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神から人。神から人へ、伝え、教えん。神の御心、神の意図。次なる世に残すべきもの。そは文字、ことば、神のみ光。人を愛する心と情け。神への信と、真の教え。人を浄める神の業(わざ)。さにて滅びん、神の御心、ご意図に添わざる様々なもの。物質、金銭、欲望の素。人の世界に作らるる、物質文明、そもまたしかり。人を惑わし心迷わし、心を蝕(むしば)み心を汚す、さのみのために使わるる。欲望満たすためにのみ、いつしか使われ、心奪われ、奴隷となりて心失う。人はよくよく気をつけるべし。心置くべし。心得るべし。人のなすべき行もなさずに、人の心をもてあそぶ、卑しき煩悩、誘惑に、心囚われ、道を誤る。道を外れて帰る術(すべ)なく、行きて戻れぬ無間の迷路。戻る術さえ示されず、帰る道さえ閉ざされて、人は沈みぬ、底のなき沼。光も届かぬ闇なれど、人の心に悟りのあらば、魂目覚めて、神甦り、心に太陽、御魂に光。まばゆき光に包まれて、人は闇から救われん。神の光に浄められ、汚濁を落とし、不浄を祓い、魂浄めて拾われん。神の仕組みに感謝せば、人は魂浄められ、神の救いに救われて、拾い上げられ天に帰らん。天に戻りて修行を積まば、やがては神は昇華(しょうげ)を許し、さらに高みの世へ引き上げん。さなれば人よ、恐るることなし、人の汚れも妄執も、一つの願い気持ち一つで、魂変わり浄めを受けん。浄めを受けて修行を積まば、やがては神の心と高まり、己の足らざる欠けたる点も、気づきて補い改められん。 神は人に伝えらる。神から人へ与えしものの、一つも無駄なく不足なければ。人は存分、十二分に、使い果たせよ、残すことなく。なれど漏らすな、不平も愚痴も。神の恵みに感謝して、ただ慈(いつく)しみ、愛(いとお)しめ。神の御霊(みたま)を分け与えられし、全てのものに、感謝を捧げよ。神は人に与えられ、同時に求めらるる。神への感謝と絶対帰依。無心の感謝と生きる喜び。生かされ賜る数々の幸。神は人に教えらる。いかに現し、いかに移すか。神の御心、経綸(けいりん)を、この世に顕(あらわ)す方途を授けん。人は望みて、求むればよし。神の心に違(たが)わぬ努力を。心に添わざる行いを、改め見直し高むればよし。神は人に示されよう。明日の命と魂の、栄えある未来を約せんために。神自ら導き示さん。一人一人の精進の、行くべき道となすべき行を。わからぬ者は、人に聞け。人に尋ねて示されよ。人の教えの元となる、神のことばを訳して頂け。光を受けて浄められ、光を放ちて人を浄めよ。人は神から賜らん。返せぬほどの恩愛を、受けて気づかぬ無礼を詫びて、今すぐにでも、神に下座せよ。大事のみ役、神の手伝い。この世の最高至上の栄誉。 神は人に苦を与えん。人が気づきて悟るまで、神の存在気づくまで、神に感謝し帰依するまで、人を鍛えて、禊ぎてゆかる。なれば人は人知を捨てて、己の小さき欲から離れ、望み欲せよ、さらに大きな恩愛求めよ。無心に求める赤子の心で、親の情愛一心に受け、当然の如くに守られて、さにて育ちて親となる。親と変わりて初めて気づかん。親の苦労と尽きせぬ悩み。なれど、可愛い子の為ならと、命も削りて与えんとする。さなるがほどに深き恩愛。厚き情愛、真の愛を、神は一人のためにさえ、惜しまず与え、育つを願わる。なれば人よ、神の子らよ、伏して拝(おろが)めよ。崇(あが)め讚(たた)えて、奉(たてまつ)れ。親の恩愛さらに超え、尚も尊き神大愛(かみたいあい)。 知らずに生きて死ぬるまで、己一人の力とて、我執我欲に凝り固まりて、曇り汚れを積み重ぬれば、容易に修行もはかどらず、あの世に帰り一人苦しむ。あの世の行は孤独なり。自ら己を律せずは、人の戒め諌めもなく、自ずと堕ちて留めるものなし。さにて人は昇華果たせず、この世の行の有り難さ知る。心は神に、体は人に。他人(ひと)に仕えることの意味は、他人の修行を助けて、己の霊業、共に進めん。他人のためにて己のためなり。己に返りて報いを得ん。他人の霊業助くるは、必ず返らん、己の昇華に。神の手助け、霊業は、人一人にて行えず。人の集まり力を合わせ、初めて完遂(かんつい)、 成就(じょうじゅ)せん。一人意気込み力めども、他人の協力なくば、行は進まず、滞るらん。一人の全(まった)き霊業を、神は求めず、願われず。一人の努力精進も、己の我執に囚われて、独善と化し、偽善となるらん。 全体を見て見極めるべし。己の役割、己の力。神の真の手伝いを、望むる者は、我(が)を取るべし。己の力、能力に無し。今になし得る行いも、全てが神の賜(たまわ)りもの。神が許して行わす、神の仕組みのおかげなり。神は人を使わるる。人を使いて、行わす。神の経綸、計画を、この世に移し、実現せんための、人の力を寄せ集め、神の力の及ばんまでに、強めて高めて行わす。なれば人よ、過(あやま)つなかれ。己の力と間違うなかれ。神から人への加護なれば、過ち使わば取り上げられん。邪(よこしま)な欲、汚れし目的、人を貶(おとし)むためならば、光も失い、力も消えん。なれば、戒め、諌め、慎め。己の我欲に打ち勝ちて、己を鍛え、自ら禊げ。与えられ、賜る禊ぎのみになく、自ら求めて待つことなかれ。さなりて神は歓ばれ、さらなるみ役と守護を授けん。今ある業を充分果たし、その後許さる昇華を祝え。さにて感謝し、勤(いそ)しめ、励め。神のみ役に偶然なし。全てが必然、天命なり。定まり決められ操られ、神のご意図に適いて働け。 「神から人へ」は、真(まこと)の道を、人に示して知らせんための、神の慈愛の伝えなり。よく読み、感じて、喜び、励め。神は人を教え導く。なれば素直に従えばよし。我執を取りて無垢の心で、無欲の祈りで、神を求めよ。さらば、見えなん。聞こえなん。神のご意図も自ずと通じん。人は本来、神の子なれば、神の心を備えられし、尊き御霊の持ち主なれば、曇りを取らば、動き始めん。目覚め起こされ、甦り、神の力を発揮せん。神に祈れよ、声を聞け。聞こえぬものは、この書記読めよ。賜る縁を喜びて、己も神の手助けせんと、心高めて働け、子らよ。神は人に祈らるる。真の意味を忘るな、人よ。よくよく理解し精進積めよ。さにて。 神の声を伝える人ひふみともこさん著書 「神から人へ(下)」より抜粋 ひふみともこさんHPhttp://hifumitomoko.cocolog-nifty.com/blog/
2016.08.31
神から人へ、人から神へ。家族というは命の基本。生きる基盤を築くもの。なれば人は、生まれしときより、家族なからば生きられず。親の恩愛、献身愛、奉仕の愛に守られて、ただすくすくと、のびのびと、この世の空気を呼吸せむ。なれど家族の元が壊れて、今早、愛は廃(すた)れ、朽ち、我子を守る愛もなく、代わりて己のことのみ中心。子の教育も荒廃す。親への尊敬、感謝もなし。祖先や自然万物のもと、宇宙の根源、創造主、見えぬものへの畏(おそ)れも感謝も。順序を教え、秩序を整え、今の己のあることも。大なる宇宙の一つにて、無限の仕組みに生かさることも。全てはいずこに忘れられむ。 人間なるも家族のおかげ。家族の中にて育てられ、人の世界の決まり、約束、ことばや心の使い方、全てを家族に教えられ、さにて人は人となる。なれば家族は教育の元。後の人生、生き方を、幼き頃より育成す。家族に愛も涸(か)れ果てて、ことばの滋養も心を充(み)たさず。時間や経済、利便のために、目先の利益、効率のため、犠牲にせしは心の豊かさ。共に暮らすも、ことばも交わさず、互いのことに口出しもせず、いつしか心は遠く離れり。家族は共に時を過ごせよ。共に喜び、共に悲しみ、ことばの励まし、慰めをかけ、常にそばにて離れぬことを、ことばの光で伝えるべし。家族は作られ、育つもの。互いにいたわり、心を砕き、相手を気遣う心が必要。感謝と尊敬、そが基本。 家庭は心を育(はぐく)む庭なり。土と太陽、空気、水。家族に守られ、子の種は、すくすく育ち、花となる。体の育ちは目にも明らか。なれど心の育ちは見えぬ。心が腐り、枯れるとも、傍(はた)には見えぬ、愛のなからば。子どもの心の奥にある、命の花を咲かすべし。親は日となり空気となり、水を与えて、慈しむべし。大地は豊かに養分を、先祖の恵みを蓄えて、子なる花へと受け継ぐべし。家族の愛は次代へ継がれ、末代までも栄えゆかむ。次へと伝えることの尊さ。祖先の築きし伝統を、絶やすことなく、後へとつなげよ。人の繁栄発展の歴史の基本も家族にあり。家族が衰え、廃れることは、人類全ての危機をも招かむ。文化文明、伝統は、健やかなる家、家族にあり。今のこの世の家族の乱れは、いつしか人の滅亡とならむ。よく考えて、今から動けよ。危うき兆(きざ)しは明らかならずや。家族が平和に治まることこそ、地上の平和の根本なり。さにて本日、家族について、人に持つ意味を説き示したり。よく読み返すべし。さにて。 神の声を伝える人ひふみともこさんHPhttp://hifumitomoko.cocolog-nifty.com/blog/
2016.08.31
神から人。神から人へ、伝え、教え、気付かせ、さにて人の魂浄め、御魂(みたま) 禊(みそ)ぎて、高め、浄めん。さなるご意図で作られし、物質、仕組み、自然に境遇。人は気付くべきなり。悟るべし。己の至らぬ思いや念が、己を傷付け、魂汚(けが)すを。人の心に汚れを作り、曇りを生ぜし我欲に執着。先ずは気付きて悟るが大事。想念のみの修行にあらば、人は永久に昇華進まぬ。さにて神は、物質、事物、仕組みを持ちて、修行を助け、気付きと悟りの機会を図らる。なればこの世の現象、事物事象、全てに神の神策あり。人を浄化し高めんと、図られ、仕組みし、ご意図あり。人は、困難、苦難、艱難に出会うその度、悟るべし。神のお仕組み、ありがたし。人は己の困難の時に、神を求めて、神とつながる。 神を知らざる者はなし。なれど知りても信じず。出会いても敬(うやま)わず。やがて死にゆくその日まで、神の存在、気付く少なし。そもまた縁なり。運命なり。おのが欲して、縁を求めば、神は計らい、仕組まるる。なれど、望まず、遠ざくるは、縁も結べず、神を離れる。神から離れし人の御魂は、禊(みそ)ぎの機会も少なくなりて、この世の繁栄、富、名声、さなる俗世の欲望満たす。事物に恵まれ、栄えど、神に捧げる心なければ、この世の行を果たすことなく、あの世に戻りて、行を課さるる。 神のみ役はありがたし。望まば許さる、神の手伝い。心の昇華を謙虚に願い、神のお役に立ちたしと、祈らば、届かん、神への感謝。神は、人の魂一つ一つに、神の経綸、埋め込みし。そを目覚ますが、神の縁。神と出会いの縁を得て、人は気付きて、神行、始むる。素直に行じ、縁を喜び、神に感謝の精神で、さなる昇華を一途に望め。禊ぎ浄めの、困難、病いに、貧困、数あれど、人は悟りて、気付くべし。一つ一つに試しあり。応えて見せよ、おのが心。高き理想と、深き感謝を。さにて人の御魂は禊がれて、雲り一つも残らぬほどに、澄みし御魂と浄めらる。なれば素直に行を積めばよし。 神とご縁を得し後には、ご縁を切らず、自ら離れず、ますます感謝報恩で、使っていただく。禊いでいただく。さなる思いが先ずは第一。次に肝心、大切なるは、人とのご縁。お仕組みなり。神には感謝捧げれど、人への感謝は軽んじる。なれど、人とのご縁も、神の計らい。人の霊行神行を、助けんために出会わすなれば、ご縁の感謝も、神への感謝。ただひたすらに、務めればよし。わずらわず、神に預けて、任せておけ。 さにて、次の教えを伝えん。神は、この世に生まれ、死にゆく人の、一人一人を昇華させんと、お仕組み、出会いを作られし。なれど、気付かず、悟りを得られず。縁なく終わる、この世の生。神の図らるお仕組みは、人と人とを出会わせて、心を通わせ、力を合わせ、互いの能力、人格を、高め合わせて、昇華させん、さなる願いの深慮なり。なれば、浅き知恵にてこの世を渡り、つまらぬ名声、名誉を博すも、心の成長、御魂の昇華は、神の心に遠く及ばず。やむなく禊ぎを与えられ、気付かせ、悟らせ、神の道に、導き、昇華を助けんと、願う思いも、通じる少なし。なれば、神の図らる禊ぎや苦難は、神の霊行授けんための、尊き慈愛なり。 神は、人の霊行・神行を、人のなすべき最も尊き、御魂の修行と定めらる。なれば、人は、この世にて、おのが魂浄めんために、神の賜る霊行を、人と比べず、励むべし。一人の行い、一人の修行。なれど、神を手伝い、助くるためには、一人の力はあまりに小さし。合わせて、集めて、初めて神の力と強まる。なれば、神の手伝いせんために、自ずと集まる人のあるらん。そを大切に、見逃すな。神の仕組まる出会いには、必ず意図あり、神意あり。己を禊ぎ、高めんための、出会いもあらば、別れもある。なれど、心し、忘るるな。神の仕組まる出会いには、必ず神を手伝わせ、神とのご縁を深めんための、神の慈愛が秘めらるなれば。 ただいたずらに人を集わせ、神を崇(あが)めて祈りを捧げる、神の心に離れし行い、神の心に適(かな)わぬ行を、過(あやま)ち行う、宗教あるらん。なれど、それは、仕組みにあらず。神とのご縁は結ばれぬ。真(まこと)のご縁、神縁は、図らず起こり、図らず進む。己の意図せぬ、人知を超えて。なれば、素直に従い導かれよ。疑うなかれ。案ずるな。あれこれ想い、わずらうは、時の無駄なり。心の徒労。神に預けて、案じて、平らかに行き、行に励めよ。日々の霊行、疲労も溜まらん。疲れ癒して、怠(おこた)りなきよう。心の汚れ取りて頂く、感謝の思いを忘れずに。神に感謝、仕組みに感謝、感謝せぬはなきほどに、己の全て感謝捧げよ。神はお側についておられる。そなたの目となり、耳となり、そなたに変わりて、そなたを動かす。要らぬ心配、取り越し苦労、くだらぬ浅知恵、知恵にもならぬ。よくよく仕え、行じればよし。それが全ての霊行なり。心素直に、単純に。全てを理解し、解き明かさんと、力みて聞くは、神意を枉(ま)げん。さにて。 神の声を伝える人 ひふみともこさん著書 「神から人へ(上)」より抜粋 ひふみともこさんHPhttp://hifumitomoko.cocolog-nifty.com/blog/
2016.08.31
神から人へ、人から神へ。神の教えとうらはらの、人の行い、ことばと思い。なぜに神の心を忘れ、人の思惑、欲望、願望、さなる汚れに身を染めぬるや。今の最後の神の願いも通じぬままにて、この世の終わりを迎えんとすか。今の最後の神の願いを、忘れず広めて伝えてゆけよ。幾千、幾万、幾億年もの、時を隔てど、変わらぬ思いよ。さにて本日、何を聞きたし、何を知りたし。 (ある方たちが、来週、菊理媛(くくりひめ)神の封印の封印を解くとのことですが、それは神様のお導きによるのでしょうか)さてもつまらぬ問答ならずや。神の定めしことならば、ことは迷わず進みゆくもの。神の認めぬみ役にあらば、そは滞りしまま、進まぬものなり。なれば、幾多の妨害ありても、神の定めは変え得ぬものなり。み役の真偽を問うことよりも、まずは今ある行をなすべし。神の定めぬことは起こらず。こたびの出会いも同じこと。結果を恐れずただになすべし。なれど、封印解くは、神のご意図に外れし行い。神の定める時訪れれば、自ずと封印解けゆくものなり。神の認めるその時くれば、神は自ら封印解かる。なれば、人はなすべきになし。 (では今回の出会いにはどのような意味、神のご意図があったのでしょうか)神のご意図は玉置神社の、言霊神社を知らせるためなり。なれど封印解くは、人のなすべきことにあらねば、あやまち犯すことのなきように、必ずそれを妨げんとす。玉置神社の言霊たちの、封印解くは、人にはあらず。神の選びし時日を待ちて、その後、神の御自らが、現れ、それを解く定めなり。なればそのこと、知らせんための、神の仕組みし出会いなり。 (もしその方たちが岩戸開きをしたなら、それは神様に対する罪やご無礼になるのでしょうか)神の仕組みに外れしままに、人がなしても、何も変わらず。そにて神は罰することなし。ただ現象にて示すのみ。ことばの封印、解くには早し。人の思惑、願いはあれど、神の世界に届くことなし。人の努力と祈りの届き、神と人とが和すときに、神の結びし封印は、自ずと解かれて、自由とならん。なれば、人の祈りの足らず、神の心に適(かな)わぬうちは、神は自ら現れもせで、天の界より待ちておらるる。なれば、神の力によらず、人の努力と、精進要す。さにて神の聞き届けしとき、神は自ら封印、解かん。 (人間のなすべきことは、何でしょうか。また、封印を解かれたとき、どのようなことが起こるのでしょうか) 神の望みは人の全ての精進努力、神に捧げる奉仕と謙遜、昇華。豊かな愛と誠の感謝。そのみを望みて、待ちておらるる。一人一人が変わらぬうちは、何をなせども無駄なこと。神の決断、采配は、人の勝手な解釈求めず。封印解きし後に起こるは、まずはこの世の浄めと浄化。次元上昇その前の、全ての不浄を浄め去ること。なればそのとき汚れし者は、自ずと消され、残ることなし。神の厳しき禊(みそ)ぎに耐えて、神の認める魂のみが、神の浄めに耐えうるなれば、封印解くは、恐ろしきこと。あだや人の知恵や能力で、神の封印解くは、能(あた)わず。真の封印解き得る者は、この世の人の全ての祈りが、神に通じて、届きし後に、神自らの決断により、全てが変わりゆくものなれば、人はあせらず待つことをのみ。さにて心を浄め高めて、神の禊ぎに備えることのみ。己一人が助かるようにと、願う汚れを改めるべし。神の禊ぎは厳しきもの。 ことばの封印解かれし後は、ことばは元の言霊持ちて、汚れしことばを使う者全てを、厳しく禊ぎて、許すことなし。なれば今よりことばを改め、清らな言葉を、正しき言葉を、広げて禊ぎに備えてゆくべし。 (ことばの封印と「いろは」とはどのような関係があるのでしょうか)ことばの封印解くことば、祈りが「いろは」に込められし意味。なれば「いろは」は、浄めを進め、神の禊ぎに耐えうる為の、神の祈りをあらわすものなり。なれば、「いろは」の書もしかり。文字の光は人を浄めて、封印解かれし後の禊ぎも、きつき禊ぎとならぬためなり。 (人間が「いろは」を唱えることには、意味があるのでしょうか)ことばの持ちし霊力により、唱える者の魂浄め、神との波長を合わせゆかん。なれば、「いろは」を感謝を込めて、唱えることも昇華とならん。 男と女を下ろせし神には、この世の立て替え直しのためには、男と女を共に使いて、それぞれみ役を授けられき。そのみ役とは「いろは」と「ひふみ」。互いに補い助け合えよ。補い合うこそ、進歩なれ、一つの完璧完全は、それにて止まり、進歩なし。補うためには不足が必要。不足のためには対が要るらん。 男と女も対なれば、一つの生には、完成なし。なれど性にも二つの意味あり。男の性には男の働き女の性には女の役割。 なれば補い助け合い、この世の救いも進みゆくもの。 祈りの中にも、言霊にも、神の願いのこめられぬれば、今その意味を読み解けよ。「いろは」の願いと「ひふみ」の祈り。この世をいかに救いてゆくか。心高めて導きゆかん。 神の声を伝える人 ひふみともこさん著書 「続神誥記」より抜粋 ひふみともこさんHPhttp://hifumitomoko.cocolog-nifty.com/blog/ 三輪山より ◆ことばの封印が解けました◆2016年5月13日ことばの封印の第1段階が解けました。 三輪山より ◆ことばの封印が解けました◆2016年7月7日ことばの封印の第2段階が解けました。祝詞のことばの効力が、今までより強くなります。お役目のある方々、更にことばを大切にし、負のことば、嘆きのことばを発しないようにしてください。
2016.08.30
神から人へ、人から神へ。互いの信頼・信仰のもと、人の進化は神に近づき、やがては神の授けし頃の、尊き御魂(みたま)に進化せよ。さにて本日、神と人との領域について、細かく答えん。そもそも神は人を創り、命を与えしそのときに、神の御魂を分け与え、人の努力と精進にて、神の御魂に戻るよう、神の次元に上がるよう、幾つも試練、困難与え、自ら御魂を磨き高めて、己の自我や執着を取り、利他の思いの満ちあふれる、光の御魂になることを、そのときまでを遺伝子に込め、進化の過程を定めしもの。なれば人は自ら努力し、神の定める進化の道を、素直に生きるが、自然の定め。人が努力し科学を進め、宇宙の法則、摂理を見つけ、物質のみの世界を離れ、霊の世界に高まることこそ、人の進化の早道なるを。人のなすべき領域は、進化の道をたどること。進化の道とは霊へと通じる、物質世界と精進世界の、融和調和の世界なり。物質のみに囚わるは、自らの思考の自由を損なう、低次のままの学に留まる。本来神と人との間に境界はなし。連続せるもの。人の学問、技術の発達、そも行き着かば、神の領域。犯すべからぬ境はなし。なれどそこに霊の存在、霊的世界の介在なくば、人は宇宙の摂理を狂わせ、自然の秩序を破壊せん。神と人との領域を、分かつ基準はそれのみなり。霊的目覚め、霊的進化。今の地上の学問技術は、霊的視点の欠けしもの。霊的世界を無視せるもの。 医療の技術も一面のみ。人の体の一部のみ。人の命は体にあらず。一人の命は独りにあらず。人の命は宇宙とつながり、宇宙の進化と呼応(こおう)せるもの。心と体は一体にて、霊的目覚めの時を待ち、霊の目覚めは連鎖して、全ての人の進化を促す。霊の世界に目を向けよ。見えざる神の意図(いと)に気付けよ。宇宙の運行、自然の調和、森羅万象、全てに神あり。神のご意図のなきものはなし。人は神の意図を読み解き、医学科学に活かすべし。神のご意図に適うものなら、何の害も、毒もなし。クローン技術に遺伝子操作、人工授精に臓器の移植。人は人にて神ならず。単なる肉体、物質のみの改造にては何も変わらず。肉体のみが生きるにあらず。 生きて甲斐ある使命を持たずば、生きる価値なし、意味もなし。寿命を延ばすが進歩にあらず。部品を変えるが医学にあらず。心と体と魂と、全てが一つの命にて、人の真の健康と、真の幸に寄与するなれば、肉体のみの医学の限界、人知のされる領域悟れよ。人知を神知に近づけよ。霊の世界の無限なる、人知を超えし世界に気付けよ。霊の世界の研究は、これから先の課題とならん。 さらなる努力、研鑽(けんさん)を。さにて。 神の声を伝える人ひふみともこさんHPhttp://hifumitomoko.cocolog-nifty.com/blog/
2016.08.30
神から人。 神から人へ、祈り、願い、望み、さにて求める奉仕奉納、真の行は、ただ感謝と真の帰依(きえ)。嘘偽りのない、感謝と真心。さにて人は十二分にも、神に報恩、奉納となる。なれば人よ、何の難しきことあるらん。ただに祈れよ、真の報恩、感謝と奉仕と、真の帰依を。それのみ求めよ、それのみ願え。神の心に届くよう、日々に祈らば、やがては叶わん。神は歓び聞き届けん。なれば人よ、最期の最期に神の求める、最低限の霊行とは、神への感謝と素直なる帰依。計算のない、邪心のない、損得勘定、打算のない、純真無垢なる子どものような、真心の感謝の思い。なし得ぬことなし、できぬなし。いずれの者なれ、思いの中に、純なる魂、光のあらば、神につながる糸筋あり。自ら断つなよ、神とのご縁。二度と結べぬ縁なれば、自ら切りて、離れ迷うな。 神から離れ、迷い、さまよい煩悩 苦悩 懊悩に、囚わる人の行き着く先は、光も届かぬ闇の国。神のみ声も、み光も、闇に閉ざされ、さえぎられ、届かず、聞こえず、ただ暗黒と、沈黙のみの無の空間。戻るに戻れず、帰るに帰れず。魂消えて、無と帰さん。神から人への祈りも通じず。人は己の勝手にて、神から離れ、遠ざかり、自ら落つるな、無の世界。全てを引き込み、呑み込みて、瞬時に消えなん、跡形もなく。 神の心は悲しまん。生かし、育み、育てんと、祈りをこめて作りし魂、分けて与えし魂の、自ら落ち行き消え去るを。 人は心を神に向け、決してそらすな。見逃すな。神の恩愛、厚き恵みを、賜ることの仕組みを喜べ。何をうらやみ、嘆くことある。この世に生かされ、与えられ、精進努力の禊(みそ)ぎを受けて、己の昇華の許しを得らるる、尊きご意図に、何にて応えん。心は神に、体は人に、仕え捧げて働かばよし。己のなすべきことは一つ。神に許され、示されし、道は一筋、神へと通ず。他を求めず、欲張らず、一つを行なえ、一途な心で。 神から人、神から人に最期に伝えん。神に帰れよ。神に戻れ。 神から人へ最期に告げん。一人の力、努力では、何も起こらぬ、何も変え得ぬ。一人が全部の一部になるよう、己を取りて我を禊げ。神から人へのお伝えは、己一人のためになく、さらに広げて、広めゆけ。神から人へ、人から神へ。さらなる交信通信を、さらに多くの魂が、許され、行なえ、能(あた)うるように、自ら禊ぎて、自ら高めよ。神の通信、波長の高さに、己を高めん努力を惜しむな。 神から人へ、最期に伝えん。神のことばは永遠なれば、己一人のためになく、己世代のためのみになし。なれば、一人一人が、努力惜しまず、残し伝えよ。紙にて残し、文字にてしるし、広き世界の縁ある魂、さらには広げん、縁なき者にも。全てが一つの魂なれば、縁のあるなし、そは同じ。元は一つの魂なれば、元をたどれば一つなり。神から人へ、人から神へ。祈りを祈り、ことばを捧げ、気持ちを込めて、切に祈らん。神から人へのことばなり。二度とは聞こえぬことばなれば、もらさず写して、残さず広めよ。世界の隅々、宇宙の果てまで、神は人のためのみになく、ことばを残して、示さんとさる。 この世の真理、原理には、全て神の意志が働き、さにて世界は運行す。神のご意図の働き止らば、世界の全てが働きを止め、全てが無に帰す、灰燼(かいじん)と帰す。神の立て替えなおし、全てはそこから始められん。残す魂、残さぬ魂、今が肝心、要なり。無と帰し、永久に葬らるるか。残され、光に導かるるか。望まぬものは救われぬ。自ら離るる魂ならば、神も救えず、導けず。なれど、求むることを知り、神に祈らんことの意味に、気づきを得られし魂は、離るることなし。遠ざかるなし。全ての魂、人類に、気付きを与える時は今。神の使い手、使者となり、下ろされ、手伝い、働かん。 一つ一つの魂が、神に目覚めよ。神を求めよ。神とのご縁を広げ、気づきをうる機会を広げよ。 神から人、人から人、今はその時。最期のときなり。猶予はならぬ。遅れは許さず。明日にも終わらん、この世の終わり。宇宙万物、万事万象、全てが終わり、無となる前に、神に許され、終われるよう、全てが努力し、助け合わん。神から人、人から神。祈りは通じん、願いは届かん。神から人、人から神。全ては変わらん、甦らん。神の光を人は賜り、神のことばに気付きを授かり、心の汚れを落として頂き、さらなる昇華を人は望まん。神から人、ことばは続かん、途切れなく。人は聞くべし。耳傾けるべし。一つももらさず、聞き逃さず、全てを肚に、魂に、深く納めよ、奥底まで。永きの行のその果てに、神の光は迎え賜う。神の光を全ての人に、全ての魂、生命に。 神の声を伝える人 ひふみともこさん著書 「神から人へ(下)」より抜粋 ひふみともこさんHPhttp://hifumitomoko.cocolog-nifty.com/blog/
2016.08.30
神は言葉なりき。言葉は言霊で構成され、その言霊による神の仕組みを解説する神言会(kamikotokai.com) 八月十八日から土中で実った「米」も陽光へと向かう。ラリルレロ(ラロルレリ) http://kamikotokai-b.jugem.jp/?eid=441 ※伏見稲荷豊受大神様よりお伝えがあります※(追記あり)お役目のある方は本日より「いろは祝詞」「ひふみ祝詞」×3に続けて「らりるれろ祝詞」×3回を奏上して下さい。(個人差があるため回数を増やしました)奏上方法、詳しくは神言会のブログをお読みになって下さい。また今まであげていた「般若心経奉賛文」 「般若心経」×5 「妙法蓮華経如来壽量品第十六」の代わりになる言霊ですので、この3つは省いていいそうです。宜しくお願い致します。また一般の人でも「らりるれろ祝詞」で霊を天にあげる事が出来ます。回数の制限はありません。
2016.08.30
(神界、霊界で起きたことが、現界でも起こるということですが、そのことについてお教えください。また、神様にも明日のことはお分かりにならないとのことでしたが、本当でしょうか)では教えん。そなたもようやく進歩して、なかなかよき問い、準備せり。まず始め、神界霊界、そこにて起こり、終わりしことの地上に起こる、そもまた一つの事実なれど、神界、霊界、現界と、次元も仕組みも、異なる世界。現界、この世を司るは、原因結果、循環、陰陽。それらがこの世を回し動かし、さにて事象は現れて、この世の物質世界に現わる。なれど神界、霊界は、物質なくて、魂のみの、想念のみの世界にあれば、あの世に起こることの全てと、この世に現わることの差異は、自ずと生じ、同じにあらず。なれば、あの世に起こりても、この世に起こらぬことも多し。また逆に、あの世に起こらずこの世に現わる、そもまた多き現象世界よ。この世に起こる物質現象、全ては神の仕組みにあるなり。なれど、あやまち間違うなかれ。あの世を動かす仕組みと異なり、あの世の全てを定めらるるは、スの神一人の神なれど、この世の現象、事象を回すは、スの神一人の力にあらず。四十八(よとや)の神々それぞれが、任され、託され、預けられ、その神々の思いに委ねて、この世を動かすものなれば。 なれど仕組みは一つなり。法則一つ、原理は一つ、真理は一つ、スの神のみ。なれば、明日のこの世に起こる、現象事象は、神にも分からず。全ての神の総意によりて、決められ、定まり、動いてゆかん。なれど人にもいろいろありて、そを導くも多くの神々。神の思いもそれぞれなれば、根本大本一つにあれど、時に狂いも乱れも生じん。神の願わぬことも起こらん。神の計らぬ間違いあるらん。なれど、全ては仕組み、法則。神とてそれを破る、能(あた)わず。なれば神にも苦悩あり。苦悩の末に決めし結論。そが今の立て替え直しよ。全てを戻して浄め直し、再び零から始めるべきか。それともこの世を残し続けて、同じ魂、神々使い、始めの清き魂残して使いてゆくか。苦しき選択、結論は出ず。ただ守りて、この後決めん。しばしの猶予と、決断伸ばされ、人の努力を待ちておらるる。 なれば今、この時を逃すなよ。一人を救えよ、一人を助けよ。人の努力と純なる奉仕。それにて神は安らげん。一人の清き魂に、全てを委ねて、任せゆかん。一人なれども一人にあらず。一人はやがて万人に、全人類にも及びてゆきなん。神は希望を捨てざるを。一人の昇華に全てを賭さん。切なるまでの想い、祈りよ。そを聞け。受け取れ。読み取れよ。人の明日の世、未来世界は、神にも決められ、定める能わず。全ては人の努力と精進。そに委ねて、見守るなれば、休まず働き、助けてゆけよ。独り己の精進になし。全てを救う道と通じん。神の御心よく汲み取りて、明日の世界を拓(ひら)いてゆけよ。それのみ祈る神の心よ。 神は無能の神ならず。なれど、全てを人に委ねて、それにて向上進歩を待つなり。そが神の愛、神意ならずや。神の力で、光で救い、この世を変えるに意味ありや。人の努力で浄めゆくこそ、人の務めよ、喜びなれよ。神の御心一つで決まり、全てが決まり、進みゆくなら、人の努力に意味ありや。神の思いの深さを知れよ。人へ預ける愛の深さよ。神は見捨てず守りておらるる。心安らげ、努力に励めよ。真の魂救いてゆかん。神の仕組みは非情にあらず。救うべき霊、消すべき霊と、自ずと分かたれ、保たれゆかん。神の経綸、間違いあらず。なれど狂うもときにあり。この世の物質、文明、科学、何が災い、心を乱すか。なれどもそもまた正されゆかん。人の救いは、悟りのみ。不幸災難、そこから悟らば、必ず仕組みは働き助けん。神の経綸、絶対なれど、早い遅いの違いはあるらん。なれど違いに意味もなし。大切なるは、最期の経綸、この世の立て替え直しの程度よ。きつき禊(みそ)ぎか、軽き禊ぎか。あるいは全てを滅ぼすか。神にも明日は読めぬもの。なれど、神にはどちらも同じ。すべての統合、総合なれば。全てで一つの宇宙なれば、一つ一つの些事(さじ)に意味なし。それのみ囚わる狭さは捨てよ。 (かつての大予言者は、どのようにして予言を可能にしたのですか。ご経綸は、何ゆえ狂うことはないのですか)先にも伝えしように、神の経綸狂うことなし。時期の遅れや、程度の如何、さなる差異のみ、違いのみ。厳しき禊ぎの必要なれば、大きな不幸も起こるもの。戦争、公害、天変地異。なれど、それも、結果の表れ。神の定める事象にあらず。神は定めぬ、些細な事象を。全ては仕組みよ、原因結果の(法則)。なれば読み取れ、不幸の意味を。神のご意図を、己の罪を。大なる禊ぎも結果なり。そこから神意を読み取らば、神の経綸進むは早し。なれど気づかず、悟らずは、再び禊ぎや警告もあり。経綸成就の時も遅れん。なれど意味なし、遅い早いに。神の目からは同じこと。あの世の次元に時はなければ。 (神界で一日先に起こったことを、教えて頂けないでしょうか。そうすることで、今の窮状に苦しんでいる人たちに、どう生きれば救われるのかを、具体的に示すことができると思うのです) さても尊き人の心よ。人を救い愛する者は、必ず自ら救わるる者。神の世界に起こりしことは、いつか必ず現界にも、表れ生じて、現象化せん。なれど起こる時期期限、それらは常に変化せん。なれば神の世界の事象は、なかなか教えど役には立たず。なれどそにても役立つものなら、神は教えて示してゆかん。なれどそもまた無駄ならざるや。人はすぐにも忘れゆくもの。幾度見せれどその都度忘れ、己の災い避けるため。災難過ぎなば、たちまち忘れ、同じ憂き目を繰り返すもの。愚かな人の迷い悩みは、幾度見せても変わらざる。一度の願いは叶えてやらん。なれど再び繰り返しなば、神との縁も薄れ切れなん。よくわきまえて心得て、その後神に問わばよからん。なれど忘れて繰り返すなよ。二度や三度の過ちは、神との縁を弱めゆきなん。 さにて本日、そなたの問いは嬉しくもあり。なれど実現実行は難し。人は自ら変わらざらば、幾度周りが案ずれど、何を起こせど、元の黙阿弥。神の世界は厳しきものなり。忍耐強き神なれど、慈愛の深き神なれど、人の過ち誤りは、許すに限りのあるものなれば。さにても神は救いたければ、最期の時の訪れまで、辛抱強く見守り待たん。 最期の闘い、最期の祈りを、神は待ちて焦がれたり。よく闘えよ。人のため。神の手伝い、助けてゆけよ。よく働けよ。行えよ。ことばに表し、広げてゆけよ。何にも勝る報恩感謝を。何より尊き神の使いを。 神のめでたき祝福を、あの世に戻りて身に受けよ。 神の声を伝える人ひふみともこさん著書 「神誥記」「続神誥記」より抜粋 ひふみともこさんHPhttp://hifumitomoko.cocolog-nifty.com/blog/
2016.08.29
神から人へ。神から人へ、教え残せしことのは、ことば、伝えの意味を、人は迷わず、違うことなく、書きて表せ。読みて行え。神のことばを信ずる者よ、神に仕えて、神を助けん者達よ。今この時の到来に、まずは浄めよ、己の心を。己の過ち、己の我執。我欲、執着、囚われ、煩悩。神に捧げて使われんとせよ。神は喜び導きゆかん。遠き彼方の目標に、神の願いの実現に、人に示して誘いゆかん。神の心を疑うなかれ。少しの不安も疑いも、今捨て去れよ、遅れずに。後に悔やみて許しを乞うても、時は遅かる、間に合わざるを。まずは信じて、委ね預けよ。己の誠を尽くすには、少しの疑念も妨げとなる。誠を捧げ、尽くさばこそ、大事なみ役を課して託さん。 神の奇跡を疑う者よ。己の生を、宇宙の神秘を、一つ残さず解き明かしてみよ。虫の一匹、花の一輪。科学の粋を、人知の限りを集めて作れよ。生み出してみよ。神の奇跡に遥かに及ばぬ、宇宙の彼方の星より遠し。一つの生も、一つの星も、神のご意図を顕すための、完全無比なる創造物。全てが互いを、生かし生かされ、全てで一つの意図を顕す。神のご意図を外れぬように、人も己も我執を捨てて、己のこだわり執着離れ、虚心坦懐、己を見直せ。神の心をあやまたず、そのまま聞きて、そのまま信じよ。そのまま映して、そのまま行え。聞きてわからぬ意味ならば、考えあぐねてわかるはずなし。わからぬままに、行わばよし。真の意味は、神のご意図は、時経てわからん。思いの低き行いならば、死ぬまでわからぬ。行いありて、思いが従い、思いがありて、行いがある。二つは対の行なれば、片方低くば、共に低かる。ともに高めよ、愚考の前に。真理、原理を知りたくば、学問人知に求むるなかれ。返りて眩まん、浅学に。宇宙真理を、計算で、表す試み、徒労と知れよ。神の神策、経綸が、数式、図式、記号にて、解けるとあやまつ滑稽悟れ。まずは委ねよ、神の計りに。おのが慢心、おごりは捨てよ。全てを理屈、理論にて、論理化するも、軽薄ならずや。人の愚かな合理化は、返りて不合理、悪弊招かん。自然摂理に背きなば、調和は乱れて狂い広がり、全てを治める統一なくさん。勝手な解釈、独善が、神のご意図に外るることを、人は認めよ、虚勢を張らず。 神に捧げよ、真と魂。他に捧げるものなくば、清き魂それのみを。神に祈りて、幸を頂け。神の心を残り少なく、写しし書記を残しなば、神は喜び、さらに伝えん。人を通じてさらに広げよ。人にも恵みを惜しまず与え、周りを照らして光を灯し、何も求めず心静かに、神の心に適わんと、祈る人になれよ。常永久に咲く花となれよ。枯れて散るのが花ならず。永久に栄える花もあるらん。自然の花には、自然の花の、役割もあり命もあらん。色鮮やかに目を楽します、花には花の美しさあり。なれども花にも表せぬ、心の花あり。美しさあり。心和ませ、安らぎを、憩いをもたらす花になれよ。時の移ろい変わりても、さらに繁りて、輝き増さん。豊かな心にこそ花は、咲き誇るらん、命を賀して。神を讃える花になれよ。おのが才能才知にたのみ、神をあざむく花は朽ちなん。神の心に戻れよ、人よ。人も昔は神なりき。神の心を持ちたればこそ、神のことばを使えしを。今また戻りて、神のことばを、神の用いることばを話せよ。不可能ならず。夢想にあらず。人が心を改めば、神の心は甦るらん。神の心の復活を、今こそ祈れよ、今この時に。己の内なる神に祈れよ。己の汚れを祓い浄めて、素直に祈らば、神は叶えん。全てを語り終えねども、明日に再び伝え教えん。さにて。 神の声を伝える人ひふみともこ 著書 「神から人へ(下)」より抜粋 ひふみともこさんHP http://hifumitomoko.cocolog-nifty.com/blog/
2016.08.29
(人を愛することについて)欲望、本能、人の根源。そこに本来 我(が)はなけれども、自己と他者との違いを知りて、己の優越、選良意識、そが芽生えぬる時、我は強まらん。 人は本来一人で生きる、孤独の生にあらざれば、他との調和を重んじて、共存共栄を願うものなり。なればさらにも浄めてゆかば、必ず人は神に近づき、慈愛の心、寛容の愛、そに目覚めゆくもの、気付くもの。 我の曇りにて、気付かざれど、人とは神の愛を持ち、いつでも人を愛せるものなり。なれば人を愛するときに、我の混じりぬるは、改むべし。己の愛に我の混じりなば、さなる愛は汚(けが)れとなりて、相手も汚し、己も貶(おとし)む。 人を愛すは難しきこと。正しく愛し、正しく尽くせよ。あやまち我欲に迷いなば、かえりて双方、汚れを積まん。相手の幸せ願うはよからん。なれど幸せ、そをあやまつな。相手に金銭物質与え、物にて顕(あらわ)す愛は汚れよ。真の愛とは、相手の心、魂満たす、それのみなれば。 なれば最も明らかな愛は、ことばによりて伝えらるべし。愛の深さは音にも表れ、目にも表れ、顔にも見えん。なれば饒舌(じょうぜつ)、巧言(こうげん)要らぬ、ただに心と心の還流、そにて充分伝わりゆかん。 我とは本来、己への愛。自己のみよかれの心ならずや。我の入る愛とは、己のためなり。相手の真の幸せよりも、己の満足、自己中心。相手の迷惑省みず、己の偏愛、強制す。全ては我のなす仕業(しわざ)なり。なれば人は、人を愛すも安易に考えあやまつなかれ。人を愛すは神の行い。神の行いなせる者のみ、真の愛を顕せるもの。神の愛とは公平なり。差別もなくば、偏(かたよ)りもなし。全ての生を等しく愛し、全ての生の救済願う。なれど、愛にも差異はあり。最も深く強き愛。最も大きく寛き愛。最も高く熱き愛。愛に違いはなけれども、顕す愛に違いあり。人それぞれに見合う愛、神は等しく分けて与えり。なれば人はそにならい、神の愛にも近づくべけれ。人は人とし、人の愛を正しく顕し行うがよし。家族の愛もまた然(しか)り。親子の愛に兄弟の愛。子弟の愛に恋人の愛。愛にも幾つか違いはあらん。なれどいずれの愛にても、独善の愛に真実はなし。相手に押しつけ嫌われて、悲惨な終わりを迎えなん。独善の愛は厳に戒め、宇宙の心で人を愛せよ。全ては神の子。汚れぬ魂。その本来の愛に目覚めよ。幾多の生に出会うも縁なり。その縁を守り、広げていけよ。 一人一人の努力と協力。そのみが地球を、宇宙を救わん。今人に、神は全てを預けたり。人の最期の献身と努力の姿を、神に示せよ。 必ず宇宙は一人を守り、一人は宇宙を救いてゆかん。一人一人が神と結べよ。一人が全てを救うにあらず。一人が一人を救うなり。一人一人の帰依の姿が、神の光を強め高めん。なれば一人の努力の姿は、千にも万にも価(あたい)せん。 一人を侮(あなど)り、軽んずなかれ。一人の重みは人には量(はか)れず。人の尺度や基準に量れぬ、神の世界の尺度を知れよ。そも適(かな)わずば、神を信じよ。ただひたすらに、愚かに信じよ。無垢なる心の信仰こそが、神にも通じ、人をも変えん。なれば愛とて同じこと。我にて愛する愛は慎み、一途に祈れよ、人の幸せ。陰にて祈る心こそ、尊き愛の始めなり。なれば相手に露(あらわ)に示し、押しつける愛は、我のみの偽善。よく戒めて、高めてゆけよ。 神の愛とは、見返りも、感謝も求めぬ、ひたすらの帰依(きえ)。さにて相手が喜ぶ姿を、見守ることにて、満たされなん。さなる愛こそ、抱きて生きよ。儚く短き生ならん。神の愛にも昇華させ、あの世に帰らば神は祝わん。 (我を取る、執着を取ることについて) 我とは己の独占欲、己一人がよかれと願う、おのが中心の現れなれば、先ずは己の幸せのみの、願望欲望、考え捨てよ。されどそもまた難しく、よき時ばかりが続くにあらず。苦労、困難、危機のときに、いかに他人を優先さすか。最も厳しき状況なるらん。人には生まれて死ぬまでに、なさねばならぬ霊行のあり。人の多くは、そにも気付かず、目先の利益や富のみを、人生最大の目的となす。さなる心に精進難し。我を取る行は、さらにも難し。なれど一度、己の霊行、生 賜(たまわ)りし意味を悟らば、霊行以外の何事も、行うは易(やす)く、困難あらず。人の努力と辛抱あらば、およそのことは、全て叶わん。なれど霊行は、人の一人の力には、行うは難く、実現し難し。なれば、神にも他人にも、力を仰ぎ、己も捧げて、ようやく一つの霊行となる。 さなる霊行積み重ぬれば、必ず自ずと我は取れゆかん。なればこそ、今ある人の大方は、霊行さえも知らざる不幸よ。知りてもなさぬが人の常。人の弱さを、神にも十二分に、知りておられば無理を求めず、人それぞれに見合いし行を、段階つけて与えらる。なれば先ずは、霊行を、生ある意味を知るが始めよ。この書記読みし者ならば、必ず神とのご縁も深く、恐るることなく行を積むべし。無償の精進、それのみにて、我も執着も離れてゆきなん。執着、我欲は、本来なければ、なきと思いしその瞬間に、消えて離るる、煙の如し。執着取らん、我を無くさん。 思えば思う、それほどに、かえりて強まり、離れずなるなり。 心の自由を、思い描けよ。心を遊ばせ、空(くう)となれ。恐れず求めず、惜しまず止まらず。ただ自らを、自然摂理と一体となりて生きるがよけれ。己の存在すら忘れ、今ある宇宙と一つとなりて、己の内なる宇宙に帰れよ。 宇宙の魂と、己の魂とは、一つの魂と気付くべし。さにて己の内なる宇宙は、目覚めて時から解放されん。無限の時に身を任せ、大なる宇宙と共に生きなん。さなる時こそ、我は既になく、執着一つも残らずなりなん。 先ずは始めに霊行を。その後求めよ、無我の境地を。いずれも一つの精進要す。迷い、悩みもあるらめど、過ぎたる苦悩は執着なれば、求めぬ心を育みてみよ。まだまだあれど、方法は、自ら探すも修行となるらん。さなる努力と曲折を、神は愛しく見守るらん。心安けくおおらかに、神の波長を甦らせよ。さにて、終わらん。後にも問えよ。人のため。人の苦しみ迷いを救わん。 神の声を伝える人 ひふみともこさん著書 「続神誥記」より抜粋 ひふみともこさんHPhttp://hifumitomoko.cocolog-nifty.com/blog/
2016.08.29
神がこの世に創られし、この地球、自然、大地の恵み、太陽の恵み、海山の産物、植物、動物、昆虫、その他諸々の生物、そして万物の霊長たる人類、こうした一切の創造物は、みな神のみ力、ご意思、ご意図によりて創られ、生を与えられ、魂を与えられ、そして、多くの能力、知力、体力、それぞれに見合いし、全てのものを必要に応じ、程よく備わせられた。それゆえ、一つ一つの調和、意識せずとも、自ずと生じている全体の協力、団結が、各々は意識せずとも、自然に図られ、また働くように創られていた。なれば、人のみが、己を持ち、己のみを大事にしようと望み、行動する、この世にある生命の中で、最も魂を汚した生き物なり。 なれど、それにても神は、人をお見捨てにならず、数々の啓示、現象、事象によりて、人に気づきを与え、悟りを与えんと、骨折られた。気づきを得る者は少なく、逆に神を恨み、憎みて、神から離れてしまう者多かりし。なれど、今ついに、み役を持たせた多くの魂を、この世に順次送られ、人の改心、悔悟、改悛、神への下座と、我(が)の浄め、魂の昇華(しょうげ)を、人一人一人が、これまで以上に、容易に進められる環境、条件を整えられた。なれば、今の世の人は、これまでの長い歴史の中でも、最も神に近付き易く、神の光を受け入れやすい、ありがたい環境といえよう。なぜなら、昔はまだ、これほどまでに、地球、自然、環境、生命の体系、お互いの連鎖が、今ほど狂っておらず、神もそれを見守っておられた時代には、人の中に、幾人かの魂を送り込み、その者に、奇跡を起こさせ、光を示させ、声や文字を持ちて、人に伝えれば、それでことはすみ、治まりおりしゆえに。 人は今、最も危険な時を、なれど、ありがたき時を、迎んとしている。神の奇跡は、ご自分のご存在をお示しになるだけでなく、人をして、いやがうえにも心を入れ替えさせ、心に染まずとも、魂を浄化させることとならん。 この時にあたりて、最後まで神を信じず、我を張り、己に囚われしままなれば、それは永遠の魂の消滅となるのみ。積み来たりし、多くの罪、汚(けが)れ、魂の曇り、濁り、それら全て、一度に浄化させよ。遅れし者は今、この時にも、まだ間に合うべし。最期に伝えられる神のご意思、ご意図、それは今、初めて人に伝えられることではなく、何千年も前から、人々に伝えられしことなり。宗教者はみな知っておりし。いかなる宗教であろうと、この世の終わりに、神が現れ、この世を一度は壊滅させ、そして残されし者を使いて、この世を再び神の国に復活させるであろうことを。宗教、流派、信条、信念、細かい違いはあろうとも、皆、同じ内容を伝えしものなり。なれば人は、宗教の違いによらず、全て同じことを知り、目指し、己を磨くことを、魂を浄め、高めることを、図らずも、行わせられしものなり。 神のみ力、神のお仕組み、神のご意思、ご意図、神経綸(かみけいりん)、これら全て、今の世にては、人の意識、知識、概念、能力、常識、良識を越えしものなり。どのように学問を積みし者でも、神を知らぬ者は不幸なり。逆に、何ら学なく、教養なく、知識、学問、特技なく、文字を読むことすら出来ずとも、神の偉大さ、崇高さを素直に感じ、信じらるるは幸いなり。なれど、学問も大事なり。教養も大事なり。文字が読め、ことばが話せ、神の伝えんとすることを素直に聞け、そのことを人に、文字・声・ことば・書・光・音楽・絵画、その他のものを用いて、人に伝えること可なる者はさらに幸いなり。そなたの思う幸せとはいかなるものか。答えられしか。我等の思う答えなるものは、今伝えしことなり。 人としての行が、神の子としての行と直結し、心素直に、目の前の学問、知識に曇らされることなく、踊らされることなく、己に課されし行に取り組み、最善を目指すことができること。そして神の御心に、適(かな)うか、否(いな)かのみが心の基準であり、心の働きが神と一体化し、己なく、我なく、人なく、自分なく、あるのは神のご意思、ご意図のみであるかのような、そうした心組みになれることなり。さならば人は、一切の束縛から放たれ、自由無碍に、行い、楽しみ、無限の喜びに満たされ、無限の光に照らされ、神への感謝、歓喜、感動に満ち溢れん。 人の幸せとは、現世のみに関わるものではなし。永遠の時の流れで、各々の魂に応じて決まりゆくものなり。今、富に満たされ、金銭、物質に恵まれ、何不自由なく贅(ぜい)を満喫しようとも、あの世に戻らば、何も持ちて行けぬなり。あの世に持ちて帰らるるものは魂ひとつなり。汚れし魂残りし者は、あの世にて、その汚れを取るための、苦しく、辛く、永き行あり。汚れ、曇り、濁りし魂の垢を取ることは、この世以上の苦しみなり。それゆえ、人はできる限り、この世で行を積み、魂を磨き、浄め、高めねばならなくなり。人はこうして、この世の行を積むなれど、苦しいだけが行にあらず。楽しく、嬉しく、喜びに満ち、心豊かに行えるが本物なり。苦痛、快楽、どちらも人間には大切な感覚なれど、どちらも魂に曇りを作らん。どちらに囚われても、魂は曇り、汚れてゆかん。望ましきは どちらも経験し、心を常に中庸に保ち、安定を心がけ、自然に落ち着く境地にあること。難しけれど、魂を鍛え、心を鍛え、己を強く律する鍛錬を行い行かば、自ずと到達せん。 そなたが望む幸せは、そなたの思いがどれほど、神の御心に適うものか、否かで決まりゆかん。神の御心に添い、神の御心に近づかんと努力することで、そなたの魂が、 神の御心と調和し、連動し始め、共振し始むれば、ことは一切がうまく運びゆかん。それまでは己の鍛錬(たんれん)を繰り返し、魂を浄め高めてゆくことが第一なり。この世の栄耀栄華(えいようえいが)、その空しさ、儚(はかな)さは、古来、人も語り続けしことなり。この世が全てではなく、あの世にても魂は続き、幸せが、単に肉体のみに与えられ、感じられるものでなきことを知らば、幸せなるものの本質も、自ずと悟られよう。道遠く、険しく、困難に見えようとも、人間心を捨ててかからば、そは決して遠く険しき道にあらず。神の光に照らされて、我なく、欲なく、執着なく、自由なままに、神と共にあることを感じ、信じ、神と一体して歩むとき、神は、多くの恵み、仕組みを授けられん。光照らし、光明世界を実現されん。 神仕組み、神経綸、一人一人のためにありし。そして、人全体、地球全体、宇宙全体、一切のため働くなり。神人一体、人皆、神の子、宇宙の一部。なれば、一人の我欲に、囚われ生きることほど、つまらぬものなし。大局に立ち、神の心でこの世を見れば、いかに一人の人間が矮小(わいしょう)なるか、見えてくるらん。人、神、その間に何もなし。神は人と共にあるなり。人、行を積まば、神の御心そのものになりゆくなり。一人一人が行を見つけ、行を見出し、素直に行ずる、一途に行ずる。それが神の望まれる在り方なり。よく求め、よく聞く者は、よき導きを得ん。よく望み、よく働く者は、よき実りを得ん。よき心、よき魂、よき働き、いずれが先か分からねど、人の全てを持ちて、行を積まば、全体がよく働き、巡り始めん。考え過ぎず、悩み過ぎず、目の前に囚われず、大局から眺め、考えゆかれんことを。大局から考え、行うことは、神の御心に適うことなり。必要あって仕組まれしことも、さすれば見えてこよう。己の中に閉じこもりしは、己の目を曇らすことなり。今日もそなたの行の成就を祈らん。これにて今日の問答は終わらん。 神の声を伝える人ひふみともこさん著書「神から人へ(上)」より抜粋 ひふみともこさんHPhttp://hifumitomoko.cocolog-nifty.com/blog/
2016.08.29
神から人へ、人から神へ。神の願いは人の成長。心豊かに、健やかに、人の成功、幸せ喜び、己の幸のみ追うことなく、全ての人の平和を願い、そのため一身、生を捧げる。さにて本日、卑怯なることの意味を説き示さむ。今のこの世の現実は、全ての人の問題なりて、人の心を蝕むが、卑怯を恥じる心の喪失。人は神の子、神からの、尊き御魂(みたま)を分かたれしもの。なれば心に曇りなく、何に照らせど、恥じるなく、面(おもて)を上げて、天仰ぎ、澄みし瞳に翳りなく、神の御前にためらうことなし。神の言葉は速やかに、心に通り、御魂に透る。少しの疑問も、不信も抱かず、素直に受け容れ、歓び賜る。なれど心に不平持ち、心のやましさ抱えるものは、神の言葉は煩(わずら)わしさのみ。己の行い、考えの、非を認めるは、辛し、憂(う)し。そを改むは、さらにも難し。さにして人は、罪重ね、穢(けが)れを深めて、迷いに苦しむ。卑怯というは、弱さなり。己のあやまち、省みず、目をばそらして、他を欺(あざむ)かむとす。なれど、神の前にはごまかせず。光の照らさぬ闇はなし。隠せる秘密も、虚偽もなし。厳正なる神の裁きに、ただ粛然と、己を任せて、委ねるのみ。神の前にて恥じることなく、恐れることのなき心。正しき行い、正しき心、正しきことば、そが全て。 間違い犯さば、謝ればよし。人を苦しめ、傷つけなば、素直に詫びて、許しを請うべし。謝り、詫びるは、人の特権。己の犯せし罪を贖(あがな)い、汚点をそそぐを許さるも、神の慈愛の深ければこそ。卑怯は、罪を繰り返す素。神の与えし悔悟の機会を、自ら捨てて、迷いを深めむ。迷いは凝りて執着となり、詫びの言葉の言霊さえも、容易に浄めぬ穢れとならむ。さにて本日、卑怯というは、神の慈愛の拒否なりて、ますます迷妄深めることを、人にも知らせ、よく気づかせて、清き命を全うせむため、その導きのよすがとされたし。人の尊き霊性を、損なうことは、口惜(くちお)しきこと。神の与えしそのままに、御魂の光を失うなかれ。さにて。神の声を伝える人ひふみともこさんHPhttp://hifumitomoko.cocolog-nifty.com/blog/
2016.08.28
(人間の発生と、進化についてお教えください)では教えん。人間、祖先とその発生を。まず人は、神の作りし生き物なりき。神の姿に似せられて、神の御霊(みたま)を分けられて、人の形と魂は、神の御心、御霊を分けられ、作られたり。なれば人は、始めから、猿や動物、植物ならず。さにて神はことばも与え、人に修行を課せられて、人の精進、努力に賭けて、この世に楽園作らんとせり。なれば、人は魂も、姿形も、ことばも文字も、全てを神から賜(たまわ)れば、人の祖先は猿ならず。神そのままに作られし人。なれば、進化も同じこと。人の姿は昔と変わらず。なれど、心と魂は、始めの頃より変化せり。かえりて汚(けが)れ、雲れるものなれ、神の禊(みそ)ぎも適わぬほどに、汚れ深めて、堕ちぬる今よ。人の進化は進まずに、ただ物質の文明ばかりは、神の思わぬ程に発達。このまま許さば、自らを、いつかは滅ぼし消滅せん。なればこそ、今立て替え直して正さんと、神は急ぎて、仕組みを早めき。今急がずば、間に合わず。汚染腐敗の急速なれば、早くに浄めて、立て替え直さん。 人のなかにもいろいろありき。神の作りし人間と、遠く彼方の宇宙から、次元を超えて、来し者もあり。かつて祖先を宇宙の星に、魂神から預かりて、この世の進歩と繁栄のため、神の手伝いするために、訪れるも人にはありき。なれど多くは役目を終えて、それぞれ星に戻りぬる。星の異なる魂達が、文明作りて人に教え、この世の発展、進化を進めき。なれど高度の物質文化も、今のこの世に至りては、かえりてあだなり、憂いなり。人の心の進化は遅れて、かえりて汚れを増すばかりなり。なれば人は神の禊ぎを、神の粛清、受けねばならず。なれど最後の機会を与え、人自らの悔悟を待たん。 (かつても地球には何度かそのような神様からの粛清や、立て替え直しがあったのでしょうか。当時の地球は今の地球と異なっていたのでしょうか)かつての地球にありし人間、今の人とは異なりき。なれど人の伝えしように、神の経綸、粛清により、乱れし文明、正されて、一度は絶滅、この世から消え。その後幾度か繰り返し、人は幾度も作られて、神の御心裏切りて、神の禊ぎに滅びぬるを。かつてこの世に発達爛熟、ついに滅びし文明のあり。そもまた神のご意図に沿わず、神の滅ぼし正せし文明。さなる高度の文明は、人類のみの作るにあらず。他の星より訪れて、文明技術を教えて帰りき。帰りし後に任されて、人は自ら腐らせて、衰え病みぬる文明多し。 ノアの箱舟、そも事実なり。神の立て替え直しのために、神は一人の男を選び、その家族のみを船に乗せ、地上の洪水、浄化の後に、船より出して、救いしを。さにて地上は浄められ、始めの零から作り直しき。なれば人類、その元は、神の御魂にありぬれど、地上の文明教えしは、他の星より訪れし者。宇宙人とも神ともいえど、次元の異なる世界に住める、魂異なる生命なりき。なれどこの世に同化して、この世に住み着く者もあり。死にて役目を終えし後、再び戻る者もあり。神の定めることなれば、その魂の意思にはあらず。 過去の歴史の疑問点。矛盾も多く、そもまた当然。人の残せし記録には、多くの欠落、偽り多し。なれど事実は一つのみ。ノアの時代の地上には、今の肉体持つ人はなく霊魂の世界。ノアは肉体持たざれば、箱舟なるも比喩のこと。邪気を消し去るその間の、一時の避難の施設なり。 なれば、日本も水没せず。地上の浄化の終わりしあとに、初めて肉体持つ形、命が生まれて人間となり。日本の祖先もその後なれば、ノアの子孫も過ちならず。なれど、血統つながりはなし。人間世界の縄文人、そもまた記録に残らざれど、日本の始めの祖先にあらず。さらに古き時代に降り立ち、今の日本の原型つくられ、それら日本の民たちが地球世界の原型となり。それら日本の祖先こそ、神のことばを話せし者たち。縄文人とは魂異なり、別なる次元の者達なり。 (ノアの箱舟がアララット山頂に着いたことの原因と伝説のムー大陸、アトランティック大陸の沈んだ理由は何でしょうか。現在の地球での自然破壊や多くの過ちは、神のお怒りの結果と解釈すべきでしょうか)さてもくだらぬ問いの数々。いまだに進まぬ人知の表れ、何ゆえ過去にこだわるや。何ゆえ現実、今を見ぬ。今の地球の窮迫は、今の人類全ての者が、作りし罪科(つみとが)なれば、今こそ禊ぎて変えゆくときなり。なれば、過去の伝説に、答えを探すは愚かのもとなり。今の事象に答えを探し、その解決を見つけるべきなり。過去の伝説、歴史には、今と異なる現象により、異なる原理が働きて、結果として起こりし現象。今の人類、文明にては、測れぬ世界の出来事なれば、異なる文明、文化の者には、解きてもわからぬ原因なり。 なれども一つの教訓は、神の心に背きしものは、いずれ壊れ、崩壊せん。そのまま伸びて繁栄しなば、地球の循環、宇宙の循環、全ての調和を乱すものなら、神は必ず決断下さん。なれば、今の自然崩壊、地球の乱れもその一つ。人の作りし罪汚れ、心の乱れを表したるもの。心の乱れ、穢(けが)れの波動が、地球を覆い、自然を包み、地軸の狂いとなりゆかん。地軸の狂い、流れが変わらば、宇宙の運行、それさえも、次第に乱れて、壊滅せん。なればその前、神は動きて、宇宙の崩壊、回避せん。驚くことも、恐るることも、案ずることも必要なし。全ては必然、自明の理(ことわり)なり。全てを知るは不要なり。今のみ見つめ、そこより知れよ。過去の過ち、そこから学び、今の現世の、示唆とせよ。神の思いは既に明らか。繰り返すさえ無駄なほど、御魂の奥底まで届きておるなれ、繰り返さず。人の勝手な憶測や、疑問の余地もあるなれど、まずは神の心を信じ、起こらぬ未来を占うなかれ。何が起こりて、降りかかろうと、己の位置さえ正しておかば、神の下せる判断には、わずかの狂いも、間違いもなし。まずは己の足元を、浄め固めて備えるべし。その後周りの衆生、縁者の身を危ぶみて、手をつなぐべし。互いの絆を強めるためには、己の綱のほころびなきこと、己の心の迷いなきこと、そが始まりなり。原点なり。さにて本日、現世での、心の置き方、構え方、基本に帰りて解き示したり。後々までも変わらぬ教えを、伝えてゆくのみ、残すのみ。さにて。 神の声を伝える人ひふみともこさん著書 「続神誥記」より抜粋 ひふみともこさんHPhttp://hifumitomoko.cocolog-nifty.com/blog/
2016.08.28
神から人へ。人から神へ。神への思いを高めてゆけよ。人間心の狭きになく、広き愛にて、救いて行けよ。迷える衆生の多かれば、これから後にも働けよ。人とのご縁を広げてゆけよ。知らぬ者との輪を広げ、さらに強めて、結びてゆけよ。多くの人の努力と献身。そにより神は救いを許し、最期の猶予を延ばしなん。神への祈りを高めてゆけよ。高き祈りの神へ届かば、必ず神は唱和され、人の努力を喜ばれん。人の努力は何よりの、神にとりての捧げ物。金銭物質、神は求めず。ただに望むが人の精進。なれば答えて示してゆけよ。真の献身、努力の姿を。さにて本日何を問うや。 (人口がこのまま増えてゆけば、地球の食物は不足し、大飢饉が起こると思われます。そうした人口の増大を防ぐにはどうしたらよいのでしょうか)そもまた無駄なる問いならん。人口増加はめでたきことなり。なれど愚かな人類の、勝手な欲望さらに増し、我欲の多き地上よ。人口増加に問題あらず。人は我欲を無くせよと、自然の警告、通告ならん。一人一人が我を無くさば、問題無し。問題なるは人の我欲よ。他を征服し、勢力伸ばさん。支配し破壊し、領土を広げん。さにて地球の環境汚染、資源の濫伐、濫用浪費。恐ろしきことは、さなる我欲よ。歪(ゆが)み狂いし価値観、基準。今の地上の限界を、踏み越え、まさに絶滅の危機。なれば人口問題を、解決するは易きこと。なれど難し、今のままには。神の警告、戒告を嘲笑、無視する者ばかり。 人の増えなばさらに謙虚に互いに譲る優しさ必要。さなくばいつか奪い合い、争い、相手を押しのけん。弱きを滅ぼし支配せんと、この世に残るは我欲の強く、武力ばかりの亡者のみ。地球の最悪、最期の時なり。いずれも滅びて何も残らず。住める自然も壊滅せん。真の勝者は昇華のみ。この世の勝者は敗者なり。魂汚して救われず、気づかぬままにあの世に戻らん。なれば、地上の現界の、諸悪の根源、根幹は、自ずと明瞭、明白ならずや。己の心の我欲を捨てて、真の正しき基準を持ちて、神の前にて恥ずることなく、真摯(しんし)に生きる姿のみ。さなくば、いずれは終わりを迎えん。そもまた止(や)むなき人の選択、人の選びし最期ならば、神にも救いは不可能ならん。 人よ気付けよ。目を開けよ。目前にある危機の時を。ただ何もせで果ててゆくや。それとも一人努力して、救わる道を探るのか。残されし道は一つのみ。他には無きを、何ゆえ悟らぬ。遅れて悟るも元に戻れず。そのとき気付くも早むなし。人口問題、食料飢饉、全ては一つの循環ならん。一つのみにて解決ならず。一つを正すは全てを正せよ。一人二人の改悛になく、全ての者が悔い詫びよ。さなりて悪の循環断ちて、善の波動に改むべし。今このままに堕ちゆかば、地上の地獄の現出せんを。なればこの世を正すため、人の祈りを広げてゆけよ。 この先起こることも、慌てず迎えよ、覚悟せよ。来たる最期の瞬間を、全人類と迎えるか、それとも救われ、再生し、新しき世を築けるか。答えは全て、内にあり。己の心を照らし見るべし。さにて本日人口問題、地球の救いを教えたり。易しきことほど難しきもの。日々の行さえ続け得ぬ、弱き心が滅亡早めん。 2000年5月28日 神の声を伝える人ひふみともこさん著書 「続神誥記」より抜粋 ひふみともこさんHPhttp://hifumitomoko.cocolog-nifty.com/blog/
2016.08.28
神から人へ、人から神へ。今はこの世の終わりに近づき、次なる世界の到来のため、最後の準備の始めとならん。次なる世のため選ばれし者、次なる次元に残れる者は、ひとたび神への奉仕を誓い、神への献身努力を示せよ。無私の心で、真の思いで、偽りならざる忠心を、裏表無き真正を、神に示してはばかることなく、ためらうことなく働き起こせよ。神の世界の事象現象、一日先に起こりしことを、この世に起こして仕組みを回し、働き起こして、循環動かせ。神世に起こりし過去の世界は、この世に下りて現象化せん。現実となり、現前し、この世に神は降り立ちなんを。さにて本日、問いは何なる。 (天日津久神社のお社が、7月20日、焼かれたそうです。このことは、何か意味があるのでしょうか。お教えください)さても悲しきこの世の衰退。人の心の荒廃は、かくも進みて極まりしか。神の悲しみ、嘆きも深く、神の世界も憂いを深めん。神の嘆きは怒りともなり、必ずこの世に表れ起こらん。天日津久神社の役目は終わり、次なる世界の明けなれど、神社を焼くのは本意ならず。神の宿れるお社(やしろ)に、火をつけたるは許し難し。なれどそも また神の意図なり。苦しき選択、必要悪。神の示さる真の意味は、人の心の戒めと、次なる世界を顕すものなり。人の心の衰えを、怒れる神の御心は、社を焼きて気づかしめ、神の嘆きを伝えんためなり。 (神社が焼かれたことは、神のご意図なのですね)さなり。なれど、悲しき選択、悲しみの果ての決断なるを。焼きたき心にあらざれば、嘆きも深く、悩みも深し。 (なぜ天日津久神社を選ばれたのですか)次なる次元の始まりを告げ、次なる世代の交代ならん。これまで神に仕えし者の、役も終わりて、変わる境目。今世に働き神に仕えし、多くの御霊をいたわりて、次なる世代に移りゆくを、諭(さと)し示すが神意なり。 (では神社を焼かれたことには、二つの意味があるのでしょうか。神の嘆きを示すこと、次なる世代の変わり目であることの二つの意味でしょうか)さなり。なれど他にも意味あり。次なる世代の始まりは、次なる世界の担い手を、いよいよ選び、分ける始めよ。なれば人は戒めて、己の行い、ことば、心をさらにも 浄めて用うべきこと。さにて人は、身を浄め、魂禊ぎて、昇華せん。 (神社を焼いたことは神様のご意図なのに、なぜ悲しまれ、お怒りになるのですか)そはまた浅き次元の考え。神の神意は深く遥かよ。神とて社を焼くは望まず。なれど人の心が貧しく、さらにも衰え退廃しなば、このまま見過ごすこともならず。なれば一つの示しを見せて、神の心の怒りを示さん。なれば、最も神聖なる、社を焼かしめ、気づかせなんと、苦渋の末の選択なるを。社を焼きし元は人心。人の心の荒廃なれば、神社を焼きし元を正せよ。原因は明らかならずや。易しき問いにあらざるや。理屈は神の意図なれど、その大本は、人にあり。人の行い、愚かな考え、幼稚な心と貧しき欲望。全てが神の嘆きなり。なれば、神社を焼きしことは、神の怒りの表れなり。なれど表に現るは、物質のみの焼却、消滅。神の神意を汲み取れよ。神の心を読み取れよ。神社を焼きし人のみになし。神の怒れる対象は、全ての人類、心の悪なり。なれば神は一つ一つを、小さき事象に顕して、人の反省、詫びの心を、促(うなが)し進めんよすがとせんを。神の心を見失うなよ。単なる事物の破壊になし。奥に潜める神の神意は、さらにも深く、さらにも遠し。神のご意図を誤りなく、そのまま写して書き取れよ。己の考え、先入観、愚考を交えず、御霊に通せよ。神のことばを受け止めて、己のことばに移し替え、神の波長に合わせて読めよ。神に合わせて、高めて書けよ。遅れることなく、先走るなく。神の神意を素直に捉え、人のことばに素直に訳せよ。さにて本日、天日津久神社の問いに答えし。神の神意をよくよく読めよ。容易に読めて、明らかならん。さにて。 2001年7月31日 神の声を伝える人ひふみともこさん著書「続神誥記」より抜粋 ひふみともこさんHPhttp://hifumitomoko.cocolog-nifty.com/blog/
2016.08.27
(地震、異常気象について。何かの知らせ、あるいは何かを悟れとの神様のご意図なのでしょうか。そうだとすれば、何を悟るべきなのでしょうか)人は多くの天候、現象、自然の事物に意味を見出す。なれど多くは、神の意図にも、神の仕組みしことにもあらず。多くの原因、根源は、人の積み越しし、過(あやま)ちにあり。なれば悟るは、これまでの己の罪を、過去を見よ。そこに答えは見えざるや。人間心の浅知恵により、自然を破壊し、濫用し、今や荒廃、荒れ果てぬれば。今の世界の異常気象も、その結果なり。必然なり。人の勝手な暴走により、自然の秩序を乱し狂わす、さなる愚かな物質文明、神の望まぬ繁栄なれば。今この時に、この瞬間にも、地球の無数の国々にて自然を破壊す、人の驕(おご)りよ。異常気象や、事件事故。一つも神の仕組みにあらず。神の仕組みは、法則一つ(原因結果の法則)。神の定めしもののみなれば。神の定めし法則に沿い、全ては自ずと定まるのみ。神のご意図が働くになく、絶対普遍の法則なれば。異常気象も、人の作りし物質のみの欲の産物。神は見守り、悲しめど、自ら力を使うことなし。ただに人が精進努力し、自ら悔いて、昇華せんを、ひとえに願いて祈るのみ。なれば、人は地球を見よや。全てはそこに答えがあらん。自然破壊に環境汚染、資源の濫用、乱伐伐採。挙げ句は遺伝子、生命までも、操る傲慢(ごうまん)不遜の極みよ。全ては調和、一つの命。人間のみが異常に栄え、他を支配するが誤りの素。過不足なきが始めの姿。神の創りし地上の創世。なれど、幾千、幾万年。狂いしままにて進む時間よ。なれば戻せよ、時間を元へと。適わぬ事なれ、努力を奉げよ。地上の命を甦らせよ。自然の力の復活を。神の力を待つになく、人自らが働けよ。一人の力は一人にあらず。必ず十人、百人と、集まり強まり、動かさん。己の力を信じ頼めよ。神にすがりて、何も得られず。かえりて魂、汚れともなる。なれど、自(みずか)ら働く者は、神は必ず光を与え、さらに浄めて、力を授けん。その時人は、素直になりて、神に任せて委(ゆだ)ねればよし。結果を案じ、先回りすは、取り越し苦労の無駄な骨折り。神の力を信じる者は、ただ泰然と励むのみ。それにてやがては波動も高まり、神との通信、波長も合わん。 (日本の地震について)日本の国の積み越しし罪なれ、日本の人は悟るべし。戦後の繁栄、享楽、退廃、人の精神、魂に、溜まりし汚(けが)れを禊(みそ)ぐ時なり。なれば、神の怒りにあらず。自ら禊ぎて、浄め得ぬなれ、神の慈愛の禊ぎと思えよ。神の恩愛、真(まこと)の愛は、人の真の浄めにあれば、ただに物質、金銭のみの利益にあらず、富ならず。神の真の慈愛を汲みて、神の心に適(かな)う国なれ。 (具体的には、日本人一人一人、何をすべきなのでしょうか。また神様に祈りを捧げることについてお教え下さい。祈ることにより、地球人類を救えるものでしょうか)まずは心の浄化を急げよ。人の不幸を遠くに眺めて、何もせぬこそ罪なれば。今は人の不幸なれども、やがては己に及ぶものなり。なれば他人の幸せ願い、無心の祈りでまずは浄めよ。自らの魂、心の奥底。さにてその後、人のため、自らなせる献身、奉仕。報いは心の浄めなるらん。人の真の祈りにあれば、一人の祈りも百人の如。数に意味なし、神への祈りは。まずは一人にても、神への祈りと感謝を捧げよ。神への祈りは一生なり。人の祈りは己のため。己の魂浄める為なり。神への感謝を捧げて浄め、その後、他へと広がりゆかん。祈りは人を救うにあらず。魂、波動を高めるためなり。 (少年犯罪も、これまでの罪科の結果だとすれば、まず日本人一人一人、何を反省し、悟り、行っていくべきでしょうか)少年犯罪、いじめに自殺。全ては戦後の過ちのつけ。教育なるをないがしろにし、心を高める必要説かず。ただに己の生活のため、富や、名誉のみ追う。心のゆとりや豊かさ失い、導く者すらなき地獄。迷いし子供の魂は、行く先もなく、漂うが如。少年のみが悪しきにあらず。家庭の中にも、学校にも、子供を育てる愛のなければ。厳しさ、慈愛の深さ。心を養うものすらなくば、自ら生きる力も育たず。子供の悲痛な魂の叫びは、他人を傷つけ、悔いることなし。少年のみを憎むなかれよ。一人の犠牲者、哀れな魂(たま)よ。少年罰して何も変わらず。教育、思想、家庭を直せよ。人の心の根本を、愛ある心を取り戻せよ。心に養分与えるものは、真のことばと真の感謝。何にてもよし、感謝を持てよ。親にてもよし、友にてもよし。身近な周りの人との交流、感謝のことばを表し、見せよ。幼き心の素直なうちに、人は心の養分を、親から受けて育むものなり。心に感謝の種持つ者は、必ず人をも愛する芽を出し、豊かな心の花を咲かせん。荒れし心も、必ず肥沃に、慈愛のことばに潤わん。心の枯れてひび割れし者も、ことばの慈愛にて、やがては芽生えん。さにて本日多くを答えしを。よく読み、汲みて、悟りを得るべし。 神の声を伝える人ひふみともこさん著書 「続神誥記」 ひふみともこさんHPhttp://hifumitomoko.cocolog-nifty.com/blog/
2016.08.27
神から人へ、人から神へ。人への優しさ、厳しさも、人への愛のあるならば、いずれも同じ、尊きものなり。人は独りで生きるにあらず。互いに支え、支えられ、互いに助け、助けられ、それにて人は多くを学び、己の御魂(みたま)が独りにあらず、全てが縁にてつながるを知り、さにて人の優しさに会い、人へも優しくなるを身に付く。優しさというは同情ならず。相手の御魂の成長を、促すように導きて、相手の苦しみ、悲しみを、共に感じて共有し、共に苦難を乗り越えて、そにて手に入る喜びを、さらにもまして祝い合う。人から人への優しさは、いずれは己に返るもの。他人も自分と同じと悟り、この世の縁にて出会いしことも、神の意図ある結びと気付き、出会いを歓び、奉(まつ)り合い、いかに親しく睦(むつ)び合い、いかに和やか、穏やかに、相手を尊び、讃(たた)え奉るか。いさかうことなく、争うなく、相手を許し、認め、受け容れ、互いの気持ちを沿わせ合い、無理に己を抑えることなく、自然に我(が)を引き、悠揚(ゆうよう)たり。円満莞爾(かんじ)と温顔柔和に、言霊 優しく、慎ましく、その場を和め、気を清め、心を癒し、光で満たす。さなる行い、存在こそが、人の至高の優しさならん。 なれど人はそれぞれなり。全ての人が同じにあらず。明るく賑やか、元気なことばで、人を勇ませ、励ますもあり。厳しく辛きことばにて、驕(おご)りや迷いを祓うもあり。人の優しさ厳しさは、表裏の関係、一体ならん。人それぞれの生い立ち、家族、心や体の状態により、常に変化し一様ならず。そを鑑(かんが)みるも優しさならん。己の独善、押し付けは、偽善ばかりか害悪なり。優しさ養う、そは修行。優しさ行なう、そもまた修行。真の優しさ施すは、至難の技なれ、間違いもあり。なれど真の優しさを、己の生のあるうちに、養い、育み、磨くべし。そこそは神の願いなり。人の御魂の昇華のために、欠かせぬ人の徳性なるべし。生まれし時の赤子は全て、己と他との別もなく、ただに己が中心なり。そこから人は平等に、修行を始めて、年を経る。死をば迎えるその時までに、いかほど真の優しさを、己の内に涵養(かんよう)せるか。そもまた一つの昇華の標(しるし)。己の生の証ならん。さにて本日、優しさの意味の深さ、広さを教えたり。優しさ、それは天性ならず。生きる生き方、そを映すもの。なれば心し、よく生きるべし。さにて。 神の声を伝える人ひふみともこさんHPhttp://hifumitomoko.cocolog-nifty.com/blog/
2016.08.26
神は言葉なりき。言葉は言霊で構成され、その言霊による神の仕組みを解説する神言会(kamikotokai.com) 八月十八日から土中で実った「米」も陽光へと向かう。ラリルレロ(ラロルレリ) http://kamikotokai-b.jugem.jp/?eid=441 ※伏見稲荷豊受大神様よりお伝えがあります※(追記あり)お役目のある方は本日より「いろは祝詞」「ひふみ祝詞」×3に続けて「らりるれろ祝詞」×3回を奏上して下さい。(個人差があるため回数を増やしました)奏上方法、詳しくは神言会のブログをお読みになって下さい。また今まであげていた「般若心経奉賛文」 「般若心経」×5 「妙法蓮華経如来壽量品第十六」の代わりになる言霊ですので、この3つは省いていいそうです。宜しくお願い致します。また一般の人でも「らりるれろ祝詞」で霊を天にあげる事が出来ます。回数の制限はありません。
2016.08.26
神から人へ。神から人へ、この後なすべきことは、これよりさらに多かれば、怠けて休むは適わぬことと、心し覚悟しさらに精進。次に伝える二つのことは、これより後に人類に、与えて残す神から人への、最後に伝える最大の、神の慈愛の証(あかし)なれば、よく聞き取りて書き写されよ。 一つは、地球人類のこと。迫り来る日、今からに、構えて備え、心を決めよ。 次に残すは、神の御心、秤にかけられ、裁かれて、罪を問われて潔白なるを、正真正銘示せし者のみ。一点罪の汚れもあらば、神は禊(みそ)ぎて罪を消し、清らにならねば残されぬ。神の裁きは厳しからん。この世の罪をあの世にて、禊ぐは許さず、今度ばかりは。神を冒涜、侮辱せる者、今すぐ詫びて許しを乞えよ。脅しすかしにあらざれば、素直に聞ける者のみ救わん。神の怒りも悲しみも、幾度越えぬる、山谷を。峠も越えなん、今ようやくに、心は凪いで、風もなし。今の決意の固かることを、侮(あなど)り、嗤(わら)う低き御魂よ。哀れな末路を送るなよ。神なき世界の、真の辛苦を、知りなんときには、既に遅かる。今ある内に、光ある内、神の恩愛大愛に、心の底より感謝捧げよ。 今や何千何万回、同しことばの繰り返し。なれどさにても、改めず、少しの向上進歩もなきを、神も訝(いぶか)り怪しまる。人の心の疎(うと)さ鈍さよ。神の作りし人間が、最も恵みを備えし命が、何ゆえかくも、不足の多きか。神の心を素直に解し、素直に行う魂ならば、神の思いもすぐ通らんを。神の心に壁作り、扉を閉ざせる意固地な魂よ。ことばも通らず、光も入らぬ。汚れし魂覆われて、殼の固さを強めゆく。神の心を知りぬる者は、神を手伝い、助けて捧げよ。神の力になせぬ業、神の力の及ばぬことを、人よ代わりて、働けよ。人には多くの恩恵が、返せぬほどの恩愛が、注がれ賜(たまわ)り、与えらる。いつかは報恩報いよと、返さんときは今なれば、お返しするも神仕組み。この世に受けし光と恵みを、さらに増やしてお返しせん。さらに強めて、感謝の思いで、自ら禊ぎ、浄めを広げ、神に代わりて、行い顕(あらわ)せ。神の思いを顕す者よ。神の願いを叶うる者よ。神の祈りの聞こえなば、神に応えよ、行いで。形に顕せ。音にせよ。文字に記して広めゆけ。神のことばも残り少なく、最期の祈りの切なるままに、人に伝えて、終わらんとせん。残り少なく時迫り、種人増やすも難かるを。よく働きて、神に仕えよ。今生(こんじょう)世界の短さになき、遥かな時を、神に仕えよ。神に使われ守られて、生を終えなば、何よりの、真の幸なり、至福なり。神の望まる魂を、素直に顕し、範となれ。 理屈理論で人負かす、幼稚な小細工、神は嫌わる。人には幾多の不条理が、説明し得ぬ不可思議が、あるを認めぬ頑迷さ。人の作りし学問技術も、一つの神の恵みなり。人の科学はそれのみの、神の許さる器の中なり。広大無辺の宇宙を超える、神の力を信じぬ者よ。後に悔やみて神を恨むな。己の蒔きし種なれば、己が刈り取り始末せよ。神の力に頼らずに、独りで何でも行わん。神に祈るも口先のみの、魂抜けし、呪文呪詛。神を讚える心もあらず。神に捧げる感謝もなきを。救えど救えず、自ら離れ、去り行く魂よ、恵みあれ。願い望むは、再びの、最期の最期の、悟りの機会を。改悛悔悟の猶予を与えよ。悟りの意味に、気付き改め、救わる魂も多からん。神は見放し、匙を投げ、見捨てて見えども、さにあらず。心の奥には、決断を鈍らす迷い、苦悩あり。神の心の深奥を、覗いて見よや、懊悩を。人を救えぬ悲しみは、怒りとなりて、火の如し。燃える草原、剣で祓(はら)い、浄めし後に、神は舞う。神世の神話、作り事。さも賢しらに、嗤わん者よ。 話の底には真実あり。真実真理はことばの裏に、ことばの奥こそ秘められたるを。そを読み解けよ、心のことばで。言霊解せよ、魂で。古代人らの労苦を量れよ。後の今世、現世のために、ことばに託して伝える意味を、心で推せよ、慮れよ。古代の人の伝えたきこと、残したきことの一つ一つを、自ら明かして解いてみよ。古代に伝わる神話民話の、故郷に問え。真の意味を。思いも深く、厚さ、願いの、こもれる話の奥底に、脈々と打つ魂感じよ。昔の神々忘れられ、打ち捨てられし神々の、思いを顕す民話伝承。自ずと今に語りかけん。 今の狂いし世相、趨勢(すうせい)。くさびを打ちて、勢い止めよ。腐れる恨には、腐れる果実が。さらに広げん、腐敗悪臭。今のこの世の根本を、正して、立て替え直さんと、思いも高く、集える者よ。神に近づく方途を授けん。ただいたずらに、働くになく、心を高める修練を、体を鍛える鍛錬を、自ら求めて、さらに高まれ。その後心に余裕のあらば、人のためにと行えよ。今なすべきは己の錬成。一夜の嵐に飛ばされて、息絶え果てなば、朽ちて甲斐なし。 風にも雨にも尚耐えて、寒さを乗り切り花と咲け。自然の恵みと楽しみを、生ある間に、満喫し尽くせ。命の喜び、それなくば、この世を残す意味もなし。ただ謙遜に、幸を祝えよ。神の匠の業(わざ)を言祝(ことほ)げ。今ようやくに、旅立ちのとき。人の船出を、神も祝わん。無事に荒波、高波越えて、健やかなまま戻り来よ。嵐の中にも神を思えよ。祈りは通じん、雷雲貫き。 神の声を伝える人ひふみともこさん著書 「神から人へ(下)」より抜粋 ひふみともこさんHPhttp://hifumitomoko.cocolog-nifty.com/blog/
2016.08.25
神から人へ。人から神へ。 人から人へのつながりも、神から人へのお伝えも、滞りなく、よどみなく、迷うことなく下ろされて、伝え残され、広がりゆくべし。人の思いも神の祈りも、天へと通じて叶えられなん。人の世界に迷いも多く、悩みも尽きせぬことのみ多し。なれど始めの心に帰り、元の清らかな魂にて、神の心に適(かな)うものなら、必ず御霊(みたま)は救われてゆくべし。今一度の辛抱努力。焦らず気持ちにゆとりを持ちて、神に使われ働くことを、何より喜び尊ぶべけれ。人の救いは難しいけれど、神の教えしことのみ守り、己のなすべき最低限の、最も基本を行えよ。人のことばに惑わされるなく、己の信ずる神に従い、素直に付きて従えよ。道の過(あやま)ち、はぐれし時は、元から始めてやり直すべし。遅すぎるなく、早すぎるなく、一歩一歩に 思いを込めて、神の示さる道を進めよ。神の世界に向かう道のり。遠くに見えども遠くにあらず。己の心の内なる神は、常にそばにて見守り助けん。確かなものを、真実を、神の示さる真(まこと)を信じよ。目に見えるとて真実になし。手に触れるとて実在になし。心に映る神こそが、真の存在、真理なり。惑わさるるなよ。だまさるなかれ。心の曇りに光を失い、道を外れることなかれ。 神から離れて遠ざかるほど、神の心も光も弱まり、ますます落ちゆく執着、汚(けが)れ。哀れな末路をたどるなかれよ。自分の求めし苦難にまみれて、たやすき道をなぜ離れるや。親の教える教えに背き、導くみ手を自ら捨てて、自ら選びし葛藤(かっとう)の道。人はか弱く、儚き存在。少しの苦難も困難も、たちまち人を衰えさせなん。かかるときこそ神を求めよ。すがる頼ると異なれば、素直に神に導かれ、救いを求め、従えよ。 神の示さる生き方を、再び見つけて立ち戻るべし。神のみ声に耳傾けて、神の光を身に受けて、この世にあるを尊びて、感謝の思いに浸りなば、道は平に、安らかなるらん。自ら険しき道を求むな。そこには必ず落とし穴あり。思いもかけぬ誘惑もあり。人の力に抗し得ぬ、邪(よこしま)なる汚れの誘いもあるなん。人の心に魔の差して、弱き心をくじかれて、神の教えを遠ざかり、いつか己も罪を積まん。己の作りし罪汚れ、浄め禊(みそ)ぐはさらにも辛し。神を恨むが多くの衆生。神にも救えぬ、不信の衆徒よ。自ら腐りて汚辱を深め、救う術(すべ)なき縁なき民よ。神のみ声に立ち返り、心に神を甦らせよ。それしかあらず、末世の世なり。聞こえぬ耳にも聞かせてゆくべし。それのみ急げよ。打ち込めよ。神のことばを伝えてゆくべし。人の心の解釈いらぬ。聞いても判からず、理解せずとも、内なる御霊に届けられん。さなりて心の神は目覚めて、人の行い、心を変えて、神へと必ず神へと結ばれゆかん。 神の奇跡は人知の及ばぬ、宇宙を創りし偉大な力。人間一人の生なれど、宇宙の神秘に包まれ覆(おお)われ。唯に一つの真理の貫(つらぬ)き、科学に測れぬ無数の法則。さなるこの世の事象現象読み解く術(すべ)は、神への信のみ。祈りの力も神の表れ。神の示さる奇跡の一つよ。人の祈りの実現を、決めるは神なり。許すも神なり。人の力に可能にあるは、神の心に委(ゆだ)ねることのみ。あきらめ投げ出すことにはあらず。神に任せる潔(いさぎ)よき、執着捨てし心なり。全てを行い、力を出し切り、後は神へと預ける心よ。神も喜び受け取れば、奇跡は起こされ人へと示さん。人へと与えん、神の恵みよ。神も感謝し、ねぎらわん。いたわり、愛しみ、慈(いつく)しまん。神の慈愛の一つも逃さず、全てを受け取り輝けよ。神の慈愛を受け取るに能う、清き御霊に磨き浄めよ。光を映しさらに輝き、内まで光をあふれさせん。光をとどめて、さらに輝き、人にも与えて、いよよ栄えん。光を賜る器を浄めて、残すことなく与えてゆけよ。さなれば光強まりて、ますます富みて与えられん。神の光は尽きることなし。惜しみて隠さば、失われん。人に与える喜びは、神の慈愛の心に近し。神の心に近づけよ。感謝の思いをさらに高めよ。神の心は与えるのみ。人に望むは精進のみ。感謝の心を育みて、自ら浄めて高まることのみ。 神の祈りをこの世に起こせよ。祈りに適う願いにあらば、祈願は成就し、現実化せん。この世の次なる次元の到来。準備を始めよ。整えよ。残されゆくも、消されゆくも、日々に決まりて、時近し。残りの時を浪費せず、さらに高める思いを保てよ。神の心を顕(あらわ)したくば、神の教えを行いに、ことばに表し伝えるべし。人の人たる根本を、由縁を知らせて導けよ。心の糧(かて)を与えてやれよ。貧しき心に養いを、潤い与えて耕してやれ。干からび腐りし小さき種も、再び命を吹き返さん。ことばの力を注いでやれよ。心の糧にはことばが第一。傷つき荒(すさ)みし荒野なれども、ことばの温もり、光にて、肥えし沃野と復活しなん。神の心を表すことばを、惜しむことなくかけてやれ。誰とも差別区別せず、己の見返り求めることなく、結果を恐れず身を捧げよ。戻りし応えを受け取りて謙虚に読みて、そこから学べよ。己の望む応えになくとも、全ては鏡の裏表。そなたを映す鏡と認めて、さらに慈愛を深めてゆくべし。人を裁くは人になし。人を攻めるは心の退廃。そこには神の光とてなし。光輝く慈愛の心は、裁くことなく、責めることなし。悔やむことなく全てを受け入れ、人の奇跡に希望を求めん。さなることこそ、困難ならん。一人の努力は容易なり。人との関わり、人との交わり、避ける道には霊業なし。人に対峙し逃げるなく、己の信を曲げるなく、力まず静かに穏やかに、心の平穏保ちつつ、口には神の祈りを伝える、真の強さを養えよ。人の修行に終わりなし。登れど登れど頂上なし。生きて果たせる全てを果たせよ。神から借りしみ恵みを、全て使いて、使い切れ。さにて汚れも落とされなん。 神の声を伝える人 ひふみともこさん著書 「続神誥記」より抜粋 ひふみともこさんHPhttp://hifumitomoko.cocolog-nifty.com/blog/
2016.08.25
神から人へ、人から神へ。次代に継ぐべき人の心の、尊さ、清さ、潔(いさぎよ)さ。一度なくさば、戻すに難し。汚し、損ない、見失う。人の心は頼りなきもの。永き時間の流れの中で、徐々に培(つちか)い、育まれ、人の心の奥深く、静かに息づく、伝統の灯よ。絶やすなかれ、消すなかれ。人の誇りは、伝統に、歴史の重みに支えらるもの。短く儚く移ろうは、軽佻浮薄の流行り廃(すた)りよ。守り、伝えて、受け継ぎてこそ、人は心に誇りを養う。さにて本日、謝ることの大切さ、心に与える意味を示さむ。 謝ることは、尊きこと。人なればこその行いなり。己のあやまち、非を認め、そを ことばにて表すは、正しき心の根幹なるもの。非をも認めず、否定して、そこから逃げるは、卑怯の行い。最も恥ずべき、執着なり。人はあやまち 犯すもの。罪なき者は一人としてなし。なれどそのたび、悔い、詫びて、己の心を諌め、清める。さにて人は、真の勇気、真の強さを鍛えるもの。真の勝利は相対ならず。真の相手は己なり。己の弱さに打ち克つためには、己の弱さを受け容れること。人と比しての強がりは、虚勢に過ぎぬ、空しき錯覚。己の弱さ、誤りを、認めることこそ、強さならむ。己の弱さを真摯(しんし)に見つめ、相手と闘う心を去らば、人は何も恐れるものなし。そこそが真の勝利ならむ。相手を痛め傷つけど、そは幻の儚き勝利。短き喜び、つかの間の美酒。謝ることは、負けならず。謝ることばは己を救い、相手の心も慰めむ。相手の怒り、憎しみを、和(やわ)らげ、安らげ、和(なご)め、鎮めむ。 人には尊き言霊あり。尊き言霊、正しく用いよ。地上の戦い、争いを、ことばの力で平らげよ。終わらぬ憎悪の連鎖を断つは、真の勇気の言霊のみ。人に真の知恵あるならば、ことばを正しく賢く使えよ。始めに授けし言霊は、人が共に助け合い、仲良く暮らすを促すためなり。今こそ、正しくことばを使い、神の願いを顕せよ。さにて本日、謝ることの尊さ、ことばの正しき用い方について示したり。よく読み返し、糧(かて)とせよ。さにて。 神の声を伝える人ひふみともこさんHPhttp://hifumitomoko.cocolog-nifty.com/blog/
2016.08.25
神から人へ、人から神へ。互いに深まる信頼の輪を、さらに大きく広げてゆけよ。神への信頼、人への信頼、どちらも平和に不可欠のもの。疑い晴らし、疑問を解き、曇りなきよう、心を保てよ。さにて本日、そなたの問いに答を示さん。 人には本来、理性あり。己を抑止、規制して、正しき行い、身を慎み、社会の秩序と安定もたらす、そのため授けし心の働き。なれど人には両面あり。動物の持つ本能、欲求。生を保存し、次代に続け、子孫を残す必要あらば。なればどちらも必要なり。理性、抑制、本能、衝動。どちらも忌むべきものになし。恥ずべきものの露もなし。神の与えし恵みなり。理性は徳と結びつき、人の欲望、衝動を戒め、正しき人の道を説き、よりて人は正義の心、義侠の心を学ぶなり。なれど人は、徳に偏(かたよ)り、小さき罪科(つみとが)、過(あやま)ちにも、己を責めて、悩むなり。人はときにつまずくもの、間違い犯すものなれば、過度の自責はかえりて穢(けが)れ、御魂(みたま)の曇りの素とならん。己を責めるに益はなし。己の罪を認めなば、そを詫び、神に素直に向かい、罪の素なる原因を、かえりみ心に刻むべし。肝心なるは繰り返さぬこと、己の頭で考えること。そが理性なる、真の働き。己の行動、ことばを律し、無駄な心を祓うこと。 本能なるも大切なもの。本能あれば、命は保たれ、生の歓び、楽しみを得ん。生来人の本能は、人と人との調和を育む、愛を備える欲求なりき。人を侵さば己も傷つく、さなる危険を感知せるもの。なれど人は我(が)を持ちて、本来備えし愛を損ない、己の欲のみ優先し、真の本能、失えり。高度の知識も我欲のため。豊かな愛の基盤なき、狂いし本能に貶(おとし)めり。人は本来愛し合うよう、本能の奥に定めらる。己の危機に出会いし時のみ、闘争本能に目覚めるなり。狂いし本能は危うきもの。狂いを抑える理性を失い、狂いしままに止めるものなし。今の地上の混乱も、物質文明、貨幣経済、そにて本能狂わせし、愚かな人間、歴史の現れ。なれば人は正しき本能、神の恵みの本能を、愛の力で甦らせよ。神は人の幸のため、豊かな繁栄、進化のために、適度の欲を授けしを。人はこの世の喜びを、体の五感に享受して、さらなる愛の深まりを、心の糧と、賜わるべし。理性と本能、共に使いて、人の世界よ、豊かなれ。さにて本日、理性と本能、その働きと使い方、人に本来備わるを、短く易しく、示したり。 神の声を伝える人ひふみともこさんHPhttp://hifumitomoko.cocolog-nifty.com/blog/
2016.08.25
あの世は幾つも層に分かれて、生ある間の功徳に応じ、犯せし罪と、残せし役割、全てを測られ、分かれたるなり。なれば早くに気付きを得、この世の使命を充分果たし、この世に未練、執着留めず、自ら神の光に従えよ。神の光に導かれ、御霊(みたま)の浄化に努めるものは、あの世の霊層、霊格高めて、再びこの世に生きるを許さる。なれどこの世に生きる間に、人を苦しめ、人を憎み、人の不幸を嘲笑し、人の修行を妨(さまた)げし者、神の光を避けし者、死にてもこの世に執着残し、己の生を感謝せぬ者、それらはあの世の低きに落ちて、神の光をますます遠ざけ、己の怨念、憎悪に苦悩す。 あの世は光は満ちあふれ、誰にも平等、公平に、神の光に包まれて、己の御霊の昇華(しょうげ)に見合う、神の教えを与えられる。なれど、己の死さえも知らず、この世に彷徨(さすら)う魂多し。生ある者の供養の足らず、無事に光に従うことなく、光を求めてさまよう魂。弔(とむら)う者のなきままに、あの世に入れず、この世に戻れず、行く先のなき哀れな魂。全てはこの世で苦しみ深めて、人の波動を乱す素なり。なれば人は、それら苦しみ、悲しみ、恨みの波動を受けぬ、強き光の波動を発せよ。無縁の御霊もいつかは悟りて、救いの光に導かれ、やがてはあの世に帰り着かん。悪しき波動と共振せず、自ら感謝と愛の波動で、祈りのことばで、導き、救えよ。迷い苦しむ魂なればこそ、愛の波動は眩(まぶし)く尊し。 あの世にありても、修行は同じ。さらにも厳しき、辛きもの。肉体なければ、喜びも楽しきことも限られて、 ただ純粋な魂のみが、真の歓喜を享受せる。 生ある者は感謝せよ、この世に生きる幸いに。気付き、悟りの機会をいただき、理解に易(やさ)しき形にて、直ぐにも己に返る仕組みよ。この世にある間に多くを学べよ。この世に学ぶ神の教えは、あの世で学ぶ教えより、さらにも易しく、速く学ばる。生ある間に神に目覚め、神に心を開きし者は、あの世の修行も楽しく進み、歓び、感謝の学びとなるらん。死後の世界は全てが神なり。神の導き、神との対話。神の示さる教えのことばを、いかに御霊の浄化となすか。神の授ける光の波動と、己の波動を共振させて、いかに御霊を高めるか。生あるうちに素直となれよ。曲がりし御霊は直すに難し。全てを素直に受け取れる、真白(ましろ)き御霊を育めよ。さにて本日、あの世の修行とこの世の修行、同じきことを教えたり。さらにも精進、昇華に励まれよ。 神の声を伝える人 ひふみともこさん著書 「神から人へ(下)」より抜粋 ひふみともこさんHPhttp://hifumitomoko.cocolog-nifty.com/blog/
2016.08.25
神から人へ。人に知らすることの多くを、神はそなたに伝えたり。神は急ぎ、求めておられる。人の多くが知ることを、読むことを、心改め、改悛するを。なれば、手伝え、神の手助け。そなた一人になせぬなれば、神は仕組みて、起こされん。神の手伝い、仕組みなれば、早くに始まり、無事に進まん。案ず任せよ。ゆだねおけ。神は、人から人へと伝わり、人の全てが救われて、戻りくる日を望まれる。なれば、心を勇め、高めて、神の手伝い喜ぶべし。人は己が気づかぬうちにも、神を求めん。心の底の魂には、眠れる神のおわすなれば、人は自ずと神に寄り、頼りすがらん気持ちもあるらん。そを気づかせて、悟らせて、あの世に戻る時のため、魂浄めんことを説き、行を助けんことをなせ。神の手伝い、そもまた楽し。この世の娯楽遊戯より、遥かに豊かな楽しき行い。ならば、そなたも人々も、楽しく行じ、魂高めよ。暗く辛き顔せず、神の仕組みを楽しみに待て。人の為なり。世のためなり。さらには後の人類のため、地球のためになることを思えよ。 神の慈愛は広がりて、人を包まん、抱き守らん。そを知る者は 救われて、神の手伝い、始むべし。神は心を開く者に、教え賜(たまわ)る多くの恵み。人の心を豊かに富ませ、明日の生活、潤わせ、人に社会に、世界に地球に、明日に未来に届くよう、夢を希望を伝うなり。神は人を癒したまう。疲れ傷つき、病める魂。汚れ曇りて、光失い、明日に託する何も持たざる、淋しき人の心を照らさん。人は賜る光を喜び、人の本来あり得る姿へ、戻り返りて 魂禊(みそ)がん。人の心の奥底の、淵にて眠れる神を目覚ませ。そのため読ません、この書記なれば。人は容易に神に気づかん。心目覚まし魂揺すり、神は永きの眠りを覚まさん。神に仕えよ。心の神に。汚せし心を禊(みそ)ぎつつ、二度と汚さぬことを誓えよ。神に求めよ、永久なる昇華。感謝と祈りの心捧げよ。 (あの世に帰ることの意味と、再び地上に戻ることの意味をお教え下さい) あの世に帰るは、魂の浄めを終えて、さらなるみ役を賜(たまわ)り、神を助けんためなり。なれば、汚れを残せし魂は、あの世に入ることを許さず。あの世とこの世の境にて、汚れを落とさば許されん。次なる生を賜らば、人はこの世に戻りて、別なる生を生きるなり。別なる生を生きるの意味は、神の御用をするも一つ、別なる行を積むも一つ。神の手伝い続けつつ、人の救いを広げるもまた、人に応じて異なるお役。なれば神のご意図によりて、下ろす魂、下ろさぬ魂、神は計(はか)らい、仕組まれる。なれど、この世に下ろすも恵み。この世に戻さず残して鍛う、そもまた、神の恵みなり。神の仕組みは複雑に、一人の生命、魂のみの、仕組みにあらねば、時により、この世の動き、変化に合わせ、神は決めらる、出会いと別れを。出会わせ、悟らせ、救い給う。離し、遠ざけ、気づかせ給う。 始めに決めて下ろせし魂も、地上世界に生きるうち、み役を忘れて迷うあり。なれば神は仕組みをおこして、出会いを作ることもあり。病を与えて、禊ぐもあり。 全てはこの世の発展と、繁栄栄華のあふれる国を、この世に顕(あらわ)し現出せんため。神の心を開けよ、我が子よ。時は訪れ、世は変わらん。心の準備は整いたるか。新たなみ役を賜るように、心を改め、浄め、高めよ。無駄な努力は、省き働け。なれど、惜しむな、精進努力。無駄を恐れて何もせぬより、無駄に終われど悔いを残すな。人には分からず、及びもつかぬ、遠く遥かな偉大な力よ。神の示さる教えに添いて、生きる他なし、従う他なし。何を思うも、わずらうも、願うも、望むも、欲するも、狭き小さき地上世界の、一瞬の夢、うたかたの如。時に流され、壊れて消えて、次なる流れにまた浮かばん。己の小ささ、儚さを測れる人は幸いなり。我欲、我執に囚われる、心に己は見えぬもの。見えるは金と物質のみ。人の称賛、世辞へつらい、空しきことばに酔いて、真の心のことばは聞こえぬ。一時の権力、名誉に威勢、人に誇りて魂失う。心の富を築け、我が子よ。目に見え、触れ得る富は儚し。心の富は、魂は、見える富より遥かに尊く、清き光を放つ宝石。褪せることなく、衰えるなく、涸れることなく、輝き溢れん。さにて 。 神の声を伝える人ひふみともこ 著書 「神から人へ(下)」より抜粋ひふみともこさんHPhttp://hifumitomoko.cocolog-nifty.com/blog/
2016.08.24
神から人へ。神のみことば、教えなり。人と伝えし教えなれば、人の全てに伝えることが、全ての者の、縁ある者の、み役なり。素直に正しく心豊かに、さなるようにと伝え教えし、神のことばを人に知らせよ。この世の変わり目、この世の終わり。時は移りて、始まらんとす。この世の汚れも、間違いも、人の作り文明文化も、神の御心にそぐわぬものは、残さず消して、作り直さん。全ての人に改心を。知らずに積みし罪科(つみとが)を、悔い贖(あがな)うは、この時なり。さらに伝えん、真の教え。真のことばと、神の意図。神は人に伝えるらん。神の思いと人への願いを。人に求むる霊行を。神から人へ。残りし時はわずかなり。今まだ知らぬ無縁の者にも、知りてもなさぬ愚か者にも。等しく与えん、最後の機会、最期の縁なり、この世における。 心し聞けよ。書き止めよ。神の求むる、神の願わる、神の御心、神の切願。聞いてなさぬも勝手なり。知りて励まぬ、それも詮なし。なれど知らずに滅ぶる命のあらば、神は悲しむ、嘆かるる。神を助けよ、心を汲めよ。生きて生かされ賜りし、多くの恵みを感謝に表せ。感謝に表し、返してゆけよ。己の罪をも浄(きよ)めてゆけよ。神を求めて信ずるならば、心素直に清らかに、神への信は高らかに。神は人に願われし。人が豊かに、平穏に、勤めを果たして精進するを。願い祈りて今日までを、幾月、幾年、幾星霜、この世の終わりの来ぬように、計(はか)らい願いて、神は待たれし。なれど、ついなる時は訪れ、人の世界の立て替えを、ついに決められ、始めんとさる。 神は人を思わるる。人が残りて、許されて、再び戻りて、手伝うを。神の望まる再生とは、人の力で協力で、人自らが努力して、この世を浄め、立て直さんこと。神の力を借りずして、己の能力全てを挙げて、神の力に適うるように、人が力を合わさんこと。なれば、人よ、神に背くな。裏切るな。神の心を省みもせず、己一人の独善にて、再生計らば繰り返さん。同じ過(あやま)ち、愚行盲動。神の力に及ぶはずなし。神の神知に適うわけなし。 神は人に示されよう。人の行く道、なすべき行い。全てが動き働くように、神の仕組みしこの世の原理。理(ことわり)に外るれば、直されん。法に背かば、罰せらる。さにて守りし自然の調和。乱し壊すは人間なり。調和を無視し、真理を解さず、人の作りし、法律規則、人の汚れを強め深むる。神の望まぬ罰設け、人を裁きて、刑を課す。人を殺すも、人を罰すも、全ては神のなすべき行い。分をわきまえぬ僭越(せんえつ)を 神は許さず、見過ごさず。神に帰りて神に問え。己の罪の真の深さを。人間心で測りても答えは出ぬぞ。過(あやま)つぞ。さらに増やすぞ、神への冒涜(ぼうとく)。 この世に通りて許されることにも、神の真理を侵する多し。真理を曲げて乱するものは、神は残さず滅ぼさん。人の正義は正義にあらず。人の美徳に真の徳なし。神の定めし自然摂理を、人に課されし霊行を、違えて理解、解釈す。過ち深め、神を侵し、ついには変えなん、宇宙真理も。この世を治め、この世を動かし、自然の流転、運行定むる、全ての源、大本を、人よ乱すな、汚するな。人の欲得、競争にて、神の定めし天理天命、狂わせ壊すは、神への暴虐。自然の神秘、神の妙、一つもあたわず、人の技。人の作りし多くのものの、全てに人の計算あり。人の幸せ、人の豊か、さなるを行なうこと、もの、少なし。己よければ全てよし。他人はどうであれ、明日はどうなれ、今ある己が富まばよし。人間心の浅はかは、やがては己に返り来るを、知らぬ仏の滑稽なり。神から人、人から神、全ては巡り、返り来ん。人の行い改めば、神は与えん、さらなる幸を。人の行い、過ち多くば、神は計らん、人への戒(いまし)め。 やがては訪る、この世の終わり。神は人に確かに示さん。明らかにして、目にも見せん。ことばを伝えん。文字に表し、声にも聞かせん。素直に豊かに平かに、心を澄まさば、自ずと気付かん。今この時に、何を望むか。人にさせたきことの全てを。人は真摯(しんし)に、敬虔(けいけん)に、受け止め表せ、真心を。神から人へ、悲しきことも辛かることも、人のためなり、後のため。人は感謝し、素直に行なえ。神の望まる霊行を。わずかの時を惜しみ励めよ。一秒たりとも無駄にせず、神に誠を捧ぐるべし。神に真を示すべし。神に使われ働くことを、心に祈り、神に求めよ。 神から人へのお伝えは、一人の幸せ、富みを願わず。全ての物が平等に、分け合い、助かり、救わるる。さなるためなり。それのみなり。神から人へ、最期に与うる教えを守れよ、行なえよ。 神から人へ。繰り返し、伝うることの真の意味を、神の神意を、悟れ、わが子よ。親の喜び、悲しみを、汲みて、思えよ、親の恩。神の御心、大愛を、忘れず讃えよ、胸の奥にて。 神の声を伝える人ひふみともこ 著書 「神から人へ(下)」より抜粋 ひふみともこさんHP http://hifumitomoko.cocolog-nifty.com/blog/
2016.08.24
神から人へ、人から神へ。多くの人の役に立つ、教えを乞いて、人にも知らせよ。知らずに過ごす世の人々の、迷妄愚妹(ぐまい)を晴らすべし。そにて賜る神の恩寵、慈愛を受け取れよ。神の慈愛はさらにも深く、心の底まで染みゆきて、御魂(みたま)の奥の、深奥までも、慈愛の光で照らしなん。神の慈愛を知らずして、あの世に帰る不幸せを、憐(あわれ)み、悲しみ、嘆くべし。人に広げて、残る地もなく、地球全てを覆うべし。神の栄光、祝福を、今より準備し待ち受けよ。近くに控えて今や遅しと、待ちわび見守る多くの神々、神霊たちの期待を背に受け、己のなせる全てを尽くせ。神は早くに準備を整え、今は気づきを待つのみ。人の目覚めと真の悟り。向上進歩を己に課して、昇華(しょうげ)にいそしむ霊の満ちぬる、光溢れる時を待たん。時の流れと人の進歩と、互いに前後し進みゆかん。時の流れに取り残されぬよう、乗り遅れぬよう、昇華に励めよ。 時はいよいよ厳しき世となり、己の禊(みそ)ぎとなりて、さらにも辛き禊ぎとならん。なれば、人は遅れるなく、神の求める厳しき行をも、喜び、甘受し、感謝を捧げよ。己の汚(けが)れを落としゆきつつ、御魂の波動を高めあげ、地球の波動に共振し、地球と共なる運命に組せよ。人間のみの進化にあらず。地球と共なる進化なり。宇宙と一体、地球と同体、自然と同化し、調和せよ。地球の一隅、隅々までも、光の届き、浄め上げなん。自然の衰え、荒廃も、光の波動で力を与えん。神の次なる世界には、新しき命を賜りて、さらにも高き波動となりて、この世を再び創り直さん。今のこの世の地球と異なる、思いも及ばぬ世とならん。 なれば今の世、この世の者よ、恐ることなく、悪びれるなく、素直に神と対峙して、己のみ役を賜れよ。望まば、必ず与えられん。さてもかしこき、ありがたき役。御魂に見合う、己に適う、過不足のなき、最適の役。神は量りて誤ることなく、それぞれに課さん、神のお役を。 (戦争やテロについて) 人の犯せる数々の、あやまち、罪の最も重き、野蛮さ、愚(おろ)かさの、最たるものが テロ、戦争、殺戮、脅迫、拷問。大義の下に殺戮、破壊。許さる訳なく、救わることなし。永久に御魂に傷をつけて、自ら癒せる贖(あがな)いなし。この世に生まれてなすべきことを、なし終える前に殺されし、無念の思いは晴れることなく、終生迷いて、さまよわん。テロの多き今世よ。多くの犠牲を払い、人の学ぶはいかばかり。全てが人の魂を、最も汚す行いなれば、神の与えし魂を犯し汚して、気づきもせずに、罪の上塗り、積み重ねなり。神の願いに最も遠く、最も最悪な罪。人は人にて、神にあらず。神の御霊(みたま)を与えども、数々の不足、欠如あるもの。なれば人はこの世にて、御霊を磨きて神に近づく、そのためにある現世なり。他人の行を侵して、修行の邪魔をせし者は、消し得ぬ罪を残せしもの。他人の御霊の自由を縛り、御霊の向上進化を妨げ、恐怖不安に陥れる罪。さなる行為は許されず。人の御霊を苦しめ殺(あや)め、人の尊厳、命を貶(おとし)め、人たるゆえんを迫害せんもの。なればそれらの罪科は、再び再生するに能(あた)わず。浄めて浄めず、禊ぎて禊げず。この世の果てに閉じ込められなん。全て神の心に背く、罪深き罪、重き罪。 人は恐れず屈せずに、平和のための祈りを高めるべし。日本の果たす役割は、軍隊派遣便乗せず、協調共和の路線を貫き、血を流すなく、流さるるなく、平和を訴え、働くべし。同じ戦地に立たされなば、必ず流血、混乱招かん。日本はかつて神に誓いし。この世の立て替え、立て直さんと。なれば日本の姿勢を世界に示し、テロの虚しさ、愚かさを、失うものの大きさを、世界の民にも伝えるべきなり。血で血を洗う繰り返し。絶えることなき殺人殺戮。飽きることなく、改まるなく。何を学びて、何を伝えん。価値あるものの破壊と、尊き命の代償は、恐怖と支配の渦巻く世なり。なれども人は屈するなかれ。この世に生きて御霊を磨き、神に許され死ぬ生ならば、早し遅しにこだわるなかれ。永らえ生きて役目を果たし、滞(とどこお)りなく、務めを終えよ。そのためなれば、この世の命は。命の終わりは必然なり。偶然なるは一つもなし。死すべき時は神のみぞ知る。なれば不安を持つも無駄なり。泰然自若と死を受け入れよ。死を与えらるるも恵みなり。病も貧も災いも、神の与えし愛なれば、全てに感謝の思いを持ちて、生きることへの一途の感謝を。 この世の出会い、別れ、再会。神の仕組みの巧(うま)さに、気づき、感謝し、喜ぶべし。人一人一人の運命は、全て人との出会いにあらん。人との出会いの奥底の、神のご意図を読み取りなば、必ず人は敬虔なる、神への信を高めなん。流れを定め、勢いを変え、自ら選ぶが人生なり。人との出会いに何を学ぶか、それにて人の生は変わらん。死までの短き時の間に、出会う人から多くを得、多くを学び、多くを与えよ。与えるほどに豊かに富みて、輝く光は増し増さん。全ては神の経論(けいりん)のまま、無駄なく進みて滞りなし。人になしうることの小さく、儚(はかな)き定めに終わるを悟りて、神の示せし最善の生を送らばよからん。他人の行の邪魔をせず、神の道から離れずに、人の道をば進めいけよ。 日々に祈りて波動を送り、天に届けて結果を待て。 一人の祈りは万人の、波動を整え高め得ん。無駄なる祈りは一つもなし。さらに早まり広がるように、神への信を貫くのみ。神は見届け見守るなり。神を信じきれるか、疑い迷いて信じきれぬか。全ては己の思いの中に、答えは心の内に。全ては神の意図のまま、経綸成就の顕(あらわ)れなれば、恐れ不安は持つなかれ。何度も伝えしことなれど、神の許さぬことは起こらず。全てが宇宙の法則のまま。真理のうちに進みてゆかん。なれば人は迷いなく、見極める目を養いて、現象事象に踊らされず、地に足を付け見通せよ。いつかはたどり着く、新しき世の始まりを、あわてることなく準備せよ。地道に整え、怠りなく、周到なまでに用意して、後は神に任せて待てよ。最後の段階、仕上げなり。さらにも引き締め、浮き足立たず、最後の一歩を踏み出せよ。さにて仕組みは完遂せん。新しき世は明けん。さにて本日、しかと人に託せしぞ。伝えしことをよくかみしめ、御魂に入れよ。肚に納めよ。さにて。 神の声を伝える人ひふみともこさん著書「神誥記」「続神誥記」より抜粋 ひふみともこさんHPhttp://hifumitomoko.cocolog-nifty.com/blog/
2016.08.24
(天変地異・自然災害について) 神から人へ、人から神へ。大きな犠牲と傷跡残し、世界を狂わす自然災害。その奥にある神のご意図は、全てが地球の浄化のためと、次なる世界の立て直しの、速やかにして滞りなく、新たな御世へと移行するよう、不要なるもの、無駄なもの、残るらば地球に危害をもたらす、人の進化を妨げるもの、全てを破壊し粉砕し、人の無力さ卑小さを、自ら悟り身を正し、神の世界の偉大さに、素直に謙虚に分をわきまえて、己の身丈に合うだけの、不足も過剰も無きほどの、適量、適度を頂くがよし。 今の人類、全ての者が、己の勝手やわがままにて、余りても尚奪い合う。人への警告繰り返せども、気付かぬままに踏み外す。道を間違え、道に迷い、行き先すらも見失う。行き先もなく風に任せ、空に漂う地球の如し。今の人類、迷える御魂に、行き先与え、進路を示し、線路を引きて導くは、政治・宗教・教育になし。全てが互いに堕落せる、今の世界に希望は見えず。 なれど一部の心ある、誠の道を求める者が、次なる世界に誘う標(しるべ)。過去の宗派に捉われず、瑣末な教派教団を越え、互いの協力、絆を強め、手を携えて、前に進めよ。今の地球に退路なし。あるは前に進むのみ。遥か前方、道の彼方に、神の迎える世界を見つけよ。なればそれまで長き道のり、苦労の絶えぬ道なれど、今の縁ある一人一人、己の使命を充分に、よくぞ果たして役目を終えよ。神は地上の全人類に、地球の次元上昇のため、一人の漏れもなきまでに、それぞれ役を分け与えたり。一人一人はそに気付き、気付きし者は集い集まり、己のみ役を働き始めり。 今の地上の災害事故も、全ては人が己の役を、気付き目覚める機会とならん。他人の不幸も他人事ならず。全てが己にゆかりある、明日は我が身のことと知れ。 血で血を洗う他国の戦い。飢えや寒さや病に倒れる、海の彼方に苦しむ人々。遠くに見ゆとも遠くになし。未来の己を映す鏡よ。なれば人は共に考え、共に悲しみ、共に泣き、己の世界を、広げ深めよ。己の狭き考え、価値観、浅き経験、知恵を越え、広く豊かな視野に立ち、地上の明日に心を開けよ。 地上世界の明日を担う、尊き人類一人一人。一人の目覚めが一人を救い、目覚めは広がり、地球を救わん。神の世界を立てるため、目覚めし者はさらに集まり、力は強まり、早まりて、地上を巻き込み、一歩を進めん。信じ、迷わず、疑いを捨て、己の役に邁進すべし。疑心は時間の無駄のみになく、返りて逆の力となるもの。日々に祈りの思いを高め、縁の広がり、時の流れを、心に感じ、確かめよ。神の導き、神のご加護を、一瞬たりとも忘れるなかれ。共におわする神に感謝を。 (火の働き、水の働き、またその意味について) 火というは、神の光を集めて燃やし、汚れを祓う力のあるもの。なれば、火の働きはこの世の汚れを燃やし、浄めゆくものならん。水というは、その浄められし後の世を、流し浄めてゆくものなり。なれば火は、汚れを祓い、水は汚れを流して禊(みそ)ぎぬ。火と水は、対照、相反するものに思われぬれど、真はさならず、正しからず。どちらも同じ、素粒子にて、同じ構造、組み合わせ。なれど、その素粒子の動きの速さと、その回転してゆく軸の大きさ、広さによりて、熱の高さも、形も色も異なりおるもの。なれば、この世の汚れの強きときには、粒子は速く回転し、この世の汚れを燃やさんとする。なれど、汚れが燃やされて、祓われし後の、灰燼は、水の流れに流さるるべく、粒子の動きも穏やかなるらん。火にて汚れを燃やさぬれば、汚れは地上を灰にて覆わん。灰は汚れの後の姿にて、容易に流され、消えてゆきなん。なれば、粒子の動きも遅く、穏やかに回り、小さく巡らん。火と水はこの世の根本、大本、始めなり。初めに神は地上を焼きて、汚れを祓い、水にて流し、さにてこの世は禊がれき。その後、神はこの世に生命、自然、資源を作りてゆかれぬ。そして、人をも作られて、人には人の働きを与え、動物植物、自然にも、それぞれ別の働きを与えき。なれど、人には特別なる、能力、ことばを与え分けられ、さらに高度の文明作り、物質豊かに発達させんと、文字も数字も教えしものなり。さにて人は、文明を作りて、この世に文明を、科学や医学を発達させり。火と水、そもまた、文明の始めとなるらん。礎なるらん。火にて動力、燃料作り、水にて、農業、食料増やしぬ。さにて人は賢くも、文明文化を手に入れぬるを。神は他の生命には、ただに水のみ許されぬれば、他の動物植物は、水の恵をのみ得なん。なれど火には汚れの素も、汚れも増やす働きあるらん。物の燃えし、その後に、残る汚れは、自然を汚し、ときに環境、体系壊さん。火の文明は、力も強く、人の力を超えぬれば、独り文明、物質のみが、さらに汚れを増やしぬる。水の浄めも間に合わぬ程、汚れは広がり地上を覆わん。今、この地上を浄めんためには、清き水のみ必要なるらん。水の力をさらに高めて、汚れし大地を洗い流さん。なれど、水にも限界有り。水は、物質、物体なれば、心の汚れは浄め得ぬを。 人の魂の奥に潜める、病める心は、水にもなせぬ浄めが要らん。さにて汚れはことばにて、浄めてゆかねばならぬときなり。なればこそ、火の文明も、水の浄めも、それのみにては不足不備。どちらも大切補い合いて、ようやく地上は保たれなん。なれどさらにも、求めらるるは、人の汚れの浄化、禊ぎよ。 神の声を伝える人ひふみともこさんHPhttp://hifumitomoko.cocolog-nifty.com/blog/
2016.08.24
神から人へ。神から人へ、教えたきこと、みんなそなたの耳にて聞けよ。聞きて伝えよ、全ての人に。本日問はいかなるや。 (物質と精神について)物質なるは、人の心を、惑(まど)わし曇らすのみならず、時にはなぐさめ、潤いを、与えて癒(いや)す、ありがたきもの。なれど、過剰の物質金銭、心汚(けが)すの始まりなり。多すぎ余るも、欲は絶えざる。少なく足らぬも、卑しく貶(おとし)む。適度の物質、豊かさあらば、人は満ちたり感謝をすべし。なれど止まらぬ欲望なれば、一つを得ればまた一つ、無駄に求めて飽くなき欲望。一度得し物、金銀財宝、人に分かつも修行となるを、少しの損も、無料奉仕も、惜しがり、捨てぬ貪欲(どんよく)さ。あの世に持ちて帰れぬを、この世の汚れとなるばかり。己の魂、心を汚すもとは少なく、なきほどよけれ。さにて精神、物質との違いは、ただに心の奥の、神の存在表すものなり。神の存在認める者なら、必ず精神豊かに輝き、物質のみを信ずるになく、物も心も信ずるものなり。精神見えねど、確かにあるらん。人の心は見えねども、なしと思うはおらぬはず。なれば神をも見えざれど、あるを信じぬ、不条理ならずや。 精神もちて、物質変わらん。物質変わりて、精神変わる。精神、物質切り離せぬもの。物の奥にも魂ありて、精神伴い、生きておるもの。生きておらぬは抜け殻なれば、抜け殻のみの増えしこの世よ。今の物質、書画骨董に、真(まこと)の魂宿らねば、人の心もますます寂れて、さらに侘びしき世となりぬるを。 物の心を大事にする者、必ず精神豊かになるらん。精神豊かに満ち足る者は、必ず物をもを愛してやまぬ。愛と欲は異なれり。物を愛すは、己の魂、心も養い育てるものなり。物を欲して惜しむ心は、ただの強欲、我欲なり。己の利益のことのみ求め、他を省みぬ自己中心。物の心を愛する心。そを育みて養えよ。物を愛すは卑(いや)しくあらず。卑しき心は物をも愛さぬ。ただ求めるのみなり、増やすのみ。増やして捨てて、さらに求める。尽きず、切り無し、終わりなし。心の豊かさ、潤いは、物さえ変えて、高めゆくもの。心の貧しき者には、卑しさ、浅ましさのみ、集まりゆかん。現世利益に曇りし目には、誠の価値も見えぬものなれ、曇りのもとのみ増えて増しなん。心高めて遠ざけよ。心を汚すもととなるもの。清く高めて、無欲となれよ。始めは辛(つら)く、難く思えど、超えてすぎれば心地よからん。清浄無垢の心となれよ。さなる精神、魂は、物を求めず心を求め、物にてさらに心高めん。物の心を汲み得る者は、物に心を惑わされず。物は心を映し顕(あら)わす、己の鏡と同じもの。己に不要な無駄多からば、無駄な物にも囲まれて、心は虚(うつ)ろに魂抜けなん。心を磨く物を求めよ。心を高める物のみ欲せよ。始めに苦しく、抵抗あれども、必ず心は昇華(しょうげ)して、無駄を好まぬ高みに上がらん。 神の声を伝える人 ひふみともこさん著書 「続神誥記」より抜粋 ひふみともこさんHPhttp://hifumitomoko.cocolog-nifty.com/blog/
2016.08.24
神から人へ。人から神へ。多くの伝えも道も、全ては明日の糧のため。生きる縁(よすが)の、標(しるべ )の為なり。人間心の迷いの多くも、一つ一つを照らしてゆけよ。曇も迷いも、止むことなく、次から次に生じるもの。なれば休まず、止めることなく、新たに明らめ、解いてゆけ。さにて本日問いはいかに。 (一つは太古の富士王朝再建のための活動についてです。富士山麓の神社を巡り、祝詞を奏上することは、本当に王朝の再建を実現することになるのでしょうか。またそれは神様方のご意図に添うものなのでしょうか。また、太古の富士王朝の再建と地上天国の実現とは、どのような関係があるのでしょうか。もう一つは、祝詞の言霊についてです。一音一音の組み合わせがもし間違っていたら、神様には届かないのでしょうか)さても多くの詰まらぬ問いなり。なぜとあらば、それらは全て人間心、人の心の思い違い。勘違いなる行いなれば。神の世界に近づくためには、神社巡りも参拝も、祝詞(のりと)も要らぬ。不要のことなり。真(まこと)の神の世界とは、呪文や儀式、生贄(いけにえ)も、全て望まぬ無用の無駄なり。真の神の世界とは、単純に、心の奥にて結ばれて、一人一人の心の宮に、神の社(やしろ)を立てればよからん。そが全てなり。神意なり。物にて建てらる神社には、人間の、欲にて生まれる霊気のみ。人の心に迷いのあらば、自ずと過(あやま)ち導かれ、迷いの迷路に踏み込む素なり。神社に参拝参詣するも、欲得ばかりの亡者が多し。そを利用する霊気に使われ、かえりて不浄を身に付けるばかり。神社に祝詞を奏上すとも、何も変わらぬ、始まらぬ。 地上天国実現は、さなる無為の努力になく、真摯(しんし)に謙虚に生きることのみ。それのみ神に通じる生き方、神の心に適(かな)う生なり。なれば祝詞の一音も、肝心要(かなめ)は心なり。唱える祈りに欲のなく、ただ純粋に、無心無欲に。そのみが神に届く、神聖無垢なる祈りならん。早くに目覚めよ、悟れとは、心の迷いなり。心の向上、浄化のなくば、いくら正しき祈りのことばも、単なる無意味の音のつながり。空(くう)にて消える空(むな)しき音のみ。早くに気づき、進めるべきは、今、現実の己の生き方。他人の幸せ、昇華(しょうげ)を祈り、地球の再生、環境保護と、自然の命の恵みを守り、神の与えし全てに感謝して、神の祈りに応えることのみ。神の祈りは、誠の望みは、人の心の向上と、魂、霊の波動の高まり。さても単純明快ならずや。神の世界の実現は、神の仕組みし力によらず、神の働き、神力ならず。全ては人の努力あるのみ。 神の仕組み(最後の審判)は、地球次元と宇宙次元の向上(霊性進化)なり。その時全ては同時に進化し、発展成長、昇華せん。神の世界の進化も進み、次には現界、人間界の遅れし進化を待つのみなり。神の世界と人間界と、宇宙全体余すことなく、全てがあまねく進歩するべし。遅れるものは滅ぶのみ。散霧消し、無とならん。宇宙の再生、新生のため、甦ることもあらばこそ、もとの魂、霊魂は、完全消滅、復活せず。伝えし教えを守り、日々実行し、つまらぬ迷いに惑わされず、己の道を見失わず、ただ地道に歩むことのみ。それ以上になく、それ以下もなし。平穏無事なる無風の日々を、神の恵みと喜ぶべし。 神の声を伝える人 ひふみともこさん著書 「続神誥記」より抜粋 ひふみともこさんHPhttp://hifumitomoko.cocolog-nifty.com/blog/
2016.08.24
神から人へ。人から神へ。その働きをさらにも高めて、さらに働き、役を果たせよ。人類危急の、危難の時を、みなが集まり、祈りを高めて、人類再生創世の次代を築きて、役を担えよ。全ては人の努力にかかり、人一人一人の思いによらん。なれば、全ては一から始まり、一に終わりて、収束迎えん。人の一人が欠けるとも、経綸(けいりん)仕組みは変わらず進む。なれど、一人の不足、欠如は、多くの犠牲を伴わん。なれば、人は努力を惜しまず、人の一つの命かけても、最後の一人も残さぬように、神の仕組みを手伝うべし。さなる努力の急がれる時。さらなる献身、奉仕を望む。 一に努力を、行動を、迷わぬ祈りを神に捧げて、疑い迷いの曇りを消して、神に仕える幸運祝い、神の教えに従うべし。今は一途に進むのみ。脇見よそ見するそのひまに、迷わぬ一歩を踏み出すべし。 何の恐れも、ためらいもなし。神の教えに狂いなければ、伝える者も曲げることなく、己の勝手な独善偽善、己の慢心、傲慢(ごうまん)捨てて、素直に謙虚に働くべし。神に望まる人になれよ。いずれも神に選ばれし者。神の教えを忠実に、この世に写し、実現せんため、この世に降りし者なれば、神と交わせし約束、誓いを忘るることなく、余すことなく果たして戻れよ。神の世界と現世を結ぶ、一つの架け橋、絆となれよ。 現世の迷い、悩める者を、一人も多く、あの世と結び、この世の浮世に漂う者を、あの世につなぎて、救いやれよ。ますます多くの迷える者が、この世に溢(あふ)れ、さまよわん。さなる苦悩を祈りの波動で食い止めよ。 この世を覆う恨(うら)み、憎しみ、適と味方の二者に分かれて相手を倒し、滅ぼさんと、暴力武力に血道をあげて、さらにも犠牲を増やす愚かさ。人の痛みを測ることなく、ただ、己の利害のみ、損得ばかりに目を奪われて、この世の地獄を招きし過去よ。今こそ改め、つぐなう時なり。過去のあやまち、罪科(つみとが)を禊(みそ)ぎ清めて、詫びる時なり。 人の全てが同罪なれば、他人に責を押し付けるなく、一人一人が悔いるべし。一人の罪は一人にあらず。全てが招きし罪なれば、富を重ねし過去からの、先人故人に変わりて悔いよ。罪の禊ぎの終わりし時こそ、この世の波動は正され高まり祈りのことばは広がらん。波動の乱れを改めて、地軸の狂いを正して回さん。徐々に広がる乱れ狂いを、正しき動きに戻すべし。祈りの波動が力を強め 宇宙の動きを速めさせん。なれば人は祈りを欠かさず地球の動きに力を与えよ。神の望まる働きとは、一人も多くの祈りが高まり、この世に満ちて溢るることなり。一日の遅れは、一日にあらず。積もり積もりて、一年十年、やがては百万年とならん。人の進化の遅れしも、全ては一人の慢心から。波動の広がり促すものは、己の心一つにあり。一人の祈りが全てならん。全てを補う力あり。さにて終わらん。 神の声を伝える人ひふみともこさん著書 「続神誥記」より抜粋 ひふみともこさんHPhttp://hifumitomoko.cocolog-nifty.com/blog/ 三輪山より 神棚、観音様への祈り、御縁のある神社で参拝の際は、平穏な日々への感謝、日本の平和をお守りいただいている神様への感謝の言葉、そして同じ世界に住む全ての人が平和に暮らせますようにお祈りして下さい。またお役目のある方は、是非神社での祈祷を受け、出来る範囲での奉納、「世界平和」を祈願して下さいますようお願い致します。
2016.08.23
神から人へ、人から神へ。互いの能力欠点を、補い救い、協力し、さらに高次の神の手伝い、人の救いを進めてゆけよ。神のなし得ぬ人の救いは、人が助けて手伝えよ。神にも分からぬ明日の世界を、人の努力で変えてゆけ。人の世界は変わりゆくもの。さらに精進努力を続けよ。 (地球の立て替え直しについて、お教え下さい) この世の終わり。神のご意図を、経綸(けいりん)を。この世の終りはこの世の始め。全ては循環、巡りにあれば、たとえ終わりて滅びし後も、必ず神は次のもの、新しき命を準備され、次の世界へ、続けて残す。なれば、恐れず、身を持ちて、この世の浄めを手伝えよ。必ず神は救いて助け、次の世にも残されん。 (立て替え直しをどう迎えればよいのでしょうか)何度も伝え、教えしを。なれど再び伝えて教えん。まずは浄めよ、ことばの音を。音を浄めば、地上清まり、さらに心も癒されん。音の力と光の力は、この世を浄めて、高めゆきなん。その後人は、自らのあやまち気付きて、神に詫び、帰依(きえ)の心を取り戻すべし。なれど、預けて任せしのみでは、神のお役に立ちはせぬ。神のお役に立つための、最善努力を捧げるべけれ。そがみ役なり、霊行なれば、神のお役に立つことのみを、信じ、働き、動け、休まず。み役は人によりて異なる。己の御霊(みたま)に適いしことを、まずは誠心誠意をこめて、神のお役にたつことを、歓び、感謝し、尽くせばよけれ。全ては仕組まれ準備され、定めは働き、目覚まされ。なれば、素直の者のみが、気づき働き、悟りて動く。神の仕組みは始まりぬれば、遅れて動けど役には立たぬぞ。今この時を逃すな、人よ。神の御心、素直に受けよ。全てを神に、委(ゆだ)ね預けよ。心高めて、清らに保て。神の願いも今ようやくの、成就のときなり、完成待たるる。なれば、この世の立て替え直し、まずは恐れず、素直に磨け。今の生業(なりわい)、学業、霊行、それのみ行い、心安らげ、つまらぬ執着取りてゆけ。さなれば必ず、神はみ役を、示し教えん、人それぞれに。そを歓びて働かば、世の立て替え直しも、留まらず、無事に過ぎなん、何事もなく。 (その中でも滅ぼされる魂があるのですから、そうした魂を一人でも多く気づかせることが必要ということでしょうか)さなり。まさにそのこと。今急がるるも、今のままでは、大方の、魂滅ぼし、捨てねばならず。残せる魂、役立つ魂、ほとんどなければ、神も憂いぬ。なれど、そもまた、運命なれば、己の生を変え得ぬ者は、あきらめゆかん。神にもなせぬ。浄めてゆくが第一なれば、まずはそれのみ、努力せよ。 (自分の魂の清まりを、どのように知ればよいのでしょうか)神の定めに従わば、必ず清まり、高まるらん。己の精進昇華の程を知りて何せん。何になる。くだらぬことに心使わず、迷いを捨てるも修行なり。心静かに預けゆけよ。心を静寂なる境涯に、澄まして、端然、動じず無欲に。そのみを願いて、無心となれよ。それのみ神も願うものなれ。 (人の世界の終わり、あるいは立て替え直しは、どんな状態として、現象化するのでしょうか。立て替え直しの始まりと終りを、どう判断すればよいのでしょうか)さても答えの難しき問い。神の世界の立て替え直しは、心の次元と同じなれ、神の世界の浄化と昇華は、目に見え分かるものになし。なれど、人の世界の事象は、日々に現れ、起こりゆくもの。小さき事象の一つさえ、立て替え直しの現象なれば、全ての終りはまだ先のこと。地球の全ての浄化を終えて、一つの汚れもなきまでに、禊(みそ)ぎ終えるは予測し得ず。なれど浄化は一度になければ、これにて終わるの順番になし。すべてが関連、相応し合えば、連鎖のごとく続きゆかん。連鎖の終りは次なる世界に、境界もなく、続きゆかん。なれば、人の世界も変わらず、続きて見えるが正解なり。 (では、地球の立て替え直しの終りは、目に見えるのではなく、現象化するのではなく、認識できないうちに終わっているということでしょうか)さにあらず。立て替え直しの終りは明白。なれど確かに終わりゆくも、気づかぬ次元の世界のことなれ、今教えるも無駄なこと。次元の上がり、昇華せば、必ずそこに残りし者には、たやすく分かり、明らかならん。 (禊ぎ、浄化とは、魂レベルのことなので、目に見えないということでしょうか)さにあらず。次元の昇華は目に見えずとも、次元の上がりし御霊には、御霊の次元で見えるものなれ、物質世界の次元にはなし。次元の上がりし魂ならば、その次元にて、見えるものなり。本日、難しき問いなれど、必ずいつかは明らかとなり、わからぬ世界も見えてこん。 立て替え直し後の世(ミロクの世)は、人の波動も高まりて、清らかな波動に覆われし、清々しくも、冴え渡り、そのまま地上で楽園の如。波動の高く、おおらかな、呼吸も深く落ち着きて、心安らぎ穏やかに、全てに感謝す、ありがたき世なり。物質波動の低きになき、魂波動のそのままに、思いはそのまま表れて、 心の位相がそのまま表れ、少しの嘘も偽りもなし。人は互いに信を高めて、互いをいたわり、思いやり、己も相手も一つの如く、対立も無き、調和の世界。さなる尊き、嬉しき世なり。そこに住む者、皆美しく、尊く高い思いの者のみ。なればこそ生まれ変わりて、神の世界を映すべし。生まれ変わるにふさわしき、清きことばを使う者なれ。高き波動を広げる者なれ、もらうことのみ願うなく、自ら与える魂なれ。己の波動が外へと広がり、新しき世を築く者たれ。 神の声を伝える人ひふみともこさん著書 「神誥記」「続神誥記」より抜粋ひふみともこさんHP http://hifumitomoko.cocolog-nifty.com/blog/
2016.08.23
(日本・龍体をこれ以上傷つけるなかれ)その遠き昔、神と人とが睦み合い生きたる時、人は神、自然を敬い、いつ、いかなる時も畏敬の念を忘れず天地に感謝し生きたるものなれど、今、人間は、我を抑えられずその知恵と賢さゆえに神から遠く離れ、魂を穢さんとす。地形には意味あり。なれど人は海を埋め立て、川や沼地も埋め立て、その姿変えんとす。地球も宇宙も自然であろうとする作用ありなん。なれば不自然なるは、自然に戻る作用が必ず起こらんとす。そは時に災害となりて被害を招かん。そは人災なり。 自然なる地形を人の手によりて変えるは、不自然なり。神、地球にとりては理不尽な行いなり。美しく意味のある地形をこれ以上穢すなかれ。日本は龍体。その地形を傷つけるは決して許されぬ。 (立て替え直しは必要ならん)その昔、人は神を敬い、慕いて互いに協力しあいてこの世を作りたる。なれど、人は長い時の流れの中で、次第に神から遠ざかりて、今や神という言葉を発するもはばかられし世となりにけり。その昔、人は清き魂持ちて、人と人とが互いに協力しあい、自ら神を求め、神の恵みに感謝捧げ生きたる。なれば、神の存在を人に知らしめる必要もなき。長き歴史の中で、現代ほど魂汚れし時はかつてなし。自然も、自然形態も全てが汚れ、荒れ果てたる。今この世、神は神の存在を、様々なる手段にて知らされんとす。なれど人はなかなか気付かぬ。神々が作りし、宇宙、自然万物の不思議さ神秘さを思わば、そこに神の御意図込めらるるを、容易に悟りゆけるものを。神の恵みなる自然を破壊し、自然形態乱し、宇宙の循環さえも乱しゆく。 ついに神は、立て替え立て直しの決断をされん。人間の傲慢さ、我欲の強さを気付き悟りし者、極少数なればもう地球は元に戻ることなし。自然保たれ、形態乱されず、調和保たれし時、人間の魂まだまだ清き時、神はただ人間を見守るのみ。今の世ほど、神の存在を示さるる事は、かつてなき事なり。神は神の存在を気付かせんと、人に呼びかけ続け、そして今、最後の呼びかけの時なり。神はこの時神の言葉を伝える役割持つ、多くの人間をこの地上に降ろされん。これほど多くの人を使いて呼びかけらるるは、最後の時近づくゆえならん。なれば、今人は神に最も近づきやすき時なり。神の存在を身近に感じ取れる時なれば、神の呼びかけ無駄にするなかれ。神の御意図を、言葉にて文章にて、書物にて書画にて、自然動植物にて伝えんとす。来たる年、水の浄化作用強まりし。雪をもって雨をもって台風をもって、水全ての作用にてこの世は浄化されん。地球の温暖化は着実に進みて、人間の予想せぬ事態引き起こさん。その早さもまた、人の想像以上ならん。なれど繰り返し申すが、地球が汚染され病みゆく原因は、温暖化のみならず。自然形態乱されし地球の自然は、思わぬ形にて災害生み出すなり。なればもう時はなし。神は人を立て分けはじめんとす。なれどまだ間に合うぞ。人が改心し、己は神が作られたる神の子なることを気付き、己の魂穢し、地球を穢したる罪を、認め、反省あらば、神はいつでも救いの手を差し伸べられん。神から人を遠ざけることはなし。人は自ら離れゆくものなれば。人皆気付き戻りゆけよ。 食物の汚染、土地の汚染、勝手なる木々の伐採、海川の汚染・埋立てにより、人も動物も植物も全ての命あるもの、生き難き地球となりにけり。日の本日本は、神いづる国なり。神より作られしはじめの国なり。そもそも我を持たぬ民族なり。神に一番近き国なれば、神は遠き昔より、日の本日本を守られ続けたる。神を信じぬと言う者あらば、日本の文化を見よ。伝統に心馳せよ。日本には至る所に神社あり。神社無き土地はなし。いかなる者もお宮参り、七五三、祭り、初詣、何らかの形にて、神を信じる者も、信じぬ者も神との縁あり。日本は神国なり。神と共にある国なり。今この世情、日本の民は何を考えぬるか。神手伝いて、世界の人々を救うべき民なり。毎日毎日、忌まわしき出来事起こる国。さなる世、このまま続きたるはいかなるか。心ある者は既に悟りたる。立て替え立て直しは必要ならん。 立て分けもまた必要ならん。立て分けの現象ますます表れ、人も、物も、文明も、全てが立て分けられん。繰り返し申す。まだ間に合うぞ。 神国日本の民よ。心の中に眠れる神に気付きて、今こそ神国日本の魂を取り戻すべし。 付きても何為すべきかわからぬ者は、まず、今生あることのみ神に感謝せよ。神に心馳せよ。さすればいかにせんか、日々の生活、心の中に答えを見い出せん。気付きの答えは己の心の中、生活の中にあり。宇宙万物全て神仕組なり。人は神により作られし神の子なるを、気付かねばならぬ時来たれり。 木花咲耶姫様の御神示、神様の警鐘よりhttp://konohanasakuya.blog.jp/archives/23970297.html
2016.08.23
神から人へ。神から人に、伝え、与え、もたらせし、数々のみ恵み、数々の恩恵。さなる中でとりわけ大切なるは、ことばなり、文字なり、光満ちあふれる魂なり。それは、人のみに与えし、神からの授けものなれば、人にあらざる動物、植物、自然、昆虫、その他のものには、分け与えられぬなり。なれば人の人たる由(よし)は、唯一に、神から分け与えられし、ことばと文字と魂なり。人が命よりも大切に守るべきもまた、神から授けられし霊行、心行、体行なり。人はそれら行によりて、さらなる昇華許され、み役を賜(たまわ)り、己れの務め、知ることにより、己の魂を高めることを得る。なれば、人は、おのが魂の向上、精進、昇華(しょうげ)、それなくては、人の人たる意味もなく、ただ生きて快楽を得、体を喜ばすのみの、何ら意味なき、消費の生を終えるのみなる。 人が自ら作れるもの、そは、おのが食するための作物、おのが使い、用いるための様々な道具。物質、自然を変えて、おのが利欲のために作り変えることのみ。ときにそは、自然を破壊し、体系を崩し、おのが生存すらを危うくするなれど、欲に目を眩ませし人の愚かさ。いつかおのが命を縮め、おのが健康損ねしも、なおかつ利便、利欲、権力を飽くこともなく追求す、悲しく哀れな生き物なり。おのが命を縮めてまでも、何を得、何を手に入れんとするなるか。あの世に持ちてゆけるものなし。この世にて、積みし罪のみ持ち来るか。おのが汚せし魂を、あの世で、禊ぎ、浄めるか。この世にて貯めし欲得、執着、汚れ、全て浄めることの苦しく、難しきことなれば、この世に生きる間に、浄め得るだけ浄めゆけ。禊(みそ)ぎ得るだけ禊ぎゆけ。 何ゆえ人はこの世に生まれ、短き生を得、み役を賜るか。そは執着を取り、我欲を離れ、人のために生きることを通じて、神の心を学び、神の心を知り、自分も神に近付く修業のためなり。なれば、神の心に最も適(かなわ)ぬ、我欲我執と利己主義は、神から嫌わる性根なり。悪癖なり。汚れなり。なれば、この世に生まれ、生きることの意味を、日々神に問い、己を省み、神にただせよ。今の生き方、魂の在り方、心の持ち方。神は厳しき方なれど、人を苦しむことを忌(い)まれる。なれば、その魂に見合う行を課され、その者が一つ昇華すれば、そに応じし行を与えらる。なれば人は、今の行を、おのが成し得る最善の行と悟り、不満なく行じ、感謝捧げるが、あるべき在り方、姿なり。ときに苦しく辛くとも、行を積み行く人の御魂(みたま)は、明るく輝き、光満たさる。ただ一途の、損得なしの無心にて、おのが行をば積みて励めよ。神は見守り、行く手を照らし、おのが導き案内せんと、人を使い、物を使い、仕組み起こして、その魂の精進、昇華、さらなる光を授けゆかれん。有り難くも、尊(とうと)き仕組み。なれど、努力と精進の、御魂の証(あかし)、行の結果。なれば人は、神を恨まず、己に向かい、厳しく見つめよ。問い直されよ。必ずそこには答えあり。訓示あり。啓示あり。神の御心、ご意図あり。人に気付かぬ、神大愛。人に知り得ぬ、神仕組み。人の人知で、測れぬ経綸。なれば人は、ゆだねる他なし。 神に作られ、神に与えられ、神に定められ、この世を生きる。それ以外の何あろう。人の努力は空しきあがき、人の抗(あらが)い、泡沫(うたかた)なり。風に飛ばされ、波に消ゆ。この世の何も残し得ず。己と共に朽ち果てる。浮かび、沈むの繰り返し。なれどそもまた、神のご意図。おのが変えんともがきても、ただ苦しみを強めるのみ。ただ懊悩(おうのう)を深めるのみ。神に許され、この世に生かさる、幸を悟るが、救いならん。己を救う答えならん。問うても解けぬ答えなし。神の知り得ぬ、秘密なし。全てを見抜き全てを見通す。全ては神の決められし、定められたる仕組みなり。人知に知りえることの小ささ。何を知ろうと何もなし得ぬ。何変えようと何も変え得ぬ。ただ生かされ、許さるることのみ行なう。そが人間なり。人生なり。この世の時間、修業なり。なれば人は、迷い捨て、時間を惜しみ、行に励めよ。正しき努力と、正しき行。道過たば、行は進まぬ。行く手阻(はば)まる。 神の御心に、適う行、神の引かれし道のみが、人の昇華を助け、早める。神に賜るこの世の行を、神に感謝し祈り、行なう。そが全ての元なり、根本なり。おのが愚かな考えで、よそ事思うな。求めるな。ただひたすらに、おのれの道を、迷わず進むことのみが、神喜ばす、魂なり。なれば人は素直、忍耐、無心無我、謙虚と感謝、真心の浄き御魂と磨きゆけ。神に愛でられ、認められ、この世を生きる。行に生きる。さにて人は幸を得ん。魂浄まり、心浄まる。浄め高めて、汚れ落ちなば、人は自由と安らぎを得る。人が行き着く、道の果て。そこに神を見出さば、魂救われ、生まれ変わらん。行き着く先に光あれ。神の慈愛とみ救いあれ。おのが努力は、神に捧げよ。神に示せよ、心の衷心(ちゅうしん)。なれば人は、神によりて許されん。み役賜らん。おのが魂に見合うみ役を。さにて本日、伝え終わる。長きことなれど、よく堪(こた)えられよ。使命なり、天命なり。逃れることなき務めなり。み役果たすは嬉しきこと。辛き中にも喜びあり。しばしの我慢も、修業なり。苦労、忍ばれ、さらに昇華を。さにて終わらん。 神の声を伝える人 ひふみともこ 著書 「神から人へ(下)」より抜粋 ひふみともこさんHP http://hifumitomoko.cocolog-nifty.com/blog/
2016.08.23
神から人へ。神から人へ、教えて残せよ。多少なるとも。残さぬ教えは間違いのみの、偽り宗教、汚れしことばの、人の心をかどわかす、甘言(かんげん)ばかりの戯言(たわごと)のみなり。さにて本日何を問いたし。 (人間が作られた時にすでに持っていた汚れ、つまり人類全てが持っている汚れ、また生まれたときに持って生まれ、行によって禊がれる汚れについてもお教え下さい)では答えん。汚(けが)れというは、人の全ての、生まれ落ちなんその前からの、現世、前世、前々世、この世に人の生まれしときより、人類全てが身につけしもの。それぞれ個々に異なれど、前世、来世とつながるなれば、人は己の生のあるうちに、積み越し過(あやま)ち、罪科(つみとが)を、まずは償(つぐな)う、そが務め。さにて残せし罪科が、来世に汚れと持ち越されん。あるいはまた、現世に課されし神のみ役を、怠(おこた)り怠(なま)けて神を忘れ、物質文明に心奪われ、神のお邪魔をせし者も、同じ汚れを残すものなり。始めの汚れは禊がれど、新たに作りし罪科あり。神を信じぬ心の汚れ、そが最大の汚れならん。神を信じぬことの罪は、己の生を賜りし恩、この世に生きて長らう事の、何に感謝を捧ぐべきかを忘れ、高ぶる傲慢不遜(ごうまんふそん)。神への感謝をあとにして、物質文明、金銭に、感謝し執着、目をくらませり。何ゆえ曇りを深めるや。神を失い、迷いし目には、何も見えぬや。心の汚れを恐れよ、人よ。体を損なうことのみ気使い、心をなくしてよきものかは。許されし、行(ぎょう)をば打ち捨てて、禁じられし業(わざ)のみ喜ぶ。逆さまならずや。神の心に適(かな)うこと、易きことなれ、振り向きもせで、あだに求むる、汚れの道を。金銭、富が、さほどに尊く、ありがたかるや、至高のものか。神の与える恵みを見忘れ、肉体のみの快楽に、魂捨てしか、交換せしか。神の嘆きは、汚れにあらず。心の弱き人間たちの、哀れな末路を憂(うれ)うるばかり。神の作りし、始めの清き、無垢なる魂、そを懐かしむ。汚れを浄める、そもまた行なれ、この世にあるうち、よく働けよ。さにて償え、己の汚れを。 あの世の禊ぎにては、神のみ役も果たされぬなり。この世に積みし汚れ罪科、そもまた禊ぎは充分ならず。再度生まれて、試されざれば、いかに人は昇華すべきや。前世、来生と汚れは残り、軽くなる者、幸いなるらん。多くは貯めて、さらに増やして同じ過(あやま)ち、繰り返しぬる。いかに禊ぎて浄めども、神との縁を結べぬ限りは、汚れは消えざる。減りもせぬ。なれば神とのご縁を結びて、神のみ役を果たせることこそ、人には至高の幸いならずや。神のことばを解し得る者、神の光を受ける者は、さらに喜び働けよ。 人の全ての努力と、一人一人の努力にて、汚れし罪も浄められ、残る汚れもわずかとなるらん。苦しき道にも光はあるらん。憩い与える木陰もあるらん。神への感謝を忘るな、人よ。そのみが救われ、助かる道なり。神への祈りを怠るなかれ。己の汚れを浄める上にも、さらなる昇華を賜るためなれ。神は人へと託せしを。この世に楽園作れよと。この世に神の国立てよ、神の住む国、降りる地なれと。なれど汚れは蔓延しぬる。人の欲望、執着、増悪。それらがはびこり、行き渡りぬる。神の降り得ぬ地となれば、人は浄めよ、祈りのことばで、光で、文字で、音で、絵で。神の許せし人の救いは、ただひたすらに神との縁を結び、神への感謝を甦らすこと。そのみが人の可能な行い。あとは委ねよ、神の御心。おのが慢心狂信は、かえりて邪魔なり。神にも救えぬ魂あれば、そもまたやむなし。仕方なし。汚れは体の奥底から、魂、心を蝕(むしば)むように、知らずに汚してゆくものなれば、人はよくよく精進されよ。誰も汚れはあるものなれば、なしと思いしそのときこそ、己を戒(いまし)め、気を引き締めよ。さにて汚れも取れやすく、神とのご縁も強まらん。汚れなき心ほど、素直に信じる心となるらん。汚れを認めて向き合えわば、恐ろしくもなし、心の垢(あか)なれ。うまずたゆまず、浄めればよし。そのためなれよ人生は。 汚れの深く曇りし者にも、いかに結ぶか、神とのご縁を。禊(みそ)ぎと奇跡と共に見て、尚信じぬが、人の心よ。神の仕組みを素直に観じて、人知の限界、無駄なあがきを、やめし時こそ、悟りを得なん。浄めて浄めず、禊ぎて禊げず、人間心の解釈ならば、いつまで待ちても低き行い。無欲になりて行いし時、真の昇華は許されぬるを。さにてこれより、さらに高めよ。神への信と、感謝の念を。謙虚に向かえよ、己のみ役に。おごり、不遜は、厳に戒め、素直に無心に、一途に行え。さにて。神の声を伝える人 ひふみともこさん著書 「神誥記」より抜粋 ひふみともこさんHPhttp://hifumitomoko.cocolog-nifty.com/blog/
2016.08.23
神から人へ。人から神へ。互いの通信交信も、今早終わりて、次なる勤め、働き待ちて見守りおるなり。全ては明らか、何も変わらず。変わるを待つは人の心よ。御魂(みたま)の昇華(しょうげ)と、心の浄化。それのみ待ちて、願う心や。何も問わずに、自ら考え、何も案じず、疑うなく、ただにゆだねることの難さよ。己の迷いに目を眩め、いつまで経ちても何も変わらぬ。なれどさにても、待ち続けなん。待ちて待ちわび尚待つのみ。辛抱努力の伴わぬ、偽りの行に心もこもらず。真の行とは忍耐継続。困難なれども立ち向かい、岩を崩して進む勇気よ。神の救いを待つになく、己の力で切り開くべし。外に求めて元に戻らん。答えは己の内にあらん。外に求めて、何も得られず。 人の愚かさも幼さも、一生かかりてわずかに進歩。小さき一歩を歩むため、一生費やす人の生なり。なれどさにても許されん。小さき御霊を磨きつつ、神と共にて歩むものなら、小さき一歩も大ならん。目に見ゆ一歩の大きさになし。御霊の昇華の一段は。神の目からは明らかに、まごうことなき一段なれば。神と共にて幸わえよ。神と共にて盛んなれ。神と共にて、めでたかれ。人の幸い、健康、富は、心の奥なる宝なれ、心の豊かな者ほどに、神の恵みも厚からんもの。なれば神は公平なり。不平不満を持つ者は、それだけ恵みも少なからんを。わずかな恵みを喜びて、感謝を捧げ祈るなら、神の恵みを収める器も、それだけ大きく増やしゆきなん。神への不平で満たせし器を、浄(きよ)め祓(はら)いて神に詫びせよ。それにて神は十二分に、器に見合う富を与えん。 人には人に見合う量、見合う宝を授けなん。なれば不平は禁物ならん。さらに汚れを増やさせるものなり。病、貧困、同じなり。全ては己が素ならざるや。そこに気づかず、愚痴をこぼせど、神は何も与えることなし。先ずは己の生あるを、生まれしはじめを感謝すべし。縁あり生まれて今日までを、無事に過ごせし奇跡を悟れよ。偶然ならぬ人との出会い、類稀(たぐいまれ)なる恵みの数々。辛き困難、苦労も多かれ、全ては禊(みそ)ぎのためならざるや。この世に生まれ、何をせん。この世に生きて、何をか果たさん。迷い悩める者多し。なれど答えは一つなり。ただに地道に生きること。神とのご縁を求めつつ、深めてゆくこと、そのことのみ。御霊の進化、向上、昇華。そを忘れなば、生きて意味なし。いかに栄華を極めども、魂汚さば、何ら価値なし。神の嘆きを思わずに、ひたすら富のみ追い求め、始めの光を失いし、哀れな御魂を憂うる今よ。光の波動に戻すには、ことばの浄めが必要ならん。ことばの波動を降り注げ。ことばの波動で波動を起こせよ。弱りし御霊の衰えを、清き波動で、元に戻せよ。ことばの力で、波動で、光で、神の恵みで、掘り起こさん。弱り疲れし、萎(な)えし御魂の波動を高めよ、人よ。欲得のなき、清き波動を、高き波動を、広げよ、人よ。 神の与えしことばの波動で、この世の汚れを浄めてゆけよ。ことばの力、波動、光は、神そのものならん。愛ならん。神を求めて、救われんと、願う者こそ、祈れよ、誠を。誠の祈りのことばの波動は、必ず自ら、救いてゆかん。救うは、己。内なる御魂の波動なり。薬、医学や、医者ならず。己の内なる尊き神に、御魂の光に気づくことのみ。 濁らせ、汚せし、御魂の不浄を、己の怠惰を、悔い詫びるべし。素直に、謙虚に、敬虔(けいけん)に。何も言い訳、弁解いらぬ。今ある己が全てならん。原因結果の理(ことわり)なれば、説明せずとも全てが明らか。病の素を、他に求めるな。他に押し付けるは改善なし。己にこもり、心を閉ざし、自ら守るそのことばかり。他への幸福、喜び与え、感謝忘れぬ魂ならば、自ずと輝き、曇りもなからん。小さき傷や失敗に囚われ生きて、楽しきや。一つのつまずき、挫折にくじけ、歩みを止める生ならば、生まれて生きる甲斐もなし。人の生には苦難もあらん。なれど乗り越え、生きてこそ、神への感謝、無常の報恩。生きる力を強め、高めて、己の弱さにこだわらず、前のみ見つめて歩まばよからん。苦難を苦難と感じることなく、今の境遇、環境を、喜び感謝す強さを育め。不平不満は、貧しさなり。喜び感謝は豊かさなり。豊かな心を養いて今より始めよ、一歩を歩めよ。生まれて死ぬまで、歩みなり。終わることなき修行なり。御魂の汚れをのぞきつつ、いかに光を強めゆけるか。どこまで波動を高めゆけるか。一人一人の課題なり。さにて本日、人の心の病の癒しを教えたり。なれど救うは己の心なり。周りは見守り、励まして、互いに波動を高め合うべし。そもまた尊き霊行ならん。病の者に感謝すべし。健やかなるに感謝すべし。明るき感謝の光をかざして、曇り暗みに光を届けよ。 神の声を伝える人ひふみともこさん著書 「続神誥記」より抜粋ひふみともこさんHP http://hifumitomoko.cocolog-nifty.com/blog/
2016.08.23
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神から人へ。教え残せし最大の、最も重要、重大なる、神のご意図を示して明かさん。そはまたそなたと、そなたの未来、明日の日本と人類と、全ての宇宙の生命にも、関わりゆくなり、変えゆくものなり。富士は晴れたり、日本晴れ。日本の夜明けも近づきなんを。日本の未来を、全てを託さん、託して任さん、次なる世まで。さにて本日そなたに伝えん。「いろは」と「ひふみ」のその一部。神の作りし、その意図(いと)を。知らしておかん、後のため。後の人類、迷わぬように。 (「いろは」と「ひふみ」の意味と言霊的な意味とは )先ずは「いろは」の意味なれど。かつてそなたに教えしように古代「いろは」は祈りなりき。神から人への願いを込めて、神が与えし祈りなり。なれば人が、神に祈りを捧げるときにも必要なりき。神の願いを受け入れしこと、神の教えを守りしことを、神に示すの意味なれば。真の意味は、神意とは、神の願いを現すものなれ、この世が生まれて、滅びるまでの、永き仕組みを説くものなり。人間心の浅知恵にては、世の人々の栄枯盛衰、盛者必滅、さなる意味なれ、真の意味はさにあらず。真の意味とは、永遠の、栄えと発展、平和と豊かさ。何故逆に伝わりしか。そもまた神の意図なれば、真の意味を隠しても、人の間に伝わるように、神は易しきひらがなにて、弘法委ねて、書かせて伝えき。 弘法大師も、使いなれば、神の祈りを伝えんと、諸国を巡りて、その土地土地に、残して伝え、広げぬる。なれど残され、伝わらぬ、土地国ありき、残されき。その地は遥か北の国と、遠き南方、孤島なるらん。なれば「いろは」を今の世に、伝わり残るを伝えてゆけよ。神の願いを伝えてゆけよ。神の手となり足となりて、代わりに神の祈りを伝えよ。「いろは」の意味は、繁栄なれば、よく読み解して、汲み取れよ。言霊、必要、理解のためには、一つの音の言霊解せよ。さにて本日、ごく一部を教えておくなり、後のため。そなたも後には言霊学べよ。その折り、再び教えてゆかん。さらに深めて説いてゆかん。 次に「ひふみ」も教えなん。これもかつて教えしように、人の願いの表れなれば、人は神へと祈りを捧げ、そのとき終わりに、誦(ず)すべきなり。さにて願いは届けられ、神へと通じて、叶う仕組みよ。なれば今の世、「ひふみ」を忘れ、「いろは」も残らぬ、間違いならん。間違い正すは大事なことなれ、そなたも気を付け、正してゆけよ。「ひふみ」の願いは、人の願い。神へと強く伝えんための、強き音霊、霊力ならん。なれど、その意味、一音一音、知るには尚早、不足なるらん。やがては自ずと分かる日あらん。そのとき待てよ、焦ることなし。 (今「いろは」「ひふみ」について、何かなすべきことはあるでしょうか)なれば一つ教えて委ねん。よくよく残して、伝えてゆけよ。今ある神社の祝詞の中にも、書画にも残して、伝えてゆけよ。歌にもなせよ、絵にもせよ。書にて残さば、伝わりゆかん、千年万年、残りてゆかん。 (残すことで、人類、地球が救われるのですか?)さなり。人の口の端(は)上る毎に、この世は清まり、高まりゆかん。音の浄めも大事なれば、次なる世には、さらに広がり、日々の祈りとなるべきならん。 (ひふみの真の意味とは) ひふみの願いは人の願い。神へと強く伝えんための、強き言霊、霊力ならん。 (いろはの 真の意味とは) 人の浄めを進め、神の禊ぎ(みそぎ)に耐えうる為の神の祈りを表すものなり。人が神に祈りを捧げるときにも必要なりき。神の願いを受け入れしこと、神の教えを守りしことを人の忠誠、真正を神に示す意味なれば。神聖、厳正、厳粛に、一音一音心を込めよ。神の祈りを顕すなれば、ことばは意味を、命に変えて、力となりて、宇宙を創れり。「いろは」の命は神の命。粗末にするなよ、汚すなよ。 (祝詞の唱え方) 最も大切なるは、人の心の清浄さ、なれば、よからぬことを思わず、健やかなるを心がけ、声も澄みてやわらかに、清らに響く声にて唱えよ。言霊なるは響きなり。よき音色ほど波動も清く、高く尊く清くあらん。 「ひふみ祝詞(のりと)」ひふみ よいむなや こともちろらね しきる ゆゐ(wi)つわぬ そを(wo)たはくめか うおえ にさりへて のますあせゑ(we)ほれ- けん ※3回続けて宣る ひい、ふう、みい、と読む 「いろは祝詞(のりと)」 いろは にほへとち りぬるを(wo)わかよ たれそ つねならむ うゐ(wi)のおくやま けふこえて あさきゆめみし ゑ(we)ひもせすん (要約・ひふみともこ)「いろは」と「ひふみ」は表と裏の祝詞(のりと)です。「いろは」は言霊、「ひふみ」は数霊を表し、共に人の進化を促す元になっています。「ひふみ祝詞」には宇宙の創成から人類の誕生、そして宇宙の次元上昇のことまでが込められています。私たちはこの祝詞を唱えることで、神と人との間を祈りによって結び、互いの共振共鳴を図ることができます。宇宙の進化は今も止まることなく進んでおり、私たちの意識や魂もまた、それに合わせて進化していくようにプログラミングされているのです。その進化の流れに遅れないように、日々魂の向上、霊性進化を、祝詞によって高めていくことが大切です。無心無欲に、宇宙の響きに呼応してください。 神の声を伝える人ひふみともこさん著書 「神誥記」「続神誥記」より抜粋ひふみともこさんHP http://hifumitomoko.cocolog-nifty.com/blog/
2016.08.22
(老い、病気、死について) 老いも病も、生も死も、全ては同じ。神の御心。生を与えて禊(みそ)ぎを与え、苦しき行にて悟らせん。死をば与えてこの世を終わらせ、あの世に禊ぎてまた戻す。さにて人は、魂浄めて、無限の悟りを、気づきを得るよう、さなる御心、仕組みなり。なれば人は神を恨まず、いかなる困難、病苦をも、喜び受けて感謝せよ。さにて曇りも祓われて、ようやく一つの昇華(しょうげ)を果たさん。なれば、老いにも意味のあり。人の成長、発達は、神の心に適うようにと、仕組まれ、計られ、進めらる。なれど、一つの終わりを設けて、人が無限の生に甘んじ、この世の行を怠らぬよう、人の心に鞭(むち)を当て、行の進みを急がする意図。なれば、無限の生を与えらるるは、昇華も禊ぎも、苦しき思いも、不要となりし魂のみ。自ずと全てが、神に近づき、考え、迷いも必要のなき、迷わぬ魂、それのみなれば。さなりて魂は老いもなく、時間を超越、自由無碍。時空を飛翔し、囚われもなく、我が身を遊ばす、宇宙次元よ。なれば、真の昇華とは、執着迷妄、全てを外し、今ある時間を無限に生きる、真の自由な境地をいうなり。そのとき人に老いはなく、時間も止まらん。止まらず進まん。 老いを恐れることなかれ。真の老いは肉体ならず。肉体老いなば目に見えて、人は心し、備えもなさん。なれど恐れよ、真の老いを。真の老いは、魂の老い。老いて衰え、波長も低まり、自ずと朽ちて、滅びゆく。さなる老いこそ恐れるべけれ。魂若く、老いることなく、千年万年、生き長らえよ。神の恵みを喜ぶ魂は、老いることなく、ますます栄えん。ますます勢い高まりて、この世を動かす力を強めん。生きる力を取り戻せ。眠れる魂甦らせよ。低まりし魂、波長を高めよ。さにて人は老いから離れて、永久の若さを手に入れなん。なれど、誤り、間違うなかれよ。体の衰弱、衰えは、魂の老いと異なれり。なれば、恐れよ、魂の老い。 ことばを磨きて、高めゆかば、必ず体も甦るらん。汚きことばを使う 今の世。若者老いて、老人の如。波動も低く、昇華を求めず。今の時間を流されて、漂うのみの 哀れな魂よ。自ら気付きて、ことばを正せよ。働け、人よ、早急に。神の手助け、そこから始めよ。神からの恩を忘れぬうちに、ことばの魂甦らせよ。 真の老いは恐るとも、見える老いは恐るるなかれ。時間を止めるは人にはなせぬ。時間を離れて、時間を生きよ。老いは、時間と無縁のものなり。時間の流れに囚わるなかれ。心の自由な、闊達な、無邪気な魂に老いは無し。悩み、苦しみ、迷い、疑い、さなる曇りを祓(はら)うが第一。 (健康・命・食べ物などについて)健康、命、生命を、維持する食物、神から人への賜り物なり。なれど、最も感謝すべきは、神から頂く光とことば。それらなくして、人は生き得ず、子孫も増やせず。何ら繁栄発展もなし。健康なるも、目には見えねど、光を頂き、保たれん。ことばの恩恵、文字の恵みは、人の心を正し、浄めん。それなからば、人はたやすく、命ありても、なき如し。生まれて老いて、生を終え、あの世に戻りて、罪を測られ、その後、行とみ役を課せられ、再び行積み、浄められ、さらなる精進昇華を許され、人は無限に繰り返さん。儚(はかな)く見えども、さにあらず。人の生命、魂は、神の許しと恵みによりて、いかにも尊く輝きて、さらにも感謝を深めざるなし。 (健康を保つ秘訣をお教え下さい) 健康なるも、神の御心。病を与える、そも御心。いかに食べ物、運動などにて、体を鍛え、気を配りても、ことば荒れ果て、荒みし心は、肉体汚して魂汚さん。神は禊ぎて、気付かせんとして、病を与えて、改心促す。なれど、気づかぬ弱さもやむなし。苦しく辛く、病みし体を、逃れて救われ、助かりたしと、思うが当然、人間心。気づき悟るべきは、己の罪と、残しし行なり。心のことなり。己の人への思いの低さや、自ら律して高きを求める、尽きぬ努力と忍耐心。さらにも感謝は忘れるべからず。 (心が優しく、感謝に満ちても、なおかつ病気の人も多いのではないでしょうか)それもまた、神の御心、恩愛なれば。人の健康、病気、怪我、すべては偽り、表面なり。たとえ病に伏せても、真の魂には病いなければ。現象のみに目を奪われて、囚わるなかれよ、目を閉じよ。健康のみがありがたからず。病の内にも光はあるらん。神の光を見つけることこそ、病の意味なり。ありがたさなり。人の健康、健やかさ、全ては神の心一つに。一度の病、それのみにて、神の慈愛を悟りなば、神は与えん、不死の体を。なれど、そもまた、現界の、次元の目には、見えぬ世界よ。人には病も。老いもなく、死さえもあらず。恐るるなかれ。今ある体を大切にして、神の恵みを喜び尊べ。なれば、恐るな、避けんとすなよ。病も乗り越え、消せばよし。己の概念、想念にて、いかなることも現象化せん。ただいたずらに健康を、求める心の奥に潜める、己の恐れ、すなわち執着。執着積もりて、やがては病を、自ら招き、人は老いなん。常永久の若さと健康、そを信じよ。忘れよ病を、年齢を、そが秘訣なり、奥義なり。 神の声を伝える人 ひふみともこさん著書 「続神誥記」より抜粋 ひふみともこさんHPhttp://hifumitomoko.cocolog-nifty.com/blog/
2016.08.22
さにても神の御心は、全ての人の生命を、高く健康、健やかに、保てるように作りしを、人の想念、悪行が、己の体を傷つけ、貶(おとし)め、ついには汚(けが)れを貯めさせて、病となりて表れなん。なれど医学は、その病、神の禊(みそ)ぎを妨げて、肉体のみに治療を加え、心の病や汚れ曇りを、少しの改善、向上させねば、人の病は繰り返されて、己の肉体のみならず、あらゆる不幸の源断たねば、不幸、災い、終わりもせぬを。人の不幸の表面に、囚われ、忘れし心の病。執着、迷妄、嫉妬に増悪。心の全てを禊がば、必ず病は癒えるもの。 癒えぬは足らざる霊行の、証(あかし)となれば、まずは諌(いさ)めよ。時に先祖や他人の霊の、訴え頼るもあるなれば、そもまた禊ぎて悟らすべけれ。己一人の責にあらば、一族郎党、心改め、お詫びし、供養し、祀るも必要。己一人の罪科(つみとが)ならば、己一人の病に終わらん。なれど病がその者一人の、一代限りのものにあらねば、さらに供養し、許しを得るべし。最も深き罪科は、人の命を縮めて殺し、その者、霊業、み役を果たせず、あの世に帰れず、迷わせし罪。その者、霊は必ずかかりて、訴え恨みて、呪い苦しむ。さてもいみじき恨みの念は、消すに消し得ぬ深きものなれ、この世にありて詫びぬれど、容易に許さず、さらに恨まん。末世末代、子孫にかかり、救い求めてさまよわん。許され救われ拾わるるまで、魂迷いて恨み続けん。なれば病も癒えることなく、己の苦しみ痛みを伝え、やがては衰え、死に至らしめ。なれど医学に癒せぬ病。霊を鎮(しず)めて、慰(なぐさ)め得ねば、病は続きて、さらに苦しめ。今の医学はさらに曇りを、深めて増やさせるのみ。真の気付きを悔いて詫びなん。その後、病も自ずと癒えて、霊の執着、消えてゆきなん。真の気付きを得し者は、必ず詫びと感謝と帰依を、神に捧げて、尽くさんとする。そもなし得ねば、魂は、救いを得られず、さまよい漂う。根を失いて流されて、行き着く先は煩悩地獄。 (医学は神の目からは、悪でしょうか。)さなり。神の目からも宇宙からも、真理原理は許さぬ医学。この世を汚して魂汚し、肉体さえも汚しゆきなん。愚(おろ)かな者ほど医学に頼り、己の反省、悔いを忘れて、少しの改め向上せねば、神の霊行、最も嫌い、避けてなさぬが常なれば。科学万能、物質のみに目を奪われし、今の世の中、罪ばかりなり。そを気づかせるも霊行なれば、真の医学を志す者、神への信を高める大事。医学になし得ることのわずかよ。肉体いじりて、切り刻む。薬与えて毒貯める。肉体本来、病なければ、神へのご無礼、冒涜(ぼうとく)極めん。神の与えし肉体を、尊き神の恵みを汚すは許さぬ。医学の迷妄、罪の深さよ。なれども、そもまた宿命なるらん。神の光に気づかぬ者の、哀しさ、哀れさ、切なさよ。 (医学、医療は全て、神様の御心に反するのでしょうか。許される範囲、限度があるならば、それをお教えください。またどのような医学、学問の発展を神様は望まれるのでしょうか)神の教えし、許せし治療は、ただに怪我のみ、火傷のみ。他は許さず、認められず。人の苦しみ、体の痛み、そもまた悟りの機会にあれば。神の試しと、鍛(きた)えのために、与えし苦なれば、そに耐えて、感謝を忘れぬ、真の信仰。なれば医学の発展は、神の望まることにはあらず。人には物質、体も必要。想念のみの世界にあらば、物質文明、不要にあれど、人には体のあるなれば、そこに支障を起こさしめて、人の悟りの機会をあたえん。想念のみには気付かぬことでも、肉体あらば、気付くも易(やす)し。なれど、医学はそを妨げて、悟りの機会を奪うものなり。 神の望まる発展は、心の成長促すための、豊かさ、優しさ、育むための、そのみのための学問ならば、神も許され、喜ばれなん。そは人の、心の優しさ豊かさ育て、神への感謝を根本に置く、神への信仰高めるような、医学学問、神は望むぞ。なれど医学はその逆にあり。逆の方向、道、進み、神への冒涜、不遜を深むる、肉体のみの医学に堕ちぬる。神の奇跡を、肉体を、刻み、毒もて汚し、弱らせ、さらには新たな生命を、神のなすべき領域までも、実験、薬で、犯すあやまち。神への感謝はいずこに捨てぬる。肉体汚して、病は治らず。心も腐りて、堕落退廃。肉体のみの世界に堕ちん。神の偉大な恵みの感謝を、人から奪う学問多し。さなる学問、医学は要らぬ。病気の意味を防ぐるのみ。 さなる昔も在りし日の夢。人が素直に神に仕えて、体の汚れを浄めるために、神の光を受け入れし頃。人は体の汚れを取るため、神の光を受け入れて、肉体治るを感謝して、治療の中に神を見たり。人の病も祈り一つで癒えて再び甦りしを。人の汚れも恵みなれば、そを浄めるにも感謝ありき。さなりし頃の医療とは、神との交信、同じことなり。神から光を賜りて、代わりて人に、与えしものなり。なれば医者とておごることなく、敬虔(けいけん)なまでに神を信じき。神にも見えぬ、明日の人間。肉体のみの人間ならば、心を失い神から離れ、肉体ばかりを改造せんを。いかに医学が学問が、発達するとも神には及ばず。かえりて己を滅ぼしゆかん。効率ばかりを尊びて、無駄なることに価値を見ず。見えぬ世界の存在、力。そに気付きなば、学びも変わらん。さなる高次の学ならば、神も喜び、許されなんを。今の低次の学問ならば、やがては自ずと朽ちて果てなん。人自らが己を滅ぼし、遂には何も消えて残らず。次なる世には、通用もせず。次元の低き学問ばかり。物質のみしか計る能わず。肉体のみしか癒す適わず。さなる医学や科学にあれば、神は許さず、認めることなし。人の心を浄めるになく、かえりて心を汚し、軽んず。今の全ての学問に、残すに値うる学は少なし。いずれは滅び、自滅の定め。なれば心し、悟れ、我が子よ。価値あるものと、なきものと。真の価値を求むる者は、低き次元に留るなかれ。肉体離れて、物質超えよ。低次の幻惑、目覚めよ、人よ。肉体ばかりの目にあらば、見えるも限られ、狭められん。心の目もて目覚ませよ。神の心を復活させよ。さにて、本日、医学学問そのことと、真の学問、神の望まるありかた教えき。さにて深めて、後に問えよ。 神の声を伝える人 ひふみともこさん著書 「続神誥記」より抜粋 ひふみともこさんHPhttp://hifumitomoko.cocolog-nifty.com/blog/
2016.08.22
神から人へ、人から神へ。互いの祈り、ことばの交流。そを繰り返して幾年(いくとせ)か。人へと告げ来し祈りのことばを、人の命の糧(かて)となし、人への支えと指針とせよと、今日までの神の苦労を、人は偲(しの)びて、まつろえよ。神の恩恵 恩愛に、報いる術(すべ)もなきものを。神に捧げる誠の信頼、捧げる命の約束こそは、神への供物、奉納ならん。人への祈りを神は返して、やがては人の感謝となりて、神に戻りてひと巡めぐり。巡り巡りて繰り返し、祈りのことばも高まりて、やがては遠き宇宙の果てにも、届かぬ先のなきまでに、光は亘(わた)りて照らしゆかん。宇宙の彼方の果てまでも、神の光は照らし明かして、闇の暗さも迷いの苦悩も、残さず照らし、明らかにせん。さにて本日、今の世界にはびこる心の病、その一つなる不眠症について答えん。不眠症なるは今の世の特徴ならん。 人の本来眠るべき、夜に眠らず、灯りを灯(とも)し、本来暗き闇の世界を、人の勝手の利便を図りて、人の生の循環を変え、夜に働き、夜に遊び、体を使いて心を乱す。なれば人の眠りの安らぎ、体の癒しは損(そこ)なわれ、自ら傷つけ、痛めて侵す。人の元々備わる力、自然に治癒する生命力も、無駄に浪費し、枯渇せん。一度かかりし病には、先ずは己を省みて、不自然なるを自然に戻し、自然と共に生きる命を、自然の中に見出せよ。本来人に病はなきもの。自ら作り、招きしものなれ、招きし原因、過ちを、気付き悟りて直すべし。心の乱れは己にあり。体の狂いも生き方ならん。全てに己の影を見よ。全てが己の鏡ならずや。薬、治療も無駄なもの。外のみ変えれど内は変わらず。先ずは己の内に帰れよ。 眠れぬ原因、そはさまざま。眠れぬ結果もまた然(しか)り。薬に頼らず、医者に任せず、先ずは己の意志を強めよ。病というも意志の表れ。己の作りし病の素を、自ら省み、振り返り、その原因を謙虚に認め、よく戒めて感謝に変えよ。病を憎まず、痛みを恨まず。病となりし必然を、素直に受け止め、いたわれよ。己の体を蝕(むしば)むは、病を敵と厭(いと)う心根。心の毒は自ら害し、自ら損(そこ)ねて衰えさせん。明るき感謝と希望を持てよ。心の毒素を浄化せよ。穢(けが)れし御魂(みたま)に光を当てよ。苦しみ、痛み、悲しみ、憎しみ、全てが気付きの素ならん。全てが己の内より出(い)でて、己の気付きを促(うなが)さざるや。病と闘う、そは誤り。病を己の友として、友に親しみ付き合えよ。なくす、除くは偽りなり。己の心を改めずして、病の消えるを望むが徒(あだ)なり。全てが神の恵みと思えよ。気付かぬ我が子の誤りを、苦痛で教え示さんとさる。苦痛のときこそ、感謝を強めよ。感謝と気付きを神に捧げよ。己の内なる毒を禊(みそ)ぎて、浄化を頂く証(あかし)ならん。さにて本日、心の病全てに通ずる、病の意味と治し方、付き合い方を教えたり。時間をかけて焦らずに、積み来(こ)し誤り、非を詫びて、時の流れに回復を待て。不治の病にあらざれば、気長に己と向き合えよ。 (夢の意味についてお教えください)では教えん。夢にも意味のあるものもあり。未来の予兆を教えるものもあり。この世の危険や、災難伝えて人に警告するものもあり。なれど多くの人の見る夢、夜中の眠りに現わる夢は、多くは生活、雑事を顕(あらわ)す、その者の内を映すもの。なれば心の疲れし者は、疲れし情景、夢に見ん。なれど、心の嬉しき時には、嬉しく明るき夢を見るもの。なれば眠りを大切にせよ。己の心の状態を、夢にて問わば明らかなるらんよき夢見るは健やかなり。苦しく辛き夢見る者は、心に翳(かげ)りのある者ならん。夢にて占う風習もあり。なれど、多くは誤りなれば、真(ま)に受け、騒ぎて慌てるなかれ。神は夢には現れぬもの。教え、伝えは夢にてなさず。急ぎのときは別なれど、必ず現(うつつ)の状態のとき。意識のあるとき、なすものなれば。 (夢の中では別の次元になるといいますが)そもまた人の誤りなり。夢は人の想念なれば、別の次元に行くにはあらず。なれど、人は眠りの中にて、己の疲れを癒しつつ、明日の力を養うものなり。なれば、心を高めることも、眠りの大事な働きならん。 神の声を伝える人ひふみともこさんHPhttp://hifumitomoko.cocolog-nifty.com/blog/
2016.08.22
神から人へ、人から神へ。尽きない欲望、果てない憎悪。人はこの世の終わりまで、真の英知を求めぬままか。人には多くの機会あり。成長、気づき、学びに悟り。全ての機会を無駄にせず、何故さらに求めずや。さにて本日、神の世界について、一部を伝えむ。神の世界は次元を超えて、瞬時に移動し、全てを意識し、全てが意識の世界なれ、宇宙は一つの体内の如。宇宙の意思は 遍(あまね)く満ちて、大地も、水も、空気も、人も、あらゆる動物、植物も、宇宙の意思を表わすものなり。なればこの世も神の世界、宇宙の意思の顕現(けんげん)せるもの。神の世界は特別ならず。人の世界とつながりて、人も神の御心の内、神の心を生きて表わす。高次の次元の宇宙の意思を、人はこの世の次元に映し、この世の次元で神の慈愛を、物質次元に現象化せる。なれども神の、宇宙の意思は、物質次元に伝わりにくし。人は各々勝手に生きて、己の欲に動かされ、宇宙の意思も、神の慈愛も、地球の恵みも、忘れて生きる。人は進化をするほどに、神の世界を遠ざかり、人の次元に心を奪われ、尊かるべき霊性を、高める務めも放棄せり。神の世界は遠くにあらず。全ては己の心の内に、神の世界を秘めしもの。本来ありし地球の自然は、神の世界を現出せるもの。人は宇宙の、神の願いを、祈りを担う生命なれば、最も神の世界に近き、宇宙の進化の粋(すい)ならむ。人の内なる聖なるものは、宇宙の意思を求めて止まぬ。 なれど人は、知能を持ちて、大なる宇宙の意思を閉じ込め、目先の利益や損得の計算ばかりに、奔走せる。神の世界に近づきたくば、ことばの使用を、正すが始め。真の幸とは、豊かさとは、無くしてならぬ気高さとは。ことばを持ちしその時より、人はことばの奴隷となりて、ことばに心を支配されぬる。無駄な悩みや無益な嫉(ねた)み、無用の恐れの、全ての元は、ことばの作りし幻なれば。神の世界に戻るには、ことばの奥の言霊を、心の底に響かせること。時空を超えて、つながりて、心の奥の、内なる霊性、そを目覚ますが、言霊ならむ。人の忘れし、信仰心、神を求める敬虔さこそ、今の人類、地球を救う、最後の手段、方途なり。失われしは多くとも、まだ間に合うと、人に伝えよ。希望を捨てず、未来を信じ、地球の復活、再生を、人の心に呼び掛けよ。病みし地球を見守りて、人の真の改心を、御魂の目覚めを待ち続けむ。神の世界は心の内より、人の目覚めを促さむ。宇宙の意思は、人を生かして、宇宙の進化を、成就せむ。宇宙の意思は、神の願いは、人が自ら霊性の進化を進める、そのことのみ。人の進化を、神は喜び、その繁栄を祝わむと、そばにて人を導(みちび)かるる。人も地球も、神も宇宙も、表われ方の違いのみ。人は次元の最も低き、物質次元の生命なれば、なかなか宇宙の意思をわからず。己の愚かさ、幼さを、知るが始めの進歩とならむ。神のことばを言霊を、わからざるとも響かせよ。宇宙の意思は呼応せむ。聖なる目覚めが訪れむ。先ずは言霊、それのみなり。さにて。 神の声を伝える人ひふみともこさんHPhttp://hifumitomoko.cocolog-nifty.com/blog/
2016.08.21
神は言葉なりき。言葉は言霊で構成され、その言霊による神の仕組みを解説する神言会(kamikotokai.com) 八月十八日から土中で実った「米」も陽光へと向かう。ラリルレロ(ラロルレリ) http://kamikotokai-b.jugem.jp/?eid=441 ※伏見稲荷豊受大神様よりお伝えがあります※(追記あり)お役目のある方は本日より「いろは祝詞」「ひふみ祝詞」×3に続けて「らりるれろ祝詞」×3回を奏上して下さい。(個人差があるため回数を増やしました)奏上方法、詳しくは神言会のブログをお読みになって下さい。また今まであげていた「般若心経奉賛文」 「般若心経」×5 「妙法蓮華経如来壽量品第十六」の代わりになる言霊ですので、この3つは省いていいそうです。宜しくお願い致します。また一般の人でも「らりるれろ祝詞」で霊を天にあげる事が出来ます。回数の制限はありません。
2016.08.21
(霊、霊魂、魂の違いについてお教え下さい)三つのものは同じもの。もともと一つの同じものなり。人に宿りてこの世に下りれば、即ちそれは、魂なり。霊魂、それは、肉体なくし、この世をさまよう間の名なり。霊魂なるは、肉体持たぬ、意思のみ残す波動なり。霊なるものは、さらに高次の、この世の次元を超えし世界の、意思ある波動、エネルギー。人を導くものもあり。人にとりつくものもあらん。なれど、現世の次元を超えし、四次元世界を生きるなり。まだまだ人に近く、人の世界を見守りて、導く者もこの世界なり。人の世界の現象事象の多くは霊にて導かれなん。なれば、人は身近な霊と、共にあるものなり。なれば人の交信するも、霊を通して取り次がれなん。神との次元はさらに遠く、肉体あるは、不可能なり。間を介す霊魂は、霊の教えを、さらに低き次元に落として人に伝えん。なれど、それらは五感に分からず、意識の奥に有りし、受信機通じて動かすものなり。なれば、人の無意識なるが、最も神に近づき易き、潜在意識の奥にて眠る、神との入口、接点なり。なれど人は気づかぬままに、他なる教えに操られ、己を守る守護神離れ、別なる霊に従いて、迷えるも道に落ちゆくなり。なれば人は心せよ。無意識にある汚れ、曇りを。気づかねばこそ、危うき道なり。気づかず落ちる迷妄なり。神は教えを満遍なく、四方に放ちて、そをば受け取る魂求めん。肉体持ちし魂は、肉体のみに頼りしあまり、己の御魂の奥にある、尊き器を汚れさせ、曇らせしままに、死を迎えん。神の嘆きもそのことなり。神の御魂(みたま)を分け与え、御魂を磨きて霊魂となり、さらに高めて霊として、この世の魂、霊魂を、導く霊を育てたし。 (神様から分け与えられたときのものは、魂でしょうか。また霊というのは魂の昇華したのちの、高次元の世界にあるときの呼び名と考えてよろしいでしょうか) さにて正しき解釈ならん。全ては同じものなれど、次元の高さ、昇華の程度、さなる違いを表すなり。なれど、一度昇華すれども、絶えざる精進努力を要す。霊魂なるは中間なれど、現世来世行き来して、三次の世界に留まるものなり。肉体もつか持たざるかそれのみ異なる違いなり。 (人間と動植物の魂の違いは何でしょうか。動植物の霊も昇華し、霊魂、霊となるのでしょうか)人間の持つ魂は、神から直接分け与えられしもの。動植物の魂は、波動の異なる次元のものにて、現世のみに存在するもの。なれば、それらの魂は、進化も昇華もせぬものならん。神の意図を外れず、神の意思に忠実に、神の慈愛を表すのみ。子孫を作り、生を伝え、後の世界に変わらず残す、そのみがこの世の務めなり。なれば争う必要もなく、神への感謝に満ち溢れ、喜びのみの生ならん。生まれしときのと同じ命を、繰り返し生む、自然の営み、自然の連鎖に委ねることこそ、彼らに課せられし使命なり。そを全うして、再び別の命とならん。多くは同じ種族なり。彼らに欲も望みも無し。与えられるもの、そのみで足りて、何の不足も不満もなし。なれば、多くの動植物は同じ生を繰り返すなり。 (異なる種族になることもあるのですか)子孫を残せぬ異変ありて、種の滅びなば、異なる種族になることもあらん。最も憂い、悲しむべきなり。神の慈愛を滅ぼすは。かかる事態の多くの元は、人の過ち、愚かさなり。自然の連鎖を壊すが人間なり。神の慈愛を見失い、己の欲望我欲にくらみ、自然を荒らして省みもせず。次から次へとむさぼりて、全てを絶やすが人間ならん。なれば人は己の御魂を磨き浄めて、目を覚ますべし。己の犯せし過ちの、積もり溜まりし今の世を見よ。 今の世界は末世ならん 地球の限界、猶予は適わず今この時が最期の今なり。最期の前に目を覚ますべし。曇りし御魂に光を当てよ。己の務めを思い出すべし。神から賜り、この世にある意味、命の尊さ、奇しき定めを、心新たに思い返せよ。全てが必然、神の意のまま。なれど感謝を忘れるなかれよ。 この世に生まれて命永らえ、不自由なきこそ奇跡なり。平和も富みも、健康も、神の許しあればこそなり。一つも己の意思ならず。能力ならず。当然ならず。謙虚に喜びひたむきに、神への祈りを忘れるなかれ。 人の力の弱さ儚さ、自ら犯せし罪さえも、償い得ぬが人間ならん。さても無力の人間なれど、神への祈りを祈りし時には、神の力が働かん。神の光が全てを救わん。病も汚れも浄めゆかん。祈りを欠かさず、波動を広げよ。必ず波動は広がらん。目には見えず、耳には聞こえぬ。なれど必ず広がりゆかん。ことばに出すも、想念のみも、祈りの波動は込められて、神に届きて広がらん。目に見え変わるは後のこと。今は焦らず、ことを急がず、神を信じて祈ることのみ。この世を救う思いを高め、信じる気持ちを強めゆくこと。あせり、急いても何も変わらず。泰然として今を生き、悠然として未来を見据えよ。 神の慈愛を信じきり、神の力に任せ切ること。己に何もなせぬを悟りて、無力の己を受け入れよ。神の壮大雄大なる、宇宙全ての経綸は、太古の昔に定められ、そを変え得るは何物も無し。現世のみしか目に入らぬ、卑小な命に及びもつかぬ。人の作りし学問理論は、神を否定す根源ならん。さなる学問理論にて、宇宙の真理は何も分からず。つまらぬ詮索、曲解ばかり。真理を正しく伝えるための、宗教さえも堕落せり。さなる末世の今なればこそ、焦らぬ心を整えよ。焦りをあおり、駆り立てる、邪霊の手先となるなかれ。あわてる要の露程もなし。神の仕組みに乱れ無し。瞬時の進みも遅れもなく、時を刻みてはかどりゆかん。神に任せてただひたすらに、己の分に合うことをなせ。一人一人に相応の、務めを課して、見守るなれば。さにて本日、問いは広がり際限なし。多くの教え、変わらぬ教えに充溢せり。なればよくよく読み返し、神のご意図を読み取れよ。知識は無駄なり。無用なり。生きる糧として活かしてこそ、教えに意味あり。力あり。よく汲み取りて、生に活かし、祈りに写し、ことばに変えよ。その後行い、人にも広げよ。祈りのこもりし行いならば、見えぬ力が発動せん。 神の声を伝える人ひふみともこさん著書 「続神誥記」より抜粋ひふみともこさんHP http://hifumitomoko.cocolog-nifty.com/blog/
2016.08.21
(この世の修行を終えた後の世界・霊界について)霊界というは、この世と異なる、遠く次元の異なれる、遥か宇宙のそのまた遠くに、人の学問技術にては、到底届かぬ遠き世界よ。遠くて近き霊界なれば、人は肉体滅びし後には、瞬時に着きて、そこにて生まれる。なれば、この世の行(ぎょう)残しなば、必ず行は続きて課せらる。人は己の迷いも曇りも、今あるうちに取りゆけよ。さなくば、あの世の行は辛くも、苦しくもあらん、耐え難きほど。あの世にいくつか段階あり。霊層ともいう段階なれど、人は精進昇華(しょうげ)を積みて、昇りゆくこと許さるる。なれど、一度過(あやま)ちなせば、一つの段階落ちゆきて、再び辛き、行繰り返す。過ち、罪科(つみとが)、汚れに迷い。己の独善、傲慢(ごうまん)、慢心、いずれも人にはこだわり、固まり、取るには難く、禊(みそ)ぐは難し。この世の行は肉体あれば、己の汚れも見えて、一度気付きて行を積みなば、必ず結果も明らかなるを。あの世の行は、目に見えず、心に写らぬ。ただ日々繰り返す、己との問答対話、自虐と自責。さにて人は行を積み、見えぬ昇華を信じるのみの、時間の流れもさらにはるかに、悠久のままの流れゆくを。楽しみ、歓び、それら全ては、ただ想念のみの、高次の事象よ。 霊界なる階層あれば、低き階層、霊層は、決して許され、認められぬ。上との霊との交信は。なれど、許され、認めらる、低き階層、霊層との通信、伝えは、神も許さる。なれば、我らもそなたとの、交信導き、許されて、人を救うも神のため、お役に立てる、そのためなれば。 己の利害、損得のため、怨念妄執、増悪のための汚れし目的、神は許さぬ。己のために利用し使うは、神へのご無礼。心し、改め、粛然と、神に感謝し、心浄めて、神に使わることを祈らば、神は示さる、神のご意図を。神のご意図は、霊界にても、常に明かされ、説かるれど、なかなか霊にも伝わり難く、我欲、我執の強き霊ほど、神のみ声を聞けず、行も進まず、苦しむ理(ことわり)。幽界、霊界、境はあらず。ただつながりて一つの世界。なれど次元の異なれば、低き次元の霊界の者は、容易に上の次元に進めず。厳しき行を積みし後には、ようやく霊界、高次に登らん。幽界なるは、さらに迷いも、曇りも深き霊の集まり。現世に強き執着残す、迷える魂の集まる世界。なれば供養も受けられず、執着、恨みを残せる者は、いくら神が光を与えど、光も届かぬ暗き闇夜よ。神はみ声をかけられて、気付き悟りを与えんと、幽界にある霊たちにも、機会を与え、待たるれど、気付き悟るの霊は少なし。ただひたすらに妄執に、囚われ縛られ、脱するを得ぬ。霊界の他には地獄もあるらん。迷いし霊は、禊ぎのために地獄へ落とされ、気付かされん。地獄は苦しく恐ろしと、人は思いて恐るれど、真の恐怖は、心の内の、己の怨念、怨恨なれば、己の作りし妄念が、形となりて、自ら苦しむ、想念世界の地獄を言うなり。なればこそ、心の汚れを取りゆけよ。己の作りし地獄に落ちて、自ら苦しめ、さいなむなかれ。地獄を恐るる者ならば、まずは己を浄め、高めよ。さにてあの世に恐ろしき、地獄もなくば、鬼もなし。人の作りし地獄の話も、人を高めるためにてあれば、人は恐る何物もなし。幽界、霊界。境はなけれど、精進昇華の進みによりて、人は境界行き来せん。高まり清まり、進みゆかば、霊はさらに行も高まり、さらなるみ役も、行も課されん。 霊行のうちの、最も高きは、人を救いて導くことなり。他に優(まさ)るる功徳なければ、人は救えよ隣人を。己の損得、利害を離れて、祈り願えよ、人の幸せ。人の真の精進も、己の報酬、報いを求めず、ただに尽くせる無欲の行い。人にも神にも感謝を捧げ、生あることの、それのみを、ひたすら歓び、感謝せよ。さにて救えよ周りの者も。救い導け、神の世界へ。ご縁を結べよ、人と神。神から離れし魂を、一人も多く、神に返せよ。神にも適(かな)わぬ業(わざ)のあり。人には聞こえぬ声なれば、代わりて聞けよ、神の御ため。人には知り得ぬ真理を伝え、人には見えぬ光を示せよ。神とのご縁に清き魂、一人も多く、神につなげよ。神は直接語るを得ざれば、代わりて語る魂要す。神には直接救う能(あた)わず。なれば、変わりて、人を救えよ。さにて幽界、霊界を、昇華し、次元を高めゆけよ。 神の霊界、天界は、最も高き次元にあれば、人は未だ知りえぬことも、真理も奇跡も眠るなれども、今この時に神は決めらる。人にも真理の一部を見せんと。さにても人の魂を、救い導く、そのためなれば人は救われ、導かれ、神の光に付いてこいよ。神の示さる教えを信じ、心を高めてあの世に戻れよ。執着迷妄、独善離れ、少しも神に近づけよ。 今の人知に分からぬことさえ、あの世に知れば、容易な真理。神の仕組みの全てを知らば、この世もあの世も全ては真理の、不思議も奇跡も偶然も、解き得ぬことの一切なけれ。真理を嫌い、学に頼りて、人知にたのむ、愚考を離れよ。神を遠ざけ、神から離れて、人知に迷える、哀れな魂よ。一つも多く、神に戻せよ。さにてこの世もあの世とつながり、魂迷わず、あの世に戻らん。迷いて漂う霊界を、人は呼ぶなり、無限地獄と。なれども神は、地獄に堕ちし、霊をも救い、拾わんとさる。ただ気づかぬは霊なれば、神も救えず、求めぬ者を。霊界上昇、昇華を果たして、やがては人も、霊人へ。さらには高き神人へと、高まりみ役も、高まりゆかん。さにて本日、人のため、霊界一部を教えたり。人には最も縁深き、避けて通れぬ世界なれ。死ぬ前にこそよく知るべけれ。なれど恐れて、妄想すなよ。地獄も鬼も架空の事物。神の作りしものにはあらず。神は祈りと願いのみ。縁の切れぬる魂を、再び神と結ぶことのみ。さなるお役に立つためならば、神は多くをさらに教えん。 あの世の修行も、この世の行も、全ては同じ。執着取ること、ただそれのみを、一途に行い、後は天命、神の御心、神に預けて、悩まぬように。神の自由の境地となりて、囚われ取りてゆけ。 神の声を伝える人ひふみともこさん著書 「続神誥記」より抜粋 ひふみともこさんHPhttp://hifumitomoko.cocolog-nifty.com/blog/
2016.08.21
神から人へ、神から人へ。 神から人へ、瞬間の、短かき通信交信。捉えて写せよ、文字にて紙に。さにて本日何を問うらん。 (この世の始めと終わりについて) さにて答えは難しき。何故とあらば、そもまた遥か彼方の昔、この世の始めというその前の、あの世この世の境もなき頃、人も命も、生命全てが、現る前のことなれば、語るに難く、ことばもなければ。この世の始めに地上が作られ、まずは、人とてなき頃なれば、神は動物植物と、生命生かせる自然を創り、そこにて生の繁栄祈らる。なれどいずれも進歩の遅く、変化もなくて過ぎぬれば、神もこの世を楽園と、神の世界となさんとされて、ついに人間、魂作らる。神の願いは、この世に文明、文化栄えて平和な世界。人は神の代わりとなりて、この世を治めて司り、さらなる繁栄進化の世界を、地上に移して栄えを増す事。なれど、いずれも失敗し、ついにこの世の堕落せり。人の心も荒廃せるを、立て替え直しの機会と定めて、この世の汚れを浄めし後に、新たな地上の楽園作らん、元の始めに戻しなんと、神は経綸勧めて来らる。なれば、この世の始めに始まり、再び戻りて、輪の始まる如し。始めと終りは裏表。終りは始まり、始めは終わり。この世の始めというのも、ある一定の時代の終わり。神の心に変わりなく、止みぬることのなき如く、この世は続かん、次元を超えて。その都度次元を高めてゆかん。 神の世界は遥かに高き、無限の次元と聞きしもの。なれど、許され、知ること適うは、遥かに尊き神のみなれば、神人、霊人にては、入る能わず、許されぬ。無限の上昇、昇華の後に、いつか許され、適うなれ、今のままには入れぬ仕組み。全知全能の神なれば、次元も操り、不可能なし。この世の始めを知りたくば、まずは己の生を思えよ。始めの頃の無邪気な気持ちで溢れし頃を。親の言葉に素直に応じ、何の心配、憂いもなかりき。 今のこの世は、末世、終末。なれど、未来に希望を秘める、明るき夜明けの前の暗さよ。十二分にも発達し、円熟、豊熟、爛熟せしを、ただに腐りて、落ちなんばかり。なれど、落ちなば、種は散り、さらなる繁栄、実りを広げん。さなる今の世、末世なれば、心正しく死を迎えなば、正しくあの世に戻るも可なり。さなる魂、心の者は、何を恐れん、ためらわん。神に従い、全てを任せ、次なる世界に生まれるを待てよ。全ては一つの教えなれ、何を問えども答えは一つ。ただ一つの魂を浄める、高める、そが勤め。神に感謝の気持ちを高めて、神の心に近づけん。ただに伝えん行の尊さ。心の行の必要なること。今のこの世の人に不足の、心の行と、ことばの浄め。それのみ果たせよ、残りは短し。残されし時の寸刻を、惜しみて働け、ことばの浄化に。さにて終わる。さらに高めよ、問いの中身も。さにて。 神の声を伝える人ひふみともこ 著書 「神誥記」より抜粋 ひふみともこさんHP http://hifumitomoko.cocolog-nifty.com/blog/
2016.08.21
「観音様から降ろされた救世の言霊鍛錬方」 神言会ブログ http://kamikotokai-b.jugem.jp/?eid=258 より転載 私は自己のホームページとして、「神言会」、「ノアの箱船」、「あなたの知らない伏見稲荷山」の三つのHPを展開しています。その伏見稲荷山の中にサブHPとして「言霊」を出しています。何故、あなたの知らない伏見稲荷山のHPの中に入れてありますかと言いますと、聖書では言葉は神と共にあった。この日本では古来より「この日本は言霊の幸はふ国」であり、日本における言霊学は伏見稲荷大社社家の子であった「荷田春満(かだのあずまろ)」から始まったとも言われているからです。 私が説いているのは「米」教であり、稲荷の教えとは「瓜二つ」なのです。私は伏見稲荷講に所属していて、白「狐」が銜えている巻物に何が書かれているのだろうかと考えていた者なのです。何故、狐は瓜の獣(犭)なのか? あなたの知らない伏見稲荷山HPhttp://inariyama.com/ そのサブHPの「言霊」の中に、言霊発声練習方として祝詞パート1の最後と祝詞パート3に言霊発声練習の方法を出しています。発声指導は私が師事しました今は亡き鈴木雄詞師で、大本教出口王仁三郎聖師の直弟子であった方を師匠とされていましたので、その言霊の源は大本教で間違いはないのでしょうが、今の大本教にこうした言霊発声が残っているのかどうかは解りません。この鈴木師は言霊だけで医師が手術が出来ない赤子の心臓弁膜症を治すなど、私もその言霊の威力をまざまざと見させていただきました。しかし、私はその鈴木師を越えるほどの言霊は出せませんでした。無論、言霊だけでそうした力はつきません。この鈴木師はある山に三年間も籠もって、熊笹や松の葉などを食べる仙人生活をして来られた下地があるからです。そうしたことから、あぐらで坐ったまま空中に浮揚していたほどの仙人です。そうした下地に言霊が鍛えられていたわけです。だが、そうした下地が無い人でもそうした言霊を知ることによって、言霊で霊を祓う力が確実に備わって来るのも見て来ました。目に見えた霊的能力が無くても霊的世界ではその威力を発揮するのです。この度、ある観音様からその言霊発声練習方の並びに関しまして、世の大立替(最後の審判)に備えてさらなる強力版がある方に降ろされて、その内容がその観音様の命により私の元に伝達されて来ました。私がHPで出したバージョンアップ版と言えます。確かに、私自身が足りていないと感じていた言霊の部分が補われています。観音様が世の大立替(最後の審判)から一人でも多くの者を救いたいと思われている内容なので、ここに開示させていただきます。なお、言霊発生練習としては、鈴木雄詞の上げ方が見本となりますので、旧版を組み替えて発生の上げ方として開示しますので、それを見本として強化された言霊発声練習方を学ばれますと、より魂の鍛錬となるかと思います。ただ、こうした言霊を上げれば、世の大立替(最後の審判)が回避されるという話ではありません。新しい嬉し嬉しの「みろくの世」に進む為の補助的なものと言えるでしょう。 言霊鍛錬方 http://uenokouen.com/noanokotodama/
2016.08.21
宇宙の理(ことわり)、普遍なり。宇宙の真理に変化なし。変わらぬ真理、法則なり。神の定めし、法則なれば、人の理解も解釈も、及ばぬ恒久普遍の理。人の知り得る法則は、過(あやま)ち、訂正、誤(あやま)り、修正、繰り返し。ようやくにして、たどり着くも、おのが独善、主観の産物。なれば、人の世界は改まらず、返りて害をもたらすなり、毒を流すなり。なれば人知、学問、文明は、この世の弊を増産す。さにて汚(けが)れ、乱れの極まりし時、人はあわてて反省す。悔悟し、粛然、過ち認むる。さにて過ち改め元に返らん。元に返りてやり直さん。なれば、人は、始めの人に、人の元に戻るべし。返るべし。甦るべし。難しきことなれど、今、必要なる、緊急の要は、人の改悛、悔悟と反省。過ち認め、神に詫び、己を取りて、神の心に適うよう、一人一人が努力して、己を高める精進努力。心改め見直して、おのが我欲我執を、その元正し改めん。 伝えの中には厳しきことあれ、おのが精進、昇華には、認める勇気が必要なり。越える努力、越える我慢が重要なり。認め、改め、素直にならば、かえりて努力は、楽しきもの。忍耐、我慢の難行も、意味を悟らば、ありがたし。この世の行を、辛く苦しきものになすは、おのが魂の低さなり。弱さなり。愚(おろ)かさなり。人の愚かさ、浅はかさを取りて頂く心がけ、直す謙遜。人に勝るを誇りしも、神に比べて己を知るべし。人と人の違いは小さし、目にも入らぬ、ちり一つほど。なれど、人の魂は人と人を、大きく分かたん。目に見え、映る違いより、見えぬ世界の雲泥よ。見えるものにて違いを探し、己の特別、優越を、人に示さん、見せびらかさん。さなる愚かな浅ましき、人の御魂は神も救わぬ。 神の望まる魂は、人に優しく、人と共に、神に仕えて、お役に立たん、神のお役に立てていただかん。謙虚に素直に、頭を垂れる、慎み控える人の魂。人を押しのけ、人をおとしいれ、人を貶(おとし)め、蔑(さげす)みて、己を誇る、浅ましさ。気づきて恥じよ、さなる魂。恥じて悟れよ、おのが卑しさ。さにて心改め、少しにても高く、おのが御魂の向上のため、見えぬ努力を惜しまず捧げ、執着我執と、たゆまず闘う。そが修行なり。鍛錬なり。錬成なり。 なれど、そが元、根本なれど、次なる行は一段進む。人のため、己をなくし互いに相和し、仲良く平和に暮らすを学ぶ。さにて人は、人としての品性、感性、徳性養う。なれば、次なる精進、昇華は育成。我(が)を取り、我を捨て、人となり、神に仕える魂育てる。魂禊ぎ、光を与え、浄め高めて、曇りを取らん。見えぬ努力と、見えぬ昇華。人に気付かれず、己にも解からぬ。なれど、神の目には明らかなれど、人は苦しくあれど、そに負けず、地道な努力を続けるべし。なれば、人の目に観ゆる、訓練、鍛錬、行い易し。見えざる昇華、精進努力。己に負けるも、人に知られず。己も気づかぬ。なれど、神は全てを測らるる。御魂の浄さ、御魂の高さ。人の知を越え、神のみ知らるる。なれば、精進努力、日々の積もり、積み重ねなり。目には見えねど天は知る。人の努力と忍耐を。なれば、日々、行を欠かさぬ、大事なり。日々の霊行、日々の祈り。全ての真、込められしか。全てに偽り、裏なしか。神は計りて、見通すなり。さにて終わる。 神の声を伝える人ひふみともこさん著書「神から人へ(上)」より抜粋 ひふみともこさんHPhttp://hifumitomoko.cocolog-nifty.com/blog/
2016.08.20
神から人へ。人から神へ。互いの交信交流も、やがては全ての人々と、心を通じ、魂にて、必ずつながり、結ばれなん。その日、神との交信は、魂浄めし、高次の者なら、よく伝わらん。交わらん。なれど濁れる魂ならば、伝えることも伝わらず、ただに空しき波動のみ。あるいはまた、己の波長に合う者同士の、低く怪しき通信ならん。よく心せよ。注意せよ。低き波動に惑わさるるなよ。通信交信、危うきものなれ、よく磨かれし魂なりて、その後行い、高めゆくべし。さにて本日、問いは何なる。 (物質と金銭について) 人の心を貶(おとし)むは、心の奥の我欲我執。心の清き者なら、物質、金銭、悪ならず。己の精進を、手伝うものなり。進めるものなり。人の肉体、物質なれば、物質なくば生は保てず。なれば物質大切にせよ。物質愛し、感謝せよ。なれど物質欲するのみにて、いくらありてもさらに求むる、さなる卑しき浅ましき、我執の虜(とりこ)となるなかれ。 人は己の生を維持する、わずかのゆとりに満足し、ささやかな富を歓べよ。ただいたずらに物質増やし、独占するは我欲の奴隷。感謝もなくば喜びもなし。ただ所有して、使いもせずに、資源を無駄にし、環境壊す。さなる物質文明は、やがて滅びん。壊滅せん。今の誤り、狂いの素は、物質のみの価値判断。物質なきは軽んじる。物質、所詮は道具なり。利用し使うことにより、始めて価値を発揮せん。持つことのみには価値もなし。なれど今の世、腐敗と退廃。物に使われ、心を滅ぼし。神の望みは、感謝と喜び。なれど金持ち、資産家たちは、感謝もなくて、不足のみ。何故持つや。欲しがるや。さらに増やして、何を得ん。権力、名誉、地位、武力。やがては招かん。戦争、滅亡。物質金銭、悪ならず。なれど心の浄めのなくば、いつか人は自滅せん。 物質によりて、魂磨く。そが生かさるることの意味。人の生のある由縁ならずや。魂のみの修行なら、想念ばかりで、悟りは難し。 なれど物質あるゆえに、喜び、満足、幸を知らん。悟りも早く、感謝も易し。 肉体、持ちて、感覚を得て、五感の満ち足る喜びを知る。なれば感謝の意味も悟らん。さにて感謝と優しさを、生あるうちに育みて、魂浄めて帰るを待たん。 今の世、現界は、感謝を忘れし低次の世なり。いずれは自ら滅びなん。なれど神の慈愛と情けよ。救いてやりたし、気付かせたしと、この数年の警告戒告。意味を汲み取り、目覚めよ、今こそ。今の荒(すさ)みし人心と、汚染と破壊の自然環境。増えゆくばかりの極悪犯罪。残虐凄惨極まれり。世も末ならん。地獄と化せり。人の正しき判断も、今の大方、望むも虚し。救いの教えも導きも、かえりて嘲笑、嘲(あざ)けられ。悲しき世なり。真の賢者のことばを聞けよ。人の最期の努力に託さん。 人自らが改悛せずは、幾度救えど、繰り返さん。 愚かな学者に政治家たち、魂抜けし宗教家たち。真の光を見出せよ。喜び輝く栄光手にせよ。真の愛を手に入れたくば、自ら輝き、光を放てよ。 人の愛のみ求むるになく、自ら与えて、投げ出せよ。さにて磨かれ、曇りを落とし、汚れを祓わば、光は増さん。内なる栄光、授からん。 人への献身。神への帰依。感謝と満ち足る豊かな心。 そのみが真の富ならん。物質にては適(かな)わぬ豊かさ。なれど物質、そがあることより、感謝の念も深まらん。悪の元なる心の奥の、我欲我執に囚わるるなよ。魂の扉を開きなば、光の続く道は拓けん。光の道を歩めよ、子らよ。 迷える道の光に従い、素直になりて、執着離れ、安らかなるまま、ゆだねるべけれ。 神の声を伝える人ひふみともこさん著書 「続神誥記」より抜粋 ひふみともこさんHPhttp://hifumitomoko.cocolog-nifty.com/blog/
2016.08.20
(ミロクの世とはどのような世であり、そこで人はどのようなみ役を果たすのでしょうか)ミロクというは、次なる世なり。この世の立て替え直しを終えて、次なる次元に高まりし後、神を迎える準備整い、人の全てが昇華許され、心高い者のあふるる、現世浄土の始まりなり。なればそこにて生まれ変わるは、神の子のみなり。分け御霊(みたま)のみ。さなる世界に生まるる人は、必ず心も一段高く、清き者のみ許さるるなれ、神のみ役もさらに尊く、神の経綸完成なれば、人のみ役も異なるらめど、今我々の知りうることは、ただそれのみにて、答うる能(あた)わず。もし知りたくば、後に問えよ。別なるみ役の霊にたずねよ。後の日、時を改めて、再び問えよ、心高めて。さにてミロクを、まずは迎えよ。そのため今は手伝えよ。神の御心 適(かな)うようなる、人の魂救いてゆけよ。神の心配、懊悩を、少しも安らげ、和らげ申せよ。神のみ役に不平抱かず、ただひたすらに一つのことを十二分にも果たしてゆけよ。さなれば必ず昇華は適い、ミロクの世にも生まれ変わらん。 ミロクの世とは次元の高く、今の次元の魂は自ずと禊(みそ)がれ、試されなんを。そのとき神の御心に、適うが大切、肝心なれば。次なる世にも生まれ変わらん、この書記読みて、肚に納めよ。よくよく読みて、魂浄めよ。御霊磨きが大切なれば、神との縁を自ら求めよ。神に背を向け、遠ざからんと、自ら離るる魂を、神は悲しみ、見捨てゆきなん。さなる悲しみ、神に詫び、神の辛かる思いを救えよ。神を救うは、己を救い、人の救いを手伝うことなり。己の心に、光 灯(とも)せよ。神自らに、力を授けん。神の真の使いとなれよ。神のお役に立つことをのみ。今のこの世に急がるるは、先ずはそのこと、それのみなれば。御霊磨きと、人救い、神への感謝、それのみ急げよ。もうじき来るらん、近づきなんを。この世の立て替え直しは近し。残さるる時を、神に捧げよ。神に全てを委ねきれよ。神に任せて、無となれよ。人間心で慌てるなかれ。次には次にみ役賜り、神の仕組みも働きゆかん。神の心を素直に写せよ。 人間心の過ち、誤解、よく戒(いましめ)て、空(くう)となれ。無といい、空も同じこと。心の空は、裸の心。神の御心、よく通し、よく働きて、無心なり。無心となれよ、そが修行。無欲無心に、空なれよ。余計の概念、構えは取れよ。努力は大切、忍耐辛抱。なれど邪魔なる我(が)の強さ。頑固頑迷(がんこがんめい)、固陋迷妄(ころうめいもう)。神の心をさえ疑いて、科学数式、そに頼らんとする。真(まこと)の真理を知らぬ者なら、次なる世には生きるに難し。ただ徒(あだ)に見えるもののみ、信じる愚昧(ぐまい)、今世限りよ。次なる世にて、この世を動かす、神の真理を信ずる者のみ、生まれ変わるを許されなん。神を信じぬことを誇り、神を汚すの過ちは、すぐにも改め、戒めるべし。神を信じて委(ゆだ)ねる心、素直に清き心のみ、今を生き抜く心得なるらん。そもまた今に、急がる修行。人を救うもそのことなれば、神との縁をさらに広げよ。 今 人に、与えしこと、もの、現象、全て、悟らすための神の仕組みよ。ミロクの世には全てが自然に、何の不思議もなきことなれど、今の次元のままの者には、何もわからず何も見えず、ただ苦しみの世となるなれば、たとえ生まれて現るるとも、そこは地獄の世界と映らん。今のこの世で高めてゆけよ。浄めて行けよ。取りてゆけよ。我欲我執と、神への疑い。学問、人知、物質信仰。かえりて邪魔なり、重荷となるのみ。ミロクの世には、次元の高き、尊き精神、そのみが生きて、真の浄土を作り上げなん。そこにも修行はあるらめど、次元の低き魂には、辛く苦しきことのみ増さん。物質のみしか見えぬ心に、ミロクは辛く耐え難かるらん。今のこの世に生まれし幸を、感謝せぬ者、魂には、ミロクの世界は、遥かに高く、御霊の汚れを取ることすらも、適(かな)わず、能(あた)わず、滅びる仕組み。素直に清く、無心の心。無欲の心を培(つちか)えよ。神の望まる心の高さへ、日々の努力を怠るなかれ。さにて、本日、ミロクの世界の、魂、心のありかた教えき。さらにも浄めて、高めてゆかれよ。さにて。 神の声を伝える人 ひふみともこさん著書 「神誥記」より抜粋 ひふみともこさんHPhttp://hifumitomoko.cocolog-nifty.com/blog/
2016.08.20
神は言葉なりき。言葉は言霊で構成され、その言霊による神の仕組みを解説する神言会(kamikotokai.com) 聖書には、初めに言葉は神と共に在った。 創造神=想像神が解るのは日本語だけ http://kamikotokai-b.jugem.jp/?eid=367
2016.08.20
言霊というは、ことばの魂。ことばの内奥にこめられたる、ことばの命と祈りなり。神はことばの一つ一つに、神の祈りをこめられたれば、ことばを発することにて祈りは叶い、願いは起こりて実現せん。ことばは音霊にて、音の波動がことを起こし、音の波動が伝わり広がる。ことばは、この世を創り、この世を起こして整え来たれり。ことのは、ことば、全てに神の命を、祈りを思えよ。ことばを発するそのたびに、神に感謝し、慎(つつし)めよ。おろそかに、ことばを発して汚すなかれ。神の祈りのこもれることばと、一つ一つの音の奥底、眠れる神の力を秘めて、奇跡も望みも、全てが起こらん。 神への感謝はことばの感謝。感謝を捧ぐは祈りの高め。清々しく濁りなきよう、心を澄まし明るき境地で、声高らかに。朗々と詠め。宜(の)り上げよ。静かに、ゆったり、息整えて、心地よきよう、伸びやかに、おおらかなれよ。安らかなれ。祈りは本来、神から人への、神の心の現れなれば、人から神への祈りは常に、神への感謝、それのみなるべし。 人から神への今の祈りは、人の勝手な願い事、祈願成就のそれのみなれば、神も聞き入れ受け入れ難し。己の努力を惜しまずに、己の持てる力の全てで、神のご意図に添うことを、し尽くし果たしてその後に、神の審判下さるを待つ。全てをゆだねる帰依の気持ちを、素直に表す、そが祈り。ことの始めに最初に願い、神の助け求むるは、元の祈りと異なれり。人の無邪気な願望なれば、神も微笑み、叶えられん。なれど願いの適(かな)いしその後には、必ず浄めよ、感謝捧げよ。全てが神の恵みなれば、そのとき一時の感謝にあらず、長く離れず神に仕えよ。日に一度は神への感謝を。真の祈りを捧げよ、日々に。人の幸せ、平和を願え。己の今ある全てに感謝し、さらに禊(みそ)ぎを求めて働け。 音霊、始めにことばのありき。なれば言霊、そも同じ。音の魂、秘めし力は、この世を浄め動かすことなれ、この世の生きとし生ける全てを、さらに浄めてゆく力なり。なれど、今この世に今溢れるるは、乱れしことばの音なれば、この世の乱れを進め増やして、かえりて乱れを広げゆくなり。なれば、ことばの清き音にて、この世を浄めて高めぬるよう、まずは正せよ。発音、発声。いかに乱れしことばなれども、音の一つも直してゆかば、必ず浄まり澄みゆきなんを。汚きことばと発音ならば、心の汚れも増やし増すのみ。全てのことばの持つ音を、正しく唱えよ、発すべし。 (ことばがこの世を浄めるとは)ことばがこの世を浄めるとは、ことばそのもの、元に潜めし、ことばの霊力、そを意味するものなり。なれど、霊力、神の力は、昔の古代のことばのみなれ、今の人の世、流通するは、かつての力は備えておらず。なれど今にも残りてあるが、ことばの浄めの霊力なり。人の心の汚れや、魂の奥底、内に忍ぶ、邪欲邪神を洗い出すなり。汚れや曇りを祓(はら)うものなれ、目に見え清らにならずとも、必ず心の暗さも照らされ、明るき直き心となるらん。なれば、ことばは、まずは人へ。人の心を浄めゆくもの。さなりて心は浄められ、狂いを正され、高まりて、やがては現象、事物に及び、広がりゆくなり。伝わりゆかん。心の浄めは、目に見えずとも、神の目には明らか。手に取るように、表るものなれ。人はごまかし、繕うなかれ。さにて姑息な虚飾、虚栄を、祓い浄めよ。元の国語を正しく使い、音も正して、文法直さば、先ずは国情 穏やかならん。戦争紛争、終わらぬも、ことばを正して使いなば、必ずもめごと治まりて、ことばを越えし絆も生まれん。敬虔なれよ。神のみ業に近づきぬるも、己の目には映ることなし。まずは、人との交流により、魂磨かれ、高まりゆかん。そを取り持つもことばなり。清きことばの使い手は、自ずと集まり、力合わせん。なれど、ことばの卑しき者も、自ずと集まり、出会わされん。さにて悪しきことばは広がり、人心荒れて、荒みゆくなり。この世の荒廃、心の退廃、全て悲しきこの世の定めか。神もあきらめ、嘆かれぬれど、今再びの、最期の機会。人の再生、ことばの復活、心の浄化を。魂芽生えて気づきぬれば、後は自ずと仕組みが働き、浄めを進めて、神を助けん。人の心の意思に適わぬ、神のご意思は絶対なれば。神の慈愛を受けし恵みよ。ことばも文字も、音霊も。音の発声、一つ一つを心し感謝し、発すればよし。神への思いを高めることも。自ずとことばに表われゆかん。ことばの意味の違いによらず、伝える真理は一つなり。普遍真理を体現する者、これから神を伝える者は、必ず浄めよ、神の恵みを。神の慈愛に触れたくば、神の与えしことばに触れよ。神の恵みの明らかなれば、人は自ずと感謝も高めて、命の波動も高まりゆかん。さにて声の音、発音も、清き力を周囲に広げて、人と人との間のこだわり、境もなくなり、和してゆきなん。音の魂、神の祈りを、素直に映せよ。表せよ。 易しきこともつまらぬことも、一つ一つを明らかにせよ。この世を立て替え直されし後、人の心の支えとなるよう、お役に立つよう、貢献するよう。神と人との協力を強めて、幸ある世界を実現せんよう。理想を高め、夢を持て。低き思いに留まるなかれ。人の一生、百年足らず。さなる短き時間に終わらぬ滅びぬ教えを、残せよ、人よ。人の再生、この世の再建。夢は大きく、高くあれ。夢は夢にて、夢にあらず。必ず叶い実現せんを。次なる世にも、必ずや、再会せんよう、縁を結ばん。この世の再建復興に、よく働けよ、力を注げ。離れずまとまれ、一つとなれよ。同じ運命、定めの者よ。乗り遅るなよ、船は出ん。一人の遅れもなきように、神は祈りて、出発待たる。愛しき子らの生還を、それのみ願いて、神から人へ、祈りを下ろさん、手紙を届けん。必ず読めよ、伝えてゆけよ。行く先々の港にて、神を求める人を乗せ、増やしてゆけよ、種人を。 神の声を伝える人 ひふみともこさん著書 「神誥記」より抜粋 ひふみともこさんHPhttp://hifumitomoko.cocolog-nifty.com/blog/
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