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こちらは無印良品の「素材を生かしたカレー」シリーズ、「三種の唐辛子とチキン」のカレー。昨年の暮れ、いろいろ買ってきたの、忘れとったでかんがや。そのうち、一番味の想像がつくものから頂いてみましたよ。さて。バイオハザード=生物学的危害・生物災害。新型コロナウイルスの件です。どうやら、中国全土に蔓延した模様ですね。多数の死者が出ているとか。・・・怖いね。てか、日本もやばいっすね。中国は旧正月の真っ只中、大型連休を利用して大勢の観光客が日本になだれ込んできている。どうなることやら・・・。うちは「危機管理能力の権化」ともいうべき、ちょービビり屋の妻の方針に従い、迫りくる「生物災害」に、今出来る限りの対策を講ずることとしました。ちなみに、妻の方針は下記のとおり。①最悪の場合の「籠城」に備え、市民の買い占めが始まる前に食料備蓄を見直す。②防災用品を見直す。(マスクなど、生物災害予防に関するものを中心に)③デマや風説に惑わされず、正確な情報収集に努め、落ち着いて行動する。④危険な場所には行かない。(ウイルス封じ込めの見通しが立つまで、人混みはなるべく避ける)⑤手洗い、うがい、消毒をする。以上、こう並べてみると、「自然災害」の防災対策と基本的には変わりませんね。最善の策を講じたら、あとは、いつも通りの生活を、慎ましく生きるのみ。まあ、ポイントは、新型ウイルスは「災害である」と捉えることかと。か、かんらっ!本格的な辛さでした。僕は辛いの大好きなので、すんげー美味しかったです。しばらくの間、胃がほんのり熱を持つような、いわゆる「唐辛子の辛さ」が楽しめます。じつは、僕たち、ウイルス感染症には、つらい思い出があるのです。あれは、次女が、生後まだ二週間のこと。次女は、「RSウイルス」という、乳児が感染すると、重度の場合死に至ると言われるウイルスに感染しました。妻は、当初から次女の異変に気が付いていたのです。次女を出産したばかりの妻は、退院してこの方、何だか元気がない次女が心配になり、近所の小児科へ診せに行きました。しかし、その病院の診断は、「ま、様子見ましょ。」ってな感じで。その数日後、やっぱり様子が変だと再度検診へ。しかし、診断はやはり「様子見いぃ。」さらに数日後の夜中、でもやっぱり絶対様子がおかしいよ!ってんで、大病院へ緊急搬送。んが、ドクターの見解は、「てか、この子、厚着し過ぎじゃね?」とのことだった。その時僕等は、病院側から明らかに「モンスターピアレンツ」的な扱いを受けたことを、今でも憶えている。それでも、それでも、それでも、やっぱり次女の様子がおかしいってことで、妻は翌日、次女を出産した産婦人科の出産後の定期健診の場で、間に看護師などを介さず、ドクターに直接これまでの経緯を直談判した。そのドクターだけは、「分かりました」と即座に紹介状を書いてくれたらしい。妻、その招待状を握りしめ、その足で数日前夜中に緊急搬送したばかりの大病院へ。やっとこさ、やっとこさ、やっとこさ、紹介状の力で精密検査が行われました。診断結果は「RSウイルス感染症」。その日その場で「ただちに緊急入院して下さい」との指示がありました。その時の次女ときたら、泣きもしない、目も開けない、くたんくたん、瀕死。この事態、誰にどんな文句を言えばよいのでしょうか?当時も今も、よく分らんでかん。結果として「誰も恨んではおりません。関係者の皆様、その節は、あーしたっ!」と、歯を食いしばって感謝するしかない。感謝しか、すべがないのである。ははは。妻はその日から、生後二週間の次女の付き添人として、同じ病室に入院することになりました。全身管だらけになった次女はベット、付き添いの妻にベットは無く、一週間ソファで寝起きしました。死んだお義母さん、この子を助けて。死んだお婆ちゃん、この子を助けて。死んだ親戚のおじさん、この子を助けて。死んだおばさんのいとこの・・・。思いつくあの世へ行った親族に片っ端から次女のご加護を願いつつ、妻は眠れない夜を連日過ごしたらしい。ちなみに妻、その時、その病室で、幽霊を見た。もし霊感を測るバロメーターがあるならば、僕などは、その針がゼロどころではなく、マイナスを差すであろうほど、この手の話には、まったくもって疎いので、正直理解に苦しみますが。・・・妻、見たらしいっすよ。夜の病室の窓に映る、自分の後ろを動く白い人影を何度も見た。という。普段からちょービビりの妻であるが、その時は恐怖で気を失いそうになるのを必死で堪えながら、「我が子を守らねば!」その一心で、その白い影に、夜通し怒涛の啖呵を切り続けた。ちょっと、あんた! あんただよ! そこの白いの!おい、こら、どこの誰だか知んねーけどさ!うちの子に手ぇ出したら、ただじゃおかねーぞコノヤロー!こちとら、どれだけの思いで産んだと思ってんだバカヤロー!とっとと立ち去れコンチキショー!その甲斐あってか、次女、一週間後には無事退院することが出来た。先日、妻があの日のことを振り返り、こんなことを言いました。よくよく考えたら、あの時の白い影、あたしがご加護を求めたご先祖様の誰かだった気がする。きっと、次女を助けに来てくれたんだと思う。やっば~い。あたし、ボロッカス言っちゃったんですけどお。・・・相変わらず、何が何だかよくわからんが。母は、強し。母は、強し、なのであ~る。にほんブログ村↑ポチッと一枚!
2020.01.26

頭を抱えて悩む。過去の自分を責める。その姿は時に美しいのだ。それが前進の為の必然であれば歴然だ。まごうことなきだ。あたりきしゃりきだ。でもね。まあね。何事もほどほどに。適当が大事。塩梅が肝心よ。自分をけなし、そしり、当てこすり。ののしり、あざけり、けちょんけちょん。も~じゅうぶんだろう。許しておやりよ。最後には、自分を許しておやり。それを怠ってはいけないよ。じゅうぶんに悔い改めたなら、最後の最後には、自分を許してやること。人はそれを「自責の念」と言うのだ。それを忘れてはいけない。さもなくば、心が、かわいそう。君の心が、かわいそうだよ。心は、体と対極をなすものではないのだ。心は、体の一部だ。目、鼻、口、心だ。頭、尻、心、骨だ。心だけ、特別ではない。心だけ、仲間外れにしてはならない。手、足、心だ。深づめ、耳たぶ、心、ビール腹だ。心も、体の仲間だ。いじめてはいけない。心を、いじめてはいけないよ。さもなくば、心が、かわいそう。君の心が、かわいそうだよ。にほんブログ村↑ポチッと一枚!ちゅーわけで、これが200件目の日記になります。ブログをはじめて、二年と半年。遅筆だぎゃ?今日も今日とて、こんな野ざらし車両の如きブログを、懲りずに読んでいる、どっかの誰かさん。あざっす。愛しています。
2020.01.24

その昔、妻の友人がうちに遊びに来た時、僕等に同棲中の婚約者について、こんな愚痴をこぼしました。彼が、義母の「手作りパン」以外のパンを食べてくれない。市販のパンはもちろん、有名店の一流が作った美味しいパンも食べない。私の下手な手作りパンなどもってのほか、ハッキリと「悪いけど食べる気がしない」と言われる。他の料理の好みに偏りはない。しかし、ことパンに限っては、頑としてお母さんのパン以外受け付けない。デート中でも、義母から「今、パンが焼き上がった」旨の電話があると、必ず実家に寄って焼きたてパンを受け取る。確かに義母の作ったパンは、とても美味しい。けれども、何とも複雑な想いがする。うーん、なるほどね。「人をダメにする家庭料理」の典型的なパターンね。んで、そん時僕、何やら深刻な様子の彼女を和ませようと、こんな冗談を言った。んじゃ「究極の選択」っす!ショックなのは、どっちーーー!?最近ダンナが私の手料理にあまり手を付けず、そそくさと自室に籠ってしまう。まさか部屋で隠れて、こっそり何か食べているのではないかと思い、そーっと覗いてみると・・・。① 暗がりで「コンビニの100円パン」をむさぼり喰っていた。② 暗がりで「義母の手作りパン」をむさぼり喰っていた。さあ、どっち? ねえ、どっちがショック?そしたら、彼女、憤慨の形相で、②に決まってます!つって、以後ご機嫌斜め、話そこそこに帰っちゃった。・・・ははは、悪気はなかったんすけどねえ。今思えば、意地悪な質問をしたかもしんない。ごめんなさい。彼女、最近音沙汰ないが、「ママのパンしか受け付けないダンナ」と息災に暮らしているだろうか? ま、余計なお世話か。そう言えば、会社の部下にも「僕は、家の畑で採れた無農薬野菜でお母さんが作った漬物があれば、何もいりません!」と、爽やかな笑顔でニカッと笑う三十路前の社員がいるが・・・。すんげー好青年なんだけどねえ、いまだに彼女もおらんし、とにかく食事が過度に偏食で・・・。彼、これから、どんな女性と出会い、結婚してどんな衣食住を共にするのだろう? いささか心配。ま、これも余計なお世話っすね。でもまあ、母の家庭料理が美味すぎるってのも、時に、場合に、これ、罪な話だねえ。さあ~て、今回のZ級グルメは?ご存知、「チキンラーメン」!うおお! こいつぁあ、ただのキチンラーメンじゃねーぞい!「やみつき旨辛 アクマのキムラー」ときやがったかコンニャロー!こう言っちゃなんだけど、僕と「日清食品」の付き合いは、長げえぜ。そして、深けえぜ。思春期の頃、母が夜遅くまで働いて家にいねーから、妹と二人で「日清食品」ばかり食べていたからな。なおかつ、僕の母は、僕が高校を卒業してから二十歳ぐらいまで、僕に一切メシを作ってくんなくてね。当たり前だ。定職に就かず、バイトも続かず、実家に食費も入れぬバカ息子に、喰わすメシなど無いってこった。「お願いだから、さっさと出て行って下さい。これが母の愛です。」とか言われたもんだ。とほほ。だから当時の僕は、夜中に母の食べ残しを漁るか、なけなしの金で買った「日清食品」を食べ、飢えをしのいだ。僕の血と骨は、日清のチキンラーメンとカップヌードルで出来ている。と言っても過言ではない。ははは。いやあ、当時流行り始めた「ニート生活」が出来ると思ったんすけどねえ。やっぱあれね、「引きこもり」になるには、先ず衣食住が整った環境が最低限必要なのね。僕、腹ぁ減ってしょうがねーから、しぶしぶ働き始めたっちゅーの。ははは。まあ、あの頃、労働の義務を果たさぬバカ息子に、雨風をしのげる実家の一室をタダで貸してくれた母には、感謝しかねっす。どんぶりにチキラ入れてお湯かけて、付属のカヤクとラー油をかけるだけ。でも今日は贅沢に、生卵と白いご飯までつけちゃうわん。いや~出世したもんだ。オラぁ、がんばっただよ。当時はチキラのこと、苦し紛れに「米」って呼んでたもんなあ。チキラにお湯をかけること、「炊く」って自分に言い聞かせたもんなあ。ラップをかけて、生卵を蒸らしまーす。2・3分待ったら、はい、出来上がり。僕はこのように、はじめに黄身をプチンと潰してからいただく派です。母は晩年、幼い頃僕が「お母さんの作ったコロッケは世界一だね!」と言ったことを、ことあるごとに、それはそれは嬉しそうに語ったが・・・。正直僕は、自分がそんな発言をしたことも、その母のコロッケの味も、これっぽっちも憶えていない。そんな僕だから、「おふくろの味が、どうたらこうたら」というたぐいの話を、妻に一度たりともしたことはない。味覚が鈍いのよね。出来ようはずがない。結婚当時、妻の料理は、お世辞にも美味いとは言えない代物だったが、半月も妻の手料理を食べ続けたら、僕の味覚は、すっかり妻の味付けが基準となった。僕は、妻の手料理を、世間の味と比べたことが無いので、妻の手料理が、よそ様の舌を唸らせることが出来るものか否か、よく分からない。ただ、妻の料理は、いつもふつーに美味しい。僕にとっては、それで十分だ。世間にゃ、グルメだとか亭主関白だとか、喰いもんにうるさい男が多いようですが・・・。てか、作ってもらっといてガタガタ言うなっつーの。黙って喰え、黙って。だからね、U子さん。ダンナの味覚が鈍いと嘆くなかれ。それはそれで、実は夫婦円満の秘訣かもしれませんよん?なんちって。僕は、いきなりかき混ぜず、食べる分だけホロホロと麺をほぐしながらいただきます。うーん、旨し! そして辛し! 是非ご賞味あれ!なんかね、生物的には、男性より女性のほうが、そもそも味覚が発達しているんだって。これは、その分野の研究では明確なことらしいよ。んじゃ、世間には何故女性の料理シェフが少ないのかと言うと、女性はホルモン分泌の変化で、日によって味覚に変動があるようで、プロとして安定した味をお客様に提供し続けるのが、男性に比べて難しいとのこと。この事実を踏まえ、家庭で理想的な料理の作り方を実施するとすれば、鋭い味覚の妻の指示のもと、安定した味覚の夫が料理を作る。これが理論上ベストかと。・・・でもなあ。僕が作った変わらぬ味を、日々味覚が変動する恐妻が、毎日試食するわけでしょ?怖ええよお。うわああ、考えただけで、おぞましいよお。・・・あの~、やっぱ僕、食べる係でいいっすかあ。てか、もう僕は、妻の家庭料理で、人としてダメになりたい!美味しい家庭料理を食べ過ぎて、ダメダメ人間になってしましたい!てか、毎日誰かが美味しい料理を作ってくれる、この幸せは何だ??当たり前じゃねーっちゅーの!ダンナもガキも、感謝しさらせっちゅーの!!は~い、すみません。まあよ、食器ぐらいは、運ぼうぜ、みんな。にほんブログ村↑ポチッと一枚!
2020.01.19

あっ!ドリーだ! わっ!クラッシュもいる! ちゅーわけで、1月4日に長女と二人で「名古屋港水族館」へ行ってきたっす。 本当は家族みんなで行きたかったけど、次女が水疱瘡になっちまってよお。 妻と次女は致し方なく自宅待機。長女と二人っきり。初デートっすわ。 到着したのが昼過ぎだったので、先ずは腹ごしらえ。 近くの施設のフードコートが大混雑で座れやしねーので、弁当を買って外のベンチで食べた。 もし妻がこの場にいたら、 「誰も外で食べてないじゃん!てか、みんな見てんじゃん!恥ずかしいからやめてよ!」 なんつって即却下っすけどね。 ま、この日はうっせーのいねーから、港の潮風に吹かれかながらのランチが楽しめましたよ。にゃはは。 まったく僕の妻は「羞恥心」を懲り固めてプルンプルンの「煮こごり」にしたような女だかんね。 昔から、とにかく「恥」に過敏に反応する。少々気の毒なほどに。 ちなみに、それに引き替え、こいつ。長女のP子ときたら。 最近、親として心配になるぐらい「恥ずかしい」っちゅう感情が、いささか希薄なのよね。 人前で物怖じしないってのは、まあ良しとしても、 人前で失敗したり、人前で悔しいはずの状況にあっても、ケロッとしてるのは、どうかと思うね。 自分だけ皆と違う行動や発言をしている時も、どこ吹く風ってツラしてるしねえ。 やっべ~な~もぉ~、完全に僕のDNAだもんなぁ~。 さあ館内へ、いざ突入! おっ!いきなりシャチだ! お次は、イルカだ! マイワシの群れ! 幻想的な「マイワシのトルネード」というイベントが大人気! シャチの公開トレーニング! トレーニングの模様が、巨大スクリーンに同時進行で映し出されます。 イルカのショー! 音楽・映像を駆使した、かなりハイレベルなショーです。 P子ちゃん、この日はママも妹もいない、パパ貸切ってことで、まぁ~甘えっぷりが半端無かったっす。 もうベッタリ。手をつないで離さねー。 普段はそっけない子だけれど、これが本来のこの子の姿だったりして・・・。 やっぱあれだな、普段は九歳の少女が、頑張って「お姉ちゃん」を演じてくれてんだな。ありがとね。 ま、それはともかく。 僕、思うんだけれどさ。 僕の妻のような「過剰な羞恥心」ってのも、どうかとは思うのだけれど。 でもしかし「恥ずかしいと思うこと」これ自体はとても大切なことだと思うんすよね。 何を「恥」と感ずるか? これは我が子の人格を形成する上で、かなり重要な事柄かと。 そもそも「美意識」とは、 何を「美しい」と感ずるかではなく、 何を「汚し」と感ずるか。 つまり、何を「恥」と感ずるか。 ということであると、僕は勝手に解釈しとる。 まあ、この子の美意識は、この子が自分で高めてくれりゃあいいんだけれども。 それにしたって、この子の小さな「恥」の種を、先ずは正しい方向に芽吹かせてやらにゃ話にならんもんね。 親として、はてさて、どーしたものか、うーむ、難儀だぎゃ。 んなこと、ちらほら考えながら、シロイルカを二人で見ていた。 ベルーガ。 前頭葉がブリンと発達した、とても頭の良い生物。 ちなみに「陸のシロイルカ」といえば、この私。 前頭葉が人並み外れてブリンと発達した、とても珍しい生物。 よ~し、もう難しい話は止めじゃ! ここはひとつ旅の思い出に、長女を笑殺したろうかいな。 そう思い立った僕は、ベルーガの水槽の前で、おもむろに被っていた帽子を剥ぎ取り、 坊主頭を水槽にぐりぐり、自慢の前頭葉をベルーガにさらして見せた。 す、すると・・・。 ・・・え、なにアイツ? ・・・仲間じゃね? てな感じで・・・。 べ、ベルーガが・・・ 来たぁーーー! 通り過ぎた後もぉ~、またUターンしてえ・・・ べ、ベルーガが・・・ 来るぅ~~! ぎゃはははははははは! おい! P子! 見ろ! パパ、ベルーガと共鳴しとるぞ! 彼の超音波、パパ、超ぉー感じちゃってまぁーす! なーんつって、ふと周りを見ると、それまで水槽前にいた人だかりは、 突然シロイルカと共鳴を始めた一匹の得体のしれない生物の出現にドン引き。 僕、群衆に安全な距離を確保されてました。 ありり? ちゅーか、P子がおらんがや! P子どこ行った??? なんと、さっきまで僕にベッタリだった長女、 遠くの人だかりに紛れて、隠れるようにこっちを伺っとる。 ちょ、P子、どうしたん? ・・・やめてよパパ、恥ずかしい。 え? なんて? 聞こえん。 やめてよパパ! 恥ずかしい!!! 長女、それからずっと、僕から距離をとったまま。 てか、親になってからはじめてだな、我が子をこんなに遠くに感じたのは・・・。 長女よ、分ったね、これが「恥」という感情だよ。 「恥ずかしい」と思うことはね、とても大切なことなんだよ。 そもそも美意識とは、何を「美しい」と感ずるかではなく、何を「恥」と感ずるか・・・ あれ、パパ、なんだか泣けてきた。 にほんブログ村 ↑ポチッと一枚!
2020.01.13

昨年の暮れ、「おい!あんたのボロ!ズタ袋に放り込んどけ!」と妻がうるさいので、僕、しぶしぶ衣類の断捨離をすることに。んで、やるからには一年以上着てない服は思い切って処分すんぞってことで、仕分けを開始。これはボロ、ズタ袋行き。これもボロ、ズタ袋行き。ボロ、ズタ、ボロ、ズタ、ボロ、ズタ・・・。終わってびっくり、残ったのはスエット上下、上着二着、ズボン二着に肌着が数枚。あとはボロギレ、ズタぱんぱん、ああ惨憺たる有様。てか、やっべー、着る服がねー。こいつぁ~困った。いやいや、着てない服を処分しただけじゃろ?理論的に困る筈がねーだよQ輔。これまで通り、鯖の缶詰の臭いの染み付いたパジャマで、コンビニだろうが役場だろうが、世界の果てまで行ってQじゃよ。てか僕ってさ、知らず知らずに「ミニマル」なんじゃなあい? ミニマリスト宣言しちゃおっかなあ。でもな~「ミニマリスト」と「みすぼらしい人」一緒にすんなって話だよな~。てか、生き残った服もダッセ~な~。やっぱあれだな、身体から「ダサさ」がほとばしってる人間にぁ、ダッセ~服が引き寄せられるんだな。服屋行ってもさ、「どのような服をお探しですか?」つって店員が聞いてくっから、軽くて~、しわにならなくて~、デザイン的には、そうだな肩から腕にかけて二本のラインが・・・ジャージなら、こちらです。つって、速攻「いもジャー」コーナーに連れて行かれちゃうもんな~。ダメージ系つ~か~、ビンテージ系つ~か~、そんな僕に似合うGパン・・・ケミカルウォッシュは、こちらです。つって、速攻「いもG」コーナーに連れて行かれちゃうもんな~。軽くて~、通気性抜群で~、尚且つレアな~、そんな靴あったら・・・天狗さんの下駄は、こちらです。つって、速攻「一本歯の下駄」コーナーに連れて行かれちゃうもんな~。てか、どんな店やねんって話なんすけどね。んでまあ今年は「せめて人並みにしゅっとする」というハードル高めな目標を掲げてですな。僕的にゃ、棒高跳びでぴゅーっと宙を舞うほどの高めのハードルを掲げてですな。んで、その第一歩として、無印良品の服なんぞ、生意気にも購入してみたってわけですな。シンプルで無駄がなく、且つ素材へのこだわりにも妥協がないというムジーの服。てか、僕ってさ、知らず知らずに「ムジラー」なんじゃなあい? ムジラー宣言しちゃおっかなあ。ちゅか、独立、人権、関白、Dカップ、世の中にぁ、様々な「宣言」数あれど、ムジラーなんつって、特別な資格や免許がなくても、宣言してしまえば、これムジラーなわけであって。外部に向かって、又は内なる自分に向かって、堂々と「表明」するという行為に意味があるわけで。てかちゅか、ムジラーなんつって、二・三年ほったらかしのプランターの裏でうごめいている虫みたいなネーミングだなあ、なんて思いつつも。男、Q輔、四十五歳。なんで今さら、ムジラー宣言。にほんブログ村↑ポチッと一枚!昨日なんて日は「名古屋港水族館」で、長女と二人っきりでデートしてきた。見てこれ! 絵画じゃないぞ! CGじゃないぞ! 水槽越しのサンゴ礁、あら、きれい!この珍道中のレポートは次回のお楽しみ。今日のところは、いざ、さらば。
2020.01.05

一月三日、今年も名古屋市熱田区の熱田神宮に初詣に行ったぞ。例年は日が昇ってから、怒涛のように打ち寄せる人の波を掻い潜り、激混みの本宮前を、拡声器で叫ぶ警備員の指示に従い、もみくちゃで集団移動しながら、かろうじて賽銭を投げ入れて帰って来るって感じだったんすけどね。でさ。昨年、妻と相談して、試しに一度夜明け前に参拝してみっか?ということになり。んで、早朝四時に家族そろって行ってみたらば、んまぁ~奇跡のがら空きで。境内の様子も神秘的ですんげーよかったので、せっかくだから今年はこのブログで紹介するっす。今年も、名古屋市中川区の妻の実家に泊まって、午前四時に起床。車で渋滞に巻き込まれることも無く移動、四時半には神宮に到着。こちらは、苔むした正門の鳥居。ライトアップされて、神秘的っす。左手には、初えびすの会場が見えます。人っ子一人いません。一月五日になれば、ここは商売人でゴッタゴタにごった返します。参道を行く。空き空きです。テキ屋は、まだ開店前。がらんがらんです。名物「宮きしめん」も仕込み前。閑散としてます。日が昇れば、ここで二・三十分待ちになる手水舎。貸切です。樹齢千年を越える大楠。森の静寂のなか、時を忘れ、ふと手を合わせている自分に気付かされます。強い精気があるぞ。本宮もこの通り。誰もいねー。たった三時間後には、何千人という参拝者で溢れ返ります。いやはや、聖地なり。本殿の正面を贅沢に陣取り、心を鎮め、ゆっくりと二礼二拍手一礼。今年も良い年でありますように。ちなみに、お札やお守りは、夜通し授与していますよ。以上、奇跡のがら空き「熱田神宮」夜明け前の初詣リポートでした。新年の賑わいとは真逆の、閑散とした雰囲気が味わいたいって方は、是非どうぞ。なお、境内の駐車場は正月期間中は閉鎖させてますのでご注意を。近くのコインパーキングを利用して下さい。空いてます。早朝参拝組の中には、神宮廻りの駐禁エリアに路駐する、いい歳こいたバカがいます。そういう「盗んだ金を賽銭箱に投げ入れ祈る」ような行いをする者には、バチこそ当たれど、願いが叶う筈がないと思われるので、やらない方がいいっすよ。ちなみに、僕は特定の宗教を信仰している人間ではありません。でも幼い頃から、どーいうわけか神社やお寺は大っ好きです。不思議っす。先回も、自分はスピルチュアルな事柄には関心がないフィジカリストだと書きましたが、時々、自分ほど信心深い人間はいないのではないか?と思う時もあります。ははは、どないやっちゅーの!ま、そこらへんのモヤモヤっとしたところを、いつかこの場でアウトプット出来たらいいなぁ~、な~んて、そこはかとなく思いつつ。本日は、ここまで。にほんブログ村↑ポチッと一枚!
2020.01.03

明けましたね、はい。令和二年ってことで、さて。朝から、大トロ喰ったどーーー!・・・ま、んなこたあ、さておき。え~突然ですが、わたくし、「しいたけ占い」を読みました。今大人気の、あの「しいたけ占い」ね。ちなみに僕「先天性の素質」及び「幼年期の環境で培った後天性の人格」をもってして、心霊・オカルト・超常現象・風水・占いなどにつきましては、かねてより全般的に興味を待てない、所持万端、物事をフィジカル(物理的・肉体的)にしか捉えられない、それはそれは、あわれな人間に成り腐っておりまして。いえいえ、決して「信じていない」わけではないのです。そういったメンタルやスピリチュアルを切り口とした事柄には、ごく単純に「関心がない」。それだけです。「ねぇねぇ、今年上半期のさそり座のカラーってぇ、オレンジ色らしいよ~。」とかおっしゃられても、なんだかもう、全然耳に入ってこない。ま、これは逆の立場になれば分かってもらえるかと思うのです。「ねぇねぇ、アインシュタインの相対性理論って、光速に近いものは縮んでぇ~、時間が遅く流れるらしいよ~。」とか言われても、脳天から白い煙一本くゆれちゃうでしょう? それです。んが、この元旦「さてさて今年はどんな年になることやら」なんつってあれこれ考えているうち、ここまで長々と書き綴った自分のフィジカリストっぷりを棚に上げ、そうだ!しいたけ読もう!と、京都をぶらり旅するぐらいの気持ちで、しゃなりしゃなりとサイトを散策。でさ。拝読した感想を、率直に申し上げますね。鳥肌立った。僕の昨年の下半期は、20年続けたサラリーマン生活に行き詰まり、安定した仕事・お金・生活を捨ててでも、もう一度目ん玉ひん剥いてバリバリ働きたいと思うようになり、独立起業を企て、会社に退職を申し出てたが、社長、上司、部下、友人、知人、多くの人に引き留められ、社長に「どーせ経営するなら、俺に弟子入りして、この会社どうだ?」的なことを言われ、なるほど、それはそれでなかなか面白い人生になるかもしれない。と、土壇場で思い直し。会社に残留を決意。もう二度と迷わない。年明けからは、まるで三十代前半の頃の自分のように、しゃかりき、しゃかりき、またしゃかりき! ばりんばりん働くぞバカヤロー!って、感じだったんすけどね。そんな昨年下半期の、僕の行動や心情の細かな移り変わりは、しいたけ占いの2019年下半期の蟹座の運勢にて、ほぼほぼ、そのまま明記されていました。へぇーーーーーー。なんだろ、これ?これって、どういう学問だろ?ついでに、この占いによると、2020年の蟹座は、すこぶる絶好調みたいっすね、いやはや、はっはっはっ。そうだ、ついでに妻の運勢も見といてやるか。えーっと、U子さんは、建国記念日が誕生日だから、2月11日生まれの水瓶座。水瓶座。・・・わーお。さて今回は、妻が、かねてから続けている趣味「金継ぎ」の作品をご紹介。割れたり、かけたり、ひびが入った器を金で補修して、その補修跡そのものを趣として味わうという、一風変わった趣味の世界。てか、うーーん、どーなのこれ?なんか、ワカメへばりついてますけど、みたいな。大槻ケンジ、 みたいな。まあ、こういう陶芸の世界ってのは、見る人が見ればってやつでね。まったく深くて面白れーだよ。だって千利休なんかよ、その昔朝鮮半島の農家にごろごろ転がっていたガラクタ拾ってきては、「侘び寂び」という付加価値をこじ付け、信長や秀吉に高額販売していたというし。お抱えの作家たちにゃ、わざと「ふちの反った茶碗」「ゆがんだ茶碗」「ひずんだ茶碗」を作らせたっていうしね。てか、ブログも、考えてみりゃこういった「陶芸」「金継ぎ」みたいなものかもしれんね。たまに誰かの記事に対して「あなたの発言はおかしい!間違っている!」なんちゅう反論コメントをお見受けしますが。てか、ブログの記事なんてド正論じゃないに決まってんじゃん。何を求めとんねん。って話なんすけどね。僕がブログの記事を読む時のスタンスは、そのブロガーさんが書く記事の、その、ゆがみ方が、いかに面白いか?ひびの入り方、割れ方が、いかに魅力的か?壊れたところの直し方が、いかに独特か?ってところだったりして。もちろん、ぶっ壊れてりゃいいってもんじゃーねーから、そこが実に微妙なとこなんすけどね。さて、このQ輔とU子の「家曜日」。願わくば利休の茶器のような「詫び寂び」のあるブログでありてえなあ。ってことで。とりあえず、今年もよろしくお願い致します。あれ?てか、U子さん、最近「金継ぎ」やってないよね。高い金で購入した道具も、片付けちゃってるみたいだし。え?面倒っちーから、やめた?や、やめたんかい!飽きっぽ!こ、この、水瓶座!にほんブログ村↑ポチッと一枚!
2020.01.01
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