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私には時間があまりないので、この日記にあまり日常的なことが書かれていなくても、皆さんどうかあまりびっくりしないでね。書きたいことが思い浮かんで、どうしても書いておきたいときに書こうと決めたのです。さて、本題。私の母が、疲れている私のために、私の誕生日に、アロマキャンドルをくれた。そのキャンドルは切り株の形をしたものと小さなどんぐりの形をしたもの、どんぐりと同じぐらいの大きさのきのこの形をしたものだった。母は、切り株には気持ちをリラックスさせる香りがあり、どんぐりときのこにはその機能はないけれど、切り株が減ってきたら、その窪みにそれらをはめて燃やせばいいとアドバイスしてくれた。キャンドルは燃やせば減ってゆくものだから、私はしばらく、それらを眺めるだけで、火をつけなかったのだけど、ある日、文字通りすごく疲れていた時に切り株に火をともした。その炎は激しくゆれた後、規則的な小さな炎を灯し続けた。切り株のまわりのろうが溶けることで、底に液体になって溜まったろうが、光の大きさを制御しているようだった。私はそれを眺めながら、それはまるで人の心のようだと思った。人生とは、液体になったろうに囲まれて、小さくそれでも火が消えないように灯し続けるものだと。切り株のろうがどんどん削りとられ、底に近くなってきたとき私は言葉にすることができないほどの強い不安に襲われた。この土台が溶けてしまったら、どうなるんだろうと。私は火を消して眠り、しばらくその切り株に火を灯すのを止めた。でも、私はその切り株を忘れて生きて行くほど強くはなく、癒しを求めてまた火をつけた。そして、切り株がなくなってしまわないように、小さなどんぐりをその上に乗せてどんぐりから出ている芯に火をつけた。切り株の中にいるどんぐりはよく馴染んでいたし、最初それはごくごく当たり前の情景に見えた。私はほっとして、その姿を眺めた。でも私がその炎のそばで本を読んだりぼんやりしている間にそのどんぐりはどんぐりではなくなっていった。のだと思う。限定できないのは、私が気が付いた時には、どんぐりの姿はもうそこにはなかったからだ。どんぐりは切り株に溶けて、切り株とひとつになっていた。母親いわく、切り株の種火を保つために、そのどんぐりやらきのこやらは存在しているのだけど、私はいいようのない悲しみを感じた。どんぐりは切り株になったのだ。それは本当にどんぐりが望んでいたことなのだろうか?どんぐりは満足しているのだろうか?火を消すと、どんぐりの姿は跡形もなく焼失していて、それはただの切り株になっていた。どんぐりは文字通り切り株に含まれたのだ。私は自分が何かに含まれることを想像してみた。私は土曜日の夜に、夜通し自分が何かに含まれることを考えてみた。そこには何があるのだろうかと。気持ちだけでは計れないものあがあるのかと。私は今でも時々切り株に火を入れる。どんぐりの分が磨り減ってきた。きっと私はきのこを切り株の中に入れるだろう。どんぐりにそうしたのと同じように。それは、キャンドルの機能としては正しいことなのだろう。たぶん。でも私は時々、そんなことの全てについて疑問を感じてしまうことがある。私は感傷的に過ぎるのだろうか??
October 26, 2002
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菊花賞。私が10年かけて応援している角田晃一騎手が勝ちました!!ダービーも持ってるから、残すは皐月賞のみ!!!しかも2着は妹が大・大・大ファンの安田康彦騎手。馬券の人気はあるわけなく、なんと9万6千円馬券に…てか私は今日は買いに行ってないんだけど、父親が買ってるのでこづかいもらいます。私の愛の悲鳴で買ったレースは最近ではジャンポケのダービーに次ぐ2度目の出来事。まじであげまんだわ~私~。笑いが止まらん!!さっきまでテレビの前で泣いていたけれど…明日からも自分を信じてがんばろう!!と思いました。
October 20, 2002
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今日は11時に目を覚ました。昨日はお店の最終出勤日で、結構飲んだ。昼間の仕事が忙しく、お店が続けられそうにないと判断してから2ヶ月。コナゴナになりそうになりながら続けてきたお店とさよならした。これからは、昼間の仕事に全身全霊を傾けたいと思う。今朝、目覚めて最初に私が思ったことは、玄関の小さなスペースにずっと置きっぱなしにしていた組み立て式ラックを組み立てること。私は小柄だけれど力持ちだし、家具を組たるような作業は割に好きな方だ。それでも、今までは手を差し伸べれば助けてくれる彼氏に頼って自分で組手立式家具を組み立てるようなことは殆どなかった。最後に自分で何かを組み立てたのは何年前のことだろう。箱からパーツを取り出す手に汗がにじむ。上手く出来なかったらどうしよう。失敗したらどうしよう。その緊張が嫌でずっとほったらかしにしていた通販で買ったラック。腹をくくって組み立てて見る。説明書どおりに六角インチを使ってネジを回すと女の私の力でも立派なラックが出来上がった。所要時間はなんと30分。握力40の私は締めすぎたのか、天板がはまらず、ゆるめてはめてからまた締めなおしてみたりして。置きたかった場所にラックを置いて、100均や無印で買ってきたカゴや収納ボックスに混沌としていた様々なものを収納し、大事な小説を並べ、大好きなクリムトの画集をセット。観葉植物を飾ると、高校生の時に夢見たオシャレな空間が出来上がった。女31にして、ドラマのような部屋を作り上げる喜びが体の底から湧き上がるとともに、私が感じたもうひとつの感情は、こんな風に何でも自分でできてしまうことはアル意味不幸なことでもあるのかも知れないということ。私にはこの空間を楽しむ喜びとともに、この年になっても家庭を持つ喜びが味わえないのだなと思うとやっぱり少し切ない。旦那と別れて3年。恋をする暇もなく、若い頃に味わうべきだった独身の醍醐味を収入の安定によって今、味わうことに夢中で、なおのこと縁遠い。本当にこのままでいいんだろうか?
October 19, 2002
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明日10月12日は私が離婚をした日だ。明日で離婚丸3年になる。この3年間、私は札幌で、3つの職場を転々とした。短いスパンのバイトと水商売を入れると8つくらいの職場に携わってきたことになる。血液型別ダイエットの本によると、B型は遊牧民族にあてはまるようだが、私の人生はまさに、「遊牧民族」そのものだ。水を求め、食を求め、絶えず移動をして生きて行く。目標も目的もひとつに溶けて、やがては直感だけを頼りにして。なんて書くと、おおげさだけれど、変化の多い人生の中で今の私は比較的落ち着いた環境を手にすることができたと言えるかもしれない。私が今している仕事は、インターネットに深く携わっている業種で、事務担当と言えども、専門的な知識も求められるシーンが多い。空間的にものを捉える力、何かを何かに置き換えて考える思考。そういうものが要求されると同時に、一日1000通のメールを読みこなし、瞬時に返信すべきもの、FWDすべきものを判断しなくてはいけない。まるで戦いだ。ひとつミスをすれば、社長みずからのメールで突っ込まれてしまう。私はもともと今の業種に興味があったわけではないし、この会社の存在すらも知らなかったのだけど、入ってみると、私が求めていた仕事のスタイルとは、まさにこれだと納得できるところがあって毎日大変ながらも凄く楽しい。私は水商売が好きだったし、いずれ店を持ちたいと思ったこともあったけれど、私はここにきて、水商売とはすっぱり縁を切ろうかと思っている。ひとつには、今の仕事を大切に思うあまり水商売の仕事に集中できなくなったということ。もうひとつには、水商売に以前ほどの魅力を感じなくなってしまったということ。時を経て、自分が納得の行くスタイルのお店を持ちたいとまた思う日がくるかもしれない。でも、今の私にはそれはとても考えられない。旦那と別れて3年。あの時、もっと旦那に優しくするべきだったとか、あの時すごく楽しかったとか幸せだっとか、思い出はシーン&シーンでよみがえることがある。でも、それはあくまでもシーンだ。切れ切れのシーンを張り合わせているだけのことだ。私は生きている。今も、これか先もたぶんしばらくは。生きるということは1シーンの都合のいい張り合わせではない。酸いも甘いもある常時接続だ。3年たって思うこと。別れたことを後悔していない。どこかも地点に戻りたいとも思わない。今の自分の人生が、結構好きです。というか悪くないと思う。これからも悪くないな…と思える人生を歩いてゆきたい。
October 12, 2002
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