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本日は、台風一過の快晴である!
西アフリカの英と仏の植民地拡大政策で小さいながらも
「楔として重要な役割を持った」英領ガンビアであった。
仏蘭西領セネガルのダカール海洋基地が、仏本国、セネガル、
ギニア湾沿岸地域、南米ギアナを統括する役割に対して、
ガンビアは、一時は仏に譲渡される運命にまでなったが、
直前に英国は取りやめることとした。
元英領でありながら、大統領が敬虔なイスラム主義者で、
反米、反イスラエルを貫いている国である。
隣国・セネガルとは、宗主国の違いなどで、いがみ合っていた
が、 同じくイスラム教徒が多数の国として歩み寄ってきている。
「ルーツ」「ルーツ 2」
親子三代の黒人奴隷の始祖、「クンタ・キンテ」<ガンビア・
マンディカ族の出身、村で尊敬されるイスラム教聖者の孫>
が17歳の時、森に太鼓の材料の木材を探しているときに、
突然、 奴隷貿易商人に掴まりアメリカに送られ、何度か脱走を
試み、 制裁に片足を切断され、花壇世話係、御者を務める。
彼は、奴隷身分にあっても、誇り高く、アフリカ人としての
生き方を変えなかった。
その子孫が足跡(ルーツ)を辿るドキュメンタリーである。
「なぜ自由が奪われたのか」、「身分は奴隷でも、誇り高く
生きる姿」、「血、汗、涙に彩られたアフリカ系米人達の歴史」
が、世界の「茶の間」に、痛烈に伝わるTVドラマであった。
ガンビア・イスラム共和国
年月 |
略史 |
---|---|
10C~13C |
<ガーナ王国に属する> |
13C~15C |
<マリ帝国に属する> |
15C中頃 |
<ポルトガル人が下流に商業拠点建設> |
16C~ |
<イギリスが進出、仏と争いの後、1783年植民地。 奴隷貿易が行われていた植民地支配の痕跡(クンタ・キンテ島遺跡など)をとどめる遺構の数々が残る。> |
1965年2月 |
独立(旧宗主国・英国) <英連邦王国> |
1970年4月 |
共和国となる。ジャワラ大統領就任 |
1981年7月 |
クーデター未遂事件 |
1982年2月 |
隣国セネガルとの間にセネガンビア国家連合設立 |
1987年3月 |
総選挙実施。大統領選挙(ジャワラ大統領再選) |
1989年9月 |
セネガンビア国家連合解体 |
1992年4月 |
総選挙実施。大統領選挙(ジャワラ大統領再選) |
1994年7月 |
軍事クーデター発生(ジャワラ大統領セネガルへ亡命) <ヤヒヤ・ジャメ中尉による無血軍事クーデターで軍政権> |
1994年11月 |
準将校によるクーデター未遂発生 |
1995年1月 |
サバリー副大統領、サデイブー内相によるクーデター未遂発生 |
1995年7月 |
台湾と外交関係樹立 |
1996年8月 |
改正憲法国民投票 |
1996年9月 |
大統領選挙(ジャメ大統領就任) |
1997年1月 |
国民議会選挙 |
2001年10月 |
大統領選挙(ジャメ大統領再選) |
2002年1月 |
国民議会選挙 |
2006年3月 |
チャン軍参謀総長によるクーデター未遂発生 |
2006年9月 |
大統領選挙(ジャメ大統領三選) |
2007年1月 |
国民議会選挙 |
2011年11月 |
大統領選挙(ジャメ大統領四選) |
2012年3月 |
国民議会選挙 |
2014年12月 |
サネ元国軍中佐によるクーデター未遂 |
2015年12月 |
国名を「 ガンビア・イスラム共和国 」に変更 |
2016年12月5日 |
大統領選挙でジャメ氏敗北、野党連合のアダマ・バロウ氏選出。 |
2016年12 月9日 |
ジャメ氏拒否で混乱。翌年1月の政権移行が混乱。 |
年 月 |
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