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【2020年1月30日(木)】 今日は、シニア講座「鳥羽伏見の戦いと錦の御旗の寺」の本番でした。今回は私は補助役で、列の先導・途中の安全確保を担当しました。 午前中ガイド会の全体研修に出席後(こちら)、午後1時に地下鉄/近鉄竹田駅に集合。80人あまりの受講生の受付をし、予定通り1時半に出発できました。 フィールドワークの満足度はお天気に大きく左右されます。前回は雨も雪も降らず、風もなく、暖かいお天気で助かりました。今日は暖かったですが、風が強くて、小雨も一時パラパラと降り、どうなることかと心配しましたが、何とか雨は一時だけで、全体的には天候には恵まれたと言っていいでしょう。 安楽寿院では、ご住職に説明いただき、さらに我々の班は、予定していなっかた近衛天皇陵前でもご説明いただきました。幸い2つの班とも問題なく歩き切ることができ、楽しく案内させていただきました。本日のルート地下鉄/近鉄竹田駅→城南宮→小枝橋跡→安楽寿院よろしかったらぽちっとお願いいたします。にほんブログ村
2020/01/30
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【2020年1月30日(木)】 今日は午前中、「平安時代の文化と生活~こんなに違った貴族と庶民」を聴講しました。 内容はお題の「平安時代の文化と生活~こんなに違った貴族と庶民」の通りで、平安時代の住宅、仕事・生活、食事、衣服、健康面、遊びなどについて、貴族と庶民の格差についてでした。 新たに知ったことを列挙します。・701年制定の大宝律令で、五位以上の位階の者たちを「貴」と呼んだことから。「貴族」という概念が誕生。定義上からいけば、女御は入内して従四位なので貴族、更衣は五位なので貴族ではない。・平安京内の庶民の家は板を打ち付けただけの掘っ立て小屋。地方の庶民は意外なことに弥生時代の竪穴式住宅のまま。平安京の庶民の住宅http://www007.upp.so-net.ne.jp/snakayam/house.html平安時代の地方の庶民の住宅https://blog.goo.ne.jp/seitokudento/e/ffe4546f449b311034a8a98a7ae509fc・位階の三位は「さんみ」、四位は「しい」と読む。・平安時代の貴族は、朝起きると、自分の星の名前を7回唱え(人は生まれながらにして、北斗七星のどれかの星に属し、その星の寿命や禍福を支配されているという北斗信仰に基づく)。次に暦を見てその日の運勢を確認し(こちらは陰陽道)、物忌(ものいみ)だったら、「物忌」と書いた札を貼って家にこもって過ごした。仕事はお休み。・上級貴族は午前中4時間ほど仕事をして帰宅。・貴族のは一夫多妻。多妻はステータス。正妻以外は通い婚。これはという人に男性から短歌などが書かれた手紙を渡す。女性が心動かされれば男性に手紙を送る。占いの吉日の夜に女性の部屋に忍び込み契(ちぎり)を結ぶ。それが3日続く。その間にどちらかが不満や不平を言うようであれば関係は終わり、。逆に継続することができれば、3日目に「三日の餅(みかのもちい)」と呼ばれるものを食べて正式な結婚が成立する。・庶民の結婚は夜這いが主流。妊娠したら結婚。所帯を持つまでに二股、三股をしていても問題なし。女性が妊娠した場合、夫となる男性の指名権は、女性にある。男性側は指名されると拒否ができなかった。・庶民の葬儀は、風葬、土葬が一般的。火葬は薪にお金がかかるから。庶民レベルで火葬が拡がったのは、明治以降。・清涼殿では、食事の際、「台盤」と呼ばれるテーブルが置かれたところから、台盤所と呼ばれ、これが台所になった。・貴族の料理で、白米は中央に置かれ、「御物(おもの)」と呼ばれた。この周りに他の食材を並べたところから「おものまわり→おまわり」、それが数多くあることから「おかず」という言葉が生まれた。・盛りつけは、同じ大きさ・厚さに切って、高く盛ることから、「切り盛りをする」という言葉が生まれた。・「むべなるかな(いかにももっともなことであるなあ)」の語源は諸説あるが、晩秋、ほのかに甘い赤紫の実のなるアケビ科の低木「ムベ」が語源だという説がある。琵琶湖のほとりの蒲生野に狩りに出かけた天智天皇がこの地で、8人の男子を持つ健康な老夫婦に出会った。「汝ら如何(いか)に斯(か)く長寿ぞ」と尋ねたところ、夫婦はこの地で取れる珍しい果物が無病長寿の霊果であり、毎年秋にこれを食するためと答えた。賞味した天皇は「むべなるかな」と得心して、「斯くの如き霊果は例年貢進せよ」と命じた。・贅沢な貴族ですら平均寿命は男性33歳、女性27歳だったといわれる。これは幼児の死亡率が非常に高かったためで、それらも含めて平均しているため。幼児期を乗り超えた人の平均寿命はもっともっと高かった。女性のほうが平均寿命が短いのは、女性が物を食べるという行為自体が「はしたない」ことだと考えられており、身分の高い人ほど食事の摂取をできる限り抑えていたからだと考えられている。しかし、平安時代の絵巻などを見ると、ふくよかな女性の姿が描かれている。これは、栄養失調による身体のむくみが原因だと言われている。源氏物語には食事のシーンは出てこない。・貴族はお風呂(蒸し風呂)に関しても、縁起の良い日でないと入らなかった。縁起の悪い日であれば、洗った部分から悪霊や邪気が入ると考えた。結果として体臭が臭く不潔であった。・入浴中はお尻の下に布を敷いた。これが風呂敷の語源。蒸し風呂に入るとき「湯帷子」を着ていたが、これが「ゆかた」の語源。・貴族も庶民もトイレは「樋箱(ひばこ)」に用を足していた。ポータブルトイレである。排泄物が溜まると、貴族の場合、樋洗(ひすまし)という下級女官が川まで捨てに行き、掃除をした。庶民は自分で管理。「お香」を炊くのは、体臭だけでなく、排泄物の匂い消しの意味もあった。樋箱http://www.woodssite.net/remodel/HAKUBUTUKAN.html 観光ガイドの勉強では、接することのない情報が多く面白かったです。こういう話を、ガイドのとき、少し盛り込めば、話し奥行きが出せると思いますので、今回の内容を参考にしたいと思います。 午後からの、シニア講座のフィールドワークに向かいました。→こちらよろしかったらぽちっとお願いします。 にほんブログ村
2020/01/30
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【2020年1月29日(水)】 「京の冬の旅」光照院の第8日目でした。温かい一日で、午後から晴れて良いお天気になりました。 前回、光照院の前に建っている「持明院仙洞御所跡」という石碑の由緒について説明しました(こちら)。 系図でその部分をおさらいしながら、光照院の由来について説明します。 平安時代の終わり、藤原道長の曾孫の藤原基頼が、現在光照院のある地に持仏堂をもつ屋敷を構え持明院殿と呼んでいました。さらに基頼の曾孫の藤原陳子(ちんし・のぶこ)が後高倉院に嫁ぎ、後に第88代天皇となる後堀川天皇が誕生します。後堀川天皇が、里御所として使ったのが、母方の地である持明院殿だったのです。 後堀川天皇の2代後の第90代後嵯峨天皇の後、皇統は2つに分かれます。後深草天皇の皇統と亀山天皇の皇統です。天皇が退位をして上皇になられたとき使う御所を仙洞御所といいますが、後深草天皇の皇統は150年にわたって、現光照院の場所にあった持明院殿を仙洞御所として使いました。それで後深草天皇の皇統を持明院統と呼ぶわけです。 後深草天皇から2代後の後伏見天皇に皇女進子(ますこ)内親王が、北朝初代光厳天皇の妹君として、持明院殿の地で誕生します。進子内親王は、南北朝の乱世の中、幼い頃から仏門の修行をし、22歳で得度し、自本覚公(じほんがくこう)と称しました。そして室町一条北に光照院を建立し、33歳の頃、天台・禅・律・浄土の四宗の奥義を極め四宗兼学の寺としました。これが光照院の始まりです。よろしかったらぽちっとお願いします。にほんブログ村
2020/01/29
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【2020年1月27日(月)】 事務所勤務途上、東洞院通沿いの風景シリーズです。 三条東洞院北西角に「教諭所跡」という駒札と、「京都・電信・電話発祥の地」という石碑があります。今日は、「教諭所跡」をご案内します。 幕末、京都の庶民教育機関であった「教諭所(宣教館)」は、もと、皆川淇園門下の北小路梅荘が計画し、天保4年(1833)に室町丸太町下ルの町家に開校しましたが、一度中絶します。天保8年(1837)の飢饉の際、救済活動(駒札では経済活動となっていますが、救済活動のほうがしっくりきます)に従事した心学講社の援助を得て翌9年7月に東洞院三条下ルの往心員地内に新築、開校されました。 元治元年(1864)の蛤御門の変で焼失しましたが、翌2年に東洞院三条西北角にう再建されました。見え時2年(1869)、下京四番小学校となり教諭所は消滅しました。現在はNTT西日本京都支店の地となっています。東洞院三条北西角 NTT西日本京都支店教諭所(宣教館)跡 駒札(交差点少し西入ル北側)よろしかったらぽちっとお願いします。にほんブログ村
2020/01/27
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【2020年1月26日(日)】 「京の冬の旅」光照院勤務の7日目でした。お天気はそこそこよく、京都の最低気温6.1度、最高気温12.8度と今日も暖かく、靴下を二重履きにしたものの、コートも手袋も無しでOKでした。今年は雪を見ないまま、春が来るのかもしれません。日曜日ということもあって、多くの拝観者でした。今日も楽しく過ごさせていただきました。 今日は常盤会館で檀家総代の方がお話しをされるのを聞くことができました。浄財寄進の返礼品のご朱印帳に書かれている書は、ご住職の書だとのことです。朱印所にはご住職が紐で編んだ虎のお守りがあります。白い虎のも交じっており、それが当たればさらに幸運とのこと。常盤会館は華道未生流の教習所として現在は使われていますが、それでけでなく、講演会などの文化活動にみ使われていること、尼門跡寺院時代は、やはり檀家さんはいなかったなどなど、色々新しく知ることがありました。 光照院正面の門を入る時、右側に「持明院仙頭御所跡」という石碑が建っているのを目にすることができます。 平安時代の終わり、藤原道長の曾孫の藤原基頼が、現在光照院のある地に持仏堂をもつ屋敷を構え持明院殿と呼んでいました。基頼の曾孫の藤原陳子(ちんし・のぶこ)が後高倉院に嫁ぎ、後堀川天皇が誕生します。そして、第88代後堀川天皇が、里御所として使ったのが、持明院殿だったのです。 後堀川天皇の2代後の第90代後嵯峨天皇の後、皇統は2つに分かれます。後深草天皇の皇統と亀山天皇の皇統です。最初は、交代のようなかたちで皇位を継承しましたが、やがて対立が激しくなり、並列して天皇が即位することになります。これが南北朝時代です。北朝の初代天皇が光厳天皇、南朝の初代が後醍醐天皇です。 天皇が退位をして上皇になられたとき使う御所を仙洞御所といいますが、後深草天皇以降150年にわたって、現光照院の場所が仙洞御所として使われました。それで後深草天皇の皇統を持明院統と呼びます。よろしかったらぽちっとお願いします。にほんブログ村
2020/01/26
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【2020年1月24日(金)】 「京の冬の旅」光照院6日目でした。平日ですが、訪問者の数はそこそこ。雨は途中ポツポツときましたが、降り続くことはありませんでした。京都の朝の最低気温9.5度、一日の最高気温(℃)13.6度と暖かく、コート無し、重ね履きの靴下無し、カイロ無しでも大丈夫でした。 「京の冬の旅」では、スタンプラリーがあります。3ヶ所入場して、スタンプを3つ集めると、スタンプラリーの用紙の裏に記載されてるいる、どちらかのお店で、喫茶できたり和菓子をいただけるというものです。光照院の近くであれば、俵屋吉富さんとかです。お店に入る代わりに、京なび(京都駅の観光案内所)でオリジナルの物品と交換することもできます。これまで、その年の冬旅で見せる襖絵などをあしらったクリアフォルダーだったのですが、今年はエコバックです。今年の冬旅独自のデザインではなく、来年もそのまま使えるこのです。その年特別のクリアフォルダーを楽しみにしている方も多いようで、今年はエコバックと知ると「残念です。」とおっしゃるお客様も多くいらっしゃいます。 昨今のプラスティック削減の動きに呼応して、木綿製のエコバックにしたのかもしれません。エコバックが今年の冬旅独自のデザインでなく、来年以降も使えるデザインになっているのは、余って材料ロスがでるのを防ぐとということかもしれません。スタンプラリー用紙 よろしかったらぽちとお願いします。にほんブログ村
2020/01/24
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【2020年1月23日(木)】 今日、会地区組同期での新年会で使ったお店、「ざんぐり」@富小路綾小路です。会同期のⅯさん懇意のお店で、以前もこの会で使ったことがあります。ちょっとお高い値段設定でしたが、お造りも新鮮で美味しく、最後は「ぶりしゃぶ」をいっぱいいただくなど大満足でした。「食べログ」から-------------------------------------------------------------------よろしかったらぽちっとお願いします。にほんブログ村
2020/01/23
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【2020年1月22日(水)】 「京の冬の旅」光照院5日目でした。 光照院へ至る道程が分かりづらいです。道に迷われ、「やっと着きました。」と言って来られるお客様も多いです。確かに周辺の道路は完全な碁盤の目のようにはなっていません。京都全体が碁盤の目のような道路になっているとイメージしがちですが、街中でも少し中心から外れると、そうではないとろがたくさんあります。 それから嬉しいお客様が来られました。オーイ会のメンバーSさんです。去年の冬旅の「妙心寺龍泉菴」のときも来てくださいました。京都の近くに住んでおられ、定年退職されてフリーにされていらっしゃって、京都をよく歩いておられます。 「京の冬の旅」光照院での案内は3か所です。常盤会館、本堂、書院です。常盤会館本堂本堂・書院のある境内部分は、屋外も含め写真撮影禁止ですので、常盤会館前からの撮影ですので、屋根しか写っていません。書院も外からの撮影禁止で、中門越しの撮影も禁止ですので、写真は無しです。よろしかったらぽちっとお願いします。にほんブログ村
2020/01/22
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【2020年1月20日(月)】 事務所への通勤途上、東洞院蛸薬師北東角に「御射山(みさやま)公園」があります。ビルに囲まれた(といっても京都は高さ制限があって高いビルはありませんが)公園です。色んな遊具が置かれていますが、目を引くものがあります。「ラジオ塔」です。ラジオ塔は昭和初期にラジオの普及を目的として、公園などに設置された受信機を設置した塔です。円山公園などにもあります。ラジオ塔 そして、そこにはライオンの頭の形をした蛇口がついています。時々見かけます。 下記は、https://nlab.itmedia.co.jp/nl/articles/1806/25/news116.htmlからの受け売りも交えています。 日本で初めて近代的な水道がつくられたのは、明治20(1887)年。イギリスから輸入した出水口が使われており、ライオンの口から水が出るようになっていました。この御射山公園のものは日本製だと思われますが、当初のライオンの頭の形を踏襲したのでしょう。ヨーロッパでは「ライオン=水の守護神」とされていることから、そのような出水口が作られていたようです。しかし、日本では龍が水の守護神であることから、モチーフを入れ替え「龍口付き共用栓」が作られるようになりました。一説には、「さらに龍がヘビと混同された結果、この『龍口』から『蛇口』という名前が生まれた」といわれています。ライオンから龍、ヘビと生き物の名前が変わっていったというわけです。 ちなみに、蛇口は動物の名前が使われやすい場所らしく、蛇口を指す英語「cock」、ドイツ語「hahn」にはニワトリという意味が。また、日本では「カラン」という名称が使われることがありますが、これはオランダ語の「kraan(鶴)」に由来するといいます。ライオンの頭の形の蛇口 次に近くに山があるわけではないのに「御射山」とは何故なのでしょう。この場所には昔、諏訪御射山神社が鎮座していたとのこと。諏訪大社に御射山神社という摂社があり、そこから勧請してきた神社なのでしょう。そばを通るたびに、この公園の名前の由来が気になっていたのですが、これですっきりしました。よろしかったらぽちっとおねがいしまいました。にほんブログ村
2020/01/20
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【2020月1月19日(日)】 光照院4日目でした。日曜日でお天気もよく、この季節にしては暖かかったので、多くのお客様でした。今日も楽しく過ごさせていただきました。 光照院の常盤会館の屋根は、一昨年の関西を襲った風の台風で大きな被害を受けました。今も修理が続いています。そのため1口1万円の浄財を募っており、その返礼として、光照院オリジナルのご朱印帳が用意されています。このご朱印帳には、伏見先誓寛御前様の直筆の書が書かれていますが、それ以外に面白い仕掛けがあります。朱印帳を開けると、本堂が飛び出してきます。幼児向けの「飛び出す絵本」の仕組みです。そして、その本堂の中にはご本尊のお姿も見ることができます。できるだけ多くの浄財が集まって、常盤会館の屋根修理が進むことを願って止みません。 オリジナルご朱印帳 よろしかったらぽちっとお願いします。にほんブログ村
2020/01/19
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【2020月1月17日(金)】 光照院の一日でした。平日で参観者は多くはありませんでした。少し寒かったですが、天気良好で、今日も元気で楽しく過ごさせていただきました。 光照院への自宅からのルートです。 主には、五条通を通るバスを大宮五条で降りて、市バス9番で、堀川上立売へ。そこから徒歩です。片道約1時間5分程度。下図の実線です。 朝出るのが少し遅れれば、バスで桂駅へ。阪急で四条大宮。堀川四条から市バス9番か12番で堀川上立売りへ。そして徒歩。片道55分。下図の点線です。帰りバスの接続がよくなければ、このルートの逆です。堀川四条から光照院まで歩けば、片道1時間15分かかります。実線が主ルート、点線が予備ルート よろしかったらぽちっとお願いします。にほんブログ村
2020/01/17
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【2020年1月16日(木)】 伏見稲荷大社でのシニア講座フィールドワークを終え(こちら)、京都高島屋での若冲展を観た後(こちら)、会同期の懇親会でした。 今日の会場は四条烏丸の「鮮や一夜」というお店でした。一度オーイ会で使ったことがあります。 「食べログ」から 何の変哲もないお店で、唯一メリットは四条烏丸徒歩ゼロ分で交通に便利というだけです。よろしかったらぽちっとお願いします。にほんブログ村
2020/01/16
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【2020年1月16日(木)】 午後4時ごろ、伏見稲荷大社でのシニア講座フィールドワークが終わり(こちら)、午後6時からの会同期懇親会まで時間があるので、シニア講座でもう一つの班を案内してくださったMさんと「さて、懇親会までどうやって時間を過ごしますかね?」と思案しました。今日随行いただいたIさんが、「若冲展に寄って帰ります。」と言っていたのを思い出し、京都高島屋での若冲展にMさんといっしょに行くことにしました。 若冲は去年の5月にシニア講座で「若冲と応挙」と題して講義したこともあって、この高島屋の展覧会を観たいと思ってましたが、時間がとれそうにないので、半分あきらていました。こんな隙間時間を利用して観ることができたのはラッキーでした。若冲展入口パンフレットから展示目録 講義の準備中に本で知った絵のうひちの多くを今回観ることができました。「XX展」と銘打っても、その作者のものはごく一部ということも多いですが、今回は大部分若冲作で、それ以外も若冲の弟や弟子の作品なので、見ごたえがありました。これで1000円はお値打ちです。相国寺承天閣美術館蔵や宝蔵寺蔵の絵の数々は観たことがありますが、細見美術館蔵や平木浮世絵財団のものは初めてでした。隙間時間を利用して、有意義なひと時を過ごさせていただきました。-------------------------------------------------------------------よろしかったらぽちっとお願いします。にほんブログ村
2020/01/16
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【2020年1月16日(木)】 今日は、シニア講座の本番でした。今日のテーマは「あなたの知らない伏見稲荷大社」。私が主担当を務めさせていただきました。 フィールドワークの満足度はお天気に大きく左右されますが、今日は雨も雪も降らず、風もなく、暖かいお天気で助かりました。 午後1時半から案内開始。時間が足りるかどうかが一番の心配ごとでしたが、少し余裕をもって出発点に戻ることができました。アンケートを見たところ好評のようでよかったです。 一方で、アンケートに書いてあった内容も含め、反省点もあります。反省点は、これからに活かします。準備は大変でしたが、特別客員研究員で研究したことや、プライベートガイドで調べたことが利用できて、新たに一から調べることが、あまりなかった分、多少なりとも負担は軽減できました。そして、受講生に非常に高い評価をいただいたことは、何よりのご褒美です。いっしょに準備を進めていただいた仲間の皆さんに感謝、感謝です。本日のルート1)旧社家大西家(+表参道)2)藤尾社 3)楼門(+儀式殿、参集殿) 4)愛染寺跡 5)新門辰五郎奉納灯籠 6)松の下屋(外から)(+砂澤たまゑ奉納照明灯)7)荷田春満旧宅・東丸神社(外から)8)ぬりこべ地蔵(+神馬墓) 9)清め滝 10)外から見る千本稲荷 11)愛染寺燈籠 12)大八嶋社 13)裏参道 14)御産場稲荷15)間力教会(境内・お滝見学) 16)鬼法教總神苑 17)大日本大道教 18)権太夫の滝(境内・お滝見学。神具見学・教主お話し)19)大橋家庭園(外から)20)北参道21)市電稲荷線 稲荷駅跡 22)祢ざめ家 23)稲荷駅ランプ小屋 24)玉屋権太夫滝の前で大日本大道教の前で 新しく伏見街道沿いに開店したコメダコーヒーに入って、コーヒーをいただいて一息つきながら簡単な反省会をして解散となりました。夕刻に会同期の懇親会があるのですが、それまでたっぷりと時間があるので、高島屋で開催中の「若冲展」を、今日もう一つの班を案内いただいたMさんと観に行きました。→こちらよろしかったらぽちっとお願いいたします。にほんブログ村
2020/01/16
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【2020年1月14日(火)】 事務所勤務通勤途上の風景シリーズです。 四条東洞院の交差点で、北側歩道の屋根を見ると、一ヶ所だけ不連続になっているところがあります。祇園祭の長刀鉾の会所があるため、その部分だけ破風様にしてあります。烏丸通の東にある山鉾はこの長刀鉾と以前投稿した、保昌山(こちら)の2つだけですが、四条通より北となると長刀鉾だけです。四条東洞院交差点から西向きに北側歩道を見る。破風様の屋根の奥が長刀鉾の会所よろしかったらぽちっとおねがいしまいました。にほんブログ村
2020/01/14
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【2020月1月13日(月・祝)】 「京の冬の旅」光照院でした。今日も暖かくよいお天気で、3連休の最終日でもあり、一昨日と同じくらいの多くのお客様でした。門前の案内板よろしかったらぽちっとお願いします。にほんブログ村
2020/01/13
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【2020年1月12日(日)】 年を越しての、2019年出来事続きです。ゴルフ(こちら)の次は、もう一つの趣味である津軽三味線です。始めてこの1月でちょうど4年になります。 引き続き、京都河原町御池の十字屋での徳山弦泉先生の教室に月1回通っています。1回1時間です。私のグループレッスンのメンバーは4人で、一昨年の8月に4人に戻って、その後はメンバーは変わらずです。私以外は全員女性で、入ったときまだ中学生だった女の子が今は大学生となり、月日の流れを感じます。12回のレッスンのうち、都合で1回、ドタキャンで1回休みました。 去年は、人前で恥ずかしくない演奏ができるようにということに主眼を置いたので、レパートリーはあまり増えていません。下記リストの最後の1曲のみです。・2016年1月 津軽曲弾き・2016年4月 津軽じょんがら節・2016年6月 さくらさくら変奏曲・2016年12月 津軽よされ節(イントロ) (2017年7月 その歌部分)・2018年1月 旧アイヤ節・2018年12月 風花・2019年4,5月 風の流れ(まだ習得中)レパートリーとしては、それ以外に、楽譜付き三味線CDのなかでマスターした楽曲が加わりますが、こちらは一昨年から増えていません。・じょんがら節(旧節)・雪月花・秋田荷方節合計でようやく10曲になりました。 人前での演奏も積極的に場を求めました。過去からも含めてリストアップします。【2018年】#1 1月30日 ガイド仲間コンサート#1#2 3月30日 ガイド仲間コンサート#2#3 3月31日 M社本社RMのOB会#4 10月28日 ガイド会友人の自治会敬老会#5 11月18日 十字屋イオン草津発表会(合奏)#6 12月5日 ガイド仲間コンサート#3【2019年】#7 3月10日 M社本社RMのOB会#8 7月23日 ガイド会同期懇親会#9 7月27日 滋賀県湖南市夏祭(合奏)#10 9月25日 ガイド仲間コンサート#4#11 11月20日 M社C事業部門OB会#12 12月18日 ガイド仲間参加の英会話教室忘年会この中で#11が何といっても過去最大のイベンでした。約120人の前での演奏でした。過去、人前の演奏で、緊張して練習のようには弾けないことが続きました。一昨年演奏を頼まれたときはお断りせざるを得ませんでした。しかし練習を積んで上達したこともあり、昨年再び依頼されたときはチャレンジすることにしました。人前での演奏に慣れるため、鴨川での練習演奏は9回を重ねました(2017年1回、2018年5回)。そのうえで、クリニックで「落ち着き薬」の処方もしていただいて、本番に臨みました。思っていた以上に上手く弾けました。ある程度自信もついたので、今年は薬の力を借りなくても上手く弾けるようになるのではないかと思います。下記は月ごとの練習日数です。合計日数は去年の大きく変わっていません。三味線練習日数 新たに購入した三味線関係グッズは、消耗品以外では、マイクスタンドくらいです。消耗品では、高額な鼈甲調撥を2本購入しましたが、後述のような、テクニック上の問題から、今は使っていません。少額ですが、3の糸に「絹糸」を買ってしまったのは失敗でした。すぐ切れてしまいます。掛けたお金はレッスンが5万円強、グッズが6万円弱で、去年とほぼ同額です。 練習で全体的に上達しましたが、テクニックを意識的に修正・改善してよかった点があります。 一つは、撥を胴皮にできるだけ平行にして弾くこと。これで、皮をポコポコと叩く雑音が軽減され、弾き易くもなりました。ポコポコ音が小さくなったことで、硬いプラスチック撥でも、ポコポコ音があまり気にならなくなり、より安定して弾けるプラスチック撥に戻すことができました。 もう一つは演奏の上達とは直接関係ありませんが、弾く位置を少し糸巻き側にずらせたこと。いつの頃か、特に3の糸が頻繁に切れるようになりました。原因がよく分かりませんでしたが、より強く弾けるようになって、駒との摩擦が強くなって頻繁に切れるようになったのではないかと考えました。試しに、弾く位置を糸巻き側に近づけてみたら、糸が切れる頻度が格段に下がりました。そして切れる位置も、駒のところではなく、撥が当たるところに変わりました。今まで、あまりにも駒に近いところで弾いていたようです。 今年も、人前で弾く機会を求めて、練習も精進したいと思いますが、ガイドの仕事のこと、家事を考えると、練習時間は減らさざるを得ないと思います。人前での演奏も慣れてきましたので、鴨川練習の回数も減らします。教室でのレパートリー増加は先生のペース次第なので、購入済みの楽譜付きCDの曲を中心にレパートリーを増やしたいと思います。よろしかったらぽちっとお願いします。にほんブログ村_________________________________私の十大ニュースカテゴリーhttp://plaza.rakuten.co.jp/saaikuzo/diary/ctgylist/?ctgy=12
2020/01/12
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【2020年1月12日(日)】 年を越しての、2019年出来事続きです。ゴルフ(こちら)の次は、もう一つの趣味である津軽三味線です。始めてこの1月でちょうど4年になります。 引き続き、京都河原町御池の十字屋での徳山弦泉先生の教室に月1回通っています。1回1時間です。私のグループレッスンのメンバーは4人で、一昨年の8月に4人に戻って、その後はメンバーは変わらずです。私以外は全員女性で、入ったときまだ中学生だった女の子が今は大学生となり、月日の流れを感じます。12回のレッスンのうち、都合で1回、ドタキャンで1回休みました。 去年は、人前で恥ずかしくない演奏ができるようにということに主眼を置いたので、レパートリーはあまり増えていません。下記リストの最後の1曲のみです。・2016年1月 津軽曲弾き・2016年4月 津軽じょんがら節・2016年6月 さくらさくら変奏曲・2016年12月 津軽よされ節(イントロ) (2017年7月 その歌部分)・2018年1月 旧アイヤ節・2018年12月 風花・2019年4,5月 風の流れ(まだ習得中)レパートリーとしては、それ以外に、楽譜付き三味線CDのなかでマスターした楽曲が加わりますが、こちらは一昨年から増えていません。・じょんがら節(旧節)・雪月花・秋田荷方節合計でようやく10曲になりました。 人前での演奏も積極的に場を求めました。過去からも含めてリストアップします。【2018年】#1 1月30日 ガイド仲間コンサート#1#2 3月30日 ガイド仲間コンサート#2#3 3月31日 M社本社RMのOB会#4 10月28日 ガイド会友人の自治会敬老会#5 11月18日 十字屋イオン草津発表会(合奏)#6 12月5日 ガイド仲間コンサート#3【2019年】#7 3月10日 M社本社RMのOB会#8 7月23日 ガイド会同期懇親会#9 7月27日 滋賀県湖南市夏祭(合奏)#10 9月25日 ガイド仲間コンサート#4#11 11月20日 M社C事業部門OB会#12 12月18日 ガイド仲間参加の英会話教室忘年会この中で#11が何といっても過去最大のイベンです。約120人の前での演奏でした。過去、人前の演奏で、緊張して練習のようには弾けないことが続きました。一昨年演奏を頼まれたときはお断りせざるを得ませんでした。しかし練習を積んで上達したこともあり、昨年再び依頼されたときはチャレンジすることにしました。人前での演奏に慣れるため、鴨川での練習演奏は9回を重ねました(2017年1回、2018年5回)。そのうえで、クリニックで「落ち着き薬」の処方もしていただいて、本番に臨みました。思っていた以上に上手く弾けました。ある程度自信もついたので、今年は薬の力を借りなくても上手く弾けるようになるのではないかと思います。下記は月ごとの練習日数です。合計日数は去年の大きく変わっていません。三味線練習日数 新たに購入した三味線関係グッズは、消耗品以外では、マイクスタンドくらいです。消耗品では、高額な鼈甲調撥を2本購入しましたが、後述のような、テクニック上の問題から、今は使っていません。少額ですが、3の糸に「絹糸」を買ってしまったのは失敗でした。すぐ切れてしまいます。掛けたお金はレッスンが5万円強、グッズが6万円弱で、去年とほぼ同額です。 練習で全体的に上達しましたが、テクニックを意識的に修正・改善してよかった点があります。 一つは、撥を胴皮にできるだけ平行にして弾くこと。これで、皮をポコポコと叩く雑音が軽減され、弾き易くもなりました。ポコポコ音が小さくなったことで、硬いプラスチック撥でも、ポコポコ音があまり気にならなくなり、より安定して弾けるプラスチック撥に戻すことができました。 もう一つは演奏の上達とは直接関係ありませんが、弾く位置を少し糸巻き側にずらせたこと。いつの頃か、特に3の糸が頻繁に切れるようになりました。原因がよく分かりませんでしたが、より強く弾けるようになって、駒との摩擦が強くなって頻繁に切れるようになったのではないかと考えました。試しに、弾く位置を糸巻き側に近づけてみたら、糸が切れる頻度が格段に下がりました。そして切れる位置も、駒のところではなく、撥が当たるところに変わりました。今まで、あまりにも駒に近いところで弾いていたようです。 今年も、人前で弾く機会を求めて、練習も精進したいと思いますが、ガイドの仕事のこと、家事を考えると、練習時間は減らさざるを得ないと思います。人前での演奏も慣れてきましたので、鴨川練習の回数も減らします。教室でのレパートリー増加は先生のペース次第なので、購入済みの楽譜付きCDの曲を中心にレパートリーを増やしたいと思います。よろしかったらぽちっとお願いします。にほんブログ村_________________________________私の十大ニュースカテゴリーhttp://plaza.rakuten.co.jp/saaikuzo/diary/ctgylist/?ctgy=12
2020/01/12
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【2020月1月11日(土)】 昨日から「京の冬の旅」が始まりました。今日は私の初日でした。三連休の初日で、かつ暖かくて良いお天気で、多くの拝観者でした。 光照院のロケーションです。同志社新町校舎の北側にあります。近くの宝鏡寺、三時知恩寺も「京の冬の旅」で公開しています。私が担当の光照院、東山の霊鑑寺含め、いずれも尼門跡寺院です。よろしかったらぽちっとお願いします。にほんブログ村
2020/01/11
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【2020月1月9日(木)】 「京の冬の旅」が明日からスタートします。過去の「冬旅」では下記でした。 2017年 妙心寺養徳院 2018年 伏見稲荷大社御茶屋 2019年 妙心寺龍泉菴 そして今年2020年は光照院です。今日、旅行会社の方々ややマスコミ関係者を招いての内覧会がありましたので訪問させていただきました。 内覧会の方々といっしょに案内を聞かせていただきました。当初からの変化点やよく分からなったことの確認ができました。間違った理解も正すことができました。例えば、書院の床の間の床柱の出どころは、桂宮邸から持ってきたのでなく、桂離宮から持ってきたものです。光照院常盤会館前にて よろしかったらぽちっとお願いします。にほんブログ村
2020/01/09
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【2020年1月6日(月)】 事務所勤務通勤途上、東洞院通沿いの風景紹介を、今年も続けます。 東洞院錦の南東角に昔ながらの八百屋さん「倉田青果店」があります。なつかしい雰囲気の漂うホッとする空間です。倉田青果店よろしかったらぽちっとおねがいしまいました。にほんブログ村
2020/01/06
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【2020年1月4日(土)】 今日は清水寺でした。お正月の清水寺は2回目です。場所は本堂の「おみくじ」でした。早朝の八坂の塔早朝の清水寺仁王門、西門、三重塔早朝の清水寺音羽滝 初詣時期、おみくじ授与所には一日中列ができます。清水寺のおみくじは凶が多いことで有名です。混雑する「おみくじ」授与所 3年前に比べ、外国人が増えました。一番多いのは中国人です。中国にも「おみくじ」があります。ただ、密閉された筒に穴が開いているのではなくて、全部の棒が上に飛び出していて、上下に振って一番飛び出した棒を抜き取ります。ですので、中国人の方は、いつまでたっても上下に振り続けることがあります。日本人のように見えるけれども、長く筒を振っていれば中国人です。夕刻の「おみくじ」授与所 さすがに日が落ちる頃には寒くなりましたが、日中はお天気もよく暖かでした。一日楽しく過ごしました。よろしかったらぽちっとお願いします。にほんブログ村
2020/01/04
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【2020年1月3日(金)】 今日、初詣に出かけることに急遽決まりました。娘たち家族も来ているので、車2台で出掛けました。さて行き先ですが、できれば今まで初詣に行ったことがないところに行きたいところ。ここ数年の初詣先です。 ・2010年 磐手社神社(高槻市) ・2011年 大原野神社 ・2012年 なし ・2013年 松尾大社 ・2014年 城南宮 ・2015年 三宮神社(京都市西京区) ・2016年 向日神社 ・2017年 梅宮大社 ・2018年 伏見稲荷大社(次女出産直後につき私が代表して) ・2019年 今宮神社 上賀茂神社、下鴨神社、北野天満宮、平安神宮、長岡天満宮、車折神社など、迷った末に平安神宮を選択。ネットで調べると、岡崎公園市営駐車場が満車でしたが、ちょっと待てば入れるだろうと思って出掛けました。途中は普段の土日よりも空いているくらいで、思ったより短時間で近くまで到着。ところが、駐車場に入るのに大渋滞で、岡崎公園駐車場はあきらめ、少し離れたコインパークに停めました。 都メッセ内のレストランで昼食。ここでも待ちました。そして平安神宮へ。手水舎で手を清め、古い御札、お守りを返納して、応天門をくぐって本殿へ。本殿にお参りするのにも列を作って待ちました。我が家には破魔矢と交通安全のお守りを授与していただき、家族にそれぞれお守りを授与していただきました。いつのまにか我が家のお正月の習慣として定着しました。今年もほぼ家族全員で初詣できたのは喜ばしいことです。手水舎にて応天門本殿おみくじ-------------------------------------------------------------------よろしかったらぽちっとお願いします。にほんブログ村
2020/01/03
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【2020年1月1日(水・祝日)】 あけましておめでとうございます。本年もよろしくお願いします。今年の年賀状のテーマは「京のレトロ建物」です。去年年末に撮った写真を使っています。未掲載の建物もたくさんあって、来年以降のパート2作成は可能だと思いますが、さらに撮り足すとパート3も可能かもしれません。よろしかったらぽちっとお願いします。にほんブログ村
2020/01/01
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