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(社内誌投稿分)
‘80年代の記憶
⑷
完
北の演歌と、新聞づくり
風雪

⼊社以来、先輩記者が飲むと、よく聞かされた歌がある。若⼿歌⼿の流⾏歌もあったが、⽿に残る
のは盛り場でよく聞こえてくるような演歌だ。
思い浮かぶのは、北⽅の地を三味線で流し歩く歌詞の「⾵雪ながれ旅」。 1980
年代から宴会など
でよく歌われた。古くて暗い感じもしたが、「破れひとえ…雪が降る」など強烈で味のある⾔葉の力に、少しずつ
惹かれるようにもなった。
北国の情念がこもる「北の螢」は、少し後の歌だった。馴染の店で、かつての任地をしのぶように
歌う上司をよく⾒かけた。総じては「北の演歌」か。東北などに赴任した記者が歌うと、持ち歌のよ
うに聞こえた。
こうした歌は、なんでも東京中⼼に考えがちな⽇本⼈の、表⾯的な「北」志向 =
⾮⽇常願望の産物
にも思える。だが背景には、地域独⾃の⾵⼟や⽂化の⼒を感じるのも確かだ。
振り返ると、当時の紙⾯制作はこうした事情に適した体制だったのではないか。東京の印刷所か
らの距離に応じた新聞づくりだ。
時間の制約で、当時は最も遠い北東北に 10~12
版が届けられた。最終版とは別の新聞のようだっ
たが、編集次第で現地の地域性も反映する新聞となり、しばしば地元紙を圧倒した。
しかしその後、速報性向上を名⽬に仙台、弘前などで現地印刷が拡充。その結果、最終版に近い 13
版地域が拡⼤し管内の北限 (
⻘森 )
から南限 (
静岡 )
まで、ほぼ同⼀の新聞と化した。
地域性重視の紙⾯が展開される余地は狭まり、それが取材網の効率化 =
縮⼩にもつながったよう
に思える。紙⾯づくりの枠組みが画⼀化される⼀⽅で、肝⼼の速報性はネット社会の中で、今は埋没
が懸念される状況だ。
「新聞社とは印刷所だ」と⾔えば時代錯誤とされそうだが、ハードの物理的な制約から⽣じる多様
性もまた、貴重な資源だったのではないか。少なくとも効率化やネットの向こうに期待できるもの
ではなさそうだ。
それが犠牲になる新聞は、未来への⼒が削ぎ落とされるのが⾃然の流れではないか。そう思うの
は、遅れた⼈間の単なる感傷〜郷愁か。
4️⃣
→ 1️⃣
2️⃣
3️⃣
止め
地方取材回想① 選挙 2024.12.29
地方取材回想➁ 盗難 2024.12.29
地方取材回想③ 事故 2024.12.29