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紫香楽へ、「恭仁東北道」がつなぐ
遷都の道、
見守る
親王陵

茶畑の丘に立つ安積親王陵。横ひだのコートを着たような姿で、紫香楽への「恭仁東北道」を見下ろす
=京都府相楽軍相楽郡和束町白栖
◆
茶畑に少年皇族の陵墓
恭仁京への遷都から1年余り後の天平14( 742)年春
、紫香楽に向けた「恭仁東北道」が開通。紫香楽宮の建設が本格化する。伊賀街道を木津川支流の和束(ワツカ)川沿いに左折、北上する現在の府道5号(木津信楽)線が当時のルートだと聞いて、そこから紫香楽へ向かうことに。
冬枯れ間近の山あいを縫うように上る、緩い坂道だった。紅葉が盛りの、のどかな山里や、険しい崖が迫る渓谷も。 紫香楽まで
地図で見ると 、
ざっと40㎞。

長屋王一族の悲劇を伝える邸宅跡の案内板。王邸は何も残っていないという
=奈良市二条大路南一丁目
元正天皇展のパネル。
長屋王邸での宴を描いたひとこま
(左)
も
=平城宮いざない館