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いつものようにだらしなく過ごし、日曜日の予定は昼下がりから始まる。家族に手伝って貰い、猫たちと犬を全部洗い終えたら、3時を過ぎてしまった。蒸し暑さの中の重労働による汗と、ポチ(仮名)のブルブルによる全身ずぶ濡れにより、シャワーを浴びて着替えたりetc.手間取る。行きたかった「カントリーパーク」閉園になっちゃうよ。でも大丈夫でした。テレビのニュースでやっていたイベントは終わろうとしていたけれど、閉園時間は6時で、バラ園はゆっくり見ることが出来ました。「アンネのバラ」が咲いてるって聞いて、どうしても見たかったのです。 ※「アンネのバラについて」(東京女学館HP)より引用http://www.tjk.jp/mh/AnneRose/aboutR.html アンネのバラは第二次世界大戦後ベルギーの園芸家デルフォルゲ氏がアンネを愛おしみ愛と平和への祈りを込めて作出した新種の薔薇で「アンネの形見のバラ」と名付けられました。このアンネというのは、あの「アンネの日記」の作者アンネ・フランク のことです。この「アンネの形見のバラ」は、アンネの父オットー氏に贈られ、大切に育てられ娘の平和を願う心をこのバラに託し、世界中の人々に広められました。しかし、デルフォルゲ氏がこのバラの売買を希望せず、カタログなどに載せることをしなかったために、現在ではアンネのバラはわずかしか残っていません。(引用終わり)最近日本各地の小学校などでこのバラを平和の祈りを込めて栽培するところが増えているようです。ネットで捜しても近くのアンネのバラが見つかると思います。今は花が終わりになっているかもしれませんが、秋にまた咲くという話しも聞きました。蕾の時は赤く、開くとオレンジ色、そしてピンクになっていきます。夢のように可愛い特別のバラです。先日万国さんとの話題にも出たけれど、アンネは私にとって「生涯の指標」です。アンネがなぜ少女のままで死ななければならなかったのか。世界中で、権力者達の勝手な理由でたくさんのアンネ達が殺されてきました。アンネは、私の母であり、私であり、私の娘です。今日アンネのバラに会えて懐かしいような気持になりました。その上、雨模様で売り尽くせそうにない出店の焼き鳥を、すっごく安くして貰えたので、たくさん買って夕ご飯の心配もなくなって、ちょっと満足の日曜日でした。
2004年05月30日
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身近すぎて考えなかったけれど、阿蘇観光も良いかもしれない。先週末は阿蘇をグルーっとまわりました。 ★満蒙開拓青少年義勇軍阿蘇の小旅行では、80代から10代まで揃っていましたので、各世代ごとの戦争観などが聞けました。戦争体験者の方のお話しは、出来るだけ聞かせて頂くようにしています。阿蘇で立ち寄ったある町出身の知人の話を思い出しました。その方は、「満蒙開拓青少年義勇軍」として16才くらいで満州に行って、その後ソ連に抑留された経験をお持ちでした。「満蒙開拓青少年義勇軍」は、志願の形をとっていたものの、行政や学校に割り当てがあって教師らの強い勧めにより、農家の次男、三男が多く志願して行ったという話を聞きました。この事に対する研究は長野県が進んでいるようですが、熊本でも同じようなことがあったのだろうと思います。※参考「なぜ長野県は「義勇軍送出全国一」になったのか」 伊藤昇知人はその話をされる時、いつも遠くを見るような様子をされます。張り切って大陸に渡ったものの、悲惨な結末となり死んでいった大勢の仲間の顔を見ておられるのかもしれません。そして、こう言われます。「まだ、本当に子どもだったんですよ」国に命を捧げるという気持だったのかどうか分かりませんが、求めに応じて故郷を後にしたのは確かです。今の北朝鮮の人もそういう感じなのでしょうか。私の知り合いに、戦時中教師をしていて、教え子を戦場に送り出す教育をしていたことを大変悔いておられる方がいます。当時はみんな今より純粋な気持ちだったのでしょうか。でも、やはりそれは間違っていたと思う。♪ 命はひとつ 人生は一回 だから命をすてないようにね. 慌てるとついふらふらと お国のためなどといわれるとね~は加川良の「教訓」でしたね。やっぱり国に騙されないように、考える人間を育てる教育が大切だと思います。
2004年05月27日
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昨日(5月24日)の「強制連行 国、企業への請求権消滅 (福岡高裁判決)中国人15人逆転敗訴」のニュースは、各新聞で扱っていましたので、ご承知のことと思います。朝日では次で見られると思います。 ↓(朝日新聞の記事検索サービス)より引用 ↓*******第2次大戦中に中国から強制連行され、福岡県で炭鉱労働を強いられたとして、中国人男性の元労働者15人(うち1人死亡)が国と三井鉱山(本社・東京)に総額3億4500万円の損害賠償と謝罪などを求めた訴訟の控訴審判決が24日、福岡高裁であった。簑田孝行裁判長は、三井鉱山に計1億6500万円の支払いを命じた一審・福岡地裁判決を取り消し、元労働者側の請求を棄却する逆転敗訴を言い渡した。(引用終わり)*******相変わらず、戦争責任の裁判は敗訴続きなのですが、中味を見て欲しい。「除斥期間」や時効の関係で逆転敗訴としましたが、「国家無答責」は認めなかったのです。「国家無答責」とは、戦前の不法行為に国は賠償責任を負わないとする考え方です。一審では、除斥期間は退けられ、国家無答責で企業にだけ賠償を命じました。今回は、国家無答責は退けられ、国の責任も認めた上で、除斥期間の適用により逆転敗訴となったようです。高齢の原告のことを思えば、もう国の責任を認めて、国家として賠償するべきだと思う。亡くなられた方は遺族が裁判を引き継いでいる。昨年7月に、高裁レベル(東京高裁)で初めての「国家無答責」を退ける判決が出て2度目です。あの時の判決に興奮したのを覚えていたので、かたきんさんのBBSに書き込んだかと思って調べてみたら、当時別口で盛り上がっていた時で、私用の記録に残っているだけでした。******朝日新聞の記事検索サービス2003年07月22日(火)「元慰安婦らの請求棄却 国の安全義務違反認定 東京高裁」より部分引用~ ただ、この日の判決は、中国人捕虜の集団射殺にかかわった軍人1人と、連合軍側捕虜への虐待行為をした軍属1人の訴えについては、旧日本軍の違法行為を認定。「旧日本軍は、韓国人の軍人・軍属に戦争犯罪人として処罰される危険がある行為を命じた」と指摘し、戦後補償裁判では初めて雇用主としての国に安全配慮義務違反があったことを認めた。~中略~ また、原告に加わった元慰安婦についても鬼頭裁判長は「生命、健康を保護するよう配慮すべき場合があり得る」と述べ、国に安全配慮義務違反がある可能性を認めた。 さらに、旧憲法下における国の行為に、現政府が責任を負わないとする「国家無答責」の法理も検討。この法理はこれまで多くの戦後補償裁判で国側の主張として認められてきたが、鬼頭裁判長は「現行憲法の下では正当性、合理性は見いだしがたい」と述べ、高裁段階で初めて否定した。~(引用終わり)*******国家が他国の人に対して犯罪行為をするということは、ずっとくり返されてきたことなのでしょう。北朝鮮の日本人拉致事件も、恐らくキューバのガンタナモや、イラクのアブグレイブ米国捕虜虐待もそうではないかと思います。だから、また、同じフレーズですが、「もうやめよう」。そして、「悪かったことはちゃんと謝罪して、二度とそんなことがないようにしようよ」。自国でも、他国でも、悪いことは悪いでしょう。
2004年05月25日
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───────── 日暮れになって雨が上がったポチ(仮名)と散歩。どうということもない雨上がりと日暮れが重なった西の空。携帯からパソコンに送った。家並みはこんなに暗くなかったなあ。なんとなく、いつもの風景の角が取れて、夕空に少し溶け出しているような、かりそめの穏やかさがあったかな。鳥が並んで飛んでいた。どうしても皆さんと繋がることばが浮かばないが、私たちは、殺したり、殺されたりしない世界を作らなくてはならないことだけは確かなんだ。風に吹かれていると、何か感じる(空気の動きだと思う)けれど、言葉になるとは限らない。また明日、風に吹かれ、ことばが浮かぶのを待ちます。Rei
2004年05月20日
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★ダンダンキキョウ──足下の花にも名前がある ★サッカー=イラク、アテネ五輪出場権を獲得 サッカーのことはよく知りませんが、イラクがアテネオリンピック出場というのは素晴らしいと思いました。12日にサウジアラビアに逆転勝ちして、オマーンとの得失点差で勝ったそうです。16年ぶりですって。ヾ(*~∀~*)ゞ オメデトォーアジアの代表は韓国、日本、イラクです。頑張って欲しい。イラクのサッカーと聞いて確かこの監督さんだったと思い調べてみました。ベルント・シュタンゲさん。2月に親善試合で来日されたときの「赤旗」のインタビュー記事です。ぜひ読んでみて下さい。 ↓http://www.jcp.or.jp/akahata/aik3/2004-02-14/01_04.htmlシュタンゲ監督は、「イラクに、飛行機で武器や戦車を運び込むなら、どうして芝生を運べないのか。」と言われたのです。このころ、「イラクに自衛隊ではなく何をおくったらよいのか」ということが話題になっていましたので、「芝生!」と、思わずうなずいてしまったものです。やはり「援助はそこにいる人に聞いた方が無駄がないなあ」って。あれから、イラクのサッカー場の芝生はどうなったのでしょう。「ファルージャの虐殺」では、「遺体をサッカー場に埋めている」という報道がありました。サッカーを愛するイラクの人たちにとって、虐殺の遺体をサッカー場に埋葬するなんて、どんなに無念だったでしょう。もう二度とそんなことがないように、もうやめようよ。中学生でも「憎しみの連鎖がいけない」ってことは理解できます。安心してサッカーが出来るようになって、オリンピックではみんな握手して…。こんな当たり前のことを実現するためには、「力こそ」と思っている人たちが考えを変えなければだめなのです。そして、考えを変えれば、実現するのです。
2004年05月14日
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★平和的生存権かたきんさんが日記http://plaza.rakuten.co.jp/katakin/diary/2004-01-29/に書かれたので印象深いのですが、「自衛隊イラク派兵差止北海道訴訟」で強調された言葉が、「平和的生存権」です。原告は「専守防衛」の立場をとるタカ派の元議員です。私は「戦争放棄」ですが、この「平和的生存権」の捉え方は全く同じです。以下http://www.hg-law.jp/iraq/iraq-05.html#pagetop第5 原告の被侵害法益 1. 平和的生存権の(3)より一部引用 ~これまではいかなる民主主義制度のもとにおいても、戦争と平和は国家の意思決定に委ねられ、国民は選挙を通じて平和的な政府を選ぶ方法によって間接的にしか関与できなかったのに対し、日本国憲法のもとでは、国民が平和的生存権を人権として行使できるようになった。~(引用終わり)そして、憲法前文には次のように書かれています。「われらは、全世界の国民が、ひとしく恐怖と欠乏から免かれ、平和のうちに生存する権利を有する ことを確認する。」この根源的な人権としての「平和的生存権」は、日本国民にだけあるのではなく、全世界の国民の権利であると確認しています。私はここに未来への希望があると思います。国家に対して戦争を禁止するという理念は、私個人が戦争から逃げるということではなく、私にもイラクの少女にもある「平和的生存権」を、世界中の人々とともに行使しようというものです。「戦争反対といっても平和にならない」という人は、この「平和的生存権」を理解していないのだと思います。この北海道訴訟を皮切りに各地で同様の訴訟がおこされているようです。戦争の理由がなんであれ、そこで恐怖に投げ込まれる人々の側に身を置く想像力が、今最も求められているのだと思います。rugermanさんが書き込みして下さった、お子さんの「仔猫の、小さなつぶれてしまいそうな命」に対するような感覚、これはきっと体ごと包み込むような感覚で、こういうものを育むことが大切なのだとあらためて思います。私が受けた戦後教育は「情操教育」ということが素直に実践されていたと思います。今一度、自分の中の想像力の状態も確認したいと思います。─────────《自分自身の情操教育:まわりの生き物の名前を調べて、UPしていこう》★イボタノキ ※掲載していた画像が、イボタノキではなく、ミヤマイボタの可能性が出て来ましたので、ひとまず削除します。 ↓再掲します(2004.12.18)─────────★「ネット上の平和的生存権」を脅かされ金縛りな私息を潜めて身を隠す管理人に、激励、いたわり、煽りなどありがとうございました。金縛りの原因は、決してこの掲示板に残されている書き込みではありません。原因はこの掲示板や、他の方の掲示板から削除された書き込みに私の実名などが晒されたことです。某所に書きましたとおり、私はこのHPを実名で運営する意思はありませんので、今後もこういうことが続けば、HP閉鎖やむなしということになると思います。陰湿、執拗な手段に、悪ふざけを超えたある種の憎悪を感じ、まいっています。安心して、ゲストさんに書いて頂けるようになるまで、本格復帰とはいえないと思いますが、どうか宜しくお願いします。この件で、削除に協力して下さった皆様にあらためて御礼申します。─────────★10000 達成! 05-12 18:06 ゲストさん でした。地域限定のようですので、心当たりの方ぜひ名乗り出て下さい!左の、メール メッセージを送る から、書いて下さい。無理に住所氏名名乗らなくていいから。
2004年05月12日
コメント(12)
かたきんさんの所に、Reiで書き込んだ人がいます。これ以降、当分、ログアウトしての書き込みは止めますので、もし発見されたら教えて下さい。(5月8日17時)騙りや、晒しが前に頻発していたことを思い出します。※あらためて、お詫びと御礼。38才さん、本当にごめんなさい。もっと、落ち着いた掲示板に書き込みして下さい。ぷちぽちさん、心配して下さってありがとう。もう少し様子をみます。Rei
2004年05月08日
コメント(18)
ごめんなさいね。実名を晒す人がいるので、ゲスト書き込み禁止にしました。洒落にならないでしょう。私は、ここで議論をするだけではなく、色々な人と、お話ししたかったのです。思想が違っても、人間として向き合いたいと思っていました。だから、果てしなく続きそうな議論は避けてまいりました。意見の違いは違いとして、お話ししたかった。だって、平和を望む気持はみんなあるのだから、敵ではないはずです。でも、やっぱり、閉鎖しなくてはいけないのでしょうね。猫のこと、犬のこと。草花や虫のこと。小説や音楽のこと。教育のこと。いろいろ、だべりたいことがあったけれど、何も出来なかったね。Rei
2004年05月06日
コメント(11)
木造の中古住宅の我が家は、まわりの家と比べると自然(手入れがされていない)。どこも駐車スペースはコンクリートで整備されているが、我が家といえば、もともとあった門柱やフェンスの一部を私が石のみで壊し、オープンな草むらになっている。何故か散歩中のよその犬にも気に入られて、彼らのtoilet-garden(?)。その狭い庭の屋根になっているのが木犀の木である。秋には、金でも銀でもなくクリーム色の花が咲く。ウスギモクセイと呼ばれるものだと思う。木犀は日本では雄木だけで結実しないが、ウスギモクセイは雄花と両性花があり結実するらしい。でも家のは雄花だけのようだ。放っておけば、電話線に触れるほどの高さになるので、高枝切りばさみで剪定するのも私の仕事だ。どうしようもないときには、苦手な脚立に乗って命がけの作業をすることもある(高所恐怖症…)。花の色も香も、ご近所の金木犀より控えめで目立たない。そんなシンボルツリーが最も個性的に私に訴えてくるのは今の季節かもしれない。軽い風に揺すられてカサコソカサコソ、枯れ葉が落ちる。誰もが知る秋の紅葉の美しい散り方とは違う、それでも確実にどんどん枯れ葉は落ちる。常緑樹の落葉の季節、夏落ち葉である。ぐうたらの私も、少しは掃除をしようと思う散り方だ。腐葉土になりそうだ。夏落ち葉を掃きながら、ReiのHPのことを考えていた。「『戦争放棄』は私のテーマだけれど、HPでその宣伝をすることだけが目的ではない。ふと、青葉の季節を確固たるものにするために、枯れ葉の色で、だれに見られることもなく、それでも確信を持ってどんどん散っていく夏落ち葉のようでいたいと思った。ReiのHPにはたくさんの方がアクセスして下さるわけだけれど、花や葉を仰ぐためではないようだ。この木が目障りだから、撤去せよという人もいるかもしれない。賑やかだからただ見物に来る方もおられるだろう。散った落ち葉は地にあって、それらの言葉を聞いているのかもしれない。小さな声を振り絞って意見を言うこともあるだろう。「その言葉のいずれもが自分らしい言葉であること」、それがReiのHPの基本かな…。今の時代、黙っていてはいけないと思うからHPを立ち上げたけれど、長いこと逡巡していた状態から抜け出したわけではない。HPの運営に当たっては、私は体に受ける風を感じながら、落ちていったり、また舞い上がったりしていたい。これからも、政治的な意見がそう変わることはないと思うが、HPの中で私は自由でいたい。思想の違いなんて大したことじゃないと思う。それより、理解し合えるところを捜したいし、私もありのままの自分を出してみたい。昨日、親切な方が私書にメッセージを下さった。「劣化ウラン弾の説明」と、「現在のReiHP上での議論は本質から離れている」ということで、その方の「本質論」が書かれていた。確かに、その通りなのだろう。しかし、私は「直感的に劣化ウラン兵器は危険である」ということと、「出来るだけ勉強した結論も、危険だ」ということを言っただけで、ここで議論をする意思はあまりない。ただ、みなさんのご指摘はそれなりに読んでいるので、私のほうで意見の修正の必要性を感じたときなどは、書くこともあると思う。だから、「劣化ウラン弾の本質論」が必要だと思われるならば、やはり、ご自分でみなさんに提示していただく方がよいと思う。※私書にいろいろなメッセージが来るが、私の対応はまちまちである。mailで議論する余裕がないので、簡単なお返事で済ませてしまうことが多い。また、その方のBBSにご挨拶したり、ReiのHPでお返事することもあると思う。お返事の必要がないものや、何とお返事してよいか分からないものは、申し訳ないが放置している。※先日、カウプレを日記に書いたら、よそのBBSに「酒は飲まないから辞退」とあって、面白かった。同じような内容のmailもある。「熊本なら、馬刺にしろ」というものだ。これもこの際ここでお返事。「馬刺は高いのよ。それに、私は馬刺を食べないので味が分からない。からし蓮根もクール便になるから厄介。でも、どうしてもって言うなら考えます。案外未成年が多いようなので、お酒が飲めない方には、銘菓「誉れの陣太鼓」8個入りはどうだ。名前も勇ましいから、気に入って貰えそう」今度は、「7777」かな。もう一度、外に出て木犀を眺めてみた。枯れ葉はすっかり落ちて新芽が長く伸びている。秋にはまた大がかりな剪定が必要だ。息子たち、手伝ってくれないかなあ。
2004年05月01日
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