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ようやく青森空港に帰りの飛行機が着いた。私を含めた乗客を乗せて、飛行機はボーディングブリッジを離れる。ごとごととタキシングして、たぶん滑走路の端まで来たはずだが、飛行機は飛ぶ気配がない。あれ、おかしいぞ。何かあったのか?と思った時に機長のアナウンス。「...主翼が凍結していないかを副操縦士が確認に参りますのでしばらくお待ちください」しばらくすると、飛行機の操縦士にしてはゴツイ体格の副操縦士が現れた。のっしのっしとでかい懐中電灯を持って。どんな風に確認するのかと思ったが、どうやら窓から翼を懐中電灯で照らして終わり、だったようだ。副操縦士は操縦席に消えていった。彼が操縦席に入るときは、カーテンを引いて中が見えないようにしていた。程なく、「ご協力ありがとうございました。まもなく離陸します」今月(2005年3月)号の「月間エアライン」にこの主翼のチェックの話が出ていた。このときに搭乗したMD-90型機はエンジンが後ろについている。主翼についた氷がエンジンに吸い込まれて、エンジンが空の上で故障をすると大変だ。だから、エンジンのちょうど前に「ひも」が付いていて、それを見て主翼に氷が付いていない事を見るらしい。あのとき、熊のような副操縦士は巨大な懐中電灯で、この「ひも」を照らしていたのだろう。吹雪の中、着陸した飛行機の上に、凍結防止剤をじゃぶじゃぶかけていた。それでも離陸前にこういうチェックをしているのか、とちょっと賢くなった。
2005年01月31日
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朝起きると、外は雪だった。といっても青森のこの時期なら当たり前なのだろう。外を見るとちらほらと雪が降っている。今日は荒れるという予報だったが、この時点では日が差すこともあった。チェックアウトして、外に出ようとすると、白い風が吹いている。アーケードのある歩道に出ると、アーケードの下にも雪が積もっている。昨日100円ショップで買った手元の温度計を見るとすでに氷点下だ。青森駅の西側に漁船の博物館があると言うので行くつもりだったので、一旦駅のコインロッカーに荷物を預ける。当初は宅配便で送り返そうと思っていたが、万が一飛行機が欠航したときに備えて、宅配便はやめた。駅の西側に出る。線路を越える歩行者用の陸橋は雪がなかったが、そこから先は雪の上だ。青森駅西口を離れたあたりから風と雪が強くなってきた。地面に落ちた雪が風で舞い上がる。黒い服を着ていたが、雪で真っ白になってくる。手で払っても落ちないくらい細かい粒。地面に落ちた雪が風で舞い上がり雪の煙が地面から上がってくるように見える。雪が下から上に降っているようにも感じる。私がこれまで体験したことのない雪だ。さらに歩いていると、遠くに見えていたビルが、すーっと見えなくなってくる。雪交じりの風が顔に当たる。頬が痛くなってきた。どのくらい歩いたか判らないが、行ったこともないところにこんな天候の日に歩いて行くのは無謀だ。おとなしくタクシーで行けばよかった、と少し後悔しつつ、元来た道を引き返すのもしゃくにさわるので角を曲がる。程なく大きな道に出た。道沿いにはショッピングセンターのような建物が見えたのでそこで休息する。その後はタクシーで八甲田丸に向かい、さらにアスパムに向かってそこから空港バスに乗って帰った。空港には着いたが、空港では「天候調査中」の文字。何とか飛行機は着陸。遅れていたが、大阪に戻ることができた。
2005年01月30日
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一月に青森に行くんだったら「津軽海峡冬景色でも見に行こう」と思っていた。ところが、飛行機と宿を予約してから津軽海峡は青森からは遠いことに気がついた。行ったこともないところに冬に行くのはちょっと心配だったので、さんざん迷って空港からバスで直行できる、ゴールデンウィークの時期までの桜で有名な弘前に行く。桜の時期には大勢の観光客が押し寄せるだけあって、見どころがきちんと整理されている。街並みも洗練されている。雪が積もっているが、駅から弘前公園あたりまでは歩道に雪がほとんどない。手元の温度計では10℃を超えている。かなり暖かくて、カメラも防寒カバーなしで十分使えた。ただ、公園には思いっ切り雪が積もっていて、弘前城資料館は閉鎖されていた。公園は見渡す限りの雪、雪、雪。遠くに、雪をかぶった山(岩木山)がきれいに見えた。公園で話をした地元のおばちゃんの話では、4月の後半には桜が咲いてピンクに染まるらしい。今は堀も凍りついていて、硬く握った雪の玉を投げつけてもびくともしない。雪が積もるとニュースになる所に住んでいる私には新鮮な光景だ。雪を見飽きた頃に公園を出ることができた。目の前に渋い建物がある。石場家住宅といって、重要文化財だそうだ。重要文化財と言っても、現在でも酒屋が営まれていて、人が住んでいるそうだ。ここでしばし休息する。私が子供の頃、父の実家の台所はこんなかんじだったのだが。古の商家でかつての賑わい(御用商人だったそうだ)に思いを馳せてここを後にする。次に「津軽藩ねぷた村」に立ち寄る。ここは観光施設だが、観光シーズンではない今は客はほとんどいない。ねぷたや他の説明は私一人で聞くことになった。津軽三味線の生演奏も一対一だ。だめな人には耐えられないだろう。演奏者の方は、演奏を始めると真剣そのもので、部屋の空気が張り詰めてくる。演奏者の指使いがはっきり判る。津軽三味線の音は予想以上に大きく、迫力がある。これを独り占めしてもいいものだろうか?と思う。演奏の後、三味線を触らせてもらった。指で糸を弾いただけでもかなり大きな音がする。これを撥(バチ)でかなり力を入れて叩かなければ迫力は出ないそうだ。ちなみに、この日演奏してくれた方は大阪の人だそうだ。他にも民芸品の製作展示販売がされていて、これなんか外人が見たら喜ぶのに、と思う。お土産屋さんの話では、桜の季節は賑わうけど、今日は「非常~にひま」だったそうだ。と、いうわけで、じっくり弘前を見るなら冬はいい。冬季休業の施設も多いけど。
2005年01月29日
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吉野家に立ち寄った。牛焼肉丼をかき込みながら、ふと見上げると目の前にポスターが貼ってあった。米国産牛肉輸入再開運動の署名を集めているらしい。家に帰って、米国産牛肉全面的早期輸入再開を求める会のWebサイトを見てみた。その内容を見ると日本政府は世界基準ではなく、独自の基準で米国産牛肉の輸入再開を拒んでいるように書いてある。しかし、さらに読み進めると、米国の基準は世界基準には準拠しているものの、他の国は世界基準よりもより厳しい基準で検査している。あと、この検査基準の根拠の説明は、米国が日本に輸入再開を求めたときの根拠となったものと同じだろう。すでにあちこちで指摘されているとおり、この理論は「30月齢以下の牛が危険かどうかは判断できない」説明にはなっても「30月齢以下の牛が安全」とは言えない。でも、米国産の牛肉を食べたい人はいるだろう。この運動の協賛者(もちろん吉野家や松屋も入っている)には死活問題だ。ちなみに、吉野家では名刺大の宣伝用の紙を置いてあったが、松屋には何もなかった。
2005年01月27日
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そろそろハードディスクの残り容量が心細くなってきた。そこで、少しずつDVD-Rに逃がすことにした。映画のCM部分をカットして、DVD-Rにダビング。PCにCD-R/RWドライブがついた頃は、いったんCD-RWに書き込んで、うまくいけばダビングという手順を踏んでいた。今はDVD-Rのメディアもかなり安くなったので、いきなりDVD-Rに書き込んでいる。今回もその調子で書き込もうとした。容量はぎりぎりだが何とかメディア一枚に収まった。いざ書き込みスタート!別のことをしていて、しばらくしてから様子を見ると、容量内に収まっていると思ったのに最適化をしている。DVD-R一枚に収まるように画質を落としているのだが、これが結構時間がかかる。ふと思いついたのが、メニュー画面を作ってしまったこと。映画だったらメニューなしでもよかったのに。DVD-Rだから今からやり直すわけにも行かない。
2005年01月26日
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羽田-南紀白浜はJAL便だが、せっかくなので去年できたばかりの羽田空港第2ターミナルも見てきた。できたばかりなので、あたりまえと言えばあたりまえだが、何もかもピカピカだった。送迎デッキに上って、離陸していく飛行機をしばし眺める。第一ターミナルで撮影していると、あちこちに邪魔なものがあって撮影しにくいが、こちらは離陸していくさまをゆっくり眺められる。写真撮影用のレンズ穴がフェンスの所々にあるのだが、もう少し大きいのにしてくれないと一眼レフのレンズが入らないのがちょっと残念だ。朝早かったので、ターミナルはあまり人は多くなかった。開店している店も少なかった。第一ターミナルまで無料の連絡バスに乗って移動する。第一ターミナルも、行き先表示がフルカラー(?)に変わっていた。JALも負けてはいないようだ。チェックインは方面別になっているので、西行きの旧JAL/JAS側に行く。ふと見ると、あれ?と思った。やはりJALグループはANAグループとは雰囲気が違うのか、と思っていたが、手荷物を預ける時に判った。手荷物検査機がなくなっている!おお~、すげーと素直に感心した。いつも無意識にあの機械があって、近くに警備員が立っているところを無意識に探していたのだ。それが見つからなかったから「何かが違う」と思ったのだろう。行きの伊丹空港の混雑はかなりひどかった。伊丹もあんなふうにしてくれたら行列が減るかもしれないのに。まあ、これから減便するし、大型機の乗り入れも禁止するそうだから、混雑は緩和されるのだろうけど。それはそれで寂しい話だ。
2005年01月25日
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羽田のターミナルが分かれてから初めての羽田。せっかくバスでの移動が減ったのに、今回の南紀白浜行きは、不幸にも「バスでご案内」だった。以前は地方便だと「バスでご案内」になることが多かった。羽田-伊丹は新幹線との競合のためか、中央の手荷物検査場からすぐの場所に来るようになっている。それに比べると鹿児島や函館からの便は到着したら「バスでご案内」の場合が多かったように思う。この飛行機は2×3列で、新幹線の普通席と同じ配置だ。ANAの小さい飛行機は3×3列で、満席だと少しつらいこともあるが、2列の席が取れればこちらは楽だろう。この日は満席ではなく、私の隣は空いていた。天気はあいにくの曇り空で、離陸してしばらくすると雲に阻まれて地上は全く見えなくなってしまった。この飛行機、エンジンが尾翼のあたりについているので、離陸時にエンジンを全開にしていてもあまりうるさくない。でも、空に上がってしまうと音の大きさはあまり変わらない。飛行機の音は、エンジンの音よりも空調の音の方が大きいようだ。ついでに、この飛行機はオーディオサービスがなかった。あれは結構楽しみにしているのに、残念だ。飛行機を降りたときに、そのことを客室乗務員に言うと、「今日の便は時刻表ではMD-87なのですが機材変更でMD-81で運行しています。 オーディオサービスはMD-90にはあるのですが、MD-81とMD-87にはありません。 せっかく楽しみにしていらしたのに申し訳ありません。」と何度も頭を下げられてしまい、こちらが恐縮してしまった。行きのJAL便のいまひとつ親近感を感じなかったサービスと違い、非常にいい印象を持った。ついでに、行きの飛行機は持参のヘッドフォンが使えなかった。まあ、国際線ビジネスクラスの豪華なシートだったし、座席には普通のヘッドフォンが用意されていたので不自由はしなかったけど。この座席なら10時間の飛行でも耐えられるだろうなあ。
2005年01月24日
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東京から朝の便で南紀白浜まで飛んでくる。羽田空港に第二ターミナルビルができて「バスでご案内」が少なくなったのだが、南紀白浜行きは「バスでご案内」だった。離陸時に滑走路の端で待たされたので、飛行機は遅れて到着。東京では雨は降っていなかったが、空港では2階から水溜りに広がる波紋が見えるくらいの雨だった。路線バスは飛行機と連動して運行している。今回は事前の調査で最寄のJR白浜駅からは遠くないことが判っている。案内所でタクシーの事を聞くと、手配してくれるとのこと。そこで路線バスはやめて空港のレストランで名物の茶粥を賞味する。レストランで東京から乗ってきた飛行機が帰っていくのを見送る。このレストランは、南紀白浜アドベンチャーワールドかその関連会社が経営しているようだ。空港のレストランからも南紀白浜アドベンチャーワールドが見える。空港の売店でお土産を買っていると、案内所の職員さんが来て「そろそろタクシーをお呼び致しましょうか?」と声をかけてくれた。飛行機がいなくなってもまだターミナルビルにいる客は私一人だったようだ。お土産屋で消費税分サービス+「個包装された梅干」数個(丸惣という会社の商品だがWebでは確認できず)をサービスしてもらい、一階に降りる。外に出て写真を撮っているとタクシーがやってきた。行き先を告げるとタクシーは走り出した。天気が悪くて写真を撮る気がなくなった、と愚痴ると、写真を撮るんだったらいいところを案内しますよ、とのこと。路肩に車を停めて、地図を出して説明してくれた。費用を尋ねると、4000円から4500円くらい。安くはないが、せっかくこんなに遠くまで来て空港だけ見て帰るのはもったいないのと、沖縄でやったことを和歌山で躊躇(ちゅうちょ)する必要もあるまいと思い、案内してもらうことにする。まずは三段壁展望台。自然が造った海岸線の美しさを堪能、する場所なのだが、あいにくの天候で今ひとつ。運転手さんの解説によると、今日のように風が弱い日には釣り日和だそうで、展望台からも釣り人らしき人の姿が見えた。次に行ったのが三段壁の洞窟。運転手さんが声をかけると特別割引で100円引き。それでも1200円もする。が、エレベータで水面の高さ近くに行くと、普段はお目にかかれない風景を見ることができる。熊野水軍の船を隠す場所だったそうで、エレベータを降りるといきなり当時の船の復元を見ることができる。中国人と思しき観光客が、兜をかぶって記念撮影していた。さあ、写真を撮ろうと思ったら、なんとCFカードの空きが少ない。カードはタクシーの中だ。とりあえず各ポイントでうまく撮れた分だけを残して何とかこの場はしのいだ。が、天気の悪さと、波の穏やかさが災いして、消化不良気味だ。タクシーを待たせていなければもっとゆっくりしたかったが。次に行ったのが千畳敷と呼ばれる風景スポット。ここからみると、さっきの場所から見たよりは岩が段々になっていることがわかる。晴れていれば雄大な太平洋を眺めることになるのだが。タクシーはさらに海沿いを走る。風景を見るところから白浜の温泉街に出てくる。このあたりはにぎやかだ。白浜温泉の源泉の硫黄臭を嗅いだ後、地名の由来の白浜海岸を見る。天気がよければもっと真っ白な浜になるらしい。砂浜の奥に温泉が沸いていて、冬は無料。夏は水着のまま温泉につかるらしい。このあたりは水面とほぼ同じ高さなので、台風が来ると大変だそうだ。去年の台風の話を運転手さんがいろいろと教えてくれた。最後に円月島がよく見える場所に行く。ちょうど春分・秋分の時期に、円月島の中央から太陽が沈むそうだ。この道は観光用らしく、自然の猛威にさらされた地形がそのままにしてある。このあたりは海底が隆起してできたらしく、それらしき地層が見える。ここで地震でも起きて地層が崩れたら、運転手さんと私はひとたまりもない。ちょうどここでタクシーのメーターが4500円近くになった。ここでメータを止めてもらった。あとは白浜駅に向かうだけだ。駅前もちょっとにぎやかになっている。アドベンチャーワールドのアーチがかかっている。駅でタクシーを降りる。運転手さんは満面の笑みで送ってくれた。
2005年01月23日
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今年初めて飛行機に乗った。幸い成田便を取ることができたので成田から千葉へとやってきた。千葉都市モノレールで県庁前まで出て県庁を撮影して、少し時間があったので辺りを歩いていると、城のような建物が見えた。近づいてみるとそこが千葉市郷土博物館だった。時間はあまりないので入館料が高ければ中には入らないでおこう、と思ったが、入館料は60円だったので、これならいいだろうとお金を払って中に入る。1階と2階は千葉の歴史、3階は千葉の名前の由来となった?鎌倉時代から戦国時代にかけてこの地域の礎を築いた千葉氏の興亡の展示。時間がないのでざっと見ただけだが、平将門の時代から、豊臣秀吉の小田原攻めあたりまでを生き抜き、その間に様々な出来事があったのがよく分かった。歴史の本は、最終的に勝者となった人物を中心に描かれるが、その端っこに名前が出てくる人物にも興味深いドラマがある。昔遊んだ「信長の野望 全国版」であっさり倒した戦国武将が出ていて、どのような人物なのかを知ることができた。(だいたい関東まで攻める頃には強くなっているし、房総半島を攻める時には背後を押えてある)4階はプラネタリウム。今回は時間がないので見なかった。プラネタリウムがあるためか、天文の歴史に関する展示が目立った。5階は展望台になっていて、ついでに千葉の今と昔の写真を並べて展示してあった。これがなかなか面白かった。あと空撮で昔と今とを比べると、海岸線の形が変わっていったのが明白だ。江戸時代以降は、江戸(東京)に近い、とのことで、江戸の影響を大きく受けるようになった。そういえば、幕張メッセも、ねずみランドも埋め立て地だもんなぁ。とにかく、歴史好きにはオススメだ。これだけの資料を集めて、60円で提供している千葉市の活動は「エライ」と思う。とりあえず、10円寄付をしておいた。
2005年01月22日
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旅用の荷物の中から出てきたポーションタイプの蜂蜜檸檬。去年の4月、秋田県大館市の100円ショップで買ったものだ。結局飲まずじまいで、未開封のまま品質保持期限が近づいていたが、飲んでみた。ちょっと味が変わっているような気がしたが、記憶違いだろう、多分。外袋を見ると、製造元は奈良県。うちの近所の100均には置いていないのに、なぜか遠く秋田県大館市の100均には置いてあった。この商品との出会いは、一昨年の四月半ば、所は同じ大館に行ったとき、初めて足を踏み入れた東北の予想外の寒さと天気の悪さ、さらに公共の交通機関の少なさで夕方には身動きが取れなくなり、向かいにある市役所を見下ろす秋北ホテルでのことだった。電気ポットがないので、フロントにお湯を持ってきてもらうよう頼んだ。程なくホテルのおばちゃんが魔法瓶にお湯を入れて持ってきてくれた。そのお湯で飲んだこの蜂蜜檸檬がおいしかった。牛乳に混ぜるポーションタイプの飲み物なら近所の100均でも見かけるが、旅先で牛乳を買うわけにもいかない。そこで水かお湯に混ぜて飲めるこういう飲み物が重宝する。お湯があればティーバックのお茶が飲めるけど、ポットがないとそれも無理。それに暑い時は冷たいものが飲みたいし。ちなみに製造元はやまと蜂蜜というところ。健康食品は楽天市場で扱っているが、残念ながら蜂蜜檸檬は扱っていない。
2005年01月21日
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今の会社は会議が多い。私のような下っ端はとにかく、ある程度の地位の人は毎日どこかの会議に出席しているのではないか?とくに、この人たちは意見を言うわけでもなく「会議に出ていたこと」が重要なようだ。私も会議を主催するときに「誰と誰と誰に声をかけるように」と言われた。そのうちの何人かは、議論に参加できるほどの前提知識もなさそうだったが。前の会社は、人数が少なかったせいもあってここまで会議は多くなかった。というか、会議の出席者が少なかったように思う。しかし、うんざりする課内会議が週末にあった。課長の前で各担当のリーダが報告するのだが、課長の気に食わない内容だと、その場で尋問される。言い方が課長の癇に障ってしまうと一挙手一投足まで再現するがごとくの報告を求められる。こうなると会議は永久に終わらないのではと感じてしまう。だいたいこんな会議が金曜日の3時から8時ごろまで毎週やっていた。かなり馬力のある課長で、あの時の状況から考えるとある程度は止むを得なかったのだろう。しかし、あの会議のおかげで課員に自主性がなくなったような気がしたのは私だけではないだろう。
2005年01月20日
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BSEの発生で停止している米国産牛肉の輸入再開条件に、アメリカはBSEの原因物質が蓄積しにくい20月齢以下に、誤差分を見込んで14ヶ月齢以下を輸出対象とする妥協案を提示してきたらしい。前回は「20ヶ月齢以下の牛にはBSEの原因物質はたまりにくいんだよ。 だから、全部検査するなんて無駄なことは止めて、俺様が20ヶ月齢以下と太鼓判を押した奴は輸出させろ」と、ずいぶん高圧的だな、と思って見ていたが、今回は前よりもマシだ。このような提案が出てきたのは、日本のような牛の月齢を正確に調べる仕組みがアメリカにないことと、前回、生後20ヶ月以下の若い牛に限って輸入を再開できるような合意をしたことによるらしい。科学的には生後20ヶ月以下の若い牛は安全なのかもしれないが、アメリカの食肉産業のイイカゲンさが今回印象に残ってしまったので、それを払拭するまではちょっとアメリカ産牛肉は避けてしまうなあ。
2005年01月19日
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テストに使っていた自社の商品を倉庫に移動のため箱詰めした。数ヶ月前に借りた品物なので、元通りに戻せたがどうかは疑問だ。さらに、細かい付属品も紛失した可能性も大いにある。まあ、そんなことは気にしないでおこう。次に使うのが自分ではないことを祈って(笑)箱詰めが難しいのは、地球に優しくないとされる発泡スチロールを排除するため。今までは大きな一つの発泡スチロールの部品だったところが、段ボールを組み合わせて作ってある。これを組み合わせて中の品物を固定しているのだが、どう組み合わせていいか判らない。これでたっぷり悩まされた。通常は、商品を再梱包することはまずないのだが、テスト用の機材のみそういうことをする。使い込まれるうちに箱はボロボロになってしまう。そうなる前に新製品を開発してしまわないと。
2005年01月18日
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またこの季節がやってきた。私もずいぶんと前に受けたが。私のころは「ゆとりの時代」で5教科5科目以下があたりまえだった。いちおう先生に言われて理科は2つ受けたけど。最近は、ゆとり教育の弊害とかで、受験科目を増やす傾向があるらしい。確かに、センターでも英語の試験がない大学を出た新人さんの英語力には驚かされたが。数学1で大失敗して「それでも理系か!?」と先生にあきれられたことを覚えている。悪くはなかったが今ひとつ点数が伸び悩んで、当初の目標ぎりぎりしか取れなかった。私はぎりぎりで第2志望がB判定だったので、志望を押し通すことができた。学校の先生に「毎年B判定が出た大学で落ちる奴が数人、C判定で通る奴も数人。Cで通れば奇跡と思え」案の定、B判定が出たところしか受からなかった。「天は自らを助けるものを助く」結果がよかった人も、悪かった人も、すべての試験が終わる瞬間まで最善を尽くしてがんばれ!!
2005年01月17日
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できるだけデジカメを持ち歩くようにしている私。D70は、常に持ち歩くには図体がデカいし重いけど。まあ、できるかぎりということで。正月に帰省したときも、墓参りに持って行った。立ち会った親戚で記念撮影。おかげでセルフタイマーを実験以外で初めて使った。三脚の代わりにちょうどいい高さの脚立を使った。ローアングルファインダーで上から覗き込むとちょうどいい高さだ。セルフタイマーを動作させると、AF補助ランプが点滅するのが親戚に好評だった。セルフタイマーは撮影するたびに解除されるので、毎回設定するのを知らなかった。これはフィルムカメラの時代から、そういう風になっているらしい。記念撮影した写真は、翌日55分プリントに出して、十日戎に来た親戚に渡した。そのときに気になっていた、全体が明るすぎる絵になった原因が、今日カメラをいじっていてわかった。感度設定がISO1600になっていたのだ。同じ失敗は去年岡山-広島旅行のときもやったが、またやってしまうとは。そうでなくてもD70は白とびを起こしやすいらしいのに。まあ、感度設定はファインダーを覗けば表示されるので、それを見ていない俺が愚かなのだが。
2005年01月16日
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久しぶりに梅田に行く。ヨドバシカメラと紀伊国屋をうろうろしたが、年末に物欲を爆発させたので、必要な物だけを買って帰る。図解マスターが気になる。一太郎の新しいバージョンがちょっと欲しい。と、言うかATOKの新しいバージョンに興味がある。主力機の座についたデスクトップPCは、MS-IMEだが、これが手になじまないことおびただしい。IMEのおまけにかつて最強だった日本語ワープロソフトがついてくると思えばいいだろう。今となっては紙に印刷する文書を作ることが激減したので使う頻度は低いだろうが、Wordを家で使いたくないので。帰りに待ち時間ゼロだったので、以前気分を害されたQBHouseで散髪する。しかし、機械の不調でしばらく待たされた。おまけに理髪師の態度もよろしくない。ふと見ると、前に私をムカつかせた店長も健在だ。また気分を害された。これで二度とこの店に立ち寄ることはないだろう。QBは3店舗行っているが、あとの2店舗では不愉快な目に遭っていない。この店と相性が悪いのか、それとも私の意識が過剰なのか。
2005年01月15日
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親不知の詰め物が外れ、そこが痛み出して抜歯したことから始まった歯科治療も今日で一区切り。右上は悪くなっている可能性もあるが、X線写真では詰め物が邪魔してわからない。下の親不知も抜いた方がよい。横向きになっているので奥歯を圧迫する。歯並びが悪いが、治療ができるかどうかは分からない。現状、隙間が開いてきた部分をこまめに掃除するのが得策か。と説明を受けて、時間を置いてもう一度様子を見ることになった。それにしても、これだけ丁寧に説明をしてくれた歯医者ははじめてだ。前のところは予約の時間に行っても下手をすると30分以上待たされた。今回は、最初は予約なしだったのでかなり待たされたが、以降は待ち時間はほとんどなしだ。それに、歯茎の治療をされたのもはじめてだ。今住んでいるところは歯科医も多いため、患者をつなぎ止めておくのに大変なのだろうか。今回の治療は十分満足だ。前の歯医者で、歯茎の治療をすると言われただけで、歯茎を切開されたのには参った。
2005年01月14日
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今日も風邪気味だ。薬が効いているのか妙に体が暖かく感じられる。こんな状態のときに来客。プロジェクターを使った商品説明で、大部屋。しかも英語。途中で完全に意識が途切れてしまった。午後も別の会議があった。こちらは何とか最後まで意識を保ったが、もともと儀式的な会議なのでどうでもいい。それにしても今の会社、会議多すぎ。
2005年01月13日
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会社で昼前にぞくっときた。腰がじ~んと痛いというか重いというかそういう感じになってきた。だいたいこういう状態になったら翌日は体が火照って思考力が低下する。そういえば同じ部屋で仕事をしている人も風邪気味だし、昨日「花粉症かなぁ」と言っていた人は休んでいる。家に帰って、風邪薬を飲んで、一本50円の栄養ドリンクを飲んで床についた。夜の11時半頃に一度目覚めたが、無理矢理寝た。明日は来客があるので休めないからなぁ。
2005年01月12日
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のためか、電車が混雑していた。近くに立った高校生が「車が欲しい」とか「バイクが..」とか言っている。まあまあ、社会に出て、自分でお金を稼いだら買ったらいいよ。それから「パチンコで負けた」とか「1万円パチンコで負けるんやったら、ゲーセン行ったらゲーム何回できる」とか言っている。き、君たち。パチンコはまだ早いんじゃないのかい。話を聞いていると、会社のパチンコ好きの人が言っているような大当たりがどーの連チャンがこーのとか言っている。それでお年玉を使い果たして金がない、とか。まあ、自分のお金だから好きに使えばいいけど、大丈夫かぁ?また、「来週センター試験やけど、ゲーセンに行ってて勉強してない。ゲーセン行ったら楽しいもん」って、おい。....朝から楽しい会話を聞かせてもらった。帰宅は仕事を早めに切り上げて、歯医者へと行くつもりだった。が、歯医者の診察券を見ると、予約していたのは今日じゃなかった....おかげでずいぶん早く帰宅してしまった。最近魚をあまり食べていないと思い、近所のスーパーで焼き鯖寿司を購入した。が、私の口には合わなかった。小松基地航空祭の帰りに、サンダーバードの中で食べた焼き鯖ずしとは程遠い味だ。まあ、あの時は疲労と空腹で余計においしく感じたのかもしれないが。
2005年01月11日
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近畿で広く信仰されている「えべっさん」うちの近所の神社も恵比寿様を祭っているので、「しょーばいはんじょでささもってこい」(商売繁盛で笹持って来い)の掛け声が聞こえてくる。実家は商売をしていたので私には馴染みのある祭りだ。今年は景気がよくないせいか、かなり混雑していた。賽銭箱を見ると、1000円と思しき紙幣が山になっていた。困ったときの神頼みだ。うちは縁起物屋を買うときに、不景気な面をしていた一軒目を避けて、売り口上が心地よい二件目のところで買った。帰りがけには遠くからでもわかる巨大な縁起物をかついだ人を見たが、大もうけしたのだろうか?とりあえず、一昨年の最悪期は脱したが、去年も実家は今ひとつだった。今年はたのんまっせ。
2005年01月10日
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10代から20代の若者が裏原宿に群がる話。おしゃれとは無縁の世界で育った私には想像の範囲外だ。まあ、彼らがおしゃれに費やしているのと同じくらいの努力をPC関係に費やしたおかげで今の自分があるわけだが。番組がどういう風に持っていきたかったのかは知らないが、みんなしっかりした話し方だったのは好感が持てた。あの福島出身の彼、格好は都会人になっても言葉はまだ残っていたなあ。先月福島に行ったときはみんなあんな感じの話し方だった。...今日はえべっさんに行く予定だったが明日に延期になってしまった。一日だらだらしてしまったなあ。
2005年01月09日
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前に旅先の小さいテレビで見たことがあるが、また最後まで見てしまった。いや~何度見ても面白い。笑いあり、涙あり、感動ありの娯楽作品。ついでに最新の技術をこんなに馬鹿馬鹿しい演出に使ってしまったところがエライ。やっぱり、映画は見た後すっきりさせてもらわないと。
2005年01月08日
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昨日は建物が冷え切って寒かったが、今日は空調が効いているようだ。今日の仕事は社内文書の作文だったが、年明けでまだボンヤリしている頭にはきつい。調子がよければ中身は大した事なくてもいかにも「効果があります」という文章がひねり出せるのだが。基になる資料の内容が頭に入ってこない。明日一日会社に来ればまた三連休だ。あと一日なんとか耐え忍ぼう。(って大げさな)話は変わって、今朝の芸能ニュースによると、俳優さんが狭い道路で車を動かす・動かさないで口論になり、相手を殴ったらしい。相手は数ミリ縫う傷を負ったらしいが、この件では俳優さんの方に同情してしまう。だいたい、公道で洗車していて「どけてくれ」と言われて切れるほうがおかしいと思う。「どけてくれ」と言った口調が高圧的だった可能性もあるけど。また、俳優さんも最近体調が悪かったらしい。有名人は大変だ。
2005年01月06日
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2005年の初仕事の日。前日から準備を整え、いざ出勤。電車はいつもより空いていた。が、札入れを家に置いてきた。会社の中では飲み物は持参しているし、昼食は後払いなので問題ない。だが、会社の外ではそうはいかない。小銭入れの中の残額を確認。600円ちょっと入っている。なんとか吉野家で夕食を食べることができた。その吉野家で、店員に怪しい日本語で話しかけている人がいた。日本の通貨を計算できなかったようだが、大丈夫だろうか?
2005年01月05日
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松嶋菜々子、若いなあ。いまでも十分にきれいだけど。そういえばエレベータの中で心タンポナーデは『ゴットハンド輝』にもあったなあ。あれはゴットハンドの持ち主四宮が目が見えない中でテルの助けを借りて心タンポナーデを決行する話だったが。停電でエレベータの中で閉じ込められる話は『ER』にもあったなあ。とか思いつつ最後までほとんど動かずに見てしまった。PSXで録画しているのに。あ~明日から仕事だ。結局日記も埋まっていない。今日一日正月気分でゲームをして過ごしてしまった。
2005年01月04日
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