2019
2018
2017
2016
2015
2014
2013
全25件 (25件中 1-25件目)
1
缶コーヒー『ジョージア』のCMはダウンタウンの浜ちゃんを中心に吉本タレント総出演といった感じでシリーズ化されている。当初は坂本九の「明日があるさ」をウルフルズがリメイクした曲をバックに構成されたCMが人気を博した。40代半ば以上の人にとっては坂本九の曲は懐かしく、若者にはウルフルズらしいテイストの曲は新鮮だったのだろ。また、浜ちゃんをはじめ、東野幸治、ココリコ、藤井隆など、そうそうたるお笑い芸人が贅沢に出演していることも人気の一因であろう。CMのヒットに乗じて、そのままテレビドラマ化、映画化までされる始末である。吉本芸人に混じって、なぜかこのCMに出演している仲間由紀恵は、吉本所属と勘違いされて困惑しているようであるが・・・最近のバージョンでは有名スポーツ選手がゲスト出演するようになった。昨年後半から格闘技界の話題を総ざらいしたボブ・サップが街中を暴走しているのを中川家の兄ちゃんが止めるというやつである。そして今日、ジョージアの新CMが発表になった。今度はサンフランシスコ・ジャイアンツを退団した新庄が出演している。どしゃ降りの雨の中、段ボール箱を運ぶ浜ちゃんたちが、雨の中ランニングしている新庄とすれ違うというもの。そしてなぜか謎の男・松ちゃんが新庄にタオルを渡し親しげに話している・・・ 相変わらず贅沢なキャスティングである。ただ、唄が「明日があるさ」から和田アキ子の唄に代わってしまったのが残念である。最近の和田アキ子の唄は好きになれないので・・・
2003年01月31日
コメント(0)
携帯電話は日々進化していく。10年ぐらい前に放送された「古畑任三郎」をビデオで見ていたら、犯人役の小堺一機がタバコの箱を2つつなげたぐらいの大きさの携帯電話を鞄から取り出すシーンがあった。初期の携帯はこんなにも巨大だったかと感動すら覚えた。当然ポケットに収まる大きさではなく、鞄で持ち歩いていた。小型化という点でも進化しているが、機能面でも次々と新しい機能が付加されていく。メモリー、時計、アラームなどの機能は有ってあたりまえ、携帯を目覚まし時計代わりに使っている人も少なくない。そして、携帯がヘッドホンステレオ代わりになったり、メールが送れたり、写真が撮れたりと、本来、何に使うものだったか分からなくなりそうである。そして、昨日、ドコモの「N504iS」がこの寒い季節にはありがたい「カイロ機能」を搭載していることが判った。懐に入れておくととっても暖かい・・・ というのは冗談で、バッテリーと電流制御部分に不具合があり、発熱することが発覚したのだ。場合によっては100度近くまで加熱することがあるので、危険である。「N504iS」は販売中止。すでに販売してしまった84万台に関しては、2月中旬からバッテリーの交換を行うそうである。該当の機種をお持ちの方は、販売店に確認してみることをお勧めします。
2003年01月30日
コメント(4)
今週の月曜日の国会答弁で、小泉総理の「この程度の公約を守らなくてもたいしたことではない」というお粗末な発言が問題となった。当初は強気に「マスコミは発言の部分的なところだけを取り上げていて、全体の流れの中では問題ない発言」と言っていたが、今日、「不適切な発言だった」と謝罪した。謝罪はしたが「撤回はしない」というところが負けず嫌いの小泉さんらしい。一度口に出してしまったことは、撤回しても仕方がないということなのだろう。この「失言」、月曜日の国会で民主党の菅代表の挑発にのって、思わず口走ってしまったもので、菅直人氏は「1勝した」などと有頂天になっている。菅代表が追求したのは、「8月15日の靖国参拝」「今年4月のペイオフ解禁」「国債30兆枠」の3つの公約を破ったことについてであるが、それって矛盾していないか。そもそもこの公約、「国債30兆枠」以外は国民とは関係ない次元での公約、一般国民に向けた公約ではなかったではないか。靖国参拝は小泉さんが自民党総裁選のために遺族会系自民党員の支持を取り付けるための交換条件であり、一般国民には何のメリットもない。むしろ中国、韓国などのアジア諸国の反発を買い、国益を損ねるものになりかねない。実際、この1月の靖国参拝の直後、川口外相が韓国でドタキャンされる事態を招いているのである。与党の中でも公明党からはかなり強い反発があり、自民党内にさえ反対意見を持つ者がいるぐらいである。当然、野党の民主党は大反対だったはずだ。「ペイオフ解禁」も似たようなもので、アメリカの圧力で「金融ビッグバン」などといっていた延長上のもの。国民や国内銀行のための政策ではない。こちらも野党は揃って反対していたはずではないか?自分たちが反対していた公約が頓挫したら、今度は「公約違反」だというのはどういうことなのか?民主党・菅直人は首相に8月15日に靖国参拝してもらいたかったのか?この4月にペイオフ解禁するべきだと思っていたのか?そんなことより、この3つの公約違反追求の前に質問していた「アメリカが単独でイラク攻撃に踏み切ったら、日本はどうするのか」に対する「そんな仮定の話には答えられない」という答弁の方がよっぽど重大な失言ではないか。未来、将来のことを仮定、想定しないで政治ができるわけがない。「仮定の話」ができないようでは政治家失格である。例えば、「このまま少子高齢化が進めば、10年後には年金財政が破綻するので、消費税率の引き上げもやむを得ない」と言う場合の「このまま少子高齢化が進めば」は「仮定の話」ではないか。どの程度の確立でその事態がありうるかを考えて、しかるべき対策をこうじるのが政治である。「仮定の話」ができないような人間が総理大臣では、この国の未来はどうなるのだろう。そして、「仮定の話には答えられない」などという答弁にすごすごと引き下がってしまう野党第一党の代表もヤバイぞ!!!
2003年01月29日
コメント(0)
富士通のパソコンFMVのCM、いつの頃からか木村拓哉と岸部一徳のシリーズものになっている。私が覚えている一番最初のCMは、キムタクがファミレスでノートパソコンを使って、彼女とのデートを残業でキャンセルするメールを書いていると、背後からパソコンを覗き込んでつぶやく男(岸部)がいる。「残業なんてすることないさ」「会社は何もしてくれない」「会社は家族とは違う」などと会社に対して恨みがましいセリフをいう。「だから誰なんすか!」ブチ切れるキムタク。というやつ。続いて、やはり場所はファミレス。キムタクがノートパソコンを開きインターネットでの株取り引きをしていると、「インターネットで株ですか?」と背後から不意に声をかる男。びっくりして振り向くと、またしてもパソコンを覗き込んでいる岸部。「僕はやり手ビジネスマンですって言ってるわけだ」「で、私のことは落ちこぼれサラリーマンだって言うんだ」「インターネットができれば偉いわけ?」と嫌味をいう。またまたブチ切れるキムタク「だから言ってないでしょ!そいうこと!!」今度は道端。小脇に抱えるモバイルパソコンのメール着信を無視して歩くキムタクに、またしても岸部が話しかける。「着信ランプがついているのに、なぜメールを見ないんだ?」「部長からだったらどうするんだ」。逃げるように走り出すキムタクに、「請求書のミス」とズバリ指摘する岸部。キムタク、またしてもブチ切れ、今度は逃げる岸部をキムタクが必死で追いかける。次は、テレビ電話か動画メールで実家の父親(原田芳雄)の映像を見ているキムタク。しかしなぜか父親の隣に岸部がいて、親しげに話している。しかも「礼儀に欠けている」だの「態度が悪い」だのと自分の悪口をいう岸部と、恐縮しきりの父親に驚愕するキムタク。そして、前回、父親の映像を見ていたのとは違う部屋、おそらく実家に帰ったキムタクが、自室でMr.マリックの「超魔術」を見ている。マジックの種あかしというときに突然の腹痛。パソコン抱えて階段を駆け下り、1階のトイレのドアを開けると、新聞を持ってトイレからでてくる岸部と鉢合わせする。「うちの便所で何やってんの?!」と訊ねるキムタクに「何言ってんだ、君は。失礼な。」と、エラそうな岸部。便意に耐えながら思わず「すいません」と謝ってしまうキムタク。また、岸部が自分で編集したDVDをキムタクに見せるやつもあった。場所はセルフサービスの食堂である。DVDに写っているのは岸部が犬の躾をしている映像。そしてその犬の名前が「タクヤ」。「タクヤだよ。何にもできないんだよ」などという岸部にムッとするキムタクというやつ。そして、最新のCMがオンエアーとなった。今度は、自分の子供の頃のビデオをパソコンで整理しているキムタク。幼稚園児くらいの頃の自分の映像に「小っちぇー、おれ」「よくこんなの撮ってたなオヤジ」などと見入っていると、またしても「なにしてるんだい?」と突然現れる岸部。木村「昔のビデオの整理ですよ」岸部「ホームサーバーに入れて楽しもうってわけだ」木村「もー本当にほっといてください!マジで!!」「君も小さい頃は可愛いじゃない」と画面を覗き込む岸部を「うるさいなー!帰ってよ!!」とキムタクが追い払おうとしているとき、ビデオの映像の中では「おじさん!おじさん!」と叫びながら子供が草原を走って来るシーン。黄色いベストに白のベルボトムという時代を感じさせるいでたちの男が子供を抱き上げ、カメラがパーンしてその男の顔がアップになる。なんとザ・タイガース時代を髣髴させる長髪の岸部なのである。「何だコリャー!!」とパニクるキムタク。「ちょっと待ってよ!!ここに映ってんのアンタでしょー」・・・・衝撃的なシーンであった。初めてこのCMを見たときには感動した。そして、何度見ても笑ってしまう。このCM、15秒バージョンと30秒バージョンがある。テレ朝でニュースステーションの後にやっている富士通提供の「世界の車窓から」では30秒バージョンがご覧になれます。
2003年01月28日
コメント(2)
今日、お年玉付き年賀はがきの当選番号を確認した。先週の日曜日19日に抽選会があり当選番号が発表されていたのだが、確認するのをずるずる先延ばししていたのだ。今年戴いた年賀状のうち、お年玉付きは73通、そして当選は4等・お年玉切手シートが3通当たっていた。4等の当選番号は下2桁が「18」「51」「74」の3通りである。100枚中に3枚の確率だから、73通中3枚はまあまあ良好な成績だ。私が出した年賀状も100通で連番だったから、3人は4等当選を受け取ったはずである。去年は確認するのを忘れて、賞品引換期間を過ぎてしまっていたが、後で調べたら4等が1通だけ当たっていた。ちなみに、今年の賞品と当選番号は、1等:ノートパソコン、液晶テレビ、洗濯乾燥機、マッサージいす、電動駆動補助力付自転車から選択 123149、5157112等:デジタルカメラ、DVDプレーヤー、空気清浄機、電子辞書、高級万年筆、ふるさと小包6個から選択 下5桁 519503等:ふるさと小包1個 下4桁 5580、98634等:お年玉切手シート 下2桁 18、51、74賞品引換期間は7月22日までである。まだ調べていない方はご確認あれ。
2003年01月22日
コメント(0)
料理の「さしすせそ」。煮物料理などの味付けに使う調味料の投入順序のセオリーである。「さ」は砂糖、「し」は塩、「す」はお酢、「せ」は醤油(せうゆ)、「そ」は味噌である。例えば、砂糖と塩と醤油を使う煮物であれば、最初に砂糖を入れ、次に塩、そして最後の醤油で味付けると、しっかりとした味付けの煮物ができるということである。この「さしすせそ」、昔から料理の定石として伝えられているが、昔の人は科学的知識なしに、経験からこのセオリーを身に付けていた。しかし、この順番には科学的根拠がある。まずは醤油と味噌であるが、この二つは共に大豆に塩を加え、醗酵させたものであり、塩がベースにあるわけだが、大豆のたんぱく質分解した旨み成分が含まれている。この成分は熱によって風味が失われ易い。従って、長く加熱することは避けるべきで、この二つが後にくるわけだが、特に香りが損なわれ易い味噌が一番最後なのである。お酢は糖質を醗酵させたもので、米酢、穀物酢、果実酢など原料は色々ある。基本的にはアルコールの作り方とほとんど変わらない。昔から「酒があるところには必ず酢もある」と言われている。主成分は酢酸である。この酢酸も熱によって揮発するので砂糖や塩より後の投入となる。問題は砂糖と塩の順番の必然性である。どちらも純粋に精製されたものには風味はないのだが、別の理由でこの順番でなければならない必然性があるのだ。それは分子の大きさである。塩はNaCl(塩化ナトリウム)であり、ナトリウム原子と塩素原子が1対1で結合して塩の分子になっている。それに対して砂糖は炭水化物と言われることからも炭素と水素で構成されていることがわかるが、これはたくさんの炭素と水素の原子が絡み合い、亀の甲型の複雑な分子構造を作っている。当然、1つ1つの分子の大きさが全然違うのである。煮物の食材に味が付くのは、煮汁に溶けている砂糖や塩の分子が食材の繊維の隙間に入り込むことによるのだが、その分子の大きさに違いがあるために、塩が詰まってしまった隙間には砂糖が入る余地がないことになる。例えば塩の分子をパチンコ玉とすると砂糖分子はバレーボールよりも大きな粒になる。マンホールのような穴にバレーボールをぎっしり詰め込んでも、ボールとボールの隙間に後からパチンコ玉を流し込むことはできるが、先にパチンコ玉をぎっしり詰めてしまった場合、後からバレーボールを入れることはできないということなのだ。そのため、先に塩味をつけてしまった食材に、後から砂糖を加えても、甘みは食材の表面に付くだけで中までしみこんでくれないのである。まあ、こんな難しいことを考えなくても、「さしすせそ」と覚えておけばいいことなんだけど・・・
2003年01月21日
コメント(1)
ついに今日、平成の大横綱・貴乃花が引退を決意した。今場所、4勝3敗1休(3敗のうち1つは不戦敗)。二日目、取り直しとなった一番で左肩を脱臼したが、2日休んだだけで強行の再出場。もともと膝の怪我が完治していない状態での出場に加えて、左肩が動かない、まさに満身創痍なのだから、いかに強い横綱といえどもいたしかたない成績だと思う。相撲という競技、もちろん「日本の国技」であるが、プロスポーツでないのか?という疑問が沸いてくる。例えば、プロ野球であれば、試合中に怪我をおった場合公傷扱いとなり、怪我が完治するまで出場選手登録は抹消されるものの、怪我が治るまでの給料は保証される。そしてそれが有力な選手であればあるほど、怪我が完治するまで無理をさせないのが普通である。ファンに人気がある選手には、できるだけ選手生命が長続きするような措置を採るのが普通である。しかし相撲界だけはそうでないらしい。相撲界のしきたりとか面子が優先されるようである。怪我が治っていなかろうが横綱が長い間休場することは許されないということなのだろう。ファンは怪我でボロボロな状態の横綱でも出ていれば良いと思っているだろうか?それよりも、怪我が完治して万全の状態の強い横綱を見たいのではないだろうか。しきたりや面子というと、もう一つ思い出すのが、大阪場所で大阪府知事が表彰状を渡したいと言ったら、女性が土俵に上がることは許されないと拒否されたことだ。融通のきかない前時代的印象を受けたものだ。
2003年01月20日
コメント(1)
私は、食べ物に関してほとんど好き嫌いがない。というか「好き」はあるが、「嫌い」はないのである。口にすることができない食材は無いと言っていい。ただ、ダメな食材が一つあるのだ。それは「牛乳」である。牛乳が嫌いというわけでもない。ただ、冷たい牛乳を飲むと、お腹がゴロゴロするのである。20代半ばくらいまでは何の問題もなくゴクゴク飲んでいたのだが、いつの頃からか牛乳を飲むと下痢をしてしまう体質になってしまった。温めた牛乳や加熱する料理に使われているものは全く問題ない。雪印が「アカディー」というゴロゴロしな牛乳をだしている。(今は日本ミルクコミュニティのMEGUMILKになっているが)こいつは大丈夫なのだが。今朝、久しぶりに冷たい牛乳を飲んでみた。なんとなく牛乳を飲みたい気分だったのだ。しかし、やはり15分後にはお腹に異変が現れ始め、20分後にトイレへ。そして今日1日、お腹の調子が復旧することはなかった。しばらく冷たい牛乳を飲んでいなかったので、もしかしたら体質も変わって、大丈夫になっているのではないかと期待していたのだが、全然ダメたった。この苦しさを考えると、やはり牛乳は飲めない。雪印の食中毒事件以降、雪印製品を極力買わないようにしていたため、アカディーも飲んでいなかったのだが、明治や森永、小岩井などでも「ゴロゴロしない牛乳」をだしていただけないだろうか。
2003年01月18日
コメント(2)
今日は昔の会社の同僚、川又と新宿で飲んだ。新宿といっても、南口から甲州街道を渡って一本裏通りに入った店だったので、正確には渋谷区代々木になるのだが。お店の名前は「クライネ・ヒュッテ」、ドイツのビヤホールのような店である。以前は西新宿にあった店だが、10年ほど前に甲州街道の反対側に店を移したらしい。二人でカウンター席に着き、ドイツビールを注文するとふた付きのジョッキで出てきた。それだけでちょっと嬉しかったりする。ドイツ料理というと、ソーセージぐらいしか浮かばないのだが、あえてソーセージは外して、「今日のお薦め」と書かれていた「牛肉のスパイシーステーキ」や「ピクルスの盛り合わせ」などを頼んだ。川又は、会社勤め時代の3年後輩にあたるが、歳は1つしか違わない。私には飄々としたこの男がけっこう付き合いやすく、会社を辞めたあとも時々誘い出して一緒に飲んでいる。また、酒や食べ物にもこだわりを持っていて、そういうところも一緒に飲みたい理由となっている。以前、黒姫の別荘で「日本酒に合う料理」というテーマで二人で料理を作り合ったこともある。川又君、今度は私の事務所で池下が買ってきてくれた「いしる」を使って鍋でもやろう。(「いしる」は能登半島で造られている魚醤です)
2003年01月17日
コメント(0)
「癒し系」という言葉が生まれて、6、7年経つだろうか。私の記憶が間違っていなければ、缶コーヒー『ジョージア』のCMで、飯島直子が疲れたサラリーマンに向けて労わりの言葉をかけるものがあった。そのCMで飯島直子が「癒し系タレント」と呼ばれるようになったことから「癒し系」という言葉が流行語になったように覚えている。バブル崩壊で出口の見えない平成不況が5、6年目に差し掛かった頃のことだろう。その後、ヒーリング音楽やアロマテラピーなど、癒しグッズが人気を集めるようになった。しかし、最近は「癒し系」という言葉が乱発されすぎていると思わないか? あごひげアザラシのタマちゃんやノーベル賞の田中さんを「癒し系」というのはどうだろう。タマちゃんのしぐさに癒されるというのであれば、それはあごひげアザラシのしぐさに癒されているのであるから、多摩川や鶴見川などではなく、動物園や水族館へ行けばいいのだ。タマちゃんが人気になったのは、本来いるはずのない所に出没したからであり、そこに行っても必ず姿を見ることができるとは限らない、今度はどこに現れるだろうというワクワク感からではないだろうか。田中さんにしても、ノーベル賞という偉大な功績を除けば、どこにでもいる小市民といった感じではないだろうか。芸能界で言うところの「素人さん」が、ノーベル賞のおかげで突然メディアに露出するようになって、本人も戸惑っている光景を日本国中が楽しんでいるように見える。それが「癒し」と言えるのだろうか。「癒し」という言葉、私が持っている「角川 最新国語辞典」には載っていない。おそらく「癒す」という動詞を名詞に変化させた新語と思われる。「癒す」とは、病気や怪我を治すとか、苦しみや悩みを和らげるといった意味である。総じてマイナスをゼロに戻すというような感じの言葉である。そろそろ原状復帰に甘んじるのはやめて、さらに楽しく、さらに元気なプラスに向かうような時代にしようではないか。
2003年01月16日
コメント(2)
またまたシオジイの軽率な発言から、旧正田邸の解体工事が今日から始まることが知れ渡り、「旧正田邸宅を守る会」の猛烈な阻止行動により一悶着あった。旧正田邸とは、もちろん皇后さまのご実家であり、お父上・正田英三郎氏の死去に際して、99年に相続税として国庫に物納されたものである。皇后さまのご生家ということもあり、国民感情としては残せるものなら残して保存してほしいという気持ちは当然のことだろう。しかし財務省としては、何が何でも取り壊したいらしい。昨年末、小学校の校舎を強引に建て替えようとしたどこかの町長とオーバーラップしてしまうのは私だけだろうか?物納された物件は、最終的には競売にかけ、その売却益が相続税として財務省に入るわけだが、居住可能な住宅であれば、建物ともども競売の対象になるはずである。旧正田邸の場合は老朽化が進んでいるため、現状のままの居住は不可能と判断し、更地で競売にかけるとしたようであるが、居住できなくても現状のまま売却したほうが高値で落札されたのではないだろうか。品川区は跡地を記念公園にする方向で買い取る意向を示しているそうだが、財務省が取り壊しを決定しなければ、記念館として残すという選択肢もあったのではないだろうか。また、民間の企業・団体などがもっと高値で買い取る可能性だって否定できないのではないだろうか。財政難の政府・財務省は早く換金しいのだろうが、取り壊す前に競売にかけるという選択がなぜできないのだろう。それで買い手が付かなければ、更地にするのはそれからでもいいはずだ。
2003年01月15日
コメント(0)
昨日は成人の日。ここ数年、成人の日の式典で、破目を外して悪ノリした新成人の無分別な所業がニュースを賑あわせたが、今年はさほどのことは無く終わったようである。しかし、モラルの低下ということでは、私の世代には考えられない状況のようである。杉並区では、ノーベル賞を受賞した小柴教授の記念講演が成人式のイベントとして開催された。通常、このような公演では、主催者側が依頼したカメラマンは別として、公演中に聴講者がむやみに写真を撮るというのは、演者に対して失礼に当たると思うのだが、昨今の若者にはそういった常識は通用しないようである。しかも、そのほとんどが「カメラ付き携帯電話」での撮影である。なんとも軽いノリに見えてしまう。むしろ、一眼レフカメラに望遠レンズでの撮影の方が、まだ誠意を感じられるというものだ。壇上の小柴教授は、会場を埋めた若者たちの1/3ぐらいが右手に持った携帯電話を顔の前にかざしている光景を、どんな気持ちで眺めていたのだろう。ノーベル賞受賞者の記念講演が、お手軽カメラ付き携帯の撮影会と化してしまう状況はなんとも嘆かわしい気がする。つい先日、CXの朝のワイドショー番組「とくダネ!」で小倉智昭が、街中で「写真を撮らせてください」というファンに快く承諾したら、いきなり携帯電話を向けられて少しムッとしたと言っていた。携帯電話に付いているカメラ機能は、解像度としてはかなり粗末なものである。ファンだと言いながらその程度かよ、といった感覚だろう。「サインしてください」と言って、ありあわせのチラシの裏紙とボールペンを差し出すような無礼な行為に思える。カメラ付き携帯電話は確かに便利なツールであり、写メールなどは仲間内のコミュニケーションに新しい可能性をもたらすものであるが、TPOをわきまえていただきたいものである。
2003年01月14日
コメント(0)
正月も松の内を疾うに過ぎたというのに、いまさら「転居先不明」で戻ってくる年賀状がある。今年は100枚出したうち、現時点で5枚が戻ってきてしまった。今までにない高確率だ。年々この「転居先不明」が増えてきている。そして5枚中4枚は、相手からの年賀状は去年と同じように届いており、去年はこちらから出したやつも届いているのだ。いただいた年賀状に記されている先方の住所を見ると、確かに私が書いた(パソコンで印刷した)宛先と住所が違っている。去年の年賀状を探して見てみると、去年からすでに住所が変わっていたのだ。そうなのだ、私は昨年も間違った住所に送っていたのだ。昨年は引っ越して半年以内だったので、転居先に自動的に転送されていたのだ。去年いただいた年賀状をよく見ると、住所の下に「XX月に引っ越しました」などと書いてあるものがいくつかあった。パソコンの住所録管理ソフトを使うと、一度入力してしまうと安心して、住所が変わったときに更新を忘れているパターンが多いようだ。別途、転居の通知はがきを受け取っているものについては、その都度更新していたのだが、年賀状でついでに「引っ越しました」っていうやつは見落としていた。そういえば、住所録ソフトを使うようになってから、「転居先不明」が増えたような気がする。それ以前は、前の年の年賀状を引っ張り出して、それを見ながら宛名書きをしてたもんな~
2003年01月13日
コメント(0)
毎年1月の第2日曜日に、私の両親が楽器を教えている生徒たちの年に1度の発表会を開いている。今日がその日であった。題して「新春ホームコンサート」、今年が20回目となる。数年前、成人の日が第2月曜日になってからは、必ず3連休の中日になってしまうのである。わが家から車で10分ほどのところにある、「クロスクラブ」というのが会場なのだが、この「クロスクラブ」、一般民家の広間と庭をパーティーなどのイベントに貸し出している、ちょっとユニークな会場である。第1回目からここをお借りしている。妹が嫁いでからは、埼玉の幼稚園(嫁ぎ先)で妹が教えているピアノの生徒も合流して、はるばるやってくる。発表会の内容はというと、今年はピアノが12人、クラリネット2人、バイオリン6人、ビオラ2人の全部で22人の生徒が、この日に向けて練習した曲目を演奏するのであるが、大半が幼稚園児と小学生で、親御さんに日頃の成果を見ていただくのが目的である。他人が聴くにはちょっとばかり辛い演奏であるが、親御さんたちはビデオカメラなど構え、喜んでいただいているようだ。この「新春コンサート」、わが家にとっては一家総出の一大イベントで、私や弟も荷物運びやカメラマンとして駆りだされのである。昨年からは、今年幼稚園の年長になる妹の子供たち(双子)が、バイオリンの発表で参加するようになり、おじいちゃん、おばあちゃん(私の両親)は目を細めている。親父は現役(楽団)を引退してもう20年以上になる。最近では耳が遠くなり、日常生活にも不自由するほど症状が進んでいる。音楽家としては致命的ではあるが、自宅で生徒を教えることが生活の張りとなっているようにみえる。このコンサートが毎年開けることが両親の健在の証である。まだまだ続いてほしい。
2003年01月12日
コメント(2)
昔、常識とされていたことが、今は間違いであるということが、ままある。例えば、私が子供の頃、銅につくサビ、緑青(ろくしょう)は猛毒であると教えられた。そのため、手入れが悪く緑青が浮いてしまった銅鍋は使ってはいけない、という話を聞いたことがある。しかし、現在では緑青は人体に吸収されることはなく、無害であることがわかっている。これはもともと誤った情報が定説となってしまった例であるが、一方で、技術の進歩により、昔の常識が現在に適用できなくなった(適用する必要が無くなった)例もある。蕎麦やそうめん、ラーメンなどを茹でるとき、ふきこぼれそうになったら「びっくり水」を注すというのが昔の常識だったが、現在「びっくり水」は注さない方が良いというのが常識である。麺類を茹でるときは、なるべく大きな鍋で、ふきこぼれないぎりぎりの火加減で茹でるのが正解である。では、なぜ昔は「びっくり水」を注していたかであるが、これは熱源が薪や炭など、火加減の微調整ができなかった時代、ふきこぼれを防ぐための知恵だったのである。現代のガスコンロのように、火加減を自由に調節できる熱源では、お湯の温度はなるべく一定に保って茹でたほうが、麺は均一に茹で上がるのである。また、米を炊くときの、米の研ぎ方や水加減でも、昔の常識は通用しなくなっている。秋ぐちに出回る新米と夏に手に入る前年の米とでは、新米の方が水分が多いので水加減を少なめに炊く、というのが昔の常識だった。しかし、現在は米の乾燥技術と保存技術が進歩しているので、年間を通してほぼ一定の乾燥度合いの米が流通している。新米と前年米で水加減を変える必要がなくなっているのである。そして、米の研ぎ方でも、昔は米と米をきつく擦り合わせて、表面を削り落とすような研ぎ方が正しいとされていた。これは米の保存技術が未熟だった時代、玄米の表面にカビがついたり、油分が酸化して、臭みがでてきたものを、精米技術も現在ほど高くないためにヌカが落としきれなかったためである。保存技術、精米技術が向上した現在では、精米の際に微粒子になって米の表面に付着してしまったヌカの残骸を、水で数回濯ぐ程度で充分なのである。昔より乾燥度が高まった現在の米では、むしろ、強く擦り合わせる研ぎ方をすると、米が割れて粉状のかけらができ、炊き上がったときに糊のような必要以上のベタベタ感がでてしまうことがある。子供の頃に母親から教えられ、正しいと信じていた米の炊き方が、実は時代遅れになっていたことに、数年前、気付いたときにはちょっとショックだったが、最近は『無洗米』を使っている私である。そういえば、歯医者で指導される「歯の磨き方」も、何年かごとに変わってきているような気がする・・・
2003年01月11日
コメント(0)
年が明けて10日、実質社会が動き出してからまだ5日だが、このわずかな間に小泉内閣の主要閣僚の口からは、色々な重要課題に対して次から次へと食い違った発言が出てくる。まずは、経団連・奥田会長の「消費税率16%」発言に触発されたのか、7日にシオジイこと塩川財務大臣が「間接税でもう少し負担してもらわざるを得ない」と消費税率引き上げを示唆する発言をした。これに続いて、竹中金融・経済財政担当大臣や福田官房長官も「消費税率引き上げについて前向きに議論すべき」との発言をしているが、そのことについての小泉首相のコメントは「私は消費税引き上げはしません」であった。8日には、またまたシオジイが、3月で任期満了となる日銀・速水総裁の後任人事について「国会の承認人事であり、放っておけない。20日の国会召集までに内定するのではないか」と発言したが、その翌日には、福田官房長官が「国会の同意人事だから、国会が始まることが前提だ」と、20日以前内定説を全否定している。小泉首相の「まる投げ」は、もはや周知の事実となっているが、各大臣・閣僚がてんでバラバラに好き勝手な発言をしている状態では、国民はどうすれば良いんだ?こんなことでいいのか?
2003年01月10日
コメント(0)
毎日、早朝の仕事のために4時起きの生活を余儀なくされている私だが、以前の夜型の生活習慣がなかなか抜けず、12時前に寝る習慣がなかなか身に付かない。朝はなんとか4時前に起き、仕事に向かうのだが、お昼に仕事から帰ってきて昼食を摂るともう眠くなってしましい、1時半か2時頃から2~3時間昼寝をしてしまうことが多い。そうするとまた夜には布団に入っても眠れず、へたをすると1時過ぎまで眠りにつけないこともある。悪循環である。そして、まとまった睡眠を摂っていないので、慢性睡眠不足状態となっていく。週末に寝溜めして、次の週初めには回復しているのだが、週末に近づくにつれて弱っていくのが自分でわかるのである。以前、何かのTV番組でレタスには睡眠作用がある成分が含まれている、といっていたことを思い出した。新鮮なレタスの芯の部分を切ると、白い樹液のようなものが滲み出てくる。その中に睡眠成分が多く含まれているというのだ。試しにこの3日ほど、夜10時前くらいにレタススープを作って飲んでから布団に入るようにしている。確かに11時頃に床について、15分か20分くらいで眠りにつけるようになったようだ。私のレタススープ作り方は、クノールのカップスープ(ポタージュ)を使ったもので、マグカップ1杯分のお湯をミルクパンで沸かし、その中にレタス1枚を細かくきざんで茹でる。(レタスはなるべく根元の部分を多く入れる)軽く塩、胡椒を振り、そのお湯でカップスープを溶くだけである。レタス入りのポタージュスープはお腹にもやさしく、寝る前でもあまり負担にならないと思う。寝つきの悪い夜にはお試しあれ。
2003年01月09日
コメント(5)
今年の元旦、『日本ミルクコミュニティ』なる新会社が誕生した。しして昨日、その新会社の新ブランド商品『メグミルク』が全国のスーパーで一斉発売された。赤地に白抜き文字の牛乳パックだ。この新会社、雪印乳業の牛乳事業部門が、全農、全酪連の牛乳関連事業と統合して発足した会社である。食中毒事件、子会社の牛肉偽装詐欺事件と不祥事続きで、ブランドの信用を失墜させた雪印が、『雪印牛乳』のブランドを捨てたわけである。新商品のパッケージや企業イメージ色を赤にしたのも、なるべく雪印の青を連想させない戦略と見られる。しかしその割には、ロゴマークの六つの突起がある星のようなマークは、歪んだ雪の結晶を連想させてしまうような気がするのだが。これで雪印乳業という会社が無くなったわけではない。あくまでも牛乳事業だけが日本ミルクコミュニティに移ったのであって、バターやチーズ、スキムミルクなどの製品は雪印乳業が扱うのである。しかし、雪印乳業といえば今まで牛乳メーカーの最大手、老舗中の老舗である。『乳業』という名前を持ちながら、もう牛乳は造らないというのもどうかと思うのだが・・・。新ブランド商品の『メグミルク』は「自然の恵」と「ミルク」を合わせたネーミングで、ユーミンの唄を使ったCMも流れている。広い牧場の中で赤い服の女の子が牛乳のコップを持っている映像である。CMの女の子が誰なのかはわからないが、どうせならイエローキャブのMEGUMIを使ってはどうだろう。94cm、Hカップは牛乳のイメージにぴったりじゃない???
2003年01月08日
コメント(2)
住友銀行とさくら銀行が合併して、三井住友銀行として営業するようになってから早2年。私はもともと個人の口座を住友銀行に持っていたが、今の仕事を始めたときに、仕事用の口座として、事務所から一番近いさくら銀行に口座を開設した。飯田橋支店だった。それが、気が付いてみるとどちらの口座も三井住友銀行になっている。まあ、ペイオフになっても切り捨てられるほどの預金はないので大した問題は無いわけだが、不便になったのは、事務所から一番近かったさくら銀行飯田橋支店が、一時三井住友銀行飯田橋西口支店に変わった後、飯田橋支店(元住友銀行)に統合されて閉鎖されてしまったことである。飯田橋支店は、私の事務所からは駅の反対側にあり、歩いて10分以上かかるようになった。ところで、その閉鎖された飯田橋西口支店があったビルは、その後テナントが入らず、1年近く空き家状態だった。それが、昨年10月に大型書店が華々しくオープンしたのである。地下1階から地上2階までの3フロアを使い、各フロアの広さも飯田橋駅周辺の書店の中ではダントツだろう。コンピュータ関連の専門書なども充実していて、喜んでいた。その書店の開店から1ヶ月後、同じ通り沿いに昔からあった書店が店をたたんだ。その書店は書籍のほかに事務用品なども扱っていた店で、私は結構愛用していた店だった。確かに、目と鼻の先にあんな大型店が出現しては、店をたたんだほうが賢いのかもしれない。その閉店した書店が、年末も押し迫った頃にam.pm.となってオープンした。飯田橋駅から私の事務所までの道程に、今までコンビニがなかったので、これも私にとってはありがたいことではある。ところが、年が明けてみると、今度はそのam.pm.からほど近いところにあった別のコンビニが潰れていた。こちらは大手チェーンのコンビニではなく、ローカルなコンビニだったので、品揃え、特に弁当やお菓子類に大手の画一的な商品とは毛色の違うものがあり、それなりに有効活用していたのだが・・・。銀行の合併劇から2年の時を経て、その余波がこんな形で飯田橋西口周辺の商店の勢力分布に現れた気がした。
2003年01月07日
コメント(0)
今日の初仕事は、無事、遅刻をせずにこなすことができた。ただ、非常に眠かったことは否めない。今さらな話題ではあるが、初夢に富士、鷹、茄子が登場すると縁起が良いという通説、いつ頃から、何故にという疑問を持ったことはないだろうか。(普通はないよな)この縁起担ぎは江戸時代初期からのものである。徳川初代将軍・家康は、晩年のほとんどを駿河の国(静岡県)久能山で過ごしたという。家康は久能山で、富士を愛で、鷹狩に興じ、駿河特産の茄子を食して暮らしたのである。一般庶民は、せめて夢の中だけでも将軍様にあやかりたいとの思いから、この、一富士、二鷹、三茄子の通説が生まれたというものである。また、富士山は現在でこそ『富士』という字を用いるが、その語源は『不死の山』と言われていて、「不老長寿」の霊力を持った山とされていた。そして、『鷹』は「飛翔」を表し「飛躍・発展」の象徴、『茄子』は子孫繁栄を表しているという説もある。ちなみに、かぐや姫が月に帰るときに竹取りの老夫婦に「不老不死」の薬を残していったが、老夫婦はかぐや姫がいなくなった今となっては、不老不死は意味が無いとして、国中で一番高い山の頂上でその薬を燃やした。その山は「不老不死」の薬だけあって、いつまでも絶えることなく煙を吐き続けたという。それが「不死の山」富士山、という話もある。
2003年01月06日
コメント(0)
お正月休みも今日で終わりだ。明日からまた4時起きの生活が始まる。年末年始で生活パターン大乱れの日々を過ごしてしまったので、明日の朝、ちゃんと起きられるか、大いに心配である。今9時45分。もう寝よ~っと。
2003年01月05日
コメント(0)
今日の『出没アド街ック天国』(テレ東)は2時間スペシャルで「全国温泉ベスト30」という企画だった。みごと1位に輝いたのは、誰もが認める「草津温泉」だったのだが、私が興味を引かれたのは、20何位かにランキングされた山形尾花沢の「銀山温泉」だった。川に赤い欄干の橋が架かり、その正面に建っている明治、大正時代から変わらずに残っていると思われる温泉旅館の建物は、まさに『千と千尋の神隠し』に出てきた湯屋そのままなのだ。放送終了後、ネットで検索してみると、「大正ロマンの湯の街」というキャッチコピーのついた銀山温泉組合の公式サイトが見つかった。う~~ん。この温泉、是非行ってみたい!!
2003年01月04日
コメント(7)

今日は一日家でのんびりしていた。たいした内容のないTVのお正月番組を見ながら過ごすのが、なんともお正月らしい。お昼過ぎには、近所の神社にお参りにいった。『六所神社』というその神社は、生まれてこのかた引越しというものを経験していない私にとっては、赤ん坊のときのお宮参りから節目々々でお参りしてきた氏神のようなものである。年越しを自宅で迎える年は、いつも除夜の鐘が鳴る頃にこの神社に初詣しているのだが、今年は昨日まで河口湖で過ごしたので、今日のお参りとなった。お昼前からちらつきだした雪の中、歩いて10分くらいの神社までの道程は、車も人もほとんど往来が無く、これもまたお正月の風情である。裏通りにひっそりたたずむ小さな神社にも人影はなかった。元旦には小さいながらも近隣の氏子たちが次々とお参りに訪れるのだが、さすがに正月も3日ともなると参拝者もほとんどいなくなるようだ。一人でお参りするというのは厳粛な気持ちにさせるものである。
2003年01月03日
コメント(0)

元旦の夜から二日の朝にかけて見る夢を『初夢』といい、昔から、その夢に富士山、鷹、茄子が登場すると縁起が良いといわれている。2003年の私の初夢は豪華3本立てだった。しかし、その内容はあまり楽しいものではなかったようだ。一つは、女性上司に仕事の進め方についてくどくどと説教されている夢。もう一つは、下町の裏路地風のところでチンピラにインネンをつけられて、細い路地を必死で逃げている夢。もう一つはよく覚えていないのだが、どれもこれも一富士、二鷹、三茄子とはほど遠い内容である。貸し別荘の和室で、私は一番端の壁際で寝ていて、私の隣の壁にテーブルが立て掛けてあった。明け方近くに、そのテーブルが寝返りをうった拍子に私の上に倒れてきた。それがあまり心地よくない夢の原因だったのではないだろうか。朝、目を覚ますと、昨日とはうって変わって抜けるような青空だった。窓の外には、昨夜降っていた雪が、薄っすらと積もった雪景色の中に、巨大な富士山がくっきりと姿を現していた。これがその雄大な富士の写真である。朝食では、一昨日のマーボナスで使い残った茄子を、炒めて甘酢アン掛けにしたものを食べた。そして、チェックアウトをした後向かった『忍野八海』の途中、河口湖の東岸を走っているときに、飲み屋の看板で「スナック『鷹』」というのを見つけた。夢より現実の方がもっと縁起が良いのではないか?何事も前向き且つ楽天的に考えるのである。そう、ここは『楽天広場』なのだから。
2003年01月02日
コメント(0)
私の2003年は、アウトドア&飲んだくれ仲間と河口湖畔の貸し別荘で始まった。大晦日の11時過ぎに蕎麦を茹でて、年越し蕎麦を食べることに始まり、カウントダウンではシャンパンを抜いて乾杯。そして、その後なぜか私の断髭式となった。特に何かを祈念してのことではないのである。元旦の朝は、湖越しに富士山を望む露天風呂に浸ったが、あいにく小雪混じりの天候で、富士山の雄姿を拝むことはできなかった。お昼には、河口浅間神社に初詣をした。浅間神社は日本を象徴する霊山富士を御神体とする神社であり、富士山の神である木花咲耶姫(このはなさくやひめ)を祀った神社である。総本宮は『富士山本宮浅間神社』で奥宮は富士山山頂にあるのだが、河口浅間神社は、865年、富士山の大噴火を鎮めるために木花咲耶姫をこの地に奉斎して建てられたものである。木花咲耶姫は日本の山の神の総元締である『大山祇神(おおやまづみのかみ)』の娘で、天孫『爾爾芸命(ににぎのみこと)』と結婚し、『日本の神話』で有名な海幸彦、山幸彦など3人の子供を産んだ神である。もともとは日本を代表する花・桜を体現した美しさを象徴する女神であるとともに、花の命のはかなさも象徴している。そして、木花咲耶姫には磐長姫(いわながひめ)という姉がいて、こちらは容姿は醜いが岩のように長い寿命を象徴する神として対比されている。また、木花咲耶姫は炎の中でも無事出産したという逸話から、火の神、安産の神の神格もある。と、そんなことを思いながら河口浅間神社にお参りした。皆でお約束のおみくじを引くと『大吉』。そう、今年私は厄明けなのだ。昨年後厄だった私は、年が新たまって運気上昇を期待していたが、これは幸先が良い。初詣の帰り道、元旦から開いている酒屋があったので覗いてみると、『ふぐヒレ』を売っているではないか。しかも安い。迷わず買って帰り『ヒレ酒』を堪能した。これも浅間神社のご利益か。そういえば、木花咲耶姫は大山祇神とともに『酒の神』でもあるのだ。
2003年01月01日
コメント(0)
全25件 (25件中 1-25件目)
1
![]()