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昨日から平常営業のhead&neckです。数日間病院を空けたときはいつもお土産を買ってきます。同僚、外来、病棟、手術室と常に4箇所は必ず買っていくのですが、まあその他にも数個は余分に仕入れておきます。旅の終わりにお土産を買うのが習慣となっていますが、最初の頃は「あっ、忘れた」なんてことも多く、恥をかいたこともあります。 出張先が近い場合や、夏場は比較的荷物が少ないのでお土産ももってきやすいのですが、今回のように飛行機を使用する時や、冬場などではかさばるものはなかなか持ち帰るのが大変です。したがって、土産物屋では軽くて小さく、なおかつ全員に行き渡るという条件を満たすようなみやげ物を探すことになります。ゼリーとか、プリンのような重いものは×、箱の大きなものも×、かといってあんまり安っぽいものも×と、なかなか決まりません。結局、中華街で中華菓子の詰め合わせをたくさん買って、それをあちこちの部署に配りました。 そんな苦労(と言うほどでもないですが)をしておみやげを買っていることを考えると、逆に旅行に行った患者さんなどが個人的におみやげをくれるということは、余程気にかけてくれているか、感謝していただいているのだと言うことに思い当たります。 自分の仕事や楽しみのために行く旅のさなかに、ふと主治医を思い出してくれたという事実を考えるときは、これこそ医師冥利に尽きるということだと思うのでした。 ←参加中、一日一回のぽちを。
2008.06.30
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先ほど、学会2日目も終わりホテルに帰ってきました。長崎での学会に参加するのを決めたのが遅かったせいで、本日の飛行機が取れず、帰るのは明日です。今日の夜と明日の日中は暇なので、懐かしい長崎を歩こうと思っていたのですが、本日はあいにくの雨。昨日のうちに少し街中をぶらぶらしておいて良かったです。 長崎は、異国情緒溢れる街です。いま居るホテルの部屋の窓からは路面電車の通っている道路と、JRの終着駅である長崎駅が眼下に見渡せます。向こうには大波止埠頭とその上にある山沿いに林立する大浦天主堂などの教会や活水女子大学の古い学校の屋根が見えています。教会の屋根の色は明るい緑、大学の壁は赤レンガの建物です。右手には海が広がり、タンカーがゆっくりと港に入ってゆきます。反対側の山の斜面にはびっしりと民家が並び、坂の町長崎ならではの光景です。山の頂上付近は雲に囲まれてけむり、独特の雰囲気を醸し出しています。 head&neckは、もともと旅は大好きです。仕事上あちこちに学会で出かけますが、特にすきなのは京都、長崎、神戸などの歴史的な背景を感じるところです。前から歴史小説が好きで良く読んでいたせいか、こういう街にくると遠い昔の出来事に何となく思いをはせてぼんやりすることもしばしばです。 長崎に来ると、司馬遼太郎の小説「竜馬がゆく」に出てくる地名をたくさん見ることができます。観光地であるグラバー園や出島はもちろんのことですが、蛍茶屋、浦上、思案橋といった路面電車の駅の名前や、銅座町、本石灰町、東山手町などの町名も好きな人なら聞き覚えがあるでしょう。幕末の時代には、この界隈でいろんなことがおきていたのです。 しばし、日常の忙しさから離れ、ぼんやりするひと時なのでした。 ←参加中、一日一回のぽちを。
2008.06.28
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本日朝より、学会で長崎に来ています。もともと高校時代は長崎に住んでいたのですが、この地を離れてはや20年以上たちます。山の景色、道、町の雰囲気はあまり変化がないのですが、さすがに昔に知っていた町の店やスポットはすっかり無くなり、昔あるいた道は、20年もたつと記憶が曖昧で、このあたりにこういう店があったとか、印象的な景色ははっきり覚えているものの、どこをどうあるけばたどり着くかが判らなかったりして、時の流れを感じます。 あさ5時に起床、高速道路で空港に行き、飛行機、バス、路面電車を乗り継いで学会場に到着するとすでにお昼でした。やはり九州って、遠いですね。現地は梅雨の晴れ間で、午後にはオランダ坂やグラバー園を少し回りました。(懇親会がグラバー園だったので歩いただけですが。) 十代のころの感性であるいた長崎の街と、40歳近くなって眺める街の雰囲気の差を自分の中で驚きと納得と共に噛み締めた一日なのでした。本日は疲れたのでやや短めです。 ←参加中、一日一回のぽちを。
2008.06.27
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患者さんが病院にかかるとき、医師に対してそれなりのイメージを持って受診することが多いようです。一般的なイメージといえば「眼鏡をかけ、髪は7:3。白衣にネクタイ・・」という感じでしょうか。もちろん、ある程度は共通しているとは思いますが、中にはこのイメージから大きくかけ離れてた医師も存在します。化粧の濃い女性医師、白衣の下によれよれのTシャツしか着ていない男性医師、ジーンズ、茶髪、男性の長髪、香水、無精ひげ等、医師にはあまり似つかわしくないものと思われる外見は多数あります。 head&neckが学生の頃、大学病院でのポリクリ(臨床実習)では服装、身だしなみについてかなりうるさく言われる科も多く、それなりに気をつかっていたものです。理屈としては「患者さんに不快な思いをさせる格好は控えるように」ということで、まあ確かに一理あります。それとは別に、学生の頃は知識も技量もないだけに、せめて外見くらいはビシッとしていないと医療現場では身の置き所がないように感じていたところもあります。 医師になってからも、しばらくはYシャツやネクタイを着用していました。ところが、耳鼻咽喉科と言うのは人の鼻やのどをのぞき込みます。病気のある人たちですから出血していたりして、唾液や鼻血を浴びることはしょっちゅうです。さらに外科系医師は手術室では術衣に着替えなくてはなりませんので、Yシャツにネクタイだと多少時間がかかります。そんなわけでYシャツはあきらめ、ネクタイも不潔なのでやめて、ケーシーと呼ばれるステンカラーの半袖の白衣にしました。ところがこのケーシー、丈が短く、下半身はスラックス丸出しでおまけに半袖なので腕がむき出しです。ボタンも多く羽織るのに少し手間取るので、食事の時や少し白衣を脱ぐときは長白衣の方が便利な時もあります。好みもあってhead&neckはここ数年、千葉白衣と呼ばれるステンカラーの長白衣を愛用しています。この白衣、病院支給では無く自前のものなので、たまに連続で白衣を汚したりすると洗い替えが無くなり、仕方なく病院支給の普通の白衣を着ると何となく違和感を覚えます。 本日はよもやま話をしてみたのでした。 ←参加中、一日一回のぽちを。
2008.06.24
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日本は単一民族国家ですので、患者さんは基本的に日本人がほとんどですが、それでもたまに外国の患者さんが外来にみえます。地域の特性かブラジル人が多く、次に中国人、英語圏のかたもいます。 ブラジル人に関しては、日本ではポルトガル語を話せるという人は少ないせいなのか、はたまた彼らの国民性なのか、概ね片言の日本語で症状を伝えてくれます。こちらも判りやすい日本語で話し、片言会話で何とか診察をしています。中国の人も、やはり同様でなんとか片言の日本語をしゃべってくれます。気が付けばこちらも片言の日本語になっていたりします。ブラジル人患者「わたし、のど、いたい。たくさんね。ねつ、大きい」・・・ふむふむ、発熱を伴う咽頭痛ね。扁桃腺炎かな?head&neck「のど診るね。のど。あーん。わかる?」ブラジル人患者:口あけるhead&neck「あー、扁桃炎ですね」ブラジル人患者「ナニ?ワカラナイ」head&neck「のど、赤いね。膿ある。白いところ。くすりあげる。のむとよくなる。判った?」ブラジル人患者「ああ、ありがとね、センセー」てな感じです。なるべく余計なこと言わない。判ることだけ言う。これ基本。 ところが、英語圏の人々。これはかたくなに英語を話します。日本に数年滞在している方でも診察は英語。head&neckは日常会話が何とかできる程度なのですが、うちの病院の当科のスタッフは皆英語が苦手らしくて、こういう患者さんは全部こちらに回ってまいります。ボクだってそんなに得意じゃないのに・・・。またまた扁桃炎のアメリカ人が受診しました。アメリカ人患者「I have a throat pain and fever for this 3 days. Give me a diagnosis of this pain and cure me, doctor, please.」・・・ふむふむ、ふぃーばーと咽頭痛ね。扁桃炎かな?head&neck「れっと みー しー ゆあ すろーと。ええと、まうすおーぷん。あーん。きゃん ゆー?」アメリカ人患者:口あけるhead&neck「扁桃炎だ・・」アメリカ人患者「What?」head&neck「すろーと、れっど。とんしらいてぃす。ぎぶ ゆー めでぃしん。ぱはっぷす ゆー ういる げっと びー うぇる。あんだすたん?」アメリカ人患者「Oh, tonsillitis. Thank you, doctor.」やはり余計なことは言わない(いえない)。判ることだけ言う。基本です。・・・・どっちもカタコトなのでした。 ←参加中、一日一回のぽちを。
2008.06.19
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今日は、当ブログ開設1周年です。 エントリー記事:164件 アクセス:約36600(平均101/日) 細々と続けているこのブログですが、当初は10アクセスくらいだったのに、現在は150くらいのアクセスを頂いています。ブログランキングの医学カテゴリでは40位から60位を行ったりきたりしています。 特に宣伝もせず、アクセスを伸ばす努力はしていません。あちこちに足跡を残したりTBを貼りまくったりすれば伸びるのでしょうが、あまり大きくなると書きたいことが書けなくなってしまう気もして、のんびりと続けています。 個人的には、お店なんかでもよく、「知る人ぞ知る名店」がありますが、そんな雰囲気を目指せればいいなと思っています。 読んで下さっている皆様には、本当に感謝しています。今後もよろしくお願いします。 ←参加中、一日一回のぽちを。
2008.06.17
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ほとんどすべての医師は、何らかの学会に所属しています。それもひとつだけではなく、複数の学会に入会していることが多いのです。例えばhead&neckが属している学会は、日本耳鼻咽喉科学会、耳鼻咽喉科臨床学会、日本耳科学会、頭頸部癌学会、頭頸部手術学会、頭蓋顎顔面学会などですが、このうち最も大きな、というかこれだけは外せないのは耳鼻咽喉科学会です。例えば内科なら日本内科学会、外科なら外科学会という、その分野の親分学会があって、この親分がいわゆる専門医を決めていると思ってください。 ともあれ、全国規模の学会で発表するにはその学会に入会しなければなりません。一度入会すると、毎年学会費を払うのですが、これが結構ばかになりません。年会費は一万円前後ですが、たくさん入るとその分出費がかさむことになります。会費だけでなく、学会の学術集会に参加すると、参加費も最低1.5万円くらいは取られます。こうして年間かなりの額が学会費用として消えてゆきます。現在のhead&neckの病院ではこの学会費はかなりの部分を支給していただけるので助かっています。しかし、以前の病院や大学病院に居たときはすべて自腹でしたから、結構厳しい思いをした覚えがあります。 学会に入会すると、その学会の事務局から学会会報が送付されてきます。月に1冊ずつ発行しているまめな学会から、季刊の学会まで様々ですが、医師になって10年もたつとこうした学会誌が山のように溜まってきます。月刊ならば年に12冊、10年で120冊です。複数の学会に順次入会することによって、加速度的に量は増えてゆきます。研修医の頃から、専門医をとる前後までは真面目に全ての学会誌を病院の机の上に整頓して並べていましたが、あっという間に本棚に治まらなくなり、横積みにし始めるとあとはもうどうしようもありません。気が付くと、医局の机は山積みになった学会誌が崩れんばかりの悲鳴をあげているのです。 一応、新刊には一通り目を通すように努力はしているのですが、整頓していないので後から読みたくなっても調べようがありません。なんとなく記憶には残っているのですが、机の上の山を崩すと収集が付かなくなることは目に見えています。結局調べるときは図書館で文献検索をして、自分が持っているはずの学会誌のスクラップを図書館の秘書さんにわざわざよそから取り寄せてもらったりしてしまうのでした。 ←参加中、一日一回のぽちを。
2008.06.16
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昨日より横浜で麻酔学会が開かれており、当院の手術室も半ば開店休業状態です。もちろん待機の麻酔科医はちゃんと居て緊急手術には対応してくれますが、予定手術はお休みです。head&neckの病院は年間全麻酔科管理症例が7000件を超え、全国的にもかなり上位に入る施設ですが、それだけに麻酔科の先生に負うところも大きく、彼らが休みをとると外科系の医師は一気に暇になります。普段から自分たちの医療をいかに麻酔科に頼っているかを痛感します。 例えばhead&neckの科は週に3日、月水金で1列半の手術枠をもらっています。大きな病院なので、難しい症例が多く、ほとんどが全身麻酔でお願いしています。1列半というのは、午前から午後まで使用できる手術室が1部屋、午後から使用できる手術室が1部屋あるという意味です。年間に800件強の手術件数があるので、1週間に16件、つまり手術日は一日平均5~6件の手術をこなしている計算になります。head&neckは金曜日は朝から手術のために外来はありませんから、普段の金曜日は朝から晩まで手術室にいます。これまで何度も書いてきたように、手術というのは多かれ少なかれ医師に緊張を強いるので、手術日にはかなりのアドレナリンが分泌される身体になっているみたいです。偶然にも前に居た病院も、その前の病院も金曜日が手術日で、十年以上かけて身体に染み付いた習慣はなかなかはずれるものではありません。朝から病棟の回診と外来をいつも以上の人出をかけてこなすと仕事が無くなって、11時ごろにはなんだか通常業務が終わり、何となく落ち着きません。 普段あまり行かない病院の医師ラウンジに行ってみると、いつもよりも医師数が多い。。みんな手持ち無沙汰でうろうろしています。自販機のコーヒーは売り切れ、皆新聞なんか読んでいて、いつもガラガラのテーブルにもたくさん医師が座ってたむろしています。良く見ると全員外科系・・・。 少し目端のきく先生だと、この時期を利用して有給をとったり早めの夏休みをとったりしているようですが、あまり後先考えずに日々仕事に追われているとこんな時期があることをすっかり忘れてしまうので、実際にやってくると「あ、そうか」と気づくというのが真相です。 久々にゆっくり昼休みがとれたので、部下を連れて病院の近くの店にランチしに行きました。今日はお天気も良くて、外を歩くのが気持ちよかったのと、おいしい昼食をとれたので気持ちが朗らかです。午後には書類と病棟の事務等を片付けて、早々に全員に帰宅命令を出し、自分自身も6時には病院を出ました。 しかし、なんとなく朝のうちに分泌されたアドレナリンが消費されていない感じです。何かしようと思う一方、どうせまた来週は目一杯手術を詰め込んで忙しいのだからこんなときくらい早く帰宅しなければと考えたり。病院の玄関を出るときに外が明るくて「いいのかな??」と思ってしまったり。 自分も立派なワーカホリックだな、と思ったのでした。 ←参加中、一日一回のぽちを。
2008.06.13
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先週の土曜日は手術室の新人歓迎会でした。head&neckの病院には11の手術室がありますが、今年は看護師、技師さん併せて10名の新入職員を迎えました。医師の方も手術室に出入りするので、ニューフェイスは総勢30名ほどです。初期研修医を含めるともっと大勢になりますが、とりあえずは現時点で手術室に係わる人たちで会を開くとおよそ120名となり、大宴会になりました。 古今東西、こういう飲み会では新人はなぜか集団で芸を披露することが多く、われわれのところでもご多分にもれず演し物は恒例行事です。今年は皆さん、モー娘のまねで盛り上げてくれました。年毎に新人のカラーがあり、おとなしめの年もあればはじける年もあります。本年は中の上といったところですが、最初の演し物が彼らの初の共同作業であるので、同期の絆が生まれるきっかけになることは間違いないようです。 宴会を彩った芸も上手く終わり、一次会が終了すると有志で二次会になだれ込みます。head&neckも同僚と、新人医師数人をさそい二次会に行きました。彼らは医師になって2ヶ月、いろんな壁に突き当たる時期です。点滴が上手くとれなかった、検査のオーダーを間違えた、CTの読み方が判らない等等・・新人ならではの悩みは尽きません。実地臨床と学生の頃の知識との乖離に唖然としている時期なのです。head&neckにも覚えがありますが、医師になって数ヶ月は萎縮してしまい、自己嫌悪の塊でした。たった1年先輩はなんでも出来るのに、自分には何もできないもどかしさと苛立ちでどうしようも無いのです。そんな時、先輩医師に気分転換に飲みに連れて行ってもらい悩みを聞いてもらって、「おれもそうだったよ」といわれたことがどんなに慰めになったことかは痛いほど脳裏に焼きついているので、ついつい悩める新人医師には優しい言葉をかけてしまうのです。 年代による差はあります。昨今の厳しい医療事情のなか、昔はどんどん実践あるのみだったのが、現在は研修医1年目はここまで、2年目はここまでと厳しくマニュアルで定められています。十数年前、我々が「馬鹿ヤロウ、こんなことも出来ないならやめちまえ!」なんて叱られて教わった教育法はいまでは「パワーハラスメント」と呼ばれ、「うん、良く頑張ったけどそれよりこうした方がいいね」と言わなければならないといったように、教える側にも忍耐力が求められます。新人医師に自分の昔の経験を話すと、目を丸くして驚いています。なかには、厳しく言われたほうが良くわかるのでどんどん叱ってくださいという強者もいますし、少しのことで立ち直れないナイーブな医師もいますが、結局現場では個人の資質に合わせてある程度の濃淡をつけながら教育していくしかありませんが、若い医師自身も失敗した時は身体で感じているようで、失敗すれば落ち込むことは昔と変わりません。言葉が優しくても厳しくても事実は一つなのです。 かれらと話をしていて、ふと新人の頃の悩んだ時期の苦しさを懐かしく感じたのでした。 ←参加中、一日一回のぽちを。
2008.06.10
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手術というのは病気を治療するひとつの手段ではありますが、同時に人の身体を切るわけですから、多かれ少なかれ患者さんへの害になる部分があります。まあ、そういってしまえば医療というもの全般に言えるわけで、薬だって飲みすぎれば害になりますし理学療法もやりすぎれば逆効果となりますが、手術の特殊な点は後戻りできないところです。一度切りとった組織を戻すことは至難の業で、すべての瞬間が一発勝負なのです。 そうはいっても、比較的気軽に行える手術から、適応が難しい手術まで様々あります。head&neckの分野でも、扁桃腺炎や副鼻腔炎の手術治療は、比較的気軽に進めることもできますし、逆に是が非でもやらなければならない手術ではありません。(誤解しないでいただきたいのは、この手術が簡単だという意味でも100%安全だという意味でもありません。いかなる手術でも大きな危険が潜んでいます)手術をうけることで患者さんが受けるメリットがデメリットより高く、ご本人が納得されていれば、病気を治すためには出し惜しみなくお勧めはします。また、癌の手術など、天秤の反対側にあるのが患者さんの生命である場合などは、たとえ治癒率が低くても手術することを選択せざるをえない場合もあります。 難しいのは、機能改善のための手術です。耳鼻咽喉科の分野では、聴力改善目的で行う鼓室形成術や、誤嚥を改善するためにする輪状咽頭筋切除・喉頭挙上術などがこれに当たります。勿論もともとは病気を抱えた患者さんであることは事実なのですが、それなりに現状では落ち着いている場合、そこから更に上を目指すのか、それとも現状を維持して満足するのかの選択は患者さんご本人の意思が大きく左右されます。一方、医療の提供側から考えると、こういう手術は非常にハードルが高くプレッシャーのかかる手術です。もともと何とか生活できる状態からわざわざ手術してまで改善するという治療の性質上、どうしても通常よりは高い成功率が求められる、つまり技術的難易度と、医療的難易度の差があるということになります。技術を高めるためには数をこなさなければならないし、数をこなせば失敗例がどうしても出てくる。こういうジレンマの中、現場で頑張る医師の苦しみはかなりのものですが、現在のように失敗するとすぐ補償だ訴訟だという雰囲気のなかでは、新しく技術を学ぼうという若い医師が少なくなってきてしまう弊害が明らかになってきています。 この国の患者さんの受けられる医療の行く末に、やや危惧を覚えるのでした。 ←40位前後、ありがとうございます。参加中、一日一回のぽちを。
2008.06.06
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新臨床研修制度が始まって、大学の医学部を卒業したての医師が臨床医になるためには、2年間の研修が義務付けられました。臨床医療に必要な知識、手技を広く身に着けるためという立派なお題目がついていますが、要約すると「便利屋を増やす」のが真の目的です。これまでにも「研修医」というのは存在しましたが、あくまで自分の専門とする科に属して、それに必要なやり方を学んでゆくという方式でした。以前の制度では、外科なら外科所属、内科なら内科所属の研修医として数年間学び、その科の中で徐々にやりたいことを絞り込んでゆく形を取っていました。 患者さんの側からみると、医師免許を持っている以上はどんな病気でも専門外といわず、とりあえずの応急処置ができる医師が増えると思われるので、現在の制度が施行されたのを覚えています。この制度が始まるまでは、それまでの各科ごとのストレート研修が主流で、ほとんどの医療者は日本が医師不足であることの認識がありませんでした。皮肉にも新臨床研修制度はこの事実を浮き彫りにし、医療関係者に日本医療の危機を認識させることとなりました。 いずれにせよ、絶対的に医師数が不足しているので、どういう風に研修制度をいじくっても労働環境が劇的に改善することはありません。しかし、猫の目のように変わる臨床研修制度に翻弄される若い医師たちは哀れです。以前は大学卒業の時に決めていた自分の専攻を決める時期を2年間先延ばしにされているわけで、個人差はありますが、学生の時代に行う臨床実習に身が入らなくなったという指摘もあります。また、卒業したときは小児科や産科希望だった学生が、2年間の研修中に現場の過酷さを見てしり込みしてしまい、他の科に流れてしまうということもあるようです。 急がばまわれといいますが、産科や小児科、しいては医師数不足の勤務医の人数を増やすには、まず病院勤務の医師たちが希望を持って未来を語れる状況を作らねばなりません。専門を決めるまでに、現場の先輩がぼろぼろにくたびれているのを見てしまったら、そこへ飛び込む勇気はなかなか出るものではありません。忙しいことは一朝一夕に改善するわけにはいきませんが、せめて現場の先輩が、「疲れてはいても面白くて充実している。大変だけどこんなにいいこともある」と言える制度でなくては、今後も勤務医は減り続けるでしょう。 制度をいじくるお役人や政治家は、美辞麗句を並べてもっともなことをいいますが、現場から見ると、空虚な言葉遊びと議論に熱中しているだけで発言に迫力がない。現場の実情を実際に見に来る政治家や役人なぞ皆無です。自分が病気になると、役人としての立場や政治家としての権力を発揮してVIP待遇を求める人たちがほとんどです。本気で医療を良くしようと思っているならば、ただの一般患者として混み合っている総合病院に受診してみるはずですが、残念ながらそういう話を実際に聞いたことはほとんどありません。彼らの行動も、言葉もむなしい空蝉です。 まだまだ、政治家にも、役人にも、真剣味が足りないと思うのでした。 ←やや上昇、ありがとうございます。参加中、一日一回のぽちを。
2008.06.03
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