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人には人の、それぞれのみ役がある。神には神のみ役がある。神にみ役あり、というは、神にもいろいろな方がおられ、神も人と同じく、様々な役割を担われているからなり。なれば神も、そのみ役を果たしつつ、人間界の行い、営み、万物の仕組みがとどこおりなく進むよう、日々、行を積まれておられる。そしてその中でも、高い層の神と低い層とがあり、やはり行が進みゆくにつれ、その層が上がり、それに伴いみ役も変わる。されば、神は人と同じく行をもって自らの霊層を高め、更なる昇華を積まれる。そして神と人は、一体となりて行を積みゆく。なぜなら、神のみ役は人の行い、行に通じ、神の行が滞らば、人の世界にての行もそれを写し、神の世界の乱れが、人間界の乱れとなる仕組みなればなり。それゆえ、行を怠りし神のもとでは、その神に導かれる、霊体、幽体、人体、全ての生命に乱れが生じることとなる。なれど神の世界の乱れは、神のみ力、神ご自身のご努力によりいつでも回復し、元にもどすことは容易なるが、人間界の乱れは、人のみ力で回復できぬが常なり。それゆえ、神は人の力を貸し、力を与え、光を与えられて、この世を浄めさせ、乱れを改めさせ、気がつかせんとして、不幸現象を見せられ、悟れよ、気づけよ、と呼びかけておられる。 なれど人の多くは、その呼びかけ、神の諭しに気づかず、憎しみ、ねたみをもって、自らの我を、一層に強めゆくが、多くの常なり。大半の者なり。されど、中に幾人かの人間が神から下ろされ、地上に現れ、この世の乱れを改め、人の心をいさめ、人に気付きを与えんとして、この世で特別のみ役をもって生まれる者あり。それは、時に人に、書をもって光を示す者あり。声をもって伝える者あり。また、手から放たれる光、あるいは肉体による神の力の体現をして、神の力を示し、人に神の存在を知らしめ、人の心の改善を図らんとされる。なれば、この世で、奇跡といわれることの多くは、その者自身の力にはあらず、神がその者に神の力を与え、ご意志を示させているにすぎぬ。しかれど、神は、人を変えることを望んでおられるのではなく、ただ、人自らが、神の力を信じ、人が自らのみ役に気づき、悟り、神の心を取り戻す、そのことのみを望んでおられる。 人が、この世に生を得、生を生き、神の子としてではなく、人の我に囚われ始めてから、この地上に、神の御心に添わぬ物を作り始め、神の御心に添わぬ物質に囚われ始め、人の心が汚れ、神の御心から遠ざかり、次第に地球、自然、万物の命、魂、肉体を、あらゆるものを汚し始めた。なれど、人は己の我欲と闘いつつ、行を行わなければならぬ。そして悟りを得、気づきを得るものなり。そのように仕組まれているものなり。然るに今の世にて、己の我と闘い、己の我欲と真摯に対峙し、それをなくさんと行を積む者がどれだけいようか。おそらくは、ごく限られた者たちだけであろう。 もう地球は元に戻らぬ。人の全てが自らを改め 心を改め浄め魂の向上を願い図らずは この地球も 人も生物 物質 全てのものが滅びゆくなり。 人が神の子として、最初の魂に戻り、気づくときまで、神は人に呼びかけを続けられよう。そのためのお仕組みを、いくつも用意され、一つ一つをもって示され、待っておられる。なれど、その神のご意図も今の荒れ果てた人の心には届くすべもなし。二度、三度、人に気づきの機会を与えられて今日に至りしが、すでにもう地球は、自然は、万物は、その体系を崩し、取り返しのつかぬところまできてしまいし。それゆえ神も決断を下されし。もう時はなし、もう待つことはならぬと。そして神々のお計らいによりて、幾人かを地上に降ろし、そのみ役として、他の者とは異なるみ役を担わされし。それが、神のご意志、ご意図を人に伝え、広めるみ役の者たちなり。 最期の気づきの機会を与えんためなれば、人はついに最期の時を迎えんことを示すものなり。よりて、人はこの機会を逃し、気づかぬ者は、神の救いも届かず、この世だけでなく、宇宙、空間、時間の一切から、存在を消され、永遠に消えゆくこととならん。脅し、脅迫ではなく、それが神の仕組みなり。 なれば、人よ、人と共に歩みし神の子よ、神の子というは全てなるが、神の心失いし者は、神の子たらぬ者なれば、ここに人と区別して呼ぶなるが、神の心持ちし神の子と、人と、全ての生を持ちし生き物たちとが、再度神に近づき、神の御心に適う生を与えられるために、最期の機会を共に活かし、共に行じてゆかんことを願うなり。 魂の存続をされるか否かの 最期の機会なり。残されし時の短さを思うなら日々をおろそかに過ごすことはできまい。 神の声を伝える人ひふみともこさん著書「神から人へ(上)」よりひふみともこさんHP→ http://wa-hifumi.info/
2014.08.27
神から人へ。人から神へ。 神の思いは巡り巡りて、人類全ての人の心に、宇宙の片隅、地球の星の、地上に生きる無数の人の、御霊を照らし、心を支え、人を導き救うため、神の全てをかけて教えて、思いの全てを人に預けて、さらに広がり広まるように、思いも祈りも託せしぞ。 今はや時は、最後の前の、瞬時の前の、 瀬戸際の時。何も迷わず、信念を、貫き持ちて、戻るなよ。戻り返りて何もなし。前にのみある危機の時を、まずは回避し、地球を救えよ。後に残さる荒廃の地に、焼野に残る一輪の花、咲き残させよ。蘇らせよ。何も迷わず、前のみ向きて、過去の間違い、あやまり詫びて明日の 一歩に踏み出せよ。過去には過去の誤りもあり。なれど気づきて悟るは未来。過去に戻れず、引き返せず。なれば今日のみ真摯に生きて、明日の希望に夢を託して、明日のみ信じ、神を信じよ。人間努力の急がるる時。今ほど危険な時はなし。急ぎ働き、今を逃すな。今に遅れて後悔残すな。後になりては何の意味もなし。今こそゆえの教えなり。さなれば神は、全てを賭しても、人の救済、導きに、役立つ教えを惜しむことなく、与え続けて、希望をつながん。さても働き、さらにも尽くせよ。尽くし預けて、残すなきまで、人の努力の精進の、証と捧げよ、奉れよ。悔いをば残す愚かさは、人間全ての変わらぬ性(さが)なり。同じ過ち繰り返せども、少しの進歩も向上もなく、自ら墓穴を掘る如し。 神のことばの教えの深さに、人は気づきて悟るべきなり。心に神を求める者は、神に従い捧げる者は、必ず正しき光の道へ、返り戻りて一歩を進めん。必ず正しき方へと進まん。真理の道とは、さなるものなり。 失敗遅れを恐るなかれ。人の成長向上にはなくして欠かせぬ道のりなれば。 神の声を伝える人ひふみともこさん著書 「続神誥記」より抜粋ひふみともこさんHP→ http://wa-hifumi.info/
2014.08.21
神から人へ。人から神へ。その働きをさらにも高めて、さらに働き、役を果たせよ。人類危急の、危難の時を、みなが集まり、祈りを高めて、人類再生創世の次代を築きて、役を担えよ。全ては人の努力にかかり、人一人一人の思いによらん。なれば、全ては一から始まり、一に終わりて、収束迎えん。人の一人が欠けるとも、経綸仕組みは変わらず進む。なれど、一人の不足、欠如は、多くの犠牲を伴わん。 なれば、人は努力を惜しまず、人の一つの命かけても、最後の一人も残さぬように、神の仕組みを手伝うべし。さなる努力の急がれる時。さらなる献身、奉仕を望む。 一に努力を、行動を、迷わぬ祈りを神に捧げて、疑い迷いの曇りを消して、神に仕える幸運祝い、神の教えに従うべし。今は一途に進むのみ。脇見よそ見するそのひまに、迷わぬ一歩を踏み出すべし。 何の恐れも、ためらいもなし。神の教えに狂いなければ、伝える者も曲げることなく、己の勝手な独善偽善、己の慢心傲慢捨てて、素直に謙虚に働くべし。神に望まる人になれよ。いずれも神に選ばれし者。神の教えを忠実に、この世に写し、実現せんため、この世に降りし者なれば、神と交わせし約束、誓いを忘るることなく、余すことなく果たして戻れよ。神の世界と現世を結ぶ、一つの架け橋、絆となれよ。 現世の迷い、悩める者を、一人も多く、あの世と結び、この世の浮世に漂う者を、あの世につなぎて、救いやれよ。ますます多くの迷える者が、この世に溢れ、さまよわん。さなる苦悩を祈りの波動で食い止めよ。 この世を覆う恨み、憎しみ、適と味方の二者に分かれて相手を倒し、滅ぼさんと、暴力武力に血道をあげて、さらにも犠牲を増やす愚かさ。人の痛みを測ることなく ただ己の利害のみ、損得ばかりに目を奪われて、この世の地獄を招きし過去よ。 今こそ改め、つぐなう時なり。 過去のあやまち、罪科を禊ぎ清めて、詫びる時なり。人の全てが同罪なれば、他人に責を押し付けるなく、一人一人が悔いるべし。一人の罪は一人にあらず。全てが招きし罪なれば、富を重ねし過去からの、先人故人に変わりて悔いよ。罪の禊ぎの終わりし時こそ、この世の波動は正され高まり祈りの言葉は広がらん。 波動の乱れを改めて、地軸の狂いを正して回さん。徐々に広がる乱れ狂いを、正しき動きに戻すべし。祈りの波動が力を強め 宇宙の動きを速めさせん。なれば人は祈りを欠かさず 地球の動きに力を与えよ。 神の望まる働きとは、一人も多くの祈りが高まりこの世に満ちて溢るることなり。一日の遅れは、一日にあらず。積もり積もりて、一年十年、やがては百万年とならん。人の進化の遅れしも、全ては一人の慢心から。波動の広がり促すものは、己の心一つにあり。一人の祈りが全てならん。全てを補う力あり。 神の声を伝える人ひふみともこさん著書 「続神誥記」より抜粋ひふみともこさんHP→ http://wa-hifumi.info/
2014.08.09
神から人。伝え教えて、習わせて、さにて使うを許されし、こと、もの、ことば、文字、光。全てに神の神意あり。全てに神の慈愛あり。なれば、人は、よく感じ、心に受け止め、肝に銘じよ。胎におさめよ。神の慈愛と恩愛なくば、人は生き得ず、永らえず。短く儚き人生を、空しく過ぎて、儚く散らん。心に灯火、神のみ光、神の恩愛 身に沁みて、深き感謝の念持たば、自ずと見え来ん。自ずと明かさる この世の仕組み、宇宙の真理、真の生成科育の意味。心の感謝と、真の行い。 さにて示さる、己の位置。己の精進、昇華の進み。偽り、つくろい、装えど、神には明らか、明白なり。神の御目をごまかさんと、装い飾りて隠せども、自ずと透ける、心の汚れ。心の奥底、魂の、奥に秘めらる真の光。曇り汚れの多くあらば、光は濁り、澱み(よどみ)沈まん。なれば、禊ぎ(みそぎ)て、浄め、祓わん。この世にあるうち、許さるるうち、精一杯の努力を持ちて、神に仕えて、使われよ。 神に仕える歓びを、人にも伝え、輪を広げん。一人の行い、努力は小さし。なし得ることの少なければ、互いに協力、団結し、力を合わせ、光を強めよ。人の輪、神の輪、光の輪、全ての中心、中にあり。神の御心、神経綸。光を強め、輪を広げ、さにて伝わる、伝えらる。 神のご意図と神の願い。真の祈りと最期のことば。後に残さん、永久に伝えん。正しく、曲げず、損なわず。ひとつの乱れも、漏れもなく、伝え残せよ、 神のみことば。 今に始まり、今に終わる。神のことばは瞬間なり。なれど永遠、悠久の、 時を超越、時間を越えて、人から人へ、時から時へ、瞬時の合間、間隙を縫い、貫き通さる、空間を超え。人には知り得ぬ神のみ力。神の導きの業は、人も時間も空間も、知恵も知識も文明も、なお計り得ぬ、つかみ得ぬ。人の全ての力を合わせど、全ての能力技術を集めど、なお超えられぬ、近づき得ぬ。一つの生命、命たりとも、人の全知に生み出し得ぬ。人はあきらめ、諦観すべし。己の非力を認めるべし。 神のみ力、神の御心、そに定められ、導かれて、ようやく生を与えられ、短き生を終え得るなれば、全てを神に預けるがよし。己の迷い、曇りし心で、何をせんとも何もなし得ぬ。ただ思い知る、己の愚昧、己の浅はか、己の軽率。されど、忘るな、神の御愛。人の全てに備えられ、与え授けし神のみ力。甦らするは己なり。己の精進努力にて、神の力は復活し、神に等しき力を得る。神に近づき、力を得、英知賜り、奇跡行なう。人に眠りし神の力は、人の呼びかけ、問いかけに、応え示さん、神なる存在。 神の復活再臨は、近くに起こらん。始まらん。この世の終わり。無くなりて、新しき世の創られし時、神は降り立ち、現れて、創り直さん。立て替えん。神の真の意図に添い、神の心に適うるよう、再度の努力、尽力にて、人を集めん。人を使わん。さなりし時に使われんため、人は今より努力せよ。精進始めよ。霊行積めよ。遅すぎる無し、間に合わぬ無し。あきらめ、投げやり、自暴自棄、厳に慎め、戒めよ。神は悲しみ、嘆かれん。人の落胆、絶望は、最も神の嫌わる心。心を常に高く持ち、苦難困難に立ち向かい、 結果を恐れず努力を重ね、なれども無欲無心にて、己の成すべきことをのみ、 ただ端然と続けるべし。 乱れ狂いて騒ぎ立て、慌てふためき、何をせん。人の成し得ることの程度はおのずと限られ、狭められ。神にゆだねて任しきらば、 神は図りて、叶えらる。神のみ業の霊妙なり。 神の仕組みの精緻なまでの、人知を超えし匠なり。預けゆだねて、神に任せよ。 人の浅はかで、動かば過つ。少しの変化も向上も、神のお許し、認めのなくば、事は進まぬ。進展せぬ。神から人に望みを託し、人にさせたき事ならば、神は許して、力を与うる。なれど、御心、ご意図に外れば、神は戒め、仕組みを止めん。人の欲望、己の利得、さのみのための努力にあらば、神は許さず。気付かんとさす。その時人は、神に詫び、己の行い悔いるべし。神に許しを乞い、自ら額ずき、戒めよ。心の中に曇りのあらば、邪心のあらば、神は許さず。人の願いも、祈りも、奉仕も。まずは肝心、心の功徳。心の低く、卑しき者は、願いも、祈りも、感謝の念も、自ずと汚れ、過ち多し。気付かぬ無礼をまず恥じよ。さにて悟れよ、改めよ。 全ては己の内なる中から、内なる魂、心から始まり、進み、成就せん。良からぬ結果は、己の汚れ。上がらぬ結果は、己の過ち。全てを引き受け、全てを負わさる。そこに差は無し。違い無し。己の植えし花ならば、育てて咲かせて、最期まで、実らせ刈りて、見届けよ。 さにて悟れよ、この世の仕組み。宇宙の原理。自然の摂理。万事万物、例外なく、全てに平等、厳然と、時間空間次元を超えて、貫かるるが、真理なり。時が移りて、所を変えど、神の真理は及び働く。逃れんとして、逃れ得ぬ。 人も宇宙の一部なれば、神と一体、宇宙と一体。この短き一瞬に、地上に下ろされ、生かさるる。己の意志なく、我執無く、神に尋ねて生くればよかれ。真理に添いて、外れぬよう、生きるが大事、絶対なり。生きる英知を神に求めよ。さにて終わる。 神の声を伝える人ひふみともこ 著書 「神から人へ(上)」より ひふみともこさんHP http://wa-hifumi.info/
2014.08.08
神から人へ。神から人へ、教え伝えて残させんと、神の示しし教えの全てを、多くの人に伝え広めよ。いよいよ始まる世の改革。天地開闢、世は立替えられん。禊ぎのすまぬ多くの魂は、落とされ消されて、再び戻れぬ。なれど、書記読み、魂浄め、神の許しを得し者は、救われ拾われ、天へと昇らん。神のことばを聞け、子よ。神のことばの奥にある、意味を悟れよ、読み取り汲めよ。広めよ、伝えよ、興せよ、広げよ。全ての人の力を集めよ、人よ。神の祈りに応えて示せ。己の誠を捧げよ、人よ。神の祈りを叶えて顕せ。人の多くの魂を、一つも残さず救わんために、神のことばを 祈りを、心を、教え聞かせて悟らせよ。人の御魂は鈍感なるとも、奥の内なる神を動かし、目覚めの機会をもたらさん。なれば、動かせ、聞かせよ、神に。眠れる魂に、呼びかけ、醒ませ。神のことばを広めんこと、書記もて読ませ、語りて聞かせ、声にて読みて、文字にて見せよ。人間心に測りて恥じるな。人間心は小さきもの。神のご意図あやまたん。心を浄め、高めんために、己を鍛えて試さんために、自ら求めよ、禊ぎと試練。さなる御魂は残されん。後の世界に、生まれ変わらん。 なれど、心に隙多く、行を怠り怠ける者は、神の心に添うことなく、ついには地獄に落とされん。堕ちて残らば、ありがたし。残さず消されん魂もあり。神の心に適うよう、自ら求め望まん者よ、神は救いて、導かん。神の祈りを聞きて、応えよ。祈りを顕し、形に現せ。救いの道は遠からず。素直に歩みて、従わば、やがては見えなん、道の果て。光りに付いて、進め、子よ。み光り、み力、みことば、御心、神の恩恵受け止めて、神のご意図を現しゆかば、この世も終わりて甦らん。 神を手伝い、働け、人よ。神の子どもと戻り帰らば、神のみ役もまた嬉しく、楽しき行となりゆかん。全ての人に、語りかけたし、全ての人に、読ませ、見せたし。全ての人に、与えたし。神の力を信ずる者よ。神の力を恵みを光りを受ける器は、清まりぬるか。神の救いを求める者よ。祈りは高まり、強まりぬるか。神の波長に、高めて相和し、神の波長と共に振るうか。神の祈りの高きを持ちて、魂浄めよ、眠りを醒ませよ。御魂の心の奥底に、眠り潜みて隠れたる、神に気付けよ、目覚ませよ。 魂振るわし、心を揺さぶり、肉体鍛えて動かさば、行い自ずと、正されん。ことばも祈りも行ないも、残らず清まり、高まらん。悪しき思いを抱くことなく、醜き感情湧くことなく、怠惰の暮らしを送ることなし。神の心に高まらば、己の小さき我欲も消えん。思い疑う前に動けよ。愚かな理屈、理論をこねるな。時の無駄なり。浪費なり。 動き働くそれのみにて、無駄な考え、疑問も持たず、神に預けて委ねればよし。小さき疑問も、迷いも悩みも、全ては至らぬ行いから、生じてくるを、気付けよ、人よ。全てを神に任せおき、愚かな考え思案を捨てて、無心に歩めよ、働けよ。全ては神のご意図に添いて、神の経綸、実現させん。人の迷いは妨げならん。勝手な行い、邪魔をせん。生まれて許され生かされて、齢を重ねて、行を積み、経験重ねて成長せしも、悟りの進まぬ魂は、とくと省み改め直せよ。神の力にすがりても、神は許さず、再び禊がん。先ずは己の努力なり。努力を惜しみて、楽 追いて、魂磨かず曇らせて、よどみを貯めて、蓄えて、魂おおう汚れを落とさず、神の御前に現るるなよ。神の心を悲しませ、遂には神を諦めさせん。神の落胆、嘆きを思えよ。 今の行いは、ことばは、思いは、祈りは清きか。一つも恥ずべき汚れを見つけば、直ぐにも落とせよ。洗い流さん。一つ一つを丹念に、地道に落とし、浄めゆかば、ついには曇りも汚れも持たぬ、始めの清らな魂となるらん。日々の行い、そが全て。 神のご意図は、全ての魂が、あの世に戻りて、禊がれて、苦しき行にあわぬよう、魂浄めて持ち帰ること。そのため、難題、困難を、課して禊ぎを与えんとする。今のうちなり、神の光りを慈愛を受けて、行を積めるは。やがては、光りの届かぬ世界に落とされ、禊がれ、後悔せぬよう。神は人を鍛えて試さる。人の御魂が清まるように、試練を与えて耐えるを待たる。 神の歓び楽しみは、人の奥なる魂が、次第に清まり、高まりて神の心に適うまで、尊き光りを放つまで、苦難を乗り越え行ずる姿。神は光りを当てて呼ぶ。僅かの時をも無駄にせず、ただひたすらに前を向き、脇見よそ見に気を取られず、一途に歩めよ、山頂までと。一つの山を登り付かば、次にはさらに高き山、困難目指して進め、子よ。神は人を導きて、示し誘い、案内せん。この世の海路、指針なく、波にもまれて漂う小船よ。空を見上げて星を探せよ。己の位置を、今ある場所を、神に尋ねて確かめよ。その後決めよ、行き先を。己の向かう港を定めよ。 永き人生、儚き夢をも、見ずに終わらば、悔いも残らん。儚き夢のその中に、神の存在、出会いもなくば、やがては堕ちなん、地獄の底へ。夢の中にも真実はあり。夢をも見ずに、現実を、いかに知り得ん、悟り得ん。夢と うつつの境に気づき、己の生の真実を、いずれに求め、信ずるか。そを決めるのも己なり。神との出会いを夢と思うか。それとも真実、現実と信じ迷わず、修行の道を求むるか。いずれも人生、航海なり。己の描きし航路に添いて、この世の海を渡れよ、人よ。神のことばを聞きつつも、教えの意味を悟らずは、伝えも無駄なり、徒労なり。よくよく戒め、悟りを得よ。 神の声を伝える人 ひふみともこ 著書 「神から人へ(下)」より抜粋 ひふみともこさんHP → http://wa-hifumi.info/
2014.08.07
◎我楽多(ガラクタ)に「天国の門」は開かない◎ 2013.8.29 「神言会」ブログより転載 http://kamikotokai-b.jugem.jp/?eid=251
2014.08.05
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神から人へ。人から神へ。多くの罪もあやまちも、人の生きる標となりて、人を導き、人を誘い、人を迷わず進ますための、神の経綸、始めの計画。なれば人は、そこから読み取り、神の示さる神のご意図を正しく読み解き、正しく行なえ。 今の残りの、許さる時は、わずかの時間の、短き一瞬。多くを起こし、多くを目ざませ。多くの眠りし魂の、奥底にある記憶を覚まして、御魂の底に刻まれし、起源の初めに呼び掛けよ。祈りのことばは、すぐにも働き、人の御魂の働き始めん。 今、急がるるは、ひとえに祈りを高め広げて、地軸の狂いを立て直し、波長の乱れを正すこと。祈りの波動をさらに広げ、人の心の衰えを、荒れし心を、癒やし和らげ、安らか、平らか、穏やかな、心の常を取り戻すこと。 争い、闘い、いがみ合う、果て無き人の世、循環は今ここからにても断ち切りて、善なる波動の循環に、転じてまわし動かせよ。悪なる循環、展開を、元に戻して立ち返らせよ。人には多くを望むより、ひとつの変わらぬ目標を持ち、地道な努力を繰り返し、利他の心を失わず、回り道さえ、厭わずに、己の役を終えること。そのみを祈るこの日なり。時は満ち、機は熟したり。整えり。人の世界の波動を起こして、さらに高めて動かせよ。今この時も、束の間も、地球の地軸は定まらず、地球の回転、公転を、狂わせ乱してめぐるなり。迷いは要らぬ、ためらいも。信じぬ心は役にも立たぬ。祈りのことばは信より生まれ、信じる心はさらに高まり、やがては無心の空となる。信の裏には疑いのあり。なれば、信にはまだ不足あり。信さえ超えし、無心の信に、無垢なる白紙の祈りに至れよ。 神の世界は全てが必然。自明の原理の働くのみ。結果を憂うる要もなく案じわずらう必要もなしなれば、人の祈りのことばも宇宙の原理を受け入れるのみ全てを創り全てを動かす人知を超えし力を信じよ祈りは全ての根本なり乱れし波動を整えて、狂いを正す大本なれば (地上の乱れを正す波動 ひふみ祝詞 いろは祝詞 )古代の人の祭りし如くに、御霊浄める儀式をなせよ。神を奉りて、祝詞をあげて、あまねく神に感謝捧げよ。人の誠のこもりなば、神は受け取り、祈ぎて、祈らん。祈りと祈りの共振は、互いに高めて、波動を広げ、やがては全ての人々の、魂癒して、言霊となる。言霊広がり、光の如くに、地上の乱れを全て正さん。 「ひふみ祝詞」ひ ふ み よ い む な や こ と も ち ろ ら ね し き る ゆ ゐ(wi)つ わ ぬ そ を(wo) た は く め か う お え に さ り へ て の ま す あ せ ゑ (we)ほ れ- け ん ※3回続けて宣(の)る ひい ふう みい よお と読む 「いろは祝詞」いろは にほへとち りぬるを(wo)わかよ たれそ つねならむ うゐ(wi)のおくやま けふこえてあさき ゆめみし ゑ(we)ひもせすん ひふみともこさん著書 「神誥記」より抜粋ひふみともこさんHP→ http://wa-hifumi.info/
2014.08.05
祝詞をあげるみ役のある方へ 上野公園さんの 「神言会」ブログ(=高い位の神界情報多数あります)に救世のため観音様からおろされた言霊鍛錬・言霊発声練習方法が載っています。祝詞(のりと)の音霊を強くするために活用してください祝詞をあげる前に 毎回唱えるのが効果的です 「観音様から降ろされた救世の言霊鍛錬方」 → http://kamikotokai-b.jugem.jp/?eid=258 より転載 私は自己のホームページとして、「神言会」、「ノアの箱船」、「あなたの知らない伏見稲荷山」の三つのHPを展開しています。その伏見稲荷山の中にサブHPとして「言霊」を出しています。何故、あなたの知らない伏見稲荷山のHPの中に入れてありますかと言いますと、聖書では言葉は神と共にあった。この日本では古来より「この日本は言霊の幸はふ国」であり、日本における言霊学は伏見稲荷大社社家の子であった「荷田春満(かだのあずまろ)」から始まったとも言われているからです。私が説いているのは「米」教であり、稲荷の教えとは「瓜二つ」なのです。私は伏見稲荷講に所属していて、白「狐」が銜えている巻物に何が書かれているのだろうかと考えていた者なのです。何故、狐は瓜の獣(犭)なのか?あなたの知らない伏見稲荷山HPhttp://inariyama.com/ そのサブHPの「言霊」の中に、言霊発声練習方として祝詞パート1の最後と祝詞パート3に言霊発声練習の方法を出しています。発声指導は私が師事しました今は亡き鈴木雄詞師で、大本教出口王仁三郎聖師の直弟子であった方を師匠とされていましたので、その言霊の源は大本教で間違いはないのでしょうが、今の大本教にこうした言霊発声が残っているのかどうかは解りません。この鈴木師は言霊だけで医師が手術が出来ない赤子の心臓弁膜症を治すなど、私もその言霊の威力をまざまざと見させていただきました。しかし、私はその鈴木師を越えるほどの言霊は出せませんでした。無論、言霊だけでそうした力はつきません。この鈴木師はある山に三年間も籠もって、熊笹や松の葉などを食べる仙人生活をして来られた下地があるからです。そうしたことから、あぐらで坐ったまま空中に浮揚していたほどの仙人です。そうした下地に言霊が鍛えられていたわけです。だが、そうした下地が無い人でもそうした言霊を知ることによって、言霊で霊を祓う力が確実に備わって来るのも見て来ました。目に見えた霊的能力が無くても霊的世界ではその威力を発揮するのです。 この度、ある観音様からその言霊発声練習方の並びに関しまして、世の大立替(最後の審判)に備えてさらなる強力版がある方に降ろされて、その内容がその観音様の命により私の元に伝達されて来ました。 私がHPで出したバージョンアップ版と言えます。確かに、私自身が足りていないと感じていた言霊の部分が補われています。観音様が世の大立替(最後の審判)から一人でも多くの者を救いたいと思われている内容なので、ここに開示させていただきます。なお、言霊発生練習としては、鈴木雄詞の上げ方が見本となりますので、旧版を組み替えて発生の上げ方として開示しますので、それを見本として強化された言霊発声練習方を学ばれますと、より魂の鍛錬となるかと思います。ただ、こうした言霊を上げれば、世の大立替(最後の審判)が回避されるという話ではありません。新しい嬉し嬉しの「みろくの世」に進む為の補助的なものと言えるでしょう。 言霊鍛錬方 → http://uenokouen.com/noanokotodama/
2014.08.02
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