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昨夜は、ご近所さんの牧師さん、リチャードさんと啓子さんご夫妻のお招きを受け、夕食をご馳走になってきました。 4年前、やはりロスに出張していた時、偶然、ご夫妻の管理されているアパートを借りたことがきっかけでおつきあいが始まったのですが、ご夫妻のお人柄、特にリチャードさんのパワフルな生き方には、お会いする度に圧倒されます。 リチャードさんは、見かけ日系アメリカ人という感じですが、実は生まれは東京。日本の大学を出て、大学院の時にアメリカに渡り、『心の習慣』で名高いロバート・ベラーの下で宗教社会学を学び、牧師資格を得、カリフォルニアの日系人社会で牧師として働き始めたという経歴の持ち主。財政的に立ち行かなくなったいくつもの教会の再生に尽くしたり、それこそ八面六臂のご活躍。 しかしエネルギッシュなリチャードさんの活躍の舞台は牧師職に留まらず、ロスの不良を更正するためのNPO組織を立ち上げたり、政治を動かして社会改良に努めておられるんですな。日本政府や日本の大学から招聘され、講演を頼まれることも多く、今週末も大阪でご講演とのこと。 で、自ら「生臭坊主」と名乗るだけあって、不動産業を趣味と言い切るリチャードさん、生臭研究者の私とはもうやたらに気が会うというね。 ま、それはいいのですが、60歳で定年が近いリチャードさん、今後は趣味の世界も追求し、例えばドイツに行ってバッハのコンサートなどを聴きまくりたいとのこと。 で、既に何度もドイツには行かれているようなのですが、そんなリチャードさんのドイツ語が半端ないのよ。ペラペラペラっとドイツ語を話される。 で、一体どこでそんな流暢なドイツ語を学ばれたのですか?と問うと、通勤のクルマの中だと。 要するにドイツ語学習用のCDを聞き流しているだけだと。 ふーん、そうですか、聞き流すだけ? で、さらに伺うと、それは外交官用の語学教材で、ドイツに派遣されるアメリカの外交官が手っ取り早くドイツ語をマスターできるように開発されているんですと。 で、その教材は、文法のことはあまり言わない。それこそ挨拶とか、店で料理を注文するとか、そういう時の決まり文句をまず学ばせるというのですな。 しかし、やはり英語とドイツ語にはある程度の共通性がありますから、決まり文句を何度も何度も口ずさんでいるうちに、英語文法からの類推から、「ああ、こういうわけね」というのが分かってしまうと。 で、その程度の知識をもってドイツに行く。 それでバーに行ってビールを注文する。 で、バーテンダーから「ドイツ語うまいですね」と言われるわけ。 で、そこでリチャードさん、「いやいや、ドイツ語は難しい」と、決まり文句で返すんですと。 そうすると、どうなるか? ドイツ人が喜ぶというのです。「おお、そうだろう、そうだろう!」と。 そこでリチャードさん、すかさず「私なんか、ドイツ語は少ししか話せない」と追い打ちをかける。 するとドイツ人はさらに喜んで、「おお、そうだろう、そうだろう!! おい、お前、いい奴だな。店のおごりでビールを飲め」と。 で、そこから先は意気投合して楽しい時間が始まるというのですな。 で、その楽しかった思い出が、アメリカに戻ってから、さらにドイツ語を勉強するモチベーションになると。その繰り返し。 なるほどね〜! リチャードさんのエネルギッシュな生き方が、こういうエピソード一つ一つにも宿っております。 しかし、「外交員向けの語学教材」って、すごいよね。そういう面での、アメリカのプラグマティズムって、すごいと思う。 で、すかさず「それと同じ感じで、日本人が英語を勉強するのにいいCD教材ってないですか?」と尋ねたところ、やっぱり逆はないみたいね。アメリカ人の外交官向けに日本語を学ぶ教材ならあるのでしょうけれども。 でも、「ロゼッタストーン」という語学教材はあるよと勧められました。ああ、それ、どこかで見たことあるなあ。あと、ネット上の教材で、「duolingo」というのもあるよと。 あとでちょっと見てみようっと。 ということで、リチャードさんには啓発されっぱなし。昨夜は遅くまで楽しいひとときを過ごすことが出来たのでした。
September 30, 2017
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アメリカに来てから、バーンズ&ノーブルなどの書店に赴く度に、当然、自己啓発書コーナーに向かって、市場調査なんかをしたりしているのですけれども、そんなことをしていると、色々分かってくることもありまして。 例えば、ナポレオン・ヒル人気の相変わらずの高さとか。過去の著作がずらり並んで棚を占めるのみならず、まあ、へんてこりんなものも混ざってますからね。 例えば『ナポレオン・ヒル スターター・キット』とかね。そんなのも売っている。 なによこの「スターター・キット」って?! あ・・・でも、いいかもしんない。日本でも、そういうの作ればいいんじゃない? 『アメリカ文学 スターターキット』とか。 あるいは『村上春樹 スターターキット』とか。結構売れそうじゃない? 代表作のさわりを集めたり、それを解説したり、作品を朗読したCDをつけたり、村上春樹本人の講演録とかのCDをつけたりするの。どう? ま、それはともかく。 あとね、書店での市場調査をしていて、自己啓発本もカテゴリー化がうるさくなってきたな、とか思うことがあります。 例えば、「自己啓発」といえば、英語では「Self Help」とか「Self Enlightenment」とか言うんだろうなあと思っていると、最近ではそうでもないのかなと思わされることがしばし。 自己啓発の中でも「健康」系がまず第一に独立する感じ。ホリスティック系とかヨガ系とかね。ここら辺はもう自己啓発とは別建てですな。 あとね、「Sexuality」も独立して一家を成す。LGBT系の問題というのは、それだけ社会問題として浮上しているわけね。 あと、「オカルト系」も別建て。 で、私が一番、なるほどと思ったのは、最近、自己啓発の分野に「Self Transformation」というカテゴリーが入り込んで来たのを知ったこと。ロンダ・バーンの『ザ・シークレット』とか、ここに入ります。 しかし、Self Transformation ってすごい言葉だよね。「自己改革」というと、もともとあった自己を改善する感じだけど、トランスフォームといったら、別なもの、別な形に生まれ変わるということだからね。映画でいう『トランスフォーマー』だよ。「改革」とか「改善」じゃなくて、「変身」だよ。自己変身。 もう、こわいわ。「○○さん、なんか最近、変な本を読んでいるなと思ったら、今週から別人になっちゃった!」みたいな。精神的ホメオスタシスは大丈夫なのか? 「自助」(Self Help)ではなく、「自己変身」(Self Transformation)。これが、今の潮流なのかもね。 あとね、これは市場調査ではなく、資料読んでていてふーんと思ったのですが、最近、自己啓発系のセミナーの中では、「NLPトレーニング」ってのが流行っているんですってね。 これはですね、催眠療法のミルトン・エリクソン、ゲシュタルト・セラピーのフリッツ・パールズ、家族療法のバージニア・サティアという3人の傑出したセラピストの教えをいいとこ取りしてミックスして、それこそ受講者に「自己変身」させちゃおうというものらしいのですが。 しかし、こっち方面のことまで調べるとなると、骨だなあ。ゲシュタルト療法一つだって、研究すれば大変だろうに。 でも、とにかく、アメリカ人の・・・というのか、人間の、というのか、「新しい自分になりたい」という願望は、21世紀の今日においても、相当強いということは確かなようですな。
September 29, 2017
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今回、アメリカに短期滞在するに当たって「アレ、日本から持って行けば良かったなあ・・・」と後悔しているものが一つありまして、それは何かと申しますと、コーヒー用のペーパーフィルターと、そのペーパーフィルターをセットする・・・あれなんて言うんだっけ・・・ドリッパーか、そう、そのドリッパーなんです。そんなの、それこそ100円ショップとかに行けばプラスチックのドリッパーを売っているので、それを持って行って、なんなら置いて帰ってくれば良かったなと。 というのも、案外、あの形のドリッパーとペーパーフィルターって、こっちでは売ってないんですよね・・・。あれがあれば、コーヒーの粉を買って来て、アパートで好きなだけコーヒーが飲めるのに・・・。 で、仕方がないので、インスタント・コーヒーでも買うかと思い、それでも下手な奴を買って不味いのも嫌だなと思って、ちょっとお高めではあるのですが、スタバのインスタントコーヒーを買って飲んでいるんです。 そしたら、これが案外、美味いのよ。「ヴィア・コーヒーエッセンス」というのですが。 で、色々試してみて、今のところ私が一番気に入っているのは、「ベランダ・ブレンド」という奴。まろやかなコクがとっても素敵。 日本でも売っているのかしらと思って調べたら、売っていることは売っていますな。だけど種類はそれほど選べないみたい。これこれ! ↓スターバックス ヴィアR コーヒーエッセンス パイクプレイスR ロースト インスタントコーヒー スティックタイプ(2.1g×12本) コーヒー STARBUCKS スタバ|内祝い_お返し_結婚祝い_出産祝い|ギフト|お供え|10800円〜送料無料_差し入れ|ギフト|お返し|贈り物_敬老の日| ま、次に来る時は、しかし、ドリッパーとフィルター、忘れずに持って行こうっと。
September 28, 2017
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早いもので、もうこちらに来てから1週間が過ぎたのかな? 今日は丸一日資料読み。読むべき資料を目一杯Kindleに詰め込んで来たので、それを読みながら、そこで言及されている資料で、未読のものが出てくる度にUCLAのライブラリーにそれがあるかどうかをネット上でチェックし、次に図書館に行った時にすぐに調べられるように準備するという作業を繰り返しておりました。 しかし、こういう使い方をするとなると、Kindleってのは便利ですな。昔だったら紙の本を重い思いをして何冊も持って来なければならなかったのに、今ではこの小さなKindle一つに収まってしまうのだから。 で、ずっと家に閉じこもっていたもので、夕方、ちょっと散歩に出かけようかということになり。 今借りているアパートはサンタモニカの「3rd」という通りにあるんですけど、「3rd」ということは、要するに海まで3ブロック(通り3つ分)しか離れていないということ。もっと簡単に言えば、300メートルも歩けば海を見下ろす場所まで行けるということでございます。 で、夕方6時半頃、ふらっとアパートを出て海の方へ歩いて行くと、海を見下ろす崖のところまで来ると、ちょうどお日様が水平線に沈むのが見られるわけ。崖沿いの道は、ちょっとした細長い公園みたいになっているので、ジョギングする人あり、ヨガをする人あり、ベンチに座って夕日を見ている人ありといった具合。そういう人たちに混ざって太平洋に沈む夕日を見ていると、西海岸だなあという気がします。 こういうなんてことない一日が、案外、アメリカ生活の醍醐味、なのかもしれません。
September 27, 2017
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アメリカ出張の時は、いつも何か1、2冊、日本語の本を持って行って、ちょうどアメリカの食事に飽きた時に持参した日本食を涙しながら食べるように、味わいながら読むのを常とするのですが、そんな用途のために今回、持参したうちの1冊が玉村豊男さんの『パンとワインとおしゃべりと』という本。 気軽に読めるごく短い本なので、こちらに到着後に読み始めて、もう読み終わってしまったのですが、やっぱり面白かったです。 書き下ろしもありますが、基本、様々な媒体に提供した食べ物関係のエッセイなので、1話1話は2〜3頁程度のもの。でも、話題の中心は、玉村さんが海外で食した珍しい食べ物の話題なので、食べ物自体のことがいかにも美味しそうに描かれているばかりでなく、その旅先のシチュエーションが面白くて、ついつい読んじゃうんですよね。 で、そんな気軽で面白い話の中にも、時折、「おっ!」と思うような文化的考察も混ざっていたりする。 例えばドイツの豚肉文化の話とか。 ドイツには森がある。広葉樹林ね。で、ドイツ人はこの森の中で豚を飼うと。するってーと豚さんたちは森の豊富な恵みたるドングリをモリモリ食べて太るので、これをクリスマスの頃にとっつかまえてソーセージにしちゃう。これが、ドイツの厳しい冬を乗り越えるための必要不可欠な食料品となるわけ。 で、ヨーロッパはどこでもそういう風習があったのだけれども、フランスやイギリスにはドイツにはない草原があったと。 で、草原があると牛が飼える。そこでフランスやイギリスでは豚を飼う代わりに牛を飼うようになって、牛肉文化が豚肉文化に取って代わってしまったと。 ま、そういう説明を玉村さんはされているのですが、うーん、なるほど!って思いません? そうか、森では豚は飼えるけれども牛は飼えないのか、それでドイツはソーセージか!って。 あとね、魚を直火で焼く文化ってのは、日本を除くと他にはほとんど見当たらない、とかね。 ふーむ、そうか。あの何でも食べる中国人ですら、魚は蒸すか揚げるものであって、直火で焼くものではないし、西洋で魚を焼くと言えばオーブンで間接的に焼くしかないか・・・。そういえば、そうだなあ・・・。 とまあ、そんな感じで、世界の味を現地で味わいながら、その味を作り上げた文化について考えると、色々なことが見えてくる。この本は、その意味で、味と文化を両方味わえるお得な本ということが出来ましょう。 ということで、この本、教授のおすすめ!です。これこれ! ↓パンとワインとおしゃべりと (中公文庫) [ 玉村豊男 ] しかし、イギリスの食文化を考察して・・・と言うより、「まずい」と悪評高いイギリス料理を弁護してベストセラーとなった林望さんの『イギリスはおいしい』にしても、またフランスを中心とし、東欧や中東あたりまで視野に入れつつ、そっち系の食べ物文化を縦横に語れる玉村豊男さんにしても、語る素材が豊富でうらやましいなと。 例えば、じゃあ私にアメリカ料理が語れるかというと・・・どうなんだろう? っていうか、アメリカ料理って何? ハンバーガーとかホットドッグとか? それじゃ月並み過ぎる。まあ、カリフォルニアだとメキシカン料理が色々あるけれど、あれはアメリカ料理なのか? 鮨が変化したカリフォルニア・ロール・・・そんなもん語ってもつまらなそうだし。 ひょっとして、南部はミシシッピ河系のケイジャン料理とかだと、ちょっとはアメリカ固有の料理になるのかしら? だけど、あれは南部料理であって、アメリカ料理と言えるのか? どうもアメリカという国は広大すぎて、また歴史が浅すぎて、これがアメリカ料理というのが確立していないような・・・いや、そう決めつけることが月並みなのかなあ。こういう決めつけを裏返して、「アメリカはおいしい」的な本を書けばいいのか? しかし「アメリカで食べるコーンフレークは旨い!」とか「アメリカのハイウェイ沿いのダイナーで飲む薄いコーヒーは旨い!」とか書いても、はあ?ってな感じになっちゃうよなあ・・・。 林望さんや玉村豊男さんのアメリカ・バージョンを私が狙ったとしても、不発に終わりそうな気配でございます。
September 26, 2017
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今日は日曜日。お勉強は一段落ということにして、ロスはダウンタウンにあるロス最大の古書店・The Last Bookstore に行ってきました。これこれ! ↓ The Last Bookstore ここ、結構色々なメディアに取り上げられていて、私も噂には聞いていたのですが、実際に行くのは初めて。っていうか、そもそもロスのダウンタウンって、治安が悪すぎて、ちょっと行く気がしないんですよね。だから、もう20年くらい前に何度か行って以来、行ったことがなかったの。 じゃあ、今回なんで行く気になったかと言いますと、ロスの公共交通機関「メトロ」がつい最近サンタモニカまで延伸したから。ロス・ダウンタウンとサンタモニカを結ぶ「エキスポライン」は、ロスのメトロ路線の中でも安全だと聞いたのでね。 というわけで、ロス通の私にして、生まれて初めて公共交通機関に乗ってしまったという。 乗り方は簡単で「TAP」という、日本のスイカみたいなのを買って乗るのですが、まあ、割と快適。ただし、エキスポ・ラインで終点の「7th」という駅で一旦降り、「パープル・ライン」という別な路線に一駅だけ乗って「Pershing Square」という駅で降りるんですけど、この一駅だけ乗る「パープル・ライン」がやばい。日曜の昼だからいいけど、夜は乗りたくない感じがぷんぷんするというね。 で、とにかくそこで降りて、2ブロックほどやばそうな浮浪者の人波をかき分けて歩くと目指す「The Last Bookstore」に到着。 で、上に挙げたサイトを見てもらえば分かるように、大きな古書店でありながら、中にはギャラリーあり、土産店あり、LPレコード売り場あり、なんでもあり。しかも、古本を積み上げて出来たレジ・カウンターがあったり、古本で作ったドーム状のトンネルがあったりと、外連味たっぷり。だけど、あまり面白すぎて、本気で本を探す気にならないのがちょっと玉に瑕。 しかし、それとは別に、入り口付近に「レア・ブック・コーナー」があり、ここはなかなか見所あり。レア・ブックだけに値段はそれなりに高いのですが、その分、良い本がずらりですよ。 で、私、結局このレア・ブック・コーナーで買ってしまいました。ヘンリー・ミラーの書いた『On Turning Eighty』という奴。わずか30頁ほどのブックレットで、元の値段は2ドル半。だけど、今ではそれが100ドル。40倍の値段でございます。 しかし、ヘンリー・ミラーのエッセイ集は、私のコレクションの対象なもので。ここは一つ、侠気を出して大枚100ドル、つぎ込みましたよ。 かくして、今日は生まれて初めてロスのメトロに乗り、ロスの名物古書店に見参し、コレクターズ・アイテムもゲットすることが出来たわけですから、なかなかいい経験になったのではないでしょうかね。
September 25, 2017
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サンタモニカに到着してはや4日目、かな? 今回借りたアパートは1LDKなんですけど、これがまた間取りが良くてね。ほんと、アメリカのアパートってのは上手に設計してあるなと。 ただし、造りは悪いよ! 戸棚の戸とか、引き出しとか、どうしてこんなにいい加減に作ってあるんだろうと思うくらい、きっちり閉まらないから。そういう面では、日本の大工さんの仕事ぶりにはとてもかなわない。 つまり日本の大工さんが、アメリカの間取りの家を造ったら、どんなにいいか、ということなんだけどね。 さて、そのアパートにはテレビがありまして。で、そのテレビにアップルTV(&NETFLIX)が付いておりまして。 で、せっかく付いているもんだから使ってみるわけですけれども、すごいねコレ。もう家の中にTSUTAYAがあるようなもんじゃん。何でも見られる。 つまり、もうテレビは流れてくるものを見るのじゃなくて、自分で見たいものを選んで見るものに完全に変わっちゃった感じ。 で、それはもちろんいいのですけれども、その反面、テレビ自体が面白くなくなっちゃった感じがありますな。 つまり時代性がないのよ。「あの頃、『金妻』見たよね〜」とか、「『金八先生』見てた〜」とか、そういう国民共通の話題が無くなっちゃうというか。 このアパートでも、普通のテレビも見られるのですが、そのテレビもケーブルだから、チャンネル数だけは無限にあるけれど、逆にチャンネルが多すぎて見たい番組を探すのが骨。 見たい番組を見るために、何曜日の何時が楽しみ、という感覚、もうロスには無くなってしまったようです。日本もいずれ、そうなるのかな・・・。 さて、そんなロスの今を知るのに恰好のサイトをいくつかご紹介しましょう。 前にこのブログで「TAEKO」さんのサイトをご紹介したことがありますが、あのサイトは今も健在です。これこれ! ↓TAEKOのLAへいこう! こちらはこれからロスに遊びに行こう、ロスで生活しようと思っている人に役立つサイトですな。 一方、今回、こちらに来てから見つけたのが「さとみるくのアメリカ日記」というサイト。これこれ! ↓さとみるくのアメリカ日記 ロスの現地日本人向け無料新聞に『LALALA』というのがあるのですが、さとみるくさんはこの新聞の公式レポーター。こちらはロス在住者のあるあるを日常的な視点で綴っているもの。これはこれで、なかなか面白いです。
September 24, 2017
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今日は懐かしのUCLAに行って参りました〜。っていうか、それが目的でここに来ているわけですが。 が! その前に・・・早めの昼飯っしょ。 で、いつもですとUCLA構内のアッカーマン・ユニオンというところにある学生食堂的なところで食べることが多いのですけれども、今日はちょっと趣向を変えまして、有名なハンバーガー・チェーン、「In-N-Out」で食べることに。 私はハンバーガー・チェーンの中ではこれまで「バーガーキング」のファンで、そこの「ワッパー」を食べることが多かったのですが、先日、アメリカのハンバーガー・チェーンのランキングでバーガー・キングがなんと万年最下位のマクドナルドのすぐ上のブービー賞でしかなく、逆にランキングの2位に位置するのが「In-N-Out」 であることを知ったから。ええ、In-N-Out ってそんなに美味いの?これこれ! ↓アメリカ・ハンバーガーチェーン・ランキング で、そうであるならば、UCLAのあるウェストウッドの街に In-N-Out があるので、今日はそこで食べてみようと思い立ったわけ。 で、実際に店に入ると、ここはメニューが極端に少なくて、実質ハンバーガーとチーズバーガーくらいしかない。ただし、そこから個別の要望を受け入れるところが味噌で、たとえばパテを3枚にしてくれとか、グリルしたオニオンを挟んでくれとか、肉の焼き方はウェルダンにしてくれとか、カスタマイズできるわけ。で、そのカスタマイズの定石が「アニマル・スタイル、グリルド・オニオン添え」で、今日家内と私が注文したのもそれ。 で、食べてみた。 う、まーーーい! 美味いね、これ。挟まっているトマトやレタスなどの野菜がシャキシャキなのもいいし。あと、一緒に頼んだシェイクも、まさに飲むアイスクリームという感じ。実に旨し。 ということで、これからはワタクシ、全米2位の人気ハンバーガーを食べたことがあるぜ、と、自慢できる身になった次第。目出度し、目出度し。 さて、お腹がいっぱいになったところで我々が向かったのはUCLAに数ある図書館の中でも最大規模を誇る通称「YRL」、チャールズ・ヤング記念リサーチ・ライブラリーでございます。 この図書館こそ、今を去ること20年ほど前、私がライフワークとなるペーパーバック研究を始めた場所でありまして、いわばアメリカ文学研究者として、とりあえずいっちょまえになるきっかけを与えてくれた、私にとってはかけがえのない場所。その後も何度となくお世話になってきた図書館ですけれども、いつ来ても懐かしいですなあ。 で、何しろ勝手知ったる他人の家ですから、もう勝手にずんずん入って勝手に調査開始。探していた資料はもとより、気づいていなかった資料までサクサクと探し出し、家内の手助けでじゃんじゃんコピーして、比較的短時間にしてバッチリの成果。いやはや、やはりこちらの主要大学の図書館のパワーというのは計り知れませんな。 かくして、満足の成果を得た私。今日のところはこれまでと帰路についた次第。ま、帰りがけにアッカーマン・ユニオンに立ち寄って、甥っ子や姪っ子たちに頼まれていた「UCLAグッズ」をしこたま買ったりもしましたけれども。 それにしても、今日はずっと立ちっぱなしで作業していた上、広大なUCLAのキャンパスを歩き回ったので、さすがに足が棒。充実感はありますが、ちょっと疲れたので、明日は少しゆっくりして、今日ゲットした資料の整理でもしますかね。
September 23, 2017
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さてさて、サンタモニカで迎える初日。まだ時差ボケが残る中、とりあえずこれだけはやっておかなくてはということで、家内と私が向かったのはサンタモニカ・ピア。太平洋に突き出す桟橋で、ここがあの有名な「ルート66」の最終地点でございます。 今日のロスは気温21度くらい、日差しはまだ多少暑いけれども、風が涼しいので、桟橋を散歩するには絶好の日和。桟橋では、様々な人種と老若男女がなごやかに混じり合う、まさにロス最良の雰囲気。ニューヨーク、シカゴ、ボストンなどと比べても、やっぱり私はロスが一番好きかな。 さて、吉例のサンタモニカ・ピア詣でを終えた我らが次に向かったのは、サンタモニカ・パブリック・ライブラリー。何しろ宿から歩いて行ける一番近い図書館なので、ひょっとして仕事に役立つ何かがあるかなと、様子を見に行ったわけ。 だ・け・ど。 そこそこ大きくて近代的な図書館ではありましたが、やはり公共図書館の悲しさ、自己啓発本の実物は多数揃ってはいても、研究書がない。資料になる文献がない。うーむ、やはりここは仕事では使えないかな・・・。 かくして当初の甘いもくろみがあっさり崩れたので、早々に引き上げることに。 で、その後はとりあえず昼食を取り、一旦家に戻ってから馴染みの「ラルフス」というスーパーマーケットにクルマで向かい、そこで生活必需品やら食材やらを買い揃えて帰宅。後は日本から持って行った仕事用の資料などを読んだりして過ごしたのでした。 ところで、今日のところはそんな感じで軽いジャブを繰り出すくらいで終わってしまったのですが、そんなゆるい調子にも関わらず、いくつか気づいた点が。 サンタモニカに来るのは4年ぶりですけれども、色々なことがちょっとずつ変わったなと。 まずお店が結構つぶれている。おや、前に来たときはここにアレがあったのに、と思うことがしばしばあるんです。特にスーパーマーケットの勢いがないというのか、以前来た時には躍進の最中だった自然派志向のスーパーマーケット「ホールフーズ」のサンタモニカ店がつぶれていたのにはビックリ。今日、わざわざクルマに乗って遠くのラルフスに行ったのは、ここがつぶれていたからなんですが。 それから、昔はタダだったものが有料になっていたということも多々あります。スーパーでもらえる袋にしたって、むかしはタダでふんだんにくれたものですが、今はすべて有料。小さな食料品店でホットドッグを買った時、それを入れる小さな茶色の紙バッグすら「10セント」と言われたのにはビックリ。ええ? こんなものまで有料なの? あとね、ホームレスの数が大分増えましたね。ホームレスの人に無料の食事を配るところがあるのですが、ちょっとした人だかりですもん。 まあ、全体として、アメリカの景気も若干下り坂なのかなと。初日の印象としてはそんな感じでしたね。初日の感想というのは、案外、正しいことが多いですから、実際にそうなのかも知れません。 それにしてもひとつ、特に残念だったのは、ロス最良の本屋とも言われていた「アルカナ・ブックス」という書店が無くなっていたこと。前回来た時にここに寄ってすごくおもしろかったので、「今回もあるかな、あるかな・・・」と期待して行ったらないんだもん。ま、ここはつぶれたのではなく、カルバーシティという町に移転したそうですが、サンタモニカとしては、魅力が一つ減ったなと。 ということで、サンタモニカの初日はこんな感じで過ぎて行ったのでございます。
September 22, 2017
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ひゃー、ロスに到着いたしました〜! もうね、今回はちょっとしたトラブル続きで、前の晩から大騒ぎよ。 まず、出発前日の夜、冷蔵庫は空なので、外食したのですが、帰って来たら家のドアが開かないじゃない。家の中に入れないんだから。 こんな時に鍵の故障かよ! 複雑な鍵だから、総簡単に直せないし、そもそもこんな夜では鍵を解錠する会社だって閉まっているでしょう。それに明日直すとなったら、出発できないじゃん! 困ったことになったぞ、とかなり焦りながらさらにがちゃがちゃやっていたら、神の助けか、ふいにオープン! かすかに手前に引きながら解錠すると開くことが判明! 助かった! でも、ヒヤヒヤしちゃったよ! で、出発当日。お昼まえにさあ出発だとエレベータを呼ぼうとしたら、運悪くエレベータが定期点検中じゃないの。 ええーーー! 一個20キロのトランク2つ、9階から階段で下ろすのかよ! でもそうしないわけにはいかないので、やりましたよワタクシ。もう逆シューシポスのごとく、トランクと格闘。でも、1階までたどり着いた時には、今日1日分のエネルギーを使い果たしたという。まだこれから先が長いというのに! で、セントレア空港に到着して、搭乗手続きを済ませ、昼飯を食べたのですが、腕がパンパンで箸が上がらないというね。 で、成田までは順調な飛行だったのですが、成田・ロスアンゼルス間の気流が悪かったのか、9時間揺れっぱなし。落ちるはずないとは思いながら、あまりいい気分ではないよね・・・。着陸も、かなりスリリングでしたよ! まあ、それでも、とにかく無事にロスに到着したのですから、神様に感謝ですわ。 で、空港で馴染みのレンタカー会社からアクア(現地名プリウスC)を借り、405、10、リンカーンと通ってサンタモニカのアパートまで。久々の左ハンドル車に緊張しながらも、いきなり事故を起こしたりもせずアパート着。 今回借りたアクアですけど、意外に走りやすいですなあ。前に北海道でレンタカーした時は、ブレーキが甘いのが気になって堪能できなかったんですけど、今回は割といい感じ。燃費もいいだろうから、ガソリンスタンドに寄る手間が省けそうです。 で、荷物を解いたら疲れがどっと出て思わず4時間くらい爆睡。 そして夜8時頃に目が覚めたので、とりあえず外に出て、サンタモニカ・サードストリートのプロムナードを散策、途中、サンタモニカ・プレイスのフードコートでピザを食べて夕食ということに。そして、今、アパートに戻ってのんびりしているところ。 ということで、今回はトラブルがらみの慌ただしい出発となりましたが、とにかく無事にこちらに到着したので、まあ良かった、良かった。 さて、明日はどんな冒険がありますことやら。乞うご期待ということで!
September 21, 2017
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さあてと。明日はいよいよロスへ向けて出発でございます。 荷物を詰めるのは、パッキングの天才である家内に全部任せてあるとはいえ、なんだか落ち着かなくて。セントレアの駐車場の予約はちゃんと出来ているか? セントレアでの搭乗手続きはどうするんだっけ? 向こうについてから、レンタカーの店まで行く手順は? 借りたアパートに着いたら、どうやって中に入るんだっけ? 等々、考え出すとソワソワしちゃう。ダメですなあ、旅慣れないというのは。 で、落ち着かないから、髪の毛を切りに行っちゃった。普段だったらまだまだ切らないんですけど、向こうでむさ苦しくなるのもアレかと思って。だから、今日は簡単に10分カットの店に行くことに。そしたら、案外上手に切ってくれて、今後はずっとここでもいいかな、なんて。 そんなこたあ、どうでもいいか。 とにかく、次回の更新は遥か遠くロスからとなります。さてさて、今回はどんな収穫があることやら。乞うご期待ということでひとつ。 それでは、本ブログ愛読者の皆様、道中の無事を祈っていて下さいね~!
September 19, 2017
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ひゃー、ロス出張が目前に迫ってきました。 こういう時、旅慣れている人というのは、少しも動じないんでしょうけれども、私は長旅の前というのはどうも苦手でね。なんかこう、そわそわしちゃって落ち着かない、落ち着かない。忘れものはないか、あれを持っていった方がいいんじゃないか、これはひょっとしていらないか、などなど、頭の中が空回りするばかりで。 で、ロスに行くとなると、向こうに親友夫婦がいるものですから、彼らに何をお土産に持っていけばいいか、というのがいつも悩みの種なの。 しかし、奥さんの方は割と簡単なんです。というのは、彼女には日本の「プチプラ・コスメ」を持っていけばいいから。 プチプラっていうくらいですから、値段は安いんだけど、コスメ用品ってのは、洋の東西を問わず、女性にはありがたいし楽しいものですからね(そうなんでしょ?)。いくらあっても、邪魔ということもないし、サイズ的にもコンパクトだから、日本から持っていくには最適にお土産ですわ。 一方、男の友だちに持っていくお土産というと、これがなかなかないんだなあ・・・。 で、いつも奴のために持っていく土産ものの選択には苦労するんですけど、そしたら家内がいい案を出してくれまして。 日本のハイテク・文房具を持って行ったらどうかと。 例えば、針を使わないステープラーとか。 例えば、こすって消えるボールペンとか。 例えば、超書き味のいい「ジェットストリーム」とか。 例えば、超性能のいいテープ糊とか。 こういうの、実際使えば便利だしね。モノづくり日本の実力も示せるし。どう? というわけで、今回の奴へのお土産は、日本製すぐれもの文房具に決定! さてさて、それはそれでいいとして、あと、何を持っていけばいいんだ? あー、そわそわする~!!
September 18, 2017
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今日は義母の一周忌ということで、法要を営んで参りました。本当は9月30日だったのですけど、少し早めに、ということで。 それにしても、もうあれから1年経ったのかと思うと、月並みな言い方ですけれども、ちょっと愕然といたしますね。 昨年の今頃は、なんか辛かった・・・。まず自分が締切間近の原稿を抱えていて、それが間に合うか間に合わないか、ギリギリのところを這いつくばって進んでいたのが一つ。で、それに加えて、義母の具合がお見舞いに行く度に顕著に悪くなっていくのを傍で見ているのも辛かった。義母に付きっ切りで献身的な看病をしている義父をサポートするためと、もちろん自身、母親の看病をするために家内もまた病院と実家に行っていることが多かったものですから、私も出来合いの弁当で一人夕食を済ますことが多くなり、それがまた一層、侘しさを増幅させたものでした。 で、9月29日の深夜11時頃に義母を病院に見舞い、夜中の1時頃家に戻って原稿を書き、明け方の4時頃に書き上げてメール送信、少し寝て、翌日、岡山で開催されたアメリカ文学会の全国大会に向けて出発したのですが、岡山駅に着いた瞬間、義母が亡くなった旨の知らせを受けたのでした。 あれからもう1年・・・。 その間、私もまた父を失ったのだよな・・・。 今日、坊さんの読経を聞きながら、そんなことをつらつらと考えておりました。 法要の後、坊さんの説教があり、四苦八苦とは何ぞやという話の中で、四苦とは「生苦」「労苦」「病苦」「死苦」のこと、これに「愛別離苦」「怨憎会苦」「求不得苦」「五陰盛苦」を合わせて八苦というのだが、要するにこういう苦しみは、人間の努力では逃れられないと。だから、それから逃れるのではなく、それを抱えて生きる道が、要するに仏の道であると。 キリスト教的に言えば、皆十字架を抱えて人生を歩いておるのであって、その苦難の道を一緒に歩いてくれるのが、仏でありまたキリストであると。そういうことなんでしょうな。 まあ、そうかもね。「これらの苦から逃れる道はない」と喝破してくれたところが、仏教の潔さかな。 母に死に別れ、父に死に別れるってのは、上に挙げた中では「愛別離苦」にあたります。愛する者と別れなければならない苦しみですな。だから、一周忌なら一周忌の節目に、「もうあれから1年経ったのか」と思い返し、愛別離苦を再度味わうこともまた、供養のうちなのでありましょう。 だから、今日はそういう日なんだと思って、一緒に食事に行った時など、私の早飯を面白がって「釈さんは食べるのが本当に早いね」と半ばあきれていた義母の慈顔のことを思い出すことにいたしましょうかね。
September 17, 2017
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8月に実家に居た時、南大沢のアウトレットに行った話を書きましたけれど、あの時、靴を二足ほど買おうと思って、結局一足しか買えなかったんです。で、それを補うべく、岐阜県土岐市にある別なアウトレットに行っちゃった。 で、これはと思うビジネス・シューズを望み通り一足ゲット! 靴底に特殊なメッシュ素材が使われていて、雨は滲みて来ないけれども、靴の中の湿気は外に放出するという優れもの。とはいえ、外見はオーソドックスな紐靴ですから、ビジネス用として十分機能する。それでいてアウトレット価格ですから、通常の値段マイナス4000円くらい、かな? いい買い物でした。もちろん、家内は家内でちょっと変わった素材の黒いボトムスを買って大満足。 それにしても、思うに私、買い物が好きなんですな。モノに執着する性質だからね。自分のものを買うのも好きだけど、家内の服を選ぶのも好き。 で、特に好きなのは、夕方から郊外のアウトレットに出かけるというパターン。ちょうど我々が到着して買い物を始める頃、多くの客が帰り始める、そんなのが好きなのよ。 で、陽が落ちて、段々暗くなってきて、客はますます減って来て、アウトレット全体が我々だけのものになる、みたいなのが好き。 ほら、子供の頃、深夜のデパートに忍び込んで、悠々と一人で買い物をする、なんて夢想を抱いたことってありません? 平日午後7時頃の郊外のアウトレットなんて、まさにそんな夢想が実現する時間帯ですよ。すごく気分がいい。 で、8時になってさすがにすべての店が閉まる頃、アウトレット内のレストランにしけこむわけ。ここだけは9時頃までオープンしてますからね。で、我々が土岐のアウトレットでよく行くのが「寅福」という和食のお店。ここは、炊き立てのご飯がいくらでもお代わりできるのですが、この時期ですと「サンマとしめじの炊き込みご飯」なんてのが選択肢にある。もちろん、私はそいつを二杯も食べちゃった! というわけで、思い通り靴も買えたし、サンマの炊き込みご飯も美味しかったし、家内も喜んでいるし、なかなかいい初秋の一日だったのでした。
September 16, 2017
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昨夜遅く、テレビを観ていたら、NHKで大工のマイスターになるための修業をしているドイツの若者たちに取材したドキュメンタリーを放送していて、それがあまりにも面白かったもので、つい最後まで観てしまいました。 ドイツでは職人のことを「マイスター」としてリスペクトする、というのは何となく聞き知ってはいましたが、実際にマイスターになるのってのは、それこそ日本で言えば司法試験を通るような狭き門らしくて。 で、大工さんの場合、学校に通って試験を受けて、という形でマイスターになることも出来るのですが、もう一つの道として、「ヴァルツ」を行うことでマイスターになるという方法があると。 じゃあ、この「ヴァルツ」ってのは何かと言いますと、3年と1日の間、ドイツ国内外を旅して、地方地方で雇われながら、大工としての腕を上げていくというもの。ちなみに3年と1日の間、親が死なない限り、故郷には戻れないというのが決まり。しかも、持ち物はわずかな着替えと蔓性植物で出来た杖のみ。日本のお遍路さんのように独特の衣装があって、この黒づくめの衣装によってこの人が「ヴァルツ」であることが社会的にも認識されるようになっているんですな。 で、その状態で放浪しながら、行く先々の工房であるとか、建設現場に飛び込みで「雇ってくれ」と頼むわけ。だけど、そうおいそれと雇ってくれるところばかりではないので、職に就けないまま何週間も放浪し続けることもままある。その場合、お金も尽きてしまうので、野宿したりしながら旅を続けざるを得ない。つまり、ヴァルツというのは相当に厳しい道行になるんですな。だからこそ、それを3年と1日の間やり続けることで、大工としての腕だけでなく、並々ならぬ精神力も鍛え上げられると。 加えて、地方や国によって大工の流儀も様々ですから、例えば屋根の作り方にしたって、地域毎に角度が違ったりする。で、そういう地域毎に異なる大工仕事のやり方を実体験によって覚えて行くわけですから、ヴァルツを経験すると、それだけ様々なノウハウが蓄積されていくわけですよ。それは、当該のマイスターの卵にとっては、貴重な経験となることは間違いない。 一方、ヴァルツは旅から旅へ、諸国を放浪していくので、その間に経験したこと、見聞したことは、行く先々の町や村の人々にとっては珍しいことばかりなわけ。だから、ヴァルツを受け入れることによって、彼から色々な珍しい話を聞くこともできるし、別な地域の大工仕事のやり方などを学べるわけですから、受け入れ側にとってもメリットがある。これが、ヴァルツという制度が中世以来、800年の伝統を保っている所以でもあるわけですな。 で、番組では3人のヴァルツに密着していたのですが、本当に優秀な大工で、順調に旅をこなしている奴もおり、引っ込み思案のせいか、なかなか職を得られず、苦労している奴もおり、といった具合で、ヴァルツにも色々ある。それでも、やっぱりマイスターを目指す若者たちの苦闘というのは、それ自体、美しいものでありまして、3人それぞれを応援したくなるわけ。 というわけで、ドイツで800年の伝統を今に保つヴァルツという制度のことを知り、その制度としての素晴らしさに感服すると同時に、この年齢になっても、私は身近な外国のことすら何も知らないんだなということを痛感させられたのでした。 ところで。 このヴァルツというドイツの制度を踏まえ、漫画の原作とか書けないかなと。 日本で、立派な大工になることを目指す三人の若者がいる。この三人が、それぞれ、真の棟梁になることを志して、日本各地を経巡りながら修業をする、その苦闘を描くというね。どう、このアイディア? で、日本のどこかで、この三人のうちの誰かと誰かがニアミスですれ違う、なんてストーリーもいいじゃん? あるいは、三人のうち、一人は死ぬことにしようか。何らかの理由で。志半ばで。悲劇的要素もすこしばかり入れておかないとね。 あるいは、三人のうちの二人が、協力して何かを作るシーンも入れますか。式年遷宮で、宮大工を勤めるとかいう理由で。そこはもう、露伴の『五重塔』みたいな感じで。 おお、なんかいい感じがする~! はーい、不肖・釈迦楽と組んで『平成ヴァルツ!』を完成させたい漫画家の方、こちらにご連絡くださーい!
September 15, 2017
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うちの大学、入試のシステムががらりと変わりまして。 もうね、学力試験がどんどん減って、小論文ばっか。 要するに、二次試験の受験科目を減らすと、受験生が増える、受験生が増えると、受験料が入るので儲かると、そういうことなのよ。文科省がお金をくれないもんだから、そういうことをして収入を増やすしかないと。 だから、英語専攻以外の専攻で、入試として英語を課すところがほとんどなくなっちゃった。英語専攻の定員なんて30人くらいだから、その3倍が受験するとしても、せいぜい100人くらいなもんじゃないの? 私がこの大学に赴任した頃は、ほぼすべての専攻が英語を課していたので、2000枚以上の答案を採点しなくちゃならなかったわけ。だから、15人くらいで採点していて、まるまる2日かかったのよ。だけど次の入試では、おそらく100枚くらい採点すれば終っちゃうでしょう。時間で言ったら、せいぜい1時間の作業じゃないか? 隔世の感ありとは、まさにこのこと。 だけどさあ、受験料欲しさにそんなことしていいの? 英語の試験って、単に外国語能力を試すだけではなくて、文章の理解力とか、文章の表現力とか、あるいは一般的な意味での勤勉さとか、そういうものも含めて、受験生の能力を測る上で恰好のスケールだったはず。それを課さないって、本当にそれでいいんだろうか。 それに、小論文って、受験生の誰もが「私はこの大学に入って頑張りたい」って書くわけでしょう。要するにきれいごとを書くわけだ。しかも、出題の傾向なんて容易に予想できるので、予備校でさんざん準備してきたことを書くことになる。そんなので、どうやって合格・不合格のラインを決めるの? 小論文によって、学力よりもやる気を測る、なんていうと体裁はいいけど、実質、意味ないと思うな。結局小論文では差がつかず、センター試験の結果だけで合否ラインが決まることになる。それじゃ、二次試験を課す意味がそもそもないじゃん。 しかも、入試の方針転換のような重要なことを、教授会を通さずに、執行部の意向だけで決めちゃうんだからね・・・。文科省が「学長のリーダーシップを強める」という方向性を打ち出しているので、そういうことになっちゃうのですけれども。 民主的でアカデミックな大学の在り方というのは、かくのごとく、蹂躙されております。これが日本の教育行政だよ。 ほんと、情けないなあ・・・。
September 15, 2017
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母の句歴30年を祝う句集を編集しているのですけれども、今日で差し当たりパイロット版となる第1稿を完成! ま、前回の父の句集の時は、最初から「写真俳句集」と銘打ち、俳句と写真を組合せる形で編集したのですけれども、今回の母の句集も、結局それと同じ体裁とし、母の作った俳句に適宜ふさわしい写真を付す形にすることにしました。 それには、理由がありまして。 母はとある俳句の結社に入っているもので、同人の方たちからやたらに句集をいただくわけ。で、そういうのをパラパラと見ていると、素人目にはなかなか良さが分らないんですな。だって、全頁にただただ俳句が並んでいるだけだから。もちろん、もともと俳句に興味がある方なら、一つ一つ読んで行って堪能できるのかも知れませんが、そうでなければ、最初から読む気が失せてしまうんですわ。 一方、昨年私が編集した父の写真俳句集は、写真が配されているものだから、パッと見きれいなのよ。単純に、見て楽しい。それはもう、写真というメディアの持つ圧倒的な訴求力というものでありまして。だもので、その一枚一枚の写真に添えられた俳句も、つい読んでしまうという。 そういう意味で、少なくとも一般人の作った俳句集であるならば、俳句だけがずらずら並んだ俳句集より、写真を多数配した目で楽しめる俳句集の方が絶対いい! というのが私の持論なんです。 というわけで、母の俳句集も写真俳句集にしちゃったんですけれども、じゃあ俳句は母が作るとして写真はどうするか。 当然、父のパソコンのファイルから取り出した膨大な写真のストックから選ぶわけよ。そうすれば、母の俳句に父の写真を付した、いわば「婦唱夫随」の写真俳句集になるので、父も草葉の陰で喜んでくれるだろうと。 かくして、私が父の写真ストックをあれこれ見ながら、「母のこの句には、この写真が合いそうだな」と思うものを当てはめていく作業をしていたのですが、一応、今日でその作業が終了。トータルで100ページ弱ほどの第1稿が完成と。あとは、母にそれをチェックしてもらって、俳句や写真の入れ替えなどをし、また母に「あとがき」を書いてもらうなどして、最終稿を決定していく作業に入ります。そういうのを少しずつこなしながら、年内には印刷所に入稿し、来年1月末の完成を目指す予定。母の誕生日が2月13日なので、それに間に合わせようと思いまして。 あ、そう、あと句集のタイトルも考えてもらわなくては・・・。これがね、結構、重要でありかつ難しいのよ。子供に名前を付けるのと同じで、親の期待を込めて付けるべきなんだけれども、あまり期待を込めすぎると、当該の子供の実力を名前が上回ってしまってまさに「口ほどにもない」になってしまうのでね。 ま、その辺は母に悩んでもらうことにしましょう。母も頭を使わないと、一人になってボケちゃいますからね。 でも、ま、第1稿を見る限り、結構いい感じの俳句集になりそうなので、いささか自画自賛(いつものこと)ですけど、とりあえず良しとしておきましょうかね。
September 13, 2017
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我が愛車、ルノー・キャプチャー君ですが、このところ東京と名古屋を往復することが多いもので、やたらに走行距離が伸び、わずか半年ちょいで1万4千キロくらい走っちゃった。ということで、今日はエンジン・オイルの交換にルノー・ディーラーまで行ってきました。 そしたらディーラーにでーんと展示されていたのが新型SUV「カジャ」。私のキャプチャーより二回りくらい大きいSUV。 だけど聞いてみたら、アレなんですってね。エンジンはキャプチャーと同じ1.2リッター・ターボなんですと。ふーん、そんな小さな排気量で、こんな大きいクルマ、ちゃんと動くのかね? 変速機はキャプチャーの6速乾式DCTに対し、カジャは湿式の7速DCTなんですと。まあ、ギアが一段多い分、ローギアードに振ってトルクを稼いでいるのでしょうか。 でも、ま、別に興味無し。私のキャプチャーで十分満足。 さて、作業時間の間、ずっとディーラーに座っているのもつまらないので、近くにあるイオンの中の本屋さんで時間をつぶすことに。 で、例によって「自己啓発本」コーナー的なところをチラ見したんですけど、そこで目に飛び込んできたのが内村鑑三の『代表的日本人』。もう、目に飛び込んできた途端、二度見しちゃったよ。 なんで二度見したかというと、それが本ではなく、CDだったから。 そうかい、そうかい。今、日本では、内村鑑三大先生の『代表的日本人』なんて小難しそうな著作物を、CDとして、耳で聞くのかいと。すごいね。シュールだわ。 で、その時、ふと思ったのだけれども。 昨日読んでいた渡部昇一大先生の『エマソン 運命を味方にする人生論』によると、内村鑑三という人はエマソンの影響を受け、無教会派のキリスト教を信奉していたそうなんですな。ま、内村の他にも畦上賢造、関根正雄、南原繁、矢内原忠雄、斎藤宗次郎、、田中耕太郎(後に改宗)などといった面々もエマソンの影響を受け、無教会派の山脈を構成したそうですが。 で、その内村鑑三が『代表的日本人』を書いたということは・・・そりゃ、もちろん、エマソンの『Representative Men』(代表的人間像)の二番煎じを狙ったんだとしか思えないじゃない。 ま、きっと専門家の間では有名な話なんでしょうけど、実感として私もそう理解できたわ。 ということで、この辺りのことについては、少し調べてみようかなと思った今日のワタクシなのであります。 一つのことを考え続けていると、どんなところにもヒントが転がっているもんですな。 それが「引き寄せ」なんだけどね。代表的日本人 [耳で聴く本オーディオブックCD] (<CD>) [ 内村鑑三 ]
September 12, 2017
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昨日、古本で買ってきた渡辺昇一さんの『エマソン 運命を味方にする人生論』という本をざっと読んでしまいましたので、心覚えをつけておきましょう。 この本、一応渡部昇一著となっていますが、あとがきを読むと口述筆記らしいですな。平成25年刊の本ですから、渡部さんにとって晩年の本になるわけですけど、この頃になると口述本も多かったのでしょうかね。ま、そうじゃなくちゃ、晩年に至ってあんな勢いで本なんか出せないでしょうけどね。 口述筆記本を一概にけなすわけではありませんが、まあ、そういうものである以上、さほどアカデミックな内容を期待できないのは仕方ありません。晩年の渡部昇一に果たして誰がアカデミックなものを期待したか、というのはアレですけれども。しかしそれはまた、エマソンなんてものは非アカデミックに語ってもいいんだ、っていうアレの一つの証左であるかもしれない。アレ、アレって、何がアレなのか分かりませんが。 で、本書の構成はと言いますと、最初にエマソンの生涯についてざっくり説明された後、渡部昇一さんがエマソンのエッセンスと信じる『自己信頼』という本から印象的なフレーズを35ほど選び出し、その一つ一つについてつれづれなるままに思いついたことをそこはかとなくしゃべりちらすという、そんな感じ。もっとも渡部さんによればエマソン自身が論理的な人ではなく、心に思いついたままに喋っていたそうなんですから、ひょっとするとこういう扱いこそがエマソンにはふさわしいのかも知れません。 一つ例を挙げるならば、「世間がこぞって反対の声をあげるときこそ、にこやかながら確固として、自分の内面から湧き出てくる印象に忠実であれ」というエマソンの言葉を発端として、「そういえば六十年安保の時に・・・」という渡部さんのつれづれなる思い出が語られる。あの時、世の趨勢は安保改正反対一色だったけれども、渡部さんは岸信介首相の安保改定案の方が良いと思ったと。そこで勤務先の上智大学内で安保改正賛成派の先生方を募り、「岸首相を励ます会」を組織して、応援の手紙を送った。「結局、安保は改定されて、その後、今日に至るまで五十年以上、あのときの枠組みの中で日米関係は続いています。それを見るにつけ、『ああ、あのとき発信してよかったな』と思うのです」(74-75ページ) はいはい。そうですかそうですか。 ま、大体こんな感じですよ。でまた、渡部さんの回想に登場する・・・ということは渡部さん好みの人たちってのが、岸信介、松下幸之助、渡辺和子、坂井三郎(ゼロ戦のパイロット)、マーガレット・サッチャー、本田宗一郎、中内功、竹村健一、外山滋比古、徳富蘇峰、大内蔵之介、白川静、伊藤仁斎・・・とか、そんな感じの人達で、いわば渡部ファミリーですな。で、こういう人たちのことをエライって言い切っちゃうところが、渡部さんの渡部さんたる所以。もちろん、偉いんですよ、この人たちは、それぞれ。だけど、なかなか素直にエライって言えないのが学者の衒いと言うものでありまして、それがないのが、すなわち渡部昇一であると。あるいは、通俗的なものを敢えて評価することで、アカデミズムにチャレンジするのが渡部昇一であると。 ということで、この本を読んで特に何か、アカデミックな意味で得るものがあったかと言いますと、それはアレなんですが(また「アレ」かよっ!)、前半の、エマソンの生涯を云々した部分で、色々再確認したところはありました。箇条書き風に記しておきますと・・・○戦後アメリカで流行った「ポップ・フィロソフィー」、その代表者がエマソンである。○ソクラテス、アウグスティヌスからデカルト、ルソーまで、哲学者とは哲学的に人生を生きる人の謂いであり、哲学とは即ち「生き様」であったのだが、カント以降、哲学は学問になり、大学内に封印されるものとなった。その意味で、エマソンはカント以前の哲学者タイプであり、それゆえアカデミックなフィールドでは「通俗的」として顧みられることがないが、「soul-searching」と「self-culture」を促す人生訓として今なお人気がある。ジョン・デューイがいみじくも言ったように、エマソンは「philosopher of democracy」であった。○エマソンは兄のウィリアムがドイツ・ゲッチンゲン大学に留学したこと、及び、ゲッチンゲン大学で学んだ師をもったことにより、聖書をテキストとして読む高等批評の態度を身に着けた。一方、ハーヴァード大学での神学の勉強の過程で、自分にはジョン・ロックやサミュエル・クラーク、デイビッド・ヒュームのような緻密な論理構成が得意でないことを自覚。次第にしきたりや論理ではなく、直観(ディヴァイン・リーズン)を重視する方向に移行していった。○エマソンが既存の教会とそりが合わなくなったのは、彼が教会の重要な行事である聖餐式をユダヤ人の慣習ととらえ、それを真似する必要はないと考えるようになったのが一つのきっかけであった。○エマソンは人間の能力を「悟性」と「理性」に分けて捉えていた。前者はunderstanding であり、感覚から入ってきた情報をもとに推論する能力であるのに対し、後者 (reason) は感覚を超越(トランセンド)するものであり、エマソンはむしろこちらを重視。そこから神と自分は繋がっているという発想を得る。○エマソンが、自分と世界がつながっているとの啓示を受けたのは、1832年から翌年にかけてのヨーロッパ旅行中、パリのジャルダン・デュ・パレロワイヤル成る植物園で、偶然サソリを見かけ、このサソリとも自分は繋がっているという直観を得た時。これはダーウィンの進化論に50年先立つ。○こうした「自分が宇宙とつながっている」という直観が、エマソンとスウェーデンベルグの絆であるに違いない。○エマソンは理神論者にして神秘主義的な傾向のある叔母メアリーの影響で読書家になるが、後には読書などしなくていいと言い出すなど、朝令暮改の傾向があった。首尾一貫することよりも、その時々に応じて自らの直観に従うことを重視したためか。 ○エマソンは晩年に向かうに従い、どんどん人気が上り、彼の家が焼けた時には、その再建費用は寄付により賄われ、再建されている間、ヨーロッパ旅行に行けたのも人々からの寄付による。また彼が帰国した時には、小学生の楽隊まで出て歓迎の祝賀行事が行われた。○エマソンの伝道の核心は、ある人の言うように「Be all that you can be.」であり、これがアメリカン・ドリームの基礎となった。エマソンがポップ・フィロソフィーの元祖と言われる所以がここにある。○オバマ大統領も、エマソンの信奉者であった。(確かに、「Yes, you can.」だからね。) ・・・とまあ、そんなところかな。いや、でもこういう情報&まとめは、たとえ大ざっぱなものであっても大いに役に立ちます。エマソンに対する自分なりの理解を再確認できますからね。 というわけで、この本、私にとっては役に立ったとも言え、そうでもなかったとも言えますが、エマソンの何たるか、晩年の渡部昇一の何たるかを知り、ついでにちょっと自己啓発も出来るという意味では、アレかも知れません。(また「アレ」か・・・)。一応、ご紹介はしておきましょうかね。エマソン運命を味方にする人生論 [ 渡部昇一 ]
September 11, 2017
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昨日、甥っ子と事業を興すという話になり、その後日談なんですけど、とりあえずユーチューバーになるのはどうだ、という話になりまして。 で、例の「毎日ラーメン健康生活」でお馴染み「SUSURU TV」的なものを狙うとして、じゃあ、我々に出来ることは何なのかと。 で、ならば私が「毎日古本生活」というのをやってYouTubeに上げるのはどうかなと。 「ズルズル。どうもー! SUSURUでーす!」という、SUSURU TV 冒頭のコールを模して、「ペラペラ。どうもー! 釈迦楽でーす!」みたいに私が登場するってのはどう? 「毎日古本生活ということで、やっているんですけどもね、今日は永山にあるブックオフにお邪魔してみました。じゃあ、早速入店!」(オウ!) みたいな。 ・・・古本だと、ラーメンより視聴者が限定される気がする・・・。 だけど、人気ブログで「古本屋ツアー・イン・ジャパン」ってあるからね。あれはブログだけど、あれをYouTube版にする感じになるわけだ。20万アクセスくらいは行くかも。やってみる価値、あるかもね。 さて、それで今日は実際に行って来ちゃったんですわ、そのブックオフ永山店に。 なんでわざわざ今日、ここに行ったかと申しますと、ちょいと不要になったラジカセだの古いミニコンポとか、そういうのを処分したかったから。 で、とりあえず売ってみたところ・・・200円で引き取りだってさ。ま、普通に捨てようと思ったら、逆に300円くらい支払わないといかんそうなので、差し引き500円くらい得したと考えましょうかね。 で、もちろん、せっかく行ったからには古本も見たのですが、今日の収穫は以下の通り:○宮部みゆき『ぼんくら』(上下)各108円○林望『知的な大人へのヒント』200円○林望『トッカータ 光と影の物語』200円○林望『帰宅の時代』108円○渡部昇一『エマソン 運命を味方にする人生論』760円 とまあ、こんな感じ。最後の本は、ちょうど今、日本におけるエマソンの自己啓発思想としての受容、みたいなことを考えているので、なかなかいい資料になるかなと。 ま、ステレオやラジカセは200円という値段でとられ、本は1480円くらい買わされ、結局、勝ち負けで言ったら私らの負けでブックオフの大勝ちなんでしょうね。商売ってのは、そういうもんなんでしょうけれども。 ただ、永山のブックオフ、LPレコードは一つも売っておりませんでした。その意味では、町田駅中央通りにあるブックオフって特殊なのかもね。また町田に行った時に寄ろうかな。
September 10, 2017
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今日は私の可愛がっている甥っ子が週末を過ごすために実家に顔を出しまして。まあ、私の姉、彼にとっての母親が今、こちらに来ているので、甘えに来たのでしょう。 で、そんな甥っ子によると、今の仕事が忙しすぎて体調を崩し、さすがに嫌気がさして来たとのこと。実際、話を聞くと、それはもう殺人的な仕事量のようで。いわゆるブラックというのは、こういう職場のことかと。 で、上司とも合わないし、人の下で働くのは性に合ってないのではないかと思い、今は自分で何か起業をしようかと模索中とのこと。 起業! いいね、いいね。ついに釈迦楽一門から起業家が出るか! ねえ、ねえ。お前が起業するなら、おじちゃんも一枚噛ませて! うーん、何しよう? おじちゃん的には不動産業方面狙っているんだけど、ダメ? じゃさ、中古車売るか? コーヒーチェーン立ち上げるか? なんか楽しくなってきた! ま、一枚噛めるかどうかは別として、果たして甥っ子が何をやらかそうとしているのか、非常に楽しみにしている甘いおじちゃんなのでした。
September 9, 2017
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家の登記だ、相続だと、あれこれ大変です。 で、昨日は司法書士の先生と登記関係のご相談。K先生は非常にユニークな出で立ちの先生ですが、親切気もあり、すごく有能。この先生とお話していると、なんだか乗り切れそうな気がしてきます。偶然、縁が出来た先生ですけれども、この人に頼んで良かった。 などと思いながら雑談しているうち、K先生は学生時代、数学が得意で、中学の時には既に高校の教科書で勉強していたなどという話になり・・・。 ん? 先生はこの辺のご出身? 失礼ですが、高校はどちら? やーーーっぱなっ! じゃ、K先生は私の後輩じゃん! 急にタメ口。そうかそうか。じゃあ、K君、しっかり頑張りたまえよ! さて日付変わって今日は相続関係のことで税理士の先生に拙宅に来ていただきまして。こちらは女性のM先生。 で、M先生のお話によると、相続の手続きってのは私が考えていた以上に厳しいものですな・・・。もう、1円単位まで我が家の資産を報告しなければならないようで。ただ単に預貯金の残高だけ報告でもすりゃーいいのかと思っていたら、あーた、そんなどころの騒ぎじゃござんせん。 それでもうちは姉弟仲がきわめていいので、財産の取り合いとは全く無縁。そこが簡単なところかな。 ところで、M先生と私には共通点が一つありまして。それは、どちらもカーマニアだということ。 M先生の現在の愛車は、赤いアルファGT。私もかつてアルファ156に乗っていただけに、「セレスピード(アルファロメオの自動変速器のこと)、壊れるでしょ?」の一言で、いきなり旧知の仲に。クルマ好きならではの同志感が半端ない。 ということで、登記・相続手続きという大変な作業に、後輩と同志に携わってもらうことになって、いささか心強い思いをしている私なのでありました、とさ。
September 8, 2017
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俳優の土屋嘉男さんが今年2月に亡くなられていたそうで。享年89。この人もまた私の父とほぼ同い年だったんですな。親父も、もし今日まで生きていれば89歳だったので。 私は残念ながら土屋さんの俳優としての業績のことはほとんど知りません。黒澤映画の常連であったとか、ゴジラ映画で重要な役どころだったとか、話には聞きますが、実際にはあまり見ていない。 じゃあなぜ追悼かと申しますと、この人が圧倒的な語り部だったから。 もう四半世紀ほど前のことになると思うのですが、土屋さんが初めて『徹子の部屋』に出演されたのを、私、見てしまったんですわ。 この時、土屋さんは子供の頃の遊びのことを中心に語られたように記憶しているのですが、これがまあ実に面白かった。こんなに面白く、愉快で、ほのぼのとした、素晴らしいエピソードの数々を聞いたことなんて、そうはない。今時の言葉を使うならば、この時の『徹子の部屋』は「神回」だったのではないかと。 で、おそらくこの時のお話があまりにも面白かったので、それが評判になったのでしょう。その後、土屋さんは何回か『徹子の部屋』に出演され、黒澤監督のことなんかも実に面白くお話しされまして。微笑みをたたえ、目をシパシパされながら語る土屋さんの独特の語り口は、内容の面白さもさることながら、土屋さんご自身のお人柄の純朴さをも物語られており、「ああ、この人、オレ好きだわ〜」と思わせるに十分だった。 それで、私は土屋さんがその後お書きになった黒澤明監督の思い出の記、『クロサワさーん!』を買って、楽しく読ませていただいたのでした。【中古】 クロサワさーん! 黒沢明との素晴らしき日々 /土屋嘉男(著者) 【中古】afb というわけで、土屋嘉男さんを語るには役不足の私ですが、それでも土屋さんが無双の語り部であったことを記憶している者として、追悼させていただくことといたしましょう。合掌。
September 7, 2017
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さて、今日も今日とて相続関係のあれこれをやっていたのですけど、その一方、例の「母の俳句集を作る」プロジェクトの方も進めておりまして。 で、前回、320句くらいまで絞り込み、ここからさらに100句くらいまで絞る予定なんですけど、母と姉と私と私の家内がこの320句の中から特に好きなものを選び、それらが多く重なったものから採用していくことにしたわけ。その結果、現時点で80句ほどを選び出すことに成功。あとこれに、母が特に「この句は自分でも気に入っている」というのを拾ってもらって、最終的に100句に収めれば良いのではないかと。 で、前回父の俳句集を編んだ時と比較しての話なんですが、やはり父と母では俳句の方向性が全然違うことが明確になりまして。 父は、写真俳句だったこともあり、花の句が多い。花は写真映えしますからね。 一方、母の俳句は鳥とか栗鼠とか、小動物を読んだ句が多いかな。あと、人事句も多い。で、逆に花の句が少ない。桜を読んだ句がほとんどないのが象徴的ですが。 で、今回改めて私がいいなと思った句を紹介しますと・・・○地の影を仰げば瑠璃の秋の蝶○歯を抜きて大暑の道をもどりけり○菊炭の艶美しき弥生かな○秋暑し身重の猫も鉢の陰○そこはかと辞書繰り遊ぶ一葉忌○庭師来て寒の鋏を鳴らしけり○今日は今日の瀬音瀬波や冴返る なんてのはどう? なかなか堂に入ったものでございましょ? まあ、こんな句を母と姉と私と三人でわいわい言いながら選ぶというのも楽しい作業でありまして。 父と違って「私は本が出来たって、誰にも見せない」と言い張る母ですが、本を作る作業が楽しければいいかな。
September 6, 2017
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今朝の新聞の訃報欄見たら、アメリカ詩人のジョン・アッシュベリーは死ぬ、英文学研究者の高松雄一さんは死ぬ、そしてアメリカのバンド、スティーリー・ダンのウォルター・ベッカーは死ぬと、私にも馴染みの名前がいっぱいあってちょいビックリ。高松雄一さんは、英文学会の会長も務めた人ですが、私の親父と一つ違いだったのね。やっぱり、90歳の壁ってのはあるもんですな。 ちなみに、今日はまた東京の実家に戻る用事があったもので、東名をかっ飛ばしながら、ウォルター・ベッカーを偲んで『ナイトフライ』というアルバムを繰り返し聴いておりました。 しかしよく考えたら、『ナイトフライ』って、スティーリー・ダンのアルバムじゃなくて、スティーリー・ダンが解散した後の、ドナルド・フェイゲンのアルバムじゃん! ウォルター・ベッカーの追悼になってなかったよ。失敬、失敬。でも、まあ、近似値的に偲んだということで、ひとつお許しを。 ナイトフライ [ ドナルド・フェイゲン ] ところで、実家に戻りますと、実家の自室にはレコードプレーヤーがあって、LPレコードがある。これがね、今の私にとってすごい楽しみなの。ほんと、プレーヤー買ってよかったわ〜。たった1万円でいい買い物しちゃった。もう、LP最高! まじ、CDに慣れた身で久々にLP聴くと、やっぱりいいんだよね。 何がいいって、レコードをプレーヤーにセッティングするまでの過程がいい。面倒くさいんだけど、そこがいい。面倒臭さが逆に、ワクワク感を募らせてくれるというか。 でまた、プレーヤーだと、あのでっかくて黒いレコードがぐるぐる回るじゃん? これがいいんだよね、このぐるぐるが。 LPがぐるぐる回って、それをレコード針が引っ掻いてさ、それで音が出るわけでしょ。それ自体が、いわば、演奏だよね。CDみたいにブラックボックスの中で何が行われているのか分からないのと違って、目の前でレコードを針がなぞって音を出しているんだもん。バイオリンの弦を馬のしっぽの毛で出来た弓で引っ掻いて音を出すのと、原理的には変わらない・・・ような感じがちょっとするもんね。・・・しない? でまた、今やたらに聞いているのが70年代とかのLPじゃん? これがまたイケる! オリビア・ニュートン・ジョンとか聴いちゃうんだから。 このあいだ買った数枚のLPは、もう大分繰り返し聴いたので、また何か買いたくなっちゃったなあ・・・。 今度は何を買おう? それこそスティーリー・ダンとか買っちゃうか。 あるいは、クリストファー・クロスとか? ABBAとか? あるいは、荒井由美とか?! いかん、懐メロに走ってる・・・。昔、懐メロ聴いているじいさんばあさん達を小馬鹿にしたそのツケが回って来たか! とりあえず、またブックオフとか行ってみるか。家の近くの永山ってところに、超大型のブックオフがあって、そこなら多分、LPとかも売ってそうだしな、1枚500円とかで。 家の登記とか相続とか、面倒なことばかりだけど、少しは楽しみがないとね〜。
September 5, 2017
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男って、別にねえ、シミとか、気にしないでしょ? しかし、私は気にするのであーる。 というのは、先頃亡くなった私の父が、晩年になって顔のシミが目立つようになりまして。まあ、紫外線なんか気にしないで暮らして来た人だし、特に洒落っ気のある人じゃなかったですから、本人としては別に気にしていなかったでしょうけど、傍で見ていて、やっぱり客観的に、ちょっとだけ気になったかな。 で、それは決して他人事ではなく、私も50歳代になって「あ、これがシミという奴か・・・」というようなものがチラホラと頬に浮き出してきたのよ。うーむ、このまま放っておくと、30年後には父のようになっちゃったりするのか?! いかん! これはどうにかせにゃいかん! と思ったワタクシ、家内に相談し、シミ対策で評判のいいというロート製薬の「メラノCC」なるものを買ってもらい、二人で使うことに。これこれ! ↓【ロート製薬】 メンソレータム メラノCC 薬用しみ集中対策液 20ml で、これを毎日・・・とは言わないまでも、夜、寝る前、思いついた時にスリスリと塗り込んでみたと思いなせえ。すると・・・ なんだかいい感じがする! 心なしか、気になっていた小さなシミが、少し薄くなって来た気がする! ま、あくまで個人としての感想ですが・・・。 歳をとって少しずつ老化していくのは仕方ないし、ある程度、それを楽しみにしているところもある私ですが、しかし何も急いで老化する必要もないのでありまして、出来ればその進度をゆるやかなものにしたいと思うのは私も人と同じ。 シミにこいつをヌリヌリしながら、自分の顔に「お疲れさん」と言ってあげようと、まあ、そんな風に思っているのでございます。
September 4, 2017
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岸見一郎さんの『アドラーをじっくり読む』という本をざっくり読んだので、覚書をつけておきましょう。 アルフレッド・アドラー、まあ、簡単に言えばジグムント・フロイトと同時代のウィーンの心理学者でございます。 岸見さんは、1989年頃からアドラーを研究し始めたそうですが、後年、古賀史健という人との共著で『嫌われる勇気』が出て、これがベストセラーになったことで一躍脚光を浴び、アドラー関係の新書を次から次へと出されるようになった。この本もこの7月に出たばかりの岸見さんの最新作。 で、アドラーってのは自己啓発思想の流れの中でも結構重要な位置にいる人なので、私も多少は知識を得ておこうと、岸見さんのご著書をあれこれ繙くのですが、これがなかなか難しい。いや、内容はそれほど難しくないんですけど、岸見さんの文章が手ごわいもので読むのに一苦労。じっくりなんて読んでいたらこちらの頭がどうかしてしまうので、いつもざっくり読んでます。 で、そんなざっくり読んだことをさらにかいつまんで要約しますと、アドラー心理学が従来のそれと大きく異なるのは、原因論をとらず、目的論をとるところ。 例えば神経症患者が神経症であるのは、過去においてこれこれこういうトラウマがあったからだ、とするのが原因論。フロイトですな。だけど、この解釈をとると、神経症患者を治療することは難しくなる・・・というか、理論上不可能になります。なんとなれば、過去に遡って神経症の原因となったトラウマを解消することは不可能だから。 一方、アドラーは目的論をとるので、神経症の患者が神経症を患うのは、患うことに目的があるからだと解釈する。例えば、それによって自分の周囲に居る人間を思い通りに振り回せるし、「こうなった原因の責任は自分以外の何かだ」と認識することによって、責任から解放されるから。つまり、楽な道を自分で選んでいるだけだと解釈するわけ。 というと、一見、とっても厳しい見方であるように見えますが、実際にはその逆ね。だって、もしこの解釈が正しいならば、患者は神経症を治すことができることになりますから。自分がある目的によって、自ら神経症を選び取っているんだという事実に患者自身の目を向けさせることさえできれば、その患者は行動を改め、神経症の苦しみから脱することができるわけですよ。 アドラーに言わせれば、患者の行動ってのは、常に目的があって、それをやろうとして起され、それが実現しているわけ。だから、逆に病気を治した方がよりよい人生が歩めるということに気付き、それを目的にして行動すれば、それは実現する。換言すれば、人間がやろうと目指したことは常に実現するわけですな。ここがアドラー心理学のポジティヴなところであり、このポジティヴさが(誤解を含め)アメリカで大ウケする理由でもあると。 ところで、神経症の件は一つの例ですが、そうでなくても人間というのは日々、行動に先立って自分の自由意志によって特定の目的を選び取っているわけ。で、その選び方には個人個人にクセがあって、そのクセの総体が「性格」(アドラーの用語では「ライフスタイル」)と呼ばれるものであると。もちろん、ライフスタイルというのは千差万別、一つとして同じものはないのであって、一応、アドラー自身もそうした性格のタイプ分けをしてはいますが、実際の治療は、カウンセリングという、個人的な聞き取りを元に当該の患者に気付きを促す形でしか行い得ないと。 ところで、アドラーによると人間行動の目的ってのは、基本的には一つしかない。それは優越性の確認であります。 というと、何だか良くないことのようですが、これは人間存在の根本に立ち返れば当然のこと。 何故なら、人間というのは、一人では生きられないから。人間というのは、生れた瞬間から共同体の中で人となるのであって、「個人」なるものは、共同体という前提があって初めて存在するものであるから。アドラー心理学の中で、「人間の抱える問題はすべて対人関係だ」とされるのも、結局、人間が共同体を前提とした存在だからですな。またそうであるからこそ、共同体の中で優越するということが、人間にとって、自分の存在を確認する唯一の手段であるわけですよ。 だけど、優越の示し方にもいい奴と悪い奴がありまして。当然、いい奴を選ばないと、幸福にはなれない。 じゃあ、いい優越の示し方って何かっつーと、自分は共同体に対して貢献していると感じること、自分は共同体にとって価値があると感じること、これでございます。もちろん、その前提として、共同体は自分の味方であるという感覚、共同体感覚が必要になってくるわけですが。 で、自分の味方である共同体に寄与し、その中心ではなく一部として価値を持って存在したいという願望を抱き、実際そういう感覚を得る時、人は健全になれるわけですな。で、こういう「コモンセンス」へと人(特に子供)を導く教師は、子供の親以上に重要な役割の担い手であると(なぜなら、親は子供の教育を誤る可能性が高いから)。アドラーが教師を聖職として重視する理由がここにあります。アドラーがウィーンの教育改革に深く係わったのには、こういう背景があるわけね。 とにかく、アドラー心理学で最も重要なコンセプトは、人間の問題行動は、たとえどんなに難しかろうと必ず是正できる、という確信ですな。先にも言ったように、こういうところがアドラー心理学のポジティヴなところであるわけですが。 ・・・とまあ、本書を読んで私が理解したのは、ざっと上に述べてきたようなことでございます。 でも、こう言っちゃ悪いけど、多分、私の要約を読んだ方が、本書を直接読むより、判り易いと思う。それほど、岸見さんの文章ってのは、ヘタなの。繰り返しも多いしね。 例えば次のような文章はどうよ: このような全体としての個人が、優越性という目標を追究して行動するとアドラーは考える。『個人心理学講義』においては、終始、劣等感、劣等コンプレックス、優越感、優越コンプレックスについて論じられている。劣等感については、それが普遍的なものであり、病気ではなく、健康で正常な努力と成長の刺激であるといわれているのであるが、優越感が劣等感の補償に由来するのであれば、劣等感が優越感の原因であるように取れるので、やがて一般的な目標追求性の概念を提唱し、優越性の追求を、より根源的なものとして捉え、劣等感はそれの副産物と考えるようになった。(59ページ) これ、何言っているか、判ります? 特に後半部分なんかチンプンカンプンじゃない? 他にも例を挙げると: アドラー心理学は、このように価値の心理学であるが、そもそもアドラー心理学を根本的に区別する目的論においては、価値を問題にしないわけにはいかない。(73ページ) しかし、この共同体感覚の意味も自明のものとして与えられるわけではない。アドラーがこの言葉を初めて目にした時に憤慨しアドラーのもとから去った人たちも、その真意を理解していたかどうかは疑わしい。(89ページ) アドラーが瞬時に子どもとのラポール(信頼関係)を確立していること、カウンセリングの内容な本格的なもので、子どもだからといってレベルを下げるというようなことはしていない。(195ページ) ってな具合で、訳の分からない文章がジャンジャン出てくる。こういうのをこのままにして本にするというのは、岸見さん自身の問題でもあるけれど、編集者も悪いね。ここ判りませんって指摘して書き直させなくちゃ、編集者の責務を果たしているとは言えないんじゃないの? というわけで、色々文句を付けたいところはありますが、まあアドラーの研究者になるわけじゃなし、手っ取り早くアドラー心理学の何たるかを理解するには、そこそこ役に立つ本ではあります。そういうものとして、ご紹介しておきましょうかね。アドラーをじっくり読む (中公新書ラクレ) [ 岸見一郎 ]
September 3, 2017
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3年くらい前の話ですが、私が自己啓発本の研究を始めてまだ間もない頃、アメリカ文学研究における大先輩のT先生にその話をしたところ、19世紀イギリスの作家で、『アイヴァンホー』などの作品で知られるウォルター・スコットが、明治期の日本において自己啓発作家と見なされていたフシがある、という耳よりな情報をいただきまして。 それによると、某大手銀行のロンドン支店の支配人を勤められたT先生の御尊祖父様が、ご帰国に際し、ウォルター・スコットの小説を大量に買い込んでいらしたと。で、それはスコットの小説への文学的興味もさることながら、当時スコットの小説は「自己啓発本」という認識がなされていて、その啓発的側面にへの興味から、それを日本への土産にされた、というのですな。 で、T先生から伺ったその話が気になっていた私、それを確認すべく、『日本の中のウォルター・スコット』という本を読んでしまいました。タイトルからすると、私の気になっていたことへの回答が書いてありそうでしょ? さて、この本によりますと、ウォルター・スコットなるイギリス作家は、日本人がイギリス作家について知る最も初期の人物の一人であったと。明治時代初期、イギリスを始めとする外国の文学文化がようやく日本に紹介され始めた頃、いち早く日本人に認識された作家の一人であったというのですな。 それは何故か。 サミュエル・スマイルズ著・中村正直訳、当時の超ベストセラーにして日本における自己啓発本の端緒ともなった『西国立志篇』に、スコットについての記述があったからでーす! 『西国立志篇』、すなわち『Self-Help』は、勤倹力行によって名をなした人々のエピソード集ですが、その大半は蒸気機関を発明したスティーヴンソンを始めとする理科系の人々の話。ですが、その中にあってなぜ小説家のスコットについての記述があるかと申しますれば、一つにはスコットがスコットランドの出身で、スマイルズと同郷だったということもありましょうが、それ以上に、スコットが規則正しい生活の体現者だったから。 まあ、詩人だ作家だなんてものは、不摂生をする者というイメージがありますし、実際、無頼な生活を送った詩人・作家は枚挙に暇がないわけですけれども、そんな中にあってスコットは別格。彼は法律系の書記としてサラリーマン生活を送りながら、その傍らで作家生活を営んでいたのであって、要するに二足のわらじを履いた作家だったわけ。一方で地に足のついた職業に就きつつ、その勤務時間の外に時間を作り出し、それを創作のための時間に宛てていた。そういう刻苦勉励の中からあれだけの分量の作品を生み出したってところが、スマイルズの注目するところとなったわけですな。 つまり、スマイルズはスコットの作品ではなく、そのライフスタイルを称揚したと。 で、先にも言いましたように、スマイルズの『Self-Help』は『西国立志篇』として我が国で超ベストセラーとなりましたから、当然、明治初期の日本人の脳髄に、刻苦勉励の人スコットの名声は叩き込まれたわけですよ。 しかし、もちろんそれだけではない。スコットの小説の方も、日本に強い影響を与えます。 まず坪内逍遥がスコットの作品を翻訳する。さらに夏目漱石が『文学論』でスコットを取り上げる。さらに漱石は、スコットの作品の技術的側面に影響を受け、自らの創作にそれを活かすと。そうやって、スコットの文学的影響ってのは、じわじわと日本に浸透するわけ。そういう意味では、日本の近代文学はスコットを栄養として育った、と言えなくもない。 さらに、近年の日本におけるスコットの影響としては、渡部昇一氏の『続・知的生活の方法』が挙げられると。 ベストセラー『知的生活の方法』(1976年)の3年後に出版された続篇『続・知的生活の方法』の中で、渡部昇一氏はスコットのライフスタイルについてかなりの紙幅を割いて言及しているんですな。特に、規則正しい生活や日常的に行なう運動、そして自宅に充実した書庫を備えることの重要性について、渡部昇一氏は真似すべきものとして取り上げている。 ちなみに、渡部昇一さんの『知的生活』シリーズの執筆は、彼が学生時代に愛読したP・G・ハマトンの『知的生活』の影響を受けてなされたことはよく知られておりますが、そもそもハマトンとサミュエル・スマイルズは共にヴィクトリア朝の人、年齢的にも20年くらいしか違わず、ハマトンの『知的生活』も、スマイルズの『Self-Help』同様、伝記的自己啓発本なのであって、この時代のイギリスにおける同じ流行に沿ったものなわけですよ。で、もちろん、ハマトンもまたスコットのライフスタイル(特に健康への配慮)を『知的生活』の中で称揚している。 つまり、明治時代初期と昭和高度経済成長期と、時代こそ大分違え、スコットは『西国立志篇』と『続・知的生活の方法』という二つのベストセラーによって、そのライフスタイルが日本に伝えられ、日本人の自己啓発に一役買ったと、まあ、そういうことになるわけですな。 というわけで、ウォルター・スコットというイギリス作家が、近代日本文学の誕生、及び日本における自己啓発思想の伝播において相当大きな影響を与えた、ということが、本書によって大分、分かってきました。T先生の御尊祖父様がわざわざスコットの小説を大量に日本に持ち込んだのも、「これこそサラリーマンの鑑が書いた本! 自己啓発の根源!」みたいな感じだったのでしょうか。 まあ、私のような特殊な興味を持った読者以外の一般読者が、本書を面白いと思うかどうか、ちょっと不安がありますけれども、少なくとも私にはとても勉強になる本ではありました。本書の著者には、別にスコットについての著書があるようですが、それも一応、目を通しておきましょうかね。日本の中のウォルター・スコット その作品とライフスタイルの受容 [ 貝瀬英夫 ]ウォルター・スコット『アイヴァンホー』の世界 [ 貝瀬英夫 ]
September 2, 2017
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三週間後に迫ったアメリカ出張に向けての準備として、今日は国際免許を取ってきました。今回はロスなので、レンタカーなしには何も出来ないもので。 で、平針というところにある愛知県の運転免許試験場に赴いたのですけど、まあ、毎回ここへ来る度に思うことは、世間には色々な人が居るなということ、是也。 運転免許は、あらゆる種類の人が必要とするものなので、ここへ来ると普段はあまりお目に掛からないような感じの人、たとえばあの方面の人たちとか、そっちの方面の人たちなんかも沢山いる。ケータイで大声で舎弟のことを罵りつつ指導されている人とか、長椅子を独り占めして寝椅子としている人とか。老いも若きも、男も女も。日本人も外国人も。 こういう多様性っていうのは、結構、疲れるよね・・・。 しかし! たまたま今日は家内も免許更新のために一緒に居て、その講習が済むまでの時間、先日ブックオフで買った大竹伸朗さんの『カスバの男』を読んでいたのですが、大竹さんが旅したタンジールだ、モロッコだ、といった辺りの、イスラム系アフリカの混沌ってのは、もう私なんかの想像を絶する感じよ。平針の運転免許試験場で疲れているようでは、とてもこういうところには行けそうもない。 ま、行かないけどね。 私は、「ごく普通のサラリーマンがスーツ着てネクタイしている国」以外行かないことにしてるから。 だけど、大竹伸朗さんはアーティストだからね。サラリーマンがスーツ着てネクタイしている国からインスピレーションなんか得られないわけでしょ。100メートル歩く間に50人くらいの現地人から「ガイドに雇え、あるいはこれを買え」って迫られるような国じゃないと、刺戟が無さ過ぎると。 で、そういう感じの本を、「ワシには無理!」って思いながら読む。その、ちょっとMっぽい読書。たまにはそういうのもいいかも、です。特にこの本、口絵として大竹さんが現地で描いた絵がカラー印刷で載っていて、それがすごくいい。そういうことも含めて、結構面白い本でした。【中古】 カスバの男 モロッコ旅日記 集英社文庫/大竹伸朗(著者) 【中古】afb
September 2, 2017
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