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親戚のかたの案内で、町に入りました。 町は壊滅状態で、大手スーパーや、病院、消防署の建物が残っているだけでした。 陸にうちあげられた船を撤去し運ぶトレーラーがゆっくり走っていました。被災跡のがれきの片づけなどは、少しずつ進んでいるという印象です。 地元のかたの話では、立派な防波堤があることと、ここまでは津波はこないだろうとかんがえ、避難が遅れたことも被害を大きくしたようです。海水をかぶった山の杉の木は、枯れ始めていました。 宿泊先の親類宅へ戻ると、やはり静かな山並みが広がっていました。 翌朝、地区公民館に牛をのせたトラックがとまっていました。村で牛の競り(せり)があったそうです。被災地の早い時期の復興を願ってやみません。
2011年05月30日
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3月11日に発生した東日本大震災で大きな被害を受けた宮城県本吉郡南三陸町は、ぼくの親父の故郷ですが、先日南三陸町を訪れました。父の住む千葉県八街市をふたりで車で出発したのは、5月22日の朝。 東北道のサービスエリアで休憩しながら、現地へ到着したのは、同日の夕刻。 父の生まれた山間部の村は、まるで何事もなかったかのように穏やかな田園風景が広がっていました。 その夜は父の妹の家へ泊めてもらい、翌朝、近所を歩くと、地区公民館の広場には避難本部があり、自衛隊の応援部隊のキャンプがおかれていました。 近くの小学校の体育館は、避難所になっています。 先祖の墓参りをしたのですが、墓石が崩れ地震の影響が大きく残っていました。
2011年05月29日
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