より伝わる石笛を奏し、新年のご利益のある神さまを呼び申し上げます。厄除け開運お祓いのあと、縁結び良縁達成の祝詞(のりと)を読み上げます。お祭りに参加された方には「開運こづち」を無料授与。片方の石からもう一方の石へと目を閉じたまま歩いて無事にたどり着けると恋の願いが叶うという、本殿前の「恋占いの石」のお祓いが行われます。また恋占いおみくじやえんむすびお守り、新年エト絵馬、破魔矢を求める参拝者で例年最高の人出となります。新春のえんむすび祈願の受付もしている。 今日のブログ記事の関連参考画像は下記URLより ヤフーのおいないブログ(京都最新情報)へとお進みくださいhttp://web.kyoto-inet.or.jp/people/oinai/(画像の多いヤフーおいないブログへ直行)必見http://blogs.yahoo.co.jp/oinaijp/folder/279901.html
2012.01.01
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