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西のテラスから教会に入ると奥にあの教会が見える。十字型の間取りというのかな。西のテラスに近い部屋はロマネスク調で建てられている。ロマネスクの特徴は壁が厚く、窓が小さい。天井は石で葺けないので木でできている。この部屋の奥にあるのが天使像下の部屋、というか礼拝堂。手前の部屋とは違ってゴシック調。窓が大きく窓が尖った形。そして壁が薄い。ステンドグラスもこの頃にできる。このような説明を皆座って聞く。よそから見ればまるで遠足の小学生のように見えたと思う。その後ここから回廊に出る。回廊は廊下が四角形になっている。修道士はこの回廊をぐるぐる歩いて瞑想していたとの事。パンフレットを見れば列柱廊。その名の通り柱がたくさん並んでいるが柱を二重にして少しずつずらして並べている。そのため幻想的な視覚効果を生み出しているそうな。(ガイドさん受け売り)回廊の廊下。左が中庭。右の柱には色が残っている。天井は最上階なので少しでも軽くする為に木でできている。そして柱上部には美しい模様が彫られ、その一つ一つ模様が違っている。キリストも彫られているが宗教革命の際に顔を削り取られてしまった。他の場所でも色々削られていた。イスラム教徒が攻めてきたわけではないんだね。そしてこの回廊から食堂に入る。やっぱり天井は木。最上階なのでゴシックでも天井が石だったら下が支えきれないから木。食事の間は一番奥の十字架がかかっている場所に僧が一人読唱し、他の修道僧は壁を向いて静かに食事していた。この場所では沈黙を守るために手話を用いて会話を行っていたがパンや水の他に印象的だったのが「ワイン」と「トイレ」まあワインはキリストの血だからね。トイレは両手の親指で服を持ち上げる仕草。子供みたいだ。そして階段を下りて迎賓の間へ。大変お風呂だまた明日。
2007年04月30日
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入り口に入るとまず天井の高さに驚く。あ、ハセガワさんが。まず、西のテラスに向かう。向かう途中に上を見上げると渡り廊下が。左の建物は修道士の宿舎。ロマネスク調の建物なので窓が非常に小さい。2日目にハセガワさんから建築物の講習があって「テストしますよ」と言われ、時々「これは何調ですか?」と聞かれた。まさか本当にあるとは。この写真の右下に人が座って写真を撮っていたがそこには水道が。昔ここは雨水を貯めて利用していたとの事。建物にはものすごく長い雨どいがあった。やはり井戸を掘っても海水なのかなあ。水は貴重だったんだろうなあ。そうこうしてたら西のテラスに。西のテラスは干潟が見渡せる。ここでまた現地ガイドさんの説明が。この床のタイルを一つ一つ見ると数字やアルファベットが彫られている。この数字は何かと言うと昔石を運んだ職人さんたちのお給料は歩合制だったそうな。だから「自分が運んだ!」と申告するためにこうやって数字やアルファベットを刻んで区別したそう。ちなみに現地ガイドさんは「8の人が働き者だ」との事。なるほど結構ある。ハセガワさんは「日本だったら目立たないところに彫るか裏返して表には出さないですよね。ヘンな国です」と言ってた。確かに言われてみればそうかも。西のテラスから中の教会に入る。そこで日本語のパンフレットをもらう。中にはモンサンミッシェルがどうやって建てられたか模型があった。そして塔に立ってる天使像はヘリコプターでつけたのね。そしてその塔の下にある教会へはいる。おっと日が変わったお風呂だまた明日。
2007年04月29日
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Bossの疑問にお答えして。とても便利なグーグルマップ。モンサンミッシェルがこの緑の矢印の場所。そして泊まったホテルは下にある集落のようになったところ。こうやってみると結構ホテルからモンサンミッシェルまで距離あるなあ。しかし航空写真、拡大すると修道院の西のテラスなんかも綺麗に写ってる。すごいわぁ。さて。バスに乗ると知らない女の人がいる。現地ガイドさんだ。名前を失念してしまった。フランスでは現地ガイドさんか許可を貰ったガイドさんしか説明してはいけない観光地があるとの事。もし勝手にガイドしているのを見つかったらつかまっちゃうとの事。現地ガイドさんの職が無くなるからかな。駐車場について一枚撮る。一番高い塔の先頭には金色の天使ミカエルの像が立っている。現地ガイドさんは日本語を勉強中でハセガワさんが通訳する事に。まず島内に入って見えるのが王の門。隣りの塔は王の塔。昔満潮の時はこの王様の門の所まで海水が満ちて来たとの事。そりゃバスも浮かぶねぇ。そして門の左にはプーラールおばさんのお店が。このおばさんは名物のオムレツを発明した人。巡礼者に栄養のあるものを、という事でオムレツを作ったそう。中を覗けば厨房が見えるらしいが人がたくさんで見られず。通りは島内の土産物屋やホテルがあるのだが通路が狭い。ちょうど境内の出店状態と言うのはヒドいかな?現地ガイドさんについて歩く。近道という細く傾斜のキツい階段を登って行く。さすが裏道、あまり人と交差が無い。途中プーラールおばさんの墓を見る。さすがに写真は控えたが。そして島内の小学校だった建物。日本の寺子屋みたい。そして修道院入り口に到着。やっぱりお風呂だまた明日。
2007年04月24日
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さて続き。モンサンミッシェルに到着する。堤防前にホテル数軒とスーパーがある。宿泊はここです、と言われたホテルはここかあ。いいホテルと聞いたけど。観光の前に昼食なんだが早く到着したため歩いてモンサンミッシェルを見に行こうとハセガワさん提案。しかし、キリーさんが近くまでバスを運転してくれた。やっぱりええ人やぁ。堤防の中ほどに来てなんか叫ぶキリーさん。「『これがモンサンミッシェルだ!』と言ってます。」とハセガワさん。キリーさんは道路脇に停めてくれた。下車する前に珍しくハセガワさんの注意。「車には十分注意して下さい。道路は横断しないで下さい」見たとこそんなに車走っていないけど?でも確かに車はスピード出してるなあ。で、モンサンミッシェルの写真。寄せてみた。下に見えるのが駐車場。うっかり大潮だと車も水没するそうな。そして横の草原。白い点は羊。あまり近くにいなくてこれもズーム。地平線というか水平線というか。さて、道路は見ての通り街灯がない。夜歩くときは十分気をつけなきゃ。横を見ると横断してる人がいる。ハセガワさん厳しいのに怒られるんじゃない?写真を撮ってバスに戻るとハセガワさんが「あれほど言ったのに・・・」きゃー。実はこの堤防道路で去年日本人旅行者が車にはねられて死亡したとの事。フランスは飛ばす人が多いので危ないそうだ。バスを一旦モンサンミッシェルの駐車場に入れUターンするキリーさん。なにか叫ぶ。「『さようならモンサンミッシェル!』と言ってます。」とまたハセガワさん。結構駐車場は車がいっぱいだ。混んでなきゃいいけどなー。堤防を戻ってレストランに。モンサンミッシェルはオムレツが名物。で、昼食の前菜はオムレツ。オムレツってヘビーじゃないの?と思っていたらやってきた。大きなトレーにケーキのように乗っているのがオムレツ。まず、スプーンでコツコツ・・と叩く様にして切り分け、サーブしてくれる。一番盛り上がった昼食かもしれない。サーブされたオムレツ。スフレタイプのプレーンオムレツ。味はと言うと・・・正直味が薄い。バターが多かったらおいしいと思うのだがイマイチ油っけもない。テーブルの塩コショウをかけて食べるとちょうど良くなった。オムレツ作りは重労働だそうだ。そりゃ何個もの卵を泡立てるもんね。昔家でもやったけど2個でしんどかったし。6人前ぐらいを一気に焼くから何個ぐらい泡立てるのかな。そしてメイン。豚肉のソテー(オーブンで焼いてるかも)にフルーツソース添え。四角いのが甘酸っぱく、リンゴかとも思ったがわからず。付け合せはポテト。今回はマシかも。さすがに野菜が少なく思ってきたのでジュースをトマトジュースに。デザート。アイスクリーム。バニラとストロベリー。隣の新婚カップルと話する。今まで行った旅行でどの国が良かったか?と聞いたらカナダがよかったとの事。別の人はオーストリアがよかったって言ってたな。私がトイレの間、相方が話していたが昨日のホテルの話題になったらしい。今日のホテルがよかったらいいなあ、という話から相方が実は昨日、と話したら新婚カップルの部屋はなんか部屋の中にドアがあったらしい。なんだろう、と開けたら隣の部屋の人とこんにちは。コネクトルームだったそうで。それもなんだねえ、と言いながらレストランを出てバスに。さてモンサンミッシェル観光に。あのーお風呂まだですか?明日仕事ですよ?ではまた。
2007年04月22日
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今日も前フリです。すんまそん。ホテルを出るといい天気だった。いつも雨傘鞄に入れているのが馬鹿らしくなってきた。ロワールからモンサンミッシェルまでは約4時間。バスに乗るとキリーさんとご挨拶。「ボンジュール!」とキリーさんが言った後に「ボンジュール」と返すだけなんだが、挨拶が揃ってるとキリーさんは指揮者のように指を振って、ふふん♪とご機嫌なんだけど揃わないとずっこける。やっぱりコメディアン??そしてハセガワさんとご挨拶。ハセガワさんとはボンジュールの後サバ?もつく。車内でモンサンミッシェルの説明を聞く。英語で読むとモンはマウンテン。サンはセイント。ミッシェルはミカエル。聖ミカエルの山という意味だ。司教オーベールの夢に現れた天使ミカエル。天使のお告げにより修道院が作られた。それがモンサンミッシェル。長い年月をかけて建てられたので、いろいろな建築様式が見られるとの事。干潟の中の岩山に建てられたので、昔は徒歩か馬車で巡礼していた。しかし潮の満ちて来る速度は時速30キロ。そして満潮と干潮の差がフランス一激しい所。8から13mの高低があるので巡礼者は命懸けだったそう。そんな場所だけに、イギリスとの戦争では要塞として使われ、落城?しなかったそうな。現在は本土と島をつなぐ堤防兼道路が作られ車で行けるようになった。しかし潮流で流された砂が堤防に溜まるので環境保護の為堤防を撤去する事が決まったそうだ。「ヨーロッパですからいつになるかは分かりません」はハセガワさんの弁。だけど堤防が無くなると交通手段は船か吊り橋を作らないとダメみたい。船も浅瀬大丈夫?ハセガワさんの話は続く。モンサンミッシェルの名物は、オムレツ、ガレット、塩、シードル酒、カルバドス。そしてモンサンミッシェルで放牧されている羊も有名。干潟の草には海水が付き、それを食べる羊の肉にも塩味がつくそうな。マトン・ド・サレと呼ばれるその肉は高価で、ハセガワさんも一度しか口にしていないそうだ。そんなに高価なのか?説明を聞いていたら遠くに写真で見た事のある塔が。モンサンミッシェルだ。小さくてまだまだ着くには時間がかかりそうだが皆カメラを構える。しかし日本じゃ何か建物が入ってもおかしくない距離なのに障害物が何も無いのはすごい。地平線も何度か見たし。お風呂の時間だすんまそん。
2007年04月21日
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旅行するときはメモ帳とガイドブックとカメラが必携。フリーが多いときはあまり書かないけれど。今回の旅のメモ帳を見直してみると当日はあまり書かず、箇条書きのみ。その代わり帰りの飛行機の中で補足でいろいろ書いている。一番よく書いているのがこの日だったりする。当日1ページ。補足3ページ。きっと帰りの便は睡眠不足でハイになってたんだと思う。3月11日ロワールからモンサンミッシェルへ。晴れ。昨日のバスの中でハセガワさんがパリの説明をする。・パリの夕食詳しく説明。・ベルシー地区は今一番ナウイ所。・環境が良い・キリヤード向かいに日本食レストラン。・オルセーパリ市立でオープン。上記はメモ帳まんま。補足もなかったので脳内補足。パリは夕食がないので各自で取って下さい。ツアーの食事はどうしてもアレですから好きなものを取って下さい、というわけだ。パリに行く前にもっと詳しい説明をします、と言っていた。そんなに大層なのかな?と思う。実際大層だったが。宿泊地がベルシー地区でホテルの立地条件も駅から近いので便利とハセガワさん力説。近くにスーパーもあるし、なにより昔倉庫だった場所を再開発してショッピングモールにしたとことがあるそうな。一瞬、加古川のニッケパークタウン「クラクラ」や神戸のあたりを思い出す。しかし「ナウイ」はどうかと思うが。そしてさらにホテルの向かいには日本食レストランまである。さらにイタリアンや中華まで。しかし、日本食レストランはコリアンの人々が経営してるので本物とはいえないが、なかなかイケルとの事。パリの日本食レストランはたいていがコリアンかチャイナだそうな。で、火曜日に美術館に行こうとしている人は火曜日は国立の美術館は皆休みだがオルセー美術館はパリ市立なのでオープンしているとの事。オルセーに行きたいという相方の望みは叶うわけだ。あぁっ、前フリだけでお風呂の時間がっ。また明日。
2007年04月18日
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ホテルに向かう途中でも城を車窓から見る。・・・予定だったがキリーさんが気を利かせてくれて駐車してくれた。エエ人やぁー。ブロワ城の対岸から。この橋の下を流れるのはロワール川。カットして見えないけど。ガイドブックを見るとこの城では陰謀うずまく城だったそうな。もうひとつショーモン城。カトリーヌ・ド・メディシスがディアンヌ・ド・ポワティエをシュノンソー城から追い出してここに住まわせたそうな。「ポワティエはここにじっとしていないでパリに行ったりしてたみたいですが」とはハセガワさん。ここの写真を撮るために路上駐車してくれたキリーさん。後ろの車は対向車線にはみ出して通っていた。さぞ大迷惑だったろうがゆっくりみられてありがたかった。ホテルに到着。いきなり夕食。前菜:クレープ。中はホワイトクリームとハム。そば粉のクレープかなあ、とか思うがよくわからず。クレープといえどもかなり厚手。クレープがティッシュならこれはペーパータオル3枚重ね。半紙に対してケント紙2枚重ね。・・・なぜそこまで言うのか自分でもわからなくなってきた。メイン:鮭のソテー。付けあわせが多いのは相変わらず。米は相変わらずアルデンテ。鮭まででかい。シンプルな塩コショウ味。味が薄くて量が多く、ちょっときつかった。デザート:フルーツコンポート?朝のヨーグルトに入っていませんか?ここのホテルはポーター兼フロント兼ウエイターの人が。働き者だ。そしてもっと働き者がキリーさん。また飲み物の清算時に困るウエイトレスさんがいたが今回はハセガワさん手伝わず。そしたらキリーさんが計算していた。計算速いぞキリーさん。ホテルは「エクスプレス・バイ・ホリディ・イン」ここはトイレのボタンが固く、困った。どうしてヨーロッパはレバーじゃないんだろう。その上流れないからボタンを何回も押してたらなんか水漏れするし。ドバーっととかじゃなくタイルの目地がなんかジワーッと濡れるような水漏れ。そんな困るほどでもないのでほっといたが。ボタンは傘の柄で押しこんだら動いた。やれやれ。ついでにホテルの自販機で水を買ったら途中でひっかかって出てこない。仕方ないのでフロントのにーちゃん呼ぶ。自販機は商品が前に押し出されて下に落ちるタイプ。鍵がなかったにーちゃんは体当たりで落とそうとした。UFOキャッチャーか。結局鍵が見つかって無事水を買えたけれど。コンセントが1つしかなかったり(ひげそり用のコンセントを使って解消)設備面でちょっと、と思ったホテルだけど相方は「一番寝心地がよかった」らしい。モーニングコール7:30 ポーター8:15 出発9:00明日はモンサンミッシェル。
2007年04月16日
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先週の話ですが姫路城の夜桜を見に行ってきました。1週間ほど夜間の西の丸庭園が無料開放されているのでいつも散りかけや雨の中の桜見物よりは本格的な花見をしに行くかと仕事帰りに行くことに。残念ながら上司の「雨大丈夫でしょ」には見事だまされ、雨に降られて結局1時間ほどで帰りましたが。人は多かったのですがストレスもなく夜桜を楽しめました。さすが姫路城、聞こえてくるのは日本語ばかりではありませんでした。ライトアップされたお城と桜。ちょっとボケてますねえ。やっぱりデジカメは夜景に弱いのかな。見比べなくても西洋のお城とはまったく違いますね。姫路城の庭は桜がいっぱいで本当に綺麗でした。初夏は考えたくもないですが。ヘンに色のついたライトで照らさなくても充分きれい。でもやっぱり晴天の下でみる桜がきれいかもしれません。明石公園の桜。あまりいい天気ではなかったけど。この日は寒かったです。
2007年04月15日
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シュノンソー城を出発、シャンボール城へ。途中で個人所有の城を車窓から見る。シュベルニー城。街灯が邪魔だけど。シュノンソー城より小さいけれど左右対称の城。現在も所有者が住んでいるとの事。ハセガワさんは入ったことがあるそうな。この近辺は狩りができるので中には剥製が多く展示しているとか。個人所有で思い出したが故大屋政子もフランスの城を買ったとか。しかし買っても維持費が大変だそう。しばらくすると目の前になんかとんでもない建物が見えてきた。シャンボール城が見えてきたが全然勉強もせず行った私には「なんだこりゃ」と思うような物に見えた。だって塔がいっぱい建っているし。統一感ないし。「湾岸線から見えるごみ焼却場チックだ」とか「モスクワの宮殿みたい」とまず思った。キリーさんがなんか言ってる。「『右から3番目が僕の部屋だ』とキリーさんが言ってます。彼はコメディアンですねえ」とハセガワさん。で、度肝を抜かれたシャンボール城。まず、橋を渡って庭園から全景を写す。「写真コンテストで優勝できますねえ」とハセガワさん。確かにこの青空の下の城はすばらしく美しかった。珍しく相方と二人並んでハセガワさんに写真を撮ってもらう。「愛のシャンボール城」byハセガワほかにも聞いていたらお友達二人組の場合は「二人のシャンボール城」だった。バリエーションあるのね。もう少し近寄って写真を写す。この全景から言えば右側部分裏手。どうしてこんなに塔が多いんだろう。さらに回り込んで裏側。だからどうしてこんなに塔を建てるのか。この大きさに縮小するとわかりづらいけれど模様は統一されている。残念ながら内部見学はしなかったがレオナルド・ダ・ヴィンチが設計したと言われる螺旋階段があるそうな。庭園の中には教会があった。中に入ったけれど写真は撮らず。お祈りしている人もいたし。庭もものすごく広い。広すぎて大変。橋を渡って集合場所へ行く。橋の上には馬糞が。馬車も通るのか?土産物屋はシュノンソーでもシャンボールでも百合の紋章をあしらったピルケースが多い。値段も手ごろでなかなかいいと思う。しかし買わず。絵葉書を買う。絵葉書、買い集めるから恐ろしいことになってるなあ。そしてホテルに向かう。ホテルに向かう途中でも城を見る。おっとお風呂だ。また明日。
2007年04月13日
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シュノンソー城は橋の上に増設された部分があり、ギャラリーになってる。戦争の時は病院にもなったそうだ。地下は台所になっていて、イノシシの首の剥製やら銅製のフライパンが飾られてある。当時の物もあったそうだが気づかなかった。外に出て、庭からシュノンソー城全部が入る場所から写真を撮る。塔の中は土産物屋。少し離れたところにある建物でワインの試飲ができるそう。飲めないので行かなかったが、ハセガワさんきっと飲んでいそうだ。見学後やっぱり「トイレは済ませておいてください」と言われる。有料トイレ。20セント(20サンチームというそうな)が必要。取っ手の下にコインを入れる部分があってそこに入れるとドアが開く仕組み。「ドア開けたままで次の人と交代すればよかったんだ」と悔しがってた同じツアー客がいたそうな。私のトイレ待ちの間相方がハセガワさんとしゃべってた。「(ニースで下腹部強打の件)もう大丈夫ですか?」と聞かれたそうな。「ニースのあの棒、なんであるのか不思議なんですよ」とも。そうですか。あと関係ないけど中国からのツアーが入れ替わりに来たけれどこれも「この時間から来るの不思議ですねえ」と言ってたそうな。この後シャンボール城へ。
2007年04月10日
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うっかりアップし忘れの画像があったよ。緑のアフロヅラ集団。サポーターの人達でやっぱり浮かれてた。さてシュノンソー城。入り口で別のツアーの添乗員さんがハセガワさんに声をかける。同じ会社の人らしい。どうみてもハセガワさんが年上なのに「私の先輩なんですよ」と言う。「何言ってるんですか。もー。ハセガワさん、会社で『ムッシュ』って言われてるんですよ」と返す添乗員さん。みな「ムッシュ」は同感のようでかなり受けていた。当のハセガワさんは「ホッホッ」とか笑っているし。その添乗員さんのツアーは、15日間のイタリア、フランス周遊だって。すごいなあ。さて外観。正面から。手前の塔と城本体は分離している。この城は6人の奥方の城と言われていて代々城主が女の人だったそうな。衛兵の間から通って礼拝堂。上:アンリ2世の正妻カトリーヌ・ド・メディシス。「意地悪そうな顔ですね」とハセガワさん。なんかされたか?下:愛妾ディアンヌ・ド・ポワティエ。アンリ2世より20歳も年上だったけどべた惚れだったそう。50歳でこの容姿ですか。うーん。アンリ2世が死ぬと正妻は愛妾をこの城から追い出す。こういうのはいつの時代も変わらないのね。ちなみに2世の死を予言したのはノストラダムスだとか。てかフランスの人だったのか。印象的だった部屋はこの部屋。ほかの部屋は赤や金を使って華やかなのにここだけ壁も天井も黒い。変な模様だし。その後の城主が夫の暗殺を知ると喪服を着てずっとこの部屋で喪に服していたそうな。天井のおたまじゃくし模様は彼女の涙をあらわしているとか。ちなみにほかの部屋。赤と金色が本当にメイン。フラッシュ禁止なので写真がブレたものばかりで大変。現在写真整理でゲンナリ状態。また明日。
2007年04月09日
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シュノンソー城へ行く途中古城を車窓からみる。「このお城は現在人が住んでいません」とのこと。ジャンヌダルクが王様に謁見する際王がジャンヌダルクを試して家来に紛れたがジャンヌダルクは見破った、というエピソードのある城とのこと。ジャンヌダルクはこのツアーで度々エピソードが出た。フランスではかなり人気のある歴史上の人物なんだろうか。昼食を取りにレストランへ。ものすごくいい天気。ぬけるような青空、ってこんな空かなあ、と思う。前菜:田舎風テリーヌ。サラダ添えこらがおいしかった。レバーも入っており、パンにつけて食べた。ピクルスは酸味がきつく、なんか気合の入った味だと思う。メイン:チキンソテー。フライドポテト添え前菜がおいしかったのに、これはパサパサしてあまりおいしくなかった。そしてやっぱり付け合せ多いよジャガイモ多いよ。デザート:アイスクリーム3種。(モカ・イチゴ・カラメル)フランスってカラメル風味がよくでてきてしかもおいしい。発明したのはこの国なんだろうか。めずらしく相方がカプチーノを頼む。猫舌でいつも冷たい飲み物ばかりなのに。横についているのはビターチョコと砂糖。チョコレートをもらって食べる。そとを見ると店が飼っているのかボタンインコがいた。えさをもらうと片足でえさをつかみ、くちばしでちぎって器用に食べていた。そこに現れたのはドライバーのキリーさん。電話をかけに外にでたらしい。インコを見ると笑顔でインコに何か話しかけていた。いつもご機嫌だなあ。いつも笑顔で偉いなあ。昼食後シュノンソーに。シュノンソーに行く途中踏切を渡る。「これってTGVかなあ?」とおなじツアー客の誰かが言ってたけど絶対違うと思う。踏み切り。シュノンソーとは逆方向だけど。端にいるのはキリーさん。そして入り口へ。右に見えているのは看板。そして城への道までは大きなポプラ(?)並木。「冬のソナタですねー」とはハセガワさん。見ていないからわかんない。真ん中にいる人はモギリの人。そしてシュノンソーへ。また明日。
2007年04月08日
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先週は同僚その1がガルーダ航空でバリのウブドゥに。いいなあ。うちの父親もマレーシア、シンガポールの旅に行って今週帰ってきた。こっちはJAL。8日間。シンガポールはナイトズーでリアルなイグアナの置物を買わなかったことがいまだに心残りだ。12年ほども前なのに。あと、チャンギ空港で1泊ぐらいしてみたいが。そして今週は同僚その2がJALでバリ。ヌサドゥア。いいーなあぁ。旅行行ったのに、と突っ込まれるけどそれはそれ。帰りの飛行機の中でもう次はどこ行こうかな?てな気分になるもん、と同僚その1と言ってたりする。で、バリ土産を各課に買ってきてくれた同僚その1。それがこのキャンディ。これが微妙な味で。まずくはないけれど・・・てな味。甘酸っぱい味。タマリンドだし。おまけに暑さで溶けたのか袋にくっつき食べるのに一苦労。どこで買ったか見てくる、と同僚その2は旅立っていったけど見つけたのかしら。それとも忘れてウカレポンチ状態かしら。そして昨日父親から届いたみやげ物に強烈なのがいた。マーライオン。10センチぐらいの置物かと思いきや裏返すとスイッチが。スイッチ入れると「シンガポールほにゃららシンガポール~♪」の歌と同時に光りだすマーライオン。両目が交互に光るよ。だけど首を取ったら中にフォークが。しかもちっちゃいマーライオンの柄。光らなかったらいいんだけど。「高かったんだぞ」とは父の弁。いくらしたのやら。ついでに相方が怖がる箸置きのようなもの。父のベトナム土産。目が怖いらしい。しかしこれいったいなんて生き物?私もイヤゲ物買えばよかったかな、とちょっと後悔中。
2007年04月06日
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先日キットカットボールとカリソンを買ってその後後悔、と書いたけれど正解は「その後見つからなかった」だったりする。確かにドライブインは物が高かった。キットカットボールはスナック菓子のミニサイズぐらいの大きさで5ユーロ。800円くらい。カリソンは一口羊羹サイズで1.8ユーロ。288円。値段もなんなんだが、キットカットボールはその後全然見かけなかった。調べたらイギリスやフランスぐらいでしか売られていないらしい。そして、カリソン。ぱっと見すごい甘そうだったのに食べるとおいしい。マジパンが好きな人ははまると思う。そして日本で買えるかなと思ったらネット通販でもなかなか見かけない。あってもまとめてお土産用。12000円も出せないわっ。カルフール尼崎にでも問い合わせようかなあ。相変わらず高速道路で移動。時々橋がある。日本で見るような陸橋ではなく、板で覆われている小さな橋。ハセガワさんの説明によると「動物用の橋」日本でもあるらしい。高速道路で森や草原を分断されているからねえ。何かの大きな工場を見る。なにかよくわからなかったけれど。原子力発電所だったらなんとなくイヤだなあ。そして時々風力発電の風車を見た。あと、ハセガワさんの添乗員話で中野浩一氏を案内した事があるそうな。日本よりフランスの方が人気あるとの事。ツール・ド・フランスあるもんね。2回目の休憩。30分。カップベンダーでお茶を飲む。日本と違って冷たい物がない。よく見たらなんか異彩を放つものがあった。「トマトポタージュバジル風味」迷わずこれにした。・・・トマトジュースをちょっと塩辛くして暖めたような。しかもフランス人は猫舌(byハセガワ)なのでアツアツじゃない。相方は猫舌なんで喜んでたが。バスに戻ってもキリーさんがドライブインで茶を飲んでいるためバスが開いていない。外でウロウロしていたら緑のアフロヅラをかぶった集団に出くわす。なんかおそろいのユニフォーム着てるし。ハセガワ解説によると週末なのでサポーター達がバスを仕立てて応援に行くそうな。ヨーロッパ人はサッカーが大好きだそう。そういうハセガワさんもジダンのことは非常に残念がっていたのできっとサッカー好きなんだと思う。そうこうしてたらお昼になる。まずご飯食べてからシュノンソー城に。続く。
2007年04月05日
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3月10日。リヨン晴れ昨日の雨は続くのかと思いきや晴れ。ただし今日は移動が多い。朝ごはんをこの3日間まとめてみる。・パン(クロワッサン、バゲット、食パン、シュケット)・果物(キーウイ、パイナップル、リンゴ、バナナ)・ヨーグルト(プレーン、フルーツ入り)・シリアル・ハム・卵・チーズ・ジュース、コーヒー。メインがこんな感じでスクランブルエッグやソーセージがあればラッキー。そして牛乳がない。シリアルにかける為にはあるが量が少ない。牛乳を必要とする相方は苦労していた。そしてコーヒーカップがやたらでかくて浅い。ファミレスにあるポタージュを入れるようなカップ。やっぱりカフェオレにパンつけるから?リヨンまでロワール地方まで約6時間。遠いよ。2日目のバスは乗り心地がよかったけれど今回のバスは昨日気がついたけどシートベルトを締めたまま動くとベルトがだんだん締まってゆく。おまけに隣の席まで。動くと相方からブーイング。ちょっと6時間はつらいなあ。ただフランスの法律は長距離移動の場合、1.5時間から2時間運転すると15分、2回目は30分の休憩を義務付けられている。ちょっとうれしい。しかし、シートベルトの違反もありたまに警官が乗ってきてチェックしてゆくそうな。見つかった場合は締めていない人が払う。そしてドライバーにもペナルティとして3ポイントマイナス。何ポイントあるのか知らないけれど。高速道路。そういえばフランスでは縦列駐車が多い。そしてコンパクトカー率高い。トヨタ、スズキのショールームも見た。ニッサンマーチもノートも走っていたがキューブは全然見かけない。なぜ?あと、スマートも良く見た。ダヴィンチ・コードでも乗ってたやつ。移動中、ハセガワさんの話・フランスの面積は日本の約2倍・平野と山間部の割合は8:2(日本は逆の2:8)・人口は6000人。(日本の半分)・酪農国で穀物自給率は200パーセント。そりゃ広いなあ。地平線も見たよ。牛は日本と違って白い牛ばかり。第一回目の休憩。ドライブインは「好き放題やってる」byハセガワなので値段も置いているものも場所によってかなり違う。まあ、日本とあまりかわらないけれど。プロバンス名物カリソンとかヌガーも置いてある。カリソン、甘そうだけどおいしいみたいだから自分用に1個買う。日本で見かけないキットカットボールを購入。どちらも後になって後悔する羽目に。その2へ続く。
2007年04月02日
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リヨンへは2.5時間。しかし、天気が悪くなってきた。そして雨が降ってきた。リヨンに着くころには大雨。市内に入るが渋滞中。工事しているところが多く一方通行が多かった。そのせいか同じところをグルグル回ってるような・・・と思っていたらやっぱり道に迷っていたらしい。レストランに近い場所で降ろされる。初めて雨具を使ったよ。リヨンの町は今までと違ってものすごく近代的なビルが多い。見上げてみたら六甲アイランドにあるUFOのような建物みたいなのが。道路もアスファルトだし。ちょっとした距離を歩く。どんだけ遠くに降ろされたんだ。目的のビルに入ったけれど、ハセガワさんもなんかウロウロしている。百貨店というかマルイのような店でウロウロする日本人一行30人弱。ようやくレストランに入る。前菜:トマトサラダ。バルサミコとゆで卵とチャイブ(小葱)メイン:ポークソテーなんかのフルーツソース添え。聞こえがいいけど焼き豚チック。付け合せはジャガイモ。多いよ。デザート:チョコレートケーキ。カスタードソースかな?がひいてある。よく見たらものすごく人によって厚さまちまち。なんてアバウトなんだ。私のは薄かった。薄かったぞ。(恨)清算の時に気がつくが店員さんがものすごく暗算に弱いみたい。かなり困っていた。各テーブルで指をこめかみにあててうーんうーんとやってるので見かねたハセガワさんが清算の手伝いをしていた。きっとものすごく時間がかかると判断したんだろうな。そういえばこのビルの中にカルフールが。ホテルから近いといいなあ、と思いきやかなり遠いところに移動。がっかり。海外でスーパーで買い物するの楽しいんだけど。今回の旅は今のところ全然近くにスーパーがない。ホテルに着く。相変わらずポーターがいない。着くのが遅い、いたとしても運ぶのが遅いのでいつも自力で運ぶことになっていた。しかし、今回は雨の中キリーさんが一人で運ぶ。見かねてみなで手伝う。ドライバーって働き者が多いのかなあ。「オヤスミナサーイ」と消えるキリーさん。ホテルはキリヤード リヨン センター ペラーシュ。パリのホテルと同系列だ。枕元にキャンディー、ポットの横にお菓子がついて嬉しい(セコイ?)がスーツケース2個開けるのに場所がなくて苦労した。手前の枕にある白いブツがキャンディー。ミント風味。ダブルに見えるけど一番上をめくればベッドが分かれている。ラッキー。明日のモーニングコール5:45ポーター6:30出発は7:15早いなあ。おまけ途中でみた風車。風力発電かなあ。たびたび見たけど。山の上にあり、しかも車窓から。撮るのに苦労した。
2007年04月01日
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