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K病院での抗がん剤第1クール退院後、今日は泌尿器科と腫瘍内科の診察でした。泌尿器科では、K先生にエコーで腎臓の様子を診てもらいました。腫瘍が尿管を押しており、腫瘍がさらに大きくなって、尿管が狭まり、尿が流れにくくなると、私は片腎のため、尿が溜まって腎臓がはれ上がり、管を腎臓に通して尿を排出するような手術をしなければなりません。今回、特に異常は見られなかったとのこと。次に腫瘍内科のY先生。今まで説明してきた、抗がん剤投与の各病院の違いのエビデンスを見せ、投与時間が短いことによって、投与量が大きくなる時間帯があり、排尿がそれに追いつかず、「むくみ」が酷くなったのではないか。第2クールからは、もっと投与時間を長くして、ゆっくりと投与できないかとお願いしました。Y先生もある程度納得してくださったようで、「次回入院までに薬剤師と相談しておきます。」とのことでした。もう1つの腫瘍内科の診察の目的は、血液検査と尿検査です。国立がん研究センターのホームページにはAI療法の副作用の一部として次のようなことが書いてあります。AI療法による副作用白血球減少血液中の白血球は、体内へ細菌が入り込まないように守っている血液成分の1つです。一般的にくすりを注射してから1から2週間目に白血球の数が少なくなり、3から4週間目で回復してきます。白血球が減少すると細菌に対する防御能が低下し、感染や発熱を引き起こす可能性があります。この時期の感染予防が大切です。血小板減少血小板は、血液を固まりやすくする働きがあります。血小板の数が少なくなると、出血しやすくなります。出血傾向がみられる場合は、輸血を行う場合もあります。下記に第1クール途中の血液検査、今日の血液検査の結果(太線)を、過去のM病院での治療時の6クールの血液検査の結果(細線)を示しています。白血球、血小板とも問題ありません。←前回「闘病記」 次回「闘病記」→
2026/01/29
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昨日、K病院第1クールと過去のM病院の抗がん剤投与プログラムを比較して、両者に大きな差があることが分かりました。それらが、他の病院と比べてどうなのかを調べるために、ネットで検索して3つの例を拾い出しました。①国立がん研究センター中央病院、②大阪国際がんセンター、③伊那中央病院①②③①②は24時間連続投与しているのに対し、③は17時間程度なので夜は輸液投与を止めていると思われます。K病院の投与時間は10時間なので、止めている時間が非常に長いです。M病院は24時間連続投与でした。①②③とも、抗がん剤前の長時間輸液投与はありませんが、抗がん剤後は、1~2日の輸液投与が入っています。M病院は、抗がん剤前の輸液投与は半日程度17時間あり、抗がん剤後も3日間の輸液投与がありました。ドキソルビシンの1回の投与時間は、②は不明ですが、①③は2時間で、K病院の15分に比べてかなりゆっくりです。イホマイドは、①②③とも4時間で、K病院の2時間に比べて倍長いです。M病院は連続投与なので、これらに比べるとかなりゆっくりな投与でした。輸液の量を記してあるのは、①②③のうち②だけです。昨日のK病院とM病院の累計投与量に書き加えました。②大阪国際がんセンターは、K病院やM病院に比べて、投与量が少なく、投与全時間は、K病院に比べ長く、M病院に比べ短いのが分かります。1月29日に、K病院泌尿器科と腫瘍内科の診察があるので、これらエビデンスを腫瘍内科のY先生に示して、「むくみ」対策の検討をお願いしてみます。←前回「闘病記」 次回「闘病記」→
2026/01/27
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前回の「闘病記」で、K病院での第1クールの体重増加は約8kgで、以前のM病院での体重増加は、約2kgであることを示した。この違いはどかから来るのか。M病院での抗がん剤投与プログラムを図式化したデータがあったので、それと同じようにK病院第1クールでの抗がん剤投与プルグラムを図式化してみた。M病院投与プログラムK病院第1クール投与プログラム2つのプログラムの大きな違いを列挙してみる。・M病院の輸液も含めた投与日数は9間であるのに対し、K病院では5日間と短い。 M病院では、抗がん剤投与の前に輸液の投与が16時間程度あるのに対し、K病院では1時間半 しかない。 M病院では抗がん剤投与後、約3日間の輸液投与があるが、K病院では約半日しかない。・M病院では、ドキソルビシン投与時間は1回1時間であるが、K病院では15分と短い M病院では、イホマイドは連続投与で、少しずつ投与するのに対し、K病院では、1日2時間 のみ。・M病院では投与が夜間も含め連続するが、K病院は20:30~10:30は投与はなし。累計投与量の時間推移を比較してみた。M病院の投与時間がK病院に比べ大幅に長いのがこのグラフからも分かるが、K病院の投与期間だけを見ると累計の投与量に大差はない。ただ、M病院は連続投与に対し、K病院は間歇投与なので、M病院はコンスタントに累計投与量が増えていくのに対し、K病院では投与量が急に増える時間帯が存在する。私はこのK病院の急激な投与量の増加に排尿が追いつかなくて、「むくみ」に繋がっているのではないかと考えた。しかし、脂肪肉腫は希少癌であるため、M病院のときは、ドキソルビシン+イホマイドは初めて使うと言っていた。K病院でも、私がいた病棟では初めて使う抗がん剤だと言っていた。第2クールに向けてK病院に何か提案するにしても、症例の多い病院との比較もしたうえで考察することが必要と考えた。症例の多い病院のプログラムも調べてみる。←前回「闘病記」 次回「闘病記」→
2026/01/26
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抗がん剤の第一クールを終わって2日目。むくみも消えて体力的にも元気だったので、2人で「京の冬の旅」華光寺・光清寺を訪れました。両方のお寺とも、京都全寺社巡りで境内は訪れたことはあるものの、お堂のなかまで入ったことがありませんでした。この2つのお寺は、千本出水を西に入ったところにある近接したお寺です。雪が急に降り出したり、利尿剤や便秘薬を飲んでいるので、急にトイレに行きたくなったり、ちょっと大変でしたが、何とか2つのお寺にお参りすることができました。両方のお寺とも私の仲間が案内をしているので、久しぶりに皆さんと談笑することもできました。皆さん「元気そうで安心しました。身体に気をつけて、またガイドに復帰してくださいね。」とおっしゃってくれました。ありがたいことです。脱毛の副作用が出る前にいったのも幸いしました。久しぶりに仲間とお話ができたかけがえのないひとときでした。
2026/01/25
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K病院での抗がん剤治療第1クールで、最も悩まされたのが、下半身の酷い「むくみ」であった。体重増加が8kgにも及んだ。入院を延長せざるを得なかった。M病院で10年ほど前、同じ抗がん剤で治療を受けたときも、多少の「むくみ」はあったが、ここまで酷くはなかった。体重増加もここまで大きくはなかったと思う。しかし、手元にデータがなかったので、体重増加の差さえも主治医のY先生に説明できなかった。退院して調べてみたら幸いM病院のときのデータが残っていた。下記が体重増加の比較である。M病院は6クールの平均である。M病院での体重増加は2kg程度であった。K病院の第1クールはこの4倍である。これが、「むくみ」によって引き起こされた体重増加である。今後も同じ状態で、クールを続けるのはつらい。主治医のY先生もなにか対策を考えてくれるだろうが、1月29日にK病院での、次のクールに向けた血液検査・尿検査、診察があるので、それまでに自分なりにM病院のときとの違いを分析をして、提案ができればと思う。←前回「闘病記」 次回「闘病記」→
2026/01/24
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1月13日(火)にK病院に入院し、第1クールの抗がん剤治療を受けました2日目火曜日から5日間(18日の日曜日まで)抗がん剤や輸液を点滴投与しましたが、下半身に酷い「むくみ」がでました。兆候が出てから利尿剤フロセミドを連日注射してもらいました。ピーク時には、ふくらはぎだけでなく、太ももまで、パンパンに腫れ上がり、歩けば股ズレを起こすような状態になりました。K病院としては19日の月曜日に血液検査と尿検査をして、その日に退院と目論んでいたようです。錠剤のフロセミドを処方してもらって予定通り退院して、自宅で様子を見るという手もあったのですが、Y先生曰く、「錠剤はだんだん効きにくくなるんですよね。」ということもあり、大事をとって、月曜日の退院をあきらめ、連日利尿剤を打ってもらって、「むくみ」解消を図り、ようやく今日、23日(金)退院となった次第です。抗がん剤はM病院のときと同じドキソルビシンとイホマイドの組合せですが、投与時間などがだいぶ違うという感じでした。ただ、M病院のときのデータを持っていってなかったので、入院中は比較することができず、これから色々調べることにしました。M病院のときも多少ふくらはぎの「むくみ」がありましたが、今回のように「苦しむ」というレベルではありませんでした、下記が今回の抗がん投与プログラムです。重篤な副作用の口内炎や出血性膀胱炎は起こりませんでした。M病院のときに最も苦しんだのは、食欲不振でした。フリカケやお茶漬けを前もって買っておいて、何とかお腹に入れたという感じでした。それが今回ほとんどなく、あまり苦なく、各食完食でした。同じ抗がん剤でも、副作用の状況が、M病院、K病院では全く異なりました。次回入院は、2月4日(火)からと決まりました。M病院では、4週間サイクルでしたが、3週間サイクルが一般的なようで、K病院では3週間サイクルを採用しているようです。←前回「闘病記」 次回「闘病記」→
2026/01/23
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娘夫婦が我々2人を以前から、昨日、今日の予定で旅行に誘ってくれていました。その後、私に癌が見つかったのですが、幸い治療が始まる直前で、身体も元気なので、お言葉に甘えて連れていってもらうことにしました。娘夫婦と孫、我々2人の5人での旅行でした。車の運転は全部、娘の旦那がしてくれて、我々はシートに座っているだけで楽ちんの旅行でした。1日目の行き先は志摩スペイン村。スペイン村はこれで3回目かな。風が強い日で、最大の呼び物ピレネーなどが運休していたのは残念でした。ただ、ピレネーは65歳以上は、年齢制限でどうせ乗車できないので、我々2人には関係なかったけど。小さな子の年齢・身長制限は前からあったけど、高齢者の制限は前はなかったと思う。昔は若かったので、気が付かなかっただけかもしれないけど。でも、年齢制限のないアトラクションにいくつか乗って1日楽しみました。泊りは相差(おうさつ)という町。ホテルの名前は忘れました。お風呂に入って、海の幸をたっぷり楽しんで、お酒もいただいて、楽しいひとときでした。今日の朝ご飯も最高でした。朝ごはんの後、皆は近くの石神さん(神明神社)に行ったのですが、私はちょっと疲れもあって、入院も控えているのでホテルで休んでいました。相差は海女文化で有名なところで、石神さんは海女を守ってくださる神社だとのこと。妻が病気平癒のため、お守りを買ってきてくれました。ご朱印もいただいてきました。 宿を出て伊勢神宮の内宮にお参りし、「おかげ横丁」で食べ歩きして楽しみました。治療開始、入院前の楽しいひとときでした。ひょっとしたら、もうこういう機会は持てないかもしれません。娘夫妻、孫に、ただただ感謝です。
2026/01/12
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義母が天寿を全うし、昨年亡くなりました。新年の挨拶を欠礼させていただきました。
2026/01/08
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今日は、私の実家のある三重県への今年初のお墓参り。2人で行ってきました。抗がん剤治療を控えていますが、お墓参りに行くくらいは体力的に問題ありません。15年にわたって、仏壇に祀っていた分骨でしたが、そろそろ本山に納めようということになり、前もって申し込んであった本山での納骨式も執り行いました。土地・建物・駐車場用地は、一昨年売却しました。母から引き継いだ銀行、証券会社の口座もすべて解約し、資産はこちらの銀行に移しました。あとは墓じまいだけです。以前だったらお墓参りにいくときは、空き家にしていた実家の様子を見て空気を入れ替えたり、駐車場への除草剤散布やゴミ拾いをする時間が必要でしたが、今はそれがなくなり、ずいぶん楽になりました。帰りに初詣で、三重県内の椿大神社に参拝に行きました。帰ってから、昨年義母が亡くなったので、初詣に行ってはいけなかったのではと思ったのですが、ネットで「イオンのお葬式」のサイトを見たら次のように書いてありました。************************************そもそも喪中・忌中とは?期間や意味の違いを解説喪中の初詣について考える上で、まず「喪中」と「忌中」の違いを理解することが不可欠です。この二つは混同されがちですが、その意味合いや過ごし方、期間は異なります。特に神道において、死は「穢れ」と捉えられるため、「忌」の期間中は神社への参拝といった神事を控えるというルールが存在します。忌中がいつまで続くのか、神式の考え方に基づいた期間を把握することが、初詣に行けるかどうかを判断する鍵となります。故人を偲び喪に服す期間が「喪中」喪中とは、近親者が亡くなった際に、故人を偲び、自身の身を慎む期間のことを指します。一般的に、期間は故人が亡くなってから約1年間とされており、この間はお祝い事や派手な行事への参加を控えるのが習わしです。具体的には、結婚式への出席や年賀状の送付、新年の挨拶回りなど、慶事を避けて静かに過ごします。神事への参加を控える期間が「忌中」忌中とは、神道の考え方に基づき、死による穢れを他に移さないようにするため、外部との接触を避け、身を清める期間を指します。この期間は故人が亡くなってから50日間とされており、神棚へのお参りや神社への参拝はいけないこととされています。仏教における四十九日(49日)と期間が近いため混同されやすいですが、意味合いは異なります。神道では死を穢れと捉えるため、忌中の間は神域である神社の鳥居をくぐることも控えるべきとされています。この期間が明けることを「忌明け」と呼び、それ以降は通常の生活に戻ることができるようになります。【結論】喪中の初詣は忌中が明ければ問題ない喪中に初詣へ行けるかという疑問への結論は、忌明けであれば問題ありません。したがって、重要なのは忌中がいつ明けるのかという点になります。喪中であっても、忌明けしてさえいれば初詣に行くことは可能です。神社への初詣は忌明けの50日後からが目安神社への初詣は、神道の教えに則り、忌明け後に行うのが基本です。神道における忌中の期間は、故人が亡くなってから50日間と定められています。この50日目に行われる「五十日祭」という儀式をもって忌明けとなり、それ以降は神社への参拝が可能になります。実際に、全国の神社を包括する神社庁も、忌明け後のお参りであれば差し支えないという見解を示しています。伊勢神宮のような格式高い神宮への参拝も同様です。忌中の間は、神域への入り口である鳥居をくぐることも避けるべきとされているため、初詣は必ず五十日祭を終えてからにしましょう。**************************************義母が亡くなって50日以上は経っているので、初詣してもよかったのです。お守りを授かったりするの問題ないとのこと。椿大神社では私の病気平癒を祈ってお守りをいただき、ご朱印もいただきました。私の病気が平癒しますように、そして家族が健康でありますように。
2026/01/06
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