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★☆ 沓掛山、星生山、中岳、久住山方面で観た秋・紅葉! ★☆ The autumn scenery of colored leaves in the Kujū Mountains~ 大分県九重町『 九重連山 』 ~ REALISTは、平成27年10月16日(金)、『 九重連山 』の牧ノ戸峠登山口から、沓掛山(くつかけやま・標高1503m)、星生山(ほっしょうざん・標高1762m)、中岳(なかだけ・標高1791m)、天狗ケ城(てんぐがじょう・標高1780m)、久住山(くじゅうさん・1786.9m)の5つのピークを尾根伝いに日帰りで縦走した。 紅葉の風景を観察できたのは、牧ノ戸峠登山口から沓掛山、星生山に至る範囲で、久住山、中岳周辺では、岩山で樹木が少ないこともあり、ススキの穂ばかりで紅葉は少なかったが、岩の間で咲く青い可憐なリンドウの花を見てホッと安らぎを感じることができた。ここでは、紅葉の風景に限定した撮影写真の一部をご紹介する。牧ノ戸峠登山口に近い、沓掛山(くつかけやま・標高1503m)山頂から星生山方面を観た早朝の紅葉風景。この稜線を進むことになる。写真奥中央右の山が、ここから目指す星生山(ほっしょうざん・標高1762m)。尾根伝いに星生山(ほっしょうざん・標高1762m)に向かう途中、眼下の西千里浜を観る。左奥は久住山(くじゅうさん・標高1786.9m)。紅葉は、部分的だが、上品な赤色がとても美しい。上に同じ尾根伝いの道で来た道を振り返り観た風景。写真左下が西千里浜、右奥の小高い部分は、扇ケ鼻(おおぎがばな・標高1698m)だ。星生山に向かう稜線沿いの山肌染める紅葉。はるか彼方まで続く稜線を歩いて進めば、星生山!さらに、久住別れ、久住山、中岳、天狗ケ城に進める。どちらかというと、まだ紅葉が少なめかもしれない。11月にもなれば、さらに紅葉が深まるだろうか?写真中央奥右側が、久住山(くじゅうさん・1786.9m)、その左奥に天狗ケ城(てんぐがじょう・標高1780m)、中岳(なかだけ・標高1791m)が位置する。雄大な自然の中では、自分の存在がいかに小さいかよくわかる。赤く染まる星生山の東端部分、まず、ここをよじ登って尾根の稜線を歩けば、星生山山頂にたどり着く。アルプスや東北に比べ、九州の紅葉はまだまだ時間がかかる。それでも、何とも秋らしい山の風景だ。 これは、久住山の中腹当たりで見かけたリンドウの花。この時期は、花が少ないので見かけただけでホッとする。 天狗ケ城を下山中に見かけた輝くような鮮やかさで見事な赤に染まった樹木。 こちらも中岳下山途中で見かけた秋らしく黄色に染まった樹木。扇ケ鼻から沓掛山に向かう下山中に観た赤く染まる星生山の風景。観る方角から山の形はどんどん変化して見えるのが面白い。 下山を終え、紅葉に染まりつつある丘から眼下の駐車場のある牧ノ戸峠登山口を観る。ご訪問していただきDanke!(Thanks) !!(ありがとう)^^)/~~♪どのページへのリンクもご自由にどうぞ。♪
2015/10/28
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★☆ 九重連山の登山コースを知り尽くした秋田犬『 平治(へいじ)号 』 ★☆ The guide dog on the mountain大分県九重連山で存命中14年間、一人の遭難者も出さなかった! REALISTは、9月、10月の余暇を利用して、大分県『 九重連山 』の日帰り登山を楽しんでいる。ところで、多くの登山口の中でも、ビジターセンターやヘルスセンターが設置され、駐車場が完備された最もポピュラーな登山口の『 長者原(ちょうじゃばる) 』に立ち寄ったところ、ヘルスセンターの脇に立つ山のガイド犬『 平治号 』の銅像に出会った。このガイド犬について調べると、最初は、皮膚病で毛の抜けた白い子犬の捨て犬だったそうだが、1988年(昭和63年)8月3日に永眠するまでの14年間にわたり、九重連山で多くのハイカー(登山者)を遭難の危険から救った名犬だったと言い伝えられている。 『 長者原 』登山口のヘルスセンター脇にある『 平治号 』の有名な銅像。九重連山を目指すハイカーなら、登山口の途上にあるので誰でも一度は目に触れる銅像だ。このすぐ隣にはお墓も設置されている。平治が「ガイド犬」として活動していた14年間は九重連山での遭難事故は一度も無かったと伝えられる。平治(へいじ、生年不明 - 1988年8月3日)は、日本の大分県・九重連山周辺に住んでいたメスの秋田犬とされる。同地の登山客に従って山に登ることで親しまれ、時に遭難のおそれのある者を救助したとも伝えられ、警察犬や盲導犬のような公的認定を受けた使役犬ではないが、「山のガイド犬」として知られた。 標高1600~1700m級の山々が連なる『 九重連山 』、ここには、日本百名山の『 久住山(標高1788.5m) 』もあり、中央部には、今でも煙を吐いている活火山の『 硫黄山 (いおうやま)』、図の左下には、ガイド犬『 平治号 』の名前の由来となった『 平治岳(ひいじだけ・標高1643m) 』もある。女優で登山家の『 市毛良枝 』さんがお気に入りの『九重連山』であったことは、その著書『山なんて嫌いだった』の記事中でも紹介されていた。主な山は17座あるというが、その完全踏破や四季の変化を楽しみつつ様々なコースでの登山を目指す人も多い。『 ガイド犬平治号 』 共和教育映画社が作成したアニメ映画化作品の一部。大分県九重連山のガイド犬として、多くの遭難のおそれのあった人々を救い生涯を終えた秋田犬の平治号。14年もの間登山者の命を守り愛され続けたガイド犬と人間との心あたたまる感動の物語としてアニメ化された作品。 『 平治号 』の偉業を讃(たた)える碑文。平治は捨て犬だったとされ、その出自や素性について正確なことは分からない。1973年の夏、九重連山長者原登山口の観光施設「長者原ヘルスセンター」にて登山バスの切符売り場に勤める荏隈保(えのくま たもつ)によって保護された白い仔犬は、重い皮膚病を患い身体の約半分の体毛を失った状態だったという。荏隈は犬好きで、自宅に飼い犬が複数居たので仔犬を連れ帰りはしなかったが、職場付近でその世話をした。仔犬は弁当を分けてもらうことを期待して、登山者と一緒に山へ登ることを覚えた様子だったと伝えられている。 名ガイド犬『 平治号 』のお墓。今でもお花を添える人々が後を絶たない。1988年8月3日早朝、星生(ほっしょう)キャンプ場から飼い主の荏隈(えのくま)のもとに「平治が倒れた」との報(しら)せが入った。前日に登山客を同キャンプ場まで案内し力尽きたのである。同地で登山者らに見守られる平治を励まし、仕事のため一旦は職場に向かった荏隈が昼過ぎに戻ると、平治は既に息を引き取っていた。荏隈は平治を登山口まで背負って戻り、日頃から平治とかかわりのあった人々に平治の逝去を報せた。平治は長者原ヘルスセンター近くの小高い場所に葬られた。8月6日には100名余りが集まって平治の追悼式が営まれ、当時の九重町長・高倉源八が弔辞を述べた。クリックすると、『 平治号 』に関する資料や平治の生前の写真を見ることができます。 『 平治(犬) 』ウィキペディア百科事典による説明 生前の『 平治号 』の写真を紹介するブログ 救助犬 「平治号」 大分・九重登山口で登山者達を見守る犬の像 ♪どのページへのリンクもご自由にどうぞ。♪
2015/10/12
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