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ペットブームの昨今、今年一番の人気なのは「チワワ」だそうだ。その大きな要因は、勿論あの「アイフル」のCMである。ペットショップのケイジの中で小首を傾げ、つぶらな瞳で見つめるあのチワワに魅せられてしまうのは、CMの中のお父さんだけではないだろう。あのチワワ、名前は「クーちゃん」というらしい。飼い主は普通のOLさんなのだが、CMが話題になって以来1日に4~5本も取材を受けることもあるようになったということである。「アイフル」といえば、Webサイトでも密かに話題になっていることがある。「辰田さやか」さんである。「アイフル」のホームページを開くと上部のフレームに女性の画像が現れ、色々な質問に答えてくれるのである。質問用の入力フィールドに質問を書き込むと、それに対する答えが、女性の吹き出し形の表示エリアに表示されるのだ。例えば、「金利について教えて」と入力すると「利率ですね?各商品によって異なりますので、該当する商品名をクリックしてください。」という答えが返ってきて、アイフルの商品名が3つ表示される。これは質問の文章を解析して、質問意図を判断し、それに対する最適な答えを検索するという、かなり複雑な仕組みである。ゲームの「シーマン」と共通するものがある。ためしに「あなたは何歳ですか?」と入力したら「私は1979年2月26日生まれです。何歳になるか計算してみてください。」という答えが返ってきた。「彼氏はいますか?」と訊ねたら「私の理想の男性像は、落ち着いていて、それでいて少年っぽいかわいさも持ってる人ですね。それから誠実な方が良いですね。」とはぐらかされてしまった。「今日の天気は?」と訊いたら「サイトの中にいるので、お天気のことはよくわからないんです・・・」だって。本来はアイフルの商品システムや利用方法などの疑問に答えるために用意した仕組みだが、それ以外の質問にもある程度対応して楽しませてくれる。ちょっと「オヤジ転がし」が上手なOLのようでもあるけど・・・興味があったらお試しあれ。アイフル
2002年11月30日
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今日のお昼は日比谷、飯野ビルの地下にある「SOUP DELI」というミールスープの専門店に行ってみた。このお店、11月はじめに参加したキャンプで知り合ったご夫婦の奥様がお勤めなのである。飯野ビルは私が仕事している神谷町のテレビ局からチャリで10分足らずの場所、帰り道の寄り道程度の距離である。そして、私の仕事が終わるのは丁度お昼頃。仕事帰りに一度行ってみようと思っていた。キャンプの帰りの車で伺った話では、ほとんどが女性客で男性一人では入り辛い雰囲気、とのこと。まさにランチタイム、実際お店の前まで行ってみると女性のグループ客ばかり、私一人で入るのは躊躇われた。店頭でテイクアウト用のランチセットを販売していたので、サンドイッチランチ(600円)を買った。飯野ビルの通りを隔てた隣は日比谷公園である。今日は天気も良いので公園ランチと洒落込むことにした。「SOUP DELI」は毎日日替わりで4~5種類のスープを用意しているお店、今日のランチセットは「じゃがいものポタージュ バニラ風味」だった。ハムとチーズとフレッシュレタスのボリュームあるサンドイッチと、やさしい味のポタージュスープを日比谷公園の噴水広場のベンチで堪能した。(デザートのプリン付)自分としてはちょっと優雅に(傍目にはそうでもないかも)公園ランチを楽しで、また、自転車に跨って事務所への帰途に。日比谷公園からお濠を一つ越えると今度は皇居外苑がある。こちらは芝生の広いスペースがあり、芝生の上でくつろいでいる人が結構多い。公園ランチを楽しむなら、この芝生の方が良かったなと思った。次回は皇居外苑にしようッと。
2002年11月29日
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今日もいつものように正午頃、仕事の帰り道、チャリンコで皇居のお濠端(歩道)を走っていた。大手門と平川門の中間ぐらいの所、ちょうど気象庁の前あたりで、反対方向から来た自転車とすれ違う形となったのだが、相手がどういう軌道を取ろうとしているのか読めないないのである。歩道は充分な道幅があり、私は車道側の端を走っていた。相手は歩道の中央を走っていたので、お互いそのままの軌道を走れば、何の問題もなくすれ違えるはずだった。ところが、相手が徐々に車道側に寄ってきたのである。その距離10メートルを切ったあたりであった。私は車道と反対側に進路を変えてかわそうとしたのだが、相手はその時点ではじめて私の存在に気づいたのか、急に私と同じ方向にハンドルを切った。これはもうすれ違うことはできないと思い、私はブレーキをかけて止まった。そこに相手の自転車が真正面からぶつかって来た。前輪同士がほんの15cmぐらいの間隔ですれ違い、チャリの前の籠同士がまともにぶつかった。こちらは止まっていたし、相手もさほどスピードを出していなかったので、たいした衝撃はなかった。その証拠に私のチャリの針金の籠も、相手のプラスチックの籠も全く破損、変形していなかった。しかし相手はそのまま横転してしまったのだ。相手は20代後半くらいの女性、スーツ(スカート)姿のOL風。私は咄嗟に「すみません」と言ったが、どう見ても突っ込んできたのはお前の方だろう。この時間帯、昼休みに皇居の周りをジョギングしている連中がけっこうて、その中の2人が近寄ってきて女性に「大丈夫ですか?」とか声をかけている。なんとなく私が相手を転ばせたような構図になっているのである。少なくとも、すれ違えないと分かった時点で止まる意思があれば充分に止まれる速度だったし、仮に止まりきれなくても、足をつけば、あの程度の衝撃で転ぶことはなかったはずである。ところが彼女はぶつかる瞬間までペダルを漕いでいたのだ。こういう人は人混みでも歩行者にぶつかりながら走るんだろうな・・・なんとなく私が加害者にされたような理不尽さを感じながら、彼女が起き上がるのを待って「大丈夫ですか?」と声を掛ける私であった。
2002年11月28日
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TVゲーム、特にRPGに興味のない方にはあまり関係のない話かも知れないが、きのう、あの「スクウェア」と「エニックス」が来年の合併を発表した。「スクウェア」といえば「FF」こと「ファイナル・ファンタジー」シリーズでRPG界を常にリードしてきたゲームソフトメーカーである。そして「エニックス」は日本でRPGという分野をメジャーに押し上げた不朽の名作「ドラゴン・クエスト」シリーズを生み出した会社である。ゲームソフト界の2大巨頭の合併は、例えるなら、トヨタと日産の合併? サントリーとニッカの合併? 吉野家と松屋の合併? (ちょっと違いました。ゴメンなさい)しかし、この2社の合併、「メリットよりもリスクの方が大きい」という批判が結構多い。両社の代表作である「FF」と「ドラクエ」は、それぞれ独自の路線で進化しており、それぞれのファンを獲得している。この2作の統合はまず考えられず、今まで通りのスタッフでそれぞれの開発を進めることになるだろう。また、両社の経営姿勢もかなり違いがある。スクウェアがハイリスク・ハイリターンのバクチ的経営なのに対して、エニックスは堅実な経営姿勢を崩さずにきた会社である。合併後、どちらが主導権を握るかで、RPGの2大シリーズのどちらかが姿を消してしまう可能性があるのではないか?近年、日本が世界を圧倒的にリードしている産業分野は、コミック、アニメ、そしてゲーム-ソフトである。これらはちょっと前まで、「オタク」と呼ばれる人種のジャンルだった気がするが、インターネットの普及によって、それまで「オタク」と呼ばれていた嗜好が、さほどアンダーグランドではなくなり、世界に誇れる産業にまで発展したのである。このゲームソフトの中でも日本を代表する2大RPG「FF」と「ドラクエ」、今後も上手に発展させていっていってほしいものである。ちなみに、初代ファミコン世代の私は「ドラクエ」派だった。
2002年11月27日
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大晦日恒例「NHK紅白歌合戦」に、今年は中島みゆきの出場が決まった。今年、人気を博したNHKのドキュメンタリー番組「プロジェクトX」のテーマ曲「地上の星」が選考の理由だ。デビューは1975年の「アザミ嬢のララバイ」で、その年暮れの「時代」で大ブレークした中島みゆきだから、実にデビュー27年目にしての紅白初出場である。この世代のシンガー・ソングライターと言われて歌い手たちは、テレビに出ないことを一つのアイデンティティにしていたようなところがあったが、30年前後の時が流れる中、いつの間にかみんなテレビでお馴染みなってしまっている。吉田拓郎、井上陽水、ユーミン、松山千春などなど・・・そういえばテレビに出ないほうが良かった小坂明子なんてのもいたな。ところで、最近のトヨタ「カローラスパシオ」のCMで、どこかで聴いたことのある曲だなと思った曲があったが、よくよく考えたら中島みゆきの「悪女」のカバーだった。フランス語なので大分雰囲気が違う。三菱自動車「コルト」のCMでは、「オズの魔法使い」の「Over the Rainbow」が3人のアーチストのカバーで流れている。こぶしを回した「元ちとせ」バージョンと、ジャズテイストな「ユーミン」バージョン、そして、もう一人、男性が歌っているバージョンがあるのだが、それが今日やっと誰なのか分かった。「やまざきまさよし」だった。個性の違う3人に同じ曲を歌わせて作られたこの3パターンのCM、結構好きだったりする。
2002年11月26日
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来年の話で恐縮だが、西武百貨店が2003年は元旦から営業することを発表した。その他の大手デパートも2日から営業するそうだ。子供の頃、お正月の三が日はどこもお店が開いていなくて、街中はひっそりとしていたものだ。その静かな街が、お正月の厳粛な雰囲気をかもしだしていたような気がする。家の近くで唯一開いていた駄菓子屋に、貰ったばかりのお年玉を握り締めて、凧を買いにいってお気に入りの凧を選ぶのが、幼い頃の私のお正月の儀式だった。三が日にはどこの商店も開いていないからこそ、年末には4~5日分の食材や日用雑貨を買い揃えておかなければならないあわただしさがあり、これも年の瀬の風情だったように思える。ところが、いつの頃から年中無休のコンビニが街中に姿をあらわし、足りないものは食材でも雑貨でも大抵のものは元旦から手に入れることができるようになった。2~3年前からは、コンビニに対抗して大手スーパーも正月2日から営業するようになり、年末の「買いだめ」は全く無用のものになってしまった。便利ではあるが、新しい年を迎えた厳粛な雰囲気は損なわれる気がする。そして2003年はデパートまでが元旦から営業である。「小売不況」の中、生き残りをかけた戦略とはいえ、正月の風情が失われていくようでなんとなく寂しい。元旦ぐらいは仕事をせずに心静かに過ごそうよ。
2002年11月25日
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今日の昼、大学女子駅伝が大阪で行われた。私はマラソンや駅伝などの走るスポーツに対して、さほど強い関心を持っているわけではない。せいぜいオリンピックのマラソンを見るくらいである。ところが昨年のこの時期、日曜日の昼間に見るともなくテレビをつけていたら大阪大学女子駅伝を中継していた。特に興味はなかったが、そのままチャンネルを変えずにテレビを点けたまま、他のことをしていたら、突然「玉川大学」という言葉が耳に入ってきた。「玉川大学」は我が母校である。テレビを見ると「玉川大学」と書かれたユニフォームを着たランナーが先頭を走っているではないか。私が在学していた当時の玉大といえば、合唱コンクールやオーケストラなどの文系、特に音楽分野では全国上位にいたものの、スポーツ系はからっきしだったのである。テレビ中継される全国大会の駅伝でトップを走っているなど、我が目を疑う光景であった。そのままテレビに見入ってしまい、後輩たちの健闘を応援していた。結局は最終区で優勝候補の筑波大ともう一校に抜かれ3位に終わったが、今までの玉大からすれば素晴らしい成績である。そして、今日また偶然にもテレビを点けていたら、同じ大学女子駅伝の中継をやっていた。今年も筑波大が強いらしく、先頭は筑波大の独走で、第2集団に玉大がいた。3位を走っていた。ちょっと筑波に追いつくことは難しそうだが、今年は2位になるのでは、と期待して中継を見ていた。世の中そんなに甘くはなかった。後半じりじりと他校に抜かれ、終わってみたら7位。6位までのが来年のシード権を得られるということなので、シード権も逃してしまった。しかし、前半だけとはいえ2年続けて先頭集団で中継に映っていただけでも、私がいた頃の玉大とは違うぞ! がんばれ後輩たち。 来年に期待しているぞ!
2002年11月24日
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昨夜の「金曜ロードショー」で「バック・トゥ・ザ・フューチャー2」をやっていた。1989年の作品だ。1985年の第1作目では、30年前の1955年にタイムトラベルしたマーティが、自分の両親の初デートを手助けするストーリーで、現在(1985年)の町並みやファッションなどと、忠実に再現された30年前(1955年)のそれとの対比が面白かった。昨日放送されていた第2作目では、今度は30年後(2015年)の世界でマーティが自分の子供を助けるというストーリー。当然、前作とは違って2015年の町並みやファッション、トレンドは想像の世界である。しかし、この近未来ものというやつ、いつしか時は流れてその時代に追いついてしまうのである。昔想像した近未来と、実際にその時代になってしまった現実とのギャップが面白いのではないだろうか?バック・トゥ・ザ・フューチャー2の場合まだ10年ちょっと先の話であるが、映画が製作された当時から考えると30年先だった未来の、もう半分以上が過ぎているのだ。例えば、1980年代に大流行していたスケートボードが映画の中で重要なアイテムになっていて、2015年の世界では宙に浮くフーバー・ボードなるスケボーの進化型が流行っていた。あと10年でそんな乗り物が開発されるだろうか?そういえばつい先日「セグウェイ」の予約販売が始まったそうであるが、1980年代には想像しなかった乗り物ではないだろうか。近未来ものといえば、既にその想定していた時代を過ぎてしまったものもある。子供の頃、難解で眠くなってしまった「2001年 宇宙の旅」の2001年は昨年のことである。「謎の円盤UFO」に至っては、UFOが地球を侵略に襲来し、迎え撃つ地球側は月面基地やコンピューター衛星を備えているとしている年は、なんと1990年、今から12年も前の設定である。「鉄腕アトム」が誕生するのは来年であるが、現実はHONDAの「アシモ」がせいぜいである。中には「ウルトラセブン」でウルトラ警備隊が使っていた「相手の顔が映る腕時計型通信機」などのように、ほとんど現実のものになっているものもあるが・・・さすがに「宇宙戦艦ヤマト」がイスカンダルに旅立つ2200年、どうなっているかまでは確認できないけどね。
2002年11月23日
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今日、小室哲哉とKEIKOの結婚式が執り行なわれた。超豪華な披露宴は新高輪プリンスでTBSの独占中継付だ。しかし、私が驚いたのは、挙式がこともあろうに靖国神社であったことだ。どういう歴史認識で、何に結婚の契りを誓い合ったのだろうか?毎年、終戦記念日の前になると、首相を始めとする閣僚の靖国参拝問題が物議をかもし、中国、韓国などのアジア諸国からは猛抗議を受ける。マスコミは、大抵が中国、韓国が反発する「A級戦犯の合祀」の問題をもって「靖国参拝」の賛否を論じるが、それは外国に対する日本政府の歴史認識の示し方の問題に過ぎない。日本国民にとって、首相が靖国参拝することがいかに理不尽なことであるかを論じていない。そして、日本の多くの人たちがそのことにあまりにも無頓着である。戦前戦中、靖国神社がどのような役割を担い、そして、その靖国神社を監督していたのがどこであるかを考えたら、これが一般に神社仏閣やキリスト教の教会などとは全く異質のものであることは明白である。神社仏閣やキリスト教の教会など、一般の宗教法人は現在の文部科学省に相当する教育省が監督官庁だった。しかし、靖国神社だけは、教育省ではなく陸軍と海軍が監督していたのである。そして、森前首相の最大の失言「日本は天皇を中心とする神の国」に象徴される「天皇への忠誠思想」を強化させ、国民を「天皇の軍隊」と化す施設としての役割を担っていたのが靖国神社である。勿論それは天皇自身の意思ではなく、天皇の威光を利用した軍部の政策だったわけであるが、靖国神社はいわば「宗教の皮を被った精神的軍事施設」であり、それはオウム真理教の何じゃらサティアンとほとんど変わらない。あきらかにかの戦争に多大な影響を与えたものの中で、今の日本でその責任を曖昧にしている最大の存在が「靖国神社」であり、戦前の軍国主義の名残を色濃く残しているのが「靖国神社」なのである。そんな旧日本軍の「軍事施設」に、日本政府の最高責任者が参拝することの不自然さを認識していただきたいものである。そして、話を小室哲哉に戻すが、靖国神社を挙式に選ぶ彼の歴史認識はどうなっているのであろうか?出雲大社や伊勢神宮、明治神宮などとはその宗教的意味合いを異にする「靖国神社」での挙式は何を意味するのだろうか?ただ、これを機に、その歴史も知らずに靖国神社で結婚式を挙げるカップルが増えるであろうことは簡単に想像できる。そういう人たちには是非、「遊就館」やその周辺に展示、陳列されている軍国色の濃い展示物の違和感を感じ取っていただきたいものである。
2002年11月22日
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今朝の経済ニュースの特集コーナーは「2003年ヒット予想」と題して、来年のトレンドを占うものであった。IT、マルチメディア系のアイテムや、今年の問題になった食品の安全性を反映した食品などが取り上げられていたが、その中で、東京ドームが後楽園遊園地の隣に現在建設中の温泉施設「LaQua」も取り上げられていた。オリエンタルランド以外の遊園地、テーマパークが軒並み低迷している中で、新たな客層とリピーターを獲得する切り札として、来年5月オープン予定ということだ。ところで、このテーマパークの温泉建設、後楽園だけではない。来年5月の後楽園「LaQua」を皮切りに、豊島園「庭の湯」、お台場「大江戸温泉」と相次いでオープン予定である。後楽園は私の事務所からも近いし、新物好きで温泉好きの私としては来年の夏が待ち遠しくなってきた。
2002年11月21日
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電車の中吊り広告で、マクドナルドのハンバーガ 59円、チーズバーガー 79円、そして11月18日からポテピリチーズバーガー 99円「平日も毎日なっ得バリュー」というのがやけに目に付いた。ちょっと前までは「平日半額」というキャッチコピーで注目を集めていたが、ついに平日と休日の区別をなくしたわけだ。値段も半額から更にプライスダウンしている。以前の「平日半額」は衝撃的コピーだと思ったが、よく考えてみると、1週間のうち5日間は65円で売っていたのに対して、130円で売っていたのはわずか2日なわけだから、基準にすべ平常価格は65円で、「休日倍額」ではないか。しかし、今度は「毎日なっ得」になって、値段も「半額」から「59円」になったのだから、文句の付けようが無い。ついに同業他社の息の根を止める最後の追い込みに入ったという感じもする。途中まで必死に対抗していたロッテリアは、マックの「平日半額」に対して「毎日半額」なんてキャンペーンをやったこともあったが、それこそ「平常価格で売ることの無い半額」というわけのわからない事態になってしまった。そしてついには、値下げ競争から離脱して、「ハンバーガー」から「ハンバーグ」への方向転換を図ったようである。でもハンバーグ定食なら松屋の方に分がありそうだよな。
2002年11月20日
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先日、よく飲みに行くバーのカウンターで自分のボトル、ジャック・ダニエルのラベルを何の気なしに見ていて「おや?」と思ったことがある。ラベルに「75cl」という表記を見つけたのだ。すぐにボトルの内容量が75センチリットルであることを表していると気づいたが、日本ではあまり馴染みのない表記である。お店の人に他のボトルを見せてもらったら、750mlと書かれているものが多かったが、他にも75clと書かれているボトルがあった。日本で「センチ」というと、ほとんどの人が長さ単位だと思っているだろうが、実際には「センチ」は1/100を表す接頭語で、センチメートルのように「メートル」という単位と合わさって初めて「長さの単位」になるのだ。だから当然、cl(センチリットル)やcg(センチグラム)も有り得るわけだ。ところが日本語では「何センチ?」と訊かれたら、それはまず100%長さを訊いているのである。これが「キロ」や「ミリ」の場合はそうでもないのだ。高速道路をドライブしているときに「あと何キロ?」と訊かれたら、たいていは目的地までの距離(km)であるが、「いま何キロ?」と訊かれたら、それは走行速度(km/h)だったりする。「おまえ太ったな。何キロだ?」と訊かれたら、体重(kg)であり、インターネットをやっているときに「このデータ何キロ?」というのはバイト数(kB)である。「ミリ」の場合も長さ以外にも用いられる。「そのタバコ何ミリ?」という場合は、ニコチンやタールの含有量(mg)を訊いていることが多い。蛇足だが、決して「何ニコチン?」と訊いてはいけない。(うちわネタ)「センチ」はもともとはフランス語であるが、英語圏でも同じ語源の「セント」が「1/100」を表す言葉で生活に密着している。アメリカ通貨の「1セント」は「1/100ドル」である。また「割合」を表す「パーセント(%)」とは、「1/100当たり」(1/100で割る、つまり100を掛ける)という意味である。と、ここまで考えて「デシ(d)」という奴の存在を思い出した。小中学校の頃、理科の実験で使ったメスシリンダーの容量などにdl(デシリットル)と表記されていたあれである。1/10を表すこの「デシ」、最近お目にかからないな。ラベルに「7.5dl」って書いてあるボトルないかな~
2002年11月19日
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今夜は獅子座流星群が見えるらしい。獅子座流星群は一年周期で地球に近づくらしく、毎年見えるようだ。条件は去年のほうが良かったようで、今年は去年ほど沢山は見えないらしい。私が担当している経済ニュースの今日のお天気コーナーで仕入れた情報である。そして今夜の天気は快晴で、流れ星を見るには最適だそうだ。そういえば、去年も私は11月19日に別の掲示板で「獅子座流星群を見た」という書き込みをしていた。もうあれから丁度1年が経ったのか。去年は午前2時ごろ、家の前の道路に出て空を見上げていたら、30分くらいの間に10数個の流れ星をみることができた。今年は1時~2時まで起きているわけにはいかないが、4時過ぎでも見えるようなら出勤途中に見ることができるかもしれない。ちなみに、お天気コーナーのキャスター、江連裕子(えづれ・ゆうこ)さん、可愛いです。
2002年11月18日
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プロ野球界はきょうの日米野球最終戦を終えて、完全にストーブリーグに入っていく。結局メジャー相手の日米戦でゴジラ松井のホームランは見ることができなかった。この日米野球、当初(10月まで)はイチロー、大家の凱旋帰国が注目だったはずである。それが11月1日以来、状況は一変した。松井のFA宣言である。知名度と財力で日本球界の頂点に君臨する読売巨人軍、今年は戦績でも頂点を究めたわけだが、その巨人の中でも頂点と言っても良い押しも押されぬ4番打者に成長した松井秀喜がメジャーリーグを目指してFA宣言したことは、日本球界、そしてプロ野球ファンにとって大きな関心事であることは仕方ないこととは思うが、日米戦全てが松井の壮行セレモニーと化してしまったことには、正直うんざりした。ホームランを放ったり、好投してマウンドを降りたメジャーリーガーに、ベンチ裏でインタビューするレポーター達は、皆最後には「松井はメジャーで活躍するか?」といった趣旨の質問をぶつける。もっと彼らのプレーを掘り下げるインタビューや、直接対決した他の日本人選手についての感想などを質問できないかと思ってしまう。そして、今回の日米野球で、日本選手で一番メージャーの注目を集めたのは、松井は松井でも「リトル松井」ことライオンズの「松井稼頭央」だったのもちょっと皮肉である。ところで、一昨年のイチロー、昨年の石井一久、そして今年は松井秀喜がメジャーへ行ってしまうと、今後日本では「名球会」入りする選手が現れることは無いだろうと思えてくる。ご存知の通り「名球会」は、打者なら2000本安打、投手なら200勝が入会条件だが、この数字は打者の場合年間150本のヒットを、投手の場合15勝を14年間続けなければ達成できない数字である。当然超一流の選手でなければ成し遂げられない条件であるが、こういった選手は10年目くらいにはFA権が取得できてしまうのである。すると、名球会に入れそうな実力を持った選手は、入会条件の3分の2ぐらいに差し掛かった頃に、皆メジャーに行ってしまうのではないか?まあ、私にとっては「名球会」はどうでもいいんだけど・・・そういえば、「名球会」の正式名称は「昭和名球会」で、入会条件にもう一つ、「昭和生まれ」というのがあったはずだ。川上や別所などは生涯成績の数字は条件をクリアしているが、大正生まれなので名球会会員ではないのだ。あと3~4年もすると平成生まれの高卒ルーキーが入団するはずだ。そのとき「名球会」はどうなるのだろう。やはり過去のものになってしまうのだろうか。
2002年11月17日
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きのうはアウトドア仲間達との忘年会会場の下見を口実に、naoさん達と浅草橋の「うさぎや」に行った。この「うさぎや」、私の大学以来の友人であるkeiとその彼氏シゲル君が切り盛りしている店である。千葉方面のメンバーが多い集まりなので、浅草橋は地理的にも都合が良いのではないかと思い、忘年会会場に推薦した店である。7時に浅草橋の駅でakiさん、naoさん、あわわさんと待ち合わせてお店へ。1時間ほど遅れてモリさんが合流。ひとしきり飲食が落ち着いたところで、kei、シゲル君とakiさん達をお互いに紹介した。このときkeiがいつものように私のことを名前(苗字ではなく)で呼び捨てに呼んだのだが、これにモリさんがわずかに反応したように思えた。私を呼び捨てにする人物に新鮮な驚きを持ったのではないだろうか。そういえば最近、私を名前で呼び捨てにるす人間が回りに少なくなったような気がした。もともと、私の苗字は日本で三本指に入るほど多いので、昔から名前の方で呼ばれることが多かったのだが、その中で、ごく自然に名前を呼び捨てするのは非常に限られた友人である。私も初対面の相手に自己紹介するときは、当然苗字を名乗るわけで、最初はたいてい苗字を「さん」付けで呼ばれるが、同じグループ内に同姓の人間が何人かいると、自然と下の名前で呼び別けるようになる。私のようなありふれた苗字の場合、必然的に名前で呼ばれることが多くなるのである。しかし、それはあくまでも「さん」付けあるいは「ちゃん」付けであって、呼び捨てで私のことを呼ぶ人間となると、今も交流がある友人ではkeiを含めてほんの数人しか思い浮かばない。この「名前呼び捨て」は長年の友情の証のようで、嬉しかったりする。しかし、この歳になると、新たに知り合った人と「名前呼び捨て」で呼び合うようになるのが難しいように思える。それは、一つ間違うと単なる「馴れ馴れしい奴」になってしまいそうな気がするからである。また、歳を取れば取るほど、当然のことながら知り合う相手が年下の場合が多くなり、相手が自分を呼び捨てにすることは無くなることもあるだろう。20数年来の付き合いのkei、10数年来の知り合いのモリさん、そして今年知り合ったakiさん達、みんな私の大切な友人であるが、私を呼ぶ呼び方の違いに、そんなことを感じた日であった。
2002年11月16日
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友人のモリさん、naoさんのホームページに触発されて、日々感じるところを文章に残してみようと思った。ムラな性格の私だけに、どの程度の頻度で更新するか疑問ではある。そして今日が記念すべき第一回目である。小泉首相が訪朝して早1ヶ月。新聞やテレビに「拉致」という言葉が上らない日はなかったであろう。そもそも「拉致」という単語、我々の日常生活ではそう頻繁にお目にかかるような言葉ではなかったはずだ。少なくとも10数年前までの日本は、世界一治安が良い国だったのではないか。この日本の安全神話をゆるがせたのが約10年前に起きた「オウム真理教」による一連の事件だ。そしてこの「オウム事件」以来「拉致」「監禁」というおぞましい単語がマスコミを賑わす頻度が増えたのではないだろうか。しかし、北朝鮮による拉致事件はその更に15年も前に起こっていたのだ。ところで、幼い頃、私が親の言うことを聞かないと、母親に「言うことを聞かない子は人さらいに連れて行かれるよ!」と、よく脅されたことを覚えている。特に夜、子供の就寝時間を過ぎも寝ないでいると「人さらいが来るよ」と言われ、丁度9時ごろ家の近くを通る屋台のチャルメラの音を、人さらいが悪い子を探しているのだと教えられた。その後発売された明星食品の即席ラーメンのCMで、あのラッパの音が「人さらい」でないことは分かったが、当時は「人さらい」というものに漠然とした恐怖を持っていたものだ。もちろん母は子供の躾の方便として架空の「人さらい」を持ち出していたのだが、世界一の治安を誇る法治国家であったはずの日本で、実際に北朝鮮は「人さらい」行為を行っていたのだ。
2002年11月15日
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