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次女は、こまっちゃくれ。姉がいるからか、言葉の覚えも早く、発言もおませさん。先日も、姉妹の何気ない会話を聞いていたら、姉の「ハイハイ」という気だるい返事に対して、次女のやつ、妻が子供らを叱る時のような厳しい口調で、ハイハイは、一回っ!だって。 ななな何て?? こらこら、人を言葉の迷宮にいざなうな。ははは。そんな、ちゃくれきれないこまっちゃくれ、次女の悩みが、お・ね・しょ。来年はピッカピカの一年生だというのに、いまだ忘れた頃に、お漏らしになられる。んで、ちょいちょい布団にアンモニアの世界地図を描かれてはかなわんと、いつからか妻は、次女に「おねしょズボーン」なるものを履かせるようなった。おねしょズボーンとは、迷える子羊がズボーンの中で、ぶっちぎりで自分を出し切っても、聖母マリーアのごとき愛で、その全てを受け止め、お布団にゃ一滴たりともおこぼれナティングという神なるズボーンだ。とはいえ、だからおねしょをしてよいということではなく、しちゃったらしちゃったで、ママに厳重注意はされるので、こまっちゃくれ嬢、しちゃった朝はママが寝ている隙に、こっそり僕のところへ来て、パパ、Oちゃん、おねしょしちゃった。お願い、ママに見つからないように何とかして。そうしたら、Oちゃん、パパにチューしてあげるから。などと言う。な、な、な、なんて女だ!よりによって色仕掛け!一番嫌いなタイプの女だ!おま、どこの子だ!馬鹿にするな!たかがチュー!されど、チューってことで、ノリノリで次女と隠ぺい工作に励むのである。ま、現実的にバレないはずが100パーないので、その後は、僕と次女は並んで脱衣場に立たされて、こんこんと妻に説教されるって流れになるわけだけれども。あはは。まあ、そのうち嫌でも便所でする。てか、お布団で放尿出来るなんて、今しかねーぞ。どうぞ悔いを残さぬよう、お漏らしになってね。気ながに、ほっとくから。ちなみに長女は、ほとんどおねしょをしなかった。おむつが外れてから、僕が憶えているかぎり三回ぐらいだったと思う。はじめてのおねしょで、ああ、おねしょとは、なんと気持ち悪き所業だ。と幼児ながら悟ったらしく、以後なきように自己を管理した。親の目から見ても、当時の長女は、三・四歳ながら、私は絶対おねしょなんぞせぬ!という揺るぎない自信に満ちていた。思い出すのは、そんな長女が三度目のおねしょをした時のことだ。ある朝目を覚ますと、窓から射すいっぱいの朝の光の中で、長女が自分のパンツをめくり、それを無言で凝視していた。パンツの股についた小さなシミを見つめながら、幼児が眉間にしわを寄せ、しきりに首をひねっているのである。少しだけ、漏らしたみたい。お~い、どうした?と、僕が優しく声をかけると、長女は実に怪訝そうにこう言ったのだ。・・・不思議。・・・ほら、汗。ここ、ピンポイントで汗かいた。君に問う!どう答える!正解が分らん!いやはや、浮世の人間模様は十人十色、子供のおねしょ模様も、十人十色なのだね。にほんブログ村↑ポチッと一枚!
2020.10.31

一生モノだから!一生使うから! 一生のお願い!と、妻の通算でもうすぐ三桁に迫ろうとする「一生のお願い」のひとつを、数か月にわたる攻防戦の果てに、白旗を上げ、うなだれ、聞き入れ。この度、晴れてテレビ台を買い替えました。とほほ。「USMハラー」というスイスのシステム家具メーカーのモノです。調べれば価格の相場なんてなあ、すぐ分るでしょうから、この度は、あえて購入額を発表いたします。・・・これ、20万しました。うおおおおおおおおおおおおお水も飲めやしない!あいにくテレビ台に20万かけるという思考回路を持ち合わせておりませんでしたので、金額聞いた時、一発で頭の配線がショートしましたよ、あたしゃ。扉の取っ手が、金庫みたいでシブっす。中は、こんな感じ。このように、棚も設置出来る。用途に合わせ、多種多様なプランニングが可能です。日本の鍛冶屋がUSMハラーの品質を見て「この価格帯は当然だよコリャ」と唸るんだって。なにしろ注文から納品まで二か月かかりますからね。素人目にみても、その「高品質」は、ひしひしと感じられます。また、驚くべきはその「普遍性」で、いざ我が家に招いて据え置いてみれば、何だかずっと前からそこにあったように空間に馴染み、いささか奇妙な感覚に襲われるほどです。一生モノの家具と出会いました。恐らくテレビ台を買い替えることは、もう無いでしょう。まあ、妻の「一生のお願い」の方は、これからも絶え間なく続くのだろうけど。さてっと、最後にもっぺん、この愛すべきリビングに向かって、おもっきり叫んどくか。うおおおおおおおおおおおおお水も飲めやしない!にほんブログ村↑ポチッと一枚!
2020.10.25

妻が、無印のタオルやら何やら、大量に買い込みました。これ、みんな来年の選手ね。今使っているタオルたちは、今年初めの選抜メンバーで、一年間徹底的に酷使されたあげく、もうすぐタオルとしての役目を終え、年末の大掃除の日より、新たに誇り高き雑巾としてデビューする予定です。当然この新品君たちも、来年末には、同じ運命を辿ります。ドナドナ。妻は、新年を境に、粗方の生活雑貨を新調します。年末になると大好きな無印良品の雑貨が、何かと品薄になるので、早め早めに購入しておくのだとか。ちなみに、僕の妻は、タオルが似合います。これは、湯上りにバスタオルを巻いた姿が、すんげー色っぽいとか、そーいうんじゃ全然ねっす。妻は湯上りにバスタオルなんぞ巻いてくれません。いつもおチチ放り出してます。そーいうんじゃなくて、なんちゅーか、タオルを手にした時の、フォルムがいいんです。ごく自然と、タオルと馴染んでいる。風景として、とても据わりがいいんです。なんちゅーか、イメージとして、タオルが似合う女性というのは、良く言えば、生活感がある。悪く言えば、所帯じみている。って感じなのかな。要するに、存在が嘘臭くないんです。まあ、毎日飽きるほど見ている配偶者ですからね、生活感があるのは当たりなんすけどね。どうやら僕は、総じてそういう女性が好きみたいですね、歴然と。んじゃあ、男性のばやいで、僕がイメージするタオルが似合う人ってえと、これがどういう訳か、銭湯で湯上りにまたぐらをタオルでパコーンパコーンってやってる中年のおっさん。しか思い浮かばないのよね。とほほ。結局のところ僕は、そういう生活感ダダ洩れのおっさんも大っ好き。これも、否めないんすけどね、歴然と。てか、最近銭湯行ってねーなあ。明日あたり、パコーンパコーンしにいこうかなあ。んだはは。にほんブログ村↑ポチッと一枚!
2020.10.24

僕、そん時はじめて聞いたんだけどさ。うちの、次女がさ。今流行りの「香水」っちゅう歌を、ふにゃふにゃ歌っていたのね。んで僕、彼女が歌ってっんの、なに気に横で聞いてたんだけどさ。別に君をふにゃふにゃふにゃふにゃふにゃふにゃふにゃふにゃふにゃふにゃ思い出すふにゃふにゃふにゃふにゃふにゃふゃふにゃふにゃ香水のせいだよ~ななな、何て???舌っ足らずが、ふにゃふにゃ歌ってっから、歌詞が全然聞き取れなくれさ。ちょちょちょ、もっぺん歌って!つって、なんべんも歌ってもらったんすけどね。香水のせいだよ~香水のせいだよ~香水のせいだよ~まじ、ここしか聞き取れねーの。ははは。もうさ、逆にさ、こうなってくると、俄然この歌に興味湧いちゃうよね。いったいぜんたい、何が「香水のせい」なのか?執拗に、香水のせいだ!香水のせいだ!と、どんな責任を香水に擦り付けているのか?いったい香水が、そこまで言われなければならない何をしたというのか?香水の身になって考えたことがあるのか?うおお、知りてえ。歌詞の意味が理解出来ないのは、次女のふにゃふにゃ唱法のせいだよ~、ってことで、さっそくユーチューブで本家本元を聞いてみた。・・・うーーーーーーーん。やっぱりよく分からなかった。ななな、何て???お耳が舌を噛みそうな難解な横文字くだりからの、香水のせいだよ~、が僕を阻んだ。誰のせいでもない。僕のおつむのせいだよ。土日も更新しまーす。にほんブログ村↑ポチッと一枚!
2020.10.23

ぶおおお!絶景なり、伊吹ちゃん!こないだの日曜日、伊吹山に家族で行ってきた。滋賀県から岐阜県にまたぐ、標高1,377 mのお山である 。僕はこのお山がけっこー好きで、これまで幾度となく登ってるっす。でも、家族で行くのは今回が初めて。僕は仕事が建て込んでいる時こそ、休日はじっとしていないで、おもっきり遊ぶ派です。忙しい時ほど仕事に費やした濃度と同じふり幅で、全力で遊びに自分を振ることが肝心。そうすれば同じふり幅で、ブンっとまた仕事側に戻ることが出来るからっす。僕の常套句、「振り子の原理」です。ちなみに、この場合の振り幅は「時間」ではなく「濃度」ね、あくまで「濃度」。ちゅーわけで、喜ぶ子供と嫌がる妻を連れて、伊吹山をいただくことに。まあ流石に、下界一合目からの登山は、こいつらと一緒じゃ無理めなので。伊吹山ドライブウェイに乗っかって、ぴゅーーっと山頂付近までひとっ飛び。後は緩やかな登山道を30分も行けば頂上っす。子供たち、頂上付近でゴキゲンに記念撮影。ちなみに、妻のU子ちんはアウトドア全般苦手なのね。てか登山なんて、原則もっての外なのね。「無駄に死の確率が上がる場所に出向く闘志がアタイにゃナッティング」というのがその理由です。ですからこの日も、ちょいと危険な岩場を歩くたびに、「信じれん!来んときゃよかった!」「一刻も早よ帰えらせてちょ~すか!」「そもそも高っかぁ~とこ登る意味がよぉ~解らんでかん!」などと、ぶっつくさぶっつくさ言っとった。いやあ、無理矢理連れ回した甲斐があったってもんだあ。ははは。人は何故山に登るのか?そこに山があるからだあ!と答えたのは、伝説の登山家ジョージ・マロリー。あんらあ、ずいぶんアバウトな動機で、命賭される殿方だわぁ。しからずんば、僕は何故山に登るのだろう?せっかくなので自分の動機を考察してみよう。思うに、山の山頂に立つと、鳥の視点でこの星の丸みを眺めることが出来るよね。その景色には、独特の恍惚感があるよね。よくよく考えると、僕は単純にその恍惚感に浸りたいだけなのだ。ははは。お山の上から下界を見下ろせば。どこからどこまでが世界で、どこからどこまでが自分なのか。何だか外界と内界が曖昧になるような。まるで自我とういものが精気となって砕け散り、世界に溶け入ってしまっているかのような。その一瞬は、いわゆる「我を忘れる」とか、そんな現実逃避的なものでは決してなくて。自分はこの世界の精気の一粒として確かに存在するのだ、ということを痛感しているかのような。てかさ。例えばさ。焚火やキャンドルをじっと見ている時の、炎と自分が混じってるような感覚とかさ。船の上で海釣りをしている時に、自分が海の一部になっているような感覚とかさ。祭りやライブやスポーツ観戦で群衆が一体と化し、ひとつの生き物になったかのような感覚とかさ。どこからどこまでが世界で、どこからどこまでが自分なのか。まあ、山に限らずとも、そういった類の恍惚感ってのは、実は結構日常に転がっていているものなんだけどね。でも、やっぱ、お山は格別だよね。ちなみに、恐らく酒やセックスに溺れたり、ドラックを喰って得られる恍惚感というのは、一瞬「自分がゼロになる」かのような錯覚があるのだが、見えてくるのは「自分」ばかり。どこからも、どこまでも、自分、自分、自分。「逃げ惑う自分を凝視する自分」を自ら仕立て上げるという最悪の自分。僕が申す山のそれとは、対極に位置するものではないかと思うのである。パラシュートを開いたものの、どこに舞い降りたいのかよく分らない内容になってしまいましたが。大丈夫、着地点は決まってっから。そんなこんなで。どんなこんなで。要するにだ。僕が何を言いたいのかってえとだ。そしてまた、山、登らずにいられない。ちゅーこってありんす。にほんブログ村↑ポチッと一枚!
2020.10.22

もう何年も友達と会っていない。もう何年も会っていない人物を、こちらの心象的都合で勝手に友達と呼び続けてよいのか?そればっかりは当の本人たちに直接聞いてみないと分からないのだけれど。僕はといえば、かつて彼らと原っぱで、草や木を石コロですり潰して遊んだ青臭い時間の、その原色の青の真っ只中にあっても、「ねえねえ、僕と君って友達だよね?」なんちゅう~青汁ほとばしる質問は、僕が僕であるために絶対してなるものか!と心に決めて生きてきたし、これからもおそらく出来っこないし。オイよお。たまには飲もうぜ。おごるぜ。昔話にぱっと花を咲かせ、差し向かいで冷やのポン酒をぐびりぐびりといこうじゃねーか。なぁ~んて有難いお誘いは、かつても今も、無いわけでは無いのであるが、また、ただ酒というジャンルの酒は、極めて飲酒欲求をそそる酒なのであるが、僕は会わない。会えない。それは何故かってえと、例えば友人知人が結婚したとか死んだとかの、のっぴきならぬ事情で、かつての友達が集うこと絶対不可避なタイミングがあるよね。そういった場で、共有出来なかった今日までが醸し出す違和感にギクシャクしながら、それでも酒など酌み交わし何気に会話を弾ませていると、その友達は、必ずしみじみとした口調で僕に「お前は変わった」と言うのです。もしくは「見失った」「染まった」「売った」「踊らされた」などの類語です。そんな時、僕はしどろもどろになって1000の弁解をするのであるが、それ分の1も相手に理解を得られず仕舞いで、結局二度とその友達とは会わなくなるのだ。やりきれない。かつて彼らと過ごした黄金の日々は、僕の記憶の中ではセピア色の画像として輝いている。動画のように決して動かない、その静止した記憶の画像の断片たちは、色あせたセピア色をしているにもかかわらず、何故か眩しく輝いているのだ。不用意に出会った途端に、静止したセピア色が、突如極彩に色づき動き出すような。そして、その動画フィルムはぢりぢりと焦げ、煙を立て、ぶちっと引きちぎれ、あとは、アナログテレビの深夜の砂嵐のように何も映らなくなってしまうような恐怖がある。まったくもって、やりきれない。だから僕は、あえて古い友達との集いに出向くことはないし、同窓会などのお誘いも丁重にお断りし続けている。まったく、この後ろめたさの正体は何だろう?もう何年も友達と会っていない。もう何年も会っていない人物を、こちらの心象的都合で勝手に友達と呼び続けてよいのか?それでも友よ。友達よ。かつて僕たちは、変わり続けていた。毎日、毎時、毎分、いや秒速で変化を遂げていた。僕は何も変わってなんかいない。君たちが、いつの間にか放棄してしまった「変化」という行為を、僕は今も懲りずに続けているだけだ。節足動物の昆虫類や甲殻類が変態をするかのような毎日のなかで、確かに僕は、大切なことを見失い、社会に染まり、魂を売り、時代に踊らされてきた。それでも僕はこれからも変わり続けようと思う。いつかもっと大切なことを見付け、社会を彩り、不屈の魂を持つ、時代の作り手になりたいから。変わり続ける者でありたい。この気持ちは、昔からずっと変わっていないのだ。にほんブログ村↑ポチッと一枚!
2020.10.18

十年前に購入したうちのマイホームの計画は、ほとんど妻が行いました。当時僕は、真性の社畜で重度の仕事中毒であったので、頭の中はマイホームどころではなく、ハウスメーカーとの打ち合わせや諸雑務は、妻に任せっきりだったわけです。そんな妻が最近になって時々当時を振り返り、マイホームを建てる時、コレやっといてよかった。コレやっとけばよかった。と思いつくことをポツリポツリと感慨深く僕に語ることがありますので、今回は、それをまとめてみたいと思います。【コレやっといてよかった。その①】家具の下地工事もともとマイホーム竣工時に、このカップボードは無かったのです。妻は、ひとまずは前の家から古い食器棚を持ち込み、しばらく住んでみて、落ち着いてよく考えてから、カップボードの配置を計画したい、と考えたようです。その為、この壁のプラスターボードの奥に、将来的に食器棚や吊り戸がどこにでも打ち付けられるように、補強用の木製下地を一面に張ってもらいました。持ち込みの家具を設置する計画の場合も、下地があればビス固定が出来ます。どうしても部屋の意匠性を損ねてしまう防災用のツッパリ棒などのアイテムも不要になります。この二階の寝室のテレビも、当時は無かった。時期をみて購入し、ここに設置するつもりだったので、下地工事は先行して済ませておいたのである。オプション工事としても、そんなバカ高い費用ではなかったと記憶しています。【コレやっといてよかった。その②】ベランダ水栓ベランダを快適に掃除する設備が、新築設計時の盲点になりがちです。基本的にハウスメーカーのほうから、ベランダ水栓の設置を勧めることはまずないでしょう。二階の天井内に水道管を配管し、外壁面に水栓を設置するとなれば、寒波による凍結パンクなどで漏水が発生し、天井裏が水浸しになるなどのリスクが否めないので、お施主様からの、たっての要望がない限り、避けて通るのが普通かなと。僕は職業が水道屋なので、自己責任で施工しましたよ。ご承知の通り、ベランダって雨風や洗濯くずや髪の毛でベッタベタですからね。水栓さえあれば、まめに備え付けのシャワーでささっとひと洗い出来ますよ。ちなみに昔このブログで、このベランダ水栓のことを書いたことがあるのだけれど、その日記は、いまだにどこか別のサイトで共有され続けているようで、この弱小ブログには似つかわしくない、高アクセスを記録しています。ありがてぇこったあ。【コレやっといてよかった。その③】浴室乾燥機もともと、浴室換気扇の機能として、浴乾機能があったものの、どういう訳か妻は使用せず、なんとなーくの洗濯乾燥派でした。実際に使い始めたのはここ数年前から。いざ使ってみたら、何故にアタシ今まで使わなかったのかしら?なんつって。とにかく洗濯乾燥に比べ乾燥の馬力が全然違うからね。洗濯乾燥だと、どうしても仕上がりがシットリしがちなのに対し、パリッと乾くからね、パリッとお。【コレやっといてよかった。その④】電動シャッターうちは、外出する時や寝る前には、必ず一階の掃き出し窓のシャッターを降ろします。また、幼い子供だけで留守番をさせる時にも、降ろして外出したりします。防犯の為です。電動ですので、ボタンを押せば、ウィー―ンと静かな音を立て、シャッターが閉まります。これが電動ではなく、手動のシャッターであったら?まめに防犯対策を続けられているか否か、正直なところ分かりません。この「電動シャッター」、工事のオプション費用としては、それなりに高額でしたが、安心の先行投資として、僕たち夫婦は是非お勧めします。では次に、コレやっとけばよかったなあ、なんつって、僕の妻が、そこはかとなき後悔を禁じ得ないことをいつくか。【コレやっとけばよかった。その①】勝手口防犯対策の為、やめたのです。勝手口を小窓に変更しました。うちは立地条件として、勝手口の設置位置にあたる西面が、完全に廻りから死角になるのです。一階の掃き出し窓を全て電動シャッターにしたところで、ドロボーに勝手口の扉のガラスを割って、カギを開けて侵入されれは元も子もないじゃんか。と、妻は考えたようです。てか、実際のところ防犯性の高い勝手口のドアって市場にあるのかな?どうなのだろう?正直、妻は全然後悔していないようです。ただし、防犯性のすこぶる高い勝手口の扉があったのならば、勝手口、あってもよかったかなあ、ぐらいには思うらしいです。まあ、僕的にはね、空き缶や不燃ゴミを、西側の収納ボックスに持っていく時などに、南面のサンルームからグルっと遠回りをしている妻を見るにつけ、ずいぶん不便だなあ、と思っちゃったりするわけです。【コレやっとけばよかった。その②】全室床暖房床暖は、あるんすけどね。うちの床暖、リビングの一角だけなんです。てかさ、一度床暖と共に冬を越すと、もうダメだね。床暖の無い生活が、ちょっと考えられない、あはは。温かさが、ストーブや、暖房や、電気カーペットと全然違うからね。「底冷え」って言葉あるじゃん? あれの逆ね。「底ぬくい」っちゅーの? 体の芯から、ホッと温かい。ああ、全室床暖にしとけばよかったあ。【コレやっとけばよかった。その③】押入れコンセントここらへんに欲しかった。押入れやクローセット内に、コンセントを設置しとけばよかったなあ。と、妻は言います。充電式家電の、でっかい充電器をフロアにこれ見よがしに置いて充電するのが、たまらなく嫌なようです。もし押入れにコンセントがあれば、電動自転車の充電器、充電式掃除機の本体の充電なども、扉を閉めて充電が出来るので、部屋の雰囲気を損ねずに済むというのが、妻の考えです。まあ、どれだけ部屋をオシャレにしていても、充電式の家電や掃除機が出しっぱなしってのはどうなの?と言われれば、確かに確かに。ってなわけで、たぁーーーっと駆け足で書き留めました。これからマイホームをご計画の方、よろしければ参考までに。それでは、わたくし、ただ今より、小さい秋を見つけに行ってまいります。それでは、みなさん、さようなら。にほんブログ村↑ポチッと一枚!
2020.10.11

名古屋市守山区にある「しだみ古墳ミュージアム」に行ってきたじょ。この辺りは、1700年前の古墳が集積している地域で、そこから出土した貴重な遺物も多いのさ。それらを見たり触れたりしながら古代を体験出来る施設、それが「しだみ古墳ミュージアム」なのさ。みんな、SHIDAMUと書いて、しだみゅーと呼んでくれよな。施設の中は、こんな感じ。ここには、この「しだみ古墳群」で出土された古代の遺物や、古代の遺物、さらには古代の遺物などが展示してある。ははは。僕みたいな歴史好きは、うきうきモンキーさ。古代人の田植えを引っこ抜いたり。古代人に溶け込んだり。古代人の労働を執拗にジャマしたりししつつ、階段を上がり。二階から屋外へ出て、静かな竹林を過ぎると、そこには・・・古墳。古墳。からの、古墳。これぞ、古墳三昧。まさに、古墳道楽。巨大な前方後円墳を登れば、てっぺんの真ん中に、古代人の仕業的な、現代人の仕業的な、いかにもパワースポット的な。素知らぬ顔で、1700年の歴史を土足で踏みにじる的な。あはははは。やっぱアレだね、歴史は出来ることなら机上ではなく、現地で直に感じるに限るね。ま、歴史に限らず、文化や自然の何たるかを子供に伝えるには、語るより体験させるに限るっす。子供たちに、古墳どうだった?と訊ねると、古墳はデカい。古墳は丸い。古墳は草ボーボー。古墳は疲れる。古墳はちょっと退屈。との感想でした。とほほ、よしよし上出来、それでよい。現地で体験した者だけが得られる感想だ。この朽ち果てかけた古代の王の墓も、当然ながら竣工当時は、こんな風に人工チックで、いかにもな、何かちょっとアレだね的な仕上がりだったのであろうなあ。なーんつって、ヘンにリアルな古代の風を頬に感じつつ、本日はここまで。にほんブログ村↑ポチッと一枚!
2020.10.10

死んだら再婚してほしい。つい先日、ヤフーニュースを読んどったら、加藤茶さんが、年の四十五歳離れた奥様にこんなこと言っとったでかんがや。さすがは加トちゃん、粋でオシャレなこと言うじゃないの。死んだら再婚してほしい。この言葉の深いところはね、間違っても、自分が死んだ途端にさっさと気持ちを切り替え、とっとと再婚しちゃうような相手に、絶対言えねーセリフだってことね。いつかきっと、自分のことなど忘れてしまう。人は、そんな相手には「リメンバーミー」と伝えるものです。僕のこと、忘れないでね。 僕のこと、思い出してね。「リメンバーミー」とは、一聴してとても美しい響きを持つ言葉ですが、ある意味、もの悲しい言葉でもあります。死んだら再婚してほしい。この加トちゃんの言葉はね、相手が、きっと頑なにそれをしないであろう奥様だからこそ言える言葉であると、僕なんかは思いますよ。まあ、加トちゃんとこみたいに四十五歳も離れちゃいないけれども、かく言う僕も、妻とは六歳年が違うから、かつて加トちゃんと似たようなことを妻に言ったことがあります。もし自分に万一のことがあったら、お前はまだ若いし、そもそもお前の素材は美人なはずなのだから、僕のことなどはとっとと忘れて、タヌキが人を化かすかの如く一時的でも見てくれを磨き、世間知らずの若い金持ちのボンボンあたりを騙くらかして、さっさと再婚して下さい、とか何とか。ところが妻は「アタイ、あんたと同じ墓に入ることに決めてっから!」とか何とか抜かすので、墓ああ? 俺は墓みたいなもんに絶対入らんぞコノヤロー! 俺の骨は一つまみ程度ティッシュにくるんで輪ゴムで縛り、冷蔵庫の野菜室に放り込み、キムコ代わりに使ってくれってんだバカヤロー!と言ったら、アタイが死んで、アタイの骨が納骨される時は、先に死んだ愛犬の骨と、あんたの骨と、そして納骨されるアタイの骨とを、墓の中で、ぐっちゃんぐっちゃんにかき回して、どれが誰の骨だか分からなくしてもらう。犬とあんたとアタイは、交じり合って区別が出来なくなるのよ。その仕事を、遺言として既に長女に託してあっから。とか何とか。で、でもさ、僕、君が死んだら、とっとと再婚するよ?と言ったら、出来るもんならやってみろコノヤロー! 毎晩あんたの枕元に立ってやるからなバカヤロー!あんたとその女が毎晩ベットで何するか、まじまじと見てやっからなコンチキショー!とか何とか。・・・とほほ。たとえば 僕が死んだらそっと忘れてほしい今は亡き、森田童子が詠った美しき、あまりにも美しき詩である。自分のことを絶対忘れない存在にしか、こんなことは言えない。自分のことを一生引きずって生きるであろう存在にしか、こんなことは言えないのである。分るぅ~。たとえば 僕が死んだら まじで、お願いですから、そっと忘れてほしいっす。いや、まじ、まじ。まじで、僕は幸せ者かもしれない。にほんブログ村↑ポチッと一枚!
2020.10.07

僕の書斎が新しく生まれ変わったぜ!これ全部、僕の妻がコーディネートしてくれたのさ!アリガトよ、妻!イカすぜ、僕の書斎!ビバ、部屋! 憎いぜ、ルーム!なんつって、んもぉ~誰かに自慢したくて自慢したくてしょーがねーから、とりあえず、近くにいたうちの犬に自慢しました。おーい、ウリつわぁ~ん、聞いとくれー!僕の書斎がバージョンアップからのリニューアルオープンさあ!・・・ふーーーーん。そ、そっけねぇー。ほらほら、ちょいと別の角度からみてみて。ちょ~シブくなぁ~い?・・・へーーーーー。ちょいと別の角度から。見てよこれ、ピッカピカの無印の机!これぞシンプリストを唸らせ続ける逸品中の逸品なのさあ!前にこの部屋で使ってた二つは、子供部屋に行っちゃったら、まるっきり同じサイズの新品を妻が買ってくれたの!なんかコレ、今なかなか購入しにくいらしいよ?知らんけど。コロナの自宅勤務とかで売れてんじゃねーのかね?知らんけど。それからこれ、グラフのプランクトンチェア! これぞシンプリストを唸らせ続ける逸品中の逸品なのさあ!妻のやつ、ホントは新品欲しかったけど、新品鬼高っけぇ~から、中古でいいの探し当てたらしいぜ!うおーい、ウリちゃん、みてみて!これ中古だぜ? これ中古に見えるかっつーの!?ぶぴー。 ぶぴー。 ぶぴー。・・・寝とるがな。良きモノと良き出会いをして、嬉しくて嬉しくてたまらない時は、遠慮なんてしてないで、世間の迷惑かえりみず、誰かに思いっきり自慢するのさ。それがモノへの礼儀であり、僕の流儀だったりするので、とりあえず近くにいた愛犬に自慢しまくってみたのだけれど、やっぱダメだぁーね、犬は。犬の耳に念仏。僕、不完全燃焼。ちゅーわけで、この度このブログで思いっきり自慢しまくりやがってみましたあ。あはは。見よ! この歳になって、俗世から身を隠す大人の隠れ家的空間を手に入れたぞい!たはは。僕、この部屋のこと、密かに「シェルター」って命名してっから。とほほ。しっかし、ウリちゃん、そっけなすぎて、なんだかシャクだぜい。よーし、こうなったら、とっておきの魔法の言葉をお見舞いしてやるぜい。おーい、ウリちゃん、お、さ、ん、ぽ、ウリちゃん、お散歩行く?・・えっ?にほんブログ村↑ポチッと一枚!
2020.10.04
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