2026
2025
2024
2023
2022
2021
2020
2019
2018
2017
2016
2015
2014
2013
全2件 (2件中 1-2件目)
1
最近つくづく思うのだけど、ゴールすなわち終着点というのは何処にあって、どんな景色が見えるのだろうか?山登りを趣味にする人は、頂上まで登り、登り切った頂点を確認し、この山を制覇したと感じる。はい。お終い。もう山は登ったから二度と登るまいと思うだろうか?頂上から見渡す景色の中に、もっと高い山を見つけて、今度はあれに登ろうと思う。そして実際その山に登るための準備をはじめる。とてもポジティブだ。終わりがないことは、終わりを決めないことはある意味もの凄くポジティブに見える。でもよくよく考えてみると、一体どこに終わりがあるのだろう?生きるということは、山をコツコツ制覇することなんだろうか?では、目を閉じて、山のことを忘れて、なるべく苦労しないようにダラダラ時間を潰すことがハッピイな人生なんだろうか?私にはわからない。そもそも酔っ払ってこんな時間に気紛れみたいに日記を書き始める私には人生の本質なんて語れるわけがないのかもしれない。まっとうな意見だ。お前には発言する資格がそもそもないんだよ。誰かが耳元で囁く。また1日損をしたねと。また無駄に一日長く生きてしまったねと。私は生きている。もう31年生きている。あと何年生きるのだろう?正確なところはさっぱりわからないけれど、私はまだ未だによくわかっていない。人生を生き続ける意味のようなものが。それが知りたくて、少しでも知る努力がしたくて、今日も砂嵐の中を笑顔を浮かべてやってのけているのかもしれない。最近久しぶりに読書に熱中している。本の世界に入ってしまうことは、ある意味危険なことだけれど少なくとも、自分の頭で考えて、舵を取り直すには最適な行為であるように感じている。秋深まる今日この頃。読書と酒とたばこにまみれています。私の日記のコンセプトにぴったりな今日この頃(笑)
September 24, 2002
コメント(5)
土日を使ってキャンプに行ってきた。会社の女性に誘われたからだ。前に誘われた時は体調が悪く断ってしまったので、今回は金曜日のお店明けで辛いことを覚悟しつつも行くことに。最後にキャンプに行ったのはいつのことだろう?パパリンがキャンプ好きだったので、子供の頃はよく家族でこの北海道の様々なところへキャンプに出かけた。ガールスカウトをやっていたこともあって、テントを立てたり火をおこしたりすることには慣れている。なのに、受験やらなんやらで行く機会を失い、短大時代にはバブリー時代の延長から、自然の中で汗水流して自炊することよりも、オシャレなコテージに宿泊することを喜びに感じていた。今回のキャンプが私に教えてくれたこと。それは、片意地はらずに生まれ育ったこの土地を愛せる自分がいるのだということ。焚き火をの炎を眺めていると、私が今まで考えすぎていたこと、わざわざ難しく考えていたことが解けて、文字通り暖かい気持ちになった。炎にはそんな力があるのだと思うとなんだか不思議な気分がする。私は子供の頃から、なんとなくこの北海道が好きではなかった。私は生まれた土地を間違えていると信じていたし、事実東京に出た時にはほっとしたのだ。たぶん今でも、東京で暮らすことになれば、それなりに楽しいだろうと思う。別れた旦那と結婚した時には、あちらに骨をうずめることを信じて疑わなかったくらいだから。でも私は、今とても自然にこの土地を愛している。水が合うようにしっくりとしている。札幌に帰ってきたときの悔しさ。悲しさ。もどかしさ。焦燥感。そんなものに支えられてがむしゃらに働いてきたけれど今私は本当に私のために働いている。こんな風に思えるようになったのは、年をとったせいなのかもしれない。保守的な考えかたをするようになったせいなのかもしれない。いや、違うな。小さな山をわたしなりに越えたような気がする。これから先、私はどんな考え方・感じ方をし、どんな人になってゆくのかわからない。ただ今確実に言えることは、3年かけて、今、私は幸せです。
September 1, 2002
コメント(4)
全2件 (2件中 1-2件目)
1