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商店街に、近頃子どもの来店が少ない。・・・とあるお店の店主に言われた。私は、生まれも、育ちも名古屋市瑞穂区です。小学5年生の時に、暗算検定試験2級に合格しました。近所のスーパーに母親と出かけるとレジのおばちゃんに、「計算、違っているよ。OOO金額だよ。」と言うと母親が、「うちの子供、暗算が得意なの。 もう一度、計算し直してね。」と言うとレジ係りのおばちゃんが「すごい。ごめんなさいね。とし君の言う通りの金額だね。」と褒めてくれて、飴玉をくれたのを今でも、覚えております。商店街には、人の温もりがあった。昭和の時代は、人と人との温もりがありました。私が、商人になるとは、夢にも、思いませんでした。商店街は、今のままでは、生き残れないと思います。商店街の良いところは、お客様の顔がわかること。そして、店主さんや、従業員さんの顔が、わかることが良い部分だと思います。「人」と「人」のつながり。メイクマネーという言葉を使う若者経営者さんもいます。私は、この言葉が、嫌いです。お客様とのつながり。お客様が満足する商品を提案する。そんなお店づくりを考えております。平成23年の3月11日に、震災がありました。弊社も、2,000万円の被害をうけました。その次の年に、ショッピングセンター内の店舗を閉店しようと決意しました。4年半かかって、ショッピングセンター店舗をすべて、閉店しました。もちろん、お金も、時間もかかりました。従業員にも、説明しました。私の考えに、賛同できないスタッフは、退職していきました。前日、その時に退職した女性に会いました。「社長、ロコレディを退職しなければ、良かった。」と。私は、眠れない夜が、何日も、何日も、続きショッピングセンターを辞めるか?どうするか?悩みました。朝9時~21時まで、365日休み無し。商店街に、お店を構えている店舗もあれば、単独店舗もあります。決断しても、後悔する日々が続くかと思いましたが、後悔は、全然しませんでした。それは、それは、スタッフたちが、仕事は、きつくても、愉しいと言う言葉を聞かせて頂きました。「楽ではない、でも楽しい。」と。定休日も作り、仕入れ業務も、分担化する。営業時間を短縮した。年末年始の休み。そして、お盆休みも作る。商店街には、ぬくもりがある。商店街には、子どもたちの笑い声が聞こえる。そんなお店づくりをしたい。ヒットより、フィットする商品構成。
2026.01.28
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昭和53年、新聞配達から学びました。私は東海大学に入学したばかりの、十八歳の大学一年生だった。 将来は新聞記者になりたい――。そんな思いから、 新聞配達の勤労学生として 生活を始めた。毎朝三時半に起き、 まだ街灯しか灯っていない住宅街を自転車で走る。新聞の重みと同時に、 社会の空気を肌で 感じる日々だった。ちょうどその頃、日本中を揺るがす出来事が起きた。#プロ野球界の「江川事件」である。巨人入団を望んだ江川卓投手。 交渉権を獲得した阪神。 そして、巨人のエースだった小林繁投手との交換トレード。新聞は連日この話題で埋め尽くされ、 部数は目に見えて伸びていった。 配達する私自身も、 「今日はよく新聞売れているな」と 実感したほどである。 そんな中で、私は一人の新聞記者と知り合った。その記者は笑いながら言った。 「江川事件はな、 大袈裟に書けば書くほど新聞が売れるんだよ」ペンという武器の威力を、 その言葉から初めて知った気がした。 同時に、胸の奥に小さな 違和感が芽生えた。事実より刺激。 冷静な分析より感情の煽り。 それは、本当に人のためになる報道なのだろうか。私は次第に考えるようになった。 江川卓という一人の青年だけが、 本当に「悪者」だったのか?小林繁投手との交換トレードの裏側を、 憶測で暴き立てることは、果たして正義と言えるのか?書けば書くほどに、売れる。 しかし、その一文が誰かの人生を左右するかもしれない。この仕事は、 私の性分には合わないのではないか。 そう思いながらも、 「まずは一年間、新聞配達をやり切ろう」 と自分に決めた。その一年間で、 私が意識したことがある。 それは、 物事をバランス良く 考える力だった。 白か黒か。 善か悪か。 勝者か敗者か。 世の中は、そんな単純な構図ではできていない。 一方の声だけを大きくすれば、 もう一方の真実は消えてしまう。私は学生時代に、 「バランス良く、バランス良く」 と自分に言い聞かせるようになった。その後、大学3年生時に 父が亡くなった。 剣道家だった父は、 生前、私にこう語っていた。 「人としての気品と礼節を忘れるな」 突然の別れは、 私の人生観を大きく変えた。夢を語るより先に、 まず自分の足で立たなければならない。 私は「自立」という言葉に、 強く意識を向けるようになった。 振り返れば、昭和五十三年は、 私の人生の基礎が 形づくられた一年だった。 新聞配達で社会を知り、 江川事件で情報の怖さを学び、 父の死を通して、生き方を問われた。 この経験があったからこそ、 私は今も極端に走らず、 人の話に耳を傾け、 調和と中庸を大切にしている。後に商いの世界へ進んでからも、 その姿勢は変わらない。 数字より人を。 勝ち負けより関係を。 短期より長期を。 大学4年生になり 就職課に 出向くと, とし坊 アパレル業界に行け‼️ ーと。 いかがでしょうか? 参考になれば幸いです。 昭和五十三年、 新聞配達の朝に身についた「バランス感覚」は、今も私の人生履歴書の、確かな一行として生き続けている。いかがでしょうか?参考になれば、幸いです。#ロコレディ#新聞配達#江川事件
2026.01.18
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今,学校教育に もう一度「道徳」授業が 必要かも⁇ 道徳と商い: 心の土壌に花を咲かせる 実践の道。 共通する「心の在り方」という根幹 道徳教育と、伎芸型おもてなし商売道。 一見、教育と経済という異なる領域にある両者ですが、 その出発点は「人としての在り方」を問う点で深く共鳴しています。 どちらも単なる知識やテクニックの習得ではなく、行動の源泉となる「心の温度」を高める営みです。 正しさや感謝を育む道徳と、売る前に「どう在るか」を問う商売道は、共に人間性の豊かさを根底に置いています。 共感力と柔軟性が生む 「人間らしさ」 両者の共通点は、相手に対する深い「想像力」にあります。道徳が「相手の気持ち」を慮る力を養うように、伎芸型おもてなしも「お客様が今、何を求めているか」を察する共感力を核とします。 そこにはマニュアル化された正解はありません。 一人ひとりに応じて最適な“間”を取り、答えを押し付けないその姿勢は、まさに人間らしさを信じる「生きた教育」の姿そのものです。 実社会という「舞台」に立つ覚悟 しかし、両者の間には決定的な一線を画す「覚悟」の違いが存在します。 教育現場での学びが、失敗を許容される「訓練」であるのに対し、 商いの現場は一瞬の振る舞いが信用や死活に直結する「真剣勝負の舞台」です。 逃げ場のない実社会のリスクを背負い、自身の生き様でお客様に応える。 この責任の重さがあるからこそ、伎芸型おもてなしは、教科書を超えた「実社会の道徳教育」へと昇華されるのです。 土壌を耕し、実を 結ばせる生き方 道徳教育が「心の土壌」を耕すプロセスであるならば、伎芸型おもてなし商売道は、その土壌に「信頼」という花を咲かせ、「継続」という実を結ばせる実践の場です。 道徳で「どう生きるか」を学び、商いで「どう生きているか」を証明し続ける。 ロコレディの軌跡は、 まさにこの「生きた道徳」を体現する、尊い実践の道と 言えるかもしれません。 いかがでしょうか? 参考になれば幸いです。
2026.01.09
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なぜ伊勢神宮は、わざわざ20年ごとに建て替えるのか?〜「変えることで守る」日本の知恵〜伊勢神宮 では、約20年ごとに神社をそっくりそのまま新しく建て替えます。1300年以上も続くこの行事を「式年遷宮」といいます。初めて聞くと、「まだ使えるのに、なんで?」と不思議に思いますよね。私もそう思っていました。知り合いの神主様から。その理由は、とてもシンプルです。伊勢神宮が守りたいのは、建物そのものではなく「大切な心」だからです。木の建物は古くなります。でも、祈りの気持ちや作法、考え方は、人から人へ受け継ぐことができます。その背景には20年という区切りには意味があります。親から子へ、子から孫へ。師匠から弟子へ、創業者から後継者へ。一生に一度は必ず経験できる年数。建て替えを通して、技術も、心構えも、ちゃんと次の世代に渡せるのです。つまり遷宮は、日本版の「バトンリレー」なのです。駅伝マラソンと同じです。日本では、「ずっと同じ形=守る」ではありません。変えながら、守る。これが伊勢神宮の考え方です。この発想は、長く続く会社や商いにも共通しています。やり方は変えても、人を大切にする心は変えない。伊勢神宮が続いてきた理由は、この日本らしい知恵があり,伝統と歴史があるからだと思いますが、いかがでしょうか?参考になれば幸いです。我が社は創業昭和26年になります。バトンタッチする時期がまもなく訪れます。
2026.01.08
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AI時代に、なぜ「伎芸(ぎげい)」型が効いてくるのか⁇ ──長寿企業が静かに強い理由 AIが急速に普及し、 「速く・正しく・効率的に」仕事を進めることが、 当たり前の時代になってきました。 売上予測、在庫管理、接客の自動化。 かつて人が担っていた仕事の多くを、 AIが肩代わりできるようになっています。 けれど、 そんな時代だからこそ、 私は強く感じるのです。 長寿企業は、むしろこれからの時代に強い。 間違い無く強いです。 その理由は、 長寿企業が 「AIが苦手な領域」を、 ずっと商いの中心に 置いてきたからです。 AIは「正解」を出すのは 得意です。 でも、苦手も数多くあります。 ・相手の表情の微妙な変化 ・言葉にされない不安 ・その人の人生背景 ・また会いたくなる余韻 こうした人と人の間に生まれる温度は、 データ化できません。 伎芸『ぎげい』型おもてなし商売道のポイントは 今の売上げより, 人にフォーカスしています。 長寿企業は、 お客様を「顧客データ」 ではなく、 顔のある存在として見てきました。 「あのお客さま、最近元気がないな」 「この季節になると、必ず立ち寄ってくれる」 そんな記憶の積み重ねが、 信頼となり、物語となり、 結果として「選ばれ続ける理由」になっています。 失礼ながらもお客様のことを家族の一員として考えています。 伎芸『ぎげい』型おもてなし商売道も、 まさにここに フォーカスしています。 マニュアル通りに 話すのではなく、 その場の空気を感じ、 相手に合わせて「演じ分ける」 すなわち ヒットよりフィットすることを意識しています。 売ることより、 出会いを大切にする。 出愛🟰であい。 効率より、心の温度を見る。 一見すると、 非効率に見えるかも しれません。 けれどAI時代には、 この非効率こそが価値になります。 何でも早く、何でも便利な世の中で、 「この人から買いたい」 「この店に来ると、ほっとする」 そう思わせる力は、 人にしか生み出せないからです。 日本の長寿企業は、 形を変えながら、 軸を守ってきました。 建物を建て替えながら 精神を継ぐ 伊勢神宮のように、 商品や手法は変えても、 人を大切にする姿勢は変えない。いかがでしょうか? だからこそ、 時代の波に飲み込まれず、 静かに、しかし確かに、 生き残ってきたのです。 AIは、これからも進化します。 私たちも、AIを使うべきでしょう。 ただし忘れてはいけません。 AIは道具。 商いの主役は、 いつの時代も人。 伎芸『ぎげい』型おもてなし商売道は、 AI時代における“人間らしい商い”の 答えの一つなのだと、 私は確信しています。 いかがでしょうか? 参考になれば幸いです。
2026.01.07
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病院で処方された「副作用のない薬」とは? ──昭和の記憶が紡ぐ、伎芸『ぎげい』型おもてなし商売道 1月5日、月曜日。ばぁさんの病院の付き添いで、妻と二人、朝8時30分に家を出ました。診察、会計、薬の受け取りまで、すべてが終わったのは13時近く。長い待ち時間でしたが、不思議と心は穏やかでした。 待合室で、車イスに座る今年96歳になるばぁさんに、「扇屋の奥さんですよね」と、推定80代の男性が声をかけてくださいました。 少しして今度は、 「タカラストアーの奥さんですよね」と、推定70代のご夫婦が。 昭和26年、親戚の扇屋旅館から名前をいただき「扇屋洋品店」として始まり、 昭和35年には「タカラストアー」として食品スーパーへ。 そして昭和48年から「ロコレディ」と名を変え、地元で商いを続けてきた歴史。 ばぁさんは車イスに揺られながら、昭和の頃の話に花を咲かせていました。 その表情は、診察を待つ患者というより、人生を語る「語り部」そのものでした。 病院を出て、次は眼科医院へ。 そこには後継の女医先生、推定50代前半。 「先代の大先生と奥様には、本当にお世話になりました」 そう言って、また昭和の話が始まります。「私は姉の方です。妹も眼科医なので、私は姉の方ですよ!ーと笑いながら。妹が、お孫さんと同級生でして」 時間を気にした妻が、「他の患者さんのご迷惑になりますから…」と私に小声で伝え、 「ばぁさん、そろそろ帰ろうか」と声をかけると、 女医先生が笑顔で、「羽富さん、大丈夫ですよ。これは“副作用のない元気になる薬”ですから」と、やさしく言ってくださいました。 その一言に、胸が熱くなりました。 伎芸『ぎげい』型おもてなし商売道とは、売る技術ではなく、時間を超えて人の記憶に残る「関係性」を育てることだと再認識しました。 店先で交わした一言、困った時に差し伸べた手、何気ない笑顔の積み重ねが、50年以上後にも、病院の待合室で“元気になる薬”として返ってくる。 商いを続け、地域に貢献してきた創業者夫婦。 羽富正三羽富節子 正直に言えば、私はまだまだまだ, 到底超えられていません。 けれど、そのお二人が蒔いた種の恩恵を受けながら、今日も商いを続けさせていただいている。 それ自体が、何よりの感謝であり、 私にとっての修行であり、伎芸『ぎげい』型おもてなし商売道の原点なのだと、静かに教えられた一日でした。 いかがでしょうか? 参考になれば幸いです。
2026.01.06
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「〇〇ファースト」の時代に、三方よしの発想とは? 今、政治の世界では「〇〇ファースト」という言葉が流行しているように感じます。 国民ファースト、地域ファースト、若者ファースト――。 誰を優先するのかを明確にする姿勢は、一見すると力強く、わかりやすい主張に映ります。 しかし、その言葉が広がれば広がるほど、私はある疑問を抱くようになりました。 「ファーストではない人たちは、どこへ行くのだろうか」と。 本来、日本にはもっと穏やかで、調和の取れた考え方があります。 それが、近江商人に代表される「三方よし」です。 売り手よし、買い手よし、世間よし。 自分だけが得をするのではなく、相手も喜び、社会にも役立つ。この三つがそろって、はじめて“善い営み”とされてきました。剣道家の実父から子どもの頃から教わっていました。 JAPANファーストという言葉の根っこにも、本来はこの三方よしの精神が流れているのではないでしょうか?いかがでしょうか? 私が実践している伎芸『ぎげい』型おもてなし商売道も、まさに三方よしの実践です。 目の前のお客様に心を込めて向き合う。スタッフ一人ひとりが誇りを持って働ける場をつくる。 そして、その積み重ねが地域の安心や活力につながっていく。 効率や数字だけを追いかけると、こうした営みは遠回りに見えるかもしれません。 しかし、結果として信頼が生まれ、リピーターが増え、商いは持続していきます。 誰か一人を「ファースト」に押し上げるのではなく、 関わる人すべてが、少しずつ良くなっていく道。それが三方よしであり、伎芸『ぎげい』型おもてなし商売道の本質です。 政治であれ、商いであれ、いま私たちが立ち返るべきなのは、流行の言葉ではなく、日本人が長い年月をかけて育んできた、この“根っこ”なのではないでしょうか。 いかがでしょうか?参考になれば幸いです。
2026.01.05
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笑いがつなぐ道の駅──コロッケ一つから始まる「快輪(かいわ)」とは?1月3日、土曜日。新春の活気あふれる「道の駅常総」に、私のコロッケのキッチンカーはありました。年始の慌ただしさの中にも、どこか穏やかな空気が流れる一日。ありがたいことに、朝から多くのお客様との出会いに恵まれました。そんな中、ひときわ元気な「あっ!おじさんだ!」という声が響きました。声の主は、以前つくば市「つくばわんわんランド」で声をかけたことを覚えてくれていた男の子。再会を喜んでくれるその誇らしげな笑顔に、こちらの心も温まります。会話はさらに弾み、ママさんが愛知県岡崎市のご出身だと判明。三河弁と茨城弁を自在に操る彼女に対し、私も名古屋弁と茨城弁で応戦します。ところが、お互いの方言が混ざり合い、言葉のチューニングが絶妙にズレていく,もう頭の中がぐちゃぐちゃになってしまった。ついには、お腹を抱えて笑い転げるほどの「大笑い」が巻き起こりました。「ちょっと!笑わせないで、シワが増えちゃう!」そんな冗談が飛び交う時間は、単なる「店主と客」という関係を超え、同じ時を楽しむ「仲間」のようなひとときでした。その後も、「あなた芸人なの?」と笑いかけてくれる80代の旦那様や、「おひねり代わりに」とコロッケを買ってくださる粋な方、そして受験生の孫のためにとメンチカツを手に取るお客様。コロッケが、単なる食べ物ではなく「応援の気持ち」を運ぶ役割を担った瞬間でした。この日、私が実感したのは**「快輪(かいわ)」**という繋がりです。快輪とは、笑いが巡り、心がほどけ、また会いたくなる関係が自然に回り出すこと。商品説明よりも、雑談。効率よりも、寄り道。一見遠回りに見えるその時間の中にこそ、本当の商いがあるのだと教わりました。商いとは、モノを売ることではなく、「笑い合った記憶」を持ち帰ってもらうこと。コロッケ一つ。されど、笑顔は何倍にも膨らむ。「またここで、あの笑顔に会いたい」。そう思える幸せな一日でした。いかがでしょうか?参考になれば幸いです。
2026.01.04
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題名襷を任せる覚悟が、人と商いを強くする──箱根駅伝に学ぶ、伎芸型おもてなし商売道とは?1月2日、3日。 仕事の為、移動中の車に乗って私は箱根駅伝を、ラヂオで聴いていました。もちろん母校の応援もありますが!映像はなくとも、声だけで伝わってくる選手たちの息づかい、沿道の空気、そして襷に込められた想い。その一つひとつが、胸に沁みました。出場出来なかった控えの選手,マネージャー,同級生。そして家族親戚一同。地域の皆様の期待などなど。とりわけ印象に残ったのは、「青山学院大学」の強さです。ただ速いだけではない。そこには「任せる」「信用する」「課題を与える」という、極めてシンプルで、しかし最も難しいマネジメントの本質がありました。選手一人ひとりを信じ、任せ、あとは見守る。その姿勢が、走りの伸びやかさとして表れているように感じました。いかがでしょうか?一方で、心から拍手を送りたくなったのが、「帝京大学」です。17位から9位へ。来年度の出場権を「奇跡」のようにつかみ取ったその走りは、数字以上の価値を持っていました。素晴らしい走りだと思いました。自分たちを信じ、襷をつなぐことを諦めなかった結果です。これは、商いにおいても同じだと思います。結果は、想いと積み重ねの「後から」ついてくるものなのです。そして、我が母校である「東海大学」。今回は悔しい結果となりましたが、私は心から願っています。予選会から、もう一度。もう一度、チームづくりをやり直してほしい。焦らず、土台から、人を育て直してほしい。その道のりこそが、本当の強さにつながるはずです。期待しています。伎芸型おもてなし商売道も、同じです。人を育てるとは、細かく管理することではありません。舞台を整え、役を与え、あとは信じて任せる。失敗も含めて、その人の「芸」にしていく。襷を渡す覚悟。それは、経営者にとっての最大の伎芸なのかもしれません。大学は別として茨城県愛知県出身者が紹介されると,ワクワクします。いかがでしょうか?参考になれば幸いです。
2026.01.03
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商いにも「初詣」と「墓参り」がある──続く店が大切にしている順番とは?? 年末年始になると、「初詣とお墓参り、どちらが大切でしょうか?」という話題を耳にします。商いの世界でも、実は同じ問いが存在します。 目標を掲げ、新しい挑戦に向かう姿勢は大切ですが、それだけで店は長く続くのでしょうか。 私は長年の現場経験から、商いにも「初詣的行動」と「墓参り的行動」があると感じています。 剣道家の父親はまずは墓参りだ。ーと言う教えでした。 商いにおける「初詣的行動」とは、売上目標を立てたり、新商品や新企画に挑戦したりする未来志向の行動です。 今年は伸ばしたい、変えたい、成長したい──その想いは、商いを前に進める大切な原動力です。 初詣が新年の誓いであるように、商いにおいても志を立てることは欠かせません。 一方で、「墓参り的行動」は少し静かです。これまで支えてくれたお客様、スタッフ、家族、地域への感謝をあらためて確認すること。 常連さんとの何気ない会話を大切にし、創業時の初心を思い出すこと。 ここには願いよりも、「ありがとうございました」という報告の心があります。 実は、この墓参り的行動を疎かにした商いほど、数字に追われ、心が疲れていくように感じます。 本来の順番は、墓参りが先、初詣が後。感謝の上に願いを重ねる商いは、地に足がつき、多少の逆風でも簡単には揺らぎません。 長く続く店ほど派手さはなくても、人を大切にし、当たり前を丁寧に積み重ねています。新しい年の始まりにこそ、自分の商いは今、「初詣」だけになっていないか。 そう問い直す時間が、次の成長を静かに支えてくれるのだと思います。 いかがでしょうか?参考になれば幸いです。
2026.01.01
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