春日井市高蔵寺の整体院「空」

春日井市高蔵寺の整体院「空」

2006年01月30日
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カテゴリ: 随想的話題
最近、なんかよくヘコんでいた。

自分を謙虚に見つめなおそうと思ったまでは
良かったが、謙虚が行きすぎて半分くらいは
自己卑下になってしまい、
「俺はダメ人間なのではないか」
という妄想にとらわれていた。

まあ病的躁的全能感に歯止めをかけるには、
「自分を見つめなおす」のもいいものだが、
やりすぎれば、ストップするどころか

なんでもほどほどに。

というか「歯止め」は周りがかけてくれるものだから、
自分で抑えたりする必要なないかもしれない。

自分というのは「忘れる」もので、
「じっくり見つめる」ものではないのかもね。

誰だったか、
「自我を忘れたとき、自己がもっともいきいきと輝いている」
とかいうようなことを言っていた。
うんうん、そんな気がするよ。

さて、表題「いいじゃんか、それでも」。
これはあれですよ、「俗欲」を認めようってこと。


好きだから、どうしてもそっちに傾きがちだ。

要点をつかむのが上手いのはよいのだが、
具体的手法に乏しかったり、極端に「清く」なりがち。

勧善懲悪・純愛・100%。
存在しないものを求めてしまいがちなのだ。


頭に置かないと、非常にストイックでかたくるしく、
自由度の少ない思考に偏ってしまう。

やっぱり基本的にマジメなんだね。

だが、やっぱりそれでは面白みがない。
それで、俗欲も認めようと思ったのだ。
「いいじゃんか、それでも」
やさしい自分が自分にこういったとき、
息がふうっと抜け、胸が軽くなった。

俺が軽視していた俗欲。
「豪邸に住み、いいクルマに乗って、ゴージャスな生活」
「ちょいワルで、ちょいモテ」
「有名になりたい」
「すごいと思われたい」
「カッコイイと言われたい」
「セレブな服装でセレブな場所でセレブな食事」
「出世したい」
「いい大学に入りたい」

まあ本や雑誌にしたら売れそうな感じの欲求ですよ。
俺はこれらをバカにしていた。
「自分は合気道を通じて真理を探究しているのだ。
 俗人はチャラチャラしてればよい」
というのが俺の内心。

でも、そうやって否定してしまうのは
何かもったいない気がしてきた。
別にそんなにカタく考える必要ないじゃんって。

上のような「俗欲」ってのは非常に人間味があって、
可愛らしく、ほほえましいんだよね。
人間の「遊び」、つまり余裕の部分でもあると思うし。
だから素直な「俗欲」ってのはある意味で美しい。

醜いのは、大義や名分に隠された俗欲だよね。
それだけ暴けば、いいんじゃない?

「人は見た目じゃない。中身だ」って
いうけれどアンタ、体がなかったら幽霊だよ。





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最終更新日  2006年01月31日 02時10分07秒
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