おしゃれ手紙

2021.03.22
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テーマ: 読書(8665)
カテゴリ: 読書
■ロッパ食談■
1951年創刊の伝説の食べもの冊子「あまカラ」に連載された「ロッパ食談」をはじめて完全収録。
ただおもしろいだけじゃない、「うまいもの」「食べること」への執念を感じさせるロッパエッセイの真髄。
 エノケンと並んだ喜劇王・古川ロッパはシティ派のギャグとレビューで有楽町へ進出し人気を博した。
ロッパの洗練された芸能スタイルは後に森繁久弥・タモリへと受け継がれる伝説的なスタイルであり、今なお脚光を浴び続けている。
古川緑波(ろっぱ)
1903年東京生まれ。喜劇役者、エッセイスト。
男爵家の六男に生まれ、編集者から喜劇役者に転身。
声帯模写で人気に火がつき「エノケン・ロッパ」の一時代を築いた。
著書に「ロッパの悲食記」「古川ロッパの昭和日記」ほか。
1961年逝去。

 「ロッパ」という喜劇役者がいたこたことは知っていたし、沢山映画に出ていたから見ているのかもしれないが、全く知らなかった。
この本は、主に、戦前、戦後、ロッパの食べた記憶の食べ物などを書いているが、本当によく覚えているものだ。
また、喜劇役者として各地を廻っていたので関西にもよく来ていて、東京と関西の食の違いなども書いている。
喜劇人としても有名だけれど、グルメとして、エッセイを書いていたので有名だったのか多くの著名人との付き合いも。
まあ、 これだけなら本当にすごい人なのだけれど、
華族出身であり、下積みを経験せずにスターとなったこともあって傲慢で我儘な面も多く
、ある宴席で座席の順を気にする若手俳優に「お前が座れば、どこでも下座だ」とにべもなく言い放ったり(一説にはこの侮辱を受けた若手は森繁久彌であったという)、自分の失敗の八つ当たりに若手を殴ったりした。
全盛期にはそれでも影響力を発揮できたが、人気が落ちると見放されることになったそうだ。

またグルメがたたって、糖尿病を患い、肺結核も患った。
済状態の悪いロッパは治療どころではなく、仕事が無くなることを恐れ親族以外には隠し続けた。
恰幅のいい体格も病み衰え外部の者には座布団を腹に巻きつけて太鼓腹であるかのように誤魔化していた。という。

 美食家・健啖家であり、読書家、日記魔としても知られる。
学生の頃から文藝春秋に出入りして映画関係の雑誌を編集するほどの文才があり、ネーミングのセンスにも長けていた。
その一方で、良家育ちで我儘も多く、生涯を通じて対人関係や金銭のトラブルにも見舞われた。
●谷口吉郎「ベルリンの庭石」
ベルリンに日本式庭園を造ろうとして、石が見つからず、果たさざりし話。
コンクリートで石を模造しては、とすすめられて、ひどく怒り、それでは庭の「剥製」だと言う。
しかし、ベルリンに日本の庭ということが、既に、「茶」じゃあないように思える。
コンクリートであらためて怒ることはなかろう。


◎「茶」に関する本を読んでの感想。
●森永のキャラメルは今のように紙の箱に入ってはいず、ブリキ製の薄い缶に入っていたと覚えている。

味も、ぐっとよくて、これは、森永さんとしては、はじめは、高級な菓子として売り出したものではないかと思う。

◎ロッパは1903年、明治36年生まれだから、明治の終わり頃の記憶ではないかと思う。



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Last updated  2021.03.22 00:04:04
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