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2026年NHK大河ドラマ 『豊臣兄弟!』のあらすじ及び感想日記です。 このドラマの主役の小一郎(後の豊臣秀長;仲野太賀さん)と、W主役と言ってもいい藤吉郎(後の豊臣秀吉;池松壮亮さん)。今回もこの兄弟は交渉事ではコンビを組んで活躍しました。 相手に対して高圧的に出る秀吉と、双方がうまくいくことを良しとしてソフトに対応する小一郎。どちらがいいとかではなく、物事をうまく運ぶためにはどちらの要素も必要なんですよね。 それにしてもいきなり敵が攻めてきた本圀寺での、そこにいる人たちのそれぞれの存在や働きが面白かったですね。危ないのに表に出てきて、扇を広げて兵を鼓舞する将軍・足利義昭(尾上右近さん)、万一に備えて兵を調練してあった明智光秀(要 潤さん)、小一郎が義昭を説得する言葉がいいなあと感動していたら結局は万事休すになり、でもそれを兄・秀吉が救ってくれた、この展開はホント面白かったです。 そしてもう一つ見どころだったのが、市(宮﨑あおいさん)と浅井長政(中島歩さん)の関係です。家臣だったら以前からなじみの相手と結婚することはあるけど、殿様やその一族の場合、政略結婚で顔も見たことのない相手と一緒になることが多いのです。 だから市の場合、いきなり会った長政を好きになれ、と言われても、頭ではわかっても心がついていかない、優しい人だけどただそれだけ、って思ってしまうと思います。でも長政のほうは、市を一目見た瞬間から市を我が妻にできることを心から嬉しく思い、市を大事にしてくれました。だからあんな無茶をしてしまいました。でもそれでようやく長政の大きな愛がわかり、市も長政を受け入れて、妻として幸せになれました。ただね、だからこそ4年後の小谷落城のときに市と長政の間でどんなやりとりがあり、その後の兄・信長の長政への仕打ちに市がどんな感情になるのか。視聴者の感情のアップダウンは大丈夫なのか。脚本の八津弘幸氏はたぶん今までの戦国ドラマとはひと味違う描き方をすると思うので、興味津々であります。 ◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇ 永禄11年(1568)秋、尾張の織田信長(小栗旬さん)は室町幕府第13代将軍・足利義輝の弟の足利義昭(尾上右近さん)を奉じて上洛し、畿内を制圧しました。信長は摂津の芥川城に滞在し、そこに大和・多聞山城主の松永久秀(竹中直人さん)が訪ねてきました。 当初、信長は松永を将軍(第13代・義輝)を殺した男と考え、松永はそれは濡れ衣で身に覚えのないことだと主張しました。その後で松永は改めて信長に挨拶して信長の上洛を称え、そして自分は今、大和にて三好の息のかかった者たちを追い詰めている、この先も大和を治めることを認めてほしい、と訴えました。信長がその件は将軍・義昭に報告してからと言いかけると松永はそれをさえぎり、手土産の茶器を信長に渡して、この件は信長に認めてほしいと強く言いました。 信長は本圀寺にいる義昭に松永の件を報告しました。義昭の側近たちは松永のことを、義昭の兄・義輝を殺し東大寺を焼き払った男とみていて反対しました。信長は、これらは三好が流した噂話だと否定し、噂話に振り回されていては民の心はつかめない、と義昭に進言しました。 信長の言葉を聞いて義昭の側近たちは、調子に乗るな、将軍を愚弄する気かと語気を強めて言い、その様子を見て逆に信長の重臣・柴田勝家(山口馬木也さん)が愚弄しているのはどちらかと、双方が激しい言い合いになりました。 そのとき信長に同行していた木下藤吉郎秀吉(後の豊臣秀吉;池松壮亮さん)が突然、音を立てて放屁し、しかもそれを弟の木下小一郎長秀(後の豊臣秀長;仲野太賀さん)に罪をなすりつけて、兄弟で言い合いが始まりました。でもその流れの中で秀吉は、これでは三好が松永にしたことと同じ、濡れ衣を着せられるとはかくも悔しいことか、と松永の話にすり替えました。 将軍の御前で放屁のことで延々と言い合う兄弟。明智光秀(要 潤さん)が二人を止めると、そのやりとりを見て義昭が笑い出し、織田の家臣たちも笑い出しました。場の空気が落ち着き、義昭は思いを語りました。自分は3歳で寺に入れられたから兄・義輝への思い出はない、あるのは妬みのみ、兄を殺したかもしれない松永には何も思わない、むしろそのおかげで今ここ(将軍の座)におる、松永のことが信長に任せる、と。 この後で秀吉と小一郎と竹中半兵衛(菅田将暉さん)の3人で、松永は信用できるか、なぜ殿・信長は松永を味方にしたのかを話し合いました。半兵衛は、信長が松永を助けたのは松永が持っている茶器ではなく、もっと大きな狙いがあると読んでいました。 そのころ信長のところには妹の市(宮﨑あおいさん)が嫁いだ先の北近江・小谷城の浅井長政(中島歩さん)が来ていました。長政は義兄の信長に、京から岐阜に戻る際に小谷に立ち寄っていかないか、市も喜ぶからと誘いました。信長は、今はまだやめておこうと言い、代わりに京土産を市に渡してほしいと頼みました。そこへ信長に呼ばれた秀吉が来たので、長政は退室しました。信長は岐阜に戻る前に、秀吉に堺での仕事を命じていきました。 信長からの命を受け、秀吉と小一郎と半兵衛は堺にいました。堺は異国人が行き交い、あちこちで囃子や踊りがあり、珍しい食べ物や珍しい動物もあって、岐阜の城下とは比較にならないほど華やかでにぎわっていました。初めて見る景色に目を見張る秀吉と小一郎。途中、武器をもって歩く男たちに出会いました。案内役の松永は、あれは主を持たない侍で銭さえ払えば何でも請け負う、堺はどの大名にも属さず、商人たちが自ら治める町、故にあのような輩たちをあちこちで雇い町を守っている、そう二人に説明し、二人を少し待たせて離れました。 半兵衛は、堺には諸国の銭と情報と、そして鉄砲が集まる、信長は松永を足掛かりにしてこの堺を手に入れるつもりだ、と分析していました。じきに松永が堺の有力商人の集まりである会合衆の今井宗久(和田正人さん)を連れて戻ってきました。 松永と今井は秀吉たちを会合衆の集まる場に案内しました。堺は会合衆の合議制で自治が成される町であり、その会合衆が自分の支配下であると世に示すことが狙いの信長は、会合衆に矢銭2万貫を出させるよう秀吉に命じていました。 能登屋(山本浩司さん)がその命令には従えぬの反論すると、秀吉はこれは幕府のための銭、それが払えぬとなるとこの堺は幕府を敵に回すつもりとみなされる、と半ば脅しました。次に小一郎は、あらかじめ計算してあった数字を出し、これは会合衆に払えない額ではないし、後でその金で鉄砲を300丁ほど買って皆の儲けにする、と交渉しましたそして半兵衛が最後に、くれぐれも目先の儲け話に惑わされぬようにと忠告し、秀吉たちはその場を出ていきました。 秀吉たちがいなくなると、会合衆の者たちは考えました。今井は、商人は時流を読んでなんぼ、今は織田という流れに乗るべきでは?と意見し、津田宗及(マギーさん)は、今の幕府が続けばの話、と考えました。 さて浅井長政も小谷に戻り、妻の市に兄・信長からの京土産を渡しました。美しい手鏡を見て市は喜び、長政は自分は忙しさで気が回らず土産がないと言いました。土産よりも武功をと言う市に長政は、自分は市を思えばこそ戦える、信長のように強くなれない、と詫びて部屋を出ました。 でも本当は長政も、市のために京土産を用意してあったのです。少し離れた廊下で自分が京で買い求めた手鏡を懐から出して見ている長政。その様子を遠巻きに市は見て、長政の優しさを思いつつも声をかけずに部屋に戻りました。 市が信長にお礼の文を書いていると、舅の浅井久政(榎木孝明さん)が部屋に来ました。久政は、また信長に文を書いておるのか、まさか浅井の内情を報せておるのでは?と戯言を交えつつ、何気なく書いたことが不都合になることもある、そなたは浅井の女子、織田のことは忘れよ、と市にくぎを刺して出ていきました。 年も暮れになり松永は岐阜に向かう前に将軍・義昭のところに茶器を持って挨拶に行きました。松永が去ろうとすると義昭は、信長に渡した茶器とどちらが値打ちものか?と問い、松永はもちろん義昭に渡したほうだと答えました。義昭は松永の嘘を見破っていました。でも同様に松永も、義昭を見誤っていたと実感しました。 松永は堺の件を小一郎に確認しました。小一郎が、兄・秀吉が堺に出向いているけど、なんだかんだと先延ばしにされていると言うと松永は、やはり堺は一筋縄ではいかぬと忠告しました。 秀吉が今井に確認すると、矢銭2万貫と鉄砲300丁は間違いなくと会合衆を説き伏せたと言います。秀吉は、殿・信長の我慢にも限度がある、次に約束を違えたらこの堺は火の海になると思え、と強く言いました。そこに橘屋又三郎(関太さん)が駆けつけ、鉄砲300丁は売れなくなったと伝えました。 300丁の鉄砲は信長と敵対する三好三人衆(三好長逸、三好宗渭、石成友通)が高値で堺の商人から買っていました。津田宗及は、より儲けの大きい相手と商いをするのが商人の常道、すぐに消えゆく成り上がりとはつきあわない、という考えでした。 また鉄砲300丁を手に入れた三好三人衆は、これで畿内は我らの手に入ったつもりになっていました。ただ彼らには、美濃を信長に奪われて美濃から出ていた斎藤龍興(濱田龍臣さん)が絡んでいて、龍興は気を緩めぬよう、信長たちを侮らぬよう、三人衆に忠告していました。 三好三人衆の動きは堺にいる秀吉たちの耳にも入り、半兵衛は正月で奉公衆が国元に戻り、松永が岐阜に行く機会を最初から狙っていたであろう、と分析しました。ならば我らも急ぎ京に戻ってと秀吉は考えましたが、半兵衛は間に合わないからと秀吉を制しました。ならばどうしたらいいのか。策を考えるために秀吉は今井に茶を所望しました。 永禄12年(1569)1月、将軍・義昭のいる本圀寺を三好長逸(中野英樹さん)三好宗渭(奥田洋平さん)石成友通(阿部亮平さん)の三好三人衆が襲撃しました。義昭と一緒にいるのは明智光秀の手勢と小一郎と蜂須賀正勝と前野長康のみで、激しい攻防となりました。しかし多勢に無勢、義昭の身が危うくなってきたので小一郎はひとまず蔵に逃げるよう義昭に促しました。ところが義昭は逃げるどころか二階の渡り廊下に進み出て、今少しだけ持ちこたえよ、さすれば味方が駆けつけよう、それまで共に戦うのだ!と扇を振って皆を鼓舞しました。岐阜にいる信長は秀吉から三好三人衆が本圀寺を襲うと急報を受け、京に向かうために馬の用意をするよう命じました。 龍興は三好三人衆に、東大寺を燃やしたように早く火を放つよう促していました。寺の中では義昭がもはやこれまでと覚悟し、三好三人衆が将軍殺しである悪評を世に知らしめよ、と光秀に命じていました。それを聞いた小一郎は義昭に進言します。 「世の者は誰かの悪評なんてすぐに忘れてしまう。侍はともかく百姓にとっては誰が将軍かはどうでもいい、皆その日を生きるのに精一杯。潔く死んで満足するのは侍だけ。百姓はどんなに不作でもひもじくても自分から死んだりはしない。なぜなら次の年こそ豊作になると信じているから。」そして前に進み出て義昭に「豊作の世にしてほしい。無様でも皆のために生き延びてほしい。」と笑顔で言いました。小一郎の言葉に心を動かされた義昭は涙しながら少し笑いました。 とはいえ、この難局をどう乗り切ったらいいのか。義昭がふと、この本圀寺は三好家が代々あがめている寺、そこに自分がいるから祟りかも、と言葉をもらしました。小一郎は祟りを利用して敵方を説得して時間を稼ごうと思いつき、敵が火矢をかける直前に僧のなりをして門から出てきました。 小一郎は三好三人衆に向かって、三好家代々の寺をないがしろにすれば七代先まで祟られる、しかも火などかければ東大寺大仏の二の舞で、あの暴挙も三好の仕業と世に知らしめることになる、義昭にはここから出ることを約束させた、その間は手をださぬと約束してほしい、と説得しました。三好三人衆はそれを受け入れ、小一郎は寺に戻りました。門の閂がかけられたとき、交渉成立で小一郎は一安心でした。 しかしいっこうに義昭が寺から出ていく様子がなく、三人衆は長く待たされて苛立っていました。小一郎はが時を稼ごうと再び僧のなりをして出てきて三好たちに甘酒を勧めても通用せず、三好は火を放つよう兵に命じました。万事休す!ーー小一郎がそう思ったとき、100ほどの織田勢が現れました。三人衆は、数では我らがはるかに勝るがここで一戦交えていれば我らは退路を失うと考え、兵たちに退くよう命じました。 本圀寺に現れたのは堺にいるはずの兄・秀吉たちでした。小一郎が見慣れぬ顔の侍たちを見て不思議がっていると秀吉は、わしの新しい家臣だ、今日だけだがと言い、半兵衛が堺で金で雇ったと説明してくれました。小一郎は兄に「よう来てくれた。」と言い、秀吉は弟に「よう持ちこたえた。」と言って、二人で笑って抱き合って喜びました。その姿を遠くから眺める光秀は、小一郎ははじめから兄・秀吉を待っていたのだと思い、義昭はあの二人を自分の家臣にしたいとしみじみ思いました。 その翌日、わずか数人の家臣と共に岐阜から夜通し馬をかけてきた信長が本圀寺に到着しました。信長は小一郎に、よく義昭を守ったと褒め、褒め言葉を期待する秀吉には、いつになったら2万貫もってくるのか!ぐずぐずせず今すぐ堺に行け!と厳しく叱り飛ばしました。 そのころ市のいる小谷城では、市が信長からもらって大事にしていた手鏡が庭で火にくべられていました。長政はすぐに火を消すよう誰かを呼ぶと、市がそれを止めました。いつまでも織田を捨てられない自分が悪い。そう言いながらもどこか悲しそうな市を見た長政は、炎の中から焼けた鏡を素手でつかみ出しました。 火傷の痛みをこらえながら長政は、これは市の大切なものだから、自分は市を人質とは思っていない、市は織田と浅井を結ぶ懸け橋だと思いを伝えました。こんな無茶までして!ーー市は長政が自分を本当に心から愛してくれているのだとわかり、長政の胸に顔をうずめ、長政はそっと市の肩を抱きました。空から雪が舞ってきました。「雪がわしの手を冷やそうとしてくれている。空はわしらの味方じゃ。」ーー長政は火傷した手を空に広げました。 黒くすすけてしまった兄がくれた手鏡。市はそれを箱に入れて大事にしまい、この後は夫・長政がくれた土産の手鏡を使うことにしました。 ◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
March 26, 2026
2026年NHK大河ドラマ 『豊臣兄弟!』のあらすじ及び感想日記です。 信長・秀吉・家康を中心とした戦国ドラマを今までにたくさん見てきた方は、何かのシーンで「これはこの先の展開の伏線になっているだろう」とつい考えてしまうことと思います。私はこの回は、いろいろな部分の対比が気になりました。 その一つが、信長の妹・市(宮﨑あおいさん)への、男たちの恋心です。秀吉(池松壮亮さん)はお市様が大好きだけど妻・寧々(浜辺美波さん)の存在は絶対なので、市に対しては器用にふるまうけど、寧々は怒らせたくないと思ってます。 反対に柴田勝家(山口馬木也さん)は、たぶん側室はいると思われますが、心の中ではお市様が絶対的な存在で、無骨で洒落た言葉の応酬なんて言えなくて、思いをサラリと言葉にできない分、態度や表情に出てしまいます。花嫁姿の市に送る視線、市に何かあったらすぐに飛んでくると「織田配下の武将として」頑張って言えたけど、ちょっと市に内心期待するようなことを言われただけでしどろもどろ。十数年後に市が勝家と再婚するとき、どのようなセリフが出るのか、気になってしまいます。 もう一つの対比は、上洛したときの小一郎(仲野太賀さん)と織田信長(小栗旬さん)の意識の違いです。小一郎は、信長が京と畿内を平定して「天下布武」になったし、京の民たちを安心させたい気持ちもあってか「戦は終わった」と笑顔でした。 しかし信長のほうは、天下布武は成ったけどこれは単なる通り道だと考えが変わり、意識は「これからが始まりだ」と、より高みを目指して進もうとしています。 主君・信長の方針変更で、まあ兄・秀吉のほうは信長がどんな命令を出しても「はい、喜んで!」だと思いますが、小一郎は何でも引き受けてくる兄のためにこの先ますます多忙を極めることになって、でもその中で知恵をめぐらせて乗り越えていくのかな、と展開を想像しています。 ◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇ 永禄10年(1567)9月、美濃を手中に収めた尾張の国主・織田信長(小栗旬さん)は居城を小牧山城から稲葉山城に移し、この地を岐阜と改めました。そして信長は、武力によって天下を平定する「天下布武」を打ち出すようになりました。 信長の家臣たちも岐阜城下にそれぞれ屋敷を与えられました。木下藤吉郎秀吉(後の豊臣秀吉;池松壮亮さん)と弟の木下小一郎長秀(後の豊臣秀長;仲野太賀さん)たち家族も屋敷に移り住み、戦はなくとも忙しい日々を過ごしていました。 そんなころ明智光秀(要 潤さん)と名乗る男が信長を訪ねてきて、秀吉は謁見の前の案内役を務めていました。光秀は岐阜の城下を見物して以前とは見違えるほどにぎやかになった町の様子に目を見張りました。 秀吉は主君・信長が関所と座をなくして自由に往来させ商いをさせているから、おかげで国中から人が集まる、いずれ京の都や堺をしのぐ日が来るかも、と自慢しました。光秀は京や堺を知らない秀吉を笑い、岐阜がいくら発展しても京や堺にはとうてい及ばぬ、その地を治めるべきは我が主・足利義昭だと自信を持っていました。 明智光秀は信長に謁見し、2年前に暗殺された第13第将軍・足利義輝の弟の足利義昭を擁して上洛する旨を伝えました。光秀は、今京に居座る三好一族は将軍・義輝殺害の大逆人、討ち果たして世の乱れを正すためにも、義昭を将軍として今一度幕府の権威を世に知らしめるべきと言い、信長には是非力添えを頼みたい、義昭が上洛した暁には織田家には格別の計らいを約束する、と言いました。 信長は光秀に、なぜ我らに白羽の矢が立ったのかを尋ねると光秀は、織田は今川を破って美濃を手中に収めた力量があるからと答えました。しかし信長が「ただの順番で、他に頼れないからここに来たのだろ?」と返すと光秀は黙りこくってしまいました。 光秀は信長の言ったことが図星であったことを認め、朝倉・上杉・武田・北条と同様のことを言ってきたが誰も動かない、と言いつつ、織田が動かなければ他を頼るまで、と言うその物言いはどこか信長を見下すような態度でした。さらに光秀は、生涯順番が回ってこない者もいるからよく考えるように、と強気でした。 信長は「上洛の件は引き受ける」と言うと立ち上がり、刀を取って光秀の従者に刀を振りかざしました。その瞬間、光秀が従者をかばって前に出て、その従者こそが足利義昭(尾上右近さん)であることがわかりました。 義昭が、なぜ自分の正体がわかったのかと尋ねると信長は、光秀が常に従者を気遣うふるまいだったと竹中半兵衛(菅田将暉さん)から聞かされていたと言いました。義昭は、隠していたが案内役の秀吉に乗せられて楽しくて、つい気が緩んだようだと少し笑いました。 でもすぐに真顔になり、自分は将軍の血を引いたばかりに命を狙われる、この目で見たもの以外は信用できない、他の武将たちにも同じことをしてきたが気づかれたのは初めてだ、と義昭は言いました。 信長は義昭の前に両手をついて頭を下げて刀を向けたことの無礼を詫び、家臣一同も信長に倣って土下座しました。今勢いのある信長が自分の下座についたとわかった義昭は、「2年前までは仏門にいて、このまま一生を終えると思ったが、自分にも番が回ってきたようだ。今の乱れた世を救えるのは自分しかいない。」と改めて信長に助力を頼みました。信長は、必ずや義昭を上洛させ天下布武を成し遂げてみせると力強く言いました。続けて秀吉が「我らにお任せあれ!」と調子良く言うので義昭は笑い、笑う義昭を見て光秀も安堵して微笑みました。 帰宅した秀吉は小一郎に、次の将軍かもという人から殿が力添えを頼まれた、と意気揚々と上洛のことを伝えました。小一郎は「また戦か」と気が乗らないようでしたが秀吉は、三好は逆賊だから正義は我らにある、これは天下布武の戦だと言い、天下布武の意味が今一つわからない小一郎に「京の都に幕府を再興し、畿内五国を平定し、我ら武士の力で再び世に秩序をもたらすことで、殿にしか成しえぬことだ。」と説明しました。 しかし小一郎は、上洛するにはその手前に六角や浅井がいてことを構えなければならない、特に朝倉と深いつながりがある浅井は我らの上洛を受け入れないのでは?と心配でした。秀吉は「殿がすでに手を打ってある」と言い、それは信長の妹・市が小谷城主の浅井長政に嫁ぐことを指していました。 城では刀の稽古をしている市(宮﨑あおいさん)に信長が「織田家のために頼む。すまぬ。」と詫びていました。戦国の世の習いで嫁ぐというのは人質になる意味もあるのですが、市は「兄上のお役に立てるならうれしい。兄上の信じる道を進んでほしい。」と気丈でした。 さて浅井長政に嫁ぐ覚悟はできたものの、市には少々悩むことがあって、秀吉を呼びました。しかし秀吉は、今は妻・寧々(浜辺美波さん)の機嫌を取りたかったので、代わりに小一郎を行かせました。市は秀吉が来ないことを少し残念に思いつつ、一枚の白紙を出して、浅井長政に文を送ろうと思ったが心がこもらなくてうまく書けないので文案を書くよう小一郎に言いました。 しかし、市に成りすますなんてそんな大それたことは自分はできない、と小一郎は固辞して許しを乞いました。市は小一郎に下がるよう言いましたが、下がる前に小一郎は「聞いた話では・・」と語り始めました。 長政は秀麗な顔立ちで気性も優しく物静かで穏やかで、誰からも慕われるお人柄とか、お市様はきっとお幸せになれる、と笑顔を向けました。でも市は、兄・信長とは似ても似つかぬ、自分の好みではない、と残念そうに言います。小一郎は慌てて市を励まそうと作り話をしたと明かし、市は余計な気遣いは無用じゃ、このたわけが、と叱りました。 小一郎は詫びつつも、それでも此度の婚礼で何か一つでも自分のためとは思うことはないか、と尋ねました。市は少し考えて「私も男に生まれたかった。そうすれば兄・信長と一緒に戦えた。周りの男どもが元服して初陣を飾るたびに羨ましく思った。」と胸の内を明かしました。そして「この婚礼は私の初陣じゃ。」と小一郎に決意を見せ、そんな市に小一郎は「ならば、どうかご武運を。」と優しい顔で市を励ましました。 永禄11年(1568)年明け、市は北近江の小谷城主・浅井長政(中島歩さん)に嫁ぎました。疲れてはいないか、寒くはないか、と穏やかな言葉で市を気遣う長政という男は、小一郎が思いつくまま適当に言った人物像そのものでした。 織田家の重臣たちが岐阜に戻る前に柴田勝家(山口馬木也さん)が市のところに挨拶に来ました。「(小谷で)もし何か困ったことがあったら、いつでも呼びつけください。この勝家、すぐに駆け付けて参ります!」お調子者ではない勝家の言葉だから本気で言ってるのだろうけど、市は気持ちだけ受け取りました。 また市が勝家に小一郎への言伝を頼んだところ、その内容をあまりにもそのまま受け取る勝家は激怒し、小一郎を許さぬと息巻いていました。市は「戯言じゃ。」と勝家を止め、勝家を相変わらず真直ぐすぎる無骨な男だと思いつつ、まだ今日会ったばかりだけど優しすぎる夫・長政よりは、勝家ほうのほうが自分に合っているのではと口にしました。市の言葉に動揺し、どう返事すればいいのかわからず困ってしどろもどろになる勝家。誉れ高き武勇はあれど、こういう話は苦手な勝家に市は「戯言じゃ。気をつけて帰れよ。」と言って立ち去りました。 永禄11年9月、織田信長は足利義昭を奉じて上洛戦を開始、織田・徳川・浅井の連合軍は合わせて6万になり、わずか数か月で六角氏を撃破しました。その後ひと月もたたぬうちに三好三人衆(三好長逸、三好宗渭、石成友通)に迫り、織田軍の破竹の勢いに押された三好三人衆はいったん阿波の国に引くことになりました。 そして10月、信長は古来より日の本の中心として繁栄してきた京・畿内を制圧し、上洛を果たしました。義昭を奉じて京の町を進む織田連合軍。しかしそこで見たものは、応仁の乱(1467~1477)以降、すっかり荒廃してしまった京の風景でした。荒れ果てた家々、町にあふれる貧しい民、響く僧の読経。義昭は一刻も早く将軍となって民たちを救ってやらねばと決意しました。 その数日後、足利義昭は朝廷により室町幕府の第15代征夷大将軍に任ぜられました。京の本圀寺に信長を呼び、礼を言って信長を「我が心の父」とまで言い、信長を副将軍にしたいと言いました。 しかし信長は、礼を言いつつも副将軍のことは丁重に断って辞退し、これからも織田弾正忠信長として義昭を支えていくと宣言しました。織田の皆が帰った後、義昭は信長の真意を光秀に尋ねました。光秀は信長の腹の底が見えないと言い、義昭もそういう者がいちばんやっかいだ、とわかっていました。 さて一方、秀吉や小一郎たちは台や銭の袋をたくさん持って京の町に繰り出していました。秀吉は信長が副将軍を辞退したことに納得がいかないようでしたが、竹中半兵衛は「あれは控えめではなくてその逆。義昭の下につかないよう断った。」と考えました。そして小一郎も、信長が控えめな人間なら少なくともこんなことは思いつかない、と言って持ってきた台に乗りました。 小一郎は高い位置から町の人々に大声で呼びかけました。「織田信長様よりご祝儀じゃ!足利義昭公が将軍になられて皆を平穏な世に導いてくださる。」ーー笑顔でそう言って袋の中の銭をばらまき始めました。秀吉も同様に台に乗って「めでたい!めでたい!信長公のご祝儀じゃ!」と人々に呼びかけて銭をばらまきました。 本当に拾っていいのか?と戸惑いながら銭を拾い出す人々。「銭は使うときに役立ってこそ銭じゃ。これで皆の暮らしが良くなるなら安いもの。」そう言って他の皆にも銭をまくよう勧める小一郎。「ご祝儀じゃ!安心せよ!戦はもう終わったのじゃ!」小一郎は笑顔で人々にそう呼びかけ、ばらまく銭に勢いが増し、遠巻きに見て銭を拾いにこない人のところに行って銭を手渡しもしていました。 京での宿舎の清水寺に戻った信長は、まだ終わっていない、これからが始まりだ、と京の町を見渡していました。そして丹羽長秀(池田鉄洋さん)に、諸国の大名たちには文を出したな?と確認し、長秀は、直ちに上洛して義昭に拝謁するよう書き記したと返事しました。 文を送った主な武将たちは、甲斐の武田信玄、越後の上杉輝虎、越前の朝倉義景、土佐の長宗我部元親、摂津の荒木村重、大和の松永久秀、三河の徳川家康などで、信長は、これで誰が自分の敵かわかる、と考えました。 信長が最初、岐阜に入ったときに「天下布武」を打ち立てたときは、京都を中心とした摂津・山城・大和・河内・和泉の五畿内を考えていました。しかし今では「天下布武などつまらぬ。ただの通り道じゃ。この日の本を一つにする。」と、さらに大きく変わりました。小高い山の寺から京の町を見下ろした信長は「天下一統」への決意を新たにしました。◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
March 19, 2026
2026年NHK大河ドラマ 『豊臣兄弟!』のあらすじ及び感想日記です。 今回はあらすじを追っていって、いろいろ悩みました。というのも、史実とされる年号では、・永禄9年 (1566)秀吉が墨俣砦を建設・永禄10年(1567)信長が稲葉山城を攻め落として岐阜に となっていて、そこにドラマとして直の死が絡んでいるので、いったいどの出来事と年号が合致するのか、悩みました。結果、私の読み違えも含めて少々??な年号になっています。 それともう一つ、当時の人はすごいなと思ったのが「移動」。竹中半兵衛の城の菩提山城がある垂井町は岐阜県の西の端のほうで、滋賀県との境になる関ヶ原の少し東です。地図で菩提山城と岐阜城の距離を測ったら、直線距離で27.5kmありました。しかも岐阜城がある金華山の山頂は、一応下から歩いて登れますが、もうお金払ってロープウェイのほうがいい、という距離と勾配です。 菅田将暉さん演ずる竹中半兵衛は、このドラマでは体が弱い設定になっていますが、菩提山の庵と頂上の城を行き来し、用があれば30km歩いて稲葉山城に行って、この生活ではウオーキングでかなり足腰は鍛えられていると思いました。ちなみに岐阜城がある金華山は、地質がチャートで非常に固いとのことなので、もし抜け道を作るとしたら機械のない当時はかなりの労力だったと想像します。 ◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇ 永禄9年(1566)秋、直の死から10日がたち、木下家の皆はそれぞれに悲しみを抱えつつなんとか日々を過ごしていました。許嫁の直を失っていちばん深い悲しみを抱えているはずの木下小一郎長秀(後の豊臣秀長;仲野太賀さん)は周囲の者が心配するほど怒りも悲しみも口にせず、兄・木下藤吉郎秀吉(後の豊臣秀吉;池松壮亮さん)の命ずるまま、無理難題な仕事を次々とこなしていました。 今回、兄が城主・織田信長(小栗旬さん)から命じられたのは美濃の山奥に身を置いている策士の竹中半兵衛を調略してくるといのもので、そのために小一郎たちは山中でも怪しまれないように猟師のなりをしてました。 美濃の山中に入った小一郎と秀吉と蜂須賀正勝(高橋努さん)は半兵衛の噂話でもちきりでした。その噂話から察するに、竹中半兵衛という男はとにかく軍略に長けていて、だからこそなんとしても味方に引き入れるよう殿・信長は自分たちに命じたのだ、ということでした。 秀吉は道の途中で小一郎に、この先の偵察に行かせました。今の小一郎は悲しみのあまり、何かをしていなければ気持ちが持たないのだということをよくわかっていて、生きる張り合いを与えるために無理難題を押しつけていたのでした。 山中の半兵衛の庵らしきところにはあちこちに仕掛けが張ってあり、小一郎が中にいる半兵衛に呼びかけると窓から「たれか」と筆談の紙片が出てきて、小一郎は自己紹介をして自分たちは織田家の家臣だと名乗りました。 筆談が面倒になった蜂須賀が庵の扉をいきなり開けると中から数本の矢が飛んできて、3人は危うく当たるところでした。その後で外に出てきた竹中半兵衛(菅田将暉さん)は計算外に外れた矢を見て、戸を強く開けると衝撃でわずかに矢の向きが変わったのか!と新たな発見をしたことに喜んでいました。 3人が庵の中に入ると、部屋の中にはそこらじゅうに絵図面や兵法の本が、さらには城に出入りする者から話を聞いて作ったという小牧山城の模型までありました。秀吉の話から、これは自分に織田家に与するよう言っていると察した半兵衛は、いきなり桶狭間の戦の勝利を称えました。 「信長は裏切りを逆手にとり、天を味方につけた。自分は戦いを見てはいないが心の中で思い描いていた。幼きころより病弱で書物を読んで考えることしかできなかった。自分は侍としては使えない男だ。」 さらに半兵衛は、自分はこの山の上に菩提山城をもっている、竹中家が代々継いできた、今は廃城だが、と言いました。小一郎が半兵衛を説得しようと、和が殿・信長は半兵衛のためなら望みのまま金を出すと言うと半兵衛は、それはもし断れば自分を殺すつもりなのだ、と察しました。 本音を見抜かれて言葉が返せない小一郎に半兵衛は、別によい、これまで何度も同じ目に遭ってきた、と笑っていました。小一郎が、ではその度にどうやって切り抜けたのか?と問うと、半兵衛は殺される前に殺したと答えました。思いがけない返答に小一郎が驚いていると、そろそろ次の客が来るからと3人には帰るよう求め、小一郎がまた来ると言うと半兵衛はそのときは手土産に雉が欲しいと言い「このあたりの猟師は雉を狩る」と教えてくれました。 小一郎たちが帰った後、美濃の北方城主の安藤守就(田中哲司さん)が半兵衛の庵を訪ねてきました。半兵衛が珍しく外に出ているので安藤が問うと、たまに書物を日に当ててやらねばと言って、順に書物を並べていました。安藤が誰か来たのか?と尋ね、半兵衛はとっさに猟師が迷って来たと嘘をつきましたが、安藤は怪しんでいました。 そして稲葉山城では城主の斎藤龍興(濱田龍臣さん)が、安藤守就と稲葉良通(嶋尾康史さん)と氏家直元(河内大和さん)ら美濃三人衆に、今川と松平に織田を攻撃するよう要請しているのに動かないことの苛立ちをぶつけていました。稲葉が松平と織田は盟約を結んでいるからと説明すれば龍興は、そんなものは破ってしまえばいいと平然と言い放ち、三人衆は龍興への不信感をますます募らせていきました。 龍興は話を変えて安藤に、半兵衛のところに織田の密使が来たことを伝え、見て見ぬふりをしたのかと安藤を責めました。安藤は決してそのようなことはないと訴えますが龍興は、3年前に半兵衛がわずかな手勢で稲葉山城を占拠して城主の自分を追い出したことは忘れていない、安藤に免じて半兵衛は改易と蟄居で赦したがもうここまでだ、半兵衛を殺せ、と命じました。 後日、秀吉と小一郎と蜂須賀は雉を捕まえて再び半兵衛の庵を訪ねましたが半兵衛は不在で、部屋の中には「菩提山城にいる」と書置きがありました。庵から見上げる山頂の城はかなり遠くでしたが、まずは行こうと3人は城を目指して、道すらない山を登っていきました。 3人がやっとの思いで山城に着いたとき、半兵衛が刀を抜いていきなり斬りかかってきました。半兵衛が龍興の手の者かと間違えたと3人に詫びると、そんな半兵衛に小一郎は、庵の中を見て感服した、半兵衛は立派な侍だ、と半兵衛を認めました。 半兵衛はようやく心を開いて自分の思いを語りました。「私は戦が好きなのだ。戦に出ることはないが策を練り、そのとおりに事が進んで勝つとそれが何事にも代えがたい喜びだ。戦に勝つためならいかなる策も講じる。それは間違いかもしれないが、自分の衝動が抑えきれない。自分が恐ろしい。だからこの山奥にいるくらいがふさわしい。平安のころに宋より伝わったという書物を祖父からもらった。この『三国志抄 諸葛亮傳』の本の中に出てくる知略に長けた軍氏に惹かれて、このような生き方となってしまった。」 そして「本の中の知将は三度礼を尽くし、軍師は初めて誘いを受け入れた。」と言い、秀吉はこれが二度目と言いました。半兵衛は、今一度考えて、それでも自分のような者でよければまた来てくれ、と秀吉に伝えました。 3人が山城から半兵衛の庵に戻ると、待ち構えていた侍たちにいきなり襲われ、捕まってどこかの座敷牢に入れられました。自分たちはどうなるのかと思っていたら、安藤・稲葉・氏家の美濃三人衆が現れ、牢の外に出されました。安藤は3人に、どこに忍びの目があるかわからんから手荒なことをしてすまん、と詫びました。三人衆は胡坐で座り、小一郎らも座りました。 三人衆は本音を語りました。今の美濃は我らが守るべき国なのか、先々代の道三や先代の義龍が目指した強く新しい国であろうか。そう迷っているときに小一郎がとっさに「信長様なら新たな面白き世を必ずつくる!」と言った言葉が棘のようにささって抜けない、たかが一家臣が切羽詰まった場であのようなことを言える、信長がそうさせているなら今一度、我らもそのような主君のもとで真の侍として生きてみたい。 「我らはこのときより織田様に従う」ーー三人衆は手をついて頭を下げ、調略が成功した秀吉は喜びを隠せませんでした。 その後3人は安藤と一緒に半兵衛の庵に向かいました。庵に着くと秀吉はあたりを見回し、山の斜面に枝葉で隠された抜け道を見つけました。秀吉は先日、半兵衛がこぎれいなまま山頂の城に登っていたから変だと思っていて、3人と安藤はその抜け道をたどって菩提山城に入りました。半兵衛は不在、安藤は周囲を見回し、城に手が加えられていることに気が付き、思わず「よく似ている」とつぶやきました。 永禄10年(1567)秋、ついに信長は斎藤氏の本拠地である稲葉山城を取り囲みました。軍議で信長は家臣たちに、城に火を放ち中から兵が出てきたら討つよう命じ、信長に寝返った美濃三人衆の稲葉と氏家が早速「そのお役目を我らに」進み出ました。井口山と瑞龍寺山に火矢が放たれ、三人衆の裏切りに激怒した龍興は家臣たちに信長の本陣に行って信長を討つよう命じ、兵たちは散開していきました。 龍興が側近と二人きりになると半兵衛がふらりと現れました。自暴自棄になっている龍興に半兵衛は、朝倉と六角に援軍を出すよう書状を送ってある、自分は龍興を助けると言い、織田方の攻撃を隠れていた兵たちで反撃しました。 信長の本陣では一旦兵を引いて戻った氏家が、煙で見通しがきかなかった、こちらの仕掛けを逆手にとるこれは半兵衛の得意とする策だ、と報告しました。なおも攻撃の命を出す信長に稲葉が、半兵衛を侮ってはと進言すると信長は「織田に仕えるならこの信長を侮るな。」と言い、稲葉に近づいて眼前で「よくその眼に焼き付けよ。まもなく稲葉山城は落ちる。」と言い切りました。 一方、龍興は兵たち全てを自分の周りから追い払い、一人になって抜け道から逃げようとしました。半兵衛が「また一人で逃げるおつもりか?」と言うと、抜け道から秀吉と小一郎と蜂須賀と安藤が出てきました。安藤が「門を開いてお味方を入れよ!」と命ずると、織田方の兵たちが入ってきて逃げる龍興を追っていきました。 どうしてこの抜け道がわかったのかと半兵衛が問うと小一郎は、菩提山城の抜け道を見て、そして安藤の言葉からもしかしたら稲葉山城にも抜け道があるはずと思ったと言い、秀吉も、こうやって少人数で3年前に稲葉山城を占拠したのかと納得でした。 それから小一郎は秀吉と共に膝をついて座り、改めて半兵衛に織田の仲間になるよう、三度めの頼み込みをしました。半兵衛は「真に強い相手とは、味方になるより戦いたかった。」と言い、それは秀吉の申し出を受け入れたことでした。そして二人の前で両手をついて土下座し「これよりは織田家のために尽くしまする。」と宣言し、秀吉は大喜びでした。 秀吉は信長に大きな声で稲葉山城の攻略の祝辞を述べ、信長は「大儀!」と労って皆に勝どきを呼びかけました。「エイ、エイ、オー!」ーー男たちの力強いが声が稲葉山に幾度も響きわたりました。 美濃攻略が終わってひと段落し、小一郎は直の墓参をして直が眠る墓石に思いを語りました。此度の手柄で信長に褒められ褒美もたくさんもらったが、直のいない今はもうどうでもいい、少し休みたい。そして脇差を抜いて前に置いたとき、直の父・坂井喜左衛門(大倉孝二さん)が突然、声をかけました。 小一郎は喜左衛門に直を死なせたことを必死に詫びました。すると喜左衛門は、今さらもういい!銭をよこせ!と言います。意味がわからない小一郎が尋ねると喜左衛門は、直が中村に戻ったあの夜のことを話してくれました。 直は喜左衛門に晩酌をしながら小一郎のことばかり話しました。小一郎はいつも皆が満足しないと気が済まない、これで円満解決となる方法を探る、戦自体はなくならないが無駄な殺し合いはなくすことができる、とことん話し合って考えて考え抜けば必ず道はある!と。 喜左衛門がそんな世は来ないと言うと直は、小一郎ならできる、そういう世をつくるほうに500文!と賭けをしたのでした。直の墓の前ですっかり無気力になっている小一郎に喜左衛門は「直は男を見る目がなかったの。わしの勝ちじゃ。」と嫌味を言って小一郎をあおり、帰ろうとしました。 その喜左衛門に向かって小一郎は「まだ終わってません。その賭けに必ずや直を勝たせてみせます!」と叫びました。喜左衛門は「お主が諦めたらすぐに銭を取りにくるぞ。直と共にずっと見張っておるぞ。」と言葉を残し、立ち去りました。「承知!」と宣言する小一郎。二人のやり取りを塀の向こうで聞いていた兄・秀吉は、寺を出る喜左衛門に深く一礼しました。 永禄10年(1567)9月、信長は居城を小牧山城から稲葉山城に移し、山頂の城より京の都のある西方を見渡しました。信長はこの地を「岐阜」と改名し、皆を連れて降りていきました。小一郎は一人残り、もっと強くなって直の見たかった世を作ってみせる、と誓いました。ふと隣りを見ると直の幻が「小一郎ならきっとそう言うと思った」と笑っていました。小一郎は決意を新たにして眼下の景色を見渡しました。 ◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
March 13, 2026
2026年NHK大河ドラマ 『豊臣兄弟!』のあらすじ及び感想日記です。 この回は意外な展開が二つありました。一つは墨俣砦です。あれだけ苦労してやっとの思いで造りあげた砦があっさりと敵方に奪われて・・と思ったら、その後があったのですね。この展開にはホント、あっと言わされました。 このドラマの設定で面白いと思うのは、池松壮亮さん演ずる秀吉が武術がそこそこ長けているということです。だいたい今までの戦国ドラマでは、秀吉は知恵は恐ろしく回るけど武術はさほどできない、という感じが多かったです。火矢をつがえ砦に最後に火をかける役割が秀吉、というのがなんかカッコ良かったですね。 そしてもう一つの意外は、白石聖さん演じる直が、この回であっさり退場となったことでした。豊臣秀長(小一郎;仲野太賀さん)はやがて正妻を迎えるから、直はそのあたりで側室になるか、何かの理由で生き別れかな?と思っていました。でも今回、このような形で、しかも小一郎との幸せの絶頂で。 脚本の八津弘幸さんがこの先どんな物語を作っていくのか。従来の戦国ドラマとは違った展開がありそうで楽しみです。 ◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇ 永禄8年(1565)、尾張の織田信長(小栗旬さん)は美濃を手中に収めるために尾張の北西で美濃との境にある墨俣に砦を築くよう木下藤吉郎秀吉(後の豊臣秀吉;池松壮亮さん)に命じました。秀吉は弟の木下小一郎長秀(後の豊臣秀長;仲野太賀さん)と共に、是非とも協力してほしい川並衆筆頭の蜂須賀正勝(高橋努さん)を説得する段階まで仕事が進みました。 その小一郎ですが、兄・秀吉や家族が住む家を出て、ようやく互いに思いが通じ合ったと直(白石聖さん)と一緒に暮らすようになっていました。幸せをかみしめる小一郎と直。しかし墨俣に行く時が迫っていて、小一郎は直に「墨俣から帰ったら祝言を挙げよう」と約束しました。 そうこうしていると秀吉が迎えにきて出立となったので、直は小一郎に弁当の握り飯を持たせて見送りました。秀吉と小一郎は行く前に小牧山城に上がり、信長に「川並衆がよく働いて準備を進めている」と進捗状況を報告しました。 そのころ川並衆は着々と仕事を進めていたのですが、そこに美濃を治める斎藤龍興の家臣が見回りにやってきました。川並衆が用意する荷を見て龍興の家臣が追求し、蜂須賀は命が危うくなったので、荷をすべて領主の龍興のに差し出すことで許してもらいました。 しかしその家臣たちが去った後、蜂須賀は笑っていました。彼らが没収していった刀は戦場で拾い集めたなまくら刀ばかり、こういうこともあろうかと秀吉と小一郎から入れ知恵されてて初めからそのつもりで用意してあった、自分たちが必要なのはこのいかだのほうだ、と。 秀吉の策は、木曾川の上流で砦を作る材料を切り出し、材木をいったん少し下流にある松倉城に運んで組み立てやすい形にしておく、それを墨俣に運んで一気に組み立てるというもので、信長も策に納得して必ず成し遂げるよう言いました。 そして信長はもう一つ秀吉に、墨俣砦にはできるだけ長く敵の斎藤の兵を引きつけておくよう命じました。墨俣は"おとり"であると。 蜂須賀たちと合流した秀吉は、信長の命令を伝えました。龍興がいる稲葉山城から墨俣は遠いが、その途中に美濃三人衆(安藤守就、稲葉良通、氏家直元)が守る大垣城と曽根城と北方城がある、敵が墨俣に気をとられているうちに稲葉山城にいちばん近い北方城を攻め落とす、と。 "おとり"と聞いて蜂須賀は、自分たちはまた捨て石になるのか?と激怒しました。しかし秀吉は「信長様はわしでなければこの大仕事はできぬと見込んで任せてくれた。わしはおぬしを見込んで話をしたから今さら投げ出すのは許さん。」と真剣に言いました。秀吉は約束を守る男だと信じて協力した蜂須賀なので「一度引き受けた仕事は投げ出しはせん!」と怒りながら返しました。 そのころ知恵者・竹中半兵衛(菅田将暉さん)が暮らす美濃の小さな庵に北方城主の安藤守就(田中哲司さん)が訪ねていて、此度の織田の動きをどう思うか相談していました。半兵衛は思うところを「狙いは墨俣。でも此度は何か違う。」と紙に書いて安藤に渡していました。 半兵衛の言葉が気になった安藤は主君の斎藤龍興(濱田龍臣さん)に、早めに手をうったほうがよいと進言しました。しかし織田方に対して高を括っている龍興は、いつものように砦が完成する寸前で壊してやれ、そのほうがおもしろいと言うだけで、安藤は本当に放っておいていいのかと気がかりでした。 その墨俣では、秀吉と小一郎が待つ岸に夜陰に乗じて川並衆が次々といかだで到着し、材木をおろしていきました。そして皆で一斉に急いで築城が始ました。夜が明けると川の対岸の櫓で織田方を見張っていた斎藤の兵が、いつの間にかできている砦に驚き急報しました。 龍興は安藤ら三人衆に、なぜ気がつかなかった、たった一夜で砦ができるわけがない!と激しく怒りました。稲葉良通(嶋尾康史さん)が、織田方は築城の前に他の場所で入念に支度をしていたのでは?と言うと龍興は「なぜもっと早く手を打たなかった!」と怒るだけです。ひと月後でもいいと自分に言ったことと正反対のことを平気で言い、ことが起これば家臣のせいにして怒るだけの龍興。安藤ら三人衆は主君・龍興に対して不信感が募っていきました。 墨俣砦ではあちこちの持ち場で一気に築城を進めていました。小一郎が今のうちにと櫓の上で直が持たせてくれた握り飯を食べていたら秀吉が自分の握り飯を一つ取ろうとし、小一郎は手に持っていた握り飯を落としてしまいました。小一郎が拾おうとかがんだ瞬間、敵の矢が飛んできました。斎藤方が襲撃してきて応戦の態勢に入りつつ、小一郎は直に助けられたと感じていました。 そのころ直は中村(現;名古屋市)の実家に戻っていました。父・坂井喜左衛門(大倉孝二さん)はやっと直が戻ってきたと大喜びで、膳にごちそうを並べて嬉しそうでした。でも直が父のところに戻ってきたのは小一郎と夫婦になるのを許してもらい、できれば祝言に来てほしいからであり、それを知った喜左衛門は黙りこくってしまいました。 喜左衛門は、今や出世して織田家の重臣となった秀吉と小一郎には何も言えないし、小牧で一緒に暮らそうという小一郎の申し出をありがたくも思っていました。複雑な思いを抱えながら喜左衛門は直を蔵に連れていき、その後で直が油断した隙に蔵に閉じ込め鍵をかけてしまいました。 直に同行してきた姉・とも(宮澤エマさん)の夫の弥助(上川周作さん)は直を待つ間、幼馴染みの玄太(高尾悠希さん)と話をしていました。秀吉と小一郎の出世を聞いた玄太は、今年は日照りが続いて水がなくて、田畑の水を奪い合って村同士での諍いが絶えないからなんとかしてほしい、と訴えました。百姓にとって水の確保は生きるか死ぬかの問題だったのです。 直はなんとか蔵から脱出しようとあれこれ試み、そのときにふと昔のことを思い出しました。蔵で遊んでいて父に叱られた、でも棚が倒れてきたときに父は自分をかばって怪我をして、父は「直が無事ならそれでよい。」と言ってくれてたことを。そのとき弥助が外から蔵の鍵を壊して助けてくれました。 蔵から出た直はそのまま逃げずにまた父のもとに行きました。父に言い残したことがあったからです。直は父に「とと様は口では憎たらしいことを言うけど、いざというときは私のことを大切にしてくれた。今までありがとうございました。」と深々と頭を下げました。そして泣きながら「私は今、幸せなんじゃ。」と最高の笑顔を父に向けました。 娘の決意を悟った父は、直に白無垢の花嫁衣装を渡しました。そして、自分は祝言には行かんが、正月、盆、刈り入れと祭りには必ず帰ってこい、と言いました。直は「いつかややこができたら会わせに来ます。とと様の娘に生まれてよかった。」と父に思いを伝えました。 さて墨俣砦ですが、櫓の高いところに重たそうな大きな樽を置いたとき、誰も成し得んかったここに城を築いた、信長の命令を成し遂げた、と皆で歓声をあげて喜びました。しかし翌朝、龍興から命を受けた美濃の大軍が川の向こうに集結していて、壮絶な戦いが始まりました。 戦いは夜になっても続き、やがて砦の柵は倒されて敵が侵入、秀吉と蜂須賀は皆に、砦を捨てて撤退するよう命じました。川まで逃げてやっとの思いで造りあげた砦を振り返ったとき、秀吉は「この先この城のことを覚えている者はどれほどいるのか。たった一夜だったが皆で造ったこの城のことをわしは生涯忘れぬ。よき城であった。」と感慨にふけりました。 しかしすぐに表情が変わり、秀吉の合図とともに綱を切って堰が切られ、城の周りに油が流れ込みました。秀吉は火矢を構えて城に向かって放ち、その矢はあの大樽に当たり、樽に仕込まれた油に引火して激しく燃えだしました。火は城の周りの油にも引火して一斉に燃え広がり、斎藤の兵は火に囲まれて逃げられなくなりました。燃え盛る墨俣砦に背を向けて秀吉たちは船で逃げていきました。 一方、小一郎は手はずどおり前野長康(渋谷謙人さん)と共に美濃の北方城に向かい、城の前で森可成(水橋研二さん)と合流しました。見張りが手薄と思って城内に入ると中で兵が待ち構えていて、逃げ場をなくした小一郎と前野たちは絶体絶命になりました。 城主の安藤守就と対峙した小一郎は刀を収め、よくぞ我らの策を見抜いたと言い、安藤が「別の者が見抜いた」と言うと小一郎はかがんで「良きお仲間をお持ちのようで。そのお力を我らにお貸しくだされ。」と懇願しました。小一郎はさらに「皆が良き暮らしができるなら我らが美濃に寝返ってもいい。でも我が兄・秀吉なら、信長様なら新たな面白き世を必ず作ると言う。龍興様にはそれができるのか?」と安藤に問いました。 小一郎の言葉は、前言を平気で翻して都合の悪いことは家臣のせいにする主君・龍興への怒りが積もっている安藤には痛烈なもので、思わず迷いが生じました。しかしすぐに小一郎たちを斬るよう家臣に命じたので、前野は隙をついて小一郎を連れて裏手から逃げようとしました。裏庭には松明を持った学者のような男(竹中半兵衛)がいて、何か話をしたそうだったけど、追手が来たので小一郎と前野は急いで逃げました。 そのころ直は、白無垢の衣装他、荷物を弥助に持ってもらって、幸せにひたりながら小牧に戻る道を進んでいました。しかしその途中、互いに武器を持って水争いをする村人たちに出くわし、弥助は逃げようと言ったものの直は逃げ遅れた幼い少女を思わずかばってしまい、命を落としてしまいました。 一方、小一郎は、なんとか逃げ延びて兄・秀吉と山中で合流し、策が見抜かれて失敗したことを報告しました。秀吉は「生きて戻ればそれでよい。また次がある。」と言い、笑顔で小一郎を励ましました。そして皆に「さて、帰って殿の大目玉をくらうとするかのぉ。」と呼びかけ、笑い合いました。 秀吉と小一郎が小牧の家に戻ると寧々(浜辺美波さん)が暗い顔で二人を出迎え、二人はそのとき直の死を知りました。戦に出ても必ず生きて帰る、自分の帰る場所はここだ、と約束した最愛の女性・直。もう目を開けることのない直に向かい小一郎は「わしは生きて帰ったぞ。約束を守ったぞ!なのになんでお前は!」と何度も直の名を呼んで慟哭するだけでした。 ◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
March 5, 2026
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