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GWだ。カレンダーとはあまりカンケイない俺だけど、世間が長期で休みになると、その間は仕事も走らないので、皆様と同様にのんびり。普段なら、この「世間が止まってる隙」にやってしまわなければ的仕事を溜めているのだけど、今年はそれもなく。あぁ、退屈(笑)。4ヶ月ほど、どうにでもなってちょうだいと放ってある部屋の片付けが、今のところ一番するべきことなんだろうけど、別にしなかったからといってそう困りもしないので、やる気なし(笑)。用もないのにおでかけも好きじゃなく、散歩も趣味としておらず。買わなければならないものもないし。特に今すぐ欲しいものもないし。あぁ、俺ってつまらないオトコ?(笑)。こんなとき、往々にして「ま、ハッテンでも行っとくか・・・」と思うものなのだけど、今回はそれもなんか気が進まないし、珍しいねぇ・・・。それにしても、よくもまぁ、季節は止まることなく巡るものだね。うざいよ(笑)。人生はサイクルで巡ってはこないけど、同じ季節が来るというのはやはり、生きるというのが螺旋状に進んでる感じを抱かせる。軸を1本添えれば、必ず年齢分だけの接点が同時に存在する、みたいな。1年という期間を長いとするか短いとするかはいろいろだろうけど、とにかく、一方向へ進む自分の生と、サイクルとしてまた巡って来た季節とを並べて、あーだこーだ考えてしまうのは、誰でもだろう。そういうことが、俺はキライなのだ。自分は自分なりの歩幅を決めて歩いているのだけど、1年という区切られた物差しがそこにあてがわれると、無意味に焦る。焦るのが理に適っていれば素直に焦っておくけど、「無意味に」焦ってしまう自分が自分でバカバカしい。窓から見える新緑は、生の爽快さを嫌味なく伝えてくれる。多少強めの風も、この季節なら心地良い。さ、日の当たらない部屋で昼寝でもするかな。30オトコの財布事情掲示板
2001年04月28日
お疲れさまでした。というわけで、誰も言ってくれないから自分で慰労してみる。先回の日記を以て現実逃避な日々には終止符が打たれ、寝ても覚めても一到達点に向かって邁進、という心境の10日ほどを過ごしました。やりはじめたら幸せなんだよねぇ、かなり。分かっているのだけど、やりはじめる前は辛いのだよ。そして、とりあえず今の僕のテンションではここまで、という線で仕事は終わり。提出ものだったので、検討会を経てブツは人の手に渡っていった。あとは野となれ山となれ。翌日から、今度は虚脱状態の日々が始まった。忙しいね、俺の精神状態(笑)。昔から、盛り上がっちゃう一大事は苦手だった。文化祭、体育祭、部活の大会。終わった翌日に、みんなの顔を見るのがイヤだった。「長」と名の付く立場が多かった俺は、いやでも斜めに構えているわけにもいかず、結果がどうあれ、必ず大きな余韻が尾を引いた。充実感、達成感、喪失感、敗北感。暗くなった帰路で、仲間と分かち合った同じ余韻。「じゃぁな」っつって家に帰り、アレコレ想って寝つけない夜を過ごし。果たして翌日みんなに会うと、誰もそんな顔はしていない。まるで昨日はなかったみたいだ。その頃から俺は、「分かち合う」という言葉をあまり信じていない。同じ経験をし、共感もし、でもそれはどこまでいっても合体しない。ズレが生じたときの孤独感を味わうよりは、最初から重ねない方がラクだ。刺激しあい、触発しあい、行き着くところまで行き着いたとき、僕らは同じ顔をしている、かもしれない。でも、それはやはり個々人の経験であって、全く同じように血となり肉とはならない。と考えるようになってから、俺は生きるのが少しラクになった。頑張ることに躊躇もしなくなった。1人では生きていけない。僕の仕事も、1人では成り立たない。でも、どんなに共同意識と作業が必要な場合においても、自分だけの砦は護ることにしている。そこだけは、どんな結果がもたらされても、俺一人で噛み締めよう、と。人と一緒に何かをするというのは、難しい。それが「愛を育む」であっても、「仕事をする」であっても、同じように難しい。距離が近づき、共同意識が高まるほど、難しい。最後の余韻を分かち合うことができないのは、やっぱり寂しいけど、中途半端に分かち合うのはもっと寂しい。余韻に浸ってる僕をそばでそっとしておいてくれる、それを僕は「理解者」と呼びたい。~~~~~~~さて、最近の財布事情。いやぁ、めでたく還付金が振り込まれたであるよ。早速、クレジット会社に電話し、あと3回残ってるローンを一括で払う手続をしたね。あぁ、幸せ・・・。あとは、振り込まれてる還付金を間違って使ってしまわないよう、別口座に避難させるだけだ。今年は、なんだかすでに収入の目途が立っている。少なくとも、去年よりはマシというのが分かっている。鶏肉買うのに278円と285円で迷う生活とも、今年はおさらばね。たまには落ちついたコーヒー屋で、ダバダ~と優雅に600円のマンデリンも頂けるね。あぁ、しみじみ嬉しい・・・。30オトコの財布事情掲示板
2001年04月26日
この日記ページのURLが変わりました。ここへ直接ブックマークをしてる方は、ご変更ください。新URLは、http://nikki.otsuka.bunkyo.tokyo.jp/member/goomann38.htmlです。よろしくお願いします。あってもなくてもあまり意味をなしていない(笑)俺のサイトのURLは変更ありません。
2001年04月24日
知人からメールが来た。この春、ドイツ・チェコ・オーストリア・ハンガリーへ旅行に行ったそうだ。チェコはプラハへ行った、あれは何年前だったろうか?プラハは、もともとはオーストリア帝国のリゾートとして開発された街。だから、『中世の街並』と一言で言っても、旧ネーデルラント地方の実用的な趣とは異なり、実に色彩豊かで夢のある眺めだ。それが、共産主義の開発しない政策のお蔭で、ほぼそのままの状態で残されている。「開発しない」だけで、かと言って「保存する」意欲があったわけでもない分、汚れてはいるけどね、かなり。もっとも、チェコという国は「国」として存在せず、ほとんどオーストリア帝国の植民地状態だったわけだから、この素晴らしい街並を当のチェコ人がどんな感覚で見ているのかは、俺には不明。そんな背景もありつつ書かれた、かの有名な、小学校の音楽鑑賞でも聴く、スメタナの「交響詩『わが祖国』より“モルダウ”」のモルダウ河は、ここプラハを朗々と流れる。ガキの頃、クラシック大嫌いだった俺でさえ「うーむ、スゴイ!」と唸ったこの曲。一度はモルダウ河をこの目で見たいという20年近い望みが叶ったときは、相当感激した。いや、ただの河なんだけどさ(笑)。俺の訪れた当時、共産主義が崩壊して数年、チェコは歩幅の違うスロヴァキアと分離して間もない頃で、「よーーぉし!発展してやる!」的エネルギーに溢れていた。「ハッテンしてやる!」ではないので、注意(笑、それは俺にだってば)。古いものは古いものとして修復保存しつつ(まぁ、チェコにとっては貴重な観光資源だからね)、資本主義をどんどん吸収するその力たるや、俺のようなボンクラ日本人には『口あんぐり』という感じだったね。その頃の俺はというと、欧州におけるゲイライフにパッチリ目覚めたところ(笑)。チェコでは、ゲイ専用のペンションに泊まったりして、あはは。そこでもらった、プラハのゲイシーンを案内する冊子を頼りに、飲み屋やクラブなどを巡った。飲み屋で声かけられたおじさんの家で一夜を過ごしたり(笑)。これがまた、カレル橋のすぐアッチ側(行ったことある人にはわかるでしょう)、なんとか広場から伸びる坂の途中のアパート。屋上に上ると、ライトアップされたなんとか城(名前忘れすぎ、笑)が見えたりして、抜群のロケーション。もっとも、俺たちがそこへ着いたときには、時刻が遅すぎてライトアップ消えてたけど(笑)。そうそう!あのね、プラハでは自動車盗難が多いらしく、駐車するときにロックするのみならず、ハンドルを外すんだよ、外すの!で、それは持ち去られないように、車内のどこかにチェーンで繋いでおくんだけど。クルマに乗ったら、いきなりカパッってハンドル嵌めるのは、可笑しかったなぁ、強烈に。あんなに簡単に取り外しできるものなのか?ハンドル・・・。クラブには、深夜日付も変わった頃に潜入。あぁ、日本では行きません、クラブ。嫌いじゃないけど、好きでもない。プラハでは、「見とかなくっちゃ、やっぱり」的な好奇心で、ドキドキしながら(だって一応ガイコクだし、いくら言葉がそれなりに通じても、コワイものはコワイしね)覗きに行ったまで。いやぁ、それにしても、これがこの前まで共産圏の国だったとは信じられない。今思い出すと、別に何も乱れてないんだけど、やっぱりカウンターで濃厚に接吻を交わすガタイ系短髪にぃちゃんを、プラハで見るとは思わなかったね、正直。トラベスティ・ショーも大盛り上がりだったし。ずーっと1人で飲んで観察してたら、その店のオーナーらしきでっぷり太ったイカツイ顔のおじさんに誘われた(笑)。裏の事務所に連れて行かれて、ちょっとイタズラされた(笑)。なぁんていう濃い時間を過ごし、朝方4時頃クラブを出た。そこから市街中心部まで30分ほど歩けば、路面電車の始発があることをちゃんと予習していたのだ。それがね、しばらくはずっとモルダウ河沿いに歩くんだよ。いやぁ、至福のときだったね。昼間見るのとは違う、白と黒しかない世界で、堤防歩道の街灯を反射させて流れるモルダウ河。スメタナはまさかゲイクラブには行かなかっただろうけど(爆)、彼の見た、同じ場所、同じ角度でこの河を見ているのかぁ・・・と思ったら、生きてて良かったと思ったよ。幸せだった。さて、停留所に着いてみたら、始発にはまだ30分弱の時間が。ちなみに、季節は冬、真冬。寒いの、東欧は。その年は暖冬だったんだけど、それにしても寒い。冬の東京よりは、確実に寒い。その寒い中、停留所の歩道沿いに建つアパートの入口の窪みで、死んだようにうずくまって始発を待った俺。ゲイクラブ潜入より、その方がよっぽど危険と言われた。そう?(笑)。まぁ、確かに、周りの窓に灯りはなく、人通りも皆無だったけどねぇ。ところで、俺は旅先から母に葉書を送っていたのね、どこ行っても。というのは、もともと生活の拠点がドイツだったからなんだけど。あぁ、親孝行な僕ね(笑)。で、プラハでは「地元の人が集まる飲み屋さんで、周りの人を観察したり、少し話もしたりしながら朝まで過ごし、未明のモルダウ河に感激しながら歩いたのち、歩道に30分うずくまって始発を待ちました。この街の密かなエネルギーは、末恐ろしくさえあります」みたいなのを書いて送った。間違ってないでしょ?「地元の人が集まる飲み屋」(笑)。後日、ドイツの自宅に来た、母からのFAX。「どこへ行っても、その地の今を身体で感じ取る意欲には感心すると同時に、そういう環境にいる貴方が羨ましくもあります」うんうん、カラダで感じ取ったですよ、母上(笑)。~~~~~ていうか、1時間半もかけてこんな思い出を書き綴っている場合ではないのだよ、俺は今!嗚呼、やらなければいけない、でも気の進まない仕事がてんこもり・・・。それをするためには、まずはこのPCを電話線から隔離し、別ロケーションへ移動する必要が・・・。って、2メートルほどなんだけどね(笑)。昨日の今頃には始めているはず。だったのに。逃避してヤリ部屋に避難した俺(爆)。あそこまで行っちゃえば、やろうにもできないし。いや、他のことはデキるのだけど(笑)。でも、「やはりやらなければ・・・」という自戒の念のもと、ふんだんに睡眠も取り、帰宅しても眠らないで仕事に取り掛かれるようにしていた。のに!(←またかよ)。昼過ぎに帰宅前に寄ったラーメン屋で、景気づけにビール飲んだ俺。あぁ、敗北を予想していたにもかかわらず、そういうことしちゃう俺(笑)。・・・・・・・。寝ました。えぇ、あっさり。あぁ、もうダメ。もう限界。やりはじめなければ・・・。でも、とりあえず腹減った。昨日作ろうと思って買った、筍、大蒜の芽、豚肉、オイスターソースがあるのだよ。ご飯も昨日炊いてあるのだよ、ちゃんと。というわけで、現実逃避は続く。カキモノの次は、メシ。30オトコの財布事情掲示板
2001年04月13日
なんてーか、春だねぃ。あぁ、やだやだ。俺は、昔から春がキライ。人間環境適応能力に欠けるため、新年度というのはもう恐怖に近かったね。人見知りするわけでは全然ないし、人当たりも悪くない方だと思うんだけど、だからよけいに新クラスで自分の落ちつく居場所を作るのに時間がかかった。大学に進学したときは、5月病が長引き、7月くらいまでウダウダしてたっけ。突如、自宅に帰るのが強烈に憂鬱になったりして。いや、家族とはうまくいっていたのだけどね、別に波風立たず。筋金入りの理系学科に行くはずのところを、大どんでん返し(←死語?)で1つも興味のなかった学部に入ってしまった自分の浅薄さに、相当愛想が尽きたんだろう。知り合って間もないくせに、友達の安アパートの部屋の前で、コンビニで買った安酒のボトル喇叭呑みしながら深夜にバイトから帰ってくるソイツを待ってるうちに寝てしまったことも、多々あった。それまで表向きはかなりの品行方正を保っていたので、なんだかそれだけで『一皮剥けた』的気休めになった。なったけど気休めは所詮気休めというのも、よく解っていた。あぁ、今でもところ構わず寝て平気なのは、このときの小さな爽快感のせいかも?(笑)。それはさておき、だから俺は、温みはじめた空気とか、いつの間にかほころんでる桜の蕾とか、そういうものが今でも苦手。新年度など縁のないお気楽自由業になってまで、少年の日の後遺症を引きずってるのもどうかと思うが、きっと引きずりたいから引きずってるんだろうね。一昨年は、多忙にかまけているうちに桜が終わって連休が来ていた。嫌いな春さえ気づかなくなっていた自分に落胆した。だから去年は、「今年は春を謳歌しよう」と心に決めた。でも、家の前の咲いたばかりの木蓮の大きな花が、風も吹かないのに翌々日にはボトボトと散っていたのを見て、その気も失せた。「あぁ、春ってやだなぁ」と思った。今年は、散る木蓮をしっかり見届けようと気構えていた。木蓮は、去年より少し長く花を枝にぶらさげていた。なんだか小さな賭けに敗れて馬鹿にされた気がした。春は、歯車が合わない。大きな音を立ててクラッシュこそしないが、回転速度が微妙に狂い、気づかない間に1つずつ噛み合う歯がずれていく感じだ。てなことを思いながら、去年やってたサイトの日記ファイルを読み返したら、同じことが書かれていた。やはり、春は好きになれそうもない。迎えるのも、過ごすのも、苦手だ。30オトコの財布事情掲示板
2001年04月12日
Vieles, was ich so dachte, neben mir zusammen laufen zu sein, geht einfach vorbei. Es laeuft mit der ganz ganz klein bisschen aber doch bestimmt verschiedenen Geschwindigkeit als ich laufe, dann ferner vorne oder hinten.Ich gebe ihm das, was es leicht angreifen kann, und es merkt das nicht.Na, gebe ich sofort auf, weiter zu versuchen, denn ich koennte auch alleine laufen. Irgendwann komme ich vielleicht zu ihm wieder nah, oder es zu mir. Das war immer so, und ist, dann sei.Was ich mich darauf freue, Was ich vermeiden wuerde, was ich so ernst erwartet habe, was ich dagegen sowieso kaempfen muesste. Alles, was ich dafuer schon von lange her bereit bin, erlaubt mir nicht, mich mit ihm zu beschaeftigen.Einsamkeit steht immer, wenn man nicht alleine.Man sieht alles, und alles geht einfach, ja wirklich einfach vorbei.In mich, auf mich, an mich, gegen mich, vor mich, hiner mich, ueber mich, unter mich, mit mir, zu mir, und aus mir........, es gibt so viele Moeglichkeiten, und es tut mir nur nichts.Waere ich richtig alleine auf dieser Erde.Wuesste ich nicht, dass da noch anderes Wesend zu sein waere.Ach, waeren nur Zeit und Luft mein Geselle !goo30オトコの財布事情掲示板
2001年04月06日
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