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【2019年12月27日(金)】 事務所勤務通勤途上、東洞院沿いのスポット紹介です。 蛸薬師を上がったところに、江戸時代の画家呉春の邸宅跡があります。今は石碑が建つのみですが、跡地に建つ低層マンションは「Shamaison 呉春」と名付けられています。よろしかったらぽちっとおねがいしまいました。にほんブログ村
2019/12/27
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【2019年12月26日(木)】 今年の総ざらえ、今日はゴルフです。 まずラウンド回数です。下記が日本に帰ってきてからのラウンド数です。17回と去年より5回減りました。5月まで「若冲応挙」講義の準備で忙しくてラウンドを入れなかったのが理由です。来年は20回は超えると思います。今年初めて「太平洋クラブ宝塚」を回りました。 練習のほうは、一昨年(2017)から、ガイド関係で忙しくなって時間がとりづらくなり、それに加え、暑いとき、寒いときにもガイドがあるわけで、わざわざそんな時期に好き好んで練習には行きたくないという気持ちが働き、練習にほとんど行かなくなりました。今年も6番ユーティリティーを買ったときに試し打ちために一度行っただけです。練習しても、スコアが上達するわけでもなさそうだし。去年からの、練習なしで、スコアアップを図るという方針に変更はありません。 さてスコアのまとめです。 「がん」から復帰後、年々少しずつ平均スコアがよくなっています。Min.は98で去年と変わらずですが、Max.が115と去年の120に比べ5も小さくなり、平均も109から107へと、ダボペース未満になりました。去年に比べストロークが2だけよくなっています。ドライバーやフェアウェイウッドがさらに安定したのと、7番アイアンの代わりに買った6番ユーティリティの効果もあると思います。ラン寄せも、ロブ寄せも多少安定してきましたが、ストロークの中では課題です。 パターは去年と平均は変わりませんでした。イップス対策で、昨年10月からクロウグリップを取り入れました。クロウグリップの中で、スタンスをオープンにしたりトライしましたが、結局スクェアがいいと判断し、この11月からスクェアに固定しました。クロウグリップで短いのを外すことが少なくなりました。外したときもイップス感はありません。イップスは脱出したように思います。来年はパットもスコアを伸ばせるのではないかと思います。 道具のほうは、前述のように6番ユーティリティーを7月に買いました。7番アイアンより安定して打てます。良い買い物でした。同じく7月にパターマットを買いました。忙しくて、あまり使っていません。 去年、「来年の目標は、平均スコア108以下、パット数36以下です。」と書きました。平均スコアは達成です。パット数は未達成。今年の目標は、平均スコア106以下、パッチ数36以下です。よろしかったらぽちっとお願いします。にほんブログ村_________________________________私の十大ニュースカテゴリーhttp://plaza.rakuten.co.jp/saaikuzo/diary/ctgylist/?ctgy=12
2019/12/26
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【2019年12月24日(火)】 2019年私の出来事#3です。 今年も余すところ、1週間。あと1回飲み会が設定されていますが、これ以上は増えないので、飲み会の数について纏めてみました。飲み会の回数 所属する会の関係で、行事や業務のあとに「ちょっといきましょか」という臨時飲み会の回数が、大幅に増えたのが主な要因です。 特記点としては、「その他」の項目に含まれますが、がん患者支援団体「5ywars」の大阪での懇親会に参加したこと(2回目)、米国赴任時代の地元市長さん一行と懇親できたことがあげられます。また、会社の軟式テニス部の仲間と久しぶりに一献傾けられたのも嬉しい出来事でした。 特に何もない限り誘われたら断らない主義なので、来年も件数は大きく変わることはないでしょう。ただ、一人2次会も多かったと思うので、それは健康面からも金銭面からも撲滅しなければなりません。よろしかったらぽちっとお願いします。にほんブログ村_________________________________私の十大ニュースカテゴリーhttp://plaza.rakuten.co.jp/saaikuzo/diary/ctgylist/?ctgy=12
2019/12/24
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【2019年12月23日(月)】 事務所勤務の前に年賀状用写真の撮影をするため京都市内を歩きました。今回の年賀状の写真のテーマは「京都のレトロ建物」。12月17日(こちら)に撮り切れなかったところを、早足で1時間強をかけて回りました。これに加え昼休みの時間を利用して、京都府庁などの写真を撮りました。 今日、撮影した建物です。弥生会館長楽館先斗町歌舞練場1928ビル(旧大阪毎日新聞社京都支局)SACRAビル(旧不動銀行京都三条支店)日本生命京都三条ビル(旧日本生命京都支店) 京都府京都文化博物館(旧日本銀行京都支店)MAR court(旧家邊徳時計店・やべとくとけいてん)中京郵便局(旧京都郵便電信局)みずほ銀行京都中央支店(旧第一銀行 京都支店)新風館(旧京都中央電話局)京都国際マンガミュージアム(旧京都市立龍池小学校)京都府庁旧本館旧京都府警本部本館平安女学院昭和館聖アグネス教会 2日間の撮影で多くの箇所を撮影することができました。他にもまだまだレトロ建物が京都にはありますが、使う写真は12枚ですし、もう年賀状を書いてしまわないといけない時期なので、両日の撮影の中から写真を選ぶことにします。-------------------------------------------------------------------よろしかったらぽちっとお願いします。にほんブログ村
2019/12/23
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【2019年12月23日(月)】 事務所通勤途上の東洞院仏光寺上ルに廣田紬株式会社の本社社屋があります。黒漆喰塗りの趣ある建物です。ホームページで廣田紬の歴史を調べてみると、昭和21年に、本場結城紬を専門に扱う問屋として、創業者 廣田勘蔵(明治43年生まれ)当地に廣田商店を創業(昭和46年に廣田紬株式会社へ改組)したのが始まりとのことです。明治期に建てられた京町家を社屋として使っており、社屋内の展示会場を京町家の雰囲気を生かした貸会場として貸し出しているとのことです。いつまでも守り続けて欲しい建物の一つです。廣田紬株式会社 本社社屋 よろしかったらぽちっとおねがいします。にほんブログ村
2019/12/23
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【2019年12月22日(日)】 2019年私の出来事#2です。 通院回数です。2015年5月に後腹膜悪性腫瘍の粒子線治療を終えました。下記グラフは2016年からの通院日数を示しています。 定常的に通院しているのは、がんの経過観察(今年M病院からK病院へ移る)、高血圧投薬(O医院。今年から高尿酸薬もO医院で)、緑内障予備群経過観察(A眼科)、歯のメンテナンス(K歯科)の4つです。 がんの経過観察は、今年から半年に1回になり、かつM病院からK病院へ移りました。年2回のはずでしたが、血液検査で尿酸値が抜けていて、再度血液検査のため通院したので3回になりました。 高血圧投薬は月1回なので、O医院は年12回です。がん経過観察で高尿酸薬をもらっていたのですが、半年に一度となって、さすがに半年分の薬はいっきょにもらえないので、がん経過観察の血液検査の結果を示して、O医院で処方してもらうようにしました。 A眼科は3ヵ月に一度は来院のことといわれているのですが、進行はしていないと自分で判断して、意識的に半年に一度にしています。先生からは、「3ヵ月に一度来てください。」とまた言われたので、来年はせめて4ヵ月に一度にしたいと思います。 K歯科は3ヵ月に一度のメンテです。今年は異常がなかったのでメンテのみの4回でした。 「その他」の1回は、緊張緩和薬を処方してもらいにメンタルクリニックに行った分です。。 このような経過から、去年26回に対し、今年22回と通院回数が減りました。去年、何もなければ、K病院2回、O医院12回、A眼科2回、K歯科4回の合計20回と予測しましたが、上記K病院のプラス1回、メンタルクリニック1回で、22回となりました。 来年は、A眼科を4ヶ月に一度とするので、何も異常がなければ、21回の通院回数となるはずです。よろしかったらぽちっとお願いします。にほんブログ村_________________________________私の十大ニュースカテゴリーhttp://plaza.rakuten.co.jp/saaikuzo/diary/ctgylist/?ctgy=12
2019/12/22
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【2019年12月21日(土)】 例年のように今年の私の1年を振り返っていきます。去年の初回は12月8日でしたので、約2週間遅いスタートです。今年の12月がいかに忙しいかという一つ現れなのでしょう。 まず「がん」の経過観察の状況です。 2012年に腎盂がんで左の腎臓を摘出しました。その後順調だったのですが、2014年夏に残った腎臓の後ろに後腹膜悪性腫瘍を発症しました。大阪府下のM病院で、抗癌剤治療を6クール(約半年)受け、腫瘍はかなり小さくなりました。しかし、根治は無理だとのことで、透析ができるようにしたうえでの残った腎臓ごとの切除をM病院から提案されました。ダメ元でセカンドオピニオンを2ヶ所受けました。その一つで、腎臓を温存できる方法として粒子線治療を紹介いただき、その治療を兵庫県粒子線医療センターで、2015年3月から受けました。2015年5月に治療を終え、M病院に戻っての経過観察に入りました。 心配されるのは、腫瘍の再増悪と副作用としての腎不全です。 腫瘍径は2016年の10月まで縮小を続け、その後小さくなったままの大きさで安定しました。腫瘍が全く消えてしまう場合もありますが、小さくなったままで壊死して治癒という場合もあるそうなので、この状態は良好な状態です。そこで再発の心配が非常に小さくなったとの判断から、再発時のために残しておいた、抗癌剤点滴用のCVポートを抜去する手術を、2017年7月に受けました。それ以降、CVポート洗浄のための通院が不要になり、血液検査は1ヵ月に一度がCTと同じ3ヵ月に一度になりました。そして、その後も腫瘍は小さくなったまま安定しているので、去年の11月以降は半年に一度のCT検査になりました。そして病院も片道1時間半程度かかる大阪府下のM病院から、自宅近くのK病院へと移りました。これで通院の肉体的負担、金銭的負担がずいぶん軽減されました。このような経過から今年のCT検査はK病院での2回だけです。下のグラフのように、今年も小さくなったまま安定していました。 腎不全は、血液検査のクレアチニン値で判断します。下記のグラフのように、粒子線治療後、その年末まで徐々にクレアチニン値が上がり続けましたが、以降は1.5付近で安定し、今年も引き続き1.5付近で安定していました。正常値範囲を超えてはいますが、片腎としては問題ないレベルです。 今年も年間を通して、腫瘍径も小さくなったまま変化していないし、クレアチニンも1.5付近で安定していました。粒子線照射部皮下が硬化したり、その影響と思われる腹部の軽度の痺れや痙攣が発生したりすることがあり、今年は右太もも皮膚に痛みを感じることもありましたが、生活には全く支障がありません。 このように、今年も腫瘍の状況、副作用とも順調に推移しており、健康面の問題なく、京都での観光ガイドなどを継続しています。幸せなことです。来年4月末で粒子線治療終了後、5年経過します。もう定期的なCT撮影や血液検査は不要となればありがたいです。よろしかったらぽちっとお願いします。にほんブログ村_________________________________私の十大ニュースカテゴリーhttp://plaza.rakuten.co.jp/saaikuzo/diary/ctgylist/?ctgy=12
2019/12/21
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【2019年12月17日(火)】 今日は午前中、「宮本組」についての講義を聴講をしました。「宮本組」って、何か大工さんの会社か、その筋の団体の名前のようですが、そうではなくて、祇園祭の神輿渡御を支える祇園の町衆で作られた会です。宮本さんという名前からきているのではなく、お宮の本にあるから「宮本組」です。講師は坂田憲治氏。宮本組のメンバーでもあり、京都産業大学日本文化研究所の上席特別客員研究員も務められています。私も同じ研究員を務めており、期をまたがった研究員の懇親会でお会いしたことがあるような気がします。坂田氏は祇園のお茶屋さんに生まれられ、花街文化にお詳しいからでしょう、京都産業大学の非常勤講師も務められているようです。恐らく、研究員繋がりで坂田氏と面識のある方が講師をお願いしたのではないかと思います。 内側から見た祇園祭、しかも我々がある程度知っている山鉾巡行ではなく、ほとんど知識のない神輿渡御についてのお話しということで、新たに知ることも多く、そしてお話も非常にお上手で、最初から最後まで聞き入りました。 あらたに知ったこと、印象に残ったことを列挙しておきます。記憶、メモが曖昧な部分があり、間違いがあるかもしれませんが。 ・神輿 祭神 神輿の形 担当組 中御座:素戔嗚尊 (すさのをのみこと) 六角形 三若神輿会 東御座:櫛稲田姫命 (くしいなだひめのみこと) 四角形 四若神輿会 西御座:八柱御子神 (やはしらのみこがみ) 八角形 錦神輿会 ・四若(しわか)は高瀬川の船頭衆がルーツ。 錦は現在では錦市場の町衆だが、もともとは壬生村百姓衆。・清々講社が全26学区を束ね資金集めをしている。・もともとは太陰暦の6月7日、14日がそれぞれ神幸祭、還幸祭だったので、 365日の中では固定ではなかった。ある年の太陰暦の日を、太陽暦に当てはめて 17日、24日にしただけ。・八坂神社の本殿で吉符入(1日)を行うのは宮本組だけ。 吉符入後、清々館でくじ取り式を行い、誰が何を持つかなど神宝の担当者が決まる。・4日に円融天皇陵(福王子神社近く)に代表者が参拝する。 円融天皇は974年(天延2年)に祇園祭の神輿を鴨川を渡って平安京を渡御するように 勅命したと言われているため。 昔は組長が一人で行っていたが、今は複数人が参加。噂では、昔の組長が一人で行って いたのはお妾さんが、近くにいたらかとか言われている。 ・10日の神輿洗神事の朝6時から四条大橋を宮本組で掃除する。 出る神輿は中御座のみ。神輿の飾り付け無し。ここは何故か四若が担当。 途中、万灯会の「お迎提灯」の列とすれ違う。 四条大橋東南袂の祓い所に鴨川の水を入れた桶が置かれる。予備が、仲源寺に置かれる。・万灯会では、鷺踊、小町踊、祇園祭音頭などが奉納される。 小町踊は篠塚流という京舞最古の流派の踊り。昔は京の花街はすべて篠塚流だった。 しかし三代目のときに廃れた。・13日には、長刀鉾稚児社参、久世駒形稚児社参がある。長刀鉾稚児は神の使いであるのに 対し、久世駒形稚児は神そのもので、こちらのほうが位が上。でも長刀鉾稚児のほうが、 有名でマスコミへの露出度も高い。資金力の差によるもの。・15日の宵宮祭でご神体が神輿に乗る。そのときは境内の照明が消され、厳かな雰囲気になる。・17日の神幸祭は「神迎え」、24日の還幸祭が祇園御霊会。本番は24日といえる。 八坂神社石段下で三神輿同時差し上げするようになったのは最近。 京都の神輿は江戸のそれよりサイズが大きい。担ぎ棒の先にシンバルのような物が付い ていて、それが音を出す。宮本組は先導のため出発済みで、同時差し上げを見る ことができない。・23日に又旅社で「オハケ清祓式」が行われる。この場所はもともとの神泉苑の端に位置 するといわれる。・24日の還幸祭では三条通のアーケードが見所の一つ。アーケードに音が反射して勇壮。・昔の御旅所は西御座が少将井御旅所、東・中御座が大政所御旅所だった。 豊臣秀吉が今の四条御旅所に集めた。 少将井御旅所の祠は今は京都御苑内の宗像神社に遷座している。 大政所御旅所については次ぎのような言い伝えがある。 平安時代の天延2年(974年)、東洞院高辻に住んでいた「秦助正(はたのすけまさ)」の夢に、 神人が現れご宣託があった。「汝の家を影向の地とせん 速やかに朝廷に奏上せよ」というもので、 翌朝「助正」の家の庭にある狐塚から蜘蛛の糸が祇園社までつづいていたので朝廷に奏上した ところ円融天皇も同じ夢を見たとのこと。以後、「助正」の自宅が「祇園社」の御旅所になり、 「大政所」といって神殿が造られ、「助正」は神官に命じられた。 大政所の宮司の末裔が錦天満宮の宮司といわれている。・神輿は和御霊(わみたま)、駒形稚児は荒御霊(あらみたま)とされる。・騎馬武者三騎は江戸時代は弓矢町(建仁寺南側の松原通沿い)が担っていた。 昭和57年に断絶し、宮本組が復活させた。もともと使っていた甲冑は今も 7月15、16、17日に弓矢町で公開される。 宮本組は映画村から甲冑を借りてきて使っている。・行列の御錦蓋(ごきんがい)は神様の公的外出用、御菅蓋(ごかんがい)は 私的な外出用。・明治43年の西御座行列の記録を見ると、見座武者、長刀鉾稚児、月鉾稚児、 放下鉾稚児が書かれており、長刀鉾以外に生稚児(いきちご)がいたことが 分かる。 レジュメはまだ続いていましたが、時間切れでここまでとなりました。写真は、2010年に神幸祭を撮ったものです。今年は還幸祭を短時間ですが、見学しました。よろしかったらぽちっとお願いします。 にほんブログ村
2019/12/18
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【2019年12月17日(火)】 米国から帰任した翌年の2007年か2008年の年賀状から、テーマを決めて京都の風景を撮った写真を使っています。最初の頃を除いて、12枚の写真を並べています。毎年、年の途中に撮り溜めをしておけば楽なのにと思うのですが、いつも忙しくて、結局12月になってから、やおら撮り始めるのが常になっています。 今年も撮影開始が今日になってしまいました。研修会(こちら)が終わって、夕刻から三味線のレッスンがあるので、その間の約5時間を有効活用しようと目論みました。 来年のテーマは当初「京の路地」にしようと思っていたのですが、12箇所見つけるためには時間もかかり、この忙しいなかでは無理と思い、最終的には予備知識のある「京のレトロ建物」にしました。 昼前に雨が降り出して写真撮影には不利な状況となり、どうしようか迷いましたが、今日を逃したら、なかなかまとまった時間が取りにくいので、決行することにしました。市バス一日券で、岡崎エリア、京都国立博物館、七条大宮エリア、四条大橋エリアを回りました。まだ時間があったので三条通エリアも回りたかったのですが、暗くなってきたので切り上げました。円山公園の長楽館なども含め、後日撮影したいと思います。 今日撮影した、写真の一部をアップします。他にも同じ場所で違うアングルの写真もあり、今後撮る写真も含め、年賀状に採用する場所とアングルを決めていきます。京都市美術館別館京都市美術館京都府立図書館藤井斎成会有鄰館京都国立博物館 明治古都館柳原銀行記念資料館(旧・柳原銀行)龍谷大学大宮学舎旧村井銀行七条支店(現・京都和み館)西本寺伝道院(旧・真宗信徒生命保険本館)南座東華菜館(旧・矢尾政)レストラン菊水-------------------------------------------------------------------よろしかったらぽちっとお願いします。にほんブログ村
2019/12/17
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【2019年12月16日(月)】 来年1月から3月の「京の冬の旅」光照院を訪問しました。 場所は同志社大学新町校舎の北側です。普段は非公開の尼門跡寺院です。午後2時半から、常盤会館、本堂、書院、控室の順に見学させていただき、打ち合わせをしました。最後にご住職にご挨拶させていただきました。公開初日が1月10日で、私の初回は1月11日です。光照院 常盤会館よろしかったらぽちっとお願いします。にほんブログ村
2019/12/16
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【2019年12月16日(月)】 事務所通勤路途中の東洞院六角に辻森自転車という昔ながらの自転車屋さんがありますが、そこが最近リニューアル工事をしていて、どんなになるのかなぁと思っていました。先日前を通ったら、おしゃれなスイーツか何かの店になっていました。自転車屋もスペースは小さくなったようですが、残っています。 ネットで調べたら、辻森自転車店(正式には辻森自転車商会)の創業は明治後期。この一画にブルーボトルコーヒー「京都六角カフェ」が12月13日にオープンしました。ブルーボトルコーヒージャパンの店としては国内16店舗目、京都2店舗目です。よろしかったらぽちっとおねがいします。にほんブログ村
2019/12/16
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【2019年12月14日(土)】 M社の泉関係有志の3ヵ月か4ヵ月に一度程度の京都での集まり「オーイ会」があり、東寺とその周辺を散策した後、夜の懇親会でした。 場所は、室町通錦東入ル北側の「SEKAIYA」というイタリアンのお店でした。おしゃれなお店です。カメラを忘れていったので、写真はネットからです。食べログから -------------------------------------------------------------------よろしかったらぽちっとお願いします。にほんブログ村
2019/12/14
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【2019年12月13日(金)】 今日は研修会があり出席しました。テーマは「角倉了以と素庵」。とても分かりやすい講義でした。嵐山の角倉了以像(撮影2010年6月) 新たに知ったこと、再認識したことをピックアプします。・大堰川は行政的には桂川。通称は上流から、上桂川⇒桂川⇒大堰川⇒保津川⇒大堰川⇒桂川・大堰川に通した船も高瀬舟という。 了以が、作州美作の国(岡山県)の和計川(わけがわ)の高瀬舟を見て、大堰川開削を決意した。・千光寺はもともと清涼寺の西にあったが、了以が開削で亡くなった人を供養するために、 大堰川を上から眺めることのできる現在地に移した。・船頭と船大工を備前国(岡山)の瀬戸内水軍配下から呼び寄せ、 彼らはやがて嵯峨に住み着いた。その地を小屋町と呼び、後に角倉町となった。・「はなの家」は大堰川の水運管理のために建てられた屋敷。 後に嵯峨角倉家の屋敷となった。・高瀬川の用地買収のとき、竹田村では耕地の損失や灌漑用水の欠乏を恐れ、 反対するものもいた。了以は説明し、誓約書をいれた。了以の企業家としての 誠実な姿勢を示している。・素庵は朱印船貿易で、船中規約を作った。今にいう企業倫理にあたるもの。先進的な手法。・素庵は老年期、籟病を患って亡くなった。・素庵の子である吉田光由(みつよし)は数学者。数学の知識を使って、菖蒲谷隧道を作り、 北嵯峨の人々に貢献した。今も水が流れる。北垣国道が明治23年、功績をたたえ、 石碑を建てている。・吉田光由は和算入門書「塵劫記」を書き、和算の発展をに寄与した。・常寂光寺の無料拝観エリアに塵劫記の記念碑がある。・由光の墓は大分の豊後高田市にあるが、平成24年に算盤関係のお仕事をされている 女性の方が二尊院でも発見した。この方が、算盤玉で作った多宝塔を千光寺に奉納された。・祇園祭の鶏鉾の胴掛には、了以が清水寺に奉納した朱印船の絵馬を下絵にしたみものがある。・ホテルオークラの2階に新しく作られた了以像がある。・清水寺西門前に、了以の奉納した一対の灯籠がある。彫られた家紋で分かる。・常寂光寺の料金所近くの休憩所?の天井に大堰川で使われていた高瀬舟がある。まっすぐ帰宅し、明日のオーイ会京都案内の準備を本格的にスタートしました。明日の京都歩きは午後からなので、明日の午前中も準備継続です。todoのその日暮らしが続きます。よろしかったらぽちっとお願いします。にほんブログ村
2019/12/13
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【2019年12月12日(木)】 午前中、オーイ会京都歩きの下見の2回目をした後(こちら)、午後はガイド会の用事で晴明神社へ。紅葉がキレイでした。晴明神社の紅葉よろしかったらぽちっとお願いします。にほんブログ村
2019/12/12
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【2019年12月12日(木)】 12月14日(土)オーイ会の東寺とその周辺の案内の下見を昨日しましたが、回りきれなかったので、今日の午前中追加でしました。京都駅西側七条通界隈です。粟島堂新選組不動堂村屯所跡碑(リーガロイヤルホテル前)本光寺前 伊東甲子太郎他殉難の地碑不動堂明王院新選組不動堂村屯所跡碑(ホテル瑞鳳閣前)午後は、ガイド会の用事で、晴明神社を訪れました。⇒こちら-------------------------------------------------------------------よろしかったらぽちっとお願いします。にほんブログ村
2019/12/12
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【2019年12月11日(水)】 午前中、オーイ会京都歩き下見をし(こちら)、夕刻ガイド会関連で忘年会でした。場所は、烏丸六角下ル西側地下の「かぶり」。初めて入るお店で、地下へ入った後の入口が分かりにくかったです。-------------------------------------------------------------------よろしかったらぽちっとお願いします。にほんブログ村
2019/12/11
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【2019年12月11日(水)】 今日は午前中の、この15日のオーイ会の昼の部(京都歩き)の下見をしました。15日は東寺とその周辺を案内することになっています。行ったことがあるところばかりですが、訪れたのは随分前だし、色々変化もしているでしょうから、下見をすることにしました。 当日はJR西大路駅に集合してもらって、そこから出発ですが、今日は私だけなので、西大路七条から歩き始めました。今日のコースは下記ですが、出発地をJR西大路駅に改めています。当日歩く距離の概算のためです。西寺(平安時代にあった西寺と同名ですが、直接関係はないようです)→西寺大炊殿跡→鎌達稲荷神社→西寺跡→西寺五重塔跡発掘地→羅城門跡→矢取地蔵→鳥羽高校校舎(レトロ建築)→東寺(無料エリア各堂宇)→勧智院(外から)→DX東寺→伏見稲荷御旅所 当日のコースはまだまだ続きますが、時間が無くなったので、今日はここまでにしました。ここまでで約4kmです。残りは明日、また京都市内に出るので、そのときにします。若一神社西寺道祖神社大炊殿跡鎌達稲荷神社西寺跡京都市立洛陽工業高等学校跡地2018年閉校になり、発掘調査が行われ、平安京の羅城の一部と、九条大路が確認されました。西寺五重塔跡発掘地羅城門跡矢取地蔵尊鳥羽高校東寺 贔屓像 陀羅尼の碑(中央)東寺 降臨石東寺 高野山遙拝所東寺 三面大黒天東寺 御影堂 司馬遼太郎の本の抜書綜芸種智院跡 西福寺-------------------------------------------------------------------よろしかったらぽちっとお願いします。にほんブログ村
2019/12/11
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【2019年12月10日(火)】 今日は、1月16日と1月30日の予行を兼ねた研修会でした。私が午前中、伏見稲荷大社とその周辺を案内し、午後からMさんが鳥羽離宮跡を案内しました。 朝は早目に行って、本番で悪天候の場合の迂回路などを確認しました。コンビニに寄ったとき、鴨川運河の旧市電稲荷線の停留所跡が工事中で、工事の機材でレールの痕跡が見えなくなっていることが分かりました。やはり直前の下見は重要だということを再認識しました。 午前10時にスタートして、11時45分に帰着できました。リミットは12時だったので、時間内に回れました。権太夫の滝では、教祖様に案内いただき、想定の時間で、上手く説明いただくことができました。初めて訪れるところや、初めて聞く内容も多く、案内内容も好評でした。拡声器もテストできました。要検討点も把握できました。「権太夫の滝」での展示 午後は、Mさんの案内で、鳥羽の鳥羽伏見の戦いゆかりの地や、安楽寿院を巡りました。本番では私は列のコントロール係ですので、ルートを憶えることも含めて、お話しを聞きました。 京都の最低気温は3.6度と低かったですが、最高気温は15.0度と暖かかったです。カイロは着けていかなかったものの、防寒をしっかりしていったので、汗ばむくらいでした。天気がよかったのが何よりでした。本番はより寒い季節にになります。今日のようにとはいかないまでも、暖かくて良い天気であることを願うばかりです。鳥羽離宮公園「秋の山」安楽寿院 近衛天皇陵よろしかったらぽちっとお願いします。にほんブログ村
2019/12/10
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【2019年12月8日(日)】 金戒光明寺の「秋の特別公開」最終日でした。京都の最低気温は3.7度と低く、朝は室内でも6℃という気温でしたが、最高気温は10.6度と10度を超え、室内の気温も12度とカイロなしでしたが。凍えることはありませんでした。外も風がなかったため、寒さをあまり感じず、陽が射せばポカポカと暖かいくらいでした。暖房がいっさいない山門も今日はそれほど寒くなったようです。ただ、時々雨が降り、傘を差すこともありました。庭園のモミジは、日陰が多いためか、まだまだキレイでした。最終日の日曜日ということもあり、多くの訪問者でした。 大方丈は以前少し触れましたが、今日はより詳しい案内です。 御影堂の東に大方丈があります。御影堂拝観後、大方丈拝観です。大方丈は昭和9年(1934)に焼失し、昭和11年(1936)に再建されました。京都大学武田五一教授の設計です。 正面の「白河禅房」の扁額は閑院宮載仁(かんいんのみやことひと)親王の御染筆です。閑院宮載仁親王は日本赤十字社総裁、元帥陸軍大将も務められました。 西側上段の間は、「謁見の間」とも呼ばれ、幕末京都守護職松平容保公に後の新選組の近藤勇、土方歳三、芹沢鴨らが拝謁した部屋を再現したものです。 中央の部屋は仏間で、恵心僧都作の本尊阿弥陀如来像が安置されます。その左右には観音菩薩と毘沙門天、他には信空上人(当山2世)、親鸞上人そば喰いの坐像が安置されます。 東側の「虎の間」「松の間」の襖はすべて金襖で、「虎の間」には、久保田金遷(きんせん)氏筆の虎図、「松の間」には今尾景祥筆の松図が描かれています。昭和9年に焼失するまでは、それぞれの父親である久保田米遷(べいせん)筆、今尾景年筆の襖絵が入っていましたが、焼失したので、それぞれの子息に描いていただいたものです。「虎の間」は大方丈の玄関に近い部屋で、応接にも使われる部屋で、待つ客人を退屈させないために、いくつかの工夫が凝らされています。それらは解説しないと、なかなか分からないので、特別拝観時はここだけはガイドによる案内があります。 今回の仏間他での寺宝展示には下記が展示されました。仏間・法然上人立像図・法然上人涅槃図・一枚起請文・法然上人朱色二十五条袈裟図・法然上人立像図(宝瓶の御影)・法然上人立像図(六字名号)・法然上人坐像図・法然上人一枚起請文付坐像図・若冲 群鶏図屏風 一曲・若冲 宝珠に槌図・處冲 掛軸 四幅(處冲は若冲の弟子)松の間・法然上人涅槃図廊下・茶所の釜 このあとの拝観順路は庭に下りて紅葉を楽しみ、再び大方丈に戻り、新清和殿に進んで、出口にというルートなっています。特別拝観期間中は、新清和殿でご朱印授与となり、売店も設えられます。 今日が最終日ですが、紅葉を楽しむことができましたし、朝から夕で紅葉が進行するというのも目の当たりにすることができました。山門からの素晴らしいパノラマも楽しみました。 写真は阿弥陀堂と納骨堂です。阿弥陀堂納骨堂山門そばの紅葉よろしかったらぽちっとおねがいします。にほんブログ村
2019/12/08
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【2019年12月7日(土)】 招待券をいくつかいただきあmした。東寺ライトアップ、北野天満宮もみじ苑、泉屋博古館「花と鳥の四季」です。東寺のライトアップは、紅葉には早かったですが、11月9日にすでに家内と行きましたこちら。残り2つが忙しくて行けずにいました。2つとも最終日が明日の12月8日です。明日は勤務で行けません。行くとすると今日だけです。12月10日のシニア講座の予行を兼ねた地区組研修会の「紙芝居」を作らないといけないのですが、せっかくいただいた招待券を無駄にするのも気が引けるので、9日一日かければ「紙芝居」を作り切れると判断し、今日思い切って家内を誘って、午後から出掛けました。 まず北野天満宮へ。駐車場がいっぱいで停めるのに苦労しましたが、何とか駐車できました。もみじ苑へ直行。招待券がなければ、1,000円です。新聞の紅葉情報で、京都のほとんどの名所が「散り初め」となっていたのに、北野天満宮だけは「見頃」でした。本当かなと思いましたが、その通り見頃でした。御土居の谷にあるので、日陰が多く、紅葉時期が遅くなるからだと思います。キレイでした。上七軒の老舗和菓子屋・老松さんのお菓子付きでした。 次いで、泉屋(せんおく)博古館へ。「いずみや」と読んでいたのですが、事務所勤務の仲間が「せんおく」と訂正してくれました。住友家の美術コレクション、特に中国古代青銅器を保存展示するための機関として昭和35年(1960)に設立されました。名前の由来は、江戸時代の住友家の屋号「泉屋」と、中国の宋時代に皇帝の命により編集された青銅器図録「博古図録」です。丸太町通を東に行って、白川通を越えてさらに東に行ったところにあります。初めて訪れました。 「花と鳥の四季」と題して、花や鳥を描いた近世を中心とした絵が約30点展示されていました。狩野探幽、中村芳中、田能村直入、沈南蘋、彭城百川、伊藤若冲、円山応瑞、椿椿山、呉春、土佐光起、狩野常信、狩野養信、松村景文、尾形乾山、浦上春琴などの絵が展示されていました。月洲、陳遵、藪長水、張秋穀、余崧、辺文進、沈恢、長山孔虎、呂紀、徳川斉脩(なりのぶ)は初めて耳にする画家の名でした。多くの近世の画家の名を若冲・応挙についての講師の勉強過程で知りましたが、まだまだ知らない画家がいます。-------------------------------------------------------------------よろしかったらぽちっとお願いします。にほんブログ村
2019/12/07
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【2019年12月6日(金)】 金戒光明寺でした。 今日の京都の最低気温は5.0度で昨日より高かったですが、最高気温が9.0度と昨日より低く、寒さが昨日より厳しかったです。山門の急な階段を上り切ってヤレヤレというところで目にする絶景は、多くの人が「わぁー」と声をあげられます。また、アベノハルカスが見えるときには、「すごいー」と声があがります。そういうときは、寒さも忘れて嬉しい気持ちになります。 ある方が、「カイロを腰の前後ともに貼っておくと、トイレに行く回数減らせるよ。」と教えてくれました。私は手足以外は背中側の首筋に1枚貼るだけでした。試してみたいと思います。 写真は墓地の最上部にある三重塔(重要文化財)です。文殊の塔とも呼ばれます。応仁の乱によって消失しましたが、1634年、伊丹重好が徳川秀忠を追悼するために再建されました。日本三文殊の塔の一つで高さは22m。本尊の文殊菩薩と脇士(運慶作)は現在は本堂(御影堂)内に安置され、公開されています。金戒光明寺の文殊は中山文殊と呼ばれ、それ以外の三文殊は、奈良県桜井市の安倍文殊院の安倍文殊、京都府宮津市の知恩寺の切戸(きれど)文殊です。三重塔(重要文化財) よろしかったらぽちっとおねがいします。にほんブログ村
2019/12/06
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【2019年12月5日(木)】 金戒光明寺の山門でした。今日の京都の最低気温は3.8度、最高気温は10.5度と寒い一日でした。朝は風がなく、日当たりもよくてポカポカとしていましたが、次第に風が強くなり、寒くなりました。今日は、足は、指輪れ薄手靴下の外にカイロ、その上に薄手靴下、さらに厚手靴下と3枚履き+カイロで臨みました。手は白手袋を重ねてその間に小型のカイロを入れました。これに加え、首筋に貼るカイロ。これで何とか乗り切ることができました。 ちょっと困ったのはトイレ。私は腎臓が1個しかないので、水分を人より多くとるので、どうしてもトイレが近くなります。寒くなるとなおさらです。山門は階段の上り下りも含め時間がかかるので大変です。これは私の冬場の弱点です。 紅葉もピークを過ぎ、参拝者も少なくなりましたが、寒さに震えながらも、楽しく過ごさせていただきました。 写真は金戒光明寺の墓地にある、所謂「アフロ大仏」です。正式名称は「五劫思惟阿弥陀仏」。阿弥陀如来の異形のひとつで、経説によると四十八の大願を成就するために永い間、剃髪をすることもなく坐禅・思惟していたので、このような髪形になったといいます。劫とは永い時間を示す単位で、方四十里もある大磐石を百年に一度ずつ白氈(はくせん)で払って、その石がすりきれてなくなっても終わらない時間だといい、要するに永遠・無限をさすものと解すればいいのでしょう。今やこの阿弥陀様、インスタ映えで非常に有名になって、金戒光明寺を訪れるお客様のほとんどがご存知です。五劫思惟阿弥陀仏 よろしかったらぽちっとおねがいします。にほんブログ村
2019/12/05
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【2019年12月4日(水)】 研修会で宇治を歩きました。「源氏物語・宇治十帖の古跡をめぐる」というテーマでした。 ルートは、JR宇治駅→宇治橋三の間→夢浮橋(ゆめのうきはし)古跡→橋姫神社→橘島→朝霧橋→宇治十帖モニュメント→早蕨(さわらび)の道→総角(あげまき)古跡→源氏物語ミュージアム歩行距離約2km。源氏物語ミュージアム到着は11時頃で、入ったところで解散でした。 源氏物語は瀬戸内寂聴の現代語訳で全巻読んだことがあり、案内の内容は、それを思い出しながら、よく理解できました。今日案内の冒頭で、源氏物語の登場人物は約450人、原稿用紙にすると約4,000枚の作品とのこと。本を読んだとき、登場人物の関係が複雑で、読むに苦労しました。 源氏物語ミュージアムはそばは何度も通ったことがあるのですが、入ったことがなかったので、今日は見学させていただきました。 カメラを忘れていったので今日は写真はありません。ルート図だけ掲載します。よろしかったらぽちっとお願いします。にほんブログ村
2019/12/04
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【2019年12月2日(月)】 事務所通勤途上、東洞院通のレトロ建物の紹介を続けます。 東洞院錦下ル東側の2階建てレトロビルです。医院2軒、ラーメン「魁力屋」、YOROZUYAというお店が入っています。築年代、元の所有者、設計者などは不明です。 よろしかったらぽちっとおねがいします。にほんブログ村
2019/12/02
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【2019年12月1日(日)】 今日は三尾のご案内でした。三尾といういのは栂ノ尾、槇尾、高雄(尾)のことです。それぞれ、高山寺、西明寺、神護寺というお寺があり、いずれも紅葉で有名で、そのシーズンには混み合うところです。 三尾は一番最初の同行ガイドをした印象深い場所です。そのときは三尾の後、清滝川沿いを歩いて嵐山のい向かうコースでした(こちら)。今日は三尾だけです。 6人でのガイドでした。三尾だけのガイドと書きましたが、スタイルは今までに経験したことのないスタイルでした。お客様540人が、バスで続々と到着し、3つのお寺を順番に自由に歩き、各お寺に2人のガイドが常駐していて、5分程度の案内をするというものです。旅行社はスタッフの数を減らせるし、普通なら同行で約50人のガイドが必要になりますが、6人のガイドで済むので、より安い旅行が提供できます。また、お客様も束縛されないかたちで、ガイドの解説付きのハイキングが楽しめるということで双方にメリットがある企画です。 私はNさんと神護寺担当でした。一番奥で、355段の階段を上りますので、その往復を含めると、3つのお寺の中では最も厳しい勤務地です。最初の高山寺担当は10時ガイドスタートですが、お客様は高山寺、西明寺と歩いて、その後、昼食、そして神護寺に来られます。ですので、我々のガイドスタートは実質的には11時半頃になりました。 神護寺は楼門を入ったところは、広いスペースになっています。また、お客様は355段の階段を上がって来られて息が切れています。ですので、案内は同時に2人がすることはせず、1人だけがして、1人は上がって来られたお客様に休憩を兼ねて待ってもらうよう促して、前の組の案内が終わったら、少し前に引き連れてご案内するという方法をとりました。次から次へとお客様が来られるので、3時間の間ほぼ切れ目なしのご案内となりました。 旅行社が特別にお寺さんにお願いしていて、年に2回の特別公開のときにしか観ることができない五大虚空像菩薩も拝観でき、錦雲渓に向かっての「かわらけ投げ」が1枚ですが、楽しめるようになっていました。途中の参道でのお菓子のサービスなども付いているようで、フリーハイキングとはいうものの、色々盛りだくさんの企画でした。旅行社の方に伺ってみたら、三尾ではこのスタイルは初めてだけれでも、他の場所ではすでにやっているとのこと。 山岳寺院でモミジはだいぶ散っていましたが、ところどころに残っており、紅葉も少し楽しむことができ、天気もよかったので、私自身も楽しむことができました。 2時過ぎに最後のお客様が来られて、高山寺の駐車場に戻って終了となりました。よろしかったらぽちっとお願いします。 にほんブログ村
2019/12/01
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