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前回隠し文字で書いたところに大いに反応がありましたが、わはは、しかしああいうことを書くときに必ず思い出すことがあります。覚えていらっしゃる方もいると思いますが、ここが開設したばかりの頃、「テープ起こしって録音されていないと、仕事やらなくていいんですか」「だとしたら、楽な商売ですね」というようなコメントをBBSにいただいたことがありました。いろいろ考えた結果、この発言はスルーすることにしたんですが、わりと簡単に言い返せるポイントがいくつかあるのに、なぜ口八丁手八丁のさくさく堂が対応しないのかと、当時周りに結構煽られました。(笑)----「全く録音されていなかったら、テープ起こし者は何もしなくていいのか?」と聞かれたら、もちろん答えはイエスです。無音のテープで仕事はできません。速記者の仕事は、「符号速記をし、それを普通の文字に反訳する」がセットになっています。他人の速記文字を反訳することは通常しないしょうが、もしあるとしたら、速記文字が書かれていない部分に関しては「できません」と言うしかありません。それと同じことです。ただし、録音から任されている場合は別です。「聞き取れなかったので、速記が書けませんでした」「自分で書いた速記があとから判読できませんでした」という言い訳ができないのと同じように、「録音に失敗しました」「聴取不能部分が残りました」などとのんきなことは絶対に言えません。これは単に、責任の分界点の話です。ただこれが、「現場で符号速記をするからこそ、よい反訳ができるのだ」という話であるならば、その話はわかります。最近たまに録音に出向くようになりましたが、現場で見て、聞いているからこそわかる部分はあります。テープ起こし者の悩みは、録音テープには情報の限界があるということです。・指示語がわからない。「ここからどーんとこっちへいくので、こういうふうに変化するんです」この文章をどう処理したらよいか。・会話が輻輳したときの聞き分けが困難。同時にしゃべっている人を目と耳で確認するのは、録音テープで判別するよりはるかに簡単です。ほかにもいろいろあるけれど、この二つは圧倒的な不利ですね。「現場で符号速記をするからこそ、よい反訳ができるのだ」という意見は、符号速記か録音かという部分はあまり本質的ではなくて、現場にいることに優位性があるかどうかという問題だと思います。現場にいるのはやはり優位だと思う。だから、テープ起こし者は録音にこだわるんです。現場を再現できていない録音は、ちゃんとした符号速記が書けていないのと同じことです。そして、録音不良のテープから原稿作成する苦労は、速記者はあまり経験したことがない苦労だと思います。(全く無音だったらいいけどね、全く無音じゃないのよ、大抵の場合)さて、よい録音ができていた、よい符号速記が書けていたとします。そうしたら、その次はよい反訳をすることです。この原稿作成の過程は、記録手段が録音だろうと符号速記だろうと、同じだと思っています。ネタが続きませんので毎回とはいきませんが、このブログは速記でいう「反訳」の部分、話し言葉を書き言葉にする手法ですね、それにこだわって書いているつもりです。その部分において、速記とテープ起こしはなんら対立する概念ではありません。無益な「速記vs.テープ起こし」には関わり合いたくないというのが、スルーした一つの理由です。
2006年06月30日
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昨日、一応下書きを書いたんですが、どうもつまらなくて一日寝かせてしまいました。すみません、別に引っ張っているわけではありません。メールというのはですね、継続のご依頼ですが、新年度になって担当者が変わったところからで、「録音段階から注意することがあったら教えてください」というものです。いやー、感激しますよね。ありがたいことです。こんなこと、お客さんに聞かれたことあります?さて、喜んでばかりいられなくて、いざそう聞かれたらどう答えたらよいもんでしょうか?「あれやってください」「これやってください」「ここには注意してください」「こうするといいです」ってドーーーッと書くのもなんですよね。あまり素人扱いするのも失礼だし、会場の広さやレコーダーの機種がわからないと一般的なコメントになってしまう。かといって、そういうことを根掘り葉掘り聞くのも、お客さんにとっては煩わしいだろうし。いったいどこまで書いたらいいものやら。なるべくわかりやすく、ポイントだけ簡潔に書こうと思いつつ、それなりに長い返信になってしまいました。あーあ、どう書いてもあとで悔やむんだよな、こういうのって。録音で一番重要なことは、録音そのものに失敗しないことだと思います。テープ起こし者の本音を言えば、騒音に紛れてかすかに入っている音を、いつもの3倍の時間をかけて拾って、大音量を聞き続けたためになった耳鳴りに耐え、それでも半分聞こえないからなんの話かよくわからなくて、ぼろぼろの原稿を出すよりは、いっそ「全く無音でしたので原稿作成はお断りします」というほうが楽だったりするわけですが、それは別の話。やっぱり、とにかく録音できていないとお話にならないので、2カ所以上での録音をお勧めしています。(自分で録音するときは、前にも書きましたが、3カ所で録ります)どちらかの録音に失敗しても大丈夫だという保険ですが、ほかにも大切なメリットがあります。・どちらかの録音に失敗しても大丈夫。・2台ともテレコの場合、違う長さのテープにすればテープ反転時の未録音時間がずれる。・違う場所に置けば、片方から遠い音も、反対にはきれいに入っていることがある。・レコーダーの録音性能により違う音を拾うので、聞こえる音が違う。録音担当の方は、その講演会だか会議だかの運営がメインの仕事であって、録音は片手間にやらねばならないでしょうし、できるだけチェック項目が少ないほうがいいと思うんですね。「レコーダーはこういうところに置いて」「マイクを使用して」「ICレコーダーならハイクオリティにして」等々、注意事項は書こうと思えばいくらでもあるのですが、負担になったら申し訳ないという気持ちがあるんですよ。それに比べて、「できれば2台用意して、別なところで録音してください」というアドバイスは、とても簡単です。お客さんは、「二つ録音して、両方聞いてもらうのって大変じゃないかな。二つ聞いたら料金高くならないのかな」とお考えになるかもしれませんが、私は高くしていません。テープ起こし者が一番喜ぶのは、音がちゃんと聞こえることです。Aさんの声はAレコーダーにしか入っていなくて、Bさんの声はBレコーダーにしか入っていないときは、両方を交互に聞いて文章にします。確かにチョー面倒ですが、両方聞けたほうが話がつながるので、ちゃんとした原稿になります。ちゃんとした原稿になったほうがテープ起こし者はうれしいんです。もちろん「もう一台レコーダーを買え」というのは図々しいので、1台だけで録音することも仮定して、録音そのものの注意事項も少し書きました。----ちなみに、たくさんレコーダーを用意するデメリットは、それぞれに対してチェック項目が増えることです。・電池残量は大丈夫か?・空MD、空テープ(録音予定時間より長めに)は持ったか?・ICレコーダーの過去の録音は消去してあるか?(メモリ残量のチェック)・スタート時に「録音ボタン」を押したか?・マイクはちゃんとマイク端子に差し込んだか?(←この失敗もやったことがある)それでですね、私のように大ざっぱでチェックの甘い人間は、こうチェック項目が多いと、どこかで何かを忘れます。それでも、3台置いてりゃ、2台ぐらいは録音できているもので、いつもなんとかなっています。皆さんだったら、お客さんに「録音時の注意事項は?」と聞かれたら、どんなお返事を書くでしょうか。注:途中空白がありますが、反転すると見えます。隠すほどのことが書いてあるわけではありません。ちょっとおアソビ。
2006年06月28日
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そんなこんなで、自分でもいろいろと録音には失敗しているが、出張録音に出ると出ないとでは大違い。よいほうに考えれば、失敗すればするほどノウハウは蓄積されていくというわけだ。音質を評価する耳も、少し変わってきた。音を聞いて、お客さんがどういうレコーダーを使用されたか、どこに置いたかなどの予測がつくようになってきた。お客さんだって、録音の専門家でないことは多い。レコーダーのカタログの謳い文句は、どれもこれも褒め言葉ばかりである。電気屋でさまざま比べて選んだレコーダーが、相対的にどの程度の性能なのか不安に思っていらっしゃることもあるかもしれない。でも、録音不良は、レコーダーの基本性能によるものよりも、録音方法によるもののほうが大きい。いまどき、「あんなレコーダーだから、ちゃんと録音できないんだよ」ということは……、そりゃないことはないが(汗)、とんでもないのなんかない。(支離滅裂)どんなにいいレコーダーだって、体育館の前方に向かって選手宣誓をしている声を後部の入り口から録ったら、入るわけがない。よい録音のときには、必ずお礼の言葉を述べる。「素晴らしい録音でした。ここまできれいに入っていることはあまりありません。よい録音だと作業が楽ですし、悪い録音よりも絶対にいい原稿になります」お客さんは、きっと次回も似たような環境をセッティングしてくださるだろうし、同業者や後輩に伝えてくださるかもしれない。お世辞は言わない。そこそこの録音のときに、「素晴らしい」と言ってしまったら逆効果だ。ちょっと失敗したのかなと思う録音のときは、「だめだめじゃん」とは言わない。録音の失敗は誰にでもある。うっかりもある。知識不足もある。アクシデントもある。私は身にしみてわかっている。「だめだめじゃん」と言わずに、「ちょっとここをこうしたら、こうなるんじゃないか」ということがわかれば、それはお話しするようにしている。これは、世の中から録音不良テープがなくなるための、最も草の根的な活動だと思っている。そんな私の録音不良テープ撲滅推進ごころをくすぐる、一通のメールが届いた。後編へつづく
2006年06月26日
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最近の録音スタイルはこう。マイク設備に録音装置がついていれば、そこからライン入力する。レコーダーを直に置く場合は、三つ設置。レコーダー1(テープレコーダー)できるだけ全体の音を拾う中央に、ステレオマイクの左右を離して置く。延長コードを使って、レコーダー本体は自分の手元に置く。レコーダー2(MDレコーダー)一番しゃべる量が多そうな人(司会・座長・講演者等)の近くに置く。レコーダー3(ICレコーダー)レコーダー2から一番遠いところに置く。レコーダー4(ICレコーダー)予備。普通は、だいたいレコーダー1で起こします。メインスピーカーがしゃべる時間が長い場合は、その人の声以外があまり入っていない録音でも、全体の5割、6割がカバーできます。近くに置いたレコーダーには、かすかな語尾もはっきり入っていることが多く、特にメインスピーカーの話はしっかり記録をとりたいので、聞き直しはレコーダー2を中心に聞きます。レコーダー3は、聞かないで済むことが多いです。「どうしてもあの人の声だけ」という場合だけ聞きますが、ICレコーダーだとピンポイントで探すのが簡単です。----さて、録音仕事でした。前半の90分が終わって、レコーダー2をチェックしたら録音が止まってる! 40分しか入っていない。なんで~~!今回は、メインスピーカーの声は中央のレコーダー1で十分入っている音量だったので、とりあえず慌てない、慌てない。レコーダー1の本体は手元に置いて、ずっと動いているのをチェックしていたので、テープ反転忘れや電池切れなどの録音トラブルはないはず。手元に置くのは、このチェックのためです。いろいろ考える暇もなく、後半がスタート。MDレコーダーもとりあえず録音ボタンを押して設置したけど、今度はそれとなく気にしていたら、しばらくして「カチャ」という、かすかな音が聞こえました。カチャ?録音ボタンが戻った音でした。急いで予備のレコーダー4の録音ボタンを押し、MDレコーダーと置き換えてきました。手元に戻したMDレコーダーでもう一度録音してみたけれど、やはり数分で録音解除されてしまう。録音現場での故障は、初めての経験ですね。(自分の操作ミスによる録音失敗はあるけど……)今回慌てないで済んだのは、・レコーダー1の録音は失敗しておらず、そちらで95%の音が拾えているだろうと予測できたから。・予備のレコーダー4を机の上にスタンバイしておいたから。それと、・「MDレコーダーの録音ボタン解除」という故障事例を、たまたま数日前に某さんの日記で読んだばかりだったから。やれやれ。でも、お話は大変面白く、楽しい録音仕事でした。
2006年06月24日
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テープ起こしをなりわいにしていない方のテープ起こし原稿を見ることがたまにあります。テープ起こしの技巧におぼれていない、素直な原稿であることがあって、「素人だからダメダメじゃん」と思うことは少ないです。では、素人とプロの原稿ってどこが違うんだろうかと考えると、一つは文章の統一感だと思います。プロの原稿は、文章全体を通して一貫性があって読みやすいのです。 《例文》 エーット、リンゴトカミカントカ タベテタンジャナイカト オモウンデスヨ。例えば表記にしても、「林檎とかミカンとか」では、「林檎だけ漢字なのは理由があるんだろうか?」と深読みを誘ってしまいます。 林檎とか蜜柑とか リンゴとかミカンとか りんごとかみかんとか漢字と仮名の使用基準に統一感があると、文章が読みやすくなります。所謂MS-IMEは、色々な言葉を漢字変換してくれます。学校教育では、「習った漢字は使って欲しい」「漢字が沢山読める方が頭が良い」「フォーマルな文章は出来るだけ漢字を使った方が良い」と教わってきますから、折角変換してくれた漢字は是非使いたい。こういう感覚は、日本人として普通だと思います。ただ,テープ起こし原稿は話し言葉のニュアンスが残っています。完全な書き言葉になっていない文章に漢字を多用するのはバランスが悪い。青字は、平仮名にすることが多い単語ですね。ほかに、「話し言葉→書き言葉」の段階がバラバラだと読みにくい文章になります。例文を、話し言葉から書き言葉に変換させた表を作成してみました。例えばマーカーのように話し言葉が強いところと書き言葉が強いところを選んで文章にすると、 えーっと、林檎や蜜柑食べてたんではないかと思うのですよ。という、日本語学習者のような、バランスの悪い文になります。さすがに一文の中でここまで変にしてしまうことは少ないでしょうが、話し言葉の崩れ方は1時間、2時間のテープの中で均一ではありませんから、それに一定の統一感を持たせるには、それなりの経験が必要だと思います。プロはむしろ統一しすぎてしまって、わざとらしい原稿になってしまわないように注意します。全体的に書き言葉にしておいて、「えっと」や「~よね」のような話し言葉を適度に残すとか。
2006年06月23日
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一応「理系の話題、嫌いではありません」という看板を掲げているのだが、実際のところ理系の話題に強いわけではない。電気なんかオームの法則とフレミングの右手とか左手とかの法則ぐらいで知識がとまっている。直流ならなんとなくイメージできるが、どうして世の中は電圧がいったりきたりする交流を使うんだろう。迷惑だよな。あっ、いったりきたりするのは電流のほうか……。「キロワットとキロワットアワーの違いだよね」なんてフレーズも、なんかこうピンと来ないのよねー。例えばさー、本来は"キロワットアワー"の単位をつけるべきところでうっかり"キロワット"と発言したテープを聞いて、そっと直すなんて芸当ができますかってんだ。 たとえば回転速度がこの辺で、トルクがこのぐらいで、 この辺はいいんですが、ちょっと外れるともうとたんに悪くなる。……何が悪くなるんでしょうか。そんなのを同定するのが本日の予定。つらくはない。……という消極的な理由で、「理系、嫌いではありません」の看板を掲げる。
2006年06月20日
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前の記事でどーんとお金の額なんか書いたものだから、たぶん同業者からは(聞こえてこないけど)ブーイングが出ていることと思います。 下請け価格が世の中に出るということは、 「じゃ、直接その人にその料金で頼めば、 安くできるじゃないか?」とお客さんに 知らせてしまうことだ。そういう意見はもっともだと思います。ちょっと軽率だったかも。ごめんなさい。私が実際知っているテープ起こしの料金は、上と下とでは10倍の開きがあります。もちろん求められてる内容は全然違うけれど、一応「同じテープ起こし」をやって、こちらは1万円、こちらは10万円ですよ。まー、すごいですね。数年前にテープ起こし料金は大暴落した時期がありました。大きな原因は、たぶん二つあります。一つは、ネットの出現です。これによって、安い料金でやってほしい人と安い料金で請け負う人が容易に出会えるようになってしまいました。もう一つは、テープ起こし作業者の供給過多です。パソコンの一般家庭への普及によってテープ起こし業界への参入障壁が低くなり、作業者が急激に増加したためです。こういう状況だと、必ずダンピングが始まります。いっときテープ起こし者が集まると、必ずと言っていいほど、「あっちでこんな安い値段で出していた」「こっちでこんな金額で請け負っていた」という嘆きが聞かれました。私見ですが、テープ起こしの値崩れはかなり落ち着き、相場は上がってきています。一部では下落自体は続いていると思いますが、落ちていないところは落ちていない。「同じテープ起こし」なら、安いに越したことはありませんが、「同じじゃないテープ起こし」をお客さんに提示できれば、高い料金でもお客さんは逃げません。「この原稿を見たら、ほかの人には頼めない」とお客さんに思わせる努力を地道にしてきた業者が、テープ起こしの値崩れを止めたのだと思います。
2006年06月17日
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ネタ切れなので(笑)、ちょいとトラバなどしてみました。こういう分析は面白いですねー。「あたし、全然ねばり強くないのよ」と思っている人が普通にこなしていることが、ほかの人から見たらものすごく丁寧な仕事だということはありそうですね。何が大切という感覚は人によって少しずつ違って、ほかの人が書いたら、ちょっと違う分析になりそうです。法人やグループワークの仕事をしている人もいますが、わりと多くの人がフリーでテープ起こしをしています。SOHO、個人事業主というくくりで考えると、アントレプレナーという像が浮かんできます。ただ、「テープ起こし者=個人事業主」ではないので、団体に所属することは可能です。(私も、根は一匹狼は苦手なほうなので、どこかで雇ってくれないかなあ……)企業家、経営者と考えると、自分に自信があって、ポジティブで、勉強熱心で、営業が上手、という資質が必要なのかなという気がします。そして、実際そういうスキルはとても大切だと思います。でも、ことテープ起こしそのもののスキルに目を向けてみると、少し逆の人物像がいいと思うんですね。「自己評価のからい人」です。自信がなくて、ネガティブで、自己否定しがちな人。自分は間違っているんじゃないか。もっと調べられるんじゃないか。きっと仕様を読み違えているに違いない。こういうチェックが行き届く人は、よい原稿をつくる資質があります。----テープ起こしは、最初の半年ぐらいは強烈につらいんですね。1時間の録音テープをじーーーっと聞きながらコツコツ入力していきます。どっかりといすに座って、耳と目と指と足先だけ動かします。1時間の音を入力し終えるのに最初は1週間ぐらいはかかります。最初の1時間で5分進んでも、次の1時間は集中力がとぎれるので3分しか入力できない。途中で休憩しますから、実質の時間は4時間ぐらい経過しています。その日の入力は8分ですね。「今日は8分しか進まなかった」というブルーな気持ちで、翌日もまたコツコツ入力し続ける。体が動かせないので、肩こり、腰痛、眼精疲労などで神経的にまいってきます。たった1時間の録音テープなのに、永遠に終わらないような気がしてきます。しかも、1週間かけてやっと終わった入力は、これで終わりではありません。聞き間違いがないか確認するために、もう一度最初から聞き直します。誤字・脱字のチェック、固有名詞の表記の確定もします。その作業に、また3日ぐらいかかる。1時間テープの原稿作成に10日?1時間テープのかなり安い報酬を6000円とすると、土日も休まないで30日間働いて、月収1万8000円ですね。内容の難易度にもよりますが、半年ぐらいたつと、1時間テープが3日で仕上がるようになってきます。毎回は無理だとしても、たまに超特急で1日で仕上げるというような集中力もついてきます。ここまできて初めて、「この仕事好きかな?」「この仕事続けられるかな?」という結論が出せるような気がします。つまり、入力作業がつらいうちは、スタートラインに立てないんですね。などと書いている私は、いまだに入力作業が苦痛ですが(いつも「テープ起こしなんか嫌い」と公言しているのは、ここが大きな原因)、なんとか続いているのは、嫌いと言いつつ、そこそこ速くなったのと、一通り入力し終わってからの加工が楽しいから、ですかね。いやー、書いている私も、なんかブルーになってきたので、このへんで。
2006年06月14日
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この話もそろそろ終わりにします。いやー、長かった。まさかこの話題でこんなに引っ張るとは思いませんでした。読者の方にも引かれまくっていたような気配がいたします。グルグルぐじぐじ、本当に失礼しました。では、しつこいですが、例文をもう一度。 皆さん、こんにちは。 今日は暑いですね。 私もこの暑さにばてていますが、頑張ります。 それでは、今日の議題ですが、公園清掃についてです。 タナカさん、よろしくお願いします。 あっ、タナカさんはちょっと今日は遅れていて、まだ到着していないよう なので、来るとは言っていたんですけれども、2番の議題を最初にやった ほうがいいような気もしますが、そういえば2番については資料の不備が あったそうですが、その辺、先に事務局お願いします。最後に、自分で「である」調に直してみます。これはブログのために適当に考えた文で、クライアントも使用目的も想定していませんから、そのおつもりでお読みくださいませ。 暑い中、会議に参加いただき感謝している。 1番目の話題は公園清掃についてである。 説明者はタナカさんだが、まだ到着していないので、 2番の議題を先に行うことにする。 2番の資料には不備があるので、事務局から訂正がある。えーっと、こんな感じですが、いかがでしょうか。まるっきり原発言を生かしていないリライトになっています。これを「テープ起こし」と言うのか、「リライト」と言うのか、「整文」と言うのか、「要約」と言うか、わかりません。呼び名なんか何でもいいと思っていますが、話し言葉を「である」調にするには、このぐらい意味を重視して文章を再構築したいと思っています。----前回、「要約」という言葉を使いましたが、これについて、次のようなご意見を複数いただきました。 「要約」とは全体のボリュームを減らすことだと思うので、 「である」調で簡潔に整理しただけでほとんどボリュームが同じものを 「要約」と表現するのはどうか。それはもっともなご意見だと思います。私もお客さんに向かって、「『である』調って要約なんですよ」という言い方はしません。これに関係なく、普段からお客さんと、文章の完成度について、「リライト」「素起こし」などの表現はほとんど話したことがありませんけれど。わざわざブログで「要約」という言葉を使ったのは、私がやろうとしている、原発言から違う文章を再構築する作業は、「要約」と表現するとわかりやすいと考えたからです。それが一つ。もう一つは、料金と納期の話に絡みます。こういう作業をするとなると、発言どおりの原稿とは全く別物になります。新たに別な原稿を作成するには、それなりの納期とそれに見合う料金が必要になってきます。少なくとも納期のほうは、短期間では対応できません。5割、3割という少ない分量まで圧縮する要約と同じ工程とはいいませんが、発言どおりの原稿作成とは別メニューの納期と料金設定は必要だと思います。これでホントに「である」調の話は終わり。
2006年06月12日
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「である」調の原稿は要約である、という前提で進みます。「である」調とは書き言葉である、という前提も加わりました。最初の例文をもう一度書いておきますね。 皆さん、こんにちは。 今日は暑いですね。 私もこの暑さにばてていますが、頑張ります。 それでは、今日の議題ですが、公園清掃についてです。 タナカさん、よろしくお願いします。 あっ、タナカさんはちょっと今日は遅れていて、まだ到着していないよう なので、来るとは言っていたんですけれども、2番の議題を最初にやった ほうがいいような気もしますが、そういえば2番については資料の不備が あったそうですが、その辺、先に事務局お願いします。書き言葉にすると、人に話し掛ける文章はうまく変換できません。ここで問題になるのは、 皆さん、こんにちは。 今日は暑いですね。 タナカさん、よろしくお願いします。 事務局お願いします。です。(ほとんど全部だな)視点を一人称か三人称に変えると、これを書き言葉に直すことができます。具体的にやってみます。まず、一人称で。 皆さん、こんにちは。 → 私は、参加者にあいさつした。 今日は暑いですね。 → 私は、今日は暑いと感じている。 タナカさん、よろしくお願いします。 → 私は、タナカさんに説明するよう依頼した。 事務局お願いします。 → 私は、事務局に説明するよう依頼した。次に、三人称で。 皆さん、こんにちは。 → 座長が、参加者にあいさつした。 今日は暑いですね。 → 今日は、暑い。 タナカさん、よろしくお願いします。 → タナカさんは、説明するよう依頼された。 事務局お願いします。 → 事務局は、説明するよう依頼された。ここでは「お願いします」を「依頼した」に変換していますが、「促した」「指示した」「指名した」などでも合いますね。どの変換がその文脈にふさわしいかは、テープ起こし者の判断にかかっています。----よく「「である」調の書き換えの見本を見て、笑ってしまった」という話があります。(そういえば、コメントでもいただきましたね)話し言葉を単純に「である」調に変換すると、奇妙な日本語が出来上がります。ネイティブの日本語スピーカーが、直感的に「おかしい(strange)」「おかしい(laughable)」と感じる、その感覚こそが正しいと私は思います。例えば、「タナカさん、よろしくお願いする」がよい例だと思います。この日本語はおかしいと思います。普通、日本語では、「タナカさん、よろしくお願いします」と、「します」にしかつながらない文章です。そもそもそんな言い方をしないから、「おかしい」と感じるのですが、意味から考えても、「タナカさんが、(誰か/何かに)よろしくお願いしている」ととれる文章になっています。これを意味が通る文章にするには、主体を変えなければいけない。「誰が」の部分を変更するのです。そして、主体が変わるのですから、述部も変わってきます。視点を変えて、表現する単語も変える。その変換で使われるのは、「依頼」「促す」「指示」「指名」などの書き言葉です。これで、「要約」「書き言葉」という前提につながったでしょうか。※ 文中のリライト例は実験的に作成したもので、実際の納品原稿とは異なります。
2006年06月09日
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「である」調の原稿は要約である、という前提で進みます。まだ書くつもりなのかい(笑)。ええ、まだ続きます。そもそも「である」調って何だいな?というところがあやふやですよね。文末を全部「だ」「である」にすることではない、というのはすぐわかります。断定する文章?固い文章?話し掛けない文章?すっきり説明できる、適当な言葉が見当たらないのです。消去法的に、「である」調という表現が生き残っているような気がします。「口語ではない文章」なんてどうでしょう? 結構しっくりくるような気がしますが、否定形で説明されるとわかりにくいですね。そこで、微妙に違うような気もしますが、「口語ではない」=「書き言葉」と言ってみたいと思います。そう、「である」調は書き言葉であると考えると、わかりやすいことがあるんです。書き言葉に似合う表現をするためには、文末の処理だけでなく、途中の単語も口語的な表現を書き言葉に置き換えたほうがすっきりします。 いろんな → いろいろな とか → など or や やっぱり → やはりこの手の口語的崩れを書き言葉に直すだけではなく、昨日の例文で、 保健師さん → 保健師 助産師さん → 助産師 お父さん → 父親 お母さん → 母親と置き換えてあったことにお気づきでしょうか。でも、ほぼ同じ意味で書き言葉があればいいですが、適当な言葉がないと困りますよね。 お巡りさん → お巡りじゃーなくて(笑)、 お巡りさん → 警察官 or 警官 or 巡査 ですかね。うーん、どれもちょっとニュアンスが違う。「巡査長」なんてのもありますが、できるだけニュアンスを変えない書き言葉をいかにたくさん知っているかの勝負になります。語彙力がないと、「である」調の文章は書けないのです。次は、視点の問題。
2006年06月07日
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友人から、日本語研究の論文コピーが届きました。これ見て勉強しろって? ありがたや~んで、まだ読む時間がとれませんが、読んだら急に違うこと言っちゃったりして(笑)。----今日はリライト関係について書こうと思っているんですが、最初の例文に、だらだらとしまりのない文がありましたよね。 あっ、タナカさんはちょっと今日は遅れていて、まだ到着していないよう なので、来るとは言っていたんですけれども、2番の議題を最初にやった ほうがいいような気もしますが、そういえば2番については資料の不備が あったそうですが、その辺、先に事務局お願いします。「「である」調で簡潔な文章に」という依頼があったら、文末だけ直すのではなく、文全体の交通整理してあげないと、簡潔になりません。例えば タナカさんは今日は少し遅れています。 まだ到着していませんが、来るとは言っていました。 先に、2番の議題を最初にやったほうがいいような気がします。 そういえば2番については資料の不備があるそうです。 先に事務局お願いします。いったん、こういう整理をやって(実際に文章にするか、頭の中でやるかは好みの問題)、その後に「である」調まで持っていきます。 タナカさんは今日は少し遅れている。 まだ到着していないが、来るとは言っていた。 先に、2番の議題を最初にやったほうがいいような気がする。 そういえば2番については資料の不備があるそうだ。 先に事務局お願いする。こんなもんでいいかな? (ちなみに、こういう文は嫌いですけど)「「である」調で簡潔な文章に」という指示があったら、もれなく話し言葉のもつれをリライトすることも含まれてくるということですね。もっとやっかいな例文を作成してみます。 地域の人たちとの体験は、小学校の6年生の男女に保健師さん、 助産師さん、青少年指導委員がかかわりまして、いろいろな体 験をさせて、薬物の危険性の話だけすると、学校も「まだ……」 とか、いろいろな意見がありますので、命の大切さから教育、 自分たちがお父さん、お母さんになるにはどうしたらいいかとか、 優しい気持ちを持って人に触れ合うこととか、優しい気持ちを取 り戻すことや、人との触れ合いという、2時間ぐらいかかりますが、 やり出すと子どもたちが変わっていくのが見えるんです。こういうの、話し言葉にはよくありますよ。見事に文末がありません。私はこういうのを「断定回避型話し言葉」とか「地滑り型話し言葉」とか言っていますが(ウソウソ、今つくった)、これに文末を入れてみますね。 地域の人たちとの体験は、小学校の6年生の男女に保健師さん、 助産師さん、青少年指導委員がかかわりまして、いろいろな体 験をさせて[います]。 薬物の危険性の話だけすると、学校も「まだ……」とか、いろ いろな意見がありますので、命の大切さから教育[をします]。 自分たちがお父さん、お母さんになるにはどうしたらいいかとか、 優しい気持ちを持って人に触れ合うこととか、 優しい気持ちを取り戻すことや、人との触れ合いという [ことを話しています]。 2時間ぐらいかかりますが、やり出すと子どもたちが変わっていく のが見えるんです。ほら、文末を挿入したら、とりあえず意味としてはつながりましたね。ここまでできれば、これを「「である」調で簡潔な文章に」することは可能です。(ちなみに、こういう文は嫌いですけど) 地域の人たちとの体験は、小学校6年生の男女に保健師、助産師、 青少年指導委員がかかわり、いろいろな体験をさせている。 薬物の危険性の話だけすると、学校も「まだ……」とか、いろ いろな意見があるので、命の大切さから教育をしている。 自分たちが父親、母親になるにはどうしたらいいか、 優しい気持ちを持って人に触れ合うこと、優しい気持ちを取 り戻すことや、人との触れ合いということを話している。 2時間ぐらいかかるが、やり出すと子どもたちが変わっていく のが見える。ただし、本人が発言していない言葉を書き加えてよいかというのはテープ起こしには重要で、そのクライアントとコンセンサスを得ておかなければならない問題です。「「である」調で簡潔な文章に」という指示を出したクライアントが、原発言の書き換え、発言していない言葉の付け足しを前提に話しているかは、最初に確認しておかなければならないことです。「いやいや、テープ起こしなんだから、勝手に変えてもらっちゃ困るんだよ」というクライアントさんはきっといますよね。一方、「意味を改ざんしなければいいから、読みやすくきれいにまとめちゃって」というクライアントさんもいるでしょう。というか、「「である」調で簡潔な文章に」との依頼を出す方は、全員そうであってほしいのです。しかし、読みやすくきれいに、つまりリライトとなってくると仕上がりはさまざまで、「意味さえ改ざんしなければ、何でもあり」ならば、次のような大胆なリライトも可能になります。 自分たちがお父さん、お母さんになるにはどうしたらいいかとか、 優しい気持ちを持って人に触れ合うこととか[を一緒に考える時 間にします]。 人との触れ合い[の中で]、[だんだん子供たちが]優しい気持ち を取り戻[していきます]。これはやりすぎではありますが、もともと原発言が「断定回避型話し言葉」で、論旨がゆるいせいです。こういう文はいかようにもリライトできてしまう。このぐらい強めのリライトをすると、するっと読めるようになります。前後を通して読んでみてください。リライトをすると、多かれ少なかれ意味の改ざんが行われてしまいます。「改ざん」と言ってしまうと過激ですが、テープ起こし者の文脈の理解度によって、文章のニュアンスが変わってくるわけですね。私は、これは当たり前のことだと思っています。同じ授業を聞いても、生徒のノートは全部違うものができますよね。それと同じです。「言葉の言い換え、付け足しもしていいから、意味は変えないで、読みやすくきれいにまとめて」というのも、結構大変な作業なのがわかってきました。とほほ----こんなことを書いていると、「である」調を依頼するお客さんがいなくなっちゃうんじゃないかと思いますが、私はテープ起こしを依頼したいのなら、「である」調自体がよろしくないんじゃないかと思っています。だって、二人称の文は削除でしょ?言葉の言い換えはありでしょ?話していない言葉も付け加えちゃうんでしょ?お客さんに、「記録として全文を残しておきたい」というお気持ちがあるなら、「である」調はお勧めできません。この手の依頼が必要なのは、「話し言葉を簡潔にして、意味が通るような要約原稿にしてほしい」という場合だと思います。要約原稿ならば、要約のできる人に依頼しなければなりません。「こいつ、話の内容わかってんのか?」というのではお話になりません。そして、できれば文章の解釈が自分と似ている人がいいんだろうと思います。「こういうふうに要約するのは、自分は好きじゃないなあ」と感じる原稿は、自分とは相性が悪いんです。テープ起こしって、誰に頼んでも、だいたい同じものが仕上がってくると考えるお客さんは、結構多いのではないかと思います。でも、初めての依頼で「である」調を依頼するのは、一種のギャンブルに近いかもしれません。※ 文中のリライト例は実験的に作成したもので、実際の納品原稿とは異なります。
2006年06月06日
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午後1本納品して、夜は久々の録音。暇な春を過ごしていましたが、よく考えると、クライアントのほぼ十割が年度で業務が切れるタイプの業種になってしまったので、4月はまだ始動しないんでしょうね。久々の会議は、新年度で若干メンバーが入れ替わったけれど、部屋も一緒、声の聞き分けも全然問題なしなので油断していたら、25分前入りになってしまった。ちょっとぎりぎり。ここの音響は部屋に設置されているものではなく、よく野外で使うようなポータブルのアンプにマイクを接続したもの。マイクを通してくれるので、ラインからの録音でなくてもテレコ1台で全体の音を拾える。マイクが回ってくる前にしゃべり出してしまったところだけメモしておけば問題なし。こういうアンプは、大抵カセットが入れられるようになっている。ここから再生もできるし、録音もできる。これ、使ってみようと思ったら、カセットの取り出し口のところにセロハンテープが張ってあるのよ。これって、ふたがばかになっているだけ? それとも壊れている?どちらにしろ、きっと最近だーれも開けてなさそうなので、やめておいた。オートリバースじゃなかったし。そういうことをチェックするには、25分前入りは遅かったな。反省。講演やセミナーを起こしていて、講演者名やキーワードになるような言葉で検索していると、関係者がご自分のプログに感想を書いているのを見つけることがある。話しているご本人のこともあるし、聴講した人のこともあるし、事務方の場合もある。同じものを聞いている、別な視点のコメントを読めるのは楽しい。関係者がなにがしかのコメントを書きたくなるイベントは、大抵が「面白かった」とか「勉強になった」とか好意的なものだし、批判や悪口であったとしても、そこに何かを書かせるだけのエネルギーが集まっていることを感じる。テープ起こし者はそれを書けないのね。特にクライアントと守秘義務についての契約を交わしていなくても、まあしゃべりませんね。ニュースなどで見る国会の速記者さんたちは、いつ見ても無表情だよね。黒子に徹していてすごいなあと思うけど、私はわりと下向いて、ひっそりと百面相しています。驚いたり、ムッとしたり、怒った顔は会議の邪魔になるだろうと思うけど、ジョークにちょっとほほえむぐらいならいいだろうと勝手に考えているのよね。みんながうっかり笑っちゃうようなところで無表情だったら、「こいつ、会議の内容を理解しているのかな?」って、クライアントを不安にさせるような気がするんですよ。それで、下向いて、ひっそりと百面相。会議で発言できるわけじゃないのに、こっそりブログに書くこともできない。ちょっと欲求不満だわ。
2006年06月02日
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