おしゃれ手紙

2026.01.23
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カテゴリ: 映画
旅の終わりのたからもの ■

探していたのは、私とパパの心のかけら

ニューヨークで生まれ育ったルーシーは、ジャーナリストとして成功しているが、どこか満たされない想いを抱えていた。
その 心の穴を埋めるため自身のルーツを探そうと、父エデクの故郷ポーランドへと初めて旅立つ。
ホロコーストを生き延び、その後決して祖国へ戻ろうとしなかった父も一緒だ。

ところが、同行したエデクは娘の計画を妨害して自由気ままに振る舞い、ルーシーは爆発寸前。
かつて家族が住んでいた家を訪ねても、父と娘の気持ちはすれ違うばかり。
互いを理解できないままアウシュヴィッツ=ビルケナウ強制収容所を訪れた時、父の口から初めて、そこであった辛く痛ましい家族の記憶が語られるが──
 映画の舞台は1991年。
鉄のカーテンが崩壊した直後のポーランドが背景です。
世界中、特にアメリカから多くのユダヤ人が東欧を訪れ、家族が遺したものを探る旅に出ました。
ルーシーもその一人です。
最初は父親の同行を煩わしく感じますが、旅を通じて彼女は父親を理解し、自己理解と世代を超えて受け継がれるトラウマへの洞察を深めていきます。
 本作品の舞台である1991年という時代はポーランドという国にとって、政治的自由化と経済改革が同時進行する激動の時代で、新しい民主国家としての土台を築いていた時代であった。
経済的不安が広がっており、格差や不満が増加し多くの人々が旧体制への郷愁と新体制への期待の間で揺れていたと言える。

またアウシュヴィッツ=ビルケナウ強制収容所は1979年に世界遺産に認定されており、1980~90年代は、冷戦の終結や国際的な教育の広がりにより、訪問者が増加した時代でもある。

★私の実家も度々引っ越しをしたので、が父母から受け継いだものは、そう多くない。
明治45年生まれの父がその父親に作ってもらった文机。
竜野で暮らしていた時、使っていた紅茶茶碗。
あと、写真がある。
★ホロコーストから命からがらアメリカに逃げて、家族の思い出を何一つ持たないルーシーと父親。

そんな中、父親が幼かったころ住んでいた家は、まだあった。
そして、家族の使っていたものも写真もあった・・・。

「遺品」のようなそれらを見て、父と娘・ルーシーの欠けていたピースが見つかった。

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Last updated  2026.01.23 00:11:33
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