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出張に行った。宮崎県延岡市。母方の祖母の田舎が、実は宮崎県の西都市。でも、俺は行ったことない。胎児のときにお腹の中で連れてってもらったらしい。しかし、子供の頃からミヤザキミヤザキと聞かされているせいか、やはり宮崎県そのものに親近感はある。こういう「縁の地」では、それをネタにツカミをすればよく、仕事上もやりやすい。先日も、延岡駅までピックアップに来てくれた人に、その話から入っていった。だいたいピックアップは先方のエラいおじさんがいらっしゃるのだが、俺的に一番苦手な人種なのだ。人当たりがよかろうと悪かろうと。こういう人と2人きりでメシなど食うハメになるのが、一番困る。困るのだが、その日はまさにそのシチュエーション。昼メシ食って時間を見計らっての会場入り、という段取りだ。げげー、味分かるかな・・・・・。などと心配していてもいけない。立場上、なるべく口数を多くするよう気を遣うべきはこちらなのだ。よーぉし、いくぞーーー!「いやぁ、母方の田舎が西都市でしてね。」おじさん、いやに目を丸くして、一瞬の間を置き、「そうなんですか。私も西都市の出でね。」おぉ、つながった!しかし、中途半端につながっても困る。俺は西都市へ行ったことがないのだ。話が続かない。という心配をよそに「何という姓ですか?」んー、祖母の旧姓など咄嗟に思い出せない。だいたい、家の中で宮崎の話がでるときは、「○○おばちゃんがね」とか「従兄弟の○○くんがね」とか、下の名前で話されるので、苗字は何年に一回しか気にしない。が、俺は頑張った。祖母の旧姓と、系図はともかくもう一つよく聞く姓を思い出した。「あぁ、あの辺にはそういう苗字の多い地区がありますね」ふーん、そうなんだ。たしかに親戚一同えらく接近して住んでいるらしいから、そりゃぁそうだろうね。と、ふいに、宮崎県の博物館でなにやら要職に就いているおじさんがいることを思い出した。ワタクシの仕事上、そういう文化系のつながりもあるやも知れず、名前を出してみた。相手の人は、今日は延岡に来ているが、普段は宮崎市内の人だった。が、しかし。「あぁ、そうなんですか」・・・・・あ、終わったよ(笑)。やはり、田舎とは言え広い。そうそう簡単に知り合いが繋がったりしないだろう。と思った矢先。俺の挙げたその苗字を口にし、「東京でカメラマンしてるヤツがいましてね、○○・・・・・、下の名前、何て言ったかなぁ? 苗字で呼び合うものでね・・・・・」・・・・・いるけど。たしかに、東京でカメラマンしてるおじさんがいる。博物館の弟だ。でも、カメラマンなんてゴマンといる。まして、その苗字はかなりありふれた苗字である。まぁ、しかしここまできたら、それがその人だろうとそうでなかろうとどーでもよい。これだけ話が弾んだというだけでも、俺的にはかなりラッキー。幸い、昼メシも済み、我々はお茶などすすっているではないか。あとは頃合を見極めて、「じゃぁ、そろそろ行きますか」でシメだ。お母さん、宮崎の人でありがとうね。「下の名前は、○○って言うんですけどね」一応、そろりと口にしてみた。ところ、おじさん、「そう!そうだよ、○○!」今日一番のデカい声だ。「いやぁ、彼とは高校時代の仲良しでね。ここ3~4年、年賀状もご無沙汰いているんだけど、元気ですか?食えてるんですか?」食えてるんですか?って。そういや、「ボクの稼ぎだけじゃ夫婦二人食えないんでね、家内にも苦労かけてますよ」と笑っていたっけ。なんてことをうっかり口にしてはいけない。「頑張ってらっしゃいますよ。数年前、パリでも個展開かれてますし」コレはホント。たとえ、パリの隅っこの怪しげな地区で、となりのインド人の商店からそこはかとなくカレー粉の匂いが漂ってくる20畳ほどのギャラリーで、僕の行ってみた日にはお客さんが一人くらいしか来てなかったとしても、個展は個展、立派なキャリアである。それにしても、俺ってば、キョトン。繋がってるし。50歳を過ぎた年齢で「3~4年」年賀状を怠っているということは、相当親交が深いのだろう。宮崎だっていうだけで、ここは遠く離れた延岡市。まさか親戚の同級生に会うとは思わなかった。世の中狭いね。そういう俺も、カメラマンのおじさんとはそのパリで一度会ったきり。年賀状だけのお付き合いではある。カメラマンさんは一昨年転居したので、その住所連絡先を教えてあげることにした。なんか、別にそれだけのことなんだけど、妙にあったかかったなぁ。宮崎空港から延岡までのJRから見えた鄙びた海岸線の風景や、昼メシ食った焼肉屋の佇まいや、ホルモンの焼け具合。もちろんその日の会場の雰囲気や、自分のテンション。スタッフの顔とか、借りた腕時計の色形まで、絶対忘れないだろうね。次なる課題は、何年も話してないカメラマンのおじさんに、いきなり電話し、事情を話してメールアドレスを教えてもらうこと。あぁ、親戚とは言え、また苦手な分野だよ(笑)。でも頑張ろう。こうして、記憶だけに刻まれつつあったオトコの友情がまた息を吹き返すのなら、嬉しいじゃないの。
2002年01月27日
昨日、また泣かせた。俺もキツいかなと思うけど、自己管理できないヤツ、それも、テキトーにしていてどうにかなることならともかく、にっちもさっちもいかないはずのことなのにその上無頓着だったりするヤツを見ると、相当呆れる。それが、俺にも皺寄せの来ることだったりすると、キレる。年長者の相棒としては、一番気を遣わせたくない部分であり、そして今の状態の彼には、だからこそ自ら一番気を遣ってほしい点なのだ、俺に対しても、そして常識ある社会人としても。ちゃんとしてればちゃんとしてる分だけ、協力も応援もしたくなるが、そうでないと、無性にバカバカしくなってくる。俺だってヤバいのをどうにかくぐりぬけているのだ。キレることにも慣れ、叱ることにも慣れ、泣かれることにも慣れ、そして自分の中の傷を舐めることにも、相手に傷を負わせることにも慣れてしまった。本当は、そんなことに慣れてしまいたくないのに。
2002年01月15日
というわけで、あけましておめでとうございました。今までのご無沙汰は忘れ、今日からまたイッテミヨー!(いかりや風)。ワタクシ的には、怒涛の2001年下半期を過ごしました。えぇ、心身ともに、公私ともに。ウチの中でも外でも、あんなにいろいろバタバタしたのは、珍しいと言うか、稀と言うか、とにかく疲れたよ。仕事関係は、期日までは「1日が40時間くらいになれよー(泣)!!」的な追い詰められ方をし。ウチん中関係は、「1日が10時間くらいになれよー(忍)!!」的じっとガマンの子であったりもし。なんか、バランス取るのが難しいまま今日まで来た感じ。とりあえず、仕事関係は一昨日大きく一段落。思えば去年の春頃からじわじわと進んできたこの大仕事。周りのスタッフ様に支えられ、ようやくここまで漕ぎつけた。モンダイは、未だ軌道に「乗りかけ」な我がボーヤ、なのだけど、こればっかりはイライラしても1日は10時間になってくれないので、誠意と結果をこの目でしばらく確かめ続けられる日々が来るのを待つしかない、じっと。それでもときたまガマンできなくてキレるけどね。ところで、音楽というのは不思議なモノで(唐突だなァ、おい)、久しぶりなメロディーを聴くと、自分の周りの空気・温度・季節・時間までもが、その音楽に最初にハマった瞬間までトリップすることがある。このテの音楽で俺のツボは、ユーミンの『卒業写真』なのだけど、これを聴くと、高校の吹奏楽部で、卒業式の日、中庭で3年生を送り出すのに演奏した寒~~い早春の日と、自分が卒業してすぐにねーちゃんの大学の合唱部演奏会のバラエティコーナーみたいなので、この曲をふいに聴かされポロポロと涙が流れて止まらなかった市民会館のうしろのはじっこの席を思い出すのだよね。で、別に「ユーミンってすごい!」って話をする気は毛頭なく、ですね。春からじわじわ進めてきた仕事でね、春頃どわーーーーっっと準備したまましばらく放置してあった曲を、大詰めの段階でまた開けたとき。鼻腔をくすぐる花風が吹いたんだよね。桜が終わって、でも緑はまだどこか幼げで若々しく頼りなく、冬の澄んだ風とは違う、気だるく生暖かいさらさら漂う風が、思い出したようにふわりと過ぎる。そして僕は独りだった。働く季節を見送った置土産のラジエターヒーターが所在なさげに隅っこに置去りにされた部屋で、スッキリした自分と、妙につまんない自分がいて、そして僕は、実になるか分からないその曲を、だけどとても好きで、それに触れると本当に幸せで。なんだか分からない日々をくぐりぬけて、気づいたらそれが実になる日を迎えて、「あぁ、1年経つんだなぁ・・・・・」って。そして、結実してしまったことで抱く喪失感が、身に沁みる。しばらく、その曲との密な付き合いが始まる。ソイツに触れたら通り過ぎる春風を感じる、いつまでもそういう僕でいたいなぁ、と。
2002年01月12日
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